雨上がりの午後
Chapter 100 聖夜の楽宴−2−
written by Moonstone
「これからクリスマスに相応しい曲を彼女の歌声でお届けします。定番の『ジングルベル』、『赤鼻のトナカイ』、そしてこのコンサートでは
初めてお目見えの『Winter Bells』。続けて3曲、張り切ってどうぞ!」
客席からの大きな拍手の中、マスターがステージ脇のマイクスタンドからマイクを取って、晶子がそのマイクを受け取る。
晶子が正面を向いたのを見計らって、俺はシーケンサの演奏開始のフットスイッチを押す。
去年と違って潤子さんのアシストはない。ベルの音が混じる4小節分の演奏に俺はストロークを使った音を入れる。勿論音色はナチュラルだ。
多分目立たないだろうが、今からは晶子が主役だから、脇役は脇役に徹するのが一番だ。
イントロが終わると晶子の歌声が広がり始める。相変わらず流暢な発音で英語の歌詞とメロディをブレンドする。
客からはさっきとは違った、楽しむ感じの手拍子が起こる。
透明感のある、それでいて輪郭がはっきりした声がマイクを通して店内いっぱいに広がり、さっきまでのライブ会場の雰囲気を一気にクリスマスらしいものに
塗り替える。
晶子はステージ上を動き回りながら歌い、時折くるっと身体を回転させたりして見せる。
当然の如くフレアスカートの裾がふわりと浮かび上がり、客席からどよめきが起こる。
生憎だがミニスカートじゃないから下着は見えないぞ。見えたら別のショーになっちまう。
途中、俺が短いギターソロを入れて、晶子の歌は続く。
茶色がかった長い髪が照明を受けて煌き、動きに合わせて宙になびく。
普段はマイクスタンドに嵌ったマイクに両手を乗せて歌うことが多い晶子だが、去年同様、コンサートでは「見せる」ことにも力を入れている。
音合わせの時、汗だくになっていたのを思い出す。
『ジングルベル』がシンプルなエンディングを迎えると、俺は一呼吸置いてフットスイッチを押す。
晶子が歌う3曲は連続して聞かせることになっている。
去年とは違って『赤鼻のトナカイ』も俺と晶子だけだ。勿論アレンジもそれ様に変更されている。
演奏データはマスターと潤子さんが作ってくれた。『ジングルベル』同様ポップス調のアレンジだ。
俺はストローク中心のバッキングをシーケンサの演奏に乗せる。そこにやはり流暢な英語の歌詞がメロディとブレンドされて被さる。
客はリズムに合わせて身体を揺らしている。俺とマスターが演奏した時とはまた違うノリを感じ取っている証拠だ。
さっきまでの雰囲気を引き摺らないで自分色に変えてしまえる辺り、晶子の「上手さ」が向上したことを感じさせる。
これも『ジングルベル』同様、途中で短いギターソロを入れる。歌がメインだからソロは晶子の休憩時間のような位置付けだ。
だからと言って勿論疎かには出来ない。ナチュラルな音色で曲の雰囲気を壊さないソロを奏でる。客の反応は上々だ。リズムに乗っているのがよく分かる。
ちょっとユーモアを含ませたエンディングを迎えると、一呼吸置いてフットスイッチを押す。
コンサートでは初披露となる『Winter Bells』だ。リクエストが多くて慣れているとは言え油断は禁物。ベルの音と合わせて音を刻んでいく。
日本語の歌詞が流れる中、俺はバッキングに専念する。とは言え、リズムに合わせて身体が自然に揺れる。
これは演奏に身体が馴染んでいる証拠だから一向に構わない。むしろ直立不動の方が気味悪く見えるだろう。
サビでは晶子の声に加えて男性コーラスが入る。これは何とマスターのものだ。
今までのステージではなかったんだが、今回のステージ向けてマスターが温めて来たものだ。
音合わせで初めて聞いた時は流石にびっくりしたが、これがなかなか様になっている。
客も驚いた顔こそしているものの、手拍子や身体のリズムは崩れない。
途中のソロはシーケンサが担当する。
後半ではマスターのコーラスも入る。これも曲の雰囲気を壊すものではない。
サックスの腕前に加えてコーラスまでこなせるとはな・・・。マスターの音楽性の豊かさを実感する。
サビをもう一回通してエンディングに入る。
これが意外に長くて男性コーラスが続く部分だったりする。しかし、マスターのコーラスが曲の雰囲気を壊すことなくベルの音と共に店内に響く。
その間、晶子はリズムに合わせて軽快に体を揺らしている。そしてラストを白玉で飾って終わりだ。
全ての音が止むと同時に拍手と歓声と指笛が飛び回る。
晶子は客に向かって一礼して姿勢を戻すと、頭を下げた際に前に流れた髪をかきあげる。その仕草で客席からどよめきが起こる。
男性ファンを潤子さんと二分する晶子ならではの光景だな。ちょっと羨ましいような気がしないでもない。
「皆さん、如何でしたかー?」
「最高ー!」
「井上さーん!」
マスターの呼びかけに呼応した客が様々な歓声を上げる。晶子は小さく手を振ってそれに応える。
後ろからではどんな表情なのか分からないが、多分はにかんだ笑顔を浮かべているんだろう。
「さて、盛り上がり過ぎて皆様の頭が沸騰するといけませんので、静かな、しっとりとした雰囲気に浸っていただきましょう。日曜恒例とも言える
潤子の『energy flow』、主役に脇役に見事なギターを聞かせてくれる安藤くんの『AZURE』、そして今年の新曲『Like a star in the night』を
井上さんと潤子のペアでお届けします。お楽しみください。」
マスターの紹介が終わり、俺と晶子、そしてマスターは潤子さんと入れ替わる形でステージから降りる。
ステージ脇に待機していた潤子さんは、俺と晶子とすれ違った瞬間、「良いステージだったわよ」と一言残していった。
ステージ脇に下りた俺は、潤子さんの言葉が胸にじわじわと広がってくるのを感じる。たった一言でも誉めてもらえるとやっぱり嬉しいものだ。
客席はさっきまでとは打って変わって、水を打ったように静まり返っている。
ピアノの前に腰掛けた潤子さんの演奏が今から楽しみだ。
全員の視線がステージに集中する中、潤子さんは鍵盤に手を添える。
波一つない湖面のような空気の中に、ピアノの音が一音一音波紋のように広がっていく。自然なテンポの揺れが心地良い。
マスターの紹介どおり日曜恒例となっているにも関わらず、今尚この曲のリクエストは絶えることがない。
曲の知名度も一因だろうが、潤子さんが生でピアノを聞かせるところが人気の大きな要因だと思う。
どんな高級オーディオでCDを聞いたところで、生のピアノ音には敵わない。
勿論、原曲の演奏に引けを取らない潤子さんの腕前があってこその話だが。
曲は時折クイを交えながら、抑揚豊かに店内に響く。
ピアノはギターと同じで打弦の強さで音量は勿論音色も変わってくるが、潤子さんの演奏はそれを見事なまでに生かしている。
ピアノと一体になっているという表現が相応しい。本当に潤子さんの過去が知りたい。
曲は高音部の響きを生かした、青葉から零れ落ちる朝露のような部分を通り、高音部で静かにメイン部分を聞かせた後、ピアノの持つ豊かな響きを
存分に使って再びメイン部分を聞かせる。
そして曲は緩やかにテンポを落としながら味わい深い響きを残してラストを迎える。
潤子さんの手が鍵盤から離れるとパラパラと拍手が起こり、それが一気に客席全体へ波及する。
聞き入るあまり拍手をするタイミングも忘れてしまっていたようだ。
かく言う俺自身、客席の拍手を聞いて拍手を始めた。
もの凄い音量の拍手を前に、潤子さんは席を立って一礼すると、まるで何事もなかったかのようにステージを下りてくる。
まだ拍手は止まない。止みそうにない。それだけのものがあの演奏にはあったと思う。
「ほら、祐司君の出番よ。」
潤子さんに言われて、俺はようやく我に帰ってステージに上る。
まだ歓喜の拍手が残る中、俺は椅子を前に持って来てアコースティックギターのストラップに身体を通し、椅子に腰掛けて適当に弦を爪弾く。
そのせいか、まだ残っていた拍手が波が引くように消える。
別に黙れという意味でやったんじゃないんだが、結果的に演奏と静聴の−俺が言うべきじゃないか−態勢が整ったんだから、良しとしよう。
俺はフットスイッチを踏んで頭の中で4拍分のリズムを刻んだ後、演奏を始める。シーケンサが演奏するピアノのリズムとぴったり噛み合う。
最初で躓くともう手の施しようがなくなるので、音合わせでも入念にチェックしたが、その甲斐はあったようだ。
これは今年厳しい時間的制約の中でデータを作った、言わばフルバージョンだ。
シーケンサの演奏を従えて、俺は弦を爪弾く。
シーケンサに合わせるんじゃなくてシーケンサを従える。これが簡単なようでなかなか難しい。
自分が前面に出られる数少ない曲ということもあって、つんのめったりモタったりしないように練習を繰り返した。
・・・良い感じで指がフレットの上を動き、弦を爪弾く。ギターが俺の身体の一部になったような気がする。
シーケンサが様々な音を奏でる中、俺はひたすら弦と絡む指の動きを注視する。
指が滑らかに動き回り、音を紡ぐ。複雑なフレーズも難なくこなせる。
今日は特に調子が良い。ステージと練習を重ねてきた甲斐があったというもんだ。
俺は自然と目を閉じる。指が自然と動いてくれるから心配は要らない。
暗闇となった瞼の向こう側で、俺のギターとシーケンサの演奏が絡み合う。・・・良い感じだ。
そしてラスト。再び目を開けてフレットノイズを残しながら音程の階段を駆け上がり、ダウンストロークで締める。
音の響きが消えたのを確認して俺が顔を客席に向けると、それを待っていたかのように大きな拍手が沸き起こる。
潤子さんの演奏に及ぶものだったかどうかは兎も角、俺なりに十分満足の出来る演奏が出来た。それで十分だ。
俺は立ち上がって椅子を持って奥へ下がる。
拍手が自然と手拍子に変化してステージに上がった晶子と潤子さんを向かえる。
俺はギターを素早くエレキギターに変えて、晶子がステージ中央に立ち、潤子さんがピアノの鍵盤に手を添えたのを確認して、シーケンサになっている
パソコンのマウスを動かしてスタートボタンをクリックする。
4小節分の星の煌きを思わせるシンバルワークの後−これは潤子さんの制作だ−、潤子さんのピアノが入る。
曲の始まりを知らせるシンバルワークは入っているが、それ以降暫くはピアノとヴォーカルのみで乗り切らないといけない。テンポ計測が最重要課題だ。
そのためか、晶子と潤子さんは凄く熱を入れて練習していた。
ピアノのイントロが終わると晶子のヴォーカルが加わる。今回はマイクスタンドにマイクを挿して両手をマイクに重ねるというスタイルだ。
この手の曲にはこのスタイルが合っていると思う。
澄み切った夜空の星を思わせる晶子の声が店内にこだまする。俺は左手をギターのフレットに添えて聞き入る。
俺の出番は後半だし、添え物程度のものだ。
晶子の切なさを帯びたヴォーカルが徐々に盛り上がり、潤子さんのピアノと絶妙に絡む。
そしてバッチリのタイミングでベースやドラムなどが入ってくる。練習の甲斐があったというものだ。
曲はサビに入り、タイトルどおり、夜空の星のような煌きと鮮やかさを帯びた旋律が耳に心地良い。
そうこうしているうちに曲は一度基本テーマをリピートして間奏に入る。
間奏と言ってもこの曲はここがかなりややこしい。
晶子はヴォーカルからコーラスに発声を切り替え、潤子さんのピアノが熱を帯びる。それでもテンポが崩れないのはやはり練習の賜物か。
曲の盛り上がりが最高潮に達したところで演奏がぷっつりと途絶えて、晶子の情感たっぷりの英語の台詞が発せられ、それに続いてストリングスの
駆け上がりを伴ってヴォーカルが再開される。ここでようやく俺の出番だ。
とは言ってもこの曲でのギターは添え物的位置付けだ。でも疎かには出来ない。メインのヴォーカルを引き立たせる脇役に徹する必要がある。
転調したサビが切なく、胸に響く歌われた後、シンプルなピアノの高音部のフレーズがラストを締めくくる。
客席からパラパラと拍手が起こり、それが一気に津波と化してステージに押し寄せてくる。
晶子と席を立った潤子さんが客席に向かって一礼する。それを受けてか拍手に歓声が加わり、客席は大盛り上がりの様相を呈する。
「えー、皆様。お気持ちは分かりますがくれぐれもステージに上がろうとしたり、押し合ったりしないようにご注意願います。」
マスターの声でどうにか客席の興奮が収束へ向かう。
それでも客の表情は輝きに満ちている。それだけ満足しているという証拠だろう。
演奏する側にしてみれば、客の満足そうな顔を見られて嬉しくない筈がない。
「ここからは様々なペアでの演奏をお楽しみいただきましょう。4人居ますとバリエーションも広がるものです。曲が多いので、適度にMCを挟みながら
続けていきたいと思います。」
マスターのMCに客席が拍手や指笛で応える。
ステージに上がっていたマスターは、次第に中央付近へ向かいつつ、俺の方を向いて手招きする。前に出ろという合図だろう。
俺はギターを引っ掛けたまま前に出る。何時の間にかその横には潤子さんが居たりする。
「まず今日はじめてご来店の方向けに、簡単にプレイヤーをご紹介しましょう。皆さんの正面向かって一番左側が、ピアノ担当の渡辺潤子です。
店では主に料理を担当しております。リクエストタイムでは基本的に日曜のみ登場します。」
客席から「潤子さーん」という声を多数交えて拍手や指笛が起こる中、潤子さんが一礼する。その次は・・・やっぱり俺か?
「その右側が、恐らくメンバーの中で主役に脇役にと一番忙しい、ギター担当の安藤祐司君です。店では接客専門です。学業が非常に多忙な中、
ギター演奏に加え、シーケンサのプログラミングもやってくれています。」
客席から「安藤くーん」という声を幾つか加えて、拍手や指笛が飛んで来る。俺は客席に向かって一礼する。
「更にその右側が、ヴォーカル担当の井上晶子さんです。店では接客と料理を担当しています。この店で働くようになってまだ1年弱ですが、
男性客の人気を潤子と二分するまでに成長した注目株です。」
客席から「井上さーん」という声を多く交えて拍手や指笛が起こる中、晶子は一礼する。
「そして私。この店のマスターをやっております、サックス担当の渡辺文彦です。店ではコーヒー作りと洗い物担当です。念のため申し添えておきますと、
お気づきの方も居られるかもしれませんが、ピアノ担当の渡辺潤子とは夫婦です。信じたくないかもしれませんが、これは事実です。」
笑い声や「女殺しー」などという声−やっかみか?−を多分に交えて拍手と指笛が飛び交う中、マスターは一礼する。
「以上4人のメンバーが今からペアを組んで曲をお届けします。まずは久々登場の私と潤子のペアで『WHEN I THINK OF YOU』、安藤君と井上さんのペアで
新曲の『Tonight's the night』、そして安藤君と私のペアで『HIP POCKET』。まずこれら3曲をお聞きいただきましょう。」
客席から大きな拍手が起こる中、4人揃って一礼した後、俺と晶子はステージから降りる。
そしてマスターはマイクスタンドにマイクを挿してアルトサックスに持ち替え、潤子さんは「指定席」とも言えるピアノの前に座る。
去年の演奏曲にも含まれた、このペアならでは曲とも言える『WHEN I THINK OF YOU』。さて、存分に聞かせてもらうことにしましょうか・・・。
静まった店内に潤子さんのピアノが響く。
この曲ではシーケンサを使わない。元々終始サックスがメロディを奏でてピアノがバッキングを担当する曲だし、サックスとピアノだけで纏めても十分だと思う。
ベース部分は潤子さんがピアノの低音部分を使って表現する。
シンプルなだけに誤魔化しが効かないから、二人のコンビネーションがより問われると言えるだろう。
リラックスしていたら眠ってしまいそうなテンポでのイントロの後、マスターのサックスが甘く切ない音色を響かせる。
マスターのサックスを聞いて何時も思うことは、曲に応じて時に熱く、時に切なく謳い上げるというところだ。
単にメロディをなぞるだけじゃない、楽譜にいちいち書かれない曲の表情や感情を表現するところは凄いと思う。
それは潤子さんにも言えることだ。
潤子さんのレパートリーは元々スローなものが多いが、単にテンポを落としただけじゃない、
88の鍵盤で構成される音域と鍵盤を叩くことで構成される音量を巧みに、しかし自然に組み合わせて謳い上げるということをやってのけている。
これは兎角テクニックや音色いじりに走りがちな俺の重点課題だと思う。
サビの部分でも甘さと切なさを存分に保ちつつ、否、より強調して、しかも無理なくサックスとピアノが歌う。
シーケンサが刻むリズム音もなければメトロノームさえもない中で、サックスとピアノがぴったりと息を合わせて心地良く歌う。
俺は自然とリラックスして曲に聞き入る。閉じた瞼の奥に言葉では上手く表現出来ない風景が浮かぶ。
何と言えば良いんだろう・・・。曲のタイトルである「私が貴方を想う時」の心理を絵に描いたようなものと言えば良いんだろうか?
甘く切ないサックスのメロディとそれを支えるピアノのバッキングが、その何とも言えない風景を描く。
曲は何時の間にか最後のサックスソロを終え、たっぷり含みを持たせた後、サックスが自分の想いを切々と謳い上げるようなフレーズを奏で、
ピアノが高音部のシンプルなフレーズを追加する。
目を開けると、マスターがサックスのリードから口を離し、潤子さんが顔を上げるのが見える。
音の響きが完全に消えたところで、一斉に大きな拍手と歓声が沸き起こる。俺も無意識に手を叩いていた。
聞く度に聞く者の心をよりしっかり捉える曲に昇華されていっているように感じる。
このアレンジでのこの曲は、マスターと潤子さんの二人だからこそ演奏出来るものだろう。
客席に向かって一礼するマスターと潤子さんに、惜しみない拍手と歓声が送られる。
潤子さんがステージから降りてくる。その額には幾つもの汗の雫が浮かんでいる。
あんなテンポの曲でこうなるということは、それだけ演奏に入れ込んでいたという証拠だろう。
「潤子さん、凄かったですよ。」
「聞いてて感動しました。本当に凄いですね。」
「ありがとう。さ、次は貴方達の番よ。頑張ってね。」
そうだ。次は俺と晶子の番だ。俺は晶子と共にステージに上がる。
客席の拍手と歓声がざわめきへと変わる中、俺は急いでギターのストラップに身体を通し、念のためパソコンの画面が演奏曲のデータを表示して
待機中になっていることを確認して、フットスイッチの場所に着く。
晶子はステージ中央に立った、マイクが挿入されたマイクスタンドの前に立っている。
俺は晶子の準備が完了したことを確認してフットスイッチを押す。
シンプルなスネアドラムの1拍分のイントロを合図にして、本格的な−変な表現だが−イントロに入る。
俺の奏でる基本フレーズにシーケンサが奏でるブラスセクションが加わる。
さっきとは全く違う、ハネたリズムの軽快な雰囲気に、客席から自然に手拍子が起こる。
晶子はリズムに合わせて身体を揺らしている。ぎこちなさが全くなく、リズムに乗っているのが良く分かる。
俺はメロディを奏でていく。
8小節プラス4小節のフレーズを弾き終えたところでチラッと晶子を見る。
サビの部分でブラスセクションに混じって晶子がコーラスを入れる手筈になっている。頼んだぞ・・・!
何のことはない。晶子は透明感のある明瞭な声でコーラスを入れる。俺は安心して自分のパートに専念する。
うっかりしているとコーラスとブラスセクションで自分のパートを見失ってしまう。だから練習の時に最も力を入れた部分だ。
無事にサビを乗り切った俺は、4小節フレーズを演奏して、続いてブラスセクションなどと合わせて音程の階段を一段ずつ下り、ソロに入る。
この曲のソロは2種類あって、原曲では前半はエレピ、後半がギターなんだが、このアレンジでは全てギターで演奏する。
音色はエフェクターをフットスイッチで切り換えて、原曲に近いものにしている。
まずはエレピの部分。強弱や休符、クイを交えた表情豊かなソロを奏でる。
決して難しくはないが表情の豊かさが問われる部分だ。俺は弦を弾く強さを意識しながら演奏を進めていく。
エレピの部分が終わると直ぐにエフェクタを切り替えて、歪みが良い感じで効いた、いかにもエレキギターという音色でのソロに移る。
ここはノリの良さが特に重要な部分だ。リズム自体がハネているから意外に難しい。
日本人はこういうリズムは不得手だという。だからと言って平坦にしてしまったら話にならない。
音のツブを際立たせ、音の伸びを聞かせる。
長いソロが終わると、再びサビに入る。
晶子も軽快に身体を揺らしながらコーラスを入れる。
ここでのコーラスは基本部分と幾分違うが、晶子は流石に英語が得意というだけあって、誤魔化さずにきちんと歌っている。
さて、ここが終わるといよいよ・・・。
サビの繰り返しだが、俺のギター音が前面に出て晶子のコーラスともユニゾンする部分に入る。ここがこの曲一番の決め所だろう。
俺はノリを大切に、歌うように演奏する。
ギターの音と晶子の声が良い感じで重なり合って店内に広がる。
それが終わると、最初の部分を演奏してフィニッシュだ。
ブラスセクションと共に音の階段を一段ずつ下りて、ラストはブラスセクションの音の中で俺がシンプルなフレーズを演奏して、最後の音を
ブラスセクションの音の伸びに合わせて締める。
決まった。
そう思った瞬間、客席から大きな拍手と歓声と指笛が飛んで来る。
それを受けて俺は自然と表情が緩むのを感じる。
俺は満足げな横顔を見せる晶子の腕を取って高く掲げる。晶子は一瞬驚いたような表情を見せるが、直ぐに嬉しそうな笑みを浮かべて客席に向き直る。
指笛が数を増したように思えるのは気のせいじゃないだろう。
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