謎町紀行 第93章

深夜の寺院の逮捕劇、腐敗の牙城と化した原子力発電所

written by Moonstone

「動き始めました。」

 翌日の夜、営みの後寝ていたところをシャルに起こされる。眠気眼で何があったのか聞いて、返ってきた答えがこれ。一気に目が覚める。

「横になっていてください。天井に映像を映します。」

 一旦起こした身体を再びベッドに横たえる。天井に映像が表示される。プロジェクターに相当するものが見当たらないし、部屋には僕とシャルしかいないから、天井にヒヒイロカネを潜り込ませて臨時のディスプレイを用意したんだろう。…こういうことが考えられるから、眠気はほぼ霧散したのは間違いない。

「悪党の破滅の瞬間は、空調の効いた部屋のベッドでゆっくり見物するのが良いですね。」

 シャルも再び横になる。何と言うか…。映画でも見ているような気分だ。しかも、しっかり営んだ後だから掛布団の下は全裸。余計に別世界の出来事のように思わせる。映像は非常に鮮明だ。暗視カメラにリアルタイムの画像処理を加えているからだろう。本来なら暗闇で見えない筈の道路の表示や看板の文字まで鮮明に見える。
 顔全体を覆うマスクを被っている時点で、まともに対面して交渉する考えがないことは明らかだ。しかも10人以上。どう考えても少なくとも盗み、かなりの確率で強盗だと思う。近くに人がいたら間違いなく不審者がいるとして通報されるだろう。

「連中がいるのは何処?」
「泰水寺から北に100mほどのコンビニ跡地です。閉鎖されているので本来敷地に入るべきではないんですが、悪党はそんなことお構いなしですね。」
「よく人目につかないね…。」
「周辺に民家と街灯が少ないからです。此処から泰水寺までのルートも同様です。悪党なりに考えてはいますね。」

 良し悪しは別として、悪事の方向に考えが巡るのは間違いない。窃盗なり強盗なり他人から財産を奪うには闇夜に紛れるのが一番安全だ。目撃情報が多いだけ追跡・逮捕される確率は高くなる。いくらナカモト科学大学がE県県警と癒着している確率が濃厚だと言っても、窃盗、更には強盗となると捜査しないわけにはいかない。
 一方で、ナカモト科学大学が泰水寺への侵攻へと進むことは、破滅に繋がる奈落が着実に近づくことでもある。そのことにナカモト科学大学は一切気づいていない。現状を踏まえるとまさかこんな策が待ち構えているとは思わないだろうと思ってのことだけど、その単純な策が底なしの奈落になろうとしている。

「手配は済んでいます。着実に悪党の悪事が日の目を浴びる瞬間が近づいています。」
「慢心、なのかな。絶対に自分達の悪事がばれないっていう。」
「そうと言えますね。地元で有名な寺院の寺宝が境内から掘り返されて持ち出されたという一大事件なのに、地元警察が碌に捜査をしない時点で、悪党は絶対の自信があるんでしょう。」

 地元警察の捜査は一向に進展しない。変な言い方だけど、単に夜中に盗み出されただけなら、目撃者も望み薄だし捜査が難航するのも分かる。だけど、今回はSMSAが偽装した警備会社が仕掛けた鮮明な映像に、手配した弁護士が同伴しての被害届提出だ。捜査が進まない方がおかしい。警察がナカモト科学大学と癒着しているという状況証拠には十分だ。
 警察が当てにできないのは予想の範疇ではある。警察が動こうとしないなら無理矢理でも動かす。そのために最も効果的なのは外圧。しかも攻撃力を持つ外圧。僕の策はそれの1つを利用するものだ。問題は外圧をかける側が動くかどうかだったけど、これは問題なかったようだ。

「有名な泰水寺の寺宝が奪われたことは既にマスコミが報じています。その後の経過にも関わるだけに、信憑性が高いと判断したようです。」
「良かった、と言うべきかな。」

 僕の策は、外圧をかける側が備えることが大前提。間に合わないと意味がないし、かと言って外圧をかける側も暇じゃないから、ある程度の信憑性がないと動かない。そこが不安要素だったけど、杞憂に終わって何よりだ。あとは…彼らが破滅に繋がる奈落への道を進むのを、映画のように見守るだけだ。
 連中は闇夜の中、細い道路を縫うように進んで行く。暗視カメラとリアルタイム画像処理があるから鮮明に見えるけど、実際は殆ど見えないだろう。今のところ、連中の悪事は予定どおり進行している。それが破滅へのカウントダウンであるとも知らずに。
 連中はついに泰水寺に到着。その場所は、本坊近く。正門から境内を経由しないで直接本坊に向かうあたり、実力行使の意図が見え見えだ。見え隠れするタトゥーで威嚇しながら数と力で押せば何でも出来る。そう考えているんだろう。本坊の窓が内側からカーテン越しに光っている。住人が起きていても突入するつもりなのは明らかだ。

「この時点で窃盗ではなく強盗の意図があるのは明らかですね。それだけ自信があるんでしょう。ヒロキさんの言うとおり慢心とも言えますが。」
「本物の地蔵の御杖が欲しいのは分かるけど、強盗までするのか…。」
「良い感じに狂ってますね。だからこそ脱法ヤクザこと半グレをやっていられるのでしょう。」
「半グレ?」
「はい。悪党の素性を調査したところ、ナカモト市と周辺を縄張りとする半グレ集団だと判明しました。」

 つまり、ナカモト科学大学はプルトニウム239を巡る企業やE県と癒着するばかりか、半グレ集団と繋がりがあるということ。これだけコンプライアンスだの反社会的勢力の排除が叫ばれている中、半グレ集団と繋がりがあるなんて発覚したら、私立大学という企業として致命的な信用失墜は勿論、経営不能に陥る恐れすらある。
 大学や企業は間違いなく銀行など金融機関と取引がある。その金融機関は、ヤクザやマフィアの資金洗浄を警戒して、コンプライアンスに敏感だ。反社会的勢力とは取引しないというのは金融機関では常識と言って良い。ナカモト科学大学が半グレ集団という反社会的勢力と繋がりがあると発覚すれば、金融機関は口座を凍結して取引を停止するのは間違いない。
 口座の凍結は、個人でもダメージが大きい。光熱水費や通信費など口座引き落としでの支払いが出来ない、そもそも預金を下ろせないし預けることも出来ないから、手持ちの現金を使い切ったら何も出来なくなる。企業となれば金が動かせないのは致命傷どころか即死級のダメージだ。つまり、ナカモト科学大学の経営があっという間に行き詰まる。
 曲がりなりにも大学相手に口座凍結は、という見方は通用しない。金融機関はコンプライアンスに敏感だ。反社会的勢力との繋がりに加担していたとなれば、金融機関の重大な信用失墜や社会的批判、更には金融庁からの業務改善命令など重大ダメージは必須だから、発覚次第即座に口座凍結する確率の方が高い。
 連中は玄関の鍵を何やら操作する。ピッキングで開けるつもりらしい。少しして玄関の鍵が開いたらしく、連中は突入に向けて身構える。慎重に玄関の引き戸を開けて、1人、また1人と中に入る。全員が中に入り、足跡を残さないためか靴を脱いで続々と上がり込む。
 全員が上がり込んだ瞬間、玄関と廊下の照明がONになる。いきなり明るくなって目がくらんだらしく、その場で一瞬縮こまった連中に、激しいフラッシュの嵐が浴びせられる。廊下に面したドアや襖から出てきたのは…マスコミ。マイクを構えた記者らしい人達が我先にと連中に駆け寄る。

「深夜に泰水寺本坊の玄関の鍵を開けて不法侵入したのは何故ですか?!」
「何をしに来たのですか?!」
「貴方達の目的は何ですか?!答えてください!」

 単独でも目がくらむことがあるフラッシュが絶え間なく、しかも多数浴びせられることで、連中は視界を遮られて身動きが取れないようだ。そこにマイクを構えた記者が押し寄せるから、体格が良い連中は何も出来ない。それほど広くない廊下に人が密集することで、余計に連中は身動きが取れなくなる。
 開けられた玄関からも、マイクとフラッシュの津波が押し寄せる。奥へ行くか外へ出るかの二択の構造の玄関に固まっていた連中は、マスコミに前後を挟まれてしまった格好だ。半グレ集団である連中も、凶器を取り出したり大声で威嚇するだけのスペースが取れないから、鮨詰め状態でマイクとフラッシュに翻弄されるばかりだ。
 泰水寺にマスコミがいることが、僕の策。事前に「地蔵の御杖が盗み出されたのは、ナカモト科学大学ハルイチキャンパスの王ことSの指示によるもの」「盗み出した地蔵の御杖が贋作と決めつけ、本物を奪い取るため、泰水寺に侵入する計画がある」という情報を流して、泰水寺への侵攻が始まる前に泰水寺に集結させた。
 この策の懸案は、マスコミが情報の信憑性に疑問を抱くこと。その対策として、泰水寺が被害届を出す際に同伴した弁護士からの提供として、警察にも提出済みの盗み出される際の一部始終を捉えた映像と、シャルが録音した、地蔵の御杖が贋作と確定した際のSと理事長と学長のやり取りの一部をプラスした。特に後者はあまりにも露骨な「奪還」指令が克明に録音されている。
 マスコミは信憑性が高いと判断したらしく、情報提供者の弁護士にコンタクトを取った。弁護士には別途SMSAが偽装した警備会社を介して情報を把握していて、近日中に「奪還」計画が実行されると見られること、有力な映像の証拠がありながら警察の捜査に全く進展がないこと、手段を択ばずに寺宝を強奪しようとする悪辣極まりない現場を押さえる必要があることを伝え、泰水寺にマスコミを待機させることに成功した。
 待機中の食事などは、SMSAが偽装した警備会社から提供しているから、泰水寺の負担はゼロ。更に言うなら、泰水寺の住職とその家族は、安全のため警備会社が手配したハルイチ市内のホテルに避難している。この費用もすべて警備会社の特約に基づくものとして負担ゼロ。本坊はナカモト科学大学の刺客の到着を待つマスコミの待機場と化していた。

「何事ですか?!」

 更に追い打ちをかけるのが、センサが侵入者を検出したので駆け付けたという体の警備会社。警備会社との契約で非常時に警備会社が駆け付けるのは何ら不自然じゃない。正体はSMSAだから体格も良いし、マーシャルアーツなど複数の格闘術にも長けている。大声と凶器とタトゥーで威嚇する半グレは相手にならない。

「家主が留守の泰水寺の本坊に侵入してきたんです!」
「ま、待て!俺達は…」
「不法侵入の現行犯で私人逮捕する!大人しくしろ!」
「い、痛ぇ!止めろ!」
「俺達が誰だか分かってるのか?!」
「知るか!」

 実際は知っているんだけど、知らないという体にしている。此処まででも多数のマスコミが一部始終を撮影録音しているから証拠としては十分だけど、もう一声欲しいところ。警備会社が出来ることは意外と限られる。だけど、警備会社なら出来ることがある。警察への通報だ。
 多数のサイレンとパトライトが近づいてくる。警備会社とマスコミからの通報が連続すれば、流石の警察も動かざるを得ない。玄関から警察がなだれ込んできた。警備会社は自社の名称が記載された防刃・防弾ベストなど制服を着ているから、抑え込んでいる方が不法侵入者なのは理解できるようだ。

「不法侵入、窃盗未遂の容疑で逮捕する!」
「2時52分33秒、身柄確保!」

 警備会社に抑え込まれていた連中は、多数のマスコミが見守る中、警察に逮捕されて手錠をかけられ、パトカーに押し込まれる。これらもすべてマスコミの撮影の中で行われる。明日の朝刊には間に合わないだろうけど、TV局もいるから朝のニュースでは確実に報道される筈。パトカーが移動を開始して少し遅れて、マスコミが続々と車で出て行く。行く先は警察署だろう。不法侵入と強盗未遂の一部始終を取材した以上、その容疑者の情報を警察で得ようとするのは自明の理。
 マスコミが取材に押し寄せたら、警察も知らぬ存ぜぬでは通せない。容疑者を拘留して取り調べ、得た情報をある意味速報としてマスコミに流す。マスコミが報道すれば、SNSが連動して動く。連中が半グレ集団、しかもナカモト科学大学と繋がりがあると分かれば、SNSで激しい批判が沸き起こるのは必至だし、寺宝が盗み出されたにも関わらずこんな事態に至るまでまともに捜査もしなかった警察への批判が高まるだろう。

「計算どおりですね。」
「何だか…映像だから、ドラマか映画でも見てるような気分だよ。」
「演出や監督、脚本のようなイメージですね。シナリオを書いて周辺環境を構築して、あとは舞台役者がそのとおりに動いてくれれば良いという。」
「こんな単純な策でもシナリオどおりになるものなんだね。向こうも何か考えがあるんじゃないかと思ってたけど。」
「メンツとヒヒイロカネに固執して周囲は勿論、自分自身が見えなくなったことがよく分かります。分かったところで今更手遅れですが。」

 そう、メンツとヒヒイロカネに固執したことで不法侵入に窃盗、果ては強盗まで選択肢にした。マスコミが大勢待ち受けているとは思わなかっただろうけど、既に境内から地蔵の御杖を盗み出した時点で被害届が提出・受理されているんだから、E県県警と癒着しているならそういった情報も入っていただろう。少なくとも警戒くらいは出来た筈なのに、それもしなかった。単細胞的な報復・反撃に乗り出したことで、大きな墓穴を掘ってしまった。

「半グレ集団の取り調べで大学が寺宝を強奪した事実は勿論、ナカモト科学大学ハルイチキャンパスの最大の暗部、アイソトープ研究センター地下の核燃料保管庫の存在も、近々明らかになるでしょう。」
「そうなると、この地域での僕とシャルの捜索活動は完了かな。逆鉾山頂上のヒヒイロカネ回収はもう暫く先の話だし。」
「場所を変えてもう少し活動する必要がありそうです。」
「他にヒヒイロカネが見つかったの?」
「はい。それは明日改めてお話します。今は…もっと今を楽しみたい。」

 映像が消えて暗転した部屋に、シャルの白い裸体が浮かぶ。僕がシャルの頬に右手を添えると、シャルは嬉しそうに頬擦りする。泰水寺の件は一先ず一件落着だろうから、明日からに備えよう。その前に今は…。
 翌日、朝のTVニュースは大騒ぎになった。「泰水寺に多数の窃盗集団が侵入」「泰水寺寺宝窃盗の容疑者か」などの大きな見出しで、連中が泰水寺に侵入し、警備会社に取り押さえられ、警察に身柄確保される一部始終の映像が流される。深夜に覆面と黒服で玄関の鍵を開けて侵入する様子は、どう見てもまともな来客じゃないと分かる。

「-警察は不法侵入と窃盗未遂の疑いで逮捕した容疑者が泰水寺を狙ったものと見ており、寺宝を盗み出された泰水寺との関連性を中心に厳しく追及しています。-」
『流石にすぐには素性は明らかにはならないか。』
『連中も簡単には自供しないかもしれません。自供すればナカモト科学大学が窮地に追い込まれますから、不測の事態が発生した場合の対策を周知していることが考えられます。』

 昨夜の逮捕劇から6時間も経過していない。ナカモト科学大学も、手先としていた連中が警察に捕まったことで、急遽対策を講じたり、お抱えの弁護士を派遣して対策を指南しているかもしれない。弁護士ってのは金さえ積めばヤクザでも闇金でも半グレでも弁護という名の言い逃れを指南する。つまり、法的に正当に扱われるかどうかは金次第でしかなくて、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」なんてのは絵空事でしかないわけだ。
 僕の策は確かにうまくいったけど、今一つ決定打に欠けていた感がある。逮捕劇で連中とナカモト科学大学との関係を白日の下に晒すには至らないと、単に「有名な寺の寺宝を盗み出したことに味を占めて、深夜に侵入しようとして捕まった半グレ集団」でしかなくなる。そして、連中がナカモト科学大学との関係性を白状するかは不透明だ。

『ナカモト科学大学の腐った関係を暴露するには至らないとしても、連中の手を封じたことには違いありません。』
『他の半グレ集団と手を組んで再度襲撃させるとか。』
『半グレは脱法ヤクザですから、縄張りや同盟・対立関係があります。あと、メンツが付き纏います。あっちの半グレが使えないからこっちの半グレに乗り換えた、となれば、先兵として動いた結果、今警察に拘留されている半グレ集団は黙っていないでしょう。それこそ、ナカモト科学大学との関係を暴露するなどの報復に出るのが自然です。』
『そうなると、ナカモト科学大学は弁護士を派遣して拘留期間中黙秘するよう指示して、早期釈放を要求する戦略を取るかな。』
『恐らくそうだと思います。拘留の最長期限である20日間は黙っていろ、と。』

 シャルの言うとおり、当面の間半グレ集団を封じることは出来たと見て良さそうだ。だけど、これで安泰とはいかない。釈放されたらメンツを殊更重要視する連中だから、泰水寺に対して報復行動に出る危険が十分ある。今回は現行犯で映像がTVで彼方此方流されているから、流石に不起訴処分とはいかない…と思いたい。

『彼方の動向は引き続き監視して、釈放に備えてSMSAが偽装した警備会社に対処させます。半グレくらいなら十分制圧できますから、心配は無用です。その間、ヒロキさんと私は目標の場所を変えたいと思います。』
『昨日シャルが言ってたことだね。その場所って何処?』
『ノカナ原子力発電所です。』
『!!』

 此処へ来て、渦中のポイントの1つ、ノカナ原子力発電所が急浮上してきた。シャルの説明を聞く。プルサーマル計画を表の計画とするなら、プルトニウム239の運搬・貯蔵・核兵器への転用は裏の計画。ノカナ原子力発電所を管轄するヨクニ電力、地元自治体のノカナ町、E県、そしてナカモト科学大学は、それぞれの思惑と利害から、協力関係を締結したというのは先の説明のとおり。
 その闇の協力関係は、偶々四者の思惑と利害が一致したことに基づくから、互いにすべての手の内を明らかにしていない。プルトニウム239の無償提供を受けるナカモト科学大学が、一部をヒョウシ理工科大学に運び込んでいたことがその1つ。万一発覚した時のことは何も考えていない。
 ノカナ原子力発電所を管轄するヨクニ電力は、お決まりの労組お抱えの国会議員がいる。これが政権党所属で元財務相と同じ派閥。曲がりなりにも労組出身なのに労組を敵視する政権党に所属している時点でお察しレベルだけど、この国会議員、O県で派手に悪事を働いた国会議員と大学の先輩後輩という間柄だったりする。
 元財務相の派閥に属していることとO県の国会議員と先輩後輩という関係から、ヒヒイロカネの存在を知ったんだろう。何処からか秘かにヒヒイロカネを入手して、ノカナ原子力発電所に持ち込まれて研究されている。この研究の委託先がナカモト科学大学だ
 当然、この研究は表向き、ヨクニ電力は勿論、ノカナ原子力発電所の職員ですら知らない。知っているのは単に、プルサーマル計画の安全性向上につながる新材料の研究と評価が、プルサーマル計画が進むノカナ原子力発電所で行われているということだけ。反対運動に頭を悩ませるヨクニ電力にとっては、プルサーマル計画の安全性向上は反対運動への有力な反論材料になる。ヨクニ電力はナカモト科学大学に研究費と研究スペースを提供している。

『…利害関係だけで、よくここまで歪んだ協力関係が続くもんだね…。』
『欲望は際限がありません。ましてや独占的に使用できる、しかもこの手の輩の大好物である支配や軍事力に繋がるものであれば、何でもやります。』
『ノカナ原子力発電所に持ち込まれた理由は、他からヒヒイロカネの研究を隠蔽できるからかな?』
『その確率が非常に高いです。原子力発電所の警備は、核物質の警備体制が緩いとされる日本でも厳重です。安全保障を名目にすれば情報公開請求にも黒塗りの報告書で対処しやすいですから、協力関係を利用して、安全や秘密が担保できるノカナ原子力発電所にヒヒイロカネを持ち込んだと見て間違いないでしょう。』

 とことん狂ってるし腐ってる。ヒヒイロカネが発見できたことは不幸中の幸いというんだろうか。泰水寺の動向が最大20日落ち着く状況だから、この間にノカナ原子力発電所にあるヒヒイロカネを回収したいところだ。問題はシャルが言うとおり、警備が厳重なノカナ原子力発電所にどうやって入るかということ。
 強引に突入することも、シャルがいるから可能ではある。むしろ、造作もない。だけど、目的はあくまでヒヒイロカネであって、原子力発電所の警備と戦争するのが目的じゃない。ノカナ原子力発電所の職員はヒヒイロカネとは無関係の人達が殆ど。プルサーマル計画の是非は別として、戦争する相手じゃない。

『シャル。ノカナ原子力発電所の何処に、ヒヒイロカネはあるの?』
『管理棟の奥です。』

 シャルはスマートフォンに3Dマップを表示して説明する。ノカナ原子力発電所は性質上、海に面している。プルサーマル計画を進めている稼働中の3号炉の奥、陸側に佇む建物が管理棟。この8階建て建物の4階が特別研究エリアと称してヒヒイロカネの保管と研究に使用されている。
 この特別研究エリアは、性質上立ち入り制限が多い原子力発電所の建屋でも、特に厳しい立ち入り制限があって、専用のIDカードがないとエレベーターが止まらないからフロアに入ることも出来ない。その4階フロアに入れるのは、研究委託を受けているナカモト科学大学。そしてその研究チーム長が、医学部長兼付属病院長であるS。

『こんなところで…。』
『私はやっぱり、と思いました。』

 Sは「ハルイチの王」と称される権力者だから、業務は秘書や他の職員に丸投げして、気分次第で出かけられる。その先は隣町であるモトヤマ市-温泉街で有名-でもあり、此処ノカナ原子力発電所だった。研究の真の目的はずばり、ヒヒイロカネの軍事利用。
 ヒヒイロカネの大きな特徴は、自己増殖と自己修復。Sはそこに着目して、無限に生産して、しかも攻撃を受けても自己修復する兵器としての利用を目論んでいる。流石に人格OSや神経ネットワークの実現や搭載には至っていないが、通常の電子回路や駆動機構をヒヒイロカネで覆うだけでも、兵器としては驚異的な耐久性向上が図れる。
 自己修復するから攻撃を受けても、中心の電子回路や駆動機構が致命的な損害を受けなければ機能し続けられる。しかも強靭性は鋼鉄を凌駕するから、この世界の通常攻撃ではまず致命的ダメージには至らない。無人工場で延々と自分自身を作らせて攻撃を展開し続けることも出来る。従来の軍隊では到底歯が立たない軍隊だ。実現できれば軍事的に圧倒的に優位に立てるのは間違いない。
 Sがあのチンピラ2人に泰水寺の寺宝である地蔵の御杖を略奪するよう依頼していたのは、研究対象であるヒヒイロカネを求めていたから。ノカナ原子力発電所に持ち込まれたヒヒイロカネはごく少量で、しかも自己増殖しない。サンプルとして使うには十分だけど、実用化には到底不足だ。
 自己増殖するしないの仕組みはまったくもって分かっていないが、研究としてはむしろ好都合だ。自己増殖に至る仕組み自体が研究対象になるし、もし解明できればそれだけでも莫大な利益になる。世界の軍需産業を牛耳ることすら可能だ。「ハルイチの王」から「世界の王」になれる。
 つまり、Sは元財務相に繋がる理事長や学長と結託しつつ、裏ではヒヒイロカネを独占して世界に君臨するつもりでいる。莫大な利益と強大な権力は、この手の悪党が必ず目指すものだ。それが可能になるアイテムがあるなら、それを徹底的に求め、研究対象にする。そのためには被害や犠牲は厭わない。

『悪党らしい思考パターンですね。』
『狂ってる…。』

 大学に偽装した核兵器発射施設を建設していた元財務相が可愛く思える、醜悪な欲望の塊のような人物だ。執拗に地蔵の御杖を提供するよう強要し、手下のチンピラを使って盗み出させたのも、シャル謹製の贋作故に錆びた鉄でしかないという分析結果が受け入れられず、分析を繰り返させた理由は分かった。この人物の思考回路からすれば、寺宝を略奪させることなんて自分のための踏み台になるんだからありがたいと思えくらいの考えなんだろう。

『この地域の最終目標は、悪の巣窟と化したノカナ原子力発電所と見て間違いないでしょう。単に持ち込まれたヒヒイロカネを回収するだけなら、ごく少量なのでSMSAに要請するまでもありません。ですが、このまま悪党を放置する気にはなれません。悪党が集結する機会に、まとめて地獄に落とします。』
『どうやって?』
『ごく簡単な方法です。悪党が集結するのは3日後。その機会を利用します。』

 シャルには考えがあるようだから任せよう。それにしても…、共倒れギリギリのところまで、否、共倒れも覚悟で友人を保護して救援を待ち、病院に搬送されても入院中の友人を放っておけないと転院手続きが可能になるまで待ち続けている人もいるのに、この差は…何だろう?