謎町紀行 第122章

村に佇む山と墓に秘められた謎

written by Moonstone

 翌朝、といっても10時前になってようやく起きた。凄く深く眠っていたので自然に目が覚めるまで起こさないことにした、とシャルが言った。余程疲れていたんだろうか。シャルが用意してくれた朝昼兼用のご飯を食べながら、シャルの報告を聞く。
 警察と自衛隊の撤収は、夜間に行われたことで、イザワ村を含む近隣住民はその実情を殆ど知らない。ただ、負傷者が搬送された近隣自治体の病院周辺では、異様な数のパトカーや自衛隊の車両が詰めかけたことで、何かあったんじゃないかという疑念から情報が錯綜している。Ao県警と自衛隊の駐屯地のどちらからも発表や会見は行われていない。
 自衛隊の方が武装が強力だったことで、Ao県警の方に負傷者が多く出ている。Ao県警も自衛隊も自治体を舞台に交戦したことが発覚すると非常にまずい。特に現在は両方を実質傘下に置く政権党が大揺れだから、庇うどころの話じゃない。双方のトップが秘密裏に電話会談して、今回は痛み分けとすることで合意した。結局末端の警官や自衛官が痛い目に遭って、トップは何の責任も取らない体質は変わらない。
 未明からイザワ村にはAo県からの除雪車が入って、国道451号線の除雪が完了した。これを受けて通行止めは解除になり、警察と自衛隊の交戦の舞台にもなったイザワ村に日常が戻ってきた。村は村営施設や村内の店舗の営業を解禁した。生鮮食料品の不足はかなり深刻だったようで、商店には列が出来ている。幸い、混乱には至っていない。
 Ao県警と自衛隊の両方にホログラフィによる弾薬の消耗をさせたことで、死者は1人も出なかった。交戦ポイントに誘導して交戦させたのは事実だが、弾薬の消耗が激しかった上に兵站が途絶えていたことで、銃撃戦が早期の段階で不可能になったことが大きな理由だ。どちらも相手の弾薬が尽きていることは知らないし、シャルがホログラフィで本来の場所と違うところから威嚇の銃撃をしたことで、余計に混乱と弾薬の消耗が激しくなって、かなり早期に戦闘続行不可能と判断した格好だ。

「-このような状況です。シミュレーション以上にうまく進みました。兵站が途絶えた状況で延々と私が創った幻影相手に銃撃をしていましたから、本番の戦争が疎かになったと言えますね。」
「Ao県警も自衛隊も、交戦した人達は本当の目的を知らされないまま最前線に出されてたんだし、そういう人達が死ぬ必要はないよ。」
「私としては、上の命令に忠実なだけのロボットの替えはどれだけでも効くことを身をもって知れば良いと思っていましたが、そういう見方も出来ますね。」
「死者が出なくて良かったよ。両方の撤収で、イザワ村の調査は可能になったかな?」
「生命線である国道451号線は通行できますが、調査対象に繋がる細部の除雪が終わっていません。細くて狭い道が多いので、人力での除雪にならざるを得ないのが理由です。あと2,3日かかる見通しです。」
「それまでは、ここに待機?」
「いえ、イザワ村での拠点に移動できます。村には既に連絡してあります。少々珍しがられましたけど。」

 珍しいということは、季節外れか何かだろうか。僕としては季節外れだろうが正規の料金で宿泊できれば良いし、いちいち他人の目や評価を気にしてたらやってられないから、珍しいと思われるのはどうでも良い。少なくとも、客に村を挙げて攻撃しようとしたり、監視盗聴当たり前、拉致監禁すら当然とするどこぞの村の所業よりはましだ。
 食事を終えて食器洗い乾燥機に全てを入れて、準備完了。システムは暖房とベッドルームの維持で夜通し動いていたけど、水素は満タン非常。ありあまりほどの雪を使って水素プラントで生成していたからだけど、疑似的な永久機関と言うべき本当に凄いシステムだ。
 臨時待機場所だった森の窪みを出て、HUDの指示どおりに運転していく。車が一応通れる程度の一本道を進んで行くと、急に左方向が開ける。除雪がひととおり完了している、周囲にうず高く積まれた雪を置く、広大な平地。HUDにはこの平地に入るよう矢印が出ている。考えるのは後にして、HUDの指示に従って平地に入り、その一角に停車する。

「此処って何?」
「村営のオートキャンプ場です。区画は別ですけど、普通のキャンプも可能です。」

 オートキャンプ場か。区画はロープで区切られているだけだから、雪が積もると簡単に見えなくなる。これからの季節、避暑も兼ねたキャンプが増える時期だから、村は村営施設としてキャンプ場を持っているし、早めに除雪して使用可能にしたんだろう。

「料金はどうやって払うの?」
「車種とナンバーが分かる写真を撮影して、受付のメールアドレスに送信することで使用可能になります。送信した日からの宿泊日数で料金を計算して、後日クレジットカードか口座振込で支払います。」
「どうりで管理事務所らしい建物が見えないわけだ。」

 過疎化が進む自治体は、補助金の活用でカード決済やオンライン受付が意外と進んでいたりする。住民周辺の除雪を進めたいだろうし、それに役場の職員が動員されているだろうから、物好きな客1組の受付くらいさっさと済ませたいだろう。こちらも書類を書くだの手続きだので時間と手間を取られたくない。そういう時、オンラインなら割と簡単に双方の利害が一致する。
 区画は大型の車が出入りすることを考えてか、かなり広い。シャル本体のコンパクトカー1台分なら十分だ。シャルがラゲッジルームから大型のテントを取り出す。勿論シャルが分離創成したものだ。順を追って組み立てていくと、グランピングのテントになるそうだ。
 シャルが本体のウィンドウに組み立て方を映してくれる。それを見ながらシャルと一緒に組み立てる。床シートを広げて空気を入れて、支柱を伸ばして組み合わせて固定して、壁シートを広げて支柱に巻きつけて、ロープで引っ張り上げる。2時間ほどでやや小ぶりな、でも立派なグランピングのテントが出来上がる。

「十分な大きさだね。」
「中に入ってみてください。グランピングは伊達じゃありませんよ。」

 シャルに促されて中に入る。シンプルな外装に対して、IHヒーターに冷蔵庫、ダイニングテーブルと2人分の椅子、そして大きなダブルベッド。僕が旅に出る前に住んでいたアパートより広くて立派な設備だ。IHヒーターは単身者向けの賃貸住宅にありがちなチャチなものじゃなくて、しっかり熱量が出せるタイプ。しかも3つ口。
 ベッドに目を向ける。トザノ湖のホテルのような大型ホテルにあるような、本格的なもの。寝心地は十分期待できそうだ。ドアが2つある。近い方から開けてみると、トイレとシャワールーム。下手な賃貸住宅より豪華だ。どう見ても、僕とシャルが組み立てた範疇を超えている。そもそもキッチンや冷蔵庫なんて運び込むどころか、見てもいない。

「イザワ村での拠点になりますから、普通のテントより快適にしたかったんです。どうですか?」
「立派でびっくりしたよ。本当のグランピングでも、こんな立派なものはないと思う。普通に住めるレベルだよ。」
「気に入ってもらって良かったです。空調も完備していますから、暑さ寒さとは無縁です。」
「とことん快適性にこだわったのが分かるよ。」

 僕とシャルで一緒に組み立てた筈なのに、中身はそれを思わせない立派な作りだ。シャルの分離創成だから、隙間を埋めたり構造を強化したりするのはお手の物、というわけか。オートキャンプ場と聞いて今回の拠点はテントかと最初は思ったけど、外側だけテントで中はホテルの高級な部屋をそのまま持ってきたと言っても差し支えない。
 組み立てで体力を使ったから、休憩することにする。シャルの話だと、重要な調査対象であるキリストの墓とそして三岳神社に繋がる道路は、まだ除雪が及んでいない。特に森の中に隠れるように存在するキリストの墓は、除雪が及ぶ確率が低い。このままだと埒が明かないと判断して、調査部隊を派遣して調査に当たらせている。
 トライ岳は勢力圏内に置いていた自衛隊が撤収したことで調査が可能になったが、やはり強力なジャミングが詳細な調査を阻んでいる。X線カメラで解析しながらジャミングポイントを探して破壊することが必要だが、森の密度がかなり高いところに雪が邪魔して時間がかかっている。
 三岳神社は、集落に比較的近いことから、明日には通行可能になる見通しだという。今日は1日テントで寛いで、十分英気を養っておいた方が良い。雪の勢いは衰えてはいるけど、未だにパラパラと降り続けている。雪がこれほど鬱陶しいものだということは、雪国に来て嫌と言うほど理解できる。

「ヒロキさん、此処です、此処。」

 ダイニングテーブル備え付けの椅子に座ったところで、シャルが僕を呼ぶ。シャルはベッドに腰かけて、その右隣を軽く叩いている。ひとまずシャルの隣に移動する。

「さ、耳掃除しますね。」
「え?耳掃除?」

 予想外の提案というか宣言に僕は思わず聞き返す。シャルは僕の聞き返しに、僕の頭を抱えて自分の方に倒すことで答える。

「いろいろ情報を集めて分析していたんですが、膝枕をしての耳掃除はカップルや新婚夫婦における必須イベントだと理解しました。」
「分析する情報の方向性が、他と全然違ってない?」
「こういう情報の収集や分析も必要です。耳掃除はしたことがなかったと気が付いて、条件が揃っている今実行することにしました。」
「…お願いします。」

 既に頭は抑えられているし-痛くはない-横目で見た限り、その右手にはしっかり耳かきがある。やる気満々というやつだ。言われてみれば、確かに膝枕をしての耳掃除はラブコメとかでは定番だし、してほしいかどうかで言えば確実に「してほしい」だ。ベッドに下半身を載せて、シャルに身を委ねることにする。

「じゃあ、始めますね。」

 何となく声が弾んでいるような気がする。右耳に細いひんやりとしたものがゆっくり差し込まれる。反射的に少し身体がこわばる。それ以降はごく丁寧かつ慎重な耳かきの動きに、緊張が緩和されたが故の溜息が出て、身体の力が抜ける。

「はい、右は終わりましたよ。左を向けてください。」

 シャルに言われて身体の向きを変える。変えたところであることに気づく。シャルの腰回りが間近に見えることに。シャルは普段のカジュアルな服で下は標準的なパンツだけど、それゆえに豊満な腰回りや鼠径部のラインが浮き出ている。スカートじゃなくて良かったと思う。

「左を始めますね。」

 右で感じた耳かきが差し込まれる感触は、左も同じ。一瞬身体がこわばるけど、それ以降は心地よさに変わる。シャルの耳掃除は初めて受けるけど、物凄く上手だと思う。とにかく痛みが全然ない。耳掃除って自分でしても他人にしてもらっても多少は痛みがあるものなのに、それがない。余程上手いのか、ヒヒイロカネを操作することで痛みがないように配慮してくれているからか。両方かな。

「はい、終わりました。結構取れましたよ。」
「ありがとう。耳のつっかえ感がなくなって聞こえが良くなった気がする。」
「耳掃除を出来る関係性と環境はありますから、適時やりますね。」

 耳掃除が終わって耳がすっきりしたのを受けて、身体を起こそうとしたら、シャルに肩を抑えられる。続く手の動きで仰向けになるよう誘導される。正式な(?)膝枕の状態。シャルの顔はやっぱり上半分くらいしか見えない。途中にある立派なでっぱりが顔の下半分を覆い隠している。

「此処では2人きりです。誰も入れませんし、音を聞くことも覗くこともできません。存分に私との時間を満喫してください。」
「まさか、もう誰かがこのテントを監視しに来てるとか?」
「いえ、このオートキャンプ場には誰もいません。使用可能になって間もないですし、此処自体が初夏から秋にかけての利用が殆どなのもあります。」
「今のところ、僕とシャルを監視したりする様子はないってことか。」
「念のため、周囲には戦車や戦闘ヘリが常駐していますし、上空には戦闘機も複数旋回していますから、不用意に近づけばただでは済みません。」

 このテント自体ヒヒイロカネで出来ている、つまりシャル本体の一部みたいなもの。シャル自身高感度センサの塊みたいなものだから、夜間だろうが大雪だろうがテントを覗きに来たりする不審者はすぐ発見できる。物凄い厳重警戒態勢に守られた空間にいるわけだ。
 ようやく到達したイザワ村の調査は明日から本格的に始まる。シャルの調査結果に加えて、実際に現地に赴くことで、ヒヒイロカネの存在、そして天鵬上人となった手配犯の軌跡や、警察や自衛隊をも動かし始めたXの正体に迫るかもしれない。今は…シャルとの時間に浸ろう…。
 翌朝。シャルに起こしてもらって、シャルが用意してくれた朝ご飯を食べる。ご飯とハムエッグ主体の定番かつ安心のメニュー。シャルとの時間を満喫して、今日からの現地調査に臨む。食べ終えて茶を啜る段階になったところで、シャルが壁一面に情報を表示する。

「除雪は集落にも及びましたが、まだ十分ではありません。」

 イザワ村のマップの道路に赤のラインがいくつも入る。細い道路ほど赤のラインが多い。道路が細くて除雪車が入れないんだろう。

「三岳神社への道路も、除雪が十分及んでいません。しかも、車がギリギリ通れる程度の幅員です。」
「徒歩で入るとなると、除雪しながらになるね。ちょっと不自然かな。」
「はい。警察と自衛隊の交戦状態からようやく解放された村で、不用意に目立つ行動は避けた方が良いと思います。」

 もともと住民以外を獲物と見なしていたオオジン村とは事情が違う。熊が出たとか嘘の理由で自宅待機を事実上命じられ、子どもは学校にも行けない状況が続いた。そんな訳の分からない理不尽な状況からようやく解放された村で、調査のためと除雪してまで三岳神社への参道を開くのは、不信の目を僕とシャルに向かわせることになりかねない。そこで生活する住民との対立は、オオジン村のような事例以外は避けるべきだ。

「トライ岳の方は、ジャミング施設の一部が発見できていますが、こちらも難航しています。」

 マップがトライ岳に絞ったものに切り替わり、ポツポツと赤のマーカーが表示される。トライ岳のジャミング施設も、サカホコ町のものと同じく木に偽装しているが、木の密度がサカホコ町より高いことで、戦闘機がスピードを上げられない。スピードを上げられないとジャミング施設の破壊に時間がかかるのは自明の理。
 さらに、調査を続けていて、木に偽装したもの以外にジャミング施設がある確率が高まってきた。今まで確認されていたジャミング施設からのジャミングとは異なるパターンのジャミングが検出され、それもかなりの広範囲に及んでいる。強度は木に偽装したタイプ-以降Aタイプと言う-の方が強いけど、範囲はもう1つのタイプ-以降Bタイプと言う-の方が広い。Aタイプは木に偽装しているのは確実だけど、Bタイプは今のところ偽装形状を特定できていない。これが調査を難航させている理由の1つだ。

「-というわけで、選考の現地調査は予想以上に難航しています。御免なさい。」
「現地に行かないと分からないことはあるんだし、僕とシャルが直接出向くより前に新しい状況が分かったことも大きな成果だよ。だから、謝る必要なんてない。」
「ヒロキさん…。」
「三岳神社の方は諜報部隊でどうにかなると思うけど、トライ岳は少々厄介だね。現地調査の範囲にも限界があるし。」

 三岳神社は、除雪が行き届いてからでも調査はできるし、諜報部隊を派遣して本殿内部を調査することもできる。問題はトライ岳。Bタイプの偽装形状や配置が特定できていないとなると、Aタイプをすべて破壊してもトライ岳の内部構造を調査することはできないだろう。でも、Bタイプは今のところ何処にあるかも分からない。まずはBタイプの特定を優先するべきだろうか。
 トライ岳は自衛隊も調査していた。だから何かあるのはほぼ確実だ。勢力範囲に含んでいたとはいえ、トライ岳自体はオカルト愛好家以外にはさして見るものがない未整備の山。それを警察との交戦状態の傍らで調査していたんだから、少なくとも司令部あたりは何か知っている確率が高い。
 僕とシャルでトライ岳を直接調査するのは無謀でしかない。未整備の山は危険極まりない。熊も勿論だけど、野生動物は人間が思う以上に危険だ。人間と違って手加減というものを知らないから-だから手加減なしの暴力をふるう暴力団や半グレなんかは人間に危害を及ぼす野生動物と見なして良い-、突進されたらひとたまりもない。シャルは平気だろうけど、僕が再起不能になったらこの旅の意味がなくなってしまう。
 生い茂る草木や岩盤が露出するところもある不規則な地形も、不慣れな人間には全方向トラップと言える。登山ルートがある筈の有名な山でも遭難や滑落が相次ぐ。ましてや、未整備の山はトラップの塊みたいなもの。おいそれと足を踏み入れるのは自殺しに行くようなものだ。

「…シャル。こういうことって出来る?」

 少し考えて、ある策を思いつく。危険を伴うけど、シャルなら出来ると思う。

「全く問題ありません。早速実行します。」

 この策は、シャルに言わせれば「別の部屋の書棚から本を取りに行くようなもの」らしいから、少ししたら終わるだろう。全部とは思わないけど、多少なりともトライ岳の状況がより詳しく分かれば、シャルが新たな方法を考えて実行する。自分達で解決方法や打開策を考えて、出来ることから実行する。その積み重ねは変わらない。

「調査と情報収集には少し時間がかかります。ゆっくりしていてください。」
「ありがとう。食器とかの片づけをするよ。」

 片付けと言っても、シャル謹製の食器洗い乾燥機に収納するだけなんだけど-何から何まで全部入るのが凄い-、これくらいはしておきたい。シャルの分と調理器具も合わせて収納して蓋を閉じる。これだけですべて完全に洗浄・再創造されて、新品同様になる。収納するのも、棚にホログラフィで該当するもののアイコンが浮かぶから、そこに収納するだけ。凄いシステムだと思う。

「作戦は成功しました。」
「早いね。もう出来たの?」
「はい。私の今の処理能力なら十分可能です。勿論、ヒロキさんの指示どおりにすることも忘れていません。」

 僕の提案は、自衛隊のサーバーをハッキングして、トライ岳関連の情報を取得するというもの。その際、あえて痕跡を残す。勿論、シャル本人じゃなくてAo県警を偽装する。痛み分けで終わったイザワ村での交戦から、今度は情報戦争を仕掛けてきたとなれば、自衛隊も黙ってはいないだろう。
 自衛隊とAo県警も、恐らく、否、間違いなく上層部が諦めていないし、元をたどればXの暗躍があると見て良い。さすがにイザワ村を再度交戦の舞台にするのは難しいにしても、双方が手隙になると、やはりイザワ村に目が行く。「お宝」あるいは「目標」はイザワ村にある可能性が高いから。
 自衛隊とAo県警の緊張関係あるいは交戦状態が続く、言い換えれば双方に釘付けになる状態が続くことで、イザワ村に向かう余力が減らせる。そう踏んで、シャルに、Ao県警を偽装して自衛隊のサーバーに侵入して、トライ岳関連の情報を取得するよう依頼した。単純な方法だけど、完璧に偽装しつつ情報を得るにはシャルの能力が必要だ。

「早速、自衛隊の情報保全隊が動き始めました。Ao県警本部に対してハッキングを開始しました。」
「情報保全隊?」
「自衛隊の防諜組織、平たく言えばスパイ組織です。」

 警察がスパイ組織である公安部を持つように、自衛隊-厳密には防衛省もスパイ組織を持つ。盗聴盗撮は勿論、個人情報の収集などなど、防諜組織と言いつつ実態は反対勢力の監視や妨害を行う。自衛隊の防諜組織という名のスパイ組織が情報保全隊だ。
 さすがに武力衝突はなかなか出来ないとしても、ネットワークを使った攻撃や防衛はもはや常態化している。個人宛にも大手通販業者や大手銀行などを装った詐欺メールや詐欺SMSがどんどん舞い込んでくる。武力戦争がネットワーク戦争に移行して、それが個人レベルでも常態化していると言って良い。
 シャルがAo県警を偽装して自衛隊のサーバーにハッキングを仕掛けたことで、自衛隊の情報保全隊が重大な情報収集活動と断定して、反撃を開始した格好だ。自分達は盗聴盗撮、尾行に監視と違法な情報収集を業務としておきながら、自分達がそれをされると過敏に反応・反撃するのは、個人レベルだと苛めっ子や不法滞在の外国人、国レベルだとアメリカ中国韓国北朝鮮と大差ない。