謎町紀行 第96章

崩落劇の後、暴かれる悪事

written by Moonstone

「昨夜、E県ノカナ町のノカナ原子力発電所で、管理棟が崩壊する事故が発生しました。死者はないものの、社員100名以上が重軽傷で病院に運ばれました。また、現場にはE県知事や地元選出の国会議員、県議の他、ナカモト科学大学ハルイチキャンパスの医学部長兼付属病院長もおり、いずれも軽傷です。警察は回復を待って事情を聴く方針です。」

「プルサーマル計画を進めるノカナ原子力発電所で、あわや放射能漏れの重大事故です。昨夜、ノカナ原子力発電所の管理棟が崩壊し、原子炉が緊急停止しました。管理棟からは100人以上の重軽傷者が出た他、E県知事や地元選出の国会議員、県議、ナカモト科学大学ハルイチキャンパスの医学部長兼付属病院長が発見され、いずれも軽傷です。ノカナ町一帯には避難勧告が出されましたが、現在は解除されています。現場から中継でお伝えします。」

 翌朝、部屋のTVは地元だからか、ノカナ原子力発電所の管理棟崩壊事件を流し続けている。万一放射能漏れに至っていたら、僕とシャルがいるモトヤマ市にも避難勧告、否、避難指示が出ていただろう。シャルが原子炉を安全に停止させたのは、E県知事らへのダメージよりモトヤマ市に滞在できることを優先した結果のようだ。
 SNSでは、ノカナ原子力発電所の管理棟崩壊がトレンド入りしているのは勿論、そこにE県知事や国会議員、更にはナカモト科学大学ハルイチキャンパスの医学部長兼付属病院長Sがいたことが話題の中心になっている。なぜ交通の便が良いとは言えないノカナ原子力発電所に地元政界の中心人物が集結していたのか、更にナカモト科学大学ハルイチキャンパスの実効支配者がいたのか、だ。
 ノカナ原子力発電所を管轄するヨクニ電力は、「事実関係を調査中」というお決まりのフレーズしか出していない。広報なら社長をはじめ役員の動向や、来賓を招いての式典の情報を把握している筈。にもかかわらず、情報を出さないのは隠蔽や風化を狙ってのことだろう。だけど、今回は具合が悪い。ナカモト科学大学ハルイチキャンパスの医学部長兼付属病院長がいたことだ。
 ハルイチ市とノカナ町は直線距離でも50kmはある。しかも最寄りインターから県道を経由しないと行けない。そんな地理的関係にある、ヨクニ電力と学部的には関連性が見えない医学部長兼付属病院長が、自身の統括する医学部や附属病院を放り出して、原子力発電所にいたのか理由が見えない。
 この点でも、ヨクニ電力からの委託研究がどうとか言っておけばまだ収拾の見込みがある。だけど、委託研究の中身を突っ込まれるのが嫌なのか、ナカモト科学大学ハルイチキャンパスの広報室は「詳細は答えられない」としかコメントを出していない。これだと「良からぬことをしていた」と仄めかすようなものだ。
 医学部や附属病院なら、「ハルイチの王」と言われる絶大な権威で抑え込めただろう。だけど、相手は学部や医局のしがらみと無縁な一般社会。広報室は勿論、医学部や附属病院の感覚が、いかに一般社会の感覚からずれているかが分かる。リスクマネジメントとしては最悪の事例だろう。

「E県知事の政治資金パーティーが、ノカナ原子力発電所で行われていたという証言がSNSやメディア報道に出ました。」
「シャルが出したの?」
「いえ、軽傷で病院に搬送された職員の証言です。現地の写真や動画も出ています。パーティーの撮影も命令されていたんでしょうけど、それが連中にとっては仇になりましたね。」

 シャルが見せてくれた写真や動画には、E県知事や国会議員の他、Sが鮮明に映っている。動画もあって同じ服装や立ち位置だから、加工編集という言い逃れは難しい。背後の金屏風にはE県知事主催のパーティーであることと、プルサーマル計画推進決起集会とご丁寧に大書されている。何があったのか一目瞭然だ。
 プルサーマル計画推進というところに、反原発運動や野党が食いつく。実質的な国際条約である非核三原則を無視する元財務相の核兵器発射施設構想が暴露されてまだ1年も経っていないうちに、元財務相のグループ企業の1つ、ナカモト科学大学がプルサーマル計画推進に関与していたとなれば、政権や元財務相、グループ企業にとっては致命的ダメージがまた増えることになる。
 政治資金パーティーそのものも正当性に疑問符がつくけど、それをプルサーマル計画推進を掲げるノカナ原子力発電所で開催していたことは、重大な汚職事件への発展に繋がる。原子力ムラと批判された大きな理由の1つは、原子力発電に纏わる巨額の金の動きだ。政官財が一体となって進めることで巨額の金が動き、そのムラに加わった者のみを潤す。原子力発電を誘致した自治体への補助金も、原子力ムラの金だ。
 実際、SNSではE県知事のプルサーマル計画推進に絡む買収や政治献金の疑惑、更には元財務相のグループ企業であるナカモト科学大学への疑惑が噴出している。ハルイチ市やナカモト市在住というユーザーから、ナカモト科学大学の理事長らによる専制支配と労組潰し、周辺住民との軋轢が挙げられている。Sに対しても、病院職員というユーザーが、まったく診察をしないで学部長室で秘書という名の愛人を侍らせている、頻繁にモトヤマ市に出かけていたという暴露話が出ている。
 内部状況はあまり把握していないけど-正直ヒヒイロカネの捜索と回収には無関係なのもある-、やはり内部ではかなりの不満が鬱積していたようだ。不満も権威や威圧で抑え込めるうちは良いけど、何かの拍子にそれらが効かなくなることがある。そしてその機会に溜まり溜まった不満が一気に噴出する。専制支配のお決まりの転落のパターンを踏襲していると言える。
 渦中のE県知事やナカモト科学大学を抱えるE県や、Sを抱えるナカモト科学大学やハルイチキャンパスは、広報担当部署が「事実関係を調査中」とお決まりのフレーズを流している。それが本当ならまだしも、大抵の場合、騒ぎが沈静化するのを黙して待つというもの。これもその例に漏れない。

「E県知事や代議士連中はいずれ首が締まるでしょうからどうでも良いとして、ヒヒイロカネに手を出したハルイチの王とやらは、このまま逃げ切れると思わないでもらいたいですね。」
「周辺住民への被害は出ないようにね。」
「それは大丈夫です。安心してください。」

 ハルイチキャンパスのアイソトープ研究センター地下に隠されたプルトニウム239。管理された状況でないと非常に危険な物質だ。放射能漏れが発生したら、近隣住民は甚大な被害を受ける。健康被害もさることながら、無知な連中による風評被害はさらに深刻だ。世間は思った以上に自分が無知であることを知らない無知が多い。

「僕とシャルはこのまま?」
「はい。温泉街を満喫したいのもありますし、攪乱するためでもあります。」

 元財務相の基盤を破壊した上に、A県では世界的大企業と公安警察と対峙した。シャルがサーバーに侵入して復旧不能なレベルで破壊した上にウィルスを拡散したことで煙に巻いたけど、僕とシャルに関する情報が断片的でも残っていて、特に国家権力を背景にする公安警察が、報復せんと追っている確率は否定できない。
 ハルイチ市と明らかに離れたモトヤマ市に滞在している人物が、アイソトープ研究センターをどうこう出来る筈がない。そもそもアイソトープ研究センターに何かが隠されているなんて本来知りようがないこと。僕とシャルが同時刻に全く別の場所にいることは、ホテルやレストランでの支払い記録や、インターチェンジのETCなど多数ある。
 それでも「犯罪を作り上げて実績とする」のが公安警察。サイバー犯罪対策部署が公安警察ということは意外に知られていないが、盗聴法も絡んで警察は事実上自由に電話もネットも盗聴できる立場にある。公安警察がアイソトープ研究センター関連で容疑をかけてきたら、SMSAが偽装した弁護団で徹底攻撃を仕掛ける体制がある。

「もっとも、弁護団が遣り込める前に本人達が行方不明になるでしょうけど。」
「…実績があるよね。」

 ハネ村の一件で、シャルは永遠の責め苦と言うに相応しい制裁を、公安警察に下した。ヒヒイロカネの代替物質に肉体を取り込まれ、責め苦を再現された痛覚を伴いながら、永遠に壁画として生きること。強烈な責め苦に声を上げることも出来ず、助けを求めることも出来ず、ただ壁画の一部として生きるだけ。これ以上の拷問はそうそうないだろう。
 今回、E県知事らが触手の化け物になり果てたのも、その派生版と言える。流石にあのままだとヒヒイロカネの存在が世に出てしまうことになるから、管理棟を崩壊に追い込んだところで解除したんだろうけど、あのまま意思を奪われて本能のままに永遠に争う羽目になることもあり得た。
 これだけでも、ヒヒイロカネがこの世界には文明的にも倫理的にも手に負える代物じゃないと分かる。だけど、欲に溺れた連中が秘かに伝わるヒヒイロカネを我が物にせんと争い、時に無関係の人々の生活や生命を踏み躙る。何としてもヒヒイロカネを回収してこの世界からなくさないといけない。

「でも、どうやって?」
「それはもう少し後でお話します。ハルイチの王とやらと共に、ハルイチ王国の崩壊が始まりますよ。」

 最も懸念していた周辺住民への被害は出さないというし、ハルイチの王ことSを確実に追い込む算段があるようだ。こういったことはシャルに任せるのが賢明だし、僕があれこれ考えても何か出来るわけでもない。

「何処へ行く?」
「モトヤマ城です。高速道路からも少し見えていたんです。」

 モトヤマ城はこの地方に限らず、全国的にも有名。モトヤマ市を見渡す小高い山の上に建ち、空襲で焼け残った天守閣は国宝。僕は土地勘のない場所の高速道路の運転で見てる余裕がなかったけど、シャルが見せてくれるマップを見ると、大きなカーブのところで左手の方向に見えたようだ。シャルなら十分見えただろう。
 僕も名前くらいは知っていたけど、E県は電車が限られているし、車でもかなり時間がかかるから、「行けたら良いな」という場所の1つだった。攪乱目的もあるとはいえ、モトヤマ城が間近にある町まで来たんだから、行かない手はない。天気も良いし、散策にはもってこいだ。
 ホテルからモトヤマ城までは、路面電車で行くことにする。偶然だけど、シャルと赴く先では路面電車やローカル線に乗る機会が多い。中心部の道路が入り組んでいたり一方通行が多かったりで、車で移動するにはあまり向かないところに路面電車が良い塩梅で走っているから、手軽な移動手段として使える。
 ホテルから徒歩3分ほどのところに、路面電車の駅がある。この駅は終着駅でも始発駅でもある。ホームを変えるための引き込み線もある。路面電車の路線は南北方向と東西方向に大別できて、この路線は東西の路線。中央付近に官庁街があって、そこで乗り換えることが出来る。モトヤマ城は南北線に乗り換えて北に3駅進んだところが最寄りだ。
 路面電車は通勤通学の足でもある。路線沿いに企業の工場やオフィス街、大学や高校、中学がある。僕とシャルがホテルを出た時間は通勤通学の時間帯を過ぎていたから、乗っているのは観光客と移動に使う地元の人。向かい合わせの座席は半分ほど埋まっている。
 路面電車はゆったり街中を移動していく。両脇を走る車がどんどん追い抜いていく。移動時間だけ考えれば、シャル本体で行く方が遥かに早いだろう。だけど、この場所にしかない路面電車で、平日の午前中にゆったり移動する時間の使い方がとても心地よい。
 官庁街にある乗り換え可能な駅は、面白いことに2つの路線がほぼ十字に交差している。ホームは十字に交差する線路をX軸Y軸と見て、4象限で描く反比例のグラフのように配置されている。乗り換えの移動は電車が止まっている間に、線路を横断する。ホームに踏み切りはあるけど、ちょっと事故が不安になる。
 とはいえ、僕とシャルも乗り換えないとモトヤマ城に行けない。ホームを降りて線路を挟んだ向かい側、東のホームに移動する。僕とシャルが下りたホームがXYグラフのX軸が正、Y軸が負の象限と見ると、X軸Y軸共に負の象限に移動した形だ。同じように移動する人がいるけど、移動は全体的にゆったりしたものだ。土地柄なんだろうか?
 南北線の北方向の電車がゆっくり動き始める。官庁街を抜けると再び住宅街。このあたりは今時の住宅やマンション、アパートだ。ホテルがある温泉街とは違う町並みが広がっている。その街並みの中に森に半分埋もれるように佇むのが、モトヤマ城。青空に森の緑と黒の天守閣が映える。
 モトヤマ城の最寄り駅、モトヤマ城公園前では、乗客の半分くらいが降りる。モトヤマ城までは山と森を目指して歩く。道中には土産物屋が軒を連ねていて、道案内の立て看板や矢印の看板が彼方此方に出ているから、それに逆らって細い道に入らなければ迷うことはない。山と森が近づくにつれて、建物の数が少なくなっていく。
 道路沿いの光景が、町並みから一転してハイキングコースになる。僕とシャルは動きやすい服装と靴だから特に問題はない。歩くのがきつい人向けにロープウェイが用意されているけど、今回はそれほど急な坂道でもないし、道も整備されているから、歩くことを選択する。
 緩やかにカーブを描きながら上へ上へと進んで行くと、森が開ける。広大な公園が広がっていて、遊具や砂場、飲食店が散在している。その中央やや奥に黒塗りの壁が青空と強いコントラストをなす天守閣が鎮座している。国宝を守るという雰囲気は少なく、町のシンボルとしようという雰囲気を感じる。

「こんな城だったんだ。」
「もっと豪勢なものを想像してました?」
「国宝っていうくらいだから、城址全体を囲って入場料を取ってるかなって。」
「このモトヤマ城は確かに国宝ですけど、戦火からの復興のシンボルとしての存在感の方が強いようです。」

 モトヤマ城は戦前から国宝だったけど、その時代は国宝ということで警備も厳重で、森を含む敷地全体に入場料が課せられていて、天守閣の色も相俟って畏怖の対象だった。それが大空襲で町はほぼ壊滅して、国宝に含まれていた他の建造物-二の丸御殿とか大手門とかも全焼したけど、奇跡的に天守閣は無事だった。生き残ったモトヤマ市の住民は、子焼け残った天守閣の周辺を公園にして、誰もが気軽に近づいて見上げることが出来るようにした。
 奇跡的に焼け残った天守閣ということで、再びモトヤマ城は国宝に指定された。だけど、モトヤマ市の住民の運動によって、入場料は天守閣の維持管理のみに使い、公園はモトヤマ市のものとしてモトヤマ市の負担で維持管理することになった。「新しい時代にふさわしい開かれた国宝天守閣」として今に至る。
 平日の昼間、しかも長期休暇の時期とかけ離れたオフシーズンだからか、天守閣に入る人はまばら。天守閣の中は、かつての生活を再現したり、修繕や発掘で得られた遺品などを展示する、よくあるタイプの展示館だ。年季の入った壁や床が、長い歴史を感じさせる。
 天守閣は4層5階建て。すべて木製の急な階段を上る必要がある。これも天守閣でよくあることだ。昔の人は甲冑や着物でこんな急な階段を上り下りしていたのか。最上階は僕とシャル以外、数人しか客がいない。転落防止のためアクリル板の壁が設けられている以外は、往年のままの作り。城下町を360度一望できる以外、装飾品もないごく質素な内装だ。

「あっちが、ノカナ原子力発電所の方角ですね。」

 シャルが太陽がある方角を指さす。街並みの向こうに山が連なっている。この先にノカナ原子力発電所があるなら、ノカナ原子力発電所でメルトダウンが起こっていたら、此処モトヤマ市も避難勧告、否、避難命令が出ていただろう。その後の風評被害も深刻だ。シャルがメルトダウンを避けて安全に停止させたのは良かったと言うべきだろう。

「で、あっちがハルイチ市の方角です。」

 シャルが指さしたのは、天守閣内部を通した向こう側。今の位置だとあまり見通せないけど、山が多いのは分かる。人口規模だとモトヤマ市とハルイチ市はおよそ3:1くらい。E県の県都でもあるモトヤマ市から見れば、郊外の小さな町という感じだろうか。

『ハルイチの王国の崩壊は、そろそろ始まります。』
『此処から見えるレベル?』
『そこまで大規模なことはしませんよ。土砂崩れだけです。』

 土砂崩れ?そこからハルイチキャンパスの崩壊に繋がるって、どういうことだろう?今はシャルの報告や説明を待つしかない。此処から見えるレベルじゃないというから、大規模災害ではないらしい。

『住民からの通報が入りました。ハルイチキャンパスの北西部の崖で土砂崩れが発生した、と。』
『警察と消防が出動?』
『はい。建物の基礎らしい部分が露出しているという情報が含まれているので、火災発生の恐れがあるとして消防も出動です。』
『結構大規模な土砂崩れじゃない?』
『土砂崩れ自体は小規模ですけど、近い建物が建物ですからね。アイソトープ研究センターという、ある意味火薬庫。』
『!』

 そういえば、アイソトープ研究センターの裏手は崖。そこを崩したのか。建物が崩落することはないだろうけど、近隣住民にしてみれば、「ついにやらかしたか」という感があるだろう。土砂崩れだから崖の保護とか何もしてなかった確率が高い。

『アイソトープ研究センターで火災が発生したという偽の通報も行いました。消防が必ず立ち入ります。』
『ヒョウシ理工科大学と同じ。』
『はい。火災の通報があれば、それが事実か誤報か虚偽かを確認するため、現地に立ち入ります。』

 ヒョウシ理工科大学でも、シャルが小規模な火災を起こして消防に通報したことから、隠し扉の向こうにあった核燃料保管庫の存在が発覚した。アイソトープ研究センターも核燃料保管庫の偽装だから、同じ手を使って発覚させる算段か。ナカモト科学大学側が何も対策していないから通じる作戦だ。
 ヒョウシ理工科大学の件は、グループ企業総帥の元財務相を事実上次回選挙の落選が確定するほどの大ダメージになった。そんな事態ならグループ企業、特に同じ大学という体裁のナカモト科学大学と情報共有をして、発覚しにくい対策を取るべきところだ。その良し悪しを別にして、基本的な情報共有すら出来ていないのは致命的だ。
 そもそも論で言えば、あれだけSNSやメディアで大々的に報じられた、国際条約違反に等しい一大スキャンダルを、ナカモト科学大学が何も知らない筈がない。にもかかわらず、隠蔽を強化するなどの対策がなされていなかったのは、ヒョウシ理工科大学のように発覚するはずがないと見る傲慢さか、あるいは…。

『ヒョウシ理工科大学の破滅によって、ナカモト科学大学が自分の立場を利すると見ていた、ですね。』
『うん。』

 今は入院中のSは、ヨクニ電力やE県知事と歪んだ協力関係を締結して、ノカナ原子力発電所をヒヒイロカネ研究の拠点とする一方、その独占による圧倒的な軍事力と経済力を手中にする野望を抱いていたと考えられる。そこから、東の拠点であるヒョウシ理工科大学の壊滅は、Sには好都合と見ることが出来る。
 しかも、金と権力でヒョウシ理工科大学を誘致した元財務相が、悪事を暴かれて入院からの雲隠れに至った。元財務相はヒョウシ理工科大学やナカモト科学大学を含むグループ企業の総帥。その最高権力者が権威を大きく失墜したことで、次の総帥の座が見えてくる。つまり、ヒョウシ理工科大学の壊滅や元財務相の雲隠れは、Sには好都合だったという推測が成り立つ。
 更に、足元のナカモト科学大学は、元財務相の権威失墜の煽りで、元財務相の実弟である理事長が雲隠れ-兄弟揃って雲隠れというのが何とも-。長年労組潰しやパワハラなどで苦しめられた教職員を中心とした労組結成などで、元財務相の長男である学長もかなり危うい状況。そうなると次の学長や理事長の座も見えてくる。
 いきなりグループ企業の総帥というのは、「本家」と距離が離れているのと、あちらも従業員の労組結成や告発で鎮静化が困難。下手に手を出すのは火中の栗を拾うようなものだ。それよりも、理事長や学長の立ち位置が揺らいでいるナカモト科学大学の学長や理事長の方が、ずっと近くて奪取も容易だ。
 恐らく、元財務相の血統ということで、現在の学長が後任の理事長になることは難しい。実父であり総帥である元財務相が健在なら押し切れただろうけど、現在は相当厳しい。教職員側も元財務相の血統ではない学長や理事長を求めるだろう。そうなると、ハルイチの王として権力と財力を持つSにチャンスが巡って来る確率が高い。
 Sは、ヒョウシ理工科大学の壊滅、更には元財務相の権威失墜を契機に、ナカモト科学大学の学長や理事長を足掛かりにグループ企業全体を乗っ取るつもりだとしたら、ヒョウシ理工科大学の壊滅を受けて対策を講じなかった理由になる。敢えて対策を講じないことで、ヒョウシ理工科大学ひいては元財務相の血統とは無関係と装うためだとも考えられる。

『十分あり得る推測だと思います。漁夫の利と言うのでしょうか。』
『とことん腐ってるね…。』
『他人を踏み躙る悪党の腸(はらわた)なんて、異臭がするレベルで腐っているものです。もっとも、その野望も今日で潰えるでしょう。』

 時折写真を撮りつつ、シャルは僕に画面を見せる。警察と消防の車両がサイレンを鳴らしながら続々とハルイチキャンパスに入っていく。一方で、北西の崖周辺にも警察車両が到着して、規制線を張る。周辺住民らしい人々が忌々しそうに崩落した崖を見ている。地下の構造物が僅かに露出している。崖の上の方だけど、かなり地中深く造られたようだ。
 警察と消防が続々と敷地の北西、アイソトープ研究センターに向かう。アイソトープ研究センター周辺には、先に規制線が張られている。警察とは違う制服を着ている。大学の警備員か?

『はい。正確にはナカモト科学大学警備隊。言うなれば大学経営層の私兵です。』
『そんなものまで…。』
『ヒロキさんと私が様子見に出向いた時、監視カメラ越しに監視していたのが、この連中です。』

 経営層の私兵ってことは、労組結成や不正の告発を妨害していた理事長らの子飼いの兵隊か。こんなことまでして守らなければならなかったものって、何なんだろう?大学の繁栄や学生のより良い未来、教職員の生活環境や能力向上がなされるなら、自分達が大学の経営部分を握り続けなければならない理由にはならないだろう。
 大学の設立やキャンパスの誘致、そして経営や大学運営に纏わるきな臭さや胡散臭さは、結局大学=自分達の利権という認識でしかないことの表れだ。つまりは「自分のため」だから、労組や不正の告発は利権を脅かす暴挙と映るわけだ。それを防ぎ、妨害するために私兵まで用意して動かす。専制政治そのものだ。

『今回は相手が悪いですね。警察権力は教職員のようには抑えられません。抑えようとすれば、このとおり。』

 規制線を突破させまいと抵抗する警備隊は、警察に続々と排除される。格闘の素人である教職員相手なら難なく抑えつけられても、相手は剣道柔道が必須で格闘してでも容疑者を抑えるのが仕事の一環である警察だと、素人ぶりを発揮するばかりだ。特殊警棒などを持っているためか、手錠をかけられる者も少なからずいる。
 ものの10分足らずで警備隊は完全に排除されて、警察と消防が続々とアイソトープ研究センターに入る。更に、その後を追ってきたマスコミが詰めかける。警察が張った正規の規制線でマスコミは阻まれるが、かなりの数だ。TVカメラも見えるから「現地から生中継」というやつか。

『警察が買収されている確率が高いので、マスコミにも情報を流しました。地元TV局は中継もしています。』
『マスコミの前でアイソトープ研究センターの本当の姿が明かされるってことか。』
『はい。奥深くにあるのは核燃料保管庫。警察と消防が証人ですから、言い逃れは不可能です。』

 中継もされている状況で核燃料保管庫の存在が発覚すれば、言い逃れは出来ない。警察は抱き込んでいても消防までは手が回っていないだろうし、メディアも抱き込んでいたとしても、中継された映像は回収できない。しかも今は映像も簡単に共有・拡散できるSNSがたくさんある。それらまで抑え込んだり抱き込んだりするのはまず不可能だ。
 映像が建物内部に切り替わる。こういうことも出来るのか。階段は下へ下へと延びている。その階段を警察と消防が下りながら火災の有無や建物の状況など確認していく。一応火災報知器はついていて-ここまで法律無視はできなかったか-、それらがすべて警報を鳴らしているし、非常照明がONになっている。火災の有無や個所の特定、原因の除去をして安全が確認できない限り、警察と消防の撤退はない。

『人が来ましたから、天守閣を出て外でゆっくり鑑賞しましょう。』

 シャルが言うとおり、少ししてカップルらしい別の客が来た。入れ替わりに階段を下りて外に出る。公園だから芝生が敷き詰められているし、所々にベンチもある。人も少ないから座ってスマートフォンと見ていても、何ら違和感はない。天守閣にほど近い、木陰のベンチに腰掛けて再びスマートフォンの画面を見る。
 警察と消防の検証と確認はまだ続いている。いったいどれだけ深く作ったんだろう?それに、ヒョウシ理工科大学の例からして、隠し階段や隠し通路を作っているんじゃないか?だとすると、警察と消防も発見できないまま「原因不明」とか玉虫色の結論を出すのか?流石に消防はそんなことはしないし出来ないか。

『隠し扉は分かりやすく開放済みです。』
『余計な心配だったね。』

 シャルが悪事の暴露を遠ざけることはしないか。調査していた消防の1人が、不自然に開け放たれた扉を指さす。中途半端な開き具合は明らかに不自然。しかも非常口などの表示もない。何かあると思わずにはいられない。警察と消防が続々と扉の向こうに入っていく。
 隠し扉の奥は真っ暗。警察と消防はライトで周囲を照らして、照明がないか、火災の原因は何処かを探しながら慎重に歩を進めていく。非常照明が一応あるものの、避難に使える明るさじゃない。申し訳程度に付けたとしか思えない。それよりも、照明そのものがないんだろうか?

『警備隊が照明をOFFにしました。警察と消防がライトを持ってないとでも思ったんでしょうか。』
『余計に怪しくなるよね。』
『それが分からないのが、悪党の走狗たる所以ですね。照明をONにします。』

 照明の遠隔操作なんて、シャルにとっては息をするレベル。一気に照明がONになって室内が明るくなる。不意に明るくなったことで一瞬目が眩んだようだけど、すぐに進行を再開する。この辺は流石に極限環境での作業もある警察や消防ならではの対応力だ。

『間もなくですね。悪魔の巣を発見するのは。』

 シャルが言う。先頭の消防が扉を開けて中に入り、足を止める。白の照明に照らされるのは、巨大なプールに漬かった多数のコンテナのようなもの。そこには放射性物質を示す例のマーク。消防は驚いた様子で後方に伝え、退避を宣言する。放射能漏れも否定できないから、当然の措置だろう。

『放射能漏れはありませんが、警察と消防多数が証人になりました。ヒョウシ理工科大学にIAEAが査察に入り、プルトニウムの保管が確認されています。更に此処、ナカモト科学大学でもプルトニウムが保管されているとなれば、IAEAは必ず査察に入りますし、元財務相がプルトニウムを核兵器に転用する計画を立てていた疑いがより濃厚になります。』
『元財務相もそうだけど、グループ企業全体や経営層へのダメージも甚大だね。』
『はい。創立段階から曰く付きのナカモト科学大学でもプルトニウムが保管されていたことが明らかになれば、元財務相を筆頭とする経営層は刑事責任を問われる事態になります。辞任だけでは済まないでしょう。』

 ヒョウシ理工科大学の真の姿と目的が暴露されたことで、ヒョウシ理工科大学は事実上閉校に追い込まれたし、元財務相自身も後援会が解散したことで次の選挙での当選はかなり困難になった。更に離党勧告が出されているけど、シャルが引き起こした大暴動のショックと負傷を理由に入院を続けて警察と検察の手を逃れている。
 そこにナカモト科学大学でもプルトニウム保管の事実が発覚すれば、元財務相には致命的なダメージになる。当然、大学の理事長である実弟と学長である長男の刑事責任は避けられない。勿論、「ハルイチの王」ことSもだ。何しろハルイチキャンパスのすべてはSの支配下にあるんだから。
 慌てて建物を出た警察と消防が、詰めかけていたメディアに放射性物質の存在と即時退避を告げる。地震や火山の噴火でも「報道の自由」を盾に突撃するメディアも、放射性物質には忌避感があるようで、一目散に退避する。この一部始終も生中継されているから、中継を見ていた人が証人になったも同然だ。
 崖崩れが起こった付近にも無線で伝えられ、詰めかけていた周辺住民に放射性物質の存在と即時退避が告げられ、周辺住民が大慌てで逃げ出す。アイソトープ研究センターと崖周辺には強固な規制線が張られ、完全に立ち入り禁止になる。流石のメディアも遠巻きに中継するのが精一杯だ。それがナカモト科学大学に隠されていた忌まわしき隠し財産のインパクトを強める。
 シャルが切り替えて見せるSNSは、ナカモト科学大学ハルイチキャンパスで放射性物質の存在発覚のニュースが溢れかえる。「ヒョウシ理工科大学と同じく、元財務相の核兵器の野望の隠れ蓑か」「元財務相はプルトニウムがお好き」など、グループ企業総帥である元財務相にも厳しい目が向けられる。
 流石にIAEAの査察が入ってプルトニウムの存在が確定している現状、偏向報道などという火消しは見られない。当の本人が入院を理由に警察と検察の手を逃れている状況だし、後援会は解散。地元のグループ企業は従業員が労組結成や告訴で対決姿勢を鮮明にしているから、火消しという名の無理心中に臨む奇特な者は居ないようだ。