「間違いありません。ヒヒイロカネです。」
「まずは回収だね。」
「はい。下がってください。」
今度は祭壇から無数の触手が湧き出して、安置されているご神体の剣を祭壇から上方向に持ち上げ、シャルに手渡す。その瞬間、激しい閃光と雷のような轟音が迸る。ヒヒイロカネが人格OSを有している証拠。僕じゃどうにもならないから、邪魔にならないように床にしゃがんで耳と目を塞ぐ。耳を両側から頭を掌で圧し潰すような強さで塞いでも、轟音が街宣車くらいの音量で聞こえてくる。
『無力化が終わりました。目を耳を開けても大丈夫ですよ。』
頭の中にシャルの澄んだ声が流れ込んでくる。ダイレクト通話がこういうところでも威力を発揮する。目と耳を開けて立ち上がってシャルを見る。服が彼方此方敗れて、そこから少し黒煙が立ち上っている。激しい攻防戦の傷跡は、何度か見ても痛々しい。「エネルギー補給態勢を構築しておいて正解でした。これで損傷は27%。エネルギー補給態勢がなかったら、50%を超えていました。」
「そこまで頑強に抵抗したってことは、人格OSがかなり高度だったってこと?」
「そのとおりです。タカオ市で最初に捕縛した手配犯に同行していたヒヒイロカネを憶えていますか?それより高度な人格OSでした。」
「!」
もしかして、自衛隊がオダワカ市の内戦に介入して、自警団を支援することで取り入ろうとしたのは、須佐皇神社のヒヒイロカネがこうだと知っていたから?
高度な人格OSを搭載したヒヒイロカネは、この世界に存在するものでも少数だと思う。実際、これまで発見あるいは対峙したヒヒイロカネの人格水準はないか低めだった。人格水準が低ければ無力化や回収は容易なんてことはないけど、高度な人格OSの存在は、多大な魅力あるいは脅威になる。AIという名の機械学習が持てはやされているけど、ある命題に対する解の候補を高速に導出するシステムで、人間が「餌」となる情報や資料を与えないと学習しないし、最適化は行われない。人間とAIの決定的な違いは、自分で考えることが出来るかどうか、突き詰めれば自我があるかどうか。AIや人工知能が目指すのは自ら考えて学習する第6世代コンピュータと言われるもので、それは自我を持つことで初めて実現すると言える。フィクションで登場するそれらは自我を持つか目覚めるかする。
自ら考え行動し、独自の人格を持つコンピュータやOSは、人間を凌駕することは想像に難くない。現にシャルは1人でこの世界の警察や軍隊を翻弄できているし、僕やシャルとタカオ市で対峙した人格OSは、非凡な能力を有していた。相手がシャルで、自分が口封じで追い込んだ副市長の急襲で敗北したけど、この世界の警察や軍隊だったら軽々全滅させただろう。
そういう人格OSの存在を自衛隊が知ったらどうなる?確実に兵器に転用する。ドローンですら、内戦で疲弊して破壊されたオダワカ市を舞台に戦闘させて、そのデータを収集していた。戦闘用ドローンも自律行動をしていたけど、恐らくカメラで目標を選択・推定して、敵だと分かれば攻撃するというものだろう。シャルが乗っ取って駐屯地を壊滅させたときのような行動は不可能だ。逆に、それが可能になるのが人格OSの存在。
戦闘用ドローンが自ら考え、行動するようになったら、果たして安全な世の中になるか?残念ながらそれはあまりに理想論が過ぎる。多分、否、間違いなく戦闘用ドローンに人格OSを搭載したい自衛隊や支配層、ひいてはXは戦闘用ドローンを支配下に置いて、反対勢力を指先1つで排除する理想の世界を思い描いているだろうけど、人格、つまりは自我を持つ戦闘用ドローンが素直に言うことを聞くと考えるのは、あまりにも浅はかだ。世界が人間でないものに支配されるだけだ。
そんな危険性を知ってか知らずか、自衛隊は何処からか須佐皇神社のご神体がヒヒイロカネだと知って、オダワカ市の内戦に便乗して市民に取り入り、ヒヒイロカネを手中にしようとした。そしてその背後にはXが居る。Xの企てがおぼろげながらも見えてきたのと、自衛隊とはヒヒイロカネを巡って完全に敵対関係にあることも確定した。せめて無関係の市民を巻き込まないようにしないといけない。目的のためなら多少の犠牲はやむを得ないと正当化が当たり前になったら、それこそXや自衛隊や警察、取り巻きの支配層と変わらない。
「それにしても、高度な人格OSを搭載したヒヒイロカネが、東京の近郊にあったなんて…。」
「それは現代の感覚から来る違和感だと思います。むしろ東京近郊だからこそ、です。」
そういう背景があるから、東京近郊に高度な人格OSを搭載したヒヒイロカネが隠されていることは、むしろ自然なこと。逆に天鵬上人が桓武天皇らに食い込んで宗教ブレーンとしての地位を確立した京都や、壮大な修行場である高野山やその周辺にはヒヒイロカネが隠されているという推測が成立する確率が非常に低く出ている。手元に置くと、京都だと政敵や窃盗に合うリスクがあって高野山は未開の原生林が生い茂る山。安全を考えれば、当時の僻地に隠蔽するのが安全確実だ。
「天鵬上人の時代だと東京周辺は僻地だから、隠すには好都合だったわけか。」
「更に時代の変遷で東京が日本の政治経済の中心になることを見据えていたと考えられます。自分の仲間がヒヒイロカネの隠し場所に気づけば、東京に近いところにあれば回収が容易になる、と。」
「嫌な方向に頭の回転が速いね。」
もっとも、世代の継承とは手配犯の一味に限られる。恐らくXは支配層に食い込み、霞が関で支配者の証として崇拝あるいは争奪の対象となっているらしいヒヒイロカネを敢えて泳がせ、支配層を掌の上で踊らせて自分の方に引きずり込んでいる。それが政権党であり警察であり自衛隊であり財界でありそれらに取り入って甘い汁を吸おうとする連中。それらを手中にしてこの世界にあるヒヒイロカネを探させ、我が物にして頂点に君臨するつもりなんだろうか。
…兎も角、須佐皇神社のヒヒイロカネは無事回収した。搭載されていたという高度な人格OSの詳細は、シャルやSMSAが解析する。どこでどうやって搭載されたのか。そして搭載したのは誰か。それらが明らかになることで、Xに近づき、追い詰めることになるだろう。
「ヒロキさんの推測が当たったようです。」
「!まさか!」
「SMSAから緊急通信が入りました。インフラ企業に偽装した自衛隊が、自警団の勢力範囲に突入してきました。」
「緊急通信と言っても、通常とは異なる状況を私に伝達してきたという意味合いです。戦闘能力は比較になりません。すでに住民は安全な場所に避難していて、自衛隊はSMSAの反撃を受けて後退しています。」
「それなら良いけど、ドローンを飛ばしてきたりするかもしれないから、油断はしないでね。」
「勿論です。私の航空部隊がSMSAを支援しつつ、周囲を警戒しています。」
「シャル様。富原様。」
SMSAの1人が報告に来る。「突入してきた自衛隊はほぼ撤退。数名を捕縛しました。SMSAと住民に被害はありません。」
「ご苦労様です。自衛隊の足を奪い、完全に追い払ってください。航空部隊で支援を続けます。」
「了解しました。捕縛した者は校舎の1階、職員室に監禁しています。」
「分かりました。」
「雑兵や下っ端リーダーが何処まで知っているかは怪しいところですが、情報は多いに越したことはないですね。」
「尋問する?」
「はい。どのみち記憶の消去や改竄をしますし、存在ごと消されないだけましでしょう。」
校舎に入り、案内表示に従って職員室に向かう。と言っても、正面出入口からすぐの所にあるから、迷うことはない。ドアの前にはSMSAが立っている。僕とシャルを見てすぐ敬礼する。
「警備ご苦労様です。捕虜は?」
「室内で捕縛しています。司令官から連絡を受けています。どうぞお入りください。」
「ありがとう。警備を続けてください。」
「了解しました。」
「雑兵や下っ端リーダー相手にいちいち尋問するのも時間の無駄です。一気に行きます。」
シャルが言うと、牢屋の床から大量の触手が飛び出して、捕虜が拘束される。更にその頭に数本の触手が突き立てられる。例によって例のごとく、脳を直接触手で引っ掻き回されるように、捕虜の頭が前後左右に揺れ、そのたびに捕虜が蛙を締め上げたような声を漏らす。脳へのダイレクトアクセスには、男女の区別はない。何度見てもなかなかえぐい光景だ。「やはり雑兵や下っ端リーダーは駒でしかないですね…?」
シャルが溜息交じりに脳へのダイレクトアクセスを終了しようとした時、何かに気づいたように押し黙る。断続的に捕虜から蛙を締め上げたような声が漏れる中、シャルは表情を険しくして脳へのダイレクトアクセスを続ける。何かこれまでにない情報が出てきたんだろうか。「…状況が少し見えてきたかもしれません。」
触手が一斉に引っ込み、捕虜は支えを失ったように前や後ろに倒れる。シャルは捕虜を一瞥もせずに踵を返す。「シャル。捕虜が何か特別なことを知ってた?」
「知っていたことはたかが知れています。問題は所属です。天道山の僧侶です。」
「?!」
「しかもその僧侶は、菩提浄寺直々の命令で自衛隊に潜入していました。首都近郊のヒヒイロカネを探し、機会を見て奪え、と。」
「!菩提浄寺はヒヒイロカネの存在を知っていて、自衛隊にスパイを送り込んでいたってこと?!」
「そのとおりです。」
「末端のスパイがヒヒイロカネという固有名詞を知っていることは、他の組織や団体では見られないことです。この点でも、菩提浄寺はかなり深いところまでヒヒイロカネを知っていて、その奪取を目論んでいると見て良いでしょう。」
「天鵬上人が天道宗に遺言を残したのかな。」
「恐らくそうでしょう。問題は1つ。天道宗や菩提浄寺がヒヒイロカネを我が物にして何をしようとしているのか、です。この点では、警察や自衛隊、元財務相や霞が関の官僚、ひいては支配層の方がはるかに明確です。自分のためという徹底した利己主義に基づく理想と、その実現のための行動ですが。」
天道宗の意図は不明だけど、シャルが言うとおり自分のため、言い換えれば利己主義に基づくものと見て良いだろう。開祖天鵬上人がヒヒイロカネを巡って歴史の裏で暗躍し、オオクス地方では火山噴火でトライ岳を建造した棟梁の集団を、逃げ出した1人を除いて抹殺したくらいだ。ヒヒイロカネを巡る争いの、ある意味本命の一勢力と言える。僕とシャルにとっては敵でしかないことには変わりないけど、歴史ある宗教団体までこの醜い腐った争いの構図に加わっていた事実には落胆するばかりだ。
「天道宗が絡んでいることが分かった以上、あのスパイは利用価値があります。」
「天道宗に送り込む?」
「はい。木乃伊取りが木乃伊になる、と言うんでしたか?こういう状況。」
ひとまず、オダワカ市の内戦で図らずも目標にされたヒヒイロカネは無事回収できた。殆どが焼け野原になったオダワカ市の復興がどう進むか、自称難民の外国人をのさばらせた責任をどう取るのか、自称難民の外国人をどうするのか、課題は山積みだけど、それを解決するのは結局市民であり国民だ。自国のことは自国民が決めるという当たり前にして民主主義の基本が、安価な労働力欲しさと歴史に学ばない人権至上主義で脅かされている現実に、1人でも多くの市民国民が気づいてくれると良いんだけど。
SMSAの見送りを受けて、僕とシャルは小学校、そしてオダワカ市を後にする。HUDに表示されている次の候補地は…逆鉾山?
「予想より早くオダワカ市でのヒヒイロカネ回収が完了したので、SMSAの現地発掘現場に向かうことにしました。」
「予想所要時間25時間って出てるね。途中はSAかPAで車中泊?」
「途中コウノ市でホテルを予約してあります。状況次第で中継地点のホテルを追加するので、ゆっくり運転してください。」
「分かった。」
あと、気になるのは天道宗の動向。あの天鵬上人こと手配犯の1人が開祖であり、歴史の教科書にも載っている仏教宗派の1つが、天鵬上人の遺志を受け継いでヒヒイロカネ争奪戦に加わっていることが発覚した。しかも、自衛隊にスパイを送り込むという諜報組織のようなやり口まで使って。
天道宗の参戦は、開祖天鵬上人の遺志を受け継いだという線が今のところ濃厚だけど、末端のスパイまでヒヒイロカネを知っていることが引っ掛かる。ホーデン社の件でも渉外担当の部署が経営層の命令でヒヒイロカネ捜索をしていたけど、ヒヒイロカネという固有名詞は知らされていなかった。天道宗とホーデン社の命令系統が違うとしても、前線に出るスパイが対象の固有名詞を知っているかどうかの違いは、組織におけるヒヒイロカネの認識の違いを意味している。ホーデン社は一つまみの経営層しか知らないけど、天道宗では少なくとも末端の僧侶まで共通の認識になっていると見られる。
これは、自衛隊やホーデン社では、上層部や経営層といった、極一つまみの存在がそれ以外を使役してヒヒイロカネ奪取を目論んでいるのに対し、天道宗は挙党体制でヒヒイロカネ争奪戦に臨んでいることを意味する。同時に、場合によっては天道宗が自衛隊や警察など国家権力や財界など支配層以上に厄介な対抗勢力になる危険性を秘めていることでもある。
奇しくも、これから向かう先は、天道宗の寺が逆鉾山を包囲するように点在するヨクニ地方。前に調査した時は、特段異変は見当たらなかった。だけど、天道宗総本山の天道山からヒヒイロカネ捜索と奪取の指示が出ている確率も否定できない。逆鉾山の超常に隠されたヒヒイロカネを何事もなく回収できれば、それに越したことはないんだけど…。