謎町紀行 第101章

孤独に生きる銀狼との接触と語らい(前編)

written by Moonstone

 翌日。僕とシャルは88ヵ所巡礼に銀狼の調査を含ませることにした。調査と言っても、部隊を潜入させたり、ましてや数と技術にものを言わせて拿捕するわけでもない。近隣を通って出方を窺うことに徹する。
 昨日の偶然の邂逅から、銀狼はかなり知能が高く、用心深い性格だと見られる。僕とシャルを遠方から観察して、敵味方を識別しようとしているとも考えられる。燐光を発する哺乳類という前代未聞の特徴は、銀狼を用心深くさせるには十分だ。
 シャルに調べてもらったところ、昨日の銀狼との邂逅場所である駐車スペースがある道は、次の札所があるナンバル集落に繋がっていて、森は銀狼神社の所有地と地続きだと分かった。アシヤマ集落は混雑が激しくなる一方で、交通規制も始まっている。88ヵ所巡礼ならアシヤマ集落を通るより、あの道を通った方が混雑を避けられるし、銀狼の動向を窺いやすい。
 昨日通ったルートをなぞって、例の駐車スペースがある道に入る。舗装はされているけど、車が何とかすれ違える程度の幅しかない、ガードレールがあるだけましという典型的な山奥の道。HUDに対向車の有無を表示してもらって、それを見ながら慎重に進む。

「昨日、銀狼が僕とシャルを見ていたのは…この辺だよね。」
「はい。今のところ、銀狼の存在は確認できません。」
「待っていると警戒するかもしれないから、このまま進むよ。」
「はい。このまま安全運転でお願いします。私は引き続き周辺の監視を続けます。」

 用心深い性格だから、昨日の邂逅で警戒して身を潜めていても不思議じゃない。銀狼の存在自体は確かに気になるけど、僕とシャルがこの島を訪れたのはヒヒイロカネの捜索と回収のため。銀狼はその旅に加わった優先度の低い目標、ある意味副産物でしかない。
 対向車がないまま、運転を続ける。道は山道の宿命でやや蛇行しているけど、割と見通しは良い方だ。こうなると、心配は対向車より飛び出してくる動物だ。動物と衝突してもシャル本体にダメージが出るとは思えないけど、動物に怪我をさせたくない。

「銀狼がいます。運転に支障がないよう、HUDに映像を表示します。」

 HUDの右下に、小さいウィンドウで映像が表示される。森の奥から銀狼が仄かな銀色を発光しながらこちらをじっと見つめている。シャルのリアルタイム処理があるから鮮明に見えるけど、これがなかったら気づかないところだろう。

「やはり、銀狼はヒロキさんと私を観察しているようです。」
「そうなると、毎日このルートを通るのは適切じゃないかもしれないね。同じルートを通って自分を拿捕しようとしている、とか銀狼が警戒心を強めるかもしれないから。」
「その確率は十分あり得ますね。」
「銀狼からヒヒイロカネは検出できる?」
「昨日の出現時からスキャンしていますが、ヒヒイロカネのスペクトルは検出されません。昨日よりかなり近くまで接近した格好なので再度高精度のスキャンをかけましたが、やはりヒヒイロカネのスペクトルは検出されません。」
「突然変異かな。」
「現時点で最も可能性が高い推論だと思います。」

 本来存在しない特徴がいきなり表れるというのは、僕の知識からだと突然変異が挙がる。皮膚や体毛が真っ白になるアルビノも突然変異の1つだし、燐光を発するようになる確率も全くゼロじゃないと思う。
 だけど、警戒心が強くて身を潜めるのが基本の野生動物で、身体が常時発光していたら、到底成獣するまで生きてられないんじゃないだろうか?移動や狩りの際に発光してたら発見されやすい。それは獲物からもそうだし、外敵からもそうだ。特に外敵に対して「目立つ」ことは非常に危険だ。
 銀狼に限らず、いきなり成獣になる動物なんてあり得ないし、幼獣の頃は特に外敵に狙われやすい。幼獣の頃に全身が光るなんて「襲ってくれ」と言っているようなもの。生存競争が絶え間なく続く野生動物に、配慮なんてご都合主義の生易しい概念は存在しない。

「ヒロキさんの推測どおり、突然変異だとすると成獣になるまで生きていられたのが奇跡的な確率です。しかも本来群れを作る性質の狼で、群れの危険を誘発しかねない発光する個体が生き延びられることも。」
「そんな低確率の環境を生き延びたから、想像以上に用心深いんだろうね。」
「そうかもしれません。ただ、現在も森の中から追跡しながらこちらを観察している知能は、狼の領域を超えていると思います。」

 HUDの右下の小型ウィンドウには、断続的に走っては物陰から僕とシャル、あるいはシャル本体を観察する銀狼の姿が映し出されている。僕とシャル、あるいはシャル本体にかなり強い関心を持っている様子だ。すぐに逃げられる距離と位置を保ちながら観察を続ける用心深さは、シャルが言うとおり狼の領域を超えた知能を感じさせる。
 ヒヒイロカネが埋め込まれている、あるいはヒヒイロカネが形を変えた存在かとも思ったけど、シャルのスキャンで銀狼はヒヒイロカネと無関係という結果が出ている。そうなると、現時点では突然変異で生き延びて、厳しい環境下で知能が著しく発達したとしか考えられない。
 ナンバル集落に近づくと、それまで距離を取りながら追跡してきた銀狼が姿を消す。観察や警戒のために森から出ることはないし、人間が住む集落に近づくこともない。相当用心深いし、集落の位置も把握している。知能の高さはかなりのもののようだ。

「昨日は黄昏時でしたから多少森から出ていましたが、太陽が明るい時間帯は森から出ないことも徹底していますね。」
「経験で学んだわけじゃないだろうし、謎が多いね。」

 何だかただの狼じゃなくて、何かの化身じゃないかとさえ思える。狼を神として信仰することは、農耕民族ではよく見られることだそうだけど、銀狼を見るとそうなる心情も理解できる。意思疎通が出来れば良いんだけど。

「意思疎通、ですか。試す価値はありそうですね。」
「どうやって?」
「単純ですよ。何らかの言語で問いかけてみれば良いことです。」

 見知らぬ外国人に、試しに英語で話しかけるようなものか。相手が理解できる言語を先読みするなんて不可能だから、こちらからアプローチするか、相手からのアプローチを待つしかない。今回は前者を選ぶ必要がある。銀狼や銀狼神社を取り巻く状況は確実に切迫しているからだ。
 今朝、食道で朝食を食べていると、例の密漁グループが疲れ切った表情で旅館に戻ってきた。わざわざ話しかける必要もないからシャルに傍受してもらったところ、アシヤマ集落の混雑が悪化して、物資の補給も食事もトイレもひと苦労。テントも人も犇めき合う状況だと言う。
 昼夜問わぬ騒ぎや無秩序な待機、私有地への侵入に周辺住民から苦情が相次いだんだろう。町役場の職員と警察が多数乗り込んできて、私有地に居座る連中の排除に乗り出した。銀狼見たさに海を渡ってきた連中は、ツアー客も含めてこの排除に不満続出で、警察や町役場の職員と小競り合いを起こしている。
 密漁グループは、物資が不足したのと、兎に角疲れが酷いということで戻ってきたそうだ。テントで熟睡するのは、床や寝床の状況にもよるけどなかなか難しいという。そんな環境下で周囲が常時騒がしければ、流石の密漁グループも寝るに寝られないだろう。朝食や僕とシャルを一瞥もせずにドミトリーに向かったから、相当疲労が溜まっているんだろう。
 数日間、密漁の成果を放置してアシヤマ集落に待機していたくらいだから、銀狼捕獲への執念は相当なものだろう。その執念も疲労や空腹には勝てなかったようだ。他の連中やツアー客も似たり寄ったりな状況だと見て良い。警察や町役場の職員に排除され、一旦は撤収しても、場所を変えるか時間が経つかしたら戻って待機しているらしいけど。
 こういった現状を改めて考えると、こちらから接触を避けるんじゃなくて、同じルート、すなわちこの道を毎日通って、様子を見てコンタクトを取るのが良さそうだ。こちらから避けていたら、単なる偶然かと銀狼がある意味諦めてしまうことも考えられる。銀狼が慎重に接触の機会を窺っているとするなら、こちらは敵意がないことを示しながら、徐々に距離を詰めるのが得策だろう。

「朝令暮改気味だけど、銀狼とのコンタクトを図ろう。何処かに止まる?」
「いえ、今回は素通りしましょう。1回2回の接触でコンタクトを取ってきたら、銀狼は警戒を強めるでしょう。」
「暫くは、遠回りになるけどこの道を通って、偶然を装って接触を図る計画?」
「流石に聡いですね。そのとおりです。」

 これが最も現実的で、銀狼に余計な警戒心を抱かせない方法だろう。銀狼は相当用心深いことは分かる。無暗に接触しようとしても警戒されるだけだ。僕とシャルは銀狼を捕縛するつもりも、ましてや殺害するつもりもない。自分が発光していると認識しているか、もし認識しているなら発光は何時から、どうやって始まったか、そして、銀狼神社の由緒との関連性を知りたいだけだ。
 だから、直接対面である必要もない。シャルが創造した部隊や生物を介して聞くだけでも良い。人間の言葉が理解できるか、人間の言葉を話せるか、それが日本語なのかは、コンタクトを取れないと分からない。コンタクトを取れるかどうかはやってみないと分からない。それは慎重に進めるしかない。

 3日後。宿からカウハラ集落を経由して、名もなき山道を通行するパターンを続けている。ナンバル集落から先の札所の位置は、このルートだと遠回りになる。だけど、札所の参拝はある意味暇つぶしや観光のため。本来の目的であるヒヒイロカネの捜索と回収の他、今は銀狼の意図を探り、可能ならコンタクトを取ることが目的だ。
 やはりというか、銀狼は確実に僕とシャルを認識している。僕とシャルが森を通ると、何処からともなく姿を現して、一定の距離を保ちつつ物陰から僕とシャルを観察し続ける。集落が近づくと森に消えるけど、それまでは顔だけ森から出して観察している。人物の認識や観察と分析が出来ていると見て間違いない。それは高い知能を持つ確率が高いことでもある。
 高い知能を持っている確率が高いとなると、言語による意思疎通への期待が高まる。同時に、動物に人間の特定の言語が通じるのかという疑問も強い。それを試すのは…今日。このルートを通ると、帰りはほぼ日が落ちている計算がシャルから出された。夜になれば銀狼も姿を現しやすい。シャルが監視カメラの所在を確認して、銀狼が映っても偽造した映像に差し替える手筈だ。
 札所の参拝は順調に進んでいる。教えてもらったこの道は、ヒラマサ島南部をほぼ直線で繋いでいることが分かった。南に突き出した格好のアシヤマ集落から距離はあるけど、それ以外は信号も対向車もなく、スムーズに移動できる。その割に整備が遅れているのは不思議だ。
 銀狼にコンタクトを試みるのは帰路。今までの観察から、銀狼は日が高い時間帯は森から絶対に出ようとしないことが分かっている。姿を隠しやすい黄昏時から夜でないと、銀狼は姿を現さないと見て良い。警戒心の強さからして姿を隠しやすい環境を選ぶのは当然だけど、昼間にコンタクトを取ろうとすると警戒されて逃げられる確率が高い。だから、参拝を終えた帰路、夜にコンタクトを試みる。
 コンタクトを取るのは、シャルが担当する。何語が通じるか分からないし、僕が近づいたら即座に逃げ出すだろう。シャルなら遠隔で、しかも光学迷彩を施して気づかれずに接近できる機能がある。銀狼が姿を現したら、光学迷彩を施した小型の部隊を送り込んで、遠隔でコンタクトを試みる予定だ。

「今日も、銀狼が姿を現しましたね。」

 HUDの右下に小型ウィンドウが出て、そこに物陰から顔だけ出してこちらを見る銀狼が映し出される。相変わらずの警戒ぶりだ。銀狼も警戒しながらこちらの意図を探っているように思えてならない。銀狼も人間へのコンタクトには戸惑うことが多い筈。やっぱり、こちらから慎重にコンタクトを取るのが良い。

「接触して良いかどうか、慎重に見極めようとしているようにも見えるね。」
「はい。非常に慎重なのは、アシヤマ集落や本来の居場所である銀狼神社の状況を鑑みれば、当然と言えます。」
「相変わらずどころか、悪化しているからね…。」

 旅館や昼食で立ち寄る飲食店で耳にするアシヤマ集落と銀狼神社の状況は、悪化の一途を辿っている。警察や町役場の職員が巡回して、私有地への立ち入りや夜間の騒音の禁止を伝えて、あまりにも言うことを聞かない、傍若無人な振る舞いをする者は連行しているけど、数と勢いで押している。第一、単なる見物や参拝ならいざ知らず、私有地にテントを張ったり、挙句バーベキューをしたりする連中が集落や神社のことを考える筈がない。
 島への観光客や捕獲狙いの集団は増える一方で、旅館やホテルはキャンセル待ちだけ。移動手段が車か町のコミュニティバスしかないし、前者はレンタカーを借りるか車を持ち込むしかないし、後者は本数が少ないから、泊まる場所に溢れた観光客などは隣の集落の旅館や民宿には泊まらずにテントを張る。この時点でおかしいけど、これが事態を悪化させる大きな要因の1つだ。
 日本の土地は国有地か私有地のどちらか、と言われるように、一見空き地でも誰かの所有だ。空き地を近隣住民の共用として、荷物の搬入や重機の待機場所などにしていることもある。昔からの住宅地で解体や立替をする際、重機の待機場所が狭い道路にならざるを得なくて、渋滞や迂回が発生する。ヒラマサ島の集落の中心は、車が存在しない時代の名残でそういう場所が多い。
 そんな場所にもテントを張るから、重機の待機は出来ないし、多く仕入れた物資の一時保管も出来ない。奇妙なことに、日本では私有地への無許可での侵入は違法なのに、私有地に置かれた他人の物を所有者が撤去すると違法になる。他人の物が破損したら損害賠償すら発生する。こんな奇妙な現象を正そうとする政治家はいない。国権の最高機関である立法府、すなわち国会議員の怠慢と老人票欲しさの日和見主義の結果だ。
 だから、警察や町役場も違法に張られたテントの強制撤去には及び腰。こういう輩は聞きかじった法律知識で攻め立てて来るし、一体化しているようなスマートフォンで撮影してSNSで拡散するという攻撃手段も持つ。余計に警察や町役場は手を出し辛いし、違法な滞在者が更に調子づくという悪循環が出来てしまっている。
 この混乱は銀狼神社の境内にも及んでいる。こともあろうに、銀狼神社の境内なら銀狼を見る確率が高まる、という理屈で、銀狼神社の境内にテントを張る輩まで出てきた。銀狼神社の神主や氏子は到底容認できず、即刻撤去するよう求めるが、此処でも空き地と同じく法律の不備と国会議員の怠慢とスマートフォンを凶器に変えた連中に押されるばかりだ。