土と水のサンプルの採取は順調に進んでいる。ただし、移動に大体1時間かかるのがネック。採取ポイントがある自治体を繋ぐのが実質県道だけ。しかも山道の宿命というか、蛇行する箇所が多いから、シャルのサポートがあっても必要以上にスピードを出せない。
「採取完了しました。」
「お疲れ様。」
移動の間に昼を過ぎたから、採取ポイントからほど近い道の駅に向かう。山奥でも意外なところに道の駅があることがある。この道の駅は山中自動車道のアジオ中央インターからすぐのところにあって、山中自動車道のサービスエリアとしての役割もしているそうだ。
そのせいか、昼食のピーク時間を過ぎているのに、建物の中はかなり混み合っている。フードコートは満員状態で親子連れなどで騒々しい。レストランは値段もあってかそこまで混雑は酷くない。金銭には十分余裕があるから、混雑での人間観察が趣味でもなければ、レストランの方が良い。
レストランもかなり人が多い。多少出費が多くなっても混雑や喧騒を避けたいと考える人は一定数いるようだ。店員に案内されて、中ほどの席に座る。客層は家族連れよりカップルややや年配の夫婦が多い。やっぱりというか、シャルに視線が集まっている。中には相手そっちのけでガン見している人もいる。
『スマートフォンや私を見る暇があるなら、目の前にいる相手を見れば良いのにと思うんですが。』
『シャルだと、そうもいかないんだよ。僕が向こうの立場だったら、ちょっと自信ない。』
『それはそれとして、サンプルは順次分析しています。DNAは含まれていてもごく微量なので、分析には時間を要します。』
『その辺の土や水からDNAの抽出が出来るかもしれないってだけで凄いから、彼方此方回って出来るだけ多くのサンプルを取ろう。そこで偶然、手配犯や本尊のより具体的な消息が分かるかもしれない。』
『はい。ヒロキさんは移動して少し待ってまた移動の繰り返しで退屈だと思いますが。』
『運転は僕の担当だし、シャルのサポートもあるから、体力の問題だけだよ。』
食べ物も独特なものがあるし、言葉のイントネーションは明らかに違うと分かる。日本というくくりでは同じだけど、別の町、ひいては別の世界にいるように思う。この旅に出なかったら、学校の授業で習うか地図で見るかしか知らなかった県の奥地に行くことはなかっただろうし、その土地の生活に接することなんて考えもしなかっただろう。
おしぼりと水を持ってきた店員に注文する。備北(びほく)牛のサーロインステーキのセットがシャルお勧めだと言うので、それを2つ。シャルに今も視線が集中していることから、僕とシャルは普通に視認されていることが分かる。シャルへの視線の集中が現状把握になるなんて、何だか妙な気分だ。
『半自動で状況の確認が出来るので、便利と言えば便利ですね。』
『便利…かな。僕とシャルも、普通に他を視認出来てるんだよね?シャルのサポートなしで。』
『はい。』
『ということは、アヤマ市限定の事象の確率が高くなってきたかな。』
『私もそう思います。まだ断定は出来ませんが。』
「次は、此処ですね。」 シャルは、スマートフォンをテーブルにおいて地図を表示する。中央に表示されたマーカーとポップアップには「羽衣神社 オクセンダ町 35km 約1時間」とある。
「此処は温泉街でもあるそうです。」
「山中自動車道の最寄インターからも結構遠いみたいだね。」
「なので、秘湯という位置づけだそうですよ。」 思わぬところに温泉がある。人型を取るようになったシャルは、食事と入浴がかなり気に入っているのは分かっている。次の採取ポイントは、温泉があることも選んだ理由の1つだと思う。温泉は場所によって泉質も様々だし、取り巻く環境も違う。運転続きでちょっと疲れ気味なのは事実だし、少しばかりゆったり出来るだろうか。
「宿も取りましたよ。」
「他に行くところあるんじゃなかった?」
「この温泉街を拠点にすると、移動しやすいんですよ。このまま順に移動すると、戻るのは0時を過ぎる見込みです。」
「お昼ご飯を食べてから1時間くらい、頑張って運転してください。」
「うん。分かった。」
シャルも毎日他の宿泊客をサポートしてはいられない。アヤマ市からかなり離れたから、エネルギーの消耗も増えるだろう。優先順位をつけると、最上位はヒヒイロカネの捜索と回収なのは変わらない。次に来るのが、手配犯の捜索と身柄拘束、その次が今回のような本尊の捜索、それに他の人のサポートが続くイメージだ。
これまでと違って、きな臭さとか不穏な動向とか、何となくでも怪しいと感じさせる要素が少ない。見聞きできない現象はアヤマ市に限定されているようだし、本尊が奪われたのは重大ではあるけど、そこまでには至らないまでも内紛や後継争いは宗教に限らず、どの組織でもある。極端に怪しいところを糸口にして手繰り寄せていくって作戦は通用しそうにない…。
道路工事の影響で30分ほどずれ込んで、臨時の拠点になるオクセンダ町に到着。町は入り組んでいて道は狭いから、住民以外の車の乗り入れは原則禁止。バスターミナルもある町営の駐車場に止める必要がある。当然有料だけど、2時間分100円、1日最大1000円とかなり安い。温泉や町の道路の整備に使われるそうだ。
駐車場は割と閑散としている。見たところ100台くらい駐車できそうだけど、駐車しているのはシャル本体を含めて10台程度。止めるところに悩むよりはずっとまし。中止出入口のゲートで駐車券を受け取る。駐車券と言っても此処はICカード。宿のフロントに提出すると、駐車料金や飲食店の割引が受けられるという。
しかもこの駐車券、交通系のICカードと同じく現金やクレジットカードからチャージが出来る。チャージした駐車券は町の店ならどこでも使える。支払いは現金やクレジットカードも使えるけど、この駐車券だと割引が効くからお得という仕組み。無論、この町から出る時に残金は精算される。
駐車券は、車のナンバーと紐づけされている。紛失時は車のナンバーを宿のフロントに告げれば、手数料1000円で再発行してもらえる。当然、紛失前のカードは使用不能になる。駐車券は宿のカードキーにもなるから、常時携帯して紛失しないように注意すべきなのは、この駐車券に限ったことじゃない。
「予想外だね。本来国や県が率先して整備すべきシステムだと思うけど。」
「キャッシュレスを推進するなら、至極当然ですね。小規模な自治体だからこそ、思い切った方針が取れるのかもしれませんが。」
この温泉街があるオクセンダ町は、O県の最北端に位置する。移動で使った県道452号線しか通じていない、冬場は雪で通行止めになることもあるという、周囲からやや隔絶された町だ。そんな町の中心部が、この温泉街でもある。県道に沿って流れる川沿いに伸びる平地とその背後にある山に張り付くように温泉街がある。
シャルが手配した宿は、駐車場から徒歩10分ほど。両脇に温泉宿や商店が軒を連ねる坂道を少し上ったところにある。3階建ての木造建築は年季を感じさせる。玄関は引き戸。開けるとカラカラと軽快な音を立てる。
「いらっしゃいませ。」
「予約した富原です。」
「富原様ですね。お待ちください。…確認いたしました。2名様で5泊、承っております。」
「お部屋へご案内いたします。どうぞこちらへ。」
フロントとは別の女性が、僕とシャルを部屋に案内する。一直線じゃない、趣のある廊下を進んで奥の方へ。引き戸の横にあるタッチパネルに、マスターキーらしいICカードを翳すと、引き戸の取っ手の部分のLEDが赤から緑に替わる。部屋は12畳の純和風。外に面したガラスの引き戸からは、屋根付きの広大なベランダが見える。その一角にあるのは…風呂?部屋風呂があるのか。
「凄く立派なお部屋ですね。」
「ありがとうございます。部屋風呂もございますので、ごゆっくりお寛ぎください。」
「部屋風呂は初めて見ます。」
「部屋風呂は屋根と仕切りがございますし、他からは見えませんので、ご安心ください。」
「お食事は、お部屋にお持ちできますが、いかがいたしましょうか?」
「部屋へお願いします。時間は…午後6時くらいで。」
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ。」
外に出ると、川のせせらぎが微かに聞こえる。ベランダも本当に広い。ベランダというよりはウッドデッキか。縁側のような場所を挟んで、普通の風呂の倍以上はある広大な部屋風呂が鎮座している。湯は絶えず竜の彫像から流れ込み、溢れた湯は部屋側と川側にある、細かい網目が付いた蓋つきの排水口に流れ込むようになっている。
「部屋風呂があるのは、此処ともう1件だけだったので、料理とお部屋を比較して此処にしました。」
シャルが出てくる。何となく普段と違う、しっとり落ち着いた雰囲気を感じる。「サンプルの採取は順調ですけど、ごく微量なDNAを抽出するには一定の時間を要します。抽出できても様々なDNAが混入していますから、手配犯のDNAと照合するので、ひと月以上はかかるかもしれません。」
「地道な宝探しだね。今まで割と早めにヒヒイロカネの所在が分かったから、これが本来の捜索だと思ってる。」
「ヒロキさんには、時間の浪費に感じるかもしれません。それは否定できません。」
「それは気にしなくて良いよ。もう僕は時間を気にして追い立てられる生活を捨てて、大きな目標を達成するためにシャルと旅をすることを選んだんだし、それは少しも後悔してない。待つ時間って必要なんだなって分かったのも大きな変化かな。」
こういう時問題なのは何処に泊まるか。前住んでいたアパートを引き払い、両親が住む家-実家とは呼びたくない-に住民票を放り出して旅に出た僕は、帰る家がない。時々シャル本体で車中泊もするけど、可能な時は完全に横になってゆっくり寝たいという気持ちはある。
宿はビジネスホテルでも1泊数千円。こういう立派な旅館やハイクラスのホテルだと1泊数万することもある。金銭的余裕がないと車中泊しかない。困窮しての車中泊より、選択肢としての車中泊の方が、気分的にも良い。今は金銭面の不安は一切ないから、より良い宿を選んで寛げる。
「この町でもサンプルの採取はするんだよね?」
「はい。この温泉街を拠点に選んだのは、手配犯が一定期間滞在している確率があると考えられたのもあります。」
「色んな店もあるみたいだし、サンプル採取も兼ねて、外に出ようか。」
「はい。是非。」
夕暮れの余韻が消えようとする時間に、旅館に戻った。シャルは川辺に町営の温泉や足湯にと彼方此方に立ち寄ってサンプルを採取した。もっとも傍目には川辺で澄んだ水に戯れたり、温泉巡りをしているようにしか見えない。採取したサンプルはシャル本体に転送されて、順次解析されているという。
シャルは既に浴衣に着替えている。着こなしと姿勢が良いから、凄く様になる。歩いているだけでチラ見どころかガン見されるなんて、有名な女優やアイドルくらいなものだろう。あと、特に男性の視線を集めたのは、幅広の帯で締める浴衣という服のせいで露になった胸の部分だと思う。否、そうに違いない。
夕食は川魚と山菜が主体の豪華なもの。部屋食だから他の視線を気にせずにゆったり食べられる。視線については、シャルは全く意に介していないけど、僕の方が気にしてしまう。同じ男だから分かるというのか、もう「隙あらば襲いたい」という飢えた獣そのものというか。
「お風呂、入りましょう。」
空いた食膳を片付けてもらって布団を敷いてもらうと、シャルが言う。流石は温泉街というべきか、風呂は屋内の大浴場に露天風呂もある。この部屋にある部屋風呂は、1階の特定の部屋にしかない。その分値が張るだろう。「露天風呂の方へ行く?」
「折角部屋風呂があるお部屋を選んだんですから、部屋風呂にしましょうよ。」
「それって…。」
「ヒロキさん、先に入ってください。」
「うん。」
部屋風呂には洗い場もある。シャルのサンプル採取で複数の町営温泉に入ったけど、一応身体を洗ってから入る。真正面に黒いシルエットを連ねる山と、その上に輝く星が見える。山奥、しかも結構標高が高いらしく、外は割と冷える。湯に浸かっていると、温度差が気持ちいい。
後ろで、水を少し跳ねて生じる足音がする。シャルが入ってきた。ふと後ろを向くと…、髪をアップにしてバスタオルを巻いたシャルが立っている。肩に紐がないってことは、裸?!
「シャ、シャル?!水着は?!」
「着てません。このまま入っても良いですか?」
「そ、それは2人だから構わないけど。」
「では。」
シャルは胸を右腕で軽く隠して、ゆっくり身体を湯に浸していく。仄かに照らされるだけでも白さを際立させる白い肌が、僕から10cmも離れていないところにある。僕の目線の高さにシャルの横顔が来る。髪をアップにしたシャルの横顔は、街を歩けば視線を集める理由が嫌でも分かる。アイドル顔負けどころか、アイドルが裸足で逃げだすレベルだ。
「…そんなに珍しいとか、驚くようなことですか?」
シャルが僕の方を向いて言う。そこでようやく我に返る。シャルに視線が釘付けになっていた。シャルも僕がガン見しているのを感じたんだろう。慌てて視線を前方に向ける。「…どうして水着着てないの?」
「ヒロキさんと2人でお風呂に入るのに、水着を着る理由はありません。ヒロキさんも水着を着てないですよね?」
「ぼ、僕は隠せば良いし。」
「それは私も同じですよ。」
「…部屋風呂がある部屋を選んだのは、一緒に入るため?」
「一緒じゃなくなるのはお風呂だけなので、関心がありました。」
「恥ずかしさとかはない?」
「ヒロキさんにどう見えるか、どう思うかは興味がありますが、それ以外は特に。」
変に隠したりしないから、よりスタイルの良さが映えるんだと思う。だけど、水着で隠れていた部分が僕に見られるってことは考えが及ばないんだろうか?「見るだけならご自由に」とは、視線に晒されるシャルが常々言っていることだけど、そういう感覚なんだろうか?
「ヒロキさんとその他大勢は、私の認識が根本的に違います。さっき言いましたよね?ヒロキさんにどう見えるか、どう思うか興味があるって。」
「…。」
「ヒロキさんにとって、今の私はどうですか?」
「可愛くて綺麗で色っぽくてスタイル良くて、そんな女性が裸で僕のすぐ近くにいる現実に、認識が追い付いてない。」
アップにする際に漏れた髪が残るうなじ。微かに湯を湛える鎖骨の凹み。華奢ともいえる身体のラインに対して、鎖骨の下から湯に上半分が浮かぶ豊かな2つの球体。湯に浸かっていることでほんのり上気して、更に色っぽさを増している。そんな女性が、全裸で僕のすぐ近くにいる。
「どうしたら、認識が追い付きますか?」
「このままでいること…かな。話したりしてれば、追いついてくると思う。」
「もっと接触すれば良いと思いますが。」
「!!」
「シャ、シャル。分かっててしてる?」
「何がですか?」
「シャルのスタイルで、しかも裸で接近されたら、理性が持たない。」
「理性を保つ必要はないと思います。」
「え?!」
「制約が厳しい未成年や学生ならまだしも、様々なしがらみから独立した成人男性のヒロキさんが、頑なに理性を保持する理由が分かりません。」
「…僕に限ったことじゃないけど、男性が理性をなくすとどうなるかくらいは分かるよね?」
「はい。」
「シャルは…僕がそうなっても良いの?」
「ヒロキさん以外なら安物のスペアリブにするだけですが、私が大好きなヒロキさんなら。」
邪魔は居ない。万が一邪魔が入っても、怒り心頭のシャルがそれこそ安物のスペアリブ、すなわちバラバラに切り刻んで下水に放り込むか、山に投げ捨てるだろう。シャルとベッドでキスして首筋に唇を這わせただけでも、あの感触と吐息は強烈な魅力だった。それがもっと強く、もっと深く味わえる。
「もしかして…、私では不満ですかー?」
「!ち、違う違う!それはない!絶対にない!あり得ない!」
「じゃあ、どうして頑なに理性を保とうとするんですか?」
「ちょっと冷静に考えてみたんだけど…、出来なかったことをしたいからだと思う。少しずつ段階を踏んで仲を深めていく過程を体験したいって言い換えれば良いかな。」
確かに僕は会社を辞めたし、これまでの人間関係をすべて切り捨てた。体面や世間体を気にする必要はない。毎晩シャルとの情事に溺れても良い。そうしたいって気持ちも正直なところ否定できない。だけど、それに至る過程を体験したいって気持ちは捨てきれない。
「仲を深めていく過程、ですか。」
「うん。理性を飛ばしてシャルとセックスしたら、もうそれだけしか考えられないようになるんじゃないかって気がするのもある。」
「確認ですが、私が相手なのが不満ということはないですよね?」
「それは絶対ない。もしそうだとしたら、彼氏彼女の関係になってない。僕はそういう考えだから。」
「分かりました。じゃあ、早速始めましょう。」
左肩に軽い衝撃。シャルが僕の左肩に頭を乗せている。その流れでシャルに意識のすべてが集中する。湯面の揺れが少なくなって、シャルの裸体がより鮮明に見える。半分ほど湯面から顔を出す豊かな球体も、すらりと伸びる長い脚も。肌を伝う水分か汗かの雫も、色の違う特異点も。
シャルの怒気で一旦冷静になった僕の欲情が再燃する。こんな扇情的なものを至近距離で見せられて、しかもその一部が直接接触している状況で、冷静を保っていられない。左腕をシャルの背後に回して、シャルの肩を抱く。手に直接、シャルの柔肌の感触が伝わる。
「シャル。」
僕が呼びかけると、シャルは体勢をそのままに顔を上げる。大きな紫色の瞳、艶めかしく煌めく唇。僕は吸い寄せられるようにシャルにキスをする。触れた唇を少し動かしたり、軽く吸ったり、舌先を触れさせたり。これだけで、もう夢心地だ。頭がぼうっとしてくる。「ヒロキさん。」
舌を差し込んでシャルの口内を一頻り堪能したところで、シャルが言う。唇を繋ぐ唾の糸が何とも艶めかしい。「ヒロキさんの血圧が著しく上昇しています。湯に浸かりながらの行為の継続は、身体的に危険です。」
「頭がくらくらして来たと思ったけど、身体に危険なレベルだったとはね…。」
「続きは布団でしましょう。」
「あくまで、ヒロキさんの循環器系に対する危険が浮上してきたための予防策です。これを行為終了の口実にするつもりはありません。」
「シャル…。」
「私はヒロキさんの求めから逃げもしませんし、拒否もしませんよ。」
シャル…!
暗闇に2人分の吐息が浮かんでは消える。並べて敷かれた布団の片方に、僕とシャルが横になっている。何も着ていない。代わりに汗や体液が斑模様をなしている。風呂から上がって少し涼んでから部屋に戻った。それで頭も冷えたかと言えば、そんなことはなかった。涼んでいた時、着用していたのはバスタオル1枚だけ。それも、温泉の直ぐ傍の、涼んだりするときに座る背もたれのない椅子に掛けておくような感じだったから、しっとり濡れていた。そのせいもあって、シャルは身体のラインが鮮明に浮き出ていた。これで頭が冷える筈もない。
部屋に戻ってから、浴衣を着ることもなく布団に直行した。2人きりだから裸で室内を移動しても構わない。そんな考えしかなかった。布団に身体を横たえて僕を見るシャルは、物凄く魅力的で扇情的だった。とても紳士の皮を被っていられなかった。
僕はシャルの身体に指と唇を這わせた。どこもかしこも柔らかくて滑らかだった。急速に早まる吐息と、不規則にシーツを握りしめたり、僕の頭や身体を抱き寄せたりする仕草が堪らなかった。何より、僕を拒否しないどころか、抱き締めさえするシャルが愛しくて堪らなかった。
シャルの身体を何度も裏返して、ひたすらシャルを堪能した。そうしたかったのもあるし、そうしないと我慢できないのもあった。このまま続けていたら、最後の一線を越えたいという欲求が勝る。だけど、仲を深めていく過程を体験したいといった手前、それは避けないといけない。だけど、シャルへの攻めを止めることも出来ない。物凄い贅沢なジレンマの中で見出した妥協策が、シャルの身体の隅々まで触れることだった。
何度目かのシャルを仰向けにしたところで、シャルが徐に僕の上に乗りかかった。僕がシャルにしたように、シャルは僕の身体に指と唇を這わせた。そして…僕の男性の部分を軽く掴んだ。シャルが軽く掴みながら上下に動かし始めた時、僕は強烈な快感を覚えると同時に今の自分の環境に疑いを持った。シャルが僕にこんなことをしてくれるなんて、何かの間違いじゃないかと。
その疑いは快感に埋もれていった。上下に手を動かしながら、シャルは僕にキスをしたり、耳元で「大好き」とか「出して」とか囁いた。シャルの囁き声の破壊力もこれまた高い。僕は快感を抑えられなくなった瞬間、シャルの手で果てた。少しの間を置いて再びシャルの手が動き始めた。なすがままに僕はもう1回果てた。
新たに興奮の燃料を得た僕は、疲労感を押し退けてシャルの上になった。そして、シャルの豊満な肢体を見つめ、触れながら自分の手で掴んで前後に動かした。2回も果てた後だから少し時間はかかったけど、僕は無事果てた。その結果、シャルの腹から胸にかけて僕の体液が飛び散った。
「結構…進みましたね。」
「…うん。」
「ずっと我慢してたんですから…、その反動ですね。」
「知ってたの?」
「分かりますよ。分かっていながら…、今まで我慢を続けさせてきました…。」
昼間は時に長距離だったり複雑だったりする経路の移動や調査で疲れることが多くて、シャルの柔らかさを心地良い抱き枕みたいに誤認して、早い段階で寝入ってしまっていた。幸か不幸か、それでやり過ごせていたのも事実だ。
1つの布団で寝るのが珍しくなくなったあたりから、我慢している実感が強くなっていた。シャルが密着しているのを良いことに、シャルの身体に触れたりキスしたりはした。そこから更に踏み込みたいという気持ちも勿論あった。キスしたりすることで、ある意味発散させることでやり過ごしていた。
「どうしてヒロキさんは我慢しているのか、分かりませんでした。正確には、理解は出来るけど納得は出来ない、と言えば良いでしょうか。私が拒否することを恐れている、切り出すタイミングを計りかねている、といった理由そのものは理解できましたけど、それらが私を前に生じることが納得できなかったんです。」
「どうして?」
「私が…人間じゃないことが原因なのかと思うこともあって…。」
「それはない。絶対に。」
声が独特の抑揚を持つ合成音声だったり、触った感触が金属的なものだったら、人型のシャルがリモート端末だと認識できる。だけど、甘酸っぱい匂いといい、ほんのり甘い透き通った声といい、弾力に満ち溢れた触感といい、リモート端末と認識させる要素がない。
「僕にとってのシャルは、今僕の隣にいて、僕の汗と体液をつけたままの、凄く可愛い女性なんだ。シャルが人間かどうかなんて、重要じゃない。僕の彼女がシャルって事実だけで十分だよ。」
「嬉しい…。」
Fade out...