俺と晶子が付き合い始めてから初めて迎える晶子の誕生日は、あと半月後にまで迫っている。でも、俺の準備は完全に立ち往生している。何を贈れば良いか、まったく決まらないからだ。
恋人達のイベント、と誰が言い出したか分からないクリスマスは、晶子から手編みのマフラーとキスをもらった。俺は自作の曲の弾き語りを聞いてもらった。晶子のマフラーは温かくて肌触りも良くて、桜が満開になるまでしぶとく愛用してきて、今は他の冬物と一緒にクリーニングに出して丁寧に仕舞ってある。
潤子さんが言うには、手編みのマフラーは編み物に慣れていても結構時間がかかるらしい。晶子が編んだマフラーは複雑な模様があって、やはり潤子さんが言うには相当手間がかかっているという。店のクリスマスコンサートの準備で忙しかったのに、晶子はそれこそ寝る間も惜しんで編んでくれたんだろう。俺の返事を受けるのを想定して・・・。
だから、というだけじゃないが、今度は俺がそれなりのプレゼントを贈りたい。
でも、何かと不器用な俺だ。手料理を振舞うなんて双方命懸けの行為になっちまうし、それ以前に俎板が自分の血で染まってしまうだろう。
食べ物や紅茶を贈る、という方法も一時は考えたが却下。まるでお中元やお歳暮みたいだし、後に残るものがない。美味い物をプレゼントすれば勿論晶子は美味しかったです、と言ってくれるだろうが、それだけじゃやっぱり何かが足りない。
残る選択肢はやはりと言うか・・・、服やバッグやアクセサリーといったところなんだけど、生憎ファッションセンスというものが欠落している俺には、プレゼントに見合うだけの服を選ぶのは至難の業だ。
それに、俺は晶子の服のサイズを知らない。コートとかなら多少大きめでも誤魔化せるだろうが、晶子が好むブラウスやフレアスカートといったものに欠かせない晶子のスリーサイズを知らない。
前に晶子の胸を触った限りでは、胸はかなり大きいと分かったが、服をプレゼントしたいからスリーサイズを教えてくれ、なんて口が裂けても言えない。第一そんな勇気があるなら、クリスマスの直前まで返事を先延ばしにするようなことはしない。
ファッションセンスがゼロの段階で女性用ファッション雑誌を買い漁って流行の服を買う、っていう手段も不可だ。
今まで観察-適切な表現じゃないだろうが-した限りでは、晶子の服装は俺のように着られるものを着た、という感じじゃない。何処でも簡単に買えそうな服の中から自分に合うものを選んで組み合わせている、ということは雰囲気で分かる。
そんな晶子にいきなりブランド物の服を買ってプレゼントしても、恐縮して当惑するだけだろう。それじゃプレゼントの意味がない。自作の曲の弾き語り、なんてドラマや小説でもお目にかかれないようなプレゼントでも感動してくれた晶子に、単に値が張るプレゼントを贈っても意味がない。
それに俺は、月10万の仕送りプラス今のバイト料で生活費をやりくりしている身だ。何万何十万のプレゼントを贈る余裕はない。もっとも、そんなプレゼントを望むなら、幾ら兄さんに似てるからと言っても俺を振り向かせるまで付き纏ったりはしないだろう。
俺が貧乏学生の部類に入ることくらい、晶子は分かってる。無理をして何万何十万のプレゼントを贈っても、晶子は恐縮こそしても心から喜んではくれないだろう。俺が無理なく買えて、且つ晶子が心底喜んでくれるようなもの・・・。そんな都合の良いものがあるんだろうか?
「祐司君。」
潤子さんの声で、俺は我に返る。「どうしたの?難しい顔しちゃって・・・。」
「あ、いえ、何でもないです。ちょっと考えごとしてて・・・。」
「そう。サンドイッチセットが出来たから、10番テーブルにお願いね。」
「はい。」
俺はカウンター越しに潤子さんからサンドイッチセットを受け取って、指定のテーブルに運ぶ。その後チラッと晶子を見る。潤子さんと同じくタンポポの刺繍が入ったエプロンを着けて、水が入ったポットを手に客席を回っている。
晶子がヴォーカルとしてステージデビューを果たして以来、客の入りが更に良くなった。特に塾帰りの中高生の人気が高い。客が客を呼ぶ、という表現が相応しく、これまで何度か来店していた客が友達を引き連れて来る。
潤子さんと晶子を見て目を輝かせて、晶子が客席に案内したり注文を取ったりすると、まるで好物をちらつかされた犬みたいになる。中高生の集団だから食べる量もかなり多い。晶子が注文を取ると、顔を覚えてもらおうという魂胆だろう、大量に注文する。おかげでキッチン専門の潤子さんはてんてこ舞いだ。「晶子ちゃんはうちの看板娘ね」と言って笑うが、まさにそうだろう。
その晶子と付き合っていることは、客には秘密にしている。俺は自分で言うのも何だがあまりこういうことを喋る方じゃないし、晶子は言いたいのを我慢している様子だ。 晶子も自分目当てに特に中高生の客が集まって来ることを知っているから、俺と付き合っていると知られることが店の売り上げに響かないようにしているんだろう。
晶子は俺とは対照的に、自分の幸せを公表したがるタイプだ。この前ピクニックに出かけた時に出くわした子どもにも、俺と付き合ってることを何の迷いもなく言った。本当に嬉しそうに。幸せそうに。俺じゃなくても、もっと他に見た目も良くて甲斐性もある男を選べるだろうに、晶子は俺に新しい幸福を与える道を選んでくれた。
きっかけは俺が兄さんに似ているということだった。だが、時を重ねていくうちに安藤祐司という俺そのものに好意を抱くようになった。疑念を不信に凝り固まっていた俺の心を解きほぐし、新たな二人三脚のスタートを切らせてくれた晶子に感謝と愛情の印(しるし)をプレゼントしたい。
晶子は自分の誕生日を迎えるにあたって、俺に何を求めるわけでもない。そんな素振りをまったく見せない。普段どおりのたおやかさで接してくれる。俺の経済状況を厳しくしない程度で、尚且つ晶子が素直に喜んでくれるようなもの・・・。そんなものってあるんだろうか?
明日は幸い土曜日。住宅地にあるこの町に閉じこもってあれこれ考えていても具体案が思いつきそうにないから、小宮栄に足を運んでみるか。あそこはこの辺とは比べ物にならないくらい店が多いし、そこから何かアイデアが生まれるかもしれない。
「間もなく終点小宮栄、小宮栄でございます。」
土曜日。今尚寝不足で霞がかかる頭に、睡魔を誘う車内アナウンスが響く。圏内随一の繁華街、小宮栄。高校時代にもバンド仲間や宮城と共にライブ会場や連れ立っての買い物、そしてデートに利用した場所。店の数は豊富だが、難点は少し間隔を置いて行くと店の配置はおろか、駅が集中する地下街では通路まで変わっていたりするのが難点だ。小宮栄に足を運ぶのは今年に入って初めてのこと。どんな風に模様替えされているのか、期待と不安が交錯する。電車が地下に入り、徐々に減速していく。週末ということもあってか、車内はかなり混雑している。電車の混み合いは毎日の通学で慣れているつもりなんだが、やっぱり四方から不規則に圧迫されるのは気分の良いものじゃない。
電車が更に減速して行き、ホームが見えてくる。やがて電車が止まり、空気が抜けるような音と共にドアが開く。と同時に乗客が一斉に電車から吐き出される。俺は無理に方向を変えたりせず、人波に乗る。どのみち改札を抜けないといけないし、時間的には余裕がある。そう焦ることもない。
人の流れが自然と整然とする改札を通り、俺はまず地下街を歩く。地下街は、俺と同年代の若者から中高年まで客層は幅広い。もっとも店によってその比率は違うんだが。
俺は人ごみを抜けつつ両脇にある店舗をざっと見て回る。女物だとやっぱり服やバッグや靴が目立つな・・・。当然と言えば当然か。
暫く地下街を彷徨っていると、いかにも、といった感じの店構えが見えてくる。宝飾店だ。客の数はそれほど多くはないが、女性単独或いは複数、その他は男女ペアで、俺みたいに男単独というのはざっと見たところ見当たらない。
宝飾店に出入りするのは初めてだ。宮城と付き合っていたとき、誕生日とかにアクセサリーを贈ったことが何度かあるが、その時は雑貨屋みたいなところだった。バイト禁止の高校、しかも家がそれほど裕福じゃないから、宝石をプレゼントする甲斐性なんてなかったし、宮城もその辺は分かっていた。
やっぱり、晶子へのプレゼントとして一番妥当なのはアクセサリーかな・・・。サイズを知らないから服や靴は買えないし、俺のセンスじゃまともなものは探せそうにない。バッグなども同じ。
その点宝石類は、言葉は悪いがそれなりにセンスのなさを誤魔化せる。小さな色とりどりの宝石が付いていれば、それだけで十分インパクトになる。服とかと違って仕舞う場所もそれほど取らないし、プレゼントにはもってこいだろう。
プレゼントを宝飾関係に決めた俺は店内に入る。・・・やっぱり女性或いは男女ペアの客ばかりで、男単独の俺は浮いているのが自分でも分かる。だが、ここで尻込みしていたら話にならない。周囲は気にしないで、自分の目的達成を考えよう。予算は50000円を用意した。どんなものを買うか絞り込んでなかったのもあるし、大体この程度でそこそこのものは買えると思ったからだ。
洒落たレイアウトの店内に陳列されている商品を見て回る。・・・高い。小さなリングに豆粒ほどもない宝石が乗ったもので軽く予算オーバーするものも、何ら珍しくない。というか、その方が多い。ネックレスやペンダントにしても傾向はほぼ同じ。細工が細かいから値段が張るのはある意味当然だが、大きさと値段の釣り合いが取れてない。宝飾関係はこういうもの、と割り切るしかないんだろうが、それにしても高い。予算50000円というのは、宝飾点では安物をお選びください、と案内されるようなものだという実感を強める。
ネックレスやペンダントは、個人的には晶子の邪魔になりそうな気がする。晶子は店で接客の他に料理もしている。料理ってものは食べる時はさほどでもないが、作る時は結構熱に晒される機会が多い。そこに首にぶら下げるものを身に着けていたんじゃ、首元が鬱陶しくて料理に集中出来ないだろう。
となると、やはり指輪か・・・。指輪なんて買ったことないから相場や流行のデザインなんて-指輪に限ったことじゃないが-は全然知らない。とりあえず見てみて、どんな傾向かを把握してからでも良いだろう。
俺は指輪のコーナーへ向かう。指輪のコーナーは店内のかなりの割合を占めていて、客の大半はそこに集中している。おかげでなかなか見づらいが、単独行動を最大限利用して人垣の合間を縫って品物が陳列されているショーケースを見て回る。
た、高い・・・。店の入り口付近にあった宝石付きの指輪と大して値段が変わらないどころか、場合によってはそれ以上するものもある。材質は・・・プラチナ、金、銀、か。値段としては銀が一番リーズナブルだが、何となく安っぽいイメージがするんだよな。食器に使われるくらいだし。金はその色の関係でよく目立つが、プラチナが一番種類やデザインも豊富だ。値段が張るな。それにしても・・・。ちょっと細工が混んだものだと軽く数万する。
「ねえ。このプラチナリング、良いと思わない?」
「あ、なかなかイケてるな。3万か・・・。なかなかするな。」
「でも良いじゃない。私にプレゼントしてくれるんでしょ?」
ま、自分は自分、他人は他人だ。晶子に似合いそうなものは・・・と。晶子は色白だし、服装は派手じゃないから、シンプルなのが良いかな・・・。
「お客様。何かお探しでございますか?」
横から声がかかる。見ると、制服を着た中年の女性が居る。男一人で指輪を見ているのはやっぱり注目されるんだろうか。「えっと、彼女へのプレゼントを探してて・・・。」
「お誕生日か何か。」
「ええ。そんなところです。」
「それでしたら、このあたりの商品などがお勧めですね。今女性に人気のデザインです。結婚指輪にされる方もいらっしゃいます。」
「あの・・・。」
「何でございましょう?」
「指輪って見たところプラチナが多いですけど、そんなに人気があるんですか?」
「やはり丈夫ですし、金より品がよろしく見えますから、人気がございますね。」
まあ、銀は食器に使われるくらいだから割と入手しやすいのかもしれないが、プラチナと並べて置かれているだけに、余計に銀が安っぽく見える。これは商売上の都合だろう。店の取り分がどのくらいかは知らないが、プラチナの方が値段が高い分儲かるだろうし。
そう言えば去年の年末、晶子と一緒に買い物に行った時、魚屋の主人に奥さんと言われても何の抵抗もなく、それどころかそう見えるのが嬉しそうだったな。婚約や結婚はまだ先の話だとしても、晶子が喜んで普段から身につけてくれるものの方が良いだろう。
問題はやっぱり値段だ。ケチるつもりはないが、この大きさでこの値段っていうのはどうしても抵抗がある。そもそもどうして銀とプラチナでこんなに格差があるんだろう?この際だから聞いてみるか。一応専門だからその辺の事情も詳しいだろうし。
「銀とプラチナと随分値段が違うんですけど、理由はあるんですか?」
「プラチナですとやはり貴金属というブランドがありますし、先程もご紹介しましたとおり銀より丈夫で、金より品がよろしく見えますから。」
陳列されている品を見ていくと、「ペアリング」という表記が結構あるのに気付く。何だ?ペアリングって。
「すみません。ペアリングってどういう時に使われるものですか?」
「そうですね・・・。まだご婚約されていないカップルの方が記念に買われたり、結婚指輪に傷などをつけたくないということで、その代用としても使われますね。勿論、ペアというくらいですから、婚約指輪や結婚指輪としても十分通用しますし、ご購入される方もいらっしゃいます。」
しかし、そうなると当然2つ必要なわけだから、プラチナだと完全に予算オーバーだ。一月のバイト代を使い果たしてしまう。実家からの月10万の仕送りとバイトの収入でやりくりしている俺には、何万という大金はかなりきつい出費だ。
晶子へのプレゼントをケチりたくはないが、食べるものも食べず、まさか借金してまで買うようなもんじゃないだろう。そんな形でのプレゼントを晶子が望むとは思えない。望むくらいなら俺じゃなくて金回りの良い智一になびいてる筈だ。
宝飾店は此処だけじゃないだろう。とりあえずペアリングということに焦点を絞ってみるとするか。
「ペアリングが良いかな・・・。でも、俺、自分の指のサイズ知らないし・・・。」
「でしたら、お測りしましょうか?」
「彼女の指のサイズはまだ聞いてないんで、とりあえず俺の分だけでも良いですか?」
「はい。どちらに填められますか?」
「左手の薬指って、結婚した人が指輪を填めるんですよね?」
「普通そうですね。」
「左手の中指を測ってください。」
「かしこまりました。」
「お客様のサイズは14号ですね。」
「そうですか。14号って大きい方ですか?」
「必ずこれだ、とは断言出来ませんが、標準的なサイズだと思います。」
「女性のサイズはどのくらいですか?」
「さあ・・・。指のサイズは人によってまちまちですから、今回のようにご来店いただいて測らせてもらわないことには何とも・・・。」
今回のプレゼントは俺から晶子への最初の大きなプレゼントだ。少しでも驚かせたいし、喜んでもらいたい。何がプレゼントされるか分かってるなんて贈る側としてもつまらないし、さっき聞き耳を立てて聞いたカップルみたいに、高いのを強請られるのも困る。晶子の場合はそんな心配は無用だろうが、少なくとも驚かせようとするなら、晶子にはプレゼントする時まで秘密にしておかないといけない。
他にも店はあるだろうし、此処だけぼったくってる可能性もないとは言えないから、とりあえず退散するか。このままだと買わされちまう。
「ありがとうございました。また買う時はよろしくお願いします。」
「はい。ご来店お待ちしております。」
宝飾店は他にどんな店があったっけな・・・。高校時代に来た時はライブハウスとか喫茶店、宮城との時は雑貨屋だったから、宝飾店なんて知らない。まあ、時間はまだあるから歩き回ってみよう。地下街の割と改札に近いところにも店があるくらいだ。地上に出て大通りを進めばもっとあるかもしれない。
・・・駄目だ。ろくに見つからない。
店を探すのもひと苦労な上、やっと見つけたと思った店に入れば、土地の値段の関係もあるんだろうが、地下街で最初に見つけた店より値段が高かった。そこでも店内を物色-泥棒するみたいだな-していれば、店員から高価なプラチナの指輪を勧められた。
話を聞いた限りでは、やはり銀よりプラチナの方が丈夫で、貴金属としての希少価値も高いそうだ。だが、予算5万円でしかもペアリングとなると、到底プラチナには手が出ない。銀ならまだ買えるが、それでも2つ買えば万の単位は行く。やっぱり指輪は何時になるか分からないが、婚約する時まで持ち越すしかないか・・・。でも、ペアリングという単語が頭から離れない。
実は「お揃い」というものにちょっとした憧れみたいなものがある。
宮城と付き合っていた時には結局言い出せなかったが、二人きりで行った卒業旅行でお揃いの浴衣を着た時、結構心が弾んだ記憶がある。今時お揃いなんて幼稚かもしれない。だけど、俺が回ったどの宝飾店でもペアリングと銘打った品があったということは、それなりに需要がある証拠。「お揃い」という自分のちっぽけな夢を叶えると同時に、肝心要の晶子へのプレゼントになるペアリングに焦点を絞ろうか。
問題は値段だな・・・。どの店でも-3店だけだが-必ずプラチナを勧められた。良いとは思うが、いかんせん値段が高い。貧乏学生の俺にはプラチナのペアリングなんてきつすぎる。かと言って予算を言うのも何だしな・・・。
宝飾店の客は女性の団体やカップルかのどれかで、男単独の俺は凄く浮いていたように思う。そんな中で予算5万円と聞かれたら、宝飾店に入っておきながら彼女へのプレゼントをそんな程度で収めようとするつもりか、という軽蔑の視線を浴びそうな気がする。カップルの客は女性が数万単位の指輪を強請っていたし、女性の団体も高価な商品が並ぶエリアにかなり固まっていたしな。
貧乏学生の俺は、宝飾店にとってお呼びでない客なのかな・・・。そう思うと、溜息が漏れる。生活水準の違いはこういう時に如実に出てしまう。
月10万の仕送りを増やしてくれ、なんて親に言うつもりはない。学費は出すが仕送りは月10万きっかり。残りは自分で補填すること。留年は絶対不可。そういう条件を飲んでようやく一人暮らしが出来るようになった。
それに、自分でバイトするようになって、金を稼ぐことがどれだけ大変かが身に染みて分かった。一人のために月10万、その上学費まで出すんだから、親の苦労は並大抵のもんじゃないだろう。そこに仕送りの上積み要求なんて出せない。それこそ、自分でバイト掛け持ちして解決しろ、と突き返されるがオチだ。俺が親の立場だったらそう言う。
腕時計を見ると、12時をとっくに過ぎてしまっている。レポートもあるし、店の当てもないから、今日のところは退散するか。もっと他に掘り出し物的な店があるかもしれない。虫の良い期待だろうが、指輪ならプラチナ、と言わんばかりの店員にも嫌気が差してるし、値段で気持ちを表現する、なんてことはしたくない。
色々調べてみよう。あと半月しかない、ということは、まだ半月ある、と考えることも出来る。
逼迫した心境で無駄に高い金を出して買ってプレゼントしても、晶子に喜んでもらわないことには話にならない。俺に新しい幸せを与えてくれた晶子に、今度は俺が幸せを与える番だ。そのためには少なくとも労力は惜しみたくない。
今日のところは一先ず退却して、調べてから改めて出向いてみよう。待っててくれよな、晶子。きっと心に残るプレゼントを贈るから・・・。