雨上がりの午後

Chapter 91 荒れ狂う雷雨、その後の晴れ間

written by Moonstone



 その日のバイトの俺は、マスターと潤子さん曰く「もの凄くご機嫌斜め」だったそうだ。
自分では意識しないようにしていたんだが、行動が荒っぽかったらしくて何度も注意を受けた。
バイトで注意を受けるのは始めの1週間くらい以来のことだ。その時は右も左も分からなかったから当たり前と言えばそうだが、今度ばかりは勝手が違う。
 客も俺の心情を察してか、リクエストタイムでの指名でも恐る恐るといった感じで、演奏後の拍手も何だかしなければならないからしているといった
雰囲気が感じられた。
それが余計に腹立たしくてならなかったが、間違っても客に当たり散らすわけにはいかないので、大人しく無言で引き下がった。
 掃除も終わり、「仕事の後の一杯」の時間になった。
BGMはクリスマスコンサートでのマスターと潤子さんのペアでの候補曲「TWILIGHT IN THE UPPER WEST」。黄昏時をイメージさせる何処となく
寂寥感を感じさせるこの曲が、今の俺には「終わり」を告げるラッパの音に聞こえてならない。
 四人の間に会話は一切ない。
俺は今の心模様を反映するかのように速いペースでコーヒーを飲んでいく。一方の晶子はのったりくったり飲みつつ俯いている。普段なら心配するところだが今日ばかりは話は別だ。
もっともこの場で例の話をする気はない。二人の問題は二人でどうにかするのが一番妥当だろう。
マスターと潤子さんには関係ない話だし、二人の気分まで悪くしてしまうことになる。

「・・・祐司君。」

 重い沈黙を破ったのは、潤子さんの声だった。

「今年の夏、祐司君が前に付き合ってた女の子と話をしに行った時のこと、覚えてる?」
「・・・はい。」

 忘れようにも忘れられない。
あの日あの時恐らく始めて俺と宮城は本音を出し合い、双方に残っていた未練や悔恨を清算して以前の彼氏彼女の関係になったんだ。
あの時がなかったら、俺は今尚宮城に対して恨み辛みと未練がましいものを引き摺っていただろう。

「祐司君が民宿の部屋を出て行った時ね、晶子ちゃんが猛然と立ち上がって祐司君の後を追いかけようとしたのよ。私が止めなかったら、
まず間違いなく祐司君は晶子ちゃんに引き摺り戻されてたと思うわ。」
「・・・それで?」
「私が止めた時、晶子ちゃんはどうして止めるんですか、ってもの凄い剣幕だったのよ。その時私が言ったのはたった一言。『祐司君を信じてあげたら?』
その一言で晶子ちゃんは落ち着いたわ。そして祐司君の邪魔はしないことを私に約束して、祐司君の後を追いかけていったのよ。」
「・・・。」

 そういえば、あの話し合いが終わった後、知らないうちに後をつけてきていた晶子がそんなことを言ってたな・・・。
潤子さんに言われて、彼を信じられないで彼女と言えるのかと自問自答した、とか・・・。
 だけど、今の俺に晶子を信じろと言われても無理だ。
たった3日前に良くない、と自分で言ったことをよりによって俺の目の前で「実践」して見せたんだから。
まあ、俺の前でなくてもその話を聞いたら、今の状態になっていただろうが。
物忘れが酷いにも程がある。噂になるようなことは慎め、と言ったのに・・・。
あの時もっと強く釘をさせなかったことと重なって、余計に苛立ちが増してくる。

「普段温厚な祐司君がささくれ立つ原因と言えば、今は晶子ちゃんとのことしか考えられないわ。何があったかまでは流石に分からないけど、
祐司君にとっては余程のことだったんでしょうね。前に付き合ってた女の子と別れた直後と同じ雰囲気だもの。」
「・・・信じろ、って言いたいんですか?」
「率直な意見を言えばね。でも、信じられなくなった何かがあったんでしょ?真面目な祐司君が今みたいに頑なな態度になるくらいだから。」
「「・・・。」」

 俺は勿論、晶子からも言葉はない。
何もかもお見通し、とばかりに言い当てる潤子さんに誤魔化しは通用しない。ただ沈黙でそのとおり、と示すだけだ。
潤子さんの言葉には重みがある上、押し付けがましさがないから逆らったりそ知らぬふりをしたり出来ない。

「推論だから間違いがあったら遠慮なく言ってね。多分晶子ちゃんが祐司君の信頼を壊すようなことをしたか、晶子ちゃんにはその気はなくても
祐司君にはそう見えたか、どちらかのことがあったんだと思う。前者の場合は100%晶子ちゃんが悪い。自分が好きな人の信頼を壊すようなことを
するなんて自殺行為よ。でも後者の場合はどちらが悪いとは断言出来ない。祐司君から見て信頼を壊すようなことをした晶子ちゃんも悪いし、
確証がないのに一方的に晶子ちゃんを疑った祐司君も悪い。」
「「・・・。」」
「どちらにも共通することは、これから二人で話し合うんだろうと思うけど、結論を急がないで欲しいってこと。特に祐司君は、その時の激情に任せて
縁起でもないけど関係断絶とかに突っ走らないで。今の問題の結果が最終的にどうなるかは分からないけど、性急に結論を出したら絶対に後悔すると思うわ。
前にも祐司君には言ったけど、言う前にゆっくり10数えてみて。それだけで随分違ってくる筈だから。」

 潤子さんの忠告が頭にガンガン響く。
前に言われた時はこんなことはなかった。でも今はそれが耳元で乱雑に打ち鳴らされる鐘のように耳障りに感じられる。
潤子さんのせいじゃないことは重々承知してはいるが、3日前冷静に諌めただけで終わったからこんなことになったんじゃないか、と思う。
頭から押さえ込むつもりで念入りに釘を刺しておくべきだったんじゃないか、と思う。
 正直言って、今の俺には潤子さんの忠告を受け入れることは出来ない。
やんわりとではあるが釘を刺したにも関わらず、晶子は堂々と俺が慎めといったことをやってのけた。
俺が目撃しなかったらどうなっていたか、考えるだけで腸(はらわた)が煮え繰り返る思いだ。
 俺は残りのコーヒーをぐいと一気に飲み干す。
腹に温かさが広がると同時に席を立ち、ご馳走様でした、と言い残して店を出る。晶子のことは考えない。
ドアがカウベルの音と共に閉まった背後で慌てているのかもしれないが、そんなこと知ったことじゃない。
 吐く息が煙のように立ち上り、闇に消えていくのを眺めながら足早に坂を下っていくと、後ろから早い足音が近付いてくる。
そして足音の主が俺の左隣に来る。
早い息をそのままに、恐る恐るといった感じで俺を見る晶子と目が合う。
目が合った瞬間、反射的に俺は視線を前に戻す。
今は視線を合わせることすら嫌に感じる。歩を進めるごとに怒りが増す。そんな感じだ。

「・・・本当に、浮気しようなんて思ってないです。」

 俺の左隣で声が聞こえ始める。俺は声の方を向かずに歩を進める。

「2コマ目の講義が田畑先生なんです、この曜日は。講義が終わってから数人と世間話していて、他の子達は皆揃って食事に行っちゃったんで、
じゃあ一緒に、っことで生協へ向かう途中だったんです。」
「仲良く二人で飯食いながらお話か?」
「そう言われれば否定出来ません。でも・・・」
「俺から見れば、一緒に食事ってだけで充分浮気なんだよ!」

 我慢の限界に達した俺が晶子に向けて怒声を発する。晶子はびくっとして「言い訳」を止める。
俺は立ち止まり、晶子を見ながら口から出るに任せて言いたかったことを言う。

「何で3日前俺が慎めって言ったことを堂々と人前でやったんだ!否、人前じゃなければ良いってもんじゃない!他の男と、それもよりによって
浮名流しの教官と分かってて、どうしてそんなことが出来るんだ?!お前にとっては日常行為でも、俺にとっては充分浮気に値する行為なんだよ!」
「・・・。」
「その左手薬指の指輪の重みは感じないのか?いい歳の独身教官が言い寄ってきたから、俺と天秤にかけてるのか?それで俺から乗り換えるなら
遠慮は要らん!この場でそう宣言しろ!その指輪を返せ!」
「それは・・・嫌です。」

 晶子が右手で左手を覆い、泣きそうな顔で首を横に振りながら言う。
俺は軽く肩で息をして、一旦言うのを止めて晶子の反応を見ることにする。
言いたいことがあるなら言わせてやっても良いだろう。言葉次第じゃその先どうなるか・・・分かってるだろうからな。

「私にとって田畑先生は気軽に話が出来る先生でしかないんです。決して恋愛対象としては見てません。祐司さんと天秤に掛けてるつもりもありません。
だから・・・この指輪は返せません。返したくありません。」
「じゃあ、何で俺が慎めって言ったことを堂々とやってのけたんだ?!」
「それは・・・ことの成り行きで自然にそうなっただけで・・・。決して親密になろうとかそういうつもりはありません。」
「お前はそう思ってなくても、相手はそういうつもりかもしれないって考えたことはないのか?!」
「そ、それは・・・。」
「それ以前に!何で俺が慎めって言ったことを、俺の舌の根が乾かないうちに堂々とやってのけたんだ!きちんと質問に答えろ!」

 俺が一喝すると、晶子は言葉を失ったかのように立ち尽くす。
万策尽きたか、と思った俺は、更に畳み掛ける。晶子が可哀相だ、とか晶子のその時の心情がどうだったのかとか思う気持ちは欠片もない。

「どうせ俺が見ることはないだろうと思って安心してたんだろう!まさか見られるはずがないと思ってたんだろう!それが計算違いで運悪く
俺に見られちまった!違うか!」
「・・・。」
「良いか!一度しか言わんから良く聞け!俺にとっては、相手が他の男と親しそうにしてる段階で浮気と断定出来る材料になるんだ!
ましてや問題の男は浮名流しの教官!いいや、相手が誰だかなんて関係ない!浮気の材料を堂々と俺に提供したんだよ、お前は!」
「・・・。」
「今度お前がこんなことをしたり、そんな話を耳にしたら、もう俺とお前の関係はおしまいだ!勝手に浮名流しの教官といちゃつくなり、どうにでもしろ!
俺はお前と付き合う前に、相手の浮気心が原因で別れた経験があるんだ!もう二度とそんな思いはしたくない!そんな思いをする前に、
俺がお前をふっても良いんだぞ!」
「そ、そんなこと言わないで下さい!」

 晶子が切なげな表情で訴える。胸の前で左手を右手で覆って。
神に訴える信者のような光景だ。

「私は祐司さんと別れたくありません。私は、祐司さんが私の指に合わせてプレゼントしてくれた指輪の感触を忘れたことはありません。
だから・・・だから、私をふるなんて言わないで下さい。そんな恐ろしいこと、聞きたくありません!」
「・・・だったら誓えるか?もう二度とあの教官と仲良くしないって。」
「・・・はい。」
「今度今日みたいな光景を見たり、そんな話を聞いたら、俺とお前の関係は終わりだ。その覚悟は出来るか?」
「・・・はい。」

 最後の言葉は俺自身にも当てはまる。晶子が今度今回のようなことをしたら、俺は晶子との関係を終わらせなければならない。
そこまで言わなくても良かったか、と思うが、言ってしまってからではもう遅い。言う前にゆっくり10数えろ、というのは、まさにこういう時か・・・。
 だが、俺も後にはひけない。
俺にとって浮気に相当する行為を見せ付けられて、更に今後もそれを見せ付けられたりそんな話を聞いたら黙っているわけにはいかない。
何事もけじめってものがある。晶子が俺とあの男を天秤にかけて、結果あの男の方に走るならそれはそれで仕方ない。俺も覚悟を決めなきゃいけない。
相手の浮気心に振り回されたり、気持ちを確かめさせられたりするのはもうまっぴらだ。傷ついたら傷の原因を切り離す。それが一番確実だ。
 晶子が俺の提案を承諾したということは、晶子にはその覚悟が出来たということだ。ならば尚更前言撤回、なんてことは出来ない。
これで双方崖っ淵に立った状態になったわけだ。もう後には引けない。引くなら切るしかない。
今までにない、危険と背中合わせの付き合いになるってことになるな・・・。だが・・・

「覚悟が出来たんなら、今日のことはなかったことにする。何時までもぐちぐち言いたくないしな。但し、これが最後だってことは忘れるなよ。」
「はい。」
「はあ・・・。やれやれ。美人の彼女を持つと苦労するよ。他の男が言い寄ってこないかどうか、四六時中心配してなきゃいけないんだから。」
「それは私も同じですよ。」

 晶子の顔に笑みが戻る。それが何だか久しぶりに、それに嬉しく思える。俺の感情もようやく何時もの状態に戻ってきたということか。
でも、何で晶子が俺に誰か言い寄ってこないかどうか心配する必要があるんだ?
口に出しちゃ悪いから言わないが、俺に言い寄ってくる女は余程奇特な類だと思うんだが。

「俺に言い寄ってくる女なんて居やしないぞ。」
「自分でもてないと思ってる人ほど、もててたりするんですよ。それが表に出てこないだけで。」
「そんなもんかねえ・・・。まあ、そうだとしても、表に出てこない方がありがたいな。」
「どうしてですか?」
「仮に表に出てきたら、今の俺はそれを退けるだろ?そうなったらその相手は大なり小なり傷つくことになる。自分の現状が誰かの犠牲や悲しみの上に
成り立ってるなんて嫌なんだよ。」
「・・・。」
「突き詰めりゃ、今こうして親元離れて大学に通ってること自体、親の犠牲の上に成り立ってるってことになる。だからせめて、きちんと大学に行って
4年で卒業する。犠牲の上に成立してるものなら、その現状を最大限に生かすことが大切だって、俺は思う。」
「・・・やっぱり、祐司さんって真面目な人ですね。」

 俺の左手に晶子の手が優しく、包み込むように絡み付いてくる。
もう離そうと思ったり訝ったりしない。その必要もない。

「私はその真面目さを踏みにじるようなことをしたんですね・・・。祐司さんの気持ちをもっと考えるべきでした・・・。」
「まあ・・・自分にとって何処からが浮気で此処までは許せるっていう境界線について話し合ったことはないから、今回のことはある意味
必然的だったのかもしれないな。これは宮城との時もそうだったけど、あの時は気付くのが遅かった・・・。」

 俺は空を見上げる。
闇一色の空には三日月が一人、煌々と輝きを放っている。その光は不思議と暖かく感じる。
此処からは見えない位置に居る太陽の光を反射しているせいだろうか?
それだけじゃなくて、肌をさすような冷気の中で輝くその様がランプのように見えるせいだろうか?
 今回のことは嫌な思いこそしたが、自分の我慢の限界点を晶子に示す良い機会だったとも言える。
このままそういうことを話さずに関係を続けていったら、今回のようなことがあった時に、それまでの時間や思い出が積み重なった分だけ
崩れるものが大きいし、もう取り返しのつかないダメージを追うことになっていたかもしれない。
宮城の時がそうだった。なのにその教訓を生かしてないな、俺は・・・。

「この夏に宮城と二人で話し合った時、高校時代に宮城が他の男と仲良くしてるのを見て俺が何度も怒ったことが話題に出たんだ。
俺にとってはそれが浮気に映ったんだけど、宮城にとっては、俺にとっては気分の良い表現じゃないけど、視野を広く持ちたいっていう考えに
基づくものだったんだって、その時初めて知ったんだ。そういう考え方の違いをぶつけ合うのが怖かったからそのまま関係が続いて、
でも結局は距離が出来たら考え方の違いが気持ちのずれになってしまった・・・。」
「どちらが悪いって問題じゃないですね。」
「ああ。自分の内面まで全部出し切らなかったのが、破局の一因になったんだと思う。今回、言葉はきつかったけど自分の考えをはっきり口に出来て
良かったと思う。もう晶子も何が何だか分からないのに俺の機嫌を損ねてしまったって思うこともないだろう?」
「ええ。私は祐司さんが他の女の人と単に話をすることは全然気にしません。一緒に食事ってこともそれ相応の必然性があるなら、例えば職場の飲み会とか、
そういうことなら気にしません。でも、他の女の人と仲良くなりたいっていう意思が感じられるようなら、絶対その人から引き離します。」
「それって、かなり主観的じゃないか?」
「そう思います。でも、自分の大切な人を取られるようなことを未然に防ぐには、主観的判断に委ねるのが一番だと思うんです。」

 晶子のいうことはある意味もっともだ。
そういう現場を目撃して、相手があの人だから浮気じゃないだろう、って楽観視してたら、何時の間にか自分の手から離れてた、ってことになりかねない。
俺はその境界線がかなり低いところにある。晶子の場合は許容範囲は割と広いが、ピンと来たらそこが境界線を越えたってことになるわけだな。
 俺の足が自然に動き始める。それに少し遅れて晶子も動き始める。
もう立ち止まってああだこうだ言う状況じゃなくなったし、晶子の家で温かい紅茶をご馳走になりたいところだしな・・・。

「俺は工学部で女は片手で数えられるくらいしか居ないし、そいつらと話をしたこともない。俺が女と事務的じゃない話をする機会があるとすれば、
宗教か何かの勧誘か、潤子さんくらいしか考えられないな。」
「祐司さんの場合、潤子さんとの距離が気になるんですよね・・・。どうしても祐司さんが潤子さんを見る目が、バイト先の女の人を見る目じゃなくて、
憧れめいたものが多分に混じっているように見えてならないんですよ。」
「うーん・・・。潤子さんに対する俺の気持ちは、晶子の言うとおり、単にバイト先の女の人というより憧れてみたいなものがあると思う。」
「やっぱり。」
「でも、それは俺がずっと前から姉さんが欲しいっていう気持ちがあるのと、たまたま潤子さんが年齢的に姉さんと言っても良い歳の差だから、それが重なってるんだと思う。」
「お姉さんが欲しかったんですか・・・。」
「ああ。男兄弟しか居ないせいかもしれないけど、何か昔から姉さんが欲しいって思ってたんだ。まあ、これは親に相談したところでどだい無理な話だけど。」

 晶子がくすっと笑う。別にウケを狙うつもりで言ったんじゃないんだが、まあ、結果的にそうなってしまったかな。
姉さんや兄さんを作れる夫婦が居たら、是非会ってみたいもんだ。

「それに、バイトが初めてで右も左も分からなかった俺を親切に指導してくれたのが潤子さんだったんだ。マスターが無関心だったとか
そういうことはないけど、姉さんみたいな人が親切にしてくれるってことが嬉しかったんだ。その名残が憧れになって今でも残ってるんだと思う。」
「何だか・・・妬けちゃいますね。」

 晶子が身体を寄せてきて、俺の手を握る手に力を込める。焼餅焼いてますっていう意思表示だろう。
気持ちは分かるつもりだ。自分が意識する存在に相手が憧れていると知って良い気分を感じる奴はそうそう居ないだろう。
でも、焼餅を焼くなんて、可愛いところがあるじゃないか。ついさっきまではそんなこと欠片も思いもしなかったけど。

「祐司さんがこの町に来てバイトを始めてから私と出会うまでの約半年間の間には、私には埋められないものがあるんですね・・・。」
「それを言い出したら、俺が高校時代、宮城と付き合っていたことまで絡んでくるぞ。逆に晶子が以前付き合っていた相手との出来事は、
俺でも埋められないんだから。」
「そうですね・・・。出会うまでの時間は埋め合わせのしようがないですよね。」
「だからその分、重なってる今の時間を大切にしよう。どうにも出来ない過去の埋め合わせ方法を考えるより、その方がずっと建設的だと思う。」
「祐司さんの言うとおりですね。私、今回のことで色々分かりました。祐司さんのものの見方とか、今の気持ちのあり方とか、色々・・・。」

 俺と晶子は静かな夜の通りを歩いていく。
一時はこれでおしまいか、それならそれでも良い、とさえ思ったが、怒鳴るという好ましくない形ではあったにせよ自分の気持ちを伝えられたことは
良かったと改めて思う。
 同時に俺と晶子は重大な約束をした。今度こんなことになったらもう俺と晶子の関係はおしまいだ、と。
双方崖っ淵に立った状態でこれから付き合っていくことになる。今までにない緊張感を背負ったことになる。
でも、それくらいの覚悟はあったほうが良いと思う。
宮城との時みたいに俺が怒って宮城が謝って一件落着、っていうんじゃ相手を心底理解したとは言えないしな。
それに、晶子も覚悟を決めたんだから、今後こういうことはないだろう。否、ない筈だ。
 冷気が頬に突き刺さる。吹き抜ける風が肌に突き刺さるような感覚を残して去っていく。
晶子の家で紅茶をご馳走になるのが待ち遠しくて仕方がない。
ほんの数分前まではそんなこと微塵も思わなかったのに。感情が変わるとものの見方ががらりと変わるところはどうにかした方が良いかもしれないな・・・。

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