『話は変わりますが、SMSAから別件の連絡がありました。逆鉾山頂上の大逆鉾神社の本殿地下に隠されたヒヒイロカネの回収が可能になったそうです。』
逆鉾山は、何かとこの旅に関係してくる天鵬上人とのかかわりが深いと見られる謎の山。その頂上にある大逆鉾神社の本殿地下に巨大な石室があり、そこにヒヒイロカネが隠されていることが明らかになった。ただ、その時は雪が降る時期で、銃器の搬入や作業には大きな危険が伴うということで、発掘と回収は雪解けまで先送りすることになっていた。改めて時間が流れて春が訪れたことを感じさせる。『発掘作業はSMSAに任せて、無力化や解析、回収は現地に赴いて行います。重機の搬入のため、発掘には1か月ほど要する見通しだそうです。』
『それで良いと思う。こちらの状況は収束の見通しが立たないし、必要に応じて行き来するのは全然構わない。』
『分かりました。SMSAにはそのように連絡・指示しておきます。』
逆鉾山の方が季節が変わったことで進展しそうなのに対して、オダワカ市は膠着状態、むしろ悪化さえしていることには思わず溜息が出る。外国人が複数のグループに分裂して、その国の国民を追いやったり使役したりして内戦に興じる事態が日本で発生するとは、正直思わなかった。日本は日本人だけの国という意識がどこかにあったかもしれない。外国人が増える分には構わないけど、不法滞在を続け、難民や差別を盾に違法脱法行為を続け、挙句内戦に興じるような外国人は、日本に限らずお断りする以外にない。
『クルド人グループが混乱、疲弊しているのを利用して、支配下に置かれた市民を脱出させています。』
『それは気が回らなかった。良い判断だよ。脱出経路の安全は大丈夫?』
『ホログラフィではなく、私が創造した部隊を護衛につけています。勿論光学迷彩付きなので、市民に気づかれることはありません。』
『完璧。』
ホログラフィじゃない実存の部隊で勿論強力だから、安全に脱出できる。もし脱出の動きに気付いたクルド人が追撃や妨害をしようとしたら、即座にホログラフィを使って同士討ちに見せかけて再起不能にする。同士討ちにしか見えないし思えないから、グループ内での不安や不信が増す。劣勢での身内や仲間への不満や不信は、容易に同士討ち、言い換えれば内ゲバに発展する。
クルド人グループを崩壊に導くには、別にグループで結束している必要はない。むしろ、グループ内でも同士討ちが起これば、崩壊の速度は早まる。シャルはそれを見込んで襲撃するホログラフィはグループの所属を問わないようにしている。思惑どおり、グループ内では疑心暗鬼が生じている。一旦同士討ちが始まれば、相当早いスピードでグループ全体に波及するだろう。そうなれば、結束や統率は効かなくなり、グループの崩壊は時間の問題になるだろう。
出来れば自警団も一旦オダワカ市から退避させたいけど、自警団は須佐皇神社を守るためという正当な大義名分がある。その大義名分があるから、3つのクルド人グループに押されながらも須佐皇神社一帯を死守している。それに、クルド人グループが全部瓦解したとしても、自警団の戦力で市域全体を奪還して維持できる見込みは低い。人口比で自警団の勢力はオダワカ市の約1/4。上下水道や変電所といったインフラはクルド人グループの勢力下にあり、いずれも内戦で深刻なダメージを受けている。これらの復旧は自警団だけではまず不可能。市外から業者を呼んでも復旧には年単位の時間がかかるだろう。
クルド人グループが瓦解したとしても、残党がいるかもしれないし、事実上の無政府状態になった場所には別の良からぬ連中がやってくるのは、過去の震災などで証明済み。自警団としては須佐皇神社が守れれば良いかもしれないけど、窃盗団や暴力団や半グレ、別のクルド人グループが流入してきたら、もう守りようがないかもしれない。最悪、オダワカ市は地図上から消滅することもあり得る。
『市役所や警察署からも脱出が始まっています。』
『市役所は戦闘力がないからまだしも、警察が脱出って…。』
『現有戦力では対処不能と判断したようです。脱出は市域の大混乱で表沙汰にはなっていませんが、警察が地元住民を見捨てたことには違いありません。』
『元々クルド人グループには及び腰だったし、居ても居なくても変わらないと言えばそうかも。』
『そのとおりですね。オダワカ市はクルド人グループに実効支配され、内戦で滅んだ自治体として後世に名前が残るかもしれません。』
Xが居座っていると見られる東京、特に政権党や霞が関に何の動きもないのが引っかかる。遠く離れたオオジン村にはMIRVを撃ち込み、イザワ村では地元警察と交戦するくらいなのに、川を隔てた自治体のかつてない混乱には及び腰どころか無関心そのもの。この差は何なのか。ヒヒイロカネが絡んでいるのは変わらないのに。
1つの自治体が存亡の危機にある今の事態は、オオジン村のように村ぐるみで犯罪行為に手を染めていたのとは訳が違う。僕とシャルの旅の本筋はヒヒイロカネを捜索して改修すること。これは変わりないけど、そのためにはヒヒイロカネに纏わりつく醜悪な欲望や人間、組織を排除しないといけないというのは、これまでの旅で得た経験でもある。
今回の事態は、これまでより強力かつ広範囲な排除を手がけている。シャルのホログラフィによる攻撃で、少なくないクルド人グループの面々が再起不能に追い込まれている。今までも戦闘ヘリのミサイルで身体の一部を吹っ飛ばされたり、ヒヒイロカネの回収で身体の一部を麻酔なしでえぐり取られた例があるから、再起不能は特段驚くことでもない。その数が多いだけと言える。
同士討ちを誘って自滅に誘導する作戦は、今のところ順調に推移している。それが逆に不安を呼び起こす。「何かある」と。SNSでは騒がれている割に、マスコミは殆ど報道しないし、S県も自衛隊も無関心に近い。これだけの事態をマスコミが報道しない時点で「何かある」と感じずにはいられない。人の不幸があるところに駆けつけ、「今のお気持ちは」質問をぶつけるのが、恥を知らない、ものを知らない、人を知らないマスコミの基本姿勢なのに。
『何かあったところで、絡んだ連中が破滅するだけですよ。それが今すぐか後になるかの違いでしかありません。』
シャルは途中で買ったソフトクリームを舐めながらダイレクト通話で言う。『様子見か何かは現時点では分かりませんが、同士討ちと内ゲバに走るクルド人グループも、無為無策な政権党も警察も自衛隊も、私の敵ではありません。敵になるならまとめて潰すだけです。』
『シャルの能力は絶大なのは分かってるつもりだけど、裏をかくというか足元をすくうというか、そういう手を用意してるんじゃないかって。』
『策を講じたところで、まとめて潰せば結果は同じですよ。それより。』
「これ、美味しいですよ。」
「これって、塩味がついてる?」
「よく分かりましたね。塩漬けの桜の花びらを使っていると書いてあったので、その味ですね。」
「甘いものに塩味ってミスマッチのように感じるけど、これはこれで美味しいね。」
「甘味を引き立てるために塩味を少し加えるのは、時々目にしますね。じゃあ、次は私の番。」
「こっちは、苺味が前面に出ていますね。少し酸味があって美味しいです。」
「食べ比べって、2人だから出来ることだね。」
「そのために別々のものを買ってもらったんですよ。」
XやXが食い込む支配層は、生かさず殺さずや公安警察を使った妨害や弾圧からさらに踏み込んで、用済みとなったら物理的に始末するところまで来ている。1回目はシャルが阻止したけど、自治体そのものは壊滅して事実上消滅。今度も…、収拾がつかないとなれば自衛隊を投入して皆殺しにするとか企てているんだろうか。兎に角きな臭いことが多い。多すぎる…。
長瀬町での滞在2日目の夜、夜桜見物の後、入浴して部屋で寛いでいる。提灯型のLEDでライトアップされた満開の桜は見事の一言。一方で、車で来た人達が駐車場待ちで昼以上に大渋滞を起こしている。シャル本体を置いて電車で訪れたのは正解だったと改めて思う。シャルの計算では、駐車場は最大3時間待ちだという。人が行き交う中、3時間も車の中にいるのは退屈だし、イライラが募るだろう。そういう時間をものともしないなら良いけど。
僕とシャルは、そんな混雑が織りなす喧騒を遠くに聞きながら、ソファに並んで座ってゆったりと地酒を飲んでいる。これも交通機関で来たから出来ることだろう。もっとも、僕は酒に強くないから、お猪口に半分くらい注いでもらった酒をチビチビ飲む程度。それでもアルコール度数が強めなせいか、頭が良い感じにふわふわしている。
シャルは、僕に凭れて時折酒を飲んでいる。シャルはほぼアルコールだけと言って良いスピリタスを一気飲みしてもまったく平気らしいけど、僕の左腕に手を回して密着したうえ、僕の左肩に断続的に頬ずりをして心地良さそうな顔をしている。酒よりこうすることの方がメインだと良く分かる。
今日に限ったことじゃないけど、シャルは夜に部屋で2人きりになると猛烈に甘える。オクセンダ町で一線を越えて以来、甘え方に拍車がかかったように思う。部屋で2人きりだし、夫婦だし、甘えても甘えられてもスキンシップ込みでいちゃついても何ら不都合はない。誘惑が強烈過ぎて堪えるのが大変という、極めて贅沢な悩みを除いて。
僕もだけど、風呂上りで浴衣を着ている。それが少し着崩れて、ほんのり上気した白い肌が見え隠れしている。特に深い渓谷を作る立派な丘陵、否、山が浴衣の隙間で窮屈そうにしている。それが浴衣越しに左腕に押し付けられていて、猛烈な柔らかさをアピールし続けている。加えて甘酸っぱい芳香。顔を少しシャルに向ければ、芳香が特に際立つ金髪が間近にあるから、芳香がほぼダイレクトに鼻に入ってくる。
誘惑に屈して理性を吹っ飛ばしても、それこそ部屋で2人きりで夫婦だから構わない。防音はシャルが必ず対策するし、そもそもほぼ毎日してるから、今更誘惑云々言うまでもないと言えばそれまで。ただ、今はそれに至る過程をもっと味わいたい気持ちがある。
シャルとこの旅に出てもうすぐ1年になる。行ったこともない、名前も知らない場所に行って、彼方此方移動して、ヒヒイロカネの捜索と回収をしている。そうしているうちに、人型をとるようになったシャルと一緒に食事をして、合間に観光や遊びに出かけ、心と体を通わせるようになった。
旅に出る前には、決して手に届かないと思っていた伴侶とシチュエーションが手に入った。しかも、どれも最高のものが。今だってそう。甘酸っぱい芳香を醸し出す美女が、浴衣を少し着崩して胸元が見えるのも厭わずに僕に密着して、頻繁に頬ずりしてさえいる。今日も昼夜と桜見物や店巡りをしていて、他の観光客は勿論、駐車場待ちの車からも視線が注がれた。僕は少しばかりの視線の痛さと、結構な優越感を覚えた。わざわざ見せびらかすようなことはしなかったけど、一緒に歩いているだけで見せびらかしているようなものだと言われればそれまでではある。
試しに、少し酒が残っている猪口をシャルの口に近づけてみる。シャルは僕に凭れ掛かったまま、口を少しだけ開ける。慎重に猪口を傾けて、シャルの口に注ぎ込む。シャルは唇を湿らせる程度口に含むたびに喉を鳴らす。小動物が水を飲んでいるようでもあり、夜の営みで僕を慈しむ時の仕草のようでもある。
TVの画面は真っ暗。部屋も照明を控えめにしている。外の喧騒がかすかに聞こえることが、部屋の静寂を際立たせる。同じS県なのに、片方は自治体ごと滅亡の危機に瀕し、片方は夜桜見物の賑わいを他所に睦の時を過ごす。シャルと親密か敵対かの違いを反映していると言えるけど、物凄いギャップだと改めて思う。
長瀬町は割と広くて、桜並木がある乱川沿いが特に人を集めるけど、山間部もあって、そこには広大な自然公園と動物園がある。桜見物に2日かけて十分回れたと思うから、明日以降は山間部にシフトする予定。宿は7日分確保しているから、宿探しに奔走する必要もない。聞けば、宿は桜見物に来た観光客で多くが埋まり、今も続く駐車場の空き待ちに限界が来た観光客の緊急避難でほぼ満員だという。桜は満開になったら少しの風や雨で2,3日で散ってしまうし、桜は昼と夜に十分見たから、残りの期間は桜に人目を奪われている長瀬町の山間部や周辺に足を伸ばす計画は正解だと思う。
さて…、そろそろ酒が尽きる。元々僕が酒に弱いから、用意してもらったのは一合。シャルと2人で飲んだら丁度良い酔い具合になった。呂律が回らなかったり歩けないわけじゃなく、素面でもない。シャルの口から空になった猪口を退けてテーブルに置き、シャルの耳元で囁くように言う。
「シャル。ベッドに…行こうか。」
シャルは小さく頷く。ただ、僕から離れて立とうとはしない。僕はシャルの膝裏に右腕を差し込んで少し抱え上げる。この時点で、シャルはようやく僕の左腕から離れる。僕は解放された左腕でシャルの上半身を抱えて、シャルを抱え上げる。僕に完全に身をゆだねているシャルは、本当に軽くて柔らかい。シャルをベッドの1つへ運ぶ。部屋はツインベッドだけど、昨夜も1つしか使っていない。昨夜と違うのは、窓側のベッドを使うこと。昨夜はシャルが廊下側の僕のベッドに来たから、今夜は逆にしてみた。シャルをベッドに横たえる。何の抵抗もなく、目を閉じたままのシャルは、着崩れた浴衣の隙間から肌と下着を覗かせている。それらが猛烈に扇情的だ。
外からは今も微かに喧騒が聞こえる。夜桜見物の提灯は22時まで点灯するというし、時間は21時を少し過ぎたあたり。何としても駐車場に入ろうとする車や、道路を行き交う人々からの喧騒はもうしばらく続くだろう。だけど、ベッドに乗り込み、シャルの上に覆いかぶさる形になると、喧騒が急に消えていくように思う。2人の世界に入るって、こういうのを言うんだろうか。
目を閉じたままのシャルに、ゆっくりキス。舌は入れずに、首筋に移動。そこから浴衣を少しずつ開いて肌の露出を増やしつつ、そこに唇を這わせる。シャルの身体が断続的に脈動して、僕の頭を抱えたりシーツを掴んだりする。呼吸音が明瞭に、そして荒くなっていく。一気に脱がすのもありだけど、ムードやシチュエーションを考えてほしいとシャルは思っているし、僕の放出だけで終わるならシャルを道具扱いするようなものだ。
こうしている間にも、オダワカ市は着実に崩壊に向けて進んでいる。シャルの作戦は最終段階に入る。僕が朝目を覚ました時、どうなっているんだろう…?