「同士討ちは放っておくとして、これを見てください。」
マップが複数の写真に切り替わる。雪の割合が多いけど、明らかに人工的なものだと分かる整然とした石垣が見える。そして石の扉らしいものも。「トライ岳はやはり天然の山ではなく、人工的な建造物です。」
「石の扉を撮影したってことは、自衛隊はトライ岳の内部構造も把握していたってこと?」
「まだそこには至っていません。雪と石扉のサイズと推定重量の前に、内部侵入は先送りしていたとあります。」
「この石扉は、撮影角度やEXIF情報から、トライ岳の下側に位置すると見られます。サイズはおよそ横幅2m、高さ4m。推定重量は3トン。巨大な重機や強力な爆薬が必要です。人造物と確定しただけでも古代史研究を揺るがすには十分ですが、更に驚愕の事実があります。」
石扉の写真が拡大される。斜め下からの構図だからちょっと歪んで見えるけど、何か刻まれている。…ん?これって…。「銀狼神社や三付貴神社のご神体に刻まれている文字列と同一のものとみられます。」
「!ということは、トライ岳も天鵬上人こと手配犯が?!」
「その確率が高いです。同時にこれは、七輪神社や三岳神社との関連性が高いことを匂わせています。」
「二等辺三角形だね。かなり綺麗な形をしてる。」
「はい。この二等辺三角形の左右の対称性は、50.003%。関係する建造物の年代からしても非常に正確です。」
「これら3つの建造物は、人為的に配置されたもので、それは恐らく天鵬上人。」
「そう考えて良いと思います。人為的な配置を匂わせるものは、これだけではありません。」
「この位置に、キリストの墓があります。」
「!」
「明らかに意図的な配置と見て間違いないでしょう。キリストの墓の真偽は兎も角、この地に何か重要なものが隠されている可能性は高いです。」
「図形も1つの関係性じゃない。しかも図形はサイズから考えると物凄く正確。単なる偶然じゃ片付けられないね。」
「はい。驚くべき事実はまだあります。」
シャルは解説する。このような正確な測量と意図的な配置は、これまでの発見からもランドマークとしての意味合いが強いと考えられる。GPSも方位磁石もない時代、人は太陽や月、星の位置と動きで季節や方角を知った。それは季節の移り変わりを把握し、種蒔きや収穫の時期を見定める重要な指針を得るためでもあり、都市計画、そして都市を結ぶ街道やそれらを守護する寺社仏閣を配置するための重要な地理情報を得るためでもあった。
ランドマークとして寺社仏閣を配置することは、信仰の対象となることで長期の庇護を受けやすくするためと考えられる。人口が現代より少なく、平均寿命も短く、重機もない時代に、相当な僻地にでも寺社仏閣があって維持されているのがその証左。そうすることで、長期間ランドマークとして存在し得る。
どこに何を作るかを計画するには、直線状に配置するのがもっとも容易で確実だ。あの方向に進めば次のランドマークが見える、という移動や次のランドマークの配置が容易になる。そしてランドマークとして寺社仏閣を配置する上で、より目立ち、より長期的な配置が期待できるものがあるのが望ましい。それは山や岬といった、特殊な地形。
ヒヒイロカネが埋蔵されていることが判明した逆鉾山は、ヨクニ地方で最も高い山。それを最大のランドマークとしつつ、それに近づけないように、天鵬上人は88ヶ所の札所を配置した。逆鉾山から正確に東西南北を指し示す位置も含めて。これも緻密な計算と正確な測量がないと出来ないことだ。カーナビやマップアプリがないと、自分の位置や向かう方向が分からないどころか、東西南北の正確な方向も分からない人の方が多い。夏至や冬至で日の出日の入りが東西からどちらにどれだけずれるか、知っている人はどれくらいいるだろうか。
更に、特別重要な宝物や情報を長期間配置する方法として、あえて僻地を選んだと考えられる。冬には雪で通行困難になり、蛇行する山道を進まないとたどり着けない位置に逆鉾山があるように。そしてその難所の中腹に、三付貴神社があるように。此処オオクス地方は、冬にメートル単位の雪が積もる。重機が発達した現代でも通行止めや雪崩による死亡事故が頻発している。しかも都から距離がある。天然の障壁に恵まれている。
天鵬上人こと手配犯の1人は、当時の朝廷に敵対していた蝦夷を-向こうからすれば侵略者である朝廷に敵対するのはごく当然-対象とする諜報活動も勿論だが、それと並行して、豪雪とその背景にある低温を、天然の冷蔵庫として利用することも視野に入れて、オオクス地方にヒヒイロカネや関連の情報を隠すための調査もしていたと考えられる。
シベリアで氷漬けになったナウマンゾウが完全に近い状態で発見されたり、数億年前の細菌が南極の氷の中から発見されたように、低温はものを長期保存するには都合が良い。日本は高温多湿で、ものを長期保存するには不適な環境だが、冷涼で冬には豪雪も付随するオオクス地方は、より長期間ヒヒイロカネの関連情報や、ランドマークとした寺社仏閣を長期保管できる。
「-今までの仮説が裏付けられているけど、トライ岳を作ったのはどうしてかな?」
「雪が天然の擁壁になる一方、有害でもあるためだと思います。」
木材より頑丈な建材というと、現代では鉄筋だけど、建材にも使えるレベルの工業的な製鉄技術が出来たのは、ベッセマーの発明による転炉法の発明(1856年)からのこと。製鉄技術そのものは紀元前3500年頃から存在し、日本でも400年ころにはたたら吹きによる製鉄が始まっているけど、武器に使える程度の製造能力しかなくて、建材としては到底量が足りない。
鉄が使えないなら、建材の候補となるのは煉瓦や石。日本では建材として木材が豊富だから、煉瓦が使われるようになったのは幕末から明治にかけてのこと。そうなると、石しかない。石を切り出して運び、組み上げることで、風雪に耐える強固な建造物を作り、ヒヒイロカネを隠した。それが逆鉾山であり、恐らくトライ岳。
「筋の通った仮説だと思う。1つ疑問なのは、どうやって巨大な石を運搬したのか、だね。」
「はい。それが最大の謎です。」
どちらにせよ、数トンもある巨石を運搬して組み上げるには、多くの労働力が必要だし、それを管理運営する組織やスケジューリングといったものが必要だ。現代でも高層ビルや大型建築は、専門の企業体と多くの労働者が取り組み一大プロジェクト。エジプト文明ならファラオが絶大な権力を持っていたからまだ理解できるが、現代でも移動が困難な山奥や冬に豪雪が降り注ぐ地方で、人力とわずかな道具しかなかった時代に、山1つほどの巨大建造物をどうやって作ったのか。
ヒヒイロカネを駆使できれば十分可能ではある。だけど、手配犯がこの世界に持ち込んだヒヒイロカネの量では、相当な期間増殖させないと足りない。しかも、重機として用いるには専用OSや転送用の設備が必要とハードルは多く高い。当然それらの設備を建設して維持管理する必要もあるが、いくら秀でた能力を持っていたとしても、数人の手配犯だけで出来たとは考えられない。
ましてや、天鵬上人となった手配犯は、同時代に逃げ込んだ手配犯がいない確率がある。だとすると、尚のことヒヒイロカネの重機への転用は不可能だ。設備の建設だけでも多くの人員とそれを管理運営する組織工学のノウハウが必要なのは、ピラミッド建設などで例示したとおり。いくら天鵬上人となって崇敬を集める存在になったとしても、それだけでヨクニ地方とオオクス地方という、直線距離で1000kmを超える距離でそれぞれ1つの地形を形成するような大規模土木建築事業を実行できたとは考えにくい。
「-天鵬上人の謎が多いね。歴史でも神か仏のような存在として扱われているけど、それを裏付ける何かがあったのかもしれない。」
「そう…かもしれません。」
「天鵬上人の謎を解くのは後でも出来ることだし、本筋じゃない。イザワ村ですべきことに集中した方が良いね。」
「はい。私も同意見です。」
三岳神社は、道路ー正確には除雪の状況が芳しくないなら、諜報部隊による間接的な調査と確認にとどめることが出来る。トライ岳とキリストの墓に焦点を絞った方が良い。トライ岳は強力なジャミングのBタイプが出所を掴めていないし、シャルの航空部隊以外での直接調査は不可能。となると、キリストの墓を先に調査すべきか。
だけど、キリストの墓もイザワ村では積極的に扱われていないどころか、隠蔽している向きすらある。そこを現地調査するのは、イザワ村の警戒や攻撃を呼ぶ恐れがある。オオジン村のような村ならいざ知らず、警察対自衛隊の舞台にされていただけの村と敵対関係になる必要性はない。まずすべきことは…。
「イザワ村を巡って住民から情報を聞き出すのが先決かな。」
「それが良いと思います。」
三岳神社やキリストの墓、トライ岳が天鵬上人によるものである確率が高く、しかも三岳神社にはオオジン村の七輪神社に酷似した模様のご神体があり、トライ岳の出入り口と思われる石扉にも同じような模様が刻まれている。天鵬上人に関する逸話なりがイザワ村にある可能性が高い。天鵬上人が全国的な知名度を持ち、治水や灌漑など庶民生活の改善や向上に大きく寄与した逸話が多い。その方向で情報を集めるのが良いだろう。
「シャル。徒歩で行けそうな集落と、そこにある店って分かる?」
「はい。十分可能です。」
「あと、その店、特に食品や日用品を扱う店に、新しい物資が入ってくる日時も調べて。」
「勿論可能ですが、何か買うんですか?」
「買うんじゃなくて、村の日常生活が落ち着いたあたりで行こうと思うんだ。」
ヤツハタ集落は国道451号線が東西を貫いていて、村役場は南側にある。駐車場は村役場のものを適当に使って良いとのことで、そこまでシャル本体で移動する。僕とシャルが利用しているオートキャンプ場と村役場は、10km以上ある。生命線だから除雪は行き届いているけど、さすがに歩いて移動するには厳しいから安堵した。
村役場が2階建ての鉄筋コンクリート造で、見た目はごく平凡。まずは受付へ向かう。電話でいったん受付で名乗ってほしいと言われているからだ。
「どちら様ですか?」
「朝に電話した富原です。」
「富原様…。あー、総務から聞ぃとります。少々お待ちください。」
「おはようございます。担当の大川と言います。よろしぅお願いします。」
「電話した富原です。こちらこそよろしくお願いします。」
「村営オートキャンプ場をご利用ですし、立ち話も何ですので、こちらへどうぞ。」
「お問い合わせの件について、資料を用意しました。」
僕とシャルを座らせて中座した大川さんが、2つの湯飲みと共に布のバッグを持って戻ってくる。向かいのソファに座って、布バッグからイラストが入った地図を広げて説明する。村は暫く警察と自衛隊に封鎖されていて、3日前にようやく撤収したことで除雪が行われ、物資が入ってきた。村には大型ショッピングセンターやコンビニはなく、個人商店がそれらの役割を担っている。その個人商店は、村役場があるヤツハタ集落と、南に行ったところにある存立中学校があるニシゴエ集落、僕とシャルが利用している村営オートキャンプ場から最も近いオオワダ地区にある。
国道451号線沿いにあるヤツハタ集落とオオワダ集落は、村で最も早く除雪が行き届いたことで物資の搬入が早く、現在までにおおむね集落に行き届いている。県道で繋がるニシゴエ集落は少し遅れたが、集落規模がさほど大きくないことで、物資の需給はほぼ安定している。
そのため、どの商店で食品や日用品を買っても問題はないと思うが、商店の規模が大きくないし、貯蔵量も多くない。その上、季節外れの大雪がまだ続く確率も否定できないから、買い占めはやめて欲しい。物資は実質国道451号線の東側からしか入ってこれない上に、特に物資の発送拠点になっているトラダ市も大雪の影響で物資が不足気味だという。数量については、各商店で確認してほしい。
「-食品や日用品の多くは持ち込んでいますし、オートキャンプ場を利用中に足りない分を購入するにとどめます。」
「そうしてもらえると助かります。2名分くらいでしたら、全く問題ないと思います。」
「よくご存じですね。三岳さんは村の者くらいしか知らんと思てたんですが。えっと、三岳さんのあたりは…除雪が終わってますね。」
大川さんはスマートフォンで確認して答える。除雪状況が分かるアプリか、業者からのメールを見たんだろうか。「三岳さんところは駐車場がないんですが、近くの空き地に止めて構いませんよ。ちなみに、お車ってどんな大きさです?」
「4人乗りのコンパクトカーです。」
「あー、コンパクトカーでしたらお車で行けますよ。SUVやミニバンだとちょっときついんですけど。社務所も開いてる筈ですから、朱印はそこで貰えますよ。」
「分かりました。色々ありがとうございます。」
「こちらのバッグは、資料も含めて差し上げます。生憎割引のクーポンとかはないですし、これといった観光資源もないですが、村営オートキャンプ場は他に予約入ってないんで、ゆったり使ってください。何か分からんことがありましたら、また私宛にお電話ください。」
「はい。ありがとうございます。」
「ヒロキさんが、村に日常が戻ってから調査を始めたいって言った理由が分かりました。」
シャル本体に乗り込んだところで、シャルが言う。「村に怪しまれないため、ひいては村の住民との敵対を回避するためだったんですね。」
「理由づくりはちょっと考えたけど、あくまで僕とシャルの目的はヒヒイロカネの捜索と回収だからね。」
三岳神社はシャルの諜報部隊での調査も可能ではある。だけど、現地に赴かないと分からない、そこで初めて分かることはある。特に、現地の人しか知らない事情や情報は、諜報部隊でも完全には把握できない。諜報部隊は情報を盗み取ったり、情報を持つ人を捕縛・尋問して情報を得るから、その対象外である、通常の暮らしをしている人からの情報は諜報部隊では得られない場合がある。
穏便に現地調査をするには、地元の協力は欠かせない。強力は何も衣食住だけじゃない。車を止めておく場所、対象となる店などの営業時間や、人がいる時間帯、食材や日用品を補充する店の場所や営業時間とか、ネットで分かりそうな情報を教えてもらうことも含まれる。ネットの情報がすべて正しいわけじゃない、玉石混交というけど、石を玉と言い張る詐欺師すら堂々と存在しているのがネットでもある。
だから、村が日常をおおむね取り戻すまで、現地に赴いての調査は避けることにした。その間もシャルには諜報部隊や航空部隊を動かしてもらっていたけど、対人を伴う調査や情報収集は、相手の状況に配慮した方が良い。無遠慮に突撃して情報や資料を毟り取るなら、マスコミと何ら変わらない。
「私が言うことではないと思いますけど、やっぱり、ヒロキさんは以前の生活から脱却して良かったと思います。」
「ありがと。」