雨上がりの午後

Chapter 99 聖夜の楽宴−1−

written by Moonstone


 いよいよこの日がやってきた。喫茶店「Dandelion Hill」クリスマス恒例のクリスマスコンサートだ。
24、25日の両日に行われるこのコンサート、去年は初めてでマスターと潤子さんの指示を仰ぐだけで精一杯だったが、今回は自分が何をすべきかそれなりに分かる。
朝食後、四人がかりでテーブルや椅子をステージの両隅に持っていって積み重ね、飾り物を窓に飾る。
 今回は去年以上の客の入りが予想されるということで、テーブルと椅子を全部片付けることになった。
ライブ会場でよくあるオールスタンディングというタイプだが、この方がより多くの客を中に入れられる。
折角来たのに入れないから諦めて帰る、なんてのは寂しい話だしな。
 昼食と休憩を挟んで客を入れる準備が着々と整っていく。
ふと窓の外を見ると、もう店の前に数人の人が来ている。まだ開店の18:00まで2時間あるというのに・・・。
今日24日と明日は通常営業じゃなくてクリスマスコンサートをするという告知は12月に入って直ぐにしてあるから、何をやっているんだろうと不思議に
思っている人は多分あまり居ないと思う。人伝に話を聞いて今日初めて店を訪れるという人は居るかもしれないが。

「お待たせしました。押さないで順序良く奥に入ってください。」

 夕食を済ませて、準備用の汚れても良い服からステージに上がるための服に−俺は白のシャツに黒のブレザーとズボンだ−着替えた俺は、
ドアを開けてプレートを「CLOSED」から「OPENING」に切り替えて客を店内に誘導する。
 予想どおり、否、それ以上に凄い人の列だ。行列は絶えることなくどんどん店内に吸い込まれていく。
奥の方からは「前の方に詰めてください」という晶子の声が微かに聞こえる。
カップルや友人達らしい人の話し声がかなり大きなざわめきになって、奥の方の声をかなりかき消してしまう。
テーブルと椅子を全部片付けたのは正解だったな・・・。
 店内は瞬く間にいっぱいになった。
俺はドアを閉め、どうにか客席部分まで押し込んだ客の間を潜ってステージへ向かおうとするが人垣が固くてどうにもこうにも進めない。
俺は予め打ち合わせしておいたとおり、両手を上げて交差させる。「そっちへ行けない」という合図だ。
すると、先にステージに上がっていたマスターの声が店内に響く。

「すみません。演奏者が通りますので道を開けて下さい。」

 マスターの声で客の視線が俺の方に集中したかと思うと、人一人何とか通れるくらいのスペースが出来る。
俺は客にこれ以上窮屈な思いをさせないようにと、急ぎ足でステージに向かう。
 ステージに向かって左からマスター、俺、晶子、そして潤子さんの順に並んだところでまずは揃って一礼する。すると客席から拍手が起こる。

「皆様、こんばんは。本日はようこそ当店のコンサートへお越しくださいました。多数のご来場、誠にありがとうございます。」

 マスターの言葉に観客が拍手や指笛で応える。
ステージの上に居る者としては嬉しい反面、期待という強烈なプレッシャーを感じるものだ。
だが、今更泣き言を言ってはいられない。もう始まったんだから。

「今年は昨年以上のご来場を見込みまして、これまで用意しておりましたテーブル席と椅子席を全て撤去し、オールスタンディングの形式とさせていただきました。
そうしましたところ、予想以上に多くの方にご来場いただきまして、正解だったようです。」

 客席から笑いが起こり、続いて再び拍手が起こる。

「昨年から実力の備わった二人が新たに加わり、本年もその二人が揃ってステージに上がることになりました。二人は学業で忙しい中新曲を用意し、
今回のステージでも披露します。勿論、オリジナルメンバーである私と潤子も新曲を用意しています。少々手狭ではございますが、その分お楽しみいただければ
幸いです。どうか宜しくお願いいたします。」

 そう言って一礼するマスターに倣って、俺と晶子と潤子さんが一礼する。
客席から万雷の拍手が沸き起こる。期待の表れだろう。この一月あまり、殆ど毎日満員御礼状態だったからな。
客の顔触れを見ると、常連に混じって初めて見る顔がある。人伝でコンサートの話を聞いて訪れた客だろう。これをきっかけに店の常連になるのかもしれない。

「では聖夜の調(しらべ)は、『清しこの夜』から始めることとしましょう。ピアノの美しい音色をご静聴ください・・・。」

 マスターが洒落た言葉を言って、黒のスーツと黒のパンプスで固めた潤子さんを残してステージから降りる。
去年も確か最初は「清しこの夜」で始まったよな。これは俺と晶子がこの店でバイトをするようになる前からの「定番」なんだろうか?
潤子さんはピアノに座って長い黒髪をさっとかきあげる。その仕草に客席からどよめきが起こる。確かに様になってるよなぁ・・・。
 一転して静まり返った店内に、ゆっくりと一呼吸置いてクイ(註:和音のこと)とアルペジオが混じった旋律が流れる。
ゆったりとしたテンポで荘厳さを感じさせる。
去年聞いたイントロと違うように思う。もしかしたら潤子さん、毎年イントロをアレンジして演奏しているんだろうか?
だとしたら相当の腕前だ。潤子さんがどんな生い立ちなのか知りたくなってくる。
 4小節分のイントロが終わると、少しだけ間を置いて−これはなかなか憎い演出だ−、主旋律とアルペジオが混じった音が客席に可憐に響き渡る。
緩やかに揺れるテンポは聞き苦しさを感じさせず、逆に心地良ささえ感じさせる。このあたり、やはり潤子さんの有無を言わせぬ上手さが感じられる。
本当にどういう生い立ちなんだろう?益々気になってくる。
 そうしていると、メロディがクイになり、アルペジオも高温から低音までフルに使ったものに変化していく。
本当に聖歌隊が合唱しているかのようだ。感嘆が混じった表情を浮かべている客も居る。
これは本当に凄い。去年にも増して客に聞かせる「何か」を加えたように思う。俺は半ば呆然と、ピアノを弾く潤子さんを斜め後方から見詰める。
 徐々にテンポを落とし、ピアノの高域と低域を使い分けた、聖夜の調と呼ぶに相応しい響きを残して、ピアノの一音一音の響きをより大切にした感のある
エンディングを迎える。
最後の音の響きが消え入っても客はまだ反応を示さない。潤子さんが鍵盤から手を離し、立ち上がったところでようやく客席から大きな拍手が沸き起こる。
客も音の響きを最後まで聞き漏らすまいとしていたんだろう。もうここまで来ると流石としか言いようがない。
潤子さんは割れんばかりの拍手の中で一礼して、ステージから降りる。

「凄いですね、潤子さん。」
「感動しました。一体何時練習してるんですか?」
「喜んでもらえて光栄だわ。練習は普段からちょくちょくやってるわよ。お店が終わってからとか。」

 潤子さんは笑みを浮かべてさらりと言ってのける。
潤子さんは店に加えて家事もあって忙しい筈だ。それで練習する時間を確保するのはそう簡単に出来ることじゃない。
その限られた時間を充実したものにするよう、常に心がけてるんだろう。
息抜きを兼ねている部分もある俺としては、少しは見習った方が良いのかもしれない。

「ご清聴くださいまして、ありがとうございます。」

 拍手が鳴り止まない客席に向かって、ステージに駆け上がったマスターがマイクを通して話し掛ける。それで拍手がようやく収束へ向かう。

「皆様、コンサートはまだ始まったばかりです。手の叩き過ぎでこれから拍手出来なくならないようにご注意願いますね。」

 マスターのユーモアの混じった言葉に客席から笑いが起こる。本当にマスターはステージ慣れしている。
MC(註:Master of Concertの略。司会進行のこと)が上手いと客席の盛り上がりも増す。これは一応高校時代バンドで何度もステージに上った経験で分かる。
もっともその時のMCは、話し下手な俺じゃなくてリーダーのヴォーカルの奴がやっていたが。

「さて、気分が洗われたところで、私と安藤君がペアになってノリの良いナンバーをお届けしましょう。『Head Hunter』、『Jungle Dancer』、
そして『HIGH TIME』です。さあ、今度は一転してライブ会場になりますよ。頑張ってついて来てくださいね。」

 いよいよ俺の出番がやってきた。
新曲は二曲共マスターがデータを作ってくれた曲で、店の暇を狙ってたまに披露してきたが、客席の反応は上々だった。
内容を知っている俺は、ひたすら自分のパートを練習してステージに臨んで来た。
常連でもあまり耳にしたことがない曲だと思うが、ノリの良さは間違いないだろう。
 マスターはマイクをマイクスタンドに引っ掛けてアルトサックスの準備を整える。俺はステージに上がってエレキギターを準備する。
店内にぎっしり詰まった客を見て俄かに緊張が高まる。俺は気付かれないように何度か深呼吸をしてサックスを構えたマスターの右横に並ぶ。
シーケンサのスタートは俺の役目だ。
俺はエフェクターの組み合わせをフットスイッチで選んで、一呼吸置いてシーケンサの演奏開始のフットスイッチを押す。
 スネアの威勢の良い1小節分のイントロの−これは演奏を始めやすいようにとマスターが作ったものだ−4小節目で、俺がギターのグリスを
(註:音程を上或いは下に滑らせること)入れる。そして忙しい演奏が始まる。
基本は8小節分だが、これがなかなか忙しない。アップテンポのリズムに乗せて基本フレーズを奏でる。
 マスターのサックスが入る。ブロウの効いた音色だ。よく似た感じの2小節を4回繰り返す感じだが、その間も俺の忙しないフレーズは続く。
それが終わるとマスターが引っ込み、俺はエフェクターを切り替えてメロディを奏でる。
音色はバッキングをやっていたときとは違って、ちょっとうねるような感じだ。ヴォーカルのような音色を生かした、メリハリのある演奏を心がける。

 それを8小節分続けた後、エフェクターを元に戻して最初より更に忙しないフレーズを演奏する。そこにマスターのサックスが絡む。
サックスは8小節分演奏したら一旦引くが、俺はひたすらギターと格闘しなければならない。この曲は本当にギター泣かせだ。客席からの手拍子が心強い。
 引っ込んでいたマスターが、サックスのソロを入れてくる。転調を挟む中、マスターのサックスはあくまでも自由で力強いフレーズを聞かせる。
やや前のめりの姿勢でサックスを奏でるマスターをちらちら見ながら、俺は近付いてくる自分のソロに向けて心を固める。
幸いにもソロの前4小節ではギターは白玉になるので、俺はオーバーアクションを交えてタイミングを計る。
 マスターのソロが終わると直ぐに俺はソロに入る。ソロの難度はそれほど高くないが、こういう曲ではノリが何より重要だ。
俺は身体を少し逸らしてギター演奏をアピールしてみせる。
一旦曲が止まるところで、俺は弦を掻き鳴らした腕を大きく振り上げて動きを止める。そしてグリスに続けてソロを再開する。
・・・うん、なかなか決まったんじゃないだろうか?

 そしてギターソロが終わると、再び忙しないバッキングに戻る。
ここからはほぼサックスの独壇場になる。俺はリズム感を崩さないように注意しつつ、客によりノってもらうために、リズムに合わせて身体を揺らして見せる。
最後のソロに突入すると、マスターのサックスも更に熱を帯びてくる。
忙しないことこの上ないバッキングをこなしながら、俺はマスターとのセッションを楽しむ。
マスターは身体を前後に傾けて、音の伸びや細かさを表現する。本当にマスターはサックスと一体になっている感じがする。

 難度の高い、肺活量も試されるフレーズを見事客席に向かって放って間もなく、曲は少々呆気ない形で終わる。
客はやっぱり少し戸惑ったようだが、程なく拍手や指笛が飛んで来る。
俺とマスターは客席に手を振ってそれに応えつつ、再び演奏の準備を整える。俺はマスターと目配せした後、シーケンサの演奏開始のスイッチを押す。

 コンガの音に続いて、俺がエフェクターとアームとボリュームをブレンドして動物の鳴き声を奏でてみせる。客席から手拍子に混ざってどよめきが起こる。
この曲は去年のコンサートでも演奏したし、今までも時々演奏してきたんだが、動物の鳴き声をギターで表現するところでは客の注目が集まるのを感じる。
やはり物珍しいんだろう。
 それが終わると暫くは俺がステージの主役になる。『Head Hunter』とは逆のパターンとも言える。
テンポの割に細かいフレーズを、シーケンサの楽器音と客の手拍子に乗せて奏でる。
自分が前面に出る分、責任は大きい。リズムを崩さないように注意しながら、しかしあくまで軽快なノリで演奏を続ける。
 マスターのサックスが入って来て俺のギターとユニゾンする。
俺がソロで弾いていたメロディと殆ど変わらないが、サックスが混じると、ギター単独では味わえない音の響きの豊かさを感じる。
片や弦を爪弾く楽器。片や息を吹き込む楽器。性質が違うものが上手く絡み合うと、演奏している方も気持ち良くなる音になるんだろう。

 俺とマスターが交互にソロで演奏して、1小節だけ細かいフレーズをユニゾンしてみせてから俺のソロに入る。
序盤はアームやボリュームを加えてちょっとしんみりした感じで、中盤以降は音のツブを際立たせる感じで演奏する。
こうするとメリハリが効いて良い感じになる、と、CDの「手本」と自分の演奏を比べて気付いた。それにボリュームは見落とされがちだが重要な要素だと認識した。
 続くシンセ音のソロは、マスターがエフェクターを介した音色で聞かせる。
こういうホワンとした感じの音色は息を使う楽器の方が表現しやすいと個人的には思う。
去年は本番でいきなり披露してくれたので俺もちょっと驚いたが、今回は音合わせの過程で耳にしているから驚くことはない。
だが、客の中には、マスターがサックスを吹いているのに音がサックスと全然違うことに驚いている様子がちらほら見える。
この辺はステージに上がる者だけが知る秘密だと言って良いだろう。
 それが終わるとシーケンサの演奏が止まり、「元に戻った」サックスと俺のギターのユニゾンに入る。
ここは演奏し辛いところだし、客も戸惑っているらしく手拍子が乱れている。
だが演奏者が演奏を乱すわけにはいかない。俺はテンポを頭で計りつつ、マスターと息を、音を合わせる。
 駆け上るようなフレーズのユニゾンが終わると、俺にとってのここ一番の見せ場に入る。ギターで動物の鳴き声を表現するところだ。
自分の手足をフル動員して様々な動物の鳴き声を表現すると、客席から元に戻った手拍子に加えてどよめきが起こる。
最後の狼の遠吠えのようなところは、ボリュームを丁寧に操作して、より「らしく」する。するとより大きなどよめきが起こる。
手拍子が拍手に変わる。どうやら喜んでもらえたようだ。
 そして曲は再び俺のソロ、マスターとのユニゾン、俺のソロ、マスターのソロと流れていく。
最後のマスターのソロの部分では、俺がコーラスにも喩えられる緩やかな伸びのあるフレーズを奏でる。
簡単だからといって疎かには出来ない。逆にこういうところでミスが目立ったりするんだよな。

 最後は去年同様、俺とマスターのユニゾンに続いて、フェードアウトしているシーケンサの楽器音の中で俺が動物の鳴き声を模した音を出して締める。
音が消えるに従って手拍子が消えていく。そして店内が一瞬静まり返った後、大きな拍手と歓声、そして指笛が沸き起こる。
俺とマスターは手を振ってそれに応える。良い気分だ。
しかしそれに浸り続けているわけにはいかない。次の曲が控えているからだ。
俺とマスターは準備を整えた後、目配せをして俺がシーケンサの演奏開始のフットスイッチを押す。

 曲はサックスとギターのユニゾンで幕を開ける。
マスターのパートは本来EWI(註:Akai Professional製のウィンド・シンセサイザ)なんだが、マスターはあえてサックスで挑む。
何でもEWIは使ったことがないそうだ。
 それに続いてシーケンサのロック調の演奏に合わせて、俺がディストーションを効かせた、いかにもロックといった感じの演奏をする。
観客の手拍子が熱い。こうしていると高校時代のバンド演奏を思い出す。
ロックじゃギターはヴォーカルに匹敵する存在だからな。だが、この曲はバッキングに終始するわけじゃない。
 エフェクターをユニゾン時のものに切り替えて、再びマスターとメロディをユニゾンする。
T-SQUAREの曲ではギターとEWIがユニゾンするものが結構あるんだが、ギターの音色をエフェクターで工夫してやるとEWIやサックスのそれに近くなる。
マスターと時々目配せしながら、音のツブをサックスと揃えてやる。こうしないと折角のユニゾンが台無しだ。
 そして曲はサビに突入する。俺はバッキングに戻り、マスターのサックスが熱く輝く。
俺はこの部分が一番好きだ。タイトルの「HIGH TIME」、即ち「頃合」をイメージさせるからだ。
音はEWIじゃないが、マスターの奏でるメロディは原曲を知っている俺にも違和感を感じさせない。ロックでもブロウの効いたサックスの音色は映えるもんだ。

 曲はドラムソロに入る。勿論この部分はシーケンサの演奏だ。
俺はエフェクターを切って、エレキギターのナチュラルな音でバッキングを奏でてドラムソロが前面に出るようにする。
今までが「動」ならここは「静」の部分だ。次に続くギターとサックスのソロに備えて「頃合」を窺っていると言えよう。よく考えて作られていると思う。
 ドラムソロで客の手拍子がちょっと乱れたところで、オルガンのバッキングを−これも勿論シーケンサの演奏だ−従えた俺のギターソロに入る。
リズムがはっきりしたことで、客の手拍子が元に戻る。
いかにもロックでのギターソロという音色で演奏していると、自分の身体も熱くなってくる。
客の手拍子も心なしか熱く感じる。こういう曲はやっぱりこうでないとな。
 我ながら上手く決まったと思うギターソロに続いて、マスターのサックスソロに入る。
ここは原曲では勿論EWIなんだが、マスターのサックスは原曲とはまた違った、ある意味での斬新さを感じさせる。
しかし、このテンポで細かいフレーズが続くというのに、マスターのサックスは少しも勢いを衰えさせない。
それどころか待ち受けているサビに向かって驀進しているように思う。

 俺のバッキングが霞んでしまう迫力あるサックスソロが終わると、曲はユニゾン部分を通過してサビに突入する。
マスターのサックスがより熱く輝く。俺の弦を爪弾く指にも自然と力が篭る。さあ、ラストだ。
 マスターのサックスが高域から低域まで使い切って、細かいフレーズを誤魔化すことなく、ツブをはっきりさせて聞かせてくれる。
マスターの肺活量と息継ぎのタイミングの上手さに感服させられる。
俺も初めて演奏した時は、この部分がサックスではどうなるのか不安だったが、このステージで改めてそんな心配を吹き飛ばしてくれた。
 そして俺とマスターはユニゾンでメロディを奏でて、マスターは身体を逸らして、俺はギターを振り上げてラストを決める。
次の瞬間、客席から大きな拍手と歓声と指笛が飛んで来る。良い出来だったと自分でも思うが、どうやら客にも「熱さ」が伝わったようだ。
拍手や指笛が止まない客席に向かって、マスターがマイクを使って問い掛ける。

「皆様、如何でしたかー?」

 マスターが客席にマイクを向けると、客の熱い反応が返ってくる。

「最高!最高!」
「カッコ良かったぞー!」
「ご好評をいただけて何よりです。私のサックスを時にはユニゾンで、時にはバッキングで支え、そしてソロでも抜群の腕前を見せてくれた安藤君に拍手を!」

 マスターの呼びかけに応えて、客席から大きな拍手が送られる。「安藤くーん」という呼び声も聞こえる。
俺は少々戸惑いつつも手を振って拍手に応え、客席に向かって一礼する。

「さて、今まではそれぞれ自分の楽器を通して皆様に音をお届けしたわけですが、いよいよ自分自身が楽器であるヴォーカル、井上さんが登場します。
井上さん、どうぞ!」

 大きな拍手に迎えられて、白のブラウスに黒のベストとフレアスカート、黒のパンプスという出で立ちの晶子がステージに上がる。
指笛と共に「井上さーん」という呼び声が彼方此方から聞こえる。ファンが多い晶子ならではだ。バッキングを担当する俺は一歩下がって手を叩く。

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