written by Moonstone
「はい。喫茶店Dandelion Hillです。」
「こんばんは。祐司です。」
「あら、祐司君。こんばんは。個人面談は終わったの?」
「はい。今大学最寄の駅に居ます。電車が出て行った直後だったんでもう少し遅れるってことを伝えようと思って・・・。」
「良いのよ、慌てなくても。夕食は?」
「いえ、まだです。」
「そう。夕食の準備はしてあるから、慌てないで気を付けて来てね。」
「はい。それじゃ失礼します。」
・・・まだ分からない。
空気が抜けるような音と主にドアが開く。「こんばんは。遅くなりました。」
「あら、祐司君。こんばんは。夕食の用意するからちょっと待っててね。」
「はい。」
「潤子。3番テーブルにミートスパゲッティと野菜サラダ、ホットコーヒーを2つずつだ。・・・って、おお、祐司君。こんばんは。」
「こんばんは。遅くなってすみません。」
「事前にきちんと連絡してくれているから構わんよ。意外に遅かったね。」
「前の奴が随分時間食ったもんで・・・。俺は割と早く済んだんですけど。」
「そうか。まあ、詳しい話は店が終わってから聞かせてくれ。」
「はい。」
「あなた。コーヒーお願いね。」
「了解。」
「はい、お待たせ。」
と思ってのんびり構えていたら、潤子さんが夕食の乗ったトレイを差し出してきた。俺は、ありがとうございます、と言って受け取る。「−此処までの祐司君の話を要約すると、現時点での成績は非常に優秀、教官の好感度も非常に高い、というわけだね?」
「はい。」
「新京大学の理系学部が厳しいという話は、祐司君が此処でバイトし始めた時にも聞いたし、人伝でも話は聞いてる。一応地元大学だからね。
そんな学部で現時点で非常に優秀、と教官に言わせるだけの成績で、教官の好感度も非常に高い、というのは、祐司君の生活の全容を知らない俺からしても
本当に立派なものだと思うね。」
「私も大したものだと思うわ。祐司君は此処のバイトもしっかりやってくれてるし、終了時間が予想出来ない実験が、幸か不幸か此処がお休みの月曜日にあって、
その事前事後のレポートも集1回のゼミもきっちりこなして、受講した講義の単位を全部、しかも優に5本の指に入ると先生に言わせるだけの成績だもの。
勉強が仕事だっていうことを差し引いても、祐司君は胸を張って良いわよ。」
「一つ問題点を挙げるとすれば・・・、教官が言ったとおり、祐司君が殆ど一人で実験をしているということかな。」
マスターが言う。「実験はグループでするんだから、実験をせずに他人が作ったレポートを写してやった気になっていてはその人のためにならんし、何のために
グループ単位でやっているのか、という根本問題にも繋がる。それこそ怒鳴りつけてでも手伝わせるべきだな。」
「でも・・・今のグループで実験をするようになって半年経ちますけど、幾らやれ、って言っても全然言うことを聞かないんですよ。」
「祐司君のグループの人は祐司君が真面目に取り組んでいるのを良いことに。それに便乗している。祐司君は良いように使われている。それを許さないという
意味でも、祐司君が陣頭指揮をとる形で実験を進めるべきだな。それに文句を言うようなら、結果を教えたりレポートを写させたりするのは今後一切
止めるべきだ。それくらい厳しい態度で臨んで良い。」
「そうね。先生が言ったとおり、真面目な人が馬鹿を見るようなことじゃいけないわ。祐司君が真面目に取り組んでいるのは勿論良いことだし、
文句のつけようもないことだけど、優しさと甘さとは違うから。その辺の・・・けじめって言うのかしら。それはきっちり線を引くべきだと思うわ。」
「そうですね。」
「で、今日の個人面談の本題、進路に関してなんですが・・・。」
俺は続きを順を追って話す。「・・・ふむふむ。ミュージシャンという選択肢も否定されなかったということか。」
「はい。」
「この夏に明達と新京市公会堂でセッションする前に話したと思うが、自分の腕で飯食ってるプロからしても、祐司君のギターの腕前は十分プロとして
やっていけるだけのものを持っていると評価されたし、俺もそう思ってる。実力に加えて真面目さという社会人に必要な要素を十分持っている祐司君なら、
教官の言ったとおり、どの道に進んでもやっていけるだろうな。」
「あえて言うならどういうライフスタイルを考えているか、ってことね。祐司君が単独で生活していくなら、正直言ってマスターがやって来たような
ミュージシャンっていう道は厳しいと思う。どの程度お金がもらえるかは交渉と実力次第でしょうし、最初から十分なお金が貰えるっていう保障は
何処にもないし。その辺のところ、晶子ちゃんとは相談したことがある?」
「はい。・・・マスターと潤子さんを前にしてこんなことを言うのは誤解を生むかも知れませんけど、このまま二人揃って此処で働かせてもらって、
何処かのアパートで一緒に住むっていうことも考えてるんです。その場合、此処で働かせてもらう時間とか曜日とか、俺が働くのは此処のみなのか、
桜井さん達みたいに小宮栄周辺のジャズバーとかに出入りするのを混ぜるのかどうか、とか色々ありますけど・・・。」
「晶子ちゃんは進路をどう考えてるの?」
「私は祐司さんと一緒に暮らすことを念頭に置いてます。」
「公務員とか会社員みたいに世間一般でいうところの一般的な職に就くか、さっき祐司さんが言ったように、このまま此処で働かせてもらうか、
それは祐司さんとは勿論、マスターと潤子さんにも相談して、一番適切と思う選択肢を取ろうと思ってます。」
「今から言うことを結論に直結させないで欲しいんだが・・・。」
「この店の利益は、祐司君と井上さんが入ってきて以来右肩上がりなんだ。特にこの夏の新京市公会堂でのコンサート前からはもの凄い。
おかげで祐司君と井上さんには割に合わない働きをしてもらってるけどね。」
「「・・・。」」
「祐司君と井上さんが抜けた穴を埋めるだけの子が来てくれる保障はないから、出来ることなら祐司君と井上さんにはこのまま此処で働いて欲しい、というのが
俺と潤子の希望だ。これは前から潤子と話してたことなんだよ。言葉は悪いが、こんな貴重な財産を手放すのは勿体無い、ってな。」
「そういうこと。だから祐司君と晶子ちゃんには、二人が今後どうするかをよく考えて決めて欲しい、ってことだけ言いたいの。晶子ちゃんからは
さっき聞いたけど、祐司君も晶子ちゃんと一緒に住むことを念頭に置いてるんでしょ?」
「はい。」
「祐司君の返事を聞いて安心したわ。祐司君が晶子ちゃんと一緒に住むことを念頭に置いた上で進路を考えてるのなら、繰り返しになるけど、
二人でよく相談して決めてね。その結果此処でこのまま働くことになったとしたら、私とマスターは歓迎するわよ。」
「ありがとうございます。」
「お礼なんて良いのよ。祐司君と晶子ちゃんには本当に良くやってもらってるし、私とマスターは祐司君と晶子ちゃんの未来を応援してるから。
『別れずの展望台』で願掛けした先輩としても、ね。」
「さっき言ったことの重複になるが、俺と潤子が言ったことを結論に直結させないで欲しい、ということだけは忘れないでくれ。俺にも潤子にも、
祐司君と井上さんの未来を束縛する権利はないからな。」
「はい。」
「ご馳走様でした。お休みなさい。」
「おう、お休み。」
「ゆっくり休んでね。」
「はい。お休みなさい。」
「どれを選ぶかは・・・やっぱり最終的には祐司さん次第ですね。」
「・・・ああ。」
「俺がさっさと決断してりゃ、マスターも潤子さんも、それに晶子もこんな面倒ごとに巻き込まなくて済んだのにな・・・。」
「それだけ祐司さんの未来を真剣に考えてるってことですよ。マスターも潤子さんも、それに・・・私も。祐司さん自身は勿論ですけどね。」
「・・・。」
「真剣に考えてるからこそ、祐司さんの話を聞いたり、意見を言ったりするんだと思うんです。そうじゃなかったら耳を傾けたり意見を言ったりしませんよ。
見て見ぬ振りしますよ。面倒事に巻き込まれるのは御免だ、って。」
「進路指導の先生も、自分なりに真剣に進路を模索しているのは非常に良い、って仰ったんでしょ?そのとおりだと思うんです。祐司さんは良いことを
してるんですよ。だから、それを可能な限り続ければ良いんですよ。自信を持って。」
「晶子・・・。」
「私は祐司さんと一緒に居ますからね。ずっと・・・。前にも言いましたよね?離せって言っても離さない、って。私にとって『別れずの展望台』での願掛けは、
その言葉に運命的側面からの裏付けを得るためでもあったんです。」
「他人事みたいに言うな、って言われそうですけど・・・、精一杯悩んで苦しんで良いと思うんです。祐司さんの人生なんですから。その過程でマスターや
潤子さんや私が必要だと思ったら、相談を持ちかけて良いんですよ。少なくとも私はそう思ってますから。」
「・・・ありがとう。」
「こういう時・・・、次の休みには何処へ行こうかとか、少々気が早いけどクリスマスイブはどう過ごそうかとかで盛り上がるのが、今時のカップル
なんだろうけどな・・・。」
「私は所謂今時のカップルを望んでませんよ。それより、真剣に自分と相手の将来と向き合ってとことん話し合える関係を望んでます。だからこそ、
こうして今、祐司さんと一緒に居るんですからね。」
「・・・そうだよな。そうでなかったら、俺の将来についての話なんて聞きたくもないよな。」
「晶子の学科では、進路指導はないのか?」
「ありましたよ。」
「ありました、って・・・。過去形なのか?」
「ええ。後期の講義日程が発表された週の金曜にありました。講義のないコマで。」
「何で話さなかったんだよ。そんな大事なこと。」
「私の結論はずっと前に出ているからです。祐司さんと一緒に居ることを前提にして職を探す、って。」
「それが祐司さんの重荷になっているなら心苦しいんですけど、私はそれに生き甲斐を見出したんです。精神的にも、場合によっては金銭的にも
祐司さんを支えることに・・・。前に言ったかもしれませんけど、女性は、女性が、って言って前面に出るばかりが女性の人生じゃないと思うんです。
パートナーを色々な側面から安心させる、言い換えれば縁の下の力持ちとか黒子とか、そういう人生もあって良いと思うんです。私はそうしたいんです。
私にとって、公務員とかサービス業とか、肩書きやそれに伴う収入なんかはどうでも良いことなんです。」
「・・・進路指導の時にもそう言ったのか?」
「ええ。先生には、このご時世にそんな主体性のないことでどうする、って言われましたけど、私は自論を貫きました。最後には、君がそう考えてるなら
そうしなさい、って言われました。」
「・・・誤解しないで欲しいんだけど・・・。」
「どうしてそこまで俺にこだわるんだ?」
「ずっと一緒に居る、って決めた人とずっと一緒に居たいから。それじゃ駄目ですか?」
「これも誤解しないで欲しいんだけど・・・、今度こそ、っていう気持ちがあるからか?」
「ええ。」
「離せって言っても離さない、って言ったり、『別れずの展望台』に行きたいって言い出したのも、そういう気持ちが根本にあるからなのか?」
「ええ。」
「まだ進む道を決められないけど・・・、晶子のその大きな気持ちを・・・絶望に替えるようなことはしたくない。晶子の涙は嬉し泣きの時だけで十分だ。
比較対象にはならないかもしれないけど・・・、永遠と信じてた愛を失った時に刻まれる傷の痛みと辛さは分かるつもりだから・・・、そんな傷を負わせるような
ことはしたくない。否、しない。」
「祐司さん・・・。」
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