謎町紀行 第138章

本丸に佇む本命、浮上する新たな疑惑(前編)

written by Moonstone

 深夜、カスミ市が非常事態に陥った。自衛隊駐屯地から一斉にドローンが離陸し、自衛隊駐屯地に攻撃を始めたからだ。深夜、しかも命令なしにドローンが離陸し、更に自衛隊駐屯地を攻撃するという予想外の事態に、自衛隊はパニックに陥った。ドローンを止めようにも全く停止コマンドを受け付けないばかりか、ネットワークが送り込まれたウィルスで破壊される有様。更に倉庫で待機中だったドローンが倉庫を破壊して離陸し、一斉攻撃に加わった。
 自衛隊は何とか応戦するものの、機動力で人間を凌駕するドローンの前になす術もなく、機銃掃射とミサイル攻撃で駐屯地全域が続々と破壊された。司令部や事務所、訓練場は勿論、官舎も攻撃された。非常事態を伝えるサイレンで叩き起こされた自衛隊員や家族は、這う這うの体で逃げ出し、ドローンに蹂躙される駐屯地と我が家を呆然と見つめるしかなかった。
 警察と消防が駆け付けたものの、縦横無尽に空を移動するドローンによって、少なくない警察車両が破壊された。ミサイルの直撃を受けて半分以上消し飛んだり、横転して炎上する車両が続出。消防は炎上する駐屯地の建物に加えて、警察車両の消火と警察の救護に追われることになった。
 東にあるヤナギ市と西にあるフジマ市の自衛隊基地に緊急の応援要請がなされ、状況から戦闘機ではなく戦闘ヘリが多数現地に急行した。しかし、これも機動力で勝るドローンの前になす術がなく、逆に攻撃を受けて不時着する機体が相次ぎ、撤退を余儀なくされた。
 夜明け頃にドローンの攻撃は終息した。残されたのは、瓦礫の山となったカスミ市の駐屯地と、戦闘不能で不時着したところに攻撃を受けた戦闘ヘリの残骸、巻き添えを食らった格好の警察車両。そしてそれらから立ち上る黒煙を呆然と見つめる自衛隊員と家族。人間の軍隊に代わって戦争を遂行する筈のドローンが、人間を滅ぼさんと戦争を引き起こし、機動力とサイズを活用して人間の軍隊を破滅に追い込んだ格好だ。
 焼け野原と化した駐屯地上空に鎮座して人間を見下ろしていた無数のドローンは、朝の光が世界に広がった時、今度は一斉に同士討ちを始めた。人々が見守る中、それまでコンビネーションも交えて人間を翻弄したドローンはオダワカ市と同じように激しい空中戦を繰り広げ、ミサイルや機銃で破壊されたドローンが1機、また1機と爆発炎上して墜落した。
 最後に残った1機は、生き残ったのを誇示するように暫く空中に留まったが、いきなり猛スピードで降下して司令部跡に突っ込み、爆発した。すべてのドローンが全滅したことで事態は何とか収束したが、駐屯地全体が完膚なきまで破壊され、死者こそ奇跡的に出なかったものの、警察を含めて重傷者多数という大惨事になった。
 騒ぎを聞きつけて駆け付けた周辺住民やマスコミが、軽傷で済んだ自衛隊幹部に厳しい批判や質問をぶつける。まさか戦闘用ドローンが一斉に暴走して人間に牙をむいたとは言えない幹部は沈黙を維持して、かけつけた自衛隊車両に乗り込んで姿を消した。残された一般の自衛隊員が代わりに批判や質問の嵐に晒され、尻尾を巻いて逃げ出した幹部への怒りから、戦闘用ドローンが暴走したことを口々に証言した。
 応援に駆け付けた警察が現場検証に入り、それにマスコミが追従して取材を開始した。通常だと敷地内への立ち入りが制限される駐屯地だが、幹部は逃亡か入院、一般の隊員は進入を黙認したことで、駐屯地の惨状が中継された。ドローンの戦闘の様子を撮影した近隣の住民が映像をSNSにアップすることも続出したことで、カスミ市の自衛隊駐屯地が、日本で保有していない筈の戦闘用ドローンの暴走で灰燼に帰したことが公表されることになった。
 当然、SNSなどで激しい批判が沸き起こった。民間では飛行そのものが厳しく制限されるドローンを戦争に転用しようとしていた事実、それらが人間の手を振り払って暴走し、駐屯地全体と応援の戦闘ヘリを破壊した事実、説明責任がある筈の幹部で動ける者は悉く逃亡した事実。失態と言うにはあまりにも酷い惨状と、またしても繰り返された「責任を取らない幹部」の醜態は、世間の批判を呼び起こすには余りある。

「-以上が状況報告です。作戦は完全に成功しました。」

 ホテルでの朝ご飯を済ませて、部屋に戻ってからシャルが言う。

「ドローンのミサイルがかなり強力だったので、建造物への攻撃で死者が出ないように配慮したことを付け加えます。」
「ありがとう。十分だよ。」

 シャルにとって、ネットワークを破壊しつつドローン全機を乗っ取り、駐屯地に攻撃を加えることは造作もない。復旧がより困難になるようにドローンの攻撃に航空部隊の攻撃を加えたくらいだ。とどめにドローンに低レベル人格を転送して、自分以外を排除するように仕向けることも、寝ている僕の頬を突く感覚で実行できる。とどめに最後の1機に突入命令を加えて自爆させることは、僕の腕枕で寝るくらいの感覚で実行できる。
 僕は自衛隊員や家族から死者が出ることも覚悟していた。ミサイル攻撃で破壊された建物にいて無事でいられる確率は非常に低いからだ。でも、シャルは諜報部隊を送り込んで自衛隊員と家族を覚醒させ、非常サイレンを脳内に直接伝達することで早期に避難させ、一般隊員と家族は無傷もしくは軽傷にとどめた。一方で幹部はギリギリまで避難を遅らせたことで重傷者が多数出た。それには家族も含まれる。組織の幹部が負うべき責任とはそういうものだと僕は思っている。

「駐屯地にあったドローンはすべて破壊しました。勿論、オダワカ市に戻れるドローンはいません。武器弾薬や物資の供給は完全に途絶えましたから、自警団は次第に窮乏に追い込まれるでしょう。」
「…自衛隊を排除したから、本来の目的-須佐皇神社のヒヒイロカネ回収にシフトすべきだけど、どうやってオダワカ市に入るか。多分、自警団の警戒度は上がっているだろうから、余所者の僕とシャルは入れない。」
「これは比較的容易です。SMSAの支援を要請します。」

 翌日、長瀬町と周辺のスポットを堪能した僕とシャルは、長瀬町のホテルをチェックアウトして、電車でシラワ市の拠点のホテルに戻った。持ち込んだ荷物は僅かだし、長瀬町の桜見物で大半を持ち出していたから-日用品と着替えだけだし-部屋はほぼがらんどう。それでもきちんと清掃されているのは流石高級ホテルと言うべきところ。戻ってきたのは夜だから、オダワカ市入りは明日。ご神体を守る須佐皇神社は勿論、神社は基本的に日の出で開いて日没で閉まる。太陽の加護を受ける-言うまでもなく天照神の影響-ことで、その加護がなくなる夜は神社に行くのは良くないとされているし、そもそも社務所が開いていないところに乗り込むのは窃盗か強盗かという話になる。

『自警団の勢力範囲には、私の航空部隊と地上部隊、そして自衛隊から接収したドローンを配備しています。外部からの侵入を検知次第、これらで排除します。これまでのドローンがそうであったように。』
『ありがとう。自警団の状況は?』
『物資と武器弾薬の供給が停止したことで、動揺が始まっていました。手筈どおり対処してほぼ沈静化しています。』
『自衛隊からの物資供給に依存していたんだね。仕方ないことだけど。』
『自警団の多くは武器弾薬の供給も当然含まれると見ています。』
『武器弾薬の供給は継続する?』
『停止します。もう戦争の必要はないことを告げます。そうしないと、銃器の所持に例外が残り、オダワカ市の復興や他の自治体との共存で重大な足枷になる恐れが強いです。』

 自警団は、クルド人グループからの脅威に対抗するため、一言で言えば自衛のためという大義名分の下、銃器の使用訓練を受けて銃器を使用していた。クルド人グループが壊滅した今、その大義名分は成立しない。にもかかわらず、武器弾薬の供給が当然として受け入れ続けていると、今後オダワカ市が復興する際に武器を使って威嚇あるいは制圧する方法に打って出る危険がある。自警団も武装解除が必要だ。
 勿論、そう簡単に武装解除を受け入れるとは限らない。そのためにSMSAが展開する。SMSAはヒヒイロカネの回収を支援するだけじゃなくて、イザワ村の時のように、急襲や制圧、救出も可能な武装集団。武装解除に抵抗するなら武力で制圧して武装解除する。少々手荒だけど、自警団が一市民に戻る時だ。
 ホテルのレストランで夕ご飯を食べて、部屋に戻ってTVの電源を入れる。勿論、TV番組を見るためじゃなく、現状の説明と明日の段取りのため。オダワカ市はどこの内戦国家かと思う惨状だ。住宅街は自警団の勢力範囲を除いて全壊全焼。駅前を中心に存在していたビルも、骨格を無残に残すだけ。市役所や警察署もその例に漏れない。駅が一応機能しているのが奇跡的だ。勿論、状況が状況だから電車はすべて通過している。
 通勤通学の客から、絶えずSNSでオダワカ市の状況がアップされている。今も随所で黒煙が上がり、見渡す限りの焼け野原。空襲があったと言っても疑うのが難しいくらいだ。これまでと違うのは、ドローンが飛んでいないこと。一昨日までドローンが彼方此方で空中戦を展開していたけど、今は沿線から見える範囲では1機も飛んでいない。その分、全壊全焼した惨状が際立つ。
 混乱に紛れて逃げ出していた警察は、S県県警の命令と応援で再び市域に入り、廃墟で辛うじて生きながらえていたクルド人グループの一斉検挙・連行に乗り出した。これまでなら「差別」「人権」を叫びながら激しく抵抗したクルド人グループは、シャルのホログラフィとの戦闘による疲弊と空腹に同士討ちと内ゲバでの負傷が重なったことで、大人しく護送車に詰め込まれて連行されている。重傷者は先に病院に収容して、回復次第逮捕送検する方針だという。
 市役所職員は戻っていない。戻っても職場は焼けただれた鉄骨を晒すだけだし、パソコンも書類も何もない。ずたずたになったインフラのうち所轄である上下水道の復旧をしようにも、何処から手を付ければよいか分からない。市役所は隣のトリキ市の体育館を仮庁舎として、パソコンや机椅子はレンタルとリサイクル品で調達して業務を再開するとしているが、それも半月くらいかかる見通し。
 電気とガスも通信網もボロボロで、所轄企業は復旧の見通しが立たないとしている。コストもさることながら、復旧しても家という家が自警団の勢力範囲を除いて全壊全焼したし、脱出した住民が戻るかどうかも分からないのもある。このままだとオダワカ市はオウジン村に続いて地図から消えるという予想も出ている。幸か不幸か、東京に近いベッドタウンの1つだからオウジン村よりは復旧の見通しはあるけど、何年先になるか予想できない。
 市街地の8割がこんな有様だから、多少損壊した家屋はあるけど、きちんとした住宅やアパートが残っている一角、すなわち自警団の勢力範囲は、物凄く目立っている。だけど、電気もガスも上下水道も通信網も止まっているから、発電機と仮設トイレと外部からの物資補給で何とか生きながらえている。決して自力での勝利とホームタウンの奪還じゃない。必死に防衛線を展開していたら、いつの間にかクルド人グループが自滅して内戦が終結したというのが本当のところだ。
 内戦が終結してもインフラがすぐに戻るわけじゃないし、そもそも復旧の見通しが立たない状況だから、生活の不便さは何も変わっていない。内戦が終結したこともトリキ市の住民から噂話として耳に入るレベルだから、半信半疑。武装解除を自ら実行しないのは、そういう事情もある。
 僕とシャルの目的である須佐皇神社は戦火を免れて全域が無事。だから、他の市街地では全焼した緑が残っている。自警団の勢力範囲にある住民の数少ない憩いの場にもなっているし、自警団が最重要拠点として戦力を多く配備している。クルド人グループはこぞって須佐皇神社のご神体、つまりはヒヒイロカネを狙っていたから、自然なことではある。

「-以上がオダワカ市の現状です。」
「自警団の勢力範囲だけが焼け残ったんだね。須佐皇神社が守ってくれたという見方も出来るだろうけど。」
「守ったという達成感は少なからずあるようです。それが武装解除に至らない理由の1つになっていることも考えられます。」
「SMSAで武装解除と物資の供給、あと可能な範囲でインフラを復旧した方が良さそうだね。特に上下水道。」
「多少時間はかかりますが十分可能です。どうして上下水道?」
「衛生面の問題だよ。これからの季節、上下水道が復旧していないと伝染病が発生する危険がある。」

 大規模な地震で上下水道が寸断されると、飲み水や生活用水の供給が止まるのも大問題だし、下水道の破損で汚水が漏れたり処理できなくなって、そこから伝染病が発生する恐れが高い。日本では東京でも下水が100%普及してないけど、下水道より前に浄化槽や肥溜めがあるから、下水処理は何とかなっている方だ。日本でも伝染病は何とも流行しているけど、ペストなど下水処理の遅れで発生するタイプの伝染病は発生や被害の程度がかなり低いことに表れている。
 一方で、これから暑さが増してくる。かつては考えられなかった、「体温より気温が高い」ことが珍しくなくなっている。しかも湿度が高いのは変わらない。高温多湿は病原菌の繁殖にはうってつけ。しかも人口密度は高め。伝染病が一気に広がる危険が高い。清潔に慣れ過ぎた日本で伝染病が発生すれば、それだけでも大パニックに陥るし、風評被害も重いだろう。今後のオダワカ市の復興にも悪影響が出る。

「分かりました。上下水道の復旧を優先します。浄水場と下水処理場がどちらも破壊されたので、仮設の処理場を近隣に併設します。」
「頼むよ。水道とトイレが使えればストレスはかなり減るだろうから。」

 自警団の勢力範囲は建物などはほぼ残っているけど、生活基盤は根底から破壊された。そこ以外は焼け野原になったオダワカ市の復旧は長時間かかるだろう。少なくとも生活基盤の復旧なくして市街地の復旧はない。糸口として自警団の勢力範囲から仮設でも復旧させる。電力会社やガス会社もそこから復旧を始めるだろう。
 町が丸ごと1つ焼け落ちる、戦国時代か空襲さながらの事態に見舞われたけど、焼け落ちたことでオダワカ市に入る道が開けた。町全体の復旧は不動産が絡むし、ある意味東京にほど近いところに広大な更地が出来たから、ゼネコンやデベロッパーが目をつけるのは容易に想像できる。クルド人グループに支配隷属させられ、内戦から逃れるために住み慣れた家を追われた住民も含めて、オダワカ市をどうやって復旧させるか、外国人相手に毅然とした態度に出られなかった市役所と市議会が責任をとるためにも真摯に取り組むべき大きな課題だ。
 それは、オダワカ市と市民、そして外国人入国を統括する入国管理局、外務省、ひいては日本全体の課題だ。僕とシャルは、SMSAの支援を受けてオダワカ市に入り、須佐皇神社のご神体として鎮座しているヒヒイロカネを回収する。それだけだ。

…だけど、それだけで終わらなそうな気がする。

 翌朝、何時もどおりシャルに起こしてもらって、ホテルのレストランで朝ご飯を食べてから出発。シャル本体に乗っての移動は久しぶりな気がする。水素の残量が気になったから、水素スタンドに立ち寄って補給。ヒヒイロカネの回収ではシャルの負担が大きいし、補給できるときにしておいた方が良い。首都圏だからか水素スタンドの数には不自由しない。
 オダワカ市には、国道27号線からだとほぼ一直線で入れるけど、S県県警がオダワカ市に通じる主要道路を封鎖している。唯一入れるのは自警団の勢力範囲。トリキ市と繋がる橋は、昨日自衛隊に紛争したSMSAが仮設の橋を構築済み。一度県道164号線に出て東に入り、国道233号線でトリキ市に入り、そこから自警団の勢力範囲に入る。かなり遠回りだけど、警察と戦争して時間を浪費したくない。
 信号と渋滞に何度か足止めされたけど、1時間ほどでトリキ市に入り、そこから乱川を超えてついにオダワカ市に入る。既にSMSAは展開済みで、SMSAとHUDの誘導で僕は須佐皇神社に隣接する小学校の校庭に入る。自警団の物資保管や病院、作戦司令部としての機能を有していたそうだ。まさに内戦状態だったと思い知らされる。

「おはようございます。」

 シャル本体から降りた僕とシャルを、SMSAが敬礼で出迎える。全員自衛隊の制服を着用している。

「おはようございます。状況はどうですか?」
「内戦の終結を告げ、シャル様のご命令どおり上下水道を最優先とするインフラの復旧と物資供給の継続を提示し、市民の武装解除に成功しました。」
「ありがとうございます。引き続きインフラの復旧と市民の警護を続けてください。私とヒロキさんは須佐皇神社に入ります。」
「了解しました。」

 自衛隊の制服を着用しているから、自警団が自衛隊への求心力を高める懸念はある。「外」は戦闘用ドローンを保有して市街地で暴走させ、駐屯地全体を灰燼に帰したという自衛隊の前代未聞の不祥事で溢れているけど、インフラが寸断された「内」は違う。それに企業の作業着だと自警団の警戒心を解くには至らないし、インフラの復旧を提案しても素直に受け止められるとは限らない。一方で、災害復旧の主軸を担うのは自衛隊というのは広く認知されている。そういう背景で、SMSAが自衛隊の制服を着用することをシャルが提案して僕は賛同した。
 勿論、単に自衛隊の株を上げることには繋げない。「外」からSMSAが入る際にはオダワカ市やインフラ企業各社を偽装している。「外」はカスミ市での不祥事で持ちきりだから、自衛隊の移動は目立ちすぎるし、妨害される恐れもある。インフラ企業は電力自由化が行なわれたと言っても、実質地方ごとの管轄企業が電気と都市ガスを独占している。水道は一部民営化された自治体もあるけど、基本的に自治体の管轄。それぞれの作業着を来ての移動なら。オダワカ市で復旧が始まったと見られるし、妨害する動きは出にくい。
 本来なら、SMSAが展開する際は後に関係した人の記憶を消去あるいは改竄するのが通例。そうせずに「外」と「内」で使い分けるのは、僕の提案を受けてのもの。心配性とか警戒心が強すぎるとか言われればそれまでだけど、「あり得なくはない」とシャルは賛同して、面倒な対策を講じてくれた。僕とシャルが須佐皇神社のヒヒイロカネを回収して、自警団の勢力範囲のインフラが一定程度復旧するまで何事もなければ、僕の取り越し苦労で終わる。
 僕とシャルは小学校の校庭から須佐皇神社に入る。周辺の開けた住宅街から一転して深い森に代わる。都心にほど近い場所でもこれだけの森が存在するのが神社の不思議なところだ。少し離れたところに行くと瓦礫と焼け焦げた炭しか残っていないから、森が残っていることはより貴重に思える。

「自警団は、須佐皇神社から退去したのかな?」
「SMSAに照会したところ、武装解除に伴い退去が完了したとのことです。宮司や巫女もインフラ復旧とその調査のため、一時的に社務所から退去しています。」
「神社には誰もいないってことか。その方がヒヒイロカネの確認や回収には都合が良いね。」

 須佐皇神社のヒヒイロカネもご神体として、神社の聖域中の聖域である本殿の奥に安置されている。宮司などごく限られた人しか出入りできない、それもごく限られた時だけ。そんな場所とものに一般人が接近するのは、神社の関係者としては最大限警戒するところ。余計な問題や軋轢を引き起こさないためにも、神社の関係者が退去しているのは望ましい状況だ。
 そうでなくても、ヒヒイロカネの回収前後でシャルがなかなか強烈な見た目になる。極太のケーブルが背中に突き立てられたり、雷が落ちたような激しい光と音に包まれて彼方此方損傷したりと、超常的なことが起こる。厳ついロボットならまだしも、シャルはスリムな美女。大混乱や映像を撮られてSNSにアップされるのはほぼ確実だ。
 関係者も他の参拝客もいない境内は、鳥の囀りと木々のざわめき、遠くに聞こえる工事の音くらいしか耳に入るものがない。石灯籠が等間隔に立ち並ぶ参道をまっすぐ進んでいくと、石造りの鳥居の向こうに平屋の建物が見えて来る。あれが須佐皇神社の拝殿だろう。ご神体が安置されている本殿はその奥。拝殿の外からは見えづらい。
 鳥居を潜って拝殿の前に到着。右手側に社務所があるけど、朱印や物品購入の窓口はすべて雨戸が閉じられている。誰もいない神社は、つい昨日までオダワカ市民の最後の砦だった様子は感じられない。都心に近い森の中に佇む神社は、今回の騒乱を見て何を思っただろう。
 誰もいないからと言って、そのまま拝殿を通過して本殿に乗り込むのは憚られる。特段信仰心が強いわけじゃないけど、長い時を旅して人と土地とそれらが作り出す歴史を見つめてきた、そしてオダワカ市と市民の多くがクルド人グループに蹂躙される中、最後に残った自警団の砦であり、心の拠り所だった場所に土足で踏み込むことはしたくない。手順どおり手水舎で清めて、拝殿で二礼二拍一礼。そのうえで靴を脱いで拝殿に入り、その奥にある通路から本殿に向かう。

「ヒヒイロカネのスペクトルが検出されました。ヒヒイロカネは確かに存在します。」
「ヒヒイロカネの回収と同時に周囲の警戒を続けて。」
「勿論です。」

 靴を脱いでいるとはいえ、本殿に踏み込むのはやっぱり緊張する。微かに檜の匂いがする廊下を進み、階段を上ると、観音開きの扉の前に来る。この先にご神体、ヒヒイロカネがあるのか。

「ヒヒイロカネのスペクトルが強くなっています。この先にあるご神体から検出されています。」
「…行こう。」