謎町紀行 第100章

札所巡りの最中の邂逅

written by Moonstone

 3日後。冷え込みが厳しい今日も、銀狼神社周辺はごった返している。観光客が大挙して島に入ったのもあるけど、最大の要因はマスコミ。銀狼が実在する確率が高いと見られる動画が出回ったこと、TVを中心に銀狼が実在する確率が高いという論調が支配的になったことが原因だ。
 政権党絡みの重大なスキャンダルが続発して、新しいネタに飢えていたマスコミが飛びつくには絶好のネタだ。銀狼をリアルタイムで撮影すれば滅多にないレベルのスクープ。それを狙ってマスコミが続々とヒラマサ島に入り、24時間体制でカメラを構えている。
 マスコミは民家や銀狼神社の敷地に遠慮なく立ち入り、カメラを置く。観光客にもそういう輩は居るけど、マスコミは「報道」の看板を武器に自分達は仕事のため、ひいては社会全体のためという建前を振りかざす。しかもそういう場所で野営をしたり、挙句ゴミを平気で捨てたりする。民度の低さはマスコミが最低レベルなのは相変わらずだ。
 そんな状況だから、マスコミと観光客、そして地元の人との軋轢が強まる一方だ。マスコミは「報道」の看板を武器に島の物資を買い占めることまでやからしているから、マスコミの評判は最悪。でも、マスコミそのものは銀狼をリアルタイムで撮影しようと陣取り続けている。厚顔無恥とはマスコミの代名詞だと思う。
 銀狼神社を挟んで反対側の位置にあるカウハラ集落を拠点にしている僕とシャルは、銀狼神社周辺の混乱を避けるため、シャルの航空部隊による監視と調査を続けている。森が深い銀狼神社は上空からのレーダーでは全容把握が難しい。だから、機動力の高い戦闘機を数機森に突入させて、全容の把握と銀狼の捜索を続けている。
 銀狼神社の森は、銀狼を除いても野鳥や動物の宝庫だ。山とそれを覆う森全体が銀狼神社の敷地と言って良い。神社の敷地を切り開いて住宅地にするのは難しいし、法律としては出来ても心理的には憚られる。それによって、野鳥や動物の貴重な生息域が守られている。
 木々が不規則に入り組み、上下左右の移動を阻む森は、シャルの戦闘機をもってしても全容把握に時間を要する。それは十分承知の上だし、直接銀狼神社に足を運ぶのは、軋轢が強まる一方の状況下で危険が大きい。危害を加えられたとシャルが判断したら、銀狼の騒ぎどころじゃなくなる大惨事になりかねない危険の方がはるかに大きいんだけど。
 僕とシャルは、銀狼神社周辺の喧騒を他所に、のんびりヒラマサ島の寺社仏閣を参拝している。このヒラマサ島は、面積の割に寺社仏閣が多い。集落や山、海に近いところに大小様々な寺社仏閣が建てられている。シャルは朱印が着々と増える御朱印帳を手に、参拝と見物を楽しんでいる。
 マップを見て気づいたことだけど、ヒラマサ島にも88ヵ所巡礼の札所がある。ヨクニ地方にある88ヵ所巡礼とは別だけど、宗派は天鵬上人の流派だから同じ。ヨクニ地方と同じく、地図上の右上、つまり北西の札所が1番で、そこから時計回りに島全域を回って、1番札所とは隣の集落にある88番札所がゴールという立地も同じだ。
 僕とシャルは、現在5番札所である西嶺寺(さいれいじ)に居る。ヒラマサ島の北東の端にある集落、ヤオサカ集落から少し奥まったところに位置する。88ヵ所巡りは昨日マップを見て気づいて今日から始めたから、土地勘がない場所で昼の時点で5番まで回れたら上等な方だろう。

「流石に2、3日じゃ状況は変わらないかな。」

 境内を出て、近くの料理屋で昼食。対外的に広く知られていない観光地、離島の郊外の集落に金髪の若い女性は相当珍しいようで、店に入った時から注目度は最高レベル。しかもシャルは日本語が何の不自由もなく話せるから、余計に珍しがられる。金髪=外国人=日本語は話せないか疎いという公式は、国際化云々と喧伝されて何年も経つのにいまだ健在のようだ。
 ごく普通のから揚げ定食を食べながら、テーブルの中央に置いたスマートフォンを見る。マップには道路の混雑状況が表示されていて、アシヤマ集落周辺はどこもかしこも真っ赤、つまり酷い渋滞であることを示している。あの動画が報道されて以来、アシヤマ集落の混雑は混乱の域に入っている。

「この調子だと、明後日にはアシヤマ集落に入りますが、交通規制が敷かれ始めたので、車での立ち入りは難しくなることも考えられます。」
「うーん。そうなると、町バスか徒歩か。流石に徒歩だと厳しいな。」
「仮にアシヤマ集落に入れたとしても、宿に空室があることは期待できません。現在も満室のところが続出しています。」

 銀狼神社最寄りのアシヤマ集落の混乱は加速の一途だ。道路はかなり整備されているけど-田舎の農道に毛が生えたレベルを想定していた-、集落の何倍もの人が長期間滞在・移動することは想定されていない。それは物資やインフラも同じ、もしくは更に現状に対応しきれない。
 今の拠点があるカウハラ集落は、距離と交通機関が影響しているのか、まだ部屋には余裕がある。だけど、押し寄せる観光客やマスコミなどが銀狼神社最寄りのアシヤマ集落で宿を取れないとなると、近隣の集落の宿に向かうのは必然。アシヤマ集落以外の宿はそれほど多くないし、キャパシティも限られる。限界は割とすぐに訪れるかもしれない。
 更に、交通規制が始まったという。こういう離島の環境下で交通規制は、祭りとか限られた時の話。それが日常で発生したということは、警察も恐らく島の駐在所では間に合わなくて、N県の県警に応援を頼んだと見て間違いない。そんな状況下でシャル本体で乗り入れるのはまず不可能と思った方が良い。

「当面は、報道やSNSで様子を見ましょう。アシヤマ集落近くの駐車場に車を置いて歩くという手もあります。」
『空から常時監視や調査をしていますから、現状と大差ないですね。』
『それはそのとおりだね。無理に近づかない方が良いと思う。』
「88ヵ所札所の参拝は、シャルが言うとおり近くに車を止めて歩いていけば良いね。」

 僕とシャルの滞在に時間や費用の制限はないから、参拝する巡礼は1日1ヵ所でも何ら支障はない。無理に車で乗り入れて、出るに出られなくなる方が厄介だ。シャルによると、小規模な駐車スペースが、国道と主要な県道に幾つか設けられている。幸い無料だし、数km歩けば最寄りの札所に移動できる。数kmなら何とかなる。

「お客さん、銀狼神社じゃなくて88ヵ所巡礼してるんかいね?」

 店主のお婆さんが話しかけて来る。シャルが金髪で日本語が不自由なく話せることで、この店主は目を輝かせてシャルに話しかけていた。島で長く暮らして金髪碧眼美女が突然現れたら、ある意味アイドルの実物を見たような気分なんだろうか。

「はい。元々銀狼神社はあまり興味がなくて、ヨクニ地方にある88ヵ所巡礼があると知って、そちらに興味を持ったんです。」
「お若い外人さんとは思えんくらい、良く知っとるねぇ。この島の者でも88ヵ所札所を知らん者がおるのに。」
「私の出身地にはなかった風習なので、単純に興味があるんです。」
「若い人がこの島に興味を持ってくれるんは嬉しいことやわ。大師様のご加護も得られるし、銀狼神社なんぞよりずっと御利益があるよ。」

 お婆さんの言い方が何故か引っかかる。銀狼神社自体は、由緒あるものだ。あの混雑やマスコミなどの無法ぶりは目に余るだろうけど、お婆さんの吐き捨てたようにも聞こえる言い方は、何か裏があるように感じてならない。深く突っ込まない方が良いのは分かるけど。

「この先、アシヤマ集落にある札所を参拝する場合、何処に車を置けば良いですか?」
「あー、それやったら、ヤオサカ集落から県道沿いに南に行って、ウダハラ集落に行く道に入って少し西に行ったところに駐車スペースがあるから、そこを使うとええよ。島の者くらいしか使わんし、ちょっと歩かないかんけど、アシヤマ集落の札所を歩いて回れるで、便利やよ。」

 僕の質問に、お婆さんは丁寧に答えてくれる。早速スマートフォンのマップで調べると、山の中を走る道路の脇にポツンと開けた場所がある。そこから、徒歩でしか移動できない、獣道に毛が生えたような道路が伸びていて、アシヤマ集落の札所の裏手から入る形で順に参拝できるようだ。これは地元ならではの情報だ。

「ご丁寧にありがとうございます。」
「ええよええよ。若い島の外の人が88ヵ所巡礼に興味を持ってくれるのは嬉しいでな。」

 お婆さん、88ヵ所巡礼への愛着があるようだ。銀狼神社を毛嫌いしているようにも感じるのは、その反動だろうか。食事を食べ終えて、代金を払って店を出る。シャル本体は西嶺寺の駐車場に駐車している。戻ってもシャル本体以外車はない。境内も本坊に住職らしい人は居たけど、全体的に寂れた印象があった。銀狼神社の騒ぎの影響だろうか。

「銀狼神社に88ヵ所巡礼の客を吸い取られているのは間違いありません。アシヤマ集落以外の札所周辺の飲食店などには、かなり影響が出ています。」
「だから、あのお婆さん、銀狼神社を毛嫌いしているような物言いだったのか。」

 銀狼神社の騒ぎで人も物資もアシヤマ集落に集中している。外貨獲得も人が動かないと難しい。観光業や飲食店といった人を相手にする職業だと、人が来ないと話にならない。折角島に多くの人が来ても、銀狼神社にすべて食われて商売あがったりだろう。それは十分理解できる。

「88ヵ所札所も当然ながら、参拝者が来ないと賽銭や物品購入などの収益が出せません。由緒あるのは銀狼神社だけじゃないのに、というのは札所の共通の認識のようです。」
「島の人の中でも軋轢が強まってきているみたいだね。このままだと本当に大変なことになるかもしれない。」
「さっきの情報のように、アシヤマ集落内の札所には裏道を徒歩で伝っていくのが安全ですね。」

 シャル本体に乗り込んでシステムを起動。HUDには情報の駐車スペースの位置と所要時間、更にはそこから徒歩で行けるアシヤマ集落内の札所を参拝する所要時間が表示される。あっという間の分析だ。全部の行程を終えて駐車スペースに戻るまで約4時間。日の入りの時刻を考えると、今から行けば暗くなる前に行けそうだ。

「そういえば、この島の88ヵ所札所には、何か意図があるのかな?」
「今のところ、他の巡礼コースやその札所のような意図的なものは見えません。」

 O県の巡礼コースやヨクニ地方の88ヵ所巡礼コースには、過去の世界に逃げ込んだ確率が高い手配犯の痕跡や意図があった。この島にも88ヵ所巡礼コースがあったには初めて知ったけど、単に有名な88ヵ所巡礼コースを真似て作られたんだろうか。宗派も同じだし。
 教えてもらった駐車スペースは、簡単に見つかった。山道の途中に作られた、山肌の一部を抉り取って、一応の舗装と枠線を用意しただけのシンプルなもの。「P」という標識があるから、確かに駐車スペースではあるようだ。周囲には山と森と札所への案内表示以外、何もない。

「えっと…、まずは6番札所だから、こっちか。」

 森の奥に向かって、1本の道が伸びている。道と言っても舗装はされてないし、本当に獣道をちょっと整備した程度のものだ。崖っぷちにあるとか直接の危険はなさそうだけど、熊とか鹿とかは出そうな気がする。

「何だか危なそうな道だね。」
「通路には野生動物も虫も賊もいません。ただ、森の中を通っているので、照明がないと危険です。」

 シャルはバッグから2つのライトを取り出して、1つを僕に差し出す。そんなものを常時持っているとは思えないから、バッグに手を入れた時に創造したんだろう。でも、それならわざわざバッグから出さなくても良いのに。シャルの手からライトが分離しても驚く段階は過ぎたし。

『周囲に監視カメラがあるので、ライトを分離するところを見せるわけにはいきません。』
『監視カメラ?何処に?』
『木の枝や崖の一部に偽装されています。かなり巧妙な偽装なので、肉眼での識別は困難です。』
『一気に別方向から怪しくなってきたね…。』
『監視カメラ自体は珍しくありませんが、隠し方が巧妙なのが気がかりです。ただ、この駐車スペースや通路に危険がないことは間違いありません。』
『監視カメラがあるなら、此処まで来て通路を通らないと怪しまれるかもしれないね。行こうか。』
『はい。移動中も私本体を含めて外敵は対策できますから、足元に注意してくれれば大丈夫です。』

 88ヵ所巡礼が一気にきな臭くなってきた。周囲に民家も何もないから、トラブルがあった際の証拠に出来るように設置した、という好意的な見方も出来るけど、それなら別に届きにくい場所に設置しておけばよいだけのこと。何かある、と感じずにはいられない。
 ひとまず、通路に入る。10mくらい歩くと暗くなって周囲が見づらい。シャルから受け取ったライトを点ける。通路というよりトンネルだ。道幅は僕とシャルが並んで歩けるくらい。向かいから人が来たら一列になるしかない。ライトの明かりを頼りに通路を進む。通路は細かく蛇行していて、暗いから方向感覚が狂ってくる。
 20分くらい歩いただろうか。少し身体が火照ってきたところで、前方が明るくなってきた。明かりが見える方向に進むと、視界が一気に明転する。寺の敷地だ。これまでと違うのは、いきなり本堂らしい大きな建物が見えること。通路は明らかに裏口だと分かる。

「どうしてこんな通路があるんだろう?」
「寺の住職や地元の人しか知らない、秘密の連絡路という感じですね。」

 寺も常に宗教施設だったわけじゃない。時には政治を牛耳り、時には大名を凌駕する兵力を持つ軍事組織だった。スマートフォンもGPSもない時代、秘密の通路は純然たる秘密の通路だった。何かに備えて、本来の通り以外に寺や集落の間を行き来できる通路として用意されたなら、獣道に毛が生えた程度の整備の度合いも納得がいく。
 6番札所の仙石(せんごく)寺から順に参拝していく。境内には殆ど人がいない。通路経由だと本堂がある方から境内に足を踏み入れることになるけど、人が殆どいないし、いてもこちらには見向きもしないで経を読んでいる。「どこから入ってきた」と言われるかと思っていたから、ちょっと驚きだ。
 本坊ではきちんと朱印がもらえる。正確には買うんだけど、着々と朱印が増える朱印帳にシャルは満足そうだ。所々で写真を撮るのもそうだけど、意外とシャルは何かをコレクションするのが好きなのかもしれない。朱印帳やスマートフォンのSDカードは、今の僕とシャルには荷物というほどのものじゃない。

「あれって、銀狼神社の混雑じゃない?」

 8番札所の南山寺の参拝を終えて朱印をもらったところで、ふと見た先に人だかりが見える。南山寺の境内は高台にある。通路も上りが多かったけど、南の方が開けているのもあって、境内から見える景色はかなり遠くまで見える。仙石寺や7番札所の胎聖(たいせい)寺からは見えなかった、銀狼神社周辺のリアルな状況だ。

「はい。間違いありませんね。」
「初詣みたいな混雑だな…。まさかここまで混雑してるなんて。」
「こんなに人が犇めき合っている状況で、警戒心が強い野生動物がのこのこと顔を出すはずがないんですが。」

 よっぽど人慣れしてるペットや動物園の動物なら兎も角、野生動物は基本的に警戒心が強い。のこのこ姿を現したら敵にやられかねないから当然だけど、あんな混雑じゃ本当にいたとしても尻込みするだろう。狼の牙が鋭くても、一度に複数の人間を相手に出来ない。それこそ身ぐるみ剥がされるだろう。
 幸い、アシヤマ集落内の札所は、この南山寺で終わり。アシヤマ集落に出入りして混乱に巻き込まれることなくヒラマサ島版88ヵ所巡礼を出来るのはありがたい。獣道に毛が生えた程度の道でもきちんと通じていたし、案外昔の人もこういう通路を使って巡礼をしていたかもしれない。

『シャル本体に危険はない?』
『ACSを最高レベルにしていますが、現在まで危険や不審者の接近などは全くありません。』
『それなら良いんだ。心配事は取り越し苦労で終われば、それに越したことはないよ。』

 この島の88ヵ所巡礼の発祥や歴史は別途調べるとして、道中に危険がなければ良い。今までこの手の巡礼には良からぬ輩がセットになっていたし、札所の内紛もあった。天鵬上人が手配犯の確率が高いとはいえ、この世界では数々の伝説を残した歴史上の人物。衆生を救うとして即身仏になったという天鵬上人の教えはどこまで受け継がれているんだろうか。
 朱印ももらったし、帰路に就くことにする。まだ日の入りが早いし、山や森はそれが更に早まる。駐車スペース周辺には街灯がなかったし、通路は完全に真っ暗になるだろう。夜になると野生動物の動きも活発化する。参拝を終えたらまっすぐ戻った方が良い。
 ライトとシャルのリアルタイムスキャンで無事駐車スペースに到着。かなり日が落ちて周囲の明るさが大きく低下している。念のため周囲を見る。周囲には不審な人物や動きはない。シャル本体のロックを解除した時、シャルがダイレクト通話で言う。

『銀狼です。』
『?!』
『ついさっき、森の奥から姿を現しました。声を出さずに、そのまま私本体に乗り込んでください。』

 ま、まさか噂の銀狼が本当にいたとは…。それだけでも驚きだけど、人前に姿を現すなんて予想外だ。

『!そういえば、このあたりは監視カメラが仕込まれているじゃ?だとしたら銀狼の存在が…。』
『偶然ですが、銀狼は監視カメラの撮影範囲外に居ます。仮に映ったとしても解像度と明るさの関係で、銀狼だと視認できません。』

 黄昏時という時間帯と警戒心の強さが奏功している。シャルの指示どおり、気づかないふりをしてシャル本体に乗り込む。ドアを閉めるとシステムが自動で起動して-シャル本体だからシャルの意向次第でどうにでも出来る-、HUDに別角度の映像を映し出す。森の奥から淡い銀色に輝く1匹の狼が微動だにせずにこちらを見ている。HUDの方角と距離の表示から、南西方向200m先にいるらしい。

「写真や映像より発光が控えめに見える。」
「それらは加工や編集がなされた結果だと思います。銀狼はこちらを認識していますが、敵か味方か-正確には有害な存在かどうかを観察している様子です。」
「ということは、かなり知能が高い?」
「そのようです。ニホンオオカミより大型で、一般にハイイロオオカミと呼ばれる種類に近いです。スキャンしたところ、実際の生物であることも確認できます。」
「発光する哺乳類、しかも日本では絶滅したとされる狼か…。でも、どうして僕とシャルの前に?」
「それは不明ですが、通路を移動する際に遠方や物陰から観察していて、アシヤマ集落に陣取る連中とは違う動きに関心を示した可能性もあります。」

 実在することは判明したけど、謎は多い。むしろ謎が増えたと言える。知能が高いらしいこと。僕とシャルが有害かどうかを観察しているらしいこと。ライトやシャルのリアルタイムスキャンがあるから襲撃されても返り討ちに出来ただろうけど、そのスキャンに引っかからずに物陰から観察していたなら、相当用心深い。
 このまま留まっていると、銀狼にも監視カメラにも怪しまれる恐れがある。今日のところは見なかったふりをして帰還するのが良いだろう。シャルにこのエリアに部隊を常駐させて、銀狼の動向を観察してもらうことにする。僕とシャルが去った後で銀狼がどういう行動に出るか、それだけでも銀狼の意図を検討する材料になる。
 街灯がない、どんどん暗闇が増していく中、シャル本体を慎重に動かして駐車スペースを去る。HUDは暗視カメラに切り替わって安全運転のアシストに専念する。実在した銀狼。アシヤマ集落の喧騒を避けて、僕とシャルを観察するように姿を現した不可思議な存在。この島は謎が多いな…。