written by Moonstone
「相手はまだ・・・か。」
「こういう時、女の方の10分や20分の遅れは当然だぜ?」
「確かに・・・。」
「よーし!それじゃ、白銀の郷での出会いを祝して乾杯と参りましょうか!」
宏一が陽気に音頭を取る。こういう時の仕切りは専ら宏一の役目。全員がジョッキを手に取って掲げる。「かんぱーい!」
全員のジョッキがテーブルの中央で軽くぶつかり合う。そして近くの人と軽くジョッキを合わせる。端に居る俺は晶子と渉だけに留める。「さあ、どんどん頼んじゃって!」
やっぱり仕切るのは宏一。「じゃあ、料理が来るまで自己紹介と参りましょうか。まずは男サイドからということで。」
宏一は沈黙の時間を作らない。やっぱり慣れてるな・・・。「俺は則竹宏一。市ヶ谷大学の経済学部3年。よろしく!んじゃ、次。」
「俺は本田耕次。日本中央大学の法学部3年。よろしく。」
「俺は和泉勝平。大嶽工科大学の工学部3年。よろしく。」
「俺は須藤渉。泉州大学理学部3年。よろしく。」
「俺は安藤祐司。新京大学の工学部3年。よろしく。」
「私は井上晶子。新京大学の文学部3年生です。どうぞよろしくお願いします。」
「へえー、凄ーい!有名どころばっかじゃーん!」
「全員現役合格なんですかー?」
「イエース、イエース。」
「先に断っておくけど、こっち側に居る安藤祐司は皆さんの対象外ということで1つよろしく。こいつだけ彼女、じゃなくて嫁さん持ちなんで。」
「えー?学生結婚ってやつぅ?」
「そうそう。隣の井上さんが嫁さん。だからこっち側に居るわけ。」
「どうして結婚してるのに苗字違うのー?」
「入籍がまだなんだ。大学進学と一人暮らしで知り合った関係で、それぞれ家があるから。でもしっかり結婚指輪填めてるし、今は半同居中。」
「お二人さん、見せてあげて。」
「宝石はないんだぁ。」
「ダイヤぐらいあっても良さそうなのにねぇ。」
「それでは引き続き、美女4人の自己紹介をお願いいたします!」
宏一が話を切り替える。こういった場繋ぎも上手い。変な言い方だが、女の扱いに慣れている宏一らしい。「私達はぁ、毎日学院大学の人間科学部2年の4人組でーす。順にぃ。浅井紫積美。」
「大野朱美でぇす。」
「堀江有希でぇす。」
「石原恵理子でぇす。同じゼミに居まーす。」
「皆さんは、どういう関係なんですかぁ?」
「高校時代のバンド仲間なんだ。俺はドラム。」
「俺はヴォーカル。リーダーと言うか、言いだしっぺなんだ。あと、作詞。」
「俺はキーボードと作曲をやってた。」
「俺はベース。」
「俺はギターと作曲をやってた。」
「へえー。バンドやってたんですかぁ。なのに皆さん、凄い大学ばっかりですねぇ。有数の進学校だったんでしょう?なのによく続けられましたねぇ。」
「一応県下では一二を争う進学校だったね。勉強と試験だけに追われるのも味気ない、と思って、俺が同じ中学卒だった宏一と渉を誘ってまず結成。
で、ギターが必要だってことで祐司を引き込んで、直後に勝平も加入して活動を始めたんだ。」
「凄いですねぇー。バンド活動しながら成績優秀だなんてー。皆さん、女の子からも人気あったんじゃないですかぁ?」
「まあ、そこそこあったね。バレンタインデーには結構チョコ貰ったよ。ま、何処までが義理で何処からが本命かの区別は出来なかったけど。」
「皆さんはぁ、将来何になるんですか?」
えっと・・・堀江だったか?そいつが聞いて来る。自己紹介の順で質問や会話が始まるのは、何かの偶然だろうか?「答えるのが俺からばっかり、ってのもワンパターンだから、今度は逆順で行ってみようか。祐司。お前からどうぞ!」
俺は思わず口に含んだビールを気管支の方に流し込みそうになる。いきなり話を振るなよな・・・。「俺はレコード会社とか、音楽に関係する企業への就職を希望してる。あと、今のバイトの関係で音楽を演奏してる関係もあって、ミュージシャンになりたい、
とも思ってる。だから今は・・・迷ってる段階だな。」
「バイトで音楽やってる、ってどういうことですかぁ?」
「基本は喫茶店で注文を聞いたり出来た料理を運んだりすることなんだけど、その合間とか、営業時間の終わりの方で客から抽選でリクエストされた曲を演奏
することも含まれるんだ。」
「えー、何々?じゃあぁ、今でもギター弾いてるんですかぁ?」
「毎日弾いてる。今日は旅行ってことで持って来てないけど。」
「どんな曲弾けるんですかぁ?」
「俺は歌わないから、インストルメンタルが主だな。T-SQUAREが殆どで最近CASIOPEAも加え始めた。アレンジを含めると、倉木麻衣も入る。」
「T-SQUARE?CASIOPEA?・・・聞いたことないですぅ。」
「えっと、F1の中継番組見たことある?」
「F1ですかぁ?・・・あ、ちょっとなら見たことありますぅ。」
「それのオープニングに使われてる曲を作曲して演奏してるのが、T-SQUARE(註:タイトルは「TRUTH」(同名のアルバムなどに収録)。現在はアレンジ版が
使用されています)。」
「へえー。じゃあ、ギターは上手いんですねぇ?」
「まあ、毎日やってるから、そこそこはね。」
「じゃあ次は渉!」
「・・・あ、俺か。」
「俺は大学院に進学して、企業の研究職を考えてる。もっとも今は企業の研究所が縮小傾向にあるから、公的機関の研究所の研究職も視野に入れてる。」
「泉州大学の理学部っていったら、凄いじゃないですか。将来は高額の特許を得られるんじゃないですかぁ?」
「企業にしろ公的機関にせよ、無数の研究開発の中で脚光を浴びるのはほんの一握り。大学のネームバリューで決まるほど甘い世界じゃない。」
「じゃあ、次は勝平。」
「俺は大学を出て一般企業、機械関係の製造メーカーで10年ほど実務経験を積んでから、父親が経営してる工場の後継者になることになってる。」
「えー!それじゃ、将来は社長さんですかぁ?」
「経営感覚を身に着けるまでは父親の指導を受けないといけないだろうけど、父親の後を継ぐことを見越して今の大学と学部を選択したんだ。」
「じゃあ、社長夫人が欲しいところじゃないですかぁ?」
「まあ、簿記2級程度の資格は持っていて欲しいね。母親は経理担当だけど、大抵の事務関係の資格は持ってるし。」
「じゃあ、次は耕次。」
「俺は公務員試験の準備の一方で、司法書士と司法試験の合格を目指してる。将来的には法律関係の資格で独立開業したいって考えてる。」
「えー!司法試験ってことは将来は弁護士さんですかぁ?」
「まあ、今のところ想定してるのは弁護士だけど、資格取ったからって即開業出来るほど甘くないからね。何処かの法律事務所に勤務して実務経験
積むつもりだよ。」
「でも、凄いですねぇ。将来は弁護士なんて。」
「まだ試験の準備中だから、決まったわけじゃないって。」
「俺は経営コンサルタント志望。いろんな企業が乱立する今は、的確な経営アドバイスが出来る専門家が必要だからね。俺も耕次と同様、他の事務所で
実務経験を積んでから独立するつもりなんだ。」
「皆さん、将来有望ですねぇ。」
「じゃあ、対する女性陣の将来像を聞いてみましょうか。男性陣と同じく、自己紹介とは逆順で石原さんからどうぞ!」
本当に、こういう時の仕切りは上手いな、宏一の奴。安心出来ると言って良いものかどうかは、とりあえず置いておいて。「えっとぉ。私はぁ、IT関連企業を目指してまぁす。」
「私はぁ、Webデザイナーを目指してますぅ。」
「私はですねぇ、TVのアナウンサーを目指してまぁす。」
「私はぁ、IT企業を目指してまぁす。」
「そう言えばぁ、えっと・・・、安藤さんの奥さん。」
「井上晶子です。」
「晶子さんが目指す職業は何ですかぁ?」
「私は夫の祐司さんに合わせた職業を考えています。企業や官公庁に就職するなら祐司さんの転勤に即対応出来るように、ミュージシャンになるならいきなり
メジャーデビュー出来るのはごく限られていますから、二人で生活出来る収入を確保出来るように、といった具合です。」
「えー、それって主体性がないじゃないですかぁ。」
「ジェンダー思想そのままですねぇ。」
「今は女性が社会の主役になるべき時代ですよぉ?夫に合わせるなんて、負け犬人生そのものじゃないですかぁ。」
「内助の功を目指すんだったら、家庭に専念出来るような男性を探した方が良いんじゃないですかぁ?」
「祐司さんと私に限ったことではありませんが、家庭運営の方針は、公序良俗に反するものでない範囲であればどのような形があっても良い筈です。
ジェンダーを一律に押し付けるのが問題なのは言うまでもありませんが、そのアンチテーゼであるジェンダーフリーを一律に適用するのも問題だと思います。
その人や家庭には、それぞれの幸せの形があるものです。」
「こうじょりょうぞく・・・。難しい言葉使いますねぇ。要するに、自分達のやることに口出しするな、ってことですかぁ?」
「端的に言えば、そうです。」
「それって結局、言い訳じゃないですかぁ?」
「そう受け止められても、仕方ありません。これは価値観の問題ですから。」
「ジェンダー思想に基づく時代遅れの価値観へ逃避してますねぇ。ゼミでも先生がそう言ってたよね?」
「うん、言ってた言ってた。」「そうそう。」「こんな人も居るんだね。」
「失礼。ちょっと中座する。」
渉が席を立って、俺と晶子の前を素早く横切って出て行く。「家庭の話題が出たところで、女性陣から理想の家庭像なるものを窺ってみるとしますか!じゃあ今度は浅井さんからどうぞ!」
「えー?私ぃ?」
「悪い。俺も中座する。」
俺はそう言って、一瞬晶子と目を合わせる。晶子は小さく頷く。・・・信じてくれてるんだな。「渉。待たせてすまない。祐司だ。」
「祐司が謝る必要はない。よく、俺の電話番号だって分かったな。」
「一応お前と同じく、数字は飽きるほど見てるからな。電話番号1つくらいならメモしなくても1日は憶えられる。それに携帯に登録してあるしな。
・・・で、用件は何だ?」
「お前に言っておきたいことがあってな。」
「・・・無理はしなくて良い。」
「え?」
「俺が中座したのは気分が悪くなったからだ。念のため言っておくが、身体の方じゃない。」
「・・・一応分かるつもりだ。」
「どうせ今頃、女の方から自分のライフスタイルを語ってるところだろう。」
「そのとおり。話を振ったのは宏一だけどな。」
「愚痴めいたことを言うが・・・、さっきの晶子さんの答えに対する奴等の反応は、一見まともなようだが、実のところ自分達が快感を覚える、共感じゃなくて快感だが、
ジェンダーフリーの上っ面だけを振り回している画一的なものだ。晶子さんが言ったとおり、家庭運営の方針は公序良俗に反するものじゃない限りどういう
形があっても良い。だが、ジェンダーフリーの上っ面だけに快感を覚えて振り回してる奴等は、ジェンダーフリーの基本思想であるアンチジェンダー、
言い換えるなら社会が押し付けた一律な性差に抗するものだ、ってことを知らない。気付かないと言った方が正確かもしれないが。何れにせよ、晶子さんに
対して自分達はこんな輝かしい人生を設計してるんです、と言いたいんだろう。」
「渉から電話がかかって来た時は丁度、・・・浅井だったかな。そいつが宏一の話の振りに答えようとしたところだったんだけど、俺も渉と同じようなことを考えてた。」
「晶子さんも言ってたが、所詮は価値観の問題だ。奴等にジェンダーフリーを基礎から教えようとしたところで場を損なうだけだし、奴等が聞く耳を持つとも
思えない。奴等が晶子さんの回答をどう思おうが自由だ。だが、お前と別れろ、とまで、あろうことか本人の前で言って良い筈がない。」
「・・・この場だから言うけど、俺も、晶子にこんな男とは別れろ、って仄めかしたのと、晶子を負け犬とまで罵ったのには腹が立った。だけど、あの場で
怒鳴りつけたら今度は逆に、女性の接し方がなってない、とか言うだろうし、場を壊してしまうと思って黙ってた。」
「賢明だな。だが、最初に戻るが、無理はしなくて良い。代金はあの場を作った宏一に持たせる。」
「・・・悪いな、渉。」
「あまり長引くと妙に思われるだろうから、この辺にしておく。俺は酔いが奴等の脳みそを染めた頃に戻る。」
「分かった。じゃあな。」
「ああ。」
「おー!マイブラザー祐司!お前、何処行ってたんだぁ?」
「弟から電話があってな。弟は年明け受験だから、俺の携帯の番号聞き出してるから、分からないことがあると俺を携帯で捕まえるんだ。」
「おー!何てこった!嫁さん捕まえたと思ったら弟に捕まったのかー!何て不憫な奴だ!うっうっ。」
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