雨上がりの午後

Chapter 146 携帯電話に纏わる1日

written by Moonstone


 案の定と言うか、定石と言うか・・・。またしても実験の進行のずれ込みが修正不能なレベルになってしまった。
原因は智一が計測すべきデータを一項目落としていたからだ。
たかが一つ、されど一つ。一つでも項目が抜けたらグラフを描いたり特性を把握したり出来ない。当然最初からやり直しだ。
 腕時計を見る。6時をとうに過ぎてるが、全ての実験が終わるのはまだ先の話。
その上グラフを描いたりして実験指導担当の教官の設問に対応できる態勢を整えないといけないから、尚のことずれ込むのは火を見るより明らかだ。
どうせ今回も説教を食らうのは目に見えてる。残り二人は何処かにとんずらしたままで帰って来やしない。
 ・・・晶子にメールを送っておくか。遅くなるだろう、とは朝にも言ってはおいたが、何の連絡もないと不安にさせてしまう。
それどころか、怒らせても文句は言えない立場だ。
こんな立場に追い込まれた原因が自分で吐き出したものじゃないと思うと腹が立ってくるが、苛立ったところで何も進まない。
こういうのを悟りの境地、って言うんだろうか?

「智一。」

 俺が智一の方を向いて呼びかけると、机に向かっていた−さっき測定が終わったデータをチェックさせている−智一がびくっと身体を振るわせて俺の方を向く。
表情は強張っている。怯えている、という表現が相応しいか。

「も、もうちょっと待ってくれ。頼む。」
「まだ良い。メール送るから。」
「あ、そ、そうか・・・。」

 智一は命拾いしたように引き攣った笑顔で机に向き直る。悪いことをしたという自覚はあるらしい。
俺はシャツの胸ポケットから携帯を取り出して広げ、メールを作成する。

送信元:安藤祐司(Yuhji Andoh)
題名:現状報告
待たせてしまって悪い。今測定が一つ終わって、そのデータのチェックをさせているところ。実験が終わるのはまだ何時になるか分からない。退屈だと思うけど、出来るだけ早く終わらせるようにするから待っててくれ。終わり次第直ぐ迎えに行くから。以上、取り急ぎ現状報告。また後で。

 ・・・一応謝罪のつもりだが、業務連絡の域を出ないな・・・。かと言って肉声を伝えるわけにはいかない。
晶子は事前の約束どおり図書館に居る−4コマめ終了時刻後少しして晶子からその旨のメールが届いた−。
 図書館は飲食物持ち込み禁止、携帯電話の会話も勿論禁止。まさか図書館の事務室に電話をして、館内放送で晶子を呼び出すわけにもいかない。
そもそも、図書館での館内放送なんて聞いたこともない。
となれば、メールしかない。こういう時結構便利に思う。わざわざ学科の端末の部屋に走らなくて良いし。
 プレビューで内容を確認してから送信する。送信完了の表示が出たのを確認して、携帯を畳んでシャツの胸ポケットに戻す。
メールに書いたとおり、出来るだけ早く終わらせないとな・・・。

 結局、測定が全て終了した時には8時を過ぎてしまっていた。
智一は最後の測定前に一人生協の食堂へ夕食に向かい、残る2人もようやく帰って来た。帰って来なくて良い、と言いたいところだが、欠席じゃないのに
4人居ないと終了にならないから仕方ない。
 そしてこれまた案の定と言うか・・・。実験指導担当の教官の設問に対応出来るだけの態勢がなかなか整わない。
俺の分はとっくに終わっている。終わる時間を少しでも早めるべく、俺だけで半分以上纏めた。
にもかかわらず、智一を含めた残る3人のシャーペンを握る手の動きは鈍重なことこの上ない。

「まだか。」

 俺が言うと、智一他2人は一斉にびくっと身体を振るわせる。

「一帯何時までかかってるんだ?俺の分はとっくに済ませた。配分は俺の方が圧倒的に多い。なのにどうしてこんなに時間を食うんだ?」
「「「・・・。」」」
「分からないなら図書館へ行って調べて来い。今直ぐだ。小宮栄方面の終電が出るまでに終わらなかったらどうなるか。その背景にあるものは何か。
それくらいは分かるよな?」
「い、行って来ます!」

 悲鳴のような1人の声を合図にして智一達3人が立ち上がり、実験室から駆け出していく。
残り2グループしか居ない実験室は、重電関係が集中している関係で機械音とかが複雑に絡み合って薄いBGMを流している。
 俺は机を背凭れ代わりにして小さく溜息を吐く。ちょっと脅してやったが、効果はあったようだ。
所詮一時凌ぎに過ぎないんだが、こうでもしないと気が治まらない。
俺だけならまだしも、晶子を待たせているという事実があるからな。
俺はシャツの胸ポケットから携帯を取り出して広げ、着信メール一覧から最新のメールを開く。

送信元:井上晶子(Masako Inoue)
題名:気にしないでくださいね
メールありがとうございます。私は祐司さんとの約束どおり、図書館に居ます。勿論携帯の音は全て切っていますが、念のため個室に居ます。図書館には色々本や雑誌がありますから、待つのは少しも苦になりません。実験が終わったらメールをください。私が居る個室の場所を教えます。それでは、また後で。

 晶子が読書好きで助かったと言って良いのか・・・。晶子の気持ちがありがたい分申し訳なく思う。
実験が終わってからメールをくれ、という文章には、自分のことは気にしないで実験に専念してくれ、というメッセージが込められていると思う。
実験中に携帯を振動させることで俺に気付かせた、晶子からのメール・・・。実験が終わったら直ぐメールを送るから、待っててくれよな・・・。

 待たされること暫し。どうにか設問に臨むものが出揃った。
態勢が出来た、とは言えない。図書館から戻って来たら首を揃えて「分からない」。
そりゃそうだ。実験の前に提出するレポートを作る時はそれなりに調べたりしないと出来ないし−多分、教官の「配慮」だろう−、流れを把握した上で
実験に手をつけていないと設問に答えられる筈がないんだから。
 俺が先頭になって教官の居室へ向かう。
重電関係の担当教官は物性関係の担当教官と同等かそれ以上に厳しい。
研究室では卒業研究を学会発表に持っていけるレベルを要求されると聞いたことがある。
そんな研究室でしのぎを削る研究室の−その研究室の助手は他の研究室より多い−助手の中で最も助教授昇任に近いと言われる実力派だけに、厳しくて当然だろう。
 俺がドアをノックする。はい、と応答が返って来た後、失礼します、と言ってドアを開けて中に入る。
デスクのキーボードに向かっていた教官が俺達の方を向く。眼鏡の奥の視線は何時もどおり厳しい。

「Aグループです。実験が終わりました。」
「今回もこんな時間か。」

 教官の声が重く響く。
俺にとっては何でこんな扱いをされなきゃならないんだ、というものだが、一応グループでやっているという体裁だから仕方ない。
俺はドアを向かい合う形で鎮座している教官の前に進み出る。

「では、安藤君に尋ねる。」

 あれ?いきなり指名か?これまでの実験では教官が質問したり解説を求める題材を挙げて、その後で指名があるんだが・・・。
まあ、兎に角今はこれを乗り切ることだけを考えよう。
 俺はひたすら教官の設問に答える。
骨はあるが噛み砕けないものじゃない。一応事前の予習はやってるし、実験も自分でやってる。
そうすれば決して回答不能に陥らないようになっていると感覚的に分かっている。

「−ふむ。では、安藤君以外は退室しなさい。安藤君と入れ替わりで再入室するように。」

 何だ?一体・・・。智一達が、失礼しました、と言って退出していくのを背中で聞く。
ドアが閉まって少し沈黙の時間が流れた後、俺を見据えた教官が小さく溜息を吐く。・・・何を言われるんだろう。

「・・・君はよくやっている。」
「え?」

 思わず聞き返した俺に、教官はやや声量を落として続ける。

「先週、僕を含む実験指導担当の教官全員が増井先生に呼び出されたんだ。議題は君のことだ。」

 増井先生というのは、俺の学年の進路指導を担当している教授。
その増井先生に実験指導担当の教官全員が、俺のことを議題にして集合をかけられたということは、何か重大なことがあるに違いない。

「僕が指導を担当する実験内容は、君の居るグループから見ると最後の方だから、これまでのことは知らなかった。増井先生や他の先生方から
話を聞いて驚いた。これまで君のグループは、殆ど君一人で乗り切ってきた、と聞いてね。」
「・・・。」
「君のグループは他のグループと比較して、あまりにお粗末だ。その中で君だけが僕の設問にしっかり答えて、レポートがそれに呼応してよく出来ているのが
不思議だった。これまでは、前のグループか4年や院生あたりから流れてきた情報で取り繕っているんだろう、と思っていたんだが、その会合の場で
謎や誤解が解けた。なるほど、これなら君だけが突出していて当然だ、と。」
「・・・。」
「増井先生から君の現時点での成績表が配られた。それを見てまた驚いた。履修した講義の単位を最低で8、殆どは9か10で取っているというのは、
僕がこの大学の院を出て助手になってから片手で数えて十分余る。君も知っているだろうが、助手は講義を担当しない。だから、学部学生の成績は
自分の研究室に入ったものでないと分からないんだが、それを差し引いても立派なものだ。」
「・・・。」
「現在君のグループが居る実験エリアは何処か、という話になって、僕が現状を説明した。そして増井先生から全員に、これまでの事情を考慮して
やって欲しい、と言われた。今は上っ面だけ捉えてああだこうだ言う時代だが、そういう時代だからこそプロセスを大事にしなければならない。
無数のプロセスの果てに一つの成功があるものだからね。大学という教育機関なら尚更だ。増井先生もそう仰っていた。」
「・・・。」
「増井先生から聞いたんだが、君はバイトで生計を補いながら通学しているそうだね?」
「あ、はい。」
「一人暮らしだと解放感で堕落しやすい。だが、君は確かによくやっている。前回の実験のレポートも非常に良く出来ていた。君が懸命に努力して
結果まで出しているのに他の学生の煽りを食うのは、それこそ理不尽だ。事情が分かった以上、君まで怠惰な学生への制裁に付き合わせるわけにはいかない。
この研究室に悪い印象を持たれたら、僕は堀田先生に怒られてしまう。」

 教官は苦笑いを浮かべる。これまで厳しい表情と口調しか知らなかったから、言葉は悪いが新鮮に映る。
堀田先生はこの教官が所属する電力工学の研究室の頂点に君臨する教授。
俺がこの研究室を希望していたのに理不尽な形で説教を食らったことで他の研究室に逃げられたら大変だ、ということか。

「君はもう帰って良いよ。この研究室ではバーベキューや旅行会なんかもあって遊びの面でも充実しているから、是非考えておいてくれ。」
「は、はい。失礼します。」
「はい。」

 初めて目にする温和な表情で研究室への勧誘まで受けた俺は、一礼してから退室する。
個別に説教を食らうのかと思っていたんだが・・・。予想外の展開とは言え、兎に角少しでも早く解放されるに越したことはない。

「祐司。何言われたんだ?」

 ドアを閉めたところで、智一が小声で話し掛けてきた。こう答えておくか。

「入ったら分かると思うぞ。」
「?」
「俺は帰る。じゃあな。先生から許可は得てるから、念のため。」

 一様に頭に疑問符を浮かべる智一達の前を通って、俺は鞄を置いてある実験室に向かう。
実験が終わったら次は、大切なことが待っている。何時来るかも分からないメールを待っている晶子を迎えに行って一緒に帰ること。
時間は・・・まだ十分大丈夫だ。急ごう。

 鞄を持って外に出た俺は、街灯が白色の光を放散している暗闇の中で携帯を広げる。液晶画面は明るいが、ボタンが見難い。
光ってはいるが周囲を包む圧倒的な闇の量の前には、文字どおり蛍光だ。
俺は携帯を目に近づけて少しずつ入力する。まだ入力に慣れてない上に暗くて操作し難いというのは辛いが、約束を守らないといけない。

送信元:安藤祐司(Yuhji Andoh)
題名:実験終了
遅くまで待たせて悪い。さっき実験が終わった。早速だけど、迎えに行くから部屋の場所を教えてくれ。念のため、今居る部屋から出ないように頼む。

 業務連絡そのものだが、急ぎだから仕方ない。俺はメールを送信して携帯を一旦折り畳む。
広げていると液晶画面が明るくなるし、ボタンも光る。つまりその分電池の残量が減るのは言わずもがな。
いざ晶子からメールが来たのに電池切れで見られない、なんて笑い話にもならない。
 あ、携帯の音を鳴るようにしておくか。えっと・・・。これで良し。シャツの胸ポケットに仕舞う。
バイブレーター機能がONになってるから、手に持ったままだと落としてしまう可能性がある。携帯の扱いに慣れてない今は特に注意しないといけない。
 図書館へ向かおうと足を踏み出して程なく、胸の一部分が青く光って小刻みの振動が伝わってくる。
青く光るのはメール着信の時。音もメール着信の時のものだ。昨日晶子と揃えたばかりだから忘れる筈がない。
俺は振動が収まった後携帯を取り出して開き、メールを開く。

送信元:井上晶子(Masako Inoue)
題名:お疲れ様
私は図書館の東棟3階303号室に居ます。本を片付けて待っていますね。ちなみにこのメールは予め用意しておいたものです。お話はまた後で。

 俺からメールが届くのを見越して準備しておいたんだろう。兎に角急がないと・・・。
実験であれこれ忙しなかった俺はまだしも、晶子は図書館に篭りっきりだろうから相当空腹を感じている筈だ。
そして何より、一人俺を待っていてくれたことに報いたい。
 夜の大学は閑散としている。建物の所々や街灯が光を放っているが、星の光を強めた程度に過ぎない。
そんな灯りが道標(みちしるべ)となっている中、俺は図書館へ向かう。
 この大学には食堂や売店は幾つかあるが、どういうわけか図書館は一つしかない。丁度大学の敷地の中央に鎮座している。
何万書か何十万書か知らないが、兎に角膨大な書籍を揃えているのを売りにしていて、俺が居る工学部など理数系の書籍を中心とした東館と、
晶子が居る文学部など文系の書籍を中心とした西館に二分されている。
 晶子のメールでは東館に居る、とあった。
理数系関係の本なんて、畑違いの人間には蕁麻疹(じんましん)を身体中に噴出させる数式や、何の面白みもない説明文の塊だ。
あえてそんな書籍が固まる東館に居るということは、俺が少しでも来易いように、という晶子の配慮だろう。

 上の階の窓が幾つも明るい煉瓦造りの建物が見えてくる。図書館だ。
俺も「常連」の一人だから、闇に微かに浮かぶ輪郭を見れば分かる。
足が無意識に速まる。終電の時間には達していないとは言え、少しでも早いに越したことはない。夜も深まれば尚危険が増すもんだ。
 図書館の東館出入り口前に来たところで、俺は財布からカードを取り出す。出入り口付近はオレンジ色のライトが幾つか灯っているくらいで薄暗い。
昼間は事務の人も居るし−貸し出しは自分でする−主な貸し出し用図書の棚があるところや雑誌や新聞があってそこが読める場所が蛍光灯で明るいし、
周囲が真っ暗なせいで余計に暗く見えるんだろう。
 カードを出入り口にある機械のスロットに通し、LEDが赤から緑になってピピッと音がする。
前に進み出ると自動ドアが開く。それを潜り、さらにCDショップや大きな本屋のような防犯システムを通って−貸し出し手続きをしていない本を持って
出ようとすると警報が鳴り響くらしい−、人は居るが静まり返っているフロアを渡ってエレベーターに乗り、晶子が居るという3階を目指す。
 エレベーターが止まってドアが開く。
この階は1階にない本や理工系雑誌のバックナンバーがある棚の他に個室がある。
大学院進学や論文執筆や勉強のためにより静かな環境を提供する、という主旨らしい。303号室、というとさほど遠いところじゃないと思うが・・・。
俺は壁伝いに個室の並ぶ場所へ向かう。
 ドアが幾つか見えてきた。個室だな。部屋番号を辿る。301、302、303!
部屋には「使用中 Using」の表示が出ている。ドアロックをかけているとこうなる。
ドアを控えめにノックする。少しして鍵が外れる音がしてドアが開き、晶子がその隙間から姿を現す。その顔は嬉しさに溢れている。

「お待たせ。行こうか。」
「はい。」

 晶子はドアを開けて出る。鞄を持っているから、ドアがノックされた時に俺が来た、と思って鞄を持ったんだろう。
俺は晶子を先導して、静かなフロアを往路をなぞる形で歩いてエレベーターに乗る。
 エレベーターを降り、フロアを通って防犯システムと自動ドアを抜けて外に出る。その時点で晶子が俺の隣に並ぶ。
晶子の表情は穏やかなことこの上ない。待っていてくれたのかと思うと俺も嬉しいし安心出来る。俺と晶子は灯りの多い大通りを並んで歩く。

「前みたいに終電の時間を超えるのかな、と思ってたんですけど。」
「先生が俺だけ先に帰らせてくれたんだ。」
「そんなことってあるんですか?」

 俺は実験指導担当の教官から話された事情を話す。晶子は最初こそ少し驚いた様子を見せたが、程なく元の穏やかなものに戻る。

「先生の間でも認められているんですね。祐司さんが真面目にしてるって。」
「そうらしい。まさか最後に研究室の勧誘まで受けるとは思わなかったけど。」
「日頃きちんとしている人は評価されるべきですよ。なかなか表に出ない分、それを見るのは難しいですけど、そういうのを見る目を持つのは
大切なことだと思いますし、祐司さんはそれくらい優遇されて良いですよ。」
「俺は晶子に評価されれば良いんだけど、今までやってきたことが無意味じゃなかったって分かったのは素直に嬉しく思う。」

 俺としては少しでも早く帰れて、晶子と一緒に帰れればそれで良い。
今日は晶子の家で夕食を一緒に食べて一緒に寝る日だ。
早く晶子の料理が食べたい。そのために空腹を我慢して来たんだから。晶子は俺以上に空腹かもしれないけど。

「今日は凄かったですよ。」

 街灯が点々と灯る通りを歩いている途中で、嬉しそうに晶子が言う。

「祐司さんから今日最初のメールが届いたのが1コマめが始まって少しした頃だったんですよ。それで休み時間に講義室を移動してから携帯を取り出したら、
同じゼミの娘が一斉に集まって来て・・・。私の携帯を物珍しげに見て、何時買ったの、とか、旦那とお揃いなの、とか聞かれて・・・。大変でした。」
「俺は今日一日実験だったこともあって他の奴に見せることは殆どなかったんだけど、同じグループの智一は昼飯の時に見たからかなり驚いてた。
晶子と同じく、何時買ったかとか晶子とお揃いなのかとか聞かれたよ。」
「今まで携帯とは縁のなかった人間が持つと、珍しいみたいですね。」
「携帯を見せろ、って言われて機種がどうとか・・・。」
「あ、私も言われました。会社は何処なのかとか。私が会社を言うと、祐司さんと私が契約したプランをズバリ当てられましたよ。どうして分かるのかって
聞いたら、機種が旦那とお揃いなら絶対そのプランにする筈、って言われました。あのプランは有名なんですって。」
「説明でも言ってたっけ。婚約の記念に契約する客が多い、って。」

 やっぱり晶子の方でもひと騒動あったようだ。
先週まで持ってなかった奴が週が明けたら持っていた、となると興味や関心が集中するのは学部とかが違っても大して変わらないらしい。
当然と言えば当然かもしれないが。
 携帯、と言えば気になることがある。俺もその問題に直面したからな・・・。
俺は智一だけだったからまだ良いけど、晶子は同じゼミの奴等に囲まれたそうだから追求はもっと凄かっただろう。

「晶子も、携帯を持ってることを色々話題にされたんだよな。」
「ええ。講義が終わるまで暇さえあれば、っていう感じでした。」
「聞かれなかったか?携帯の電話番号とかメールアドレスとか。」
「いえ、聞かれませんでした。」

 あれ?どういうことだ?晶子の方は俺より人目に触れる機会が圧倒的に多かったんだから、俺より聞かれても不思議じゃないんだが・・・。

「一頻り携帯に関して尋ねられたんですけど、旦那とお揃いであの会社のプランだから旦那と以外は使わないんでしょ、って言われて・・・。」

 晶子ははにかんだ笑みを浮かべる。冷やかしの材料にされたのか。
照れくさいし嬉しい気もするけど、裏を返せば、晶子は携帯を介したコミュニケーションの対象からとうに外されてるということになる。

「・・・寂しくないか?」
「どうしてですか?」
「電話番号とかメールアドレスとか教え合って、話したりメール交換したりする輪に入れない、ってことだろ?」
「そんな目的で買ったんじゃありませんし、携帯が祐司さんと私を繋ぐ専用のコミュニケーション手段だと認知されたから、むしろ嬉しいです。
私も言いましたよ。着信音は今は最初から入ってるものを使っているけど、そのうち夫が作ってくれたものに揃える、って。皆驚いてましたよ。
携帯サイトからダウンロードしないのか、って。」
「智一も同じこと言ってた。勿論、俺と晶子の間で使うものだから俺と晶子しか持っていないものにする、って言った。」
「私はそれに加えて、夫が曲をアレンジしてくれる、って言いました。そうしたら更に驚かれました。旦那ってそんな特技持ってるのか、って。
嬉しかったです。祐司さんが私の夫だってことを自慢出来て。」

 晶子は嬉しそうに微笑む。今まで不評だったところに自慢出来る機会が出来たのが余程嬉しかったんだろう。
俺も良い気分こそしても悪い気分はしない。晶子が少しでも俺に関して優越感−と言えるものかどうかは別として−に浸れるなら、それに越したことはない。
 ・・・あ、携帯と言えばそれに関してもう一つ智一に言われたことがあったな。
携帯と言えばそれがつきものらしいし、晶子も言われただろう。

「晶子の方では、ストラップに関してどうとか言われなかったか?」
「ストラップですか?ええ、言われましたよ。どうして携帯はお揃いのものを買ったのに、ストラップは買わなかったのか、って。言われるまで気にして
なかったですけど。」
「智一はストラップもファッションの一つだし、携帯もお揃いならストラップもお揃いのものを買ったらどうだ、って言ってた。俺も言われるまで
気付かなかったから、考えておく、って言っておいた。・・・必要に思うか?」
「必要かどうかで言うとNOですけど、私も言われたんですよ。折角携帯をお揃いにして、しかもあの会社のあのプランで契約したなら、その会社の支店で
お揃いのストラップを買えば良かったのに、って。」
「やっぱり言われるよな。俺でも言われたんだから。」
「皆それぞれ携帯につけてましたよ。複数つけている人も居ました。マスコットにそれぞれ名前をつけている人も居たりして、ストラップも着信音と同じで
携帯の楽しみの一つみたいですね。」
「・・・買いに行くか、今度。」

 晶子は元々大きい瞳を見開く。
俺から晶子に何かを持ちかけたことは殆どない。付き合う前、看病の礼に食事に誘った時もしどろもどろだった。
共通の話題、否、それになり得るものが出来たんだから、こういう時くらい俺から持ち出しても良いだろう。

「平日は俺が4コマめまで講義があって、その後二人揃ってバイトで買いに行く暇がないから土曜か日曜・・・、あ、土曜は晶子が買出しに行くんだったな。
日曜の昼間にでもあの店に行って買いに行かないか?駅からけっこう距離はあるけど、大学と同じように大通りに面してるから迷わないと思うし・・・。どうだ?」
「はい。行きたいです。」

 即答だ。俺も晶子も言われるまで気付かなかった、それこそ気にしなければそのままで過ぎる小さなものだが、携帯と着信音と同じく、俺と晶子の絆を
示すものとするならすることが出来る貴重なアイテムになる。
どんなものがあるかは知らないが、色々探してみるのも良いだろう。

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