雨上がりの午後 アナザーストーリー Vol.3

Chapter 7 on January 3rd, a year(First part)

written by Moonstone

 1月3日

 目を開けると、祐司さんのデスクが映る。カーテン越しに光が溶け込む部屋は、割と冷える。1階だからかしら。上着を取って素早く羽織って、1日の開始。顔を洗ってうがいをして、エアコンを入れて朝ご飯の準備。ご飯は昨日のうちに炊飯器にセットしておいたから、おかずを少々作れば出来あがり。
 今朝は、刻んだキャベツを添えたハムエッグにする。このくらいは簡単に出来てしまう。冷蔵庫や食器が何処に何があるかかなり違うから、そこから使うものを取り出すのがちょっと手間取るくらい。改めて、私がどれだけ妻の座に胡坐をかいていたかよく分かるわね…。
 ご飯は1合炊くと私独りにはちょっと多い。半分にして、半分は租熱を取ってからラップに包んで冷蔵庫に。お昼ご飯はこれで済ませよう。祐司さんが帰って来る晩御飯に力を入れたいし、それまではお腹が空いて動けなくならなければ良い。
 呆気なく食べ終わって後片付け。さて…、晩御飯の仕込みをしておこうかな。祐司さんの好物と言えば、鳥の唐揚げ。これは味をしみ込ませればより美味しくなる。鶏肉は持って来ているから、大前提はある。調味料は…家から持ってきたものを使えば十分ね。
 鳥の胸肉の脂身を切り落として、胸肉を手頃な大きさに切る。ボウルを用意して、そこに鶏肉を入れて胡椒を多めにふって揉み込む。そこに醤油を入れれば最低限はOK。此処から色々な味の付け方がある。潤子さんのおせち作りの際に教わった味付けを実践してみよう。
 潤子さんの味付けは林檎の擦り下ろしを入れること。ちょっと意外だったけど、肉を軟らかくする観点では正しい。林檎は持って来たから、半分に切って片方を擦り下ろしてボウルに入れる。あと、ニンニクね。これを入れると味に深みが出るのよね。
 ニンニクも持って来た。結構あるわね…。ニンニクも唐揚げにすると美味しいけど、それを除いても多い…。

…。

 入れちゃえ、入れちゃえ。唐揚げにする分を残して、全部擦り下ろしてボウルに投入。よくかき混ぜてラップを被せて冷蔵庫に入れる。夕方頃には十分味が染み込む筈。あれだけニンニクを入れると祐司さんが凄くなるかしら…。その方がむしろ良いんだけど。
 野菜サラダは出来るだけ直近で作った方が良い。煮物は出汁を取る時間が必要だけど、午後からで十分。仕込みをしたり分散させたりすれば、料理はそれほど時間はかからないのよね…。祐司さんは料理が出来ることを凄いって言うけど、逆に申し訳なくなる。
 仕込みが終わったから…何をしよう?やっぱり掃除かな…。昨日で全て綺麗にしたんだけど、もう1回同じことをしよう。それでも時間は有り余るだろうけど、手持無沙汰でだらだら過ごしたくない。祐司さんの家なら尚更。綺麗にし過ぎるってことはないんだし。
 お昼ご飯を朝の残りのご飯で作ったおにぎりと、半分残った林檎でさっさと済ませて、今か今かと祐司さんからの電話を待っている。掃除はやっぱり午前中だけであっさり終わってしまった。まさかもう1回布団カバーを替えるなんてナンセンスだし、拭き掃除と掃除機かけなら午前中で十分事足りる。
 成人式が終わって、軽くお茶したりしてから帰って来るのかしら…。だとすると、帰って来るのは6時くらいかな。だとすると…、あと5時間くらいある。本を読んで時間を潰そう。祐司さん不在の時にあれこれ使うのは気が引けるし、何時電話がかかって来るか分からないし。
 5時を過ぎたあたりから晩御飯の準備をしよう。鶏肉は仕込んだし、ご飯は水に浸してあるから5時くらいにスイッチを入れれば良い。他に買うものは…、やっぱりビール?折角大手を振って飲めるようになったんだから、私の分と合わせて2本買っておこうかな。近くのコンビニで買えるし。
 この時期、日が沈むのが早いから、買い物は早い時間の方が良い。この辺りは治安が良いところだけど、犯罪は昼より夜に起こりやすいのは変わらない。祐司さんを出迎えるためにも万が一は避けないといけない。手早く行って買ってこよう。
 戸締りを確認してコンビニへ。…やっぱり外は寒いわね。此処からコンビニは本当に近い。歩いて5分もかからない距離。駅に繋がる通り沿いだからか、この時間帯でもお客さんはそこそこ居る。ビールの銘柄は適当。祐司さんはお酒に関してはこだわりはないそうだし。
 代金を支払って、持ってきた袋に入れてもらって、早々にコンビニを後にする。うーん…。やっぱり独りだと男性の視線が気になるなぁ…。敢えて左手は手袋をしないで、左手で取ったりしたんだけど、あんまり見えてなかったのかも。
 でも、此処にコンビニがあったから、去年のあの日、祐司さんに出逢えたのよね…。私はお茶菓子を切らしたことに気づいて、急遽一番近いこのコンビニに買い出しに来た。祐司さんは、優子さんに一方的にふられたショックで自棄酒をして寝入った後、空腹を満たすためにこのコンビニに晩御飯を買いに来た。
 祐司さんと初めて顔を見合わせた瞬間は、今でも鮮明に憶えている。まさか…あの人にこんなにそっくりな男性が居るなんて、ってただただびっくりした。それがきっかけで祐司さんを追いかけるようになって、バイトも始めた。料理の腕を買われてキッチン担当になって、更にはステージで歌うことにもなった。
 祐司さんと出逢ってから、この町に来てからの世界が物凄く広がった。ただただ、世間体や本家と分家の格なんて下らないものから逃げ出すために、両親を脅迫してこの町に来た。だから、とりあえず4年間この町でひっそり生きていくことしか考えてなかった。そんな灰色の生活を、祐司さんが一変させてくれた。
 こんな世界を見せてくれたのは、祐司さんであってあの人じゃない。幾ら親にあたったところであの時間が帰って来るわけじゃない。分かっている筈なのに親をあしらわずに食ってかかるのは、まだ未練があるから?私が潤子さんから見て訝るほど妻として至らないのは、祐司さんの後ろに無意識にあの人を見てるから?
 だとしたら、私は祐司さんに失礼極まりない。妻だと称して祐司さんを束縛して、自分は密かに別の男性を想っているなんて、限りなく不倫に近い。精神的な観点だけなら不倫そのもの。潤子さんは、私のそういう状況を見通して、だから祐司さんの妻と言う割には妻らしくないって言ったのかもしれない。
 祐司さんはきちんと過去を清算して、私と誠実に向き合ってくれる。なのに、肝心の私はあまりにも不誠実で、あまりにも身勝手。本当によく今まで愛想を尽かされなかったものよね…。頑張ろう。過去の束縛から脱して、名実ともに祐司さんの妻になるために。
 日が落ちて寒さが増して来る。晩御飯を作り始めて祐司さんからの電話を待つ。そろそろ向こうを出た頃かな…。

トゥルルルルル。トゥルルルルル。

 電話!祐司さんだ!私は急いで料理の手を止めて、手を洗って拭いてから受話器を取る。キッチンと受話器が凄く近くてすぐ取れた。

「はい。安藤です。」
「晶子か?俺、祐司だ。」
「祐司さん。今何処ですか?」
「駅の公衆電話だよ。ま、話は後でするから、今から帰る。」
「はい。祐司さん、夕食は?」
「いや、まだ食べてない。」
「丁度良かった。夕食の準備をしてたんですよ。」
「そうなのか?」
「ええ。道中気を付けて帰ってきてくださいね。」
「分かった。それじゃ・・・。」

 通話を終えて受話器を置く。電話で自分のことを井上じゃなくて安藤って言うのは初めてだけど、思ったよりスムーズに言えた。今更ドキドキしてる。さ、ボヤボヤしてないで晩御飯を作らないと。一晩味を染み込ませた鶏肉の出番は間もなくね。
 テーブルを拭いて、茶碗と汁物の器を2人分、向い合せに置く。併せて作って冷やしておいた胡瓜ともずくの酢のものを置く。野菜サラダはもう少し後。付け合わせの野菜-ジャガイモと人参を茹でてバター焼きしたものを作って、唐揚げの準備が出来たあたりで。
 付け合わせは下茹でしておいたから、フライパンで焼くだけ。後で手製のソースをかけるから、軽く胡椒をふる程度に留める。焼き色が付いたらお皿にあげて、いよいよ唐揚げの準備。じっくり味を染み込ませた鶏肉を冷蔵庫から取り出す。別のボウルに卵を溶いて、揚げ物鍋に油を入れたら準備完了。
 外で自転車の音がする。帰って来た!逸る気持ちを抑えるのがやっと。人の気配がするのを感じて、インターホンが鳴るのを今か今かと待つ。私から開けて出迎えたいところだけど、それだと防犯意識が疑われる。祐司さんの留守を預かる立場でそんな無鉄砲なことは出来ない。

ピンポーン

 インターホンが鳴った!私ははい、と返事をしつつ、急いで手を洗って拭いて玄関へ。ドアチェーンは…OK。普段はかけなくても良い場所だから、うっかりしてると忘れてしまいそうになる。ドアの鍵を開けて開ける。ドアの隙間から見えるのは、間違いなく祐司さん!

「どちらさまですか?」
「俺だよ。」
「はい、今開けますから。」

 ドアを開けた瞬間、抱きつきたい衝動に駆られる。けど、今は冷静を装う。祐司さんはドアを閉めて鍵をかける。…あ、うっすらお酒の匂い。乾杯して来たのかしら。

「ただいま。」
「お帰りなさい。荷物を置いて手洗いとうがいをして下さい。もうすぐ出来ますから。」
「分かった。今日のメニューは?」
「それは見てのお楽しみということで。」

 うーん。言ってからじゃ遅いけど、ちょっと素っ気なさ過ぎたかしら。でも、あんまりべったりした言い方って祐司さん、あんまり好きじゃないと思うし。兎も角唐揚げを作ろう。油は加熱するのにちょっと時間がかかるから、祐司さんには少し待ってもらう必要がある。
 隣で祐司さんが手洗いとうがいをする中、油が加熱されるのを待つ。温度計の表示が160℃を超えたあたりで、鶏肉を取り出して溶き卵に通して、片栗粉と小麦粉をブレンドした衣を付ける。この時、片栗粉と小麦粉をブレンドしたものをビニール袋に入れて、そこで軽く振ってやると、掃除がぐっと楽になることを、以前潤子さんに教えてもらった。
 油が180℃に達した。いよいよ鶏肉を投入。一気に投入すると温度が下がって仕上がりがからっとならなくなる場合がある。1個ずつ入れて、温度が一定くらいに保てているのを確認しながら更に1個入れるイメージ。…うん、良い感じ。折角の好物なんだから、祐司さんには一番美味しいものを食べてもらいたい。
 味噌汁を再加熱。こっちは量が少ないから直ぐ加熱できる。丁度唐揚げが出来あがるあたりでひと煮立ちするくらいのタイミング。お椀には先んじて刻みネギを入れてある。こっちを入れれば豆腐の味噌汁になるのよね。さてさて、唐揚げが続々と揚がって来る。衣の見栄えも良い感じ。
 唐揚げの余分な油を切りつつ、味噌汁の様子を見る。もう直ぐ煮立つところ。お皿2つに付け合わせの野菜を盛りつけて、そこに手製のソースをかける。実はこれもニンニクベース。唐揚げの下味といい、このソースといい、徹底的なニンニク攻め。…良いわよね、これくらい。
 よし、完成。まず炊飯ジャーと味噌汁の鍋を持って行く。先に座って待っている祐司さんから味噌汁をよそう。それに続いて、キッチンに一旦戻って唐揚げの乗ったお皿を持って行く。お皿を目の前に置いた瞬間、祐司さんの目の輝きが増す。好物が出て来て喜んでくれてるみたい。
 ご飯を祐司さんからよそって、もう1回キッチンに戻って冷蔵庫から缶ビールを持って行く。これで準備完了。

「このビールは?」
「祐司さんの成人祝に乾杯ってことで。」
「夕食で酒を飲むなんて初めてじゃないか?」
「もう大手を振って飲めるんですから良いじゃないですか。それにお酒、飲んできたんでしょ?」
「な、何で分かるんだ?」
「匂いで直ぐ分かりましたよ。鼻は良い方ですから。」

 お酒って不思議なもので、飲んでる人は分からないけど、飲んでない人は匂いで飲んだことが分かる。煙草と同じかも。煙草は吸ったことがないし、祐司さんもそうだから実証は出来ないけど。それより、早速乾杯乾杯。ビールのプルトップを開けると、空気が抜けるような軽い音がする。祐司さんからも同じ音がする。

「それじゃ、祐司さんの成人を祝って・・・。」
「「乾杯。」」

 軽く一口。独特の苦みが口に広がる。一応飲めることは飲めるけど、正直それほど美味しいとは思わない。祐司さんは大酒飲みってわけじゃないけど、晩酌くらいはする感じ。夫の晩酌くらい付き合えないといけない。缶ビールの1本くらいは飲めるようにしておきたい。

「祐司さん、唐揚げとか好きですよね?ちょっと今回は工夫してみましたよ。」
「え?どんな風に?」
「それは食べてみてのお楽しみ、ってことで。」

 まずは祐司さんから食べてもらいたい。祐司さんは少し様子を見る感じで唐揚げを1つ取って口に運ぶ。何度も咀嚼して飲みこむ。肉の歯触りが違うとか感じてるのかしら?

「どうですか?」
「美味いな、これ。肉が柔らかくて、肉汁もたっぷりで。今までのより美味いぞ。」
「そうですか。試しにやってみたんですけど、やっぱり効果はあったようですね。」
「どういう細工をしたんだ?」
「肉に下味をつけるときに林檎を摩り下ろしたものを入れたんですよ。」
「林檎?」
「林檎を摩り下ろしたものを入れると、肉が柔らかくなって食べやすくなるんですよ。」
「何処で知ったんだ?こんなこと。」
「私、正月にマスターと潤子さんの家に居たでしょ?その時潤子さんに教えてもらったんです。潤子さんもこの前発見したばかりなんですって。」
「へえ・・・。潤子さんから教えてもらったのか。」
「でも、味が濃い目に作ってあるのは、私が祐司さんの好みを知ってるからですよ。」

 こういうアピールもしておくべきよね。度が過ぎると鬱陶しく思われるけど、潤子さんのコピーじゃなくて私だから出来たことってアピールしておきたい。一方で、祐司さんの食の好みは知っているつもりだけど、網羅して熟知したというレベルには至っていない。もっと料理を作って食べてもらわないと。

「確かに味は潤子さんが作るやつより濃い目だよな。新しく覚えた技に愛情が篭ってて、尚更美味く感じるよ。」

 え…。凄く嬉しい。そんなふうに言ってもらえるなんて。思わず顔が綻ぶ。祐司さんのこういうところが特に好き。他人からすれば「臭い台詞」とか馬鹿にされることかもしれないけど、私が祐司さんに何かをした見返りで欲しいのはこういう言葉や態度。欲しかった言葉そのものを貰えて、嬉しくない筈がない。

「でも晶子。何で俺の家に来たんだ?」
「来ちゃ駄目でしたか?」
「いや、晶子の家の方が勝手が分かってるから料理もやり易いんじゃないかな、て思ってさ。俺の家だと材料が揃ってないから苦労するだろ?」
「そうでもないですよ。料理器具の場所は把握してますし、材料を持ってくるのは自転車を使えばそんなに苦労しないですから。それにそんな極端に量が増えるわけじゃないですし。」
「そうか・・・。ま、俺は帰って来て直ぐに晶子の作った食事が食べられるなら、俺の家だろうが晶子の家だろうが、どっちでも良いんだけど。」
「今日、祐司さんの家に来たのは、もう一つ意味があるんですよ。」
「え?」

 潤子さんに指摘されて、妻としての自分を見つめ直すため、とは流石に言えない。あまりにも恥ずかしくて情けないから。含みを持たせた言い方をするのは卑怯よね。でも、その分…今日はたっぷりご賞味いただきますから。妻を持った特典をたっぷり味わってもらいますから。
 晩御飯は良い雰囲気の中で進んでいく。お酒が入ったせいか、祐司さんが何時になく饒舌。私が経験した時間は、基本的に退屈で孤独なものだった。祐司さんは高校時代のお友達と成人式会場で再会する約束を無事果たして、成人式会場でライブ演奏をして、全員で記念撮影をした。楽しかったこと、約束を守れて良かったことが、祐司さんの言葉から伝わって来る。
 恐らく、その会場には優子さんも居たんだろう。同じ高校の同期だったんだし、あの時の未練たらたらな様子からして、お友達の力を借りて復縁の機会を探るつもりだったとしても、なんら不思議じゃない。女って、徒党を組んで要求を通そうとする面があるものだし。
 それを言わないのは、私を気遣ってのこと。きちんと優子さんという過去を清算して、私という現在と未来に誠実に向き合っている祐司さんならではの気遣い。私だったら、少なくとも少し前までの私だったら、馬鹿正直に全部話すような気がする。それで祐司さんの怒りを買って、「どうして私を分かってくれないの?」ってなっただろう。
 誠実っていうのは、何もかも垂れ流すように話すことじゃない。相手の心情を考えて、話題に直接関係ないことは言わないでおく取捨選択が出来ること。祐司さんはそれが出来る人。優子さんに1つ感謝することは、祐司さんを手放してくれたこと。優子さんと付き合ってたら、私は今の立ち位置にはなれなかったんだから。
 晩御飯が全てなくなった。食器をキッチンに持っていって、片付けをする。祐司さんが手伝おうとしてくれたけど、今日は、違う、今日だから私が全てするといって丁重に辞退する。調理器具は料理しながらあらかた片づけたし、2人分の食器を洗うことくらい何てことない。
 酔いが良い感じで回って来た。身体が少しふんわりする感じ。ちらっと祐司さんを見ると、ビールの残りを飲みながら私を見ている。洗い物をする私を見て、将来を思い描いてるのかしら?それが現実のものになるよう、此処でしっかり妻らしさをアピールしておかないとね。
 洗い物は本当に直ぐ終わる。座る先は晩御飯を食べた祐司さんの向かいの席じゃなくて、祐司さんの隣。祐司さんの肩に頭を載せてみる。胸の奥やお腹のあたりに何かが生じたような感覚を覚える。ごく小さいものが蠢くような、こそばゆいような…。効いて来たのかしら?

「ねえ、祐司さん。」
「・・・何だ?」
「私のこと、愛してますか?」
「・・・愛してる。」
「私も・・・。」

 ありきたりで、でも当人同士には大切な愛情の確認の後、祐司さんが私の顎に軽く指を添える。目を閉じて間もなく唇が唇で塞がれる。柔らかくて温かい感触が、幸福感を溢れださせる。胸の鼓動が速くなって、こそばゆいような感覚が胸からお腹にかけて広がっていく。
 柔らかくて熱いものが私の口に割って入って来る。口を大きく開けて迎え入れて、私からもそれに舌を絡ませる。私と祐司さんの舌が、私と祐司さんの口の中で絡み合う。もっと、もっとしたくて堪らない。祐司さんの身体に寄りかかるようにしてゆっくり体重をかけて、床に倒れ込んだ祐司さんの上に乗って祐司さんの舌と快楽を貪る。
 負けじと祐司さんも激しく私の舌と快楽を貪る。抱き合いながら体勢を入れ替える。祐司さんが私の上に乗りかかってくる。重みが心地良い。次々と押し寄せる快楽と幸福の海にどっぷり浸る。次にどうしようかと考えるより、もっとしたい、祐司さんに私を堪能して欲しい、祐司さんを堪能したいという思いが絶えず湧きあがって来る。
 喉の奥まで抉るようなキスが続いた後、祐司さんが舌を引き上げる。籠っていた息が塊になって漏れる。こそばゆいような感覚は、祐司さんを受け入れる場所に広がって強まっている。身体全体が祐司さんを求めている。祐司さんの次の一手を待つ。遠慮しないで…。来て…。
 荒い呼吸音が近づいて来る。続いて、柔らかい感触が首筋に伝わる。

「はぁ・・・。」

 思わず吐息が漏れる。祐司さんの手が私の背中から胸へ動く。耳の近くで祐司さんの呼吸音を聞く。呼吸のテンポが速まっているのが分かる。暫く私の胸を堪能した祐司さんの手が、心地良い重みと共に離れる。祐司さんが身体を起こす。両手が私のセーターにかかる。脱がそうとしてる。
 来た!祐司さんなら場所は何処でも良いんだけど、この時期床に裸で横たわるのは、カーペットがあると言ってもちょっと寒い。この際だから…。

「ベッドへ・・・連れて行って・・・。」

 私のセーターを捲り上げようとした祐司さんの両手を覆うように両手を載せて、場所の希望を伝える。祐司さんが私の上から退いて、私の頭と膝の裏側に両手を入れて抱え上げる。ベッドへ運んでくれる祐司さんに全てを委ねる。
 祐司さんがベッドに私を横たえる。目を開けると、祐司さんが間近に見える。愛しくて欲しくて堪らない。私は祐司さんの頭を抱えるように両腕を回して引き寄せる。そのままキスに繋がり、祐司さんが私に乗りかかって来る。唇を吸い、舌先を触れ合わせ、舌全体を絡め合う。
 体勢を入れ替えながら、祐司さんが私の服を脱がしていく。私も祐司さんの服を脱がしていく。どんどん素肌が触れ合う場所が増えていく。キスが深さを変えながら続く。祐司さんの手は私の下着に及ぶ。祐司さんが脱がしやすいように背中を反らし、腰を浮かす。
 私を全部脱がした祐司さんが、最後に自分の下着を脱ぐ。そして私に改めて覆い被さる。祐司さんの指と唇が私の身体を這いまわる。硬くて熱いものがお腹や太ももに触れる。昨日、このベッドに横になって、初めて祐司さんに抱かれた時のことを思い出しながら見た天井が見える。幸福と快楽が、次々と押し寄せて来る…。

…。