雨上がりの午後 アナザーストーリー Vol.2

Chapter 2 探して見つかる事実と絞られる候補

written by Moonstone

 晶子の誕生日へ刻一刻と近づいているが、未だもってプレゼントするものは決まっていない。正確には「買うものはあるんだけど手が出ない」だな。アクセサリー、特に指輪に絞り込んだものの、俺の予算じゃとても手が出ないものが殆どだ。
 小宮栄以外に新京市の中心部にある、予め地図で調べた宝飾店へ行ってはみたが、値段は小宮栄の宝飾店のものと大差なかった。新京市はそれなりに発展しているとはいえ、小宮栄のベッドタウンという位置づけもあるらしいから、小宮栄のそれには及ばない。だから地価が安い=価格も安いという公式が通用するものかと思って赴いたんだが、食品とかは兎も角、宝飾店ではその公式が通用しないらしい。
 どうしてだろうなぁ・・・。食品だけじゃないが家でも土地でも、繁華街か郊外かでくっきり違いが出るっていうのに・・・。
 何にせよ、晶子の誕生日まであまり猶予はない。このまま宝飾店を彷徨い歩いて何も得られず、手ぶらで迎えたくはない。勿論晶子は特別に何かを用意しなくても、「誕生日おめでとう」と面と向かって言うだけでも喜んでくれるだろうが、それじゃ俺の気が済まない。
 晶子からは手編みのマフラーを貰った。それが随分手間と時間を要するということは潤子さんから聞いている。俺と同じく大学に通う一方で、バイトもしている。量や程度は想像するしかないが、レポートもそれなりにあるだろう。そんな中で文字どおり寝る間も惜しんで編んでくれた手編みのマフラー。そこにどれだけ俺への想いが込められているかくらい、俺でも分かる。
 心や気持ちといったものは金で買えるものじゃない。金がある時は黙っていても寄って来るが、金がなくなれば掌を返すように逃げていくもんだ。それは一見金で買えたように見えて、実は金で一時的に呼び寄せていただけ、言い換えれば金という餌で鯉を呼び寄せていたに過ぎない。つまり、金の切れ目が縁の切れ目、と言うがその格言は今でも健在というわけだ。

 今の世の中、都会の超高級マンションに住む何とかいう連中が毎日高級料理を食べて、女をとっかえひっかえで侍らせていることも少し耳にしている。そいつらには先の格言を言っても馬耳東風だろうし、そいつらの生き方に俺がああだこうだ言ったところでどうにもなるもんじゃない。それに、そんな連中に群がる女は所詮優雅な暮らしを保障してくれそうな男に目星を就けて群がっているだけ。俺にはまったく縁のない話だ。
 晶子は金で左右される女じゃない。札束をはためかせることで生じる風に靡(なび)くくらいなら、智一とのデートをきっかけに智一と付き合ってる筈だ。
 勿論智一は金にものを言わせるタイプじゃないし、遊びと付き合いとは別と割り切れるタイプだ。でも、晶子が智一のデートを中断してまでその日寝込んでいた俺の家に駆けつけて治るまで看病を続けてくれたのは、晶子の気持ちのベクトルが俺に固定されていることを端的に証明している。
 誕生日プレゼントへの数万の金でさえ生活に響くから、と躊躇する俺の懐具合を窺ったりすることなく、俺との時間に満足と生き甲斐を見出す晶子。あの秋の夜、絶望のどん底にあった俺が遅い夕食を買いに出向いたコンビニのレジで偶然出逢ってから始まった新しい幸せ。
 多少の紆余曲折はあったにせよ、晶子と出逢ったからこそ、そして出逢った相手が晶子だったからこそ生まれた幸せは、俺の失恋の傷を十分癒してくれている。その幸せに見合ったものを、晶子がこの世に現れたことを示す記念の日に贈りたい。だけど、アクセサリーに的を絞ると情勢はかなり厳しい。
 予算を増やせば万事解決なんだが、そうもいかない。生活費はあるが急な出費があるといけない-入院とかだ-ということで、貯金を根こそぎ使うわけにはいかない。バイトの時給は良いけど、仕送りと合わせても月に手にする額はさほど多くない。その中から家賃や高熱水費といった生活費は勿論、大学で使う教科書や文房具、その他最低限必要な生活用品を全て買わないといけない。そのための費用も全部仕送りとバイトノ収入で賄う、というのが一人暮らしの条件だ。その約束を晶子への誕生日プレゼントを口実に一旦撤回、とはいかない。そんなに俺の親は甘くないし、俺もそうしたくはない。
 金を出したいが現在の予算である5万円以上出す余裕がないというこの矛盾。プレゼントをアクセサリーから別のものにすれば良いのかもしれないが、逆戻りになる。アクセサリーにすることにしたのは、最初に俺の手料理を考えたが、色んな意味で救急車の世話になっちまうから却下して、食べ物か紅茶を贈ることを考えたがお中元か何かみたいだし後に残るものがないということでこれまた却下。
 そして服やバッグといったものも検討したが服はスリーサイズが分からないし、バッグもそうだがファッションセンスが皆無と言って良い俺がファッション雑誌で選んだものを買うというのは当てにならないからやっぱり却下。行き着いた先がファッションセンスがなくてもそれなりに誤魔化せるだろうし、かさばらないということでアクセサリーに行き着いた、という経緯がある。

「祐司君。」

 潤子さんの声で思考が自動的に強制終了して、現実に引き戻される。

「ミートスパゲッティセットを3つ。10番テーブルにお願いね。」
「あ、はい。」

 俺はカウンター越しに、ミートスパゲッティとサラダ、飲み物の入ったコップとフォークを受け取る。店の看板メニューの1つミートスパゲッティは出来立てを反映して、湯気と共に香ばしい匂いを立ち上らせている。

「最近よく考え事をしてるけど、運んだりする時には注意してね。転んじゃったら祐司君が大変なことになるから。」
「はい。・・・すみません。ぼうっとしてて。」
「考え事をするのは悪いことじゃないわ。料理を落としちゃったりしても作り直せば良いんだし。それより、祐司君が怪我したりする方が心配だから。」
「それは大丈夫です。」

 俺は3人分の料理が載ったトレイを1つ両手で持って、指定のテーブルへ運ぶ。ミートスパゲッティは熱した鉄板の上にあるから、1つずつじゃないと運べない。片手で1つずつというのが絶対無理というわけじゃないが、落としたりすると潤子さんに二度手間をかけさせることになるから、安全策を執るのが妥当だ。
 こんな調子でバイトを続けている。悪戯に時間ばかりが過ぎていく。マスターもそうだが、潤子さんは何か困りごとがあるのかとか追求するようなことはしない。「相談があるなら遠慮なく言ってね」と言ってくれている。
 プレゼントでも相談すれば最も良い案が提示されるかもしれない。だけどバイト中だとプレゼントを贈る相手である晶子も居るから、口に出せない。別れ話をするわけじゃないし、疚しいことじゃないから言っても良いのかもしれない。だけど、何も知らない晶子が当日喜ぶ様子を見たい。行ける所を全て虱(しらみ)潰しに探してでも、俺でも買えて晶子も喜んでくれるものを探そう。それが俺に新しい幸せをくれた晶子へのせめてもの感謝の証でもある。
 ミートスパゲッティを10番テーブルに運ぶ。「へぇー、本当に鉄板に乗ってるんだ」という驚きの声が上がる。常連客の社会人が同僚を誘って来店した。「此処のスパゲッティは他の店とは全然違うわよ」という誘いで、今日初めて来た客もミートスパゲッティを注文した。

「順にお持ちしますので、もう少々お待ちください。」

 俺は小さく一礼してからカウンターに戻る。鉄板に乗ったミートスパゲッティは、冷めると折角の特長が失われてしまう。素早くカウンターとテーブルを往復して3人分の料理を運ぶ。全員分揃ったところで食べ始める。

「あ、凄く美味しい!」
「そうでしょ?このアツアツが最高なのよ。卵のふんわり加減も相性バッチリだし。」
「鉄板にスパゲッティって違和感あったけど、これ最高ね。・・・うん。本当だ。卵も良い感じ!」

 初めての客が満足そうに食べるのを聞いてから、カウンターに戻る。まだ他に潤子さんが作ってる料理があるし、客が料理を食べているところを見物するわけにはいかない。他人に見られながら食事をするのは窮屈なもんだ。
 バイトが終わるまで晶子のプレゼントは頭の片隅に一旦退避させる。暫くしたらリクエストタイムだ。それを見越して客の入りも多くなる。俺が指名されるかどうかは分からないが、心構えをしておくに越したことはないし、考え事をして演奏を崩そうものなら失笑を買うだけだ。明日改めて出歩いてみるかな。もしかしたら掘り出し物みたいなものがあるかもしれないし。
 はぁ・・・。やっぱり多少無理をしてでもプラチナにするしかないのかな・・・。
品揃えが新京市中心部の店より豊富な小宮栄の宝飾店に改めて来てみたまでは良いが、予算内で買えるプラチナのペアリングは見当たらない。丁度バーゲン中だったから服みたいに3割引とか半額とかになっていることを期待してたんだが、何のことはない。店の入り口に近い場所にある品物だけが対象だ。それらは大半がピアスだし、指輪もプラチナのものはない。金と銀ならあるけど、俺が見ても安っぽく見える。バーゲン用の商品だろうか。
 バーゲンの対象から漏れているプラチナの指輪は単独で安いものでも2、3万。ペアリングだと簡単に予算を上回ってしまう。値引き交渉など出来そうにないし、店内自体がそんな雰囲気じゃない。女性の集団がこれが良いとかあれが良いとか商品談義をしていたり、カップルと思しき男女の女性の方が、これが良いとか強請っていたりする。
 そんな中で値引き交渉なんてとても出来そうにない。たとえ可能だとしても、「プレゼントのために値引き交渉か」なんて目で見られるのがオチだ。他人がどう思おうが勝手だ、と割り切れれば良いんだが、軽蔑や嘲笑の混じった視線はどういうわけかよく伝わってきたりする。そんな中で買えても、気分が良くない。値引き交渉をして安物を買ったっていう後ろめたさと共に晶子にプレゼントするのは、気持ちを金で置き換えるような気がする。
 やっぱり宝飾店の良い品ってのは、俺みたいな貧乏学生にはお呼びでないのか・・・。そんな諦めみたいな気持ちで店内を見て回っていると、「スターリングシルバー」という材質の指輪が目に入る。値札を見てみると、予算内で十分買える値段だ。シルバーって言うくらいだから銀の一種だろうけど、響きが良いな。名前のとおり星みたいで。
 だが、同じ銀でも名前が違うのはどういうことだろう?銀の中でも特殊な製品なのか?

「あの、すみません。」
「はい。何でございましょうか?」

 近くに居た店員に声をかける。宝飾関係はまったくのど素人だから、考えていても分かる筈がない。聞いた方が確実だ。

「スターリングシルバーっていう商品がありますけど、それは普通の銀とどう違うんですか?」
「基本的には他にございます銀商品と同じでございます。」

 ふーん。他の銀商品と同じか。「基本的」ってのがちょっと引っかかるが、見た目と名前を考えると、コストパフォーマンスは良い。店員に礼を言って他の商品を見て回る。金はやっぱり高いな・・・。プラチナほどじゃないが、18金だとちょっとしたものでも1つで2、3万はする。
 ・・・ん?ホワイトゴールドってのがあるな。見た目銀みたいだが、文字どおり白い金-プラチナも日本語だと白金だからちょっとややこしい-なんだろうか。これもプラチナや一般的な金商品より比較的安価だ。ペアリングでもどうにか買えないことはない。念のためホワイトゴールドって何なのか聞いておくか。

「すみません。」
「はい。何か御用でございますか?」

 さっき尋ねた店員とは別の店員に尋ねる。さっきの人は他の客に説明とかをしているようだから、近くに居た店員にしただけだ。

「ホワイトゴールドっていうのは金とどういう違いがあるんですか?」
「近年流通し始めた金製品の一種でございます。」

 近年か・・・。どうりで今まで聴いたことがない筈だ。金だと18金っていうイメージがあるから、新製品を開発したってところか。店員に礼を言ってから他の商品を見て回る。スターリングシルバーとホワイトゴールドっていうのが結構見受けられる。他の客の評判も良さそうだ。
 この2つの中から選ぼうかな。・・・あ、そういえばまだ晶子の指のサイズを知らなかったんだった。サイズを知らないで買うと填められなかったりぶかぶかだったりして、プレゼントの喜びが半減しかねない。サイズ変更は後でも出来るだろうけど、折角晶子の誕生日プレゼントということで選んでるんだ。無駄手間は極力省いて晶子の指にしっくり来る品を探したい。
 とりあえず今日のところは撤収。晶子の指のサイズをどうやって宝飾店につれて来ることなく測るかとか、調べることがある。
 それに、スターリングシルバーとホワイトゴールドの詳細を知りたい。名前からしてお洒落な感じがするが、聞き慣れない、否、初めて聞く名前だから、即決で購入するにはちょっと躊躇してしまう。そんなことを気にしても仕方ないかもしれないし、そういうことを気にして買うもんじゃないかもしれないが、晶子を喜ばせるのは勿論、自分でも納得のいくものをプレゼントしたい。
 家の近くにある本屋と大学で調べてみるか。本屋にはファッション雑誌が所狭しと置かれているし、大学には色々専門書がある。ファッション雑誌なら今流行のデザインの指輪の紹介もあるだろうし、大学の専門書にはスターリングシルバーやホワイトゴールドに言及しているものがあるかもしれない。
 自分でも納得出来ないものを妥協で買ってプレゼント、ってのはしたくないからな。特に晶子には・・・。
 小宮栄から戻ったその足で、自宅近くの本屋に立ち寄る。
此処でも晶子と出くわしたんだよな。あの時は俺の心理状態がどん底だったとはいえ、晶子には悪いことをした。だけど、今更公開しても修正出来るわけじゃない。晶子との思い出の場所の1つで晶子へのプレゼントについて色々調べるんだから、良い方向に向いていると思おう。
 ファッション雑誌は店を入って直ぐの位置に置かれている。平積みのそれらは、どれにすれば分からないほど幾つもあって、この時点で迷ってしまう。ファッション雑誌のコーナーに居るのは女性ばかりで気恥ずかしいが、場合が場合だしそんなことに構っていられない。俺は手近にあるものから物色し始める。勿論ファッション雑誌を見るなんてのは今日が初めてだから、最初から順に見ていくしかない。
 ・・・やはりと言うか、服飾関係が目立つ。服装に応じたコーディネートという形でバッグやアクセサリーの紹介もある。その中でアクセサリーに焦点を絞る。ネックレスやピアスの他、指輪もある。服装によって違うが、サファイアやエメラルドといった色つきの宝石をちりばめたものの他、ダイヤの指輪もある。「お洒落に、そしてゴージャスに」と銘打たれて紹介されているそのダイヤの指輪は・・・12万?!こんなの買えるか。却下。
 ダイヤの指輪ほどじゃないが、宝石がついている指輪はどれも高い。ペアリングじゃなくても予算内で買えるものはないと言って良いくらいだ。こういうのを見て彼氏に強請ったりするんだろうか?晶子がその手の女じゃなくて良かった。まあ、その手の女だったらとうの昔に俺から離れてるだろうけど。
 宝石がついていない指輪となると、18金かプラチナだ。デザインは俺が見ても洒落ていると思えるものだが、値段はやっぱり予算を軽くオーバーする。小さいものに細かい若しくは凝った細工を施せば、当然高価になる。拡大写真を見てみるとかなり凝ったデザインになっているから、値が張って当然か。
 他の雑誌も手に取って見るが、大差ない。ターゲットとする年齢層に応じて服の傾向が違う程度で、アクセサリーはどれも高価なものだ。20代30代ならまだ分かるが、10代でこんなアクセサリーをどうやって得るのか甚だ疑問だ。彼氏に買わせるとしたら、彼氏は大変だろうな。

 何れにせよ、ファッション雑誌を見た限りでは宝石つきにせよプラチナや18金にせよ、指輪はとても俺が手を出せるものじゃないことは分かった。徒労かもしれないが、ファッション雑誌を読むような女には俺のような貧乏学生はお呼びじゃないってことが分かっただけでも収穫としておこう。
 逆に言えば、センス良く着こなしているが華美ではない服装の晶子には派手な指輪は浮いて見えるし、晶子も俺の経済事情を憂慮するだろう。晶子の性格を考えると、俺が無理をしてまで買ったものをプレゼントしても恐縮したり俺の経済状況を心配して、喜びは後回しになってしまうだろう。それじゃプレゼントの意味がない。俺の無理のない範囲で晶子も喜んでくれるものを探すのが無難で適切だ。
 となると、候補はスターリングシルバーかホワイトゴールドってことになるな。スターリングシルバーは銀の一種でホワイトゴールドは金の一種だと店員が言っていたが、どんなものなのかもっと詳しく知りたい。知らなくてもデザインが良いと思うものを選んでペアリングにすれば良いんだろうが、そういうのはどうも安直な気がする。
 翌日。大学の図書館で調べてみるが、スターリングシルバーとかホワイトゴールドに関する解説書というか、そういうものは見当たらない。金や銀の一種って言うくらいだから金属材料関係の専門書にあると思ったんだが、生憎対象外らしい。
 俺はラウンジのソファに腰を下ろして考える。次の講義までまだ時間はあるから-今は空きコマだ-色々考えてみよう。
 ・・・大学の講義で材料物性に関する講義がある。そこでは以前、金属の電気的特性に関する言及があった。一般に電線に使われているのは銅で、電気抵抗も比較的低いのと安価だということでよく使用されるそうだ。
 電気抵抗の面では金や銀、特に銀が最も優れているんだが、貴金属というくらいだから当然コストがかかるということで、確実な導通を要求されるコネクタやケーブルの端子といった場所に限定されているとも言っていた。例としてPCの基板がスライドで紹介されたが、金があるのには少し驚いた。
 金は兎も角、銀は安物じゃないのか・・・。銅は宝飾店に並ぶようなものじゃないことは分かるが、銀があんなに安いのはどうしてだろう?アクセサリーだから電気特性なんて知ったことじゃないと言ってしまえばそれまでだ。指輪に電気を流して喜ぶ奇特な奴はまず居ないだろう。
 専門書で分かったことは、プラチナは工業用触媒(註:化学反応を活性化させるための仲介物質。過酸化水素水(別名オキシドール)から酸素を効率的に発生させるために入れる二酸化マンガンが代表例)や医療にも利用されること、金より埋蔵量が少ないこと、製造に高温の炉が必要なため量産化が可能になったのは近代に入ってからだということだ。それを考えればプラチナの指輪が高価なのも納得出来る。だけど、それと俺が買えるかどうかは別の話だ。
 ペアリングにこだわらなければ買うことはまったく不可能じゃない。だけど、晶子にプレゼントするに併せてお揃いのものを身に着けたいという希望は捨てられない。所詮は我侭と乙女チックな願望だろうが、晶子へのプレゼントは俺と共通のものだってことも証明したい。それにはペアリングが一番適切だと思う。
 それにスターリングシルバーとホワイトゴールドの謎はまだ解けてない。それぞれ「銀の一種」「金の一種」だと言うが、それだけじゃどうもしっくり来ない。こういう時に疑り深くなるのも俺の性格だが、自分も納得した上で買って、晶子にプレゼントしたい。そこで安易な妥協はしたくない。

 専門書にないなら・・・インターネットで検索するか。何か見つかるかもしれない。
 大学には学生2、3名につき1台の割合でPCが使える部屋がある。個別のユーザーIDとパスワードを入力すれば、自分の設定で使えるようになっている。自分の設定といっても壁紙を変えたり予めインストールされているソフトウェアの設定を自分用に変えたり出来る程度で、勝手にダウンロードしたりインストールしたりすることは出来ない。ダウンロードはPC側でブロックされるし、インストールは発覚した時点で最低3ヶ月使用禁止になる。
 以前こっそりインストールしたソフトがウィルスに感染していたために工学部のPCが一時使えなくなる事態に陥らせた学生が、半年間使用禁止の処分を受けた。俺はあまり大学のPCを使わないのもあって難を逃れたが、検索などで作業中だった他の学生がPCを使えなくなったり、作業途中のデータを消されたりして大損害を被ったらしい。それを考えれば処罰は当然どころか軽過ぎると言える。
 早速試してみるか。検索結果がどうなるかなんて此処で予想していても変わるわけじゃないし、行動しないことには話が先に進まない。検索の仕方は説明を受けているから大体分かる。今は講義の時間だから割と空いているだろう。昼休みとかはネットサーフィンをする人がいるから混雑するんだよな。
 俺は席を立って工学部へ向かう。スターリングシルバーとホワイトゴールドの謎を解明するために。
 PCのある部屋は予想どおり-期待どおりと言うべきか-空いている。100台以上あるPCで使用中なのは10にも満たない。俺は自分用のアカウントが割り当てられているPCの前に座り、ユーザーIDとパスワードを入力する。ショートカットアイコンが数個あるだけの画面が表示される。
 Webブラウザを起動して、デフォルトで登録されている検索ページを選ぶ。これまたシンプルな画面で、検索用キーワードを入力する場所がある。キーワードは何が良いかな・・・。やっぱり「スターリングシルバー」とするか。
 入力箇所に「スターリングシルバー」と入力して、「検索」ボタンをクリックする。程なく検索結果がずらりと表示される。いっぱいあるなぁ・・・。えっと・・・ショッピング関係が多いな。これは宝飾店に行くのと変わらないからパス。「~について」といった解説のものを優先的に選ぶか。解説と思しき検索結果をクリックすると、Webページが表示される。うん、確かにスターリングシルバーについての解説がある。
 ・・・えっと・・・。スターリングシルバーのスターリングのスペルは「Staring」とか「Star ring」とかじゃなくて「Sterling」なのか。てっきり「星のような銀」と思ってたんだが、スペルを見るとそうじゃないことが分かる。カタカナ表記を鵜呑みにすると失敗するってわけか。他には・・・。
 何?スターリングシルバーは銀100%じゃなくて、7.5%は別の金属を含む?SV925ともいうけどそれは百分率で銀の含有率が92.5%だという意味でもある?ブランド物のスターリングシルバーもそうなのか・・・。知らなかったな・・・。じゃあ、7.5%の「別の金属」ってのは何なんだろう?
 とりあえず、スターリングシルバーが銀100%じゃなくて別の金属との合金だということは分かった。ホワイトゴールドもそうなんだろうか?疑問が次々浮上してくるが、まずはホワイトゴールドの概要を掴もう。俺は元のページに戻って、検索キーワードに「ホワイトゴールド」と入力して検索する。
 これまたたくさん表示された検索結果の中でさっきと同じようにショッピング関係と思しきものはパスして、解説らしいページを優先的に選んでアクセスする。
 えっと・・・、何?ホワイトゴールドは金が75%で銀とパラジウムを混ぜてる?これじゃスターリングシルバーより純度が低いじゃないか。何々?・・・金だけだと柔らかすぎるからか。ああ、そう言えば子どもの頃TVで見た時代劇で、小判を噛んで偽物かどうか調べるシーンがあったっけ・・・。噛んで識別するってことは、硬いか柔らかいかの区別が出来るからだ。そうか・・・。「白い金」にすることと強度を増すために、他の金属を混ぜてるのか。
 ・・・ん?え?!18金も金の含有率は75%?!おいおい、これじゃホワイトゴールドと同じじゃないか。光り方が金色か白っぽいかどうかの違いだけで。混ぜているのは・・・銀と銅か。18金の18っていうのはスターリングシルバーの別称SV925と同様、含有率を示す値なのか。18なら18/24。つまり75%、と。スターリングシルバーにしてもホワイトゴールドにしても、結局別の金属を混ぜていることには違いないってわけか。呼称で誤魔化してるようなもんだな。

 スターリングシルバーは銀に別の金属を混ぜていて、ホワイトゴールドも金に銀とパラジウムを混ぜてることは分かった。気になるのは、スターリングシルバーに混ぜてある別の金属が何かということだな。それに、18金が銅を混ぜてるってのも気になる。
 中学あたりの歴史で、足尾鉱山の鉱毒の話があった。確かその原因は・・・銅だった。銅は電気関係ではコストパフォーマンスが良いから使われても問題ないだろうけど、鉱毒で住民を苦しめたっていうくらいだから、体内に入ると害になるんだろう。
 害と言えば・・・、アレルギーがある。食べ物もそうだが、金属でもアレルギーがあるって聞いたことがある。ピアスでかぶれたりするらしい。晶子が金属アレルギーなのかどうかは分からないし、今聞くと貴金属関係をどうしようかと思っていると悟られてしまう可能性があるから聞けない。だけど、晶子が金属アレルギーだとすると安全なものをプレゼントすべきだ。その観点からすると、毒にもなる銅を含むホワイトゴールドや18金はパスだな。
 じゃあ、銀についてもう少し突っ込んで調べてみるか。俺は元のページに戻って検索キーワードに「シルバー」と入力して検索する。これまたいっぱいあるが、さっきまでより輪をかけてショッピング関係が多い。見た限りそればかりだ。今までは先頭に表示されるものしか見てこなかったが、後の方も見てみるか。
 ・・・うーん。ショッピング関係ばっかりだな。スターリングシルバーに混ぜられている別の金属が何なのか、全然分からない。ちょっとショッピング関係のページを見てみる。
 ・・・何?!スターリングシルバーの構成金属に、銀は当然だが銅があるじゃないか!てことは、スターリングシルバーも18金やホワイトゴールドも、毒にもなる銅を含んでるって意味では同じなのか・・・。
 強度を増すためとはいえ、鉱毒になるような金属が入っているアクセサリーだと、晶子が金属アレルギー持ちなら危険物をプレゼントすることになっちまう。それを避けるとなると、純銀若しくは純金-24金というらしい-になるな・・・。純金はイメージするだけでも高価だろうし、今まで巡った店にもなかった。
 特注とかになると時間がかかるのもさることながら、高価になるのを覚悟しないといけない。予算5万円の俺は諦めた方が無難だ。となると、ターゲットは純銀になる。銀は何となく安っぽい気がするんだが・・・、とりあえず調べてみるか。
 検索結果を順に眺めていると、SV1000という文字が目に飛び込んでくる。これは・・・SV925から考えると純度100.0%ってことになる。図書館で調べた限りでは、金属ってものは製造するために溶かす段階で炉を構成する金属と接触するから、完全に100%にはならないという。だけど、限りなく100%なら安全と見て問題ないだろう。問題のSV1000という文字列があるWebページにアクセスする。
 ありゃ。これもショッピング関係か。まあ、アクセサリー関係ならショッピングが絡んでも不思議じゃないか。店の名前は・・・「sivrel」。ネットでは商品の紹介だけ。品揃えは多いし、デザインも凝ってるものもあればシンプルなものまで色々だ。宝石つきのものもラインナップにあるが、メインはあくまでSV1000のようだ。かなり工夫して製品化にこぎつけたらしい。
 それはさておき、金属アレルギーの問題だ。きちんと説明のコーナーがある。・・・やっぱり金属アレルギーはあるんだな。アレルギーを引き起こしやすい金属はニッケルか。ニッケルって確か、硬貨とかの材料にもなってたと思う。でも、あれも立派な重金属だから鉱毒の原因にもなるんだよな。
 溶け出しやすい・・・。高校の化学でイオン化傾向があったが、ニッケルはイオン化しやすい、つまり溶けやすい金属だとあった。そんなものが含まれてたら、弱い人なら一発でアレルギーになって当然だ。銅はニッケルよりはイオン化しにくい方だけど、足尾鉱山の鉱毒事件のように鉱毒の原因にもなったりするってことからすれば、アクセサリー向きじゃないと考えた方が良いだろう。
 金属アレルギーの原因となる金属の円グラフがある。・・・筆頭は水銀。まあ、これは水俣病でもそうだし、水銀体温計は普通のゴミとして捨てられないことを考えれば当然の結果だな。続いてニッケル、コバルト。この辺も自然だ。
 ・・・え?パラジウムもアレルギーの原因になるのか?それもかなりの高率で。銅より高いし、ニッケルやコバルトとかに匹敵するのか・・・。てことは、スターリングシルバーにしてもホワイトゴールドにしても、ニッケルじゃなくてパラジウムが混ざっていれば安心ってわけじゃないのか・・・。
 金やプラチナも割合は低いけど、アレルギーの原因になりうるのか・・・。意外だな・・・。金と白金は銀よりイオン化傾向が低い非常に安定した金属だ、って高校の化学であったけど、それでも溶けてしまうことはあるし、溶けると余計にアレルギーになりやすいのか・・・。意外だ・・・。
 この調査結果-病院の皮膚科でのテストとある-では、銀は含まれていない。まったくアレルギーの原因にならないわけじゃないが、銀でアレルギーになる確率が非常に低くて安心してアクセサリーに使える金属なのか・・・。食器に使われるのも、そういう理由からなんだろう。そうじゃなかったら使える筈がない。食器は指輪より体内に入る可能性がずっと高い。それにアレルギーの原因になる金属を使ってたんじゃ、犯罪みたいなもんだ。

 意外な事実が幾つも分かった。
 宝飾店で売られているものは値段が必ずしもその価値や安全とかを反映してるわけじゃないし、名前の響きに誤魔化されると酷い目に遭う可能性さえあること。横文字流行の今、スターリングシルバーとかホワイトゴールドとかいう言葉はカッコ良さを連想させるには十分だ。
 それで買ったアクセサリーが実は金属アレルギーになる可能性がある金属を含んでいて、その可能性も実は意外に高いものが多かったりすること。金やプラチナも例外じゃない。貴金属で高価だからってことで盲目的に買うのは良くないんだな。
 通販を大学のPCからするのは流石にまずいから、店舗に出向いて買うのが無難だ。店舗は、と・・・。全国展開じゃないのか。ブランド物だと小宮栄くらいの繁華街に行けば大抵買えるもんだが、此処はそうでもないらしい。
 えっと・・・、あ、小宮栄店ってあるのか(註:小宮栄は架空の地名です)。場所は・・・、小宮栄の駅からさほど遠くないな。徒歩圏内だ。これなら十分行ける。SV1000の特色は分かったし、銀が安っぽいというイメージは作られた若しくは誤解によるものだということも分かった。店の場所も分かった。あとは晶子の指のサイズを測って買いに行くだけだな。
 一気に道が開けた。目標まであと少し。晶子の喜ぶ顔を見るために、色々探して納得出来るものを探そう・・・。