雨上がりの午後
Chapter 186 回想と感慨の交錯
written by Moonstone
夕飯の前にコートや荷物を部屋に置くためにそれぞれの部屋に行き、直ぐ廊下で合流して食堂へ向かう。
二次会は長くなるだろうから夕食は早めに済ませておこうというわけだ。
耕次達が予定より1時間ほど早く帰ってきたことが幸か不幸かどうとも言い難いが、食堂は随分空いている。
他の観光客がどうしているのか少し気にはなるが、それこそ取り留めのないものだから頭の隅から放り捨てる。
食堂のほぼ中央、6人用の席にこれまでの席順で陣取ると、直ぐお絞りと茶の入った湯飲みが運ばれてくる。
「じゃ、これでひとまず乾杯といきますか。」
耕次の音頭で全員が湯飲みを手に取る。入れて間もないことを示す、陶器の厚みを通じて伝わる熱が掌全体に染み透って来る。
「乾杯。」
「「「「「乾杯。」」」」」
まず全員が机の中央で湯飲みを軽く合わせる。陶器らしいカツンという残響の殆どない硬い音がする。
続いて正面や隣、そして目が合ったもの同士で他とぶつからないように湯飲みを合わせる。ここでもカツンという音がするが、最初とは違って幾つかの音が
不規則に浮かんでは消える。
茶の入った湯飲みで乾杯、ということに何も異論が出ないのがバンドの性質を端的に表現している。
県下随一の進学校で大なり小なり学校でテストのない日はないと言って良い学校生活。そして生活指導の教師が「遊びは勉強を阻害する」と公言していた校内で、
1年のまだ若葉が全て出揃うかどうかの時期から活動を始めて、普段の鬱憤を晴らすかのような派手な文化祭でステージでの人気を3年間独占するに至った。
成績が悪ければカップルが呼び出されて別れるよう通告されることが公然の秘密となっていた中で俺が宮城と付き合いを続けられ、バンドを解散させない程度の
成績を常に保ち、卒業に続いて公約した「全員第一志望校合格」を実現して、俺達を嘲笑った生活指導の教師達に合格証明書を突きつけて完全に沈黙させた。
そういう変人の集まりが俺が居た、否、俺が居るバンドだ。
「こういう妙なことに異論が出ないところが、俺達バンドの特徴なんですよ。」
耕次が晶子に言う。晶子も異論を出さなかったが、俺達に気を遣って合わせていたのかもしれない。
「有名大学の合格者数を1人でも増やすことに日々躍起になってる進学校でバンドを3年間続けようとなると、こういった連中の集団が必然的に生じるもんなんです。」
「皆さんの高校の実情がどうだったのかは想像の域を出ませんけど、私が通っていた高校も進学校でしたから似たようなものだと思ってます。」
「全部が全部ではないでしょうけど、教育と称すれば何をやっても許されるっていう感覚の教師が集う傾向がありますからね。進学校とその逆の高校では。
進学校ではテストや宿題攻めにして学生を孤立させて無駄に競争心を煽らせる。その逆では校則を武器と盾にして特高警察の牢獄まがいに学生を痛めつける。
どっちも支配層の都合の良い次世代を製造するための戦略ですけどね。」
耕次お得意の理論展開だ。やっぱり高校時代を思い出す。
生徒会の方針に殆ど質問も出ず、異論など出ないのが普通という雰囲気の生徒総会で、1年の時から颯爽と挙手して理論展開をしたのが耕次だ。
睨みを利かせている生活指導の教師から「何を反抗的なことを言うか」とか言われると「次代の民主主義社会の担い手を育成する学校の自治会活動に
教師が強権介入する方がおかしい」と即刻切り替えし、マイクが必要ない声量での激しい言葉の応酬が繰り広げられ、タイムアップでやむなくおしまい、と
いうのがお約束と言っても良いくらいだった。
一部では生徒会長の候補に耕次を擁立しようとする動きがあったらしい。
生活指導の教師と半ば日常的にやり合うくらいだから、校則を変えたいと思う人が耕次に白羽の矢を立てようとするのはある意味当然だ。
俺は2年の時、バンドの練習の休憩で耕次に生徒会長に立候補する気はあるかと聞いたが、耕次はあまり積極的な様子じゃなかった。
「笛吹けど踊らずの現状じゃあな」と少し寂しげに言ったのを憶えている。
「朝食の時は時間の関係であまり聞けなかった、祐司と晶子さんがバイトしている店のことについて聞きたいところだな。」
「確かに。」
勝平の提案に耕次はすんなり同意する。
耕次は自分が主張する時は相手が誰であろうと遠慮せずに食いかかるが、元々は冷静な性格。それに自分の話ばかりを優先させることはしない。
やっぱりこの辺も変わってない。
「朝の段階でバイトは夜の6時から10時まで、って聞いてるが、それだと祐司が生活費を補填するにはちょっと厳しいんじゃないか?」
「月曜休みで時給が良いから、その辺は問題ない。」
「現金な話だが、時給は幾らなんだ?」
「俺が1500円。晶子はバイトを始めたのが俺より半月遅れってことで1400円だ。」
「バイトで1000円台?しかも飲食店でか?随分高待遇だな。1000円台の時給なんて、家庭教師か塾の講師くらいしかないぞ、普通。」
質問した耕次は勿論、全員が驚いている。
そりゃそうだろう。俺だってバイトを探していた時、飲食店で時給1000円って知って自分の目を疑ったくらいだ。
「塾通いの中高生が多く来るとは聞いてるけど、随分高い時給だな・・・。バイトの時給が安すぎるのが本当のところなんだが、それとは別にバイトとして
採用されるのに何か条件とかあるのか?」
「何でも良いから楽器を弾けるってのが条件だ。晶子はキッチンを取り仕切ってるマスターの奥さんの要求で例外的に採用されて、後で歌うようになったんだ。」
「ああ、そういえばクリスマスコンサートを店でするんだったな。てことはマスターとその奥さんも楽器が弾けるのか?」
「マスターはサックス。ソプラノとアルトを持ってる。マスターの奥さんはピアノが主体なんだけど、キーボード全般もこなせる。両方演奏データの作成は出来る。
スタンダードMIDIファイル形式で作ってるから、俺も自分でレパートリーに加えられる。」
耕次とやり取りする。
俺はバンド時代からスタンダードMIDIファイル形式でデータを作ってた。キーボード担当で俺と同じく作曲担当の勝平とスムーズにやり取りするためだ。
まさかバイトでその知識や経験といったものが生かせるとは思わなかったが。
「リード主体のサックスとオールラウンドのピアノやキーボード、そしてMIDIデータ作りが出来る技術や環境がある・・・。となると、バイトにもそれをさせよう、って
ことにはなりうるな。祐司はギターだし、晶子さんはヴォーカルとなれば、尚更幅が広がる・・・。」
「生演奏が聞けるってのが店のウリなわけか。」
「ああ。」
耕次の推測に続く勝平の確認の問いに俺が答える。
勝平の問いは以前マスターが言った言葉そのものだ。ジャズバーとかなら兎も角喫茶店で、しかもバイトの採用条件にも楽器の演奏を挙げるというのはなかなかないだろう。
「客層で塾通いの中高生が占める割合が高いってことは朝に聞いたが、それだけじゃ経営は厳しいんじゃないか?」
「俺と晶子がバイトしている時間帯は仕事帰りのOLとか音楽好きな男性とかも来るし、昼はマスターの奥さんが生地から自分で作るクッキーと専門店で買う紅茶が
ウリになってて、近所の主婦とか中高生とかで連日賑わってる。バイト中に暇を感じたことは一度もない。」
「チェーン店じゃなくても店の経営を軌道に乗せるのは難しいもんだが、バイトの祐司と晶子さんに1000円台の時給を出せるくらいだから、心配は無用だな。」
それまで黙っていた渉の問いに俺が答えると、宏一が納得した様子で言う。
普段の女好きでどうしようもない行動からは意外に映る頭脳を持ち、今は経済学部に居る宏一はその方面に詳しいだろうから、俺が追加説明するまでもないだろう。
「連日繁盛してるそうだが、店の面積はどのくらいだ?」
「そうだな・・・。測ったことがないから想像するしかないけど、この食堂くらいはあると思う。」
「この食堂くらいって言ったら、かなり広いな。」
勝平が驚きの混じった声を上げる。
この食堂は宿の凡その規模に相当する面積がある。混雑する時間帯だと見渡す限り人で埋め尽くされ、その間を従業員が走り回るという光景になる。
俺と晶子がバイトしている店はこの食堂と違ってテーブルと椅子の組み合わせだから尚更比較し難いが、見渡してみた感じではこのくらいの大きさはあるだろう。
「祐司と晶子さん以外にバイトは居ないのか?」
「居ない。マスターがバイトの採用条件を緩めないこともあるけどな。」
「何でも良いから楽器が弾ける、ってのが採用条件に絡んでくると、割と多い例だとピアノのレッスン経験者くらいか。学校だと音楽は大体中学までだから、
自ずと限定されるな。しかし、繁盛してるならバイトをもっと雇っても良さそうなもんだが。特に料理も担当する晶子さんは大変じゃないですか?」
「忙しいことは間違いありませんけど、料理はずっと前からしていましたし、私が店で歌う曲のデータを作ってくれている祐司さんよりはずっと楽です。」
「料理は俺もある程度はするんですけど、自分で食べるだけならまだしも客に振舞うものとなれば、結構修練が必要じゃないんですか?」
「料理は小さい頃からしていますから、もう日課の一部という感覚なんですよ。」
「へえ・・・。」
料理に関して尋ねてきた勝平は感心した様子だ。
勝平は面子の中で一番料理の腕が確かだ。泊り込み合宿でも料理は専ら勝平が主導権を確保していて、俺を含む他の面子は勝平の指示で材料を買ったり
皿に盛り付けたりした。1人で5人分の料理をしていた勝平としては、晶子の料理の腕が気になるんだろう。
「勝平は、俺達が学校に泊り込み合宿してた時の料理担当だったんですよ。勝平以外はその手伝いで。」
「俺の場合は実家が工場を経営してて、母親が仕事の手を離せない時でも自分で作れるようにしておけ、ってことで中学の時に教え込まれたんですけどね。あとは自分で。」
「祐司は料理出来たっけ?」
勝平に補足した耕次に俺は無言で首を横に振る。
俺の家にある料理道具は、晶子に使われるようになるまで殆ど埃を被っていたようなもんだ。
一応一人暮らしを始める前にある程度は教わったんだが、バイトを始めて店で夕飯が食べられることになったことが災いしてしなくなった。
普段の朝はトーストにインスタントコーヒー、昼食は平日だと大学の生協の食堂、休日は抜きで済ます、っていう手抜きの手段を覚えたのも大きな要因だ。
人間ってやつは楽をする方へ傾きやすいらしい。そのくせ曲のデータ作りや大学関係は楽をしないんだから、自分の性格がよく分からない。
「祐司は晶子さんの手料理を食べてるんだろ?」
「実験がある月曜の夕飯を作ってもらってる。」
「その感想は?」
「美味い以外に言いようがない。」
「即答だな。」
「俺はボキャブラリーが乏しいし、今までに和洋中華ひととおり食べたし、店でもずっとキッチンを仕切ってたマスターの奥さんも公認の腕だから、
他に言葉が見当たらない。」
勝平との問答にこれまでの経験を踏まえて臨む。
ボキャブラリーが乏しいのは今更言うまでもないが、煮込みや刺身、ハンバーグやシチュー、チンジャオロースとぱっと連想出来る料理はこれまでに食べた。
そして店では今や客からは勿論、それまで料理一切を仕切っていた潤子さんからも太鼓判を押されるほどの腕前だ。それ以上の味をどうこう言うなら
所謂「グルメ」っていう食道楽に食べさせるしかない。
料理が続々と運ばれてきたから、それを食し始める。
ここの料理も勿論美味いが、今までの話の流れもあって、晶子の手料理を食べたいという欲求が俄かに膨らんでくる。向こうに帰ったら何を作ってもらおうかな・・・。
「俺だったら、弁当作ってもらって同じゼミの奴らに見せびらかすところなんだけどなぁ。」
隣の宏一がいかにも羨ましそうに言う。
弁当を作ってもらいたいと思ったことがないと言えば嘘になるが、晶子も大学生、しかも今は4月に進級と卒研を控えている身だ。
月曜の夕飯と翌朝の朝食でも十分ありがたいのに、それ以上負担をかけさせるわけにはいかないし、かけたくない。
「他の奴らが食堂へ行こうとする中で愛妻弁当を開く、なんて至福の瞬間なのに。」
「言葉どおり『見せびらかし』だな。」
「祐司の性格からして、宏一みたいな宣伝行動に出るとは思えない。」
耕次に続いて渉が言う。
俺が晶子と付き合ってることが広く知られたのは、智一に去年の春に撮った写真を見せた時だから、去年の秋の始め頃。
そして今は事実上の夫婦関係だということが知れ渡ったのは同じく去年の、秋から冬になろうという時期だったからごく最近。
両方共自分から話が始まったわけじゃない。
仮に弁当を作ってもらっても、何処で食べようかと迷うような気がする。
晶子に作ってもらった弁当を食べることに何ら後ろめたいことはないが、気恥ずかしさと言うか照れくささと言うか、どうしてもそういうものが先行すると思う。
今まで晶子との付き合いを公言してこなかったのもそれが大きな要因だ。晶子の手作り弁当をきっかけにそんな性格が一変するとは思えない。
なのに、晶子にせがまれたとは言え一昨年から左手薬指に指輪を填めているというのも、これまた我ながら理解出来ない所業だ。
「まあ、祐司と晶子さんは学科どころか学部も違うし、しかも新京大学は総合大学だから、お昼はキャンパスの何処かで待ち合わせ、ってのはちょっと無理だろうな・・・。」
「それに、祐司と晶子さんの現時点での単位取得状況や卒研時の生活状況にも因るが、昼食の時間を講義主体の3年次までのようにほぼ絞り込める保障がない。
祐司は身に染みて分かってるだろうが、実験の種類によっては昼食時だからって途中で手が離せない場合もあるからな。」
耕次と渉が順に推論を言う。どれも俺自身想像出来るものだ。
俺が居る工学部と晶子が居る文学部は駆け足でどうにか10分、といった距離がある。それも学部の講義棟までだ。
俺が本配属を希望している久野尾研は電子工学科研究棟のの4階にある。階段を下りるのはまだしも上るのはきついから、その分時間をロスしてしまう。
それに渉の言うとおり、実験の内容によっては途中で手が離せないものもある。
一切合財計測器とプログラムにお任せ、というなら話は別だが、久野尾研は音響通信工学だから人の聴覚とかを必要とする場合がある。
そうなると尚更、実験で他人の手を借りておいて自分だけ昼飯だから、と中座するのは幾ら何でも無責任だ。
「大学の中身は何処も似たり寄ったりだと思うが、先に祐司から聞くか。」
耕次が前置きする。
「祐司が居る学科の学生の居室の状況はどんな感じだ?」
「一言で言うなら雑居部屋、ってところか。大きな部屋があってそこに荷物を置けるようになってて、ソファとかテーブルとか椅子とか本棚とかがある。
卒論を書いたりするPCは別の部屋にある。」
「晶子さんは?」
「私も祐司さんとほぼ同じです。ゼミの人数が多くても10人程度ですから小規模ですけど。」
「となると、建物の中で晶子さん手作りの愛妻弁当を何処かでこっそり、というわけにはいきそうにないな・・・。」
建物の中が駄目なら外で、という手もある。
大学の敷地は無意味に広いから探せば隠れる場所は何処かにあるかもしれないが、今度はそこまでして隠す必要があるのかという疑問が生じてくる。
宏一のように「良いだろ〜」とばかりに見せびらかて、周囲の視線−羨望や嫉妬など色々含む−を感じつつ蓋を開けて食べるという気にはなれないが、
ラブレターのように−俺はもらったことはない−ひたすら人目を気にしてこっそり、とまでする必要性はないんじゃないだろうか。
「祐司は晶子さんにこれ以上負担をかけたくないから頼まないつもりだし、晶子さんは頼まれれば作る方針だから、2人の相談事項とすべきだろう。」
「そうだな。晶子さんに弁当を作ってもらう当事者じゃない俺達が、弁当を食べる場所をああだこうだ言ってもしょうがない。」
渉の提案に耕次が同意する。
耕次の言うとおり、晶子の弁当を食べる権利があり、それを頼める権利があるのも俺だ。そしてその依頼を受けるかどうかは、俺としては晶子の判断に委ねたい。
今まで生協の食堂で済ませているのは晶子に負担をかけたくないからだし、俺が頼んでも居ないのに面子の誰かに作れと言われて晶子がそうするとは思えない。
「通学はどうしてる?」
「どうしてるって?」
「舌足らずだったか。一緒に通学してるかどうかってことだ。」
「去年の秋頃から一緒に通学してる。」
宏一の質問に答える。晶子と毎日通学するようになったことには智一の従妹でもある吉弘さんの件があるんだが、ここでは伏せる。
和解出来たにせよきっかけとしてはあまり良い話じゃないことには違いないし、晶子と一緒に通学していることに何の不満もないからな。
「何でまた急に。学部が違うし講義の選択や単位の取得状況にも因るが、どちらかに合わせるとなるとどちらかが1コマ目休みでも朝一から出て、
午後の最後が休講になっても最後まで大学に居ることになるんじゃねぇか?」
「このところ何かと物騒だろ?100%安全とまではいかないにしても、通学の時くらいは一緒に居ようと思ってな。特に今時期は日が暮れるのが早いから尚更。」
少し不思議そうな宏一の問いに答える。
疑問に思っても無理はないかもしれない。最初から一緒に通学してるとか今でも時間帯が合えば一緒に行き帰りするとかいうなら兎も角、去年の秋からと
時期がかなり最近でしかも何かを匂わせるだろう。
理由は勿論口から出任せだが、構内の掲示板にも「引ったくりがあった」とか「痴漢に注意」とかいう事務からの連絡が張り出されることがかなり目立つようになっている。
「比較的」はあるにしても「絶対」ということは治安ではまずありえないから、理由とするには一番だろう。
「言われてみりゃそうだな。人通りの多いところならまだ安全な方だけど、大学だと場所によっちゃ空き地同然みたいなところもあるし。」
「宏一の質問に派生することだが、祐司と晶子さんが今住んでいる家は近いのか?」
「多少時間はかかるが徒歩圏内ではある。」
「出逢った場所が祐司の家の近くのコンビニだっていうから、その時の時間帯を考えると晶子さんの家が割と近いところにあると考えるのがむしろ自然だな。」
渉のやや突っ込んだ問いに答える。
今は渉の推測どおりに「近くに居る」と考えられる余裕があるが、あの時はとてもそんな状況じゃなかった。
どうして偶々顔を合わせただけで驚かれるんだ、と訝ってたし、次にこれまた出くわした本屋では訝るのを通り越して嫌悪感を露にしたから、近くに居るようだから
探そうなどと考えられる筈がない。
「出逢ったシチュエーションもそうだけど、今住んでる場所が徒歩圏内ってのも何かこう、運命って言うのか?そんなのを感じるな。」
宏一が少ししみじみとした口調で言う。
「運命って一言で片付けちまうのは安易だから好きじゃないけどさ。やっぱり祐司と晶子さんが出逢って今に至ったのは、数限りない可能性の中の1つなんだから、
宝くじで1等前後賞を当てるより難しいかもな。」
「実際そうなんじゃないか?人間の歴史が4000年か5000年かそんなところだとして、その中で生まれて死んでいった人間の数なんてそれこそ星の数ほどあるだろう。
そんな中で誰かと出逢うってこと自体が天文学的数値の逆数だ。その中で男と女が出逢って更に恋愛に発展する・・・。少し考えただけでも凄い確率だ。
限りなくゼロに近い。宏一が言ったように運命とかそういう単語で片付けちまうのは安易だが、表現するなら出逢い自体がやっぱり運命とか奇跡とか、
そういうもんなんじゃないか?」
宏一に続く耕次の言葉は、噛み締めてみると奥深いものだ。
俺が出来る希少な弾き語りのレパートリーにある「Time after time〜花舞う街で〜」のフレーズにもあるように、出逢うことそのものが既にものすごい確率で
発生することで、その中で男と女が出逢って恋愛関係になるとなると、小数点の後ろにゼロを幾つ並べなきゃならないか分からないほどの確率だろう。
宏一の言葉を借りれば、宝くじの1等前後賞を当てるよりはるかに低い確率だ。
そんな、一見多いように見えて実は限りなく低い可能性の組み合わせの中に、高校時代に入学のごたごたがようやく沈静化してきたところにバンドに入らないかと
勧誘してきた面子との出会いもあれば、そのライブ活動を通しての宮城との出会いもあり、その破局がきっかけになった晶子との出逢いがある。
袖触れ合うも多少の縁、と言うが、限りなくゼロに近い無数の可能性の中から選ばれた今の関係を大事にしたい。
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