謎町紀行 第90章

過去の人間関係との邂逅、新たな人間関係での上書き

written by Moonstone

 旅館に戻って、直売所で買った猪や鹿の肉を渡して、夕食に出してもらうように頼んだ。快諾を得るまでの時間より移動時間の方が圧倒的に長かった。昨日の2人が入院しているサカホコ町立病院に赴き、軽傷だった1人と面会して、骨折していたもう1人の転院が可能かどうか、主治医に聞いた。
 幸い、若くて徒歩での登山を断続的にしていたことで体力があったことで、1週間ほど入院すれば転院可能とのこと。地元の病院に転院できるよう手続きを聞いて、軽傷の1人に、もう1人の転院手続きを取るのに合わせて親兄弟か彼氏に引き取りを頼むよう伝える。軽傷の1人は何度も礼を言って、病院を後にする僕とシャルを見送ってくれた。
 もう1人は、休暇はまだあるし、友人を置いて戻れないということで、サカホコ町の旅館に泊まって転院手続きが可能になるまで待つそうだ。骨折して身動きが取れなくなった時点で、見捨てるという選択肢も取れた。遭難時は下手に救出を試みるより、避難や見捨てるという選択肢が必要なこともある。でも、友人を置いて行けなかった。看護をしながら救援を待ち、一縷の望みを繋いだ。

「ヒロキさんには、私がいますよ。」

 旅館に戻る道中、シャルが言う。

「世界のすべてがヒロキさんの敵になっても、私はヒロキさんの隣にいます。それはこれからも立証していきます。」
「シャルを疑ってはいないよ。ああいう関係があるんだな、って羨ましく思った。」

 僕が今まで望んでも手に入れられなかったものの1つが、親友という関係。あの2人はそれを持っている。今回、共倒れになる危険が間近に迫っていても尚見捨てずに共にいたことは、親友という関係が本物だと感じさせる。そして今回の事件は2人の関係をより強固にするだろう。
 あの2人の件は決着の道筋が出来た。そうなると、僕とシャルの本題であるハルイチ市の動向と、逆鉾山周辺の状況に焦点が移る。朝の段階で、ハルイチ市の方は贋作を懸命に分析中とのことだから、もう暫く時間稼ぎが出来るだろう。問題は逆鉾山周辺の方だ。地理的条件がこれまでになく厳しい。

「対象範囲が非常に広いので、ジャミング施設の特定には当分かかると思います。」
「その間、サカホコ町に居た方が良いよね。現地に行くにしても時間がかかるし。」
「はい。エネルギーは雪と温泉を利用する水素プラントを構築したので十分維持できますが、本体の移動にはどうしても道路の制約を受けます。現場に向かう必要性とその確率はこちらの方が高いので、当面サカホコ町に滞在したいです。」
「調査はシャルに頼るしかないから、シャルの考えを最優先しよう。となると、サカホコ町や周辺の名所とかは…。」
「私が探しますよ。」

 サカホコ町立病院から、僕とシャルが拠点とする温泉旅館は車で10分ほど。シャルに名所を探してもらいつつ、旅館周辺を散策することにする。雪がちらつく山奥の小さな温泉街。「何もない」をポジティブに捉えられるなら、快適な環境だ。

「ヒロキさん。あれ、試して良いですか?」

 旅館に着いて外に出て少ししたところで、シャルが向かいの店の1軒を指して言う。「着物試着できます」の幟(のぼり)が立っている。

「着物か。浴衣はあるけど着物はなかったね。勿論良いよ。」
「楽しみにしててくださいね。」

 シャルが着て似合わない服の方が想像できない。むしろこっちが楽しみにしているくらいだ。店で試着を申し出ると、時間別の料金とオプションを紹介される。時間は1時間、3時間、6時間、丸1日で、延長は1時間単位。オプションは羽織や番傘といったもの。雪が降ってきているから、番傘は丁度良い。
 夕食時までの時間から逆算して、3時間コースを選んで、番傘と羽織をオプションで加えてもらう。シャルは着替えのため奥に案内される。その間、僕は外で待つ。その前に店の人にこの町と着物の関連を聞く。この町は織物が盛んで、落ち伸びた平家の奥方などが京の織物を持ち込んだのが始まりだという。平家の落人伝説と関連していたわけだ。
 ストーブに当たりながらシャルの着替えが終わるのを待つ。引き戸のガラス越しに見える雪は静かに降り続けている。この調子だと明日の朝にはかなり積もっていそうだ。何だか外が賑やかになる。数人のグループが軒先に来たようだ。着物は普段着る機会が殆どないから、関心を引くんだろうか。

「すみませーん。着物の試着って出来ますかー?」
「あ、あれ?!もしかして富原君じゃない?!」
「!」

 入ってきたグループは、僕が働いていた会社の同僚だ。何でこんなところで…。男4人女2人のグループは、僕とは別の部署やセクションだったけど、何だかんだと関わりがあって、何度も嫌な思いをさせられた。僕がBBQに騙されてタダ働きさせられる羽目になったのも、このグループとの付き合い、否、絡みが発端だ。

「何々?会社辞めて自分探しの旅でもしてるの?」
「お前が唐突に辞めたおかげで、取引先から納品が遅くなっただの、問い合わせのレスが鈍っただの、クレーム続発で大変だったんだぞ。」
「…お前1人居なくなっても会社は回る。僕に何度もそう言っていたのはどこの誰ですか?」

 僕に体よく仕事を押し付けて、無能上司に叱責されたくないから必死に仕事を回していた。それを嘲笑っていたくらいなのに、僕が辞職するとなったら大慌てで引き留めにかかったのはこのグループも例外じゃない。そりゃそうだろう。今まで僕に押し付けていた仕事を自分でしないといけなくなるんだから。
 僕が仕事を回していたことは、皮肉なことに「外」の方が理解があった。取引先からは「納期に十分間に合って助かります」「連日残業ですね」とか感謝や気遣いがあったし、「他の人は何をしてるんですか?」という問い合わせも何度かあった。担当が僕から別の人に替わったら対応が悪くなったとクレームがあったのも事実だ。
 辞める時には引継ぎをしたし、取引先は残念がっていたけど仕方ない。それらはもう、僕が会社を辞めたことである意味チャラになった。そう思うようにしている。それよりも、今は容認できないことがある。

「それを差し引いても、僕は会社を辞めて貴方達とは何の関係もありません。なのに会っていきなりタメ口とは、どういう了見ですか?貴方達の会社では、親しくもない相手にタメ口をきくように、マナーの研修を受けているんですか?」
「…そ、そんなマジになるなよ。」
「空気悪くなるじゃないー。」
「僕は連れ合いを待ってますので、着物の試着は店の人にどうぞ。」
「連れ合いって、誰かと一緒に旅行?誰と?」
「会社と俺達を放り出して旅行って、良い身分だよなー。」
「お待たせしました。」
「!!」

 しつこく僕に絡んでいた動きが、シャルの声でピタッと止まる。僕は周囲を囲んでいたグループをかき分けてシャルに歩み寄る。髪をアップにして簪(かんざし)を通し、紫が基調の着物に身を包んだシャルは、これでもかとばかりに気品と色気を放っている。そのまま着物女性のモデルになっても違和感がない。

「着付けは知っていましたけど、初めて着るので時間がかかってしまいました。…その人達は?」
「前に働いてた会社の元同僚だよ。」

 シャルは瞬時に理解した顔をして、僕の隣に出て上品に一礼する。

「初めまして。富原シャルと申します。」
「…え、えっと…。その女性は?」
「僕の奥さん。」
「はい?!」
「お、奥さんって、こ、この金髪美人が?!」
「戸籍謄本など携帯していませんので書面での証明は出来かねますが、私が名乗った際の氏名と、この指輪でご理解いただけるかと。」

 シャルは左手を前に出す。薬指に燦然と輝く指輪がとどめを刺したようで、グループは硬直したまま一言も発しない。奥から店員が出て来る。着付け担当の人だろう。

「奥様、大変お綺麗ですから、着物も映えますねー。」
「ありがとうございます。」
「こちら、オプションの羽織と番傘になります。どうぞ。」

 僕はまず羽織を受け取って、シャルに羽織らせる。番傘は外に出てから広げれば良い。固まったままのグループを横目に、僕とシャルは店を出て番傘を広げる。かなり大きいけど、シャルの方に多く向ける。シャルは慣れない着物と下駄で少々歩き難そうだ。歩調を意識的に遅くする。一方で、表情は凄く嬉しそうだ。

「奥さんって紹介されて、凄く嬉しいです。」
「どう呼んだら良いかって考えてたけど、瞬時に出たのが『奥さん』だった。」
「表現は些細なことです。他人に私との関係を名言してくれたことが重要で、嬉しいことです。」

 オクセンダ町でシャルが注文していた指輪を交換して、宿を取る時の記帳も「富原」で揃えて久しいし、夫婦という認識で間違いないと思ってはいた。だけど、知り合いも友人知人も親兄弟も親戚も居ないこの旅で、僕とシャルの関係を公言する機会はなかった。皮肉にも、偶然拠点としているこの町で、かつての同僚に公言することになった。
 何だか複雑な気分だけど、シャルはすこぶる嬉しそうだし、僕もさっきの紹介で「会社を辞めて孤独に彷徨っている」という勝手な悪評を一掃できたし、多少なりともあのグループを見返せたようだから、これで良いと思うことにする。否、これで良い。それより、シャルを連れて何処へ行こうか。ただ適当に散策するだけでも十分かな。

「この下駄という履物は、雪に接触する度合いが減りますが、足の固定部分が1か所しかないのでぶれやすいですね。」
「昔は、これか草履が普通の履物だったんだ。指が挟む力が違ったのかな。」
「後方の固定さえ何とかなれば、現代でも通用したかもしれません。コツを掴めば、何とかなりますが。」
「足元、気を付けてね。」
「はい。ゆっくり歩いてくれているので、大丈夫です。」

 シャルは普段、スニーカーを履いている。高級なレストランだとパンプスにする程度。カジュアルな服装を好むし、歩く機会が意外と多いから、ハイヒールとかは支障を来す。下駄は重心がやや上になるのと、シャルが言うように足の固定部分が鼻緒の1か所だけだから、靴の歩き方だと後方が浮いてしまう。

「この辺で写真を撮っておこうか。」

 木製の橋が対岸に延びて、傍らに柳の木が並ぶところで、スマートフォンを取り出す。シャルに番傘を渡して、橋の近くに立ってもらう。…うん、これ以上ないほど様になっている。正面から、少し斜めから、微妙に角度を変えて写真を撮る。これだけで相当なコレクションが出来そうだ。

「私の撮影会みたいですね。」
「これは撮っておきたいと思うよ。」

 撮った写真の中で、最高の出来栄えと思うものをシャルに見せる。少し左から撮ったもので、僅かに顔をこちらに向けて、雪の中で番傘を差して佇む着物姿のシャルは、モデルと言われたら納得するしかない。

「一緒に撮りたいです。」
「人がいないから、自撮りになっちゃうよ。」
「少し工夫すれば大丈夫です。」

 シャルにスマートフォンを渡すと、シャルは柳の枝の間に雪を固めて、そこにスマートフォンを置く。風がないのと、柳の枝の間が丁度良い隙間なことで、スマートフォンは動いたり落ちたりしない。多分、ヒヒイロカネを伸ばしてアシストしているだろうけど、良いアイデアだ。
 カメラ機能にはタイマーもあるから、離れて撮るには不自由しない。僕が番傘を差すと、シャルが僕の腕に両腕を回す。突然の動きにドキッとする。スマートフォンからシャッター音がする。少しずつ僕とシャルが角度を変えて、写真を撮る。10枚以上撮ったところで、スマートフォンで確認する。しっかり撮れている。

『少しヒヒイロカネを伸ばして固定の補助とカメラの操作をしましたけど、これくらいは良いですよね。』
『うん、勿論。』
「良い具合に撮れたね。」
「せっかくの機会ですから、2人で撮っておきたかったです。」
『彼方で指を咥えて眺めている人達もいますし、見せつけておきました。』

 シャルがスマートフォンに隠してある方向を指さす。その方向に視線を向けると、50mくらい先の軒下で、元同僚のグループが呆然とした様子で立ち尽くしている。女2人は着物を着ているけど、シャルとの格差に声が出ないようだ。顔つきやスタイルは勿論だけど、姿勢や気品や色気が全然違う。

「まだ時間はありますから、撮影スポットを探しましょう。」
「うん。街並みをバックにするのも良さそうだね。」

 シャルが僕の腕に両腕を回して腕を組んだまま、街の散策と撮影スポット探しをする。少ない人通りだけど、道行く人が必ずシャルを見る。中には凝視する人もいる。初挑戦の着物をこれだけ着こなせるのは、シャルならではだろう。時々良さそうな場所で写真を撮る。シャルだけのものとツーショットが半々くらい。
 店の近くだと、頼めば店員が写真を撮ってくれる。必ずシャルへの称賛が寄せられる。良く似合っている、佇まいが外人とは思えない-「金髪=外国人」という公式だろう-、着物映えする綺麗な女性だ、などなど。シャル単独だと左手が見えるように番傘を差して、僕と並んで撮る時は左手が上になるように絡めるから、指輪が存在感を出す。そうなるとこういう声がかかる。

「綺麗な奥さんですねー。」
「ありがとうございます。」
「新婚?」
「はい。今は日本各地を巡っているんです。」

 人は少ない一方で、人と話す機会は多い。シャルとの関係を聞かれたり話したりするのも、今回は抜きん出て多い。シャルが完全な金髪で物珍しいのもあるだろうけど、多分、カップルより信用の度合いが強いように思う。シャルが意識的に見せていると感じる指輪は、夫婦関係を明示している。
 元々、シャルが指輪を填めるようになったのは、O県でのヒヒイロカネ捜索中に、試しに創造して填めたところ、特に年配層の対応がかなり違うことがあることに気づいたのが発端だ。夫婦関係=既婚=一定の社会的信用、という公式が根強く存在することが分かったシャルは、オクセンダ町の一件が片付いた後、指輪を手配した。
 それより前に、シャルとは大きな一線を越えた。だけど、今の時代、寝るだけの関係もさして珍しくないし、夫婦でなくても寝るのが普通になっている。寝ることが特別な関係の証明とは言い難い中、左手薬指に指輪を填める夫婦関係は、社会的信用を伴う関係として健在なのは分かるような気がする。
 雪は静かに降り続けている。僕とシャルの全然違う形状の足跡が、より鮮明になっていく。逆鉾山周辺の調査が完了するまでの待機のために滞在することにしたこの町で、元同僚を含めてシャルとの関係を周知することになるとは思わなかった。何とも因果なものだけど、会社を辞めてこの旅に出たことは正解だったと改めて思うには十分だ…。
 暗くなり始めた頃に店に戻って着物一式を返却して、旅館に戻った。元同僚のグループは僕とシャルを尾行していたようだけど、気づかないふりをしてやり過ごした。シャルがこれでもかとばかりに着物姿と指輪を見せつけていたから、近づこうにも近づけなかったかもしれない。
 旅館では、買い込んできた猪や鹿の肉が鍋料理となって出された。癖のない、だけど牛肉や豚肉とは一味違う旨味を伴う温かい鍋料理は格別だった。大浴場で入浴を済ませて、部屋で寛ぐ。昨日は遅い時間にチェックインして、食事と入浴を済ませたら即シャルとの夜戦に突入だったから、初めてこの部屋で寛いでいる実感がする。

「着物、凄く似合ってたね。」
「喜んでもらえて嬉しいです。」

 今は浴衣を着ている。これもシャルはしっかり着こなしている。浴衣や着物が似合うかどうかは髪が黒かどうかが1つのポイントだと思ってたけど、シャルの着物姿を見てその認識は違うと分かった。容貌は勿論、姿勢や雰囲気も大事だけど、究極は「誰が着るか」だ。これを言ったら身も蓋もないけど。
 逆鉾山周辺の状況と存在の確率が高いジャミング施設の特定までの待機の拠点として、シャルが偶然発見した救難信号を基に救助した2人を搬送した病院があるこの町で、シャルが目にした着物のレンタルが、思わぬ形で人との交流と思い出を作ることになった。不思議なものだ。

「色や模様はシャルが選んだの?」
「はい。たくさんあった中から、髪の色と対になる色で紫をベースにして、模様はシンプルなものが良いと思って。」
「センスの良さが光ったね。」

 着物のことは全然知らないし、着付けなんて猶更。シャルに任せるのが賢明だし、そうして良かった。もっとも、着付けの「着」の字も知らない僕が手伝ったところで、足手まといにしかならなかっただろう。

「私は着物を着られたのも勿論ですけど、ヒロキさんが私のことを奥さんって紹介してくれたのが嬉しかったです。」
「色々な人に聞かれて答えてたね。僕もそうだけど。」
「私が奥さんってことで、自慢になりました?」
「もうこれ以上ないくらい。」

 何処へ行っても、シャルは強い関心を集めた。根元まで完全な金髪が珍しいのもあると思うけど、アイドル顔負けの顔立ちと着物の完璧な着こなしが、あまりにも様になっていたのが大きい。着こなしは姿勢や歩き方が重要な要素だと改めて分かった。
 そんなシャルが左手薬指を見えるように番傘を差したり、僕に密着したりしたことで、自然とシャルとの関係を聞かれた。僕は時に自分の指輪を見せて「僕の奥さんです」と紹介した。羨望や称賛はあっても、不思議とやっかみの声はなかった。ただ僕に届かなかっただけかもしれないけど。
 元同僚のグループも女2人が着物を着ていたけど、完全に霞んでいた。先に容貌も着こなしも完璧なシャルが衆目を集めていたし、着物店で出くわした時から、シャルの登場と僕の奥さんという紹介で呆然としていたくらいだ。比べられたら敵わないとばかりにコソコソしていたのを見て、溜飲が下がる思いだった。
 僕が働いていた時にあのグループに良いようにやられたのは、彼女が欲しいという僕の希望を悪用された結果だ。勿論公言したことはないけど、そういうのを察するのは得意なんだろう。バーベキューに騙されて呼び出されて酷使されたのもその1つ。ああいう連中は人を利用するのが上手い。
 着物店で出くわした時、恐らく僕が会社を辞めて独りで彷徨っていると思ったんだろう。そこに着付けを済ませたシャルが現れて、僕が奥さんと紹介したことで、仕事から解放されて美人妻と優雅気ままに旅行中だと認識させた。落ちぶれたと思った相手が実はそうじゃなかったと知った衝撃は相当のものだっただろう。
 今は浴衣を着て僕に凭れかかっているこの金髪碧眼の美女が、僕の奥さんと知った時の連中の表情は、今思い返すと漫画みたいだった。…そう、僕に密着している浴衣姿の、僕の好みストライクど真ん中の美人が、僕の奥さんなんだな…。着物だと羽織もあってあまり分からなかった胸が、浴衣に窮屈そうに収まっていて…。

「どこ見てるんですか~?」

 不意に僕は鼻先を突かれる。胸を凝視していたのがばれたか。

「も~。毎晩掴んで揉んで咥えて吸ってるのに~。」
「言い方言い方。」

 どうしても帯に乗っかっている胸に目が行ってしまう。嫌そうな素振りはないけど、胸しか興味がないのかと訝るかもしれない。僕がシャルを好きなのは胸だけじゃない。僕を見つめるアメジストのような大きな瞳も。斑のない艶やかな髪も。自然な赤みを湛える唇も。全部。
 僕はシャルにキスをする。シャルは僕の肩に凭れて僕を見つめたまま。もう1回。ハルイチ市の状況や逆鉾山周辺の状況調査についてシャルが何も言わないのは、目立った進展がないからだろう。待つ時は待つしかない。それまでは…シャルとの時間を大切にしよう。あれこれ考えながらシャルと向き合っていたら、シャルに失礼だし…。

…。