雨上がりの午後

Chapter 88 訪れた「あの日」にて

written by Moonstone


 とうとう「あの日」が来てしまった。
否、「あの日」という言い方はもう適切じゃないな。
晶子と出会って今日で一年。色々考えてはみたものの良いアイデアは何も思い浮かばなかった。
プレゼントを贈るのは晶子を恐縮させてしまうだろうし、その上適当なものも思いつかないし、食事に誘うにしても今日は平日だから
そんな余地は何処にもない。
 無い知恵絞って一つ考えついた演出は、バイト帰りに俺と晶子が最初に出会ったコンビニに誘って、今日は何の日か覚えてるか?と切り出すというものだ。
他愛もないと言われれば言い返せないんだが、それしか思いつかなかった。
出会って一年という記念すべき日に、晶子が荒んでいた俺の心を癒してくれる存在になるための大元の日にその程度しか出来ないのが情けない。
最初の専門教科の実験レポートもとっとと済ませて、ギターの練習時間を減らして考えたというのに・・・。
 4コマ目までびっしり詰まった講義で疲れた俺は、重い足を引き摺って定刻直前に−食事の時間が短くなる程度でそんなに厳密じゃないが−店に入る。
カランカラン、というカウベルの軽やかな音が鳴り、キッチンで何かしていた潤子さんが俺の方を向いて微笑みと共に迎えてくれる。
カウンターの「指定席」に座っていた晶子が振り向いて同じく微笑を向ける。

「こんばんはー。」
「祐司さん、こんばんは。」
「こんばんは。随分お疲れのようね。」
「専門教科の講義が4コマぎっしりですからね・・・。」
「夕食はもう直ぐ出来るから、座って待ってて。」
「はい。」

 俺は無意識に溜息を吐いて晶子の隣に座る。テーブルに両肘を乗せると再び溜息が出る。
疲れているのが自分でもはっきり分かる。理工系は厳しいということは分かっていて今の大学を受験したんだが、まさかここまで厳しいとはな・・・。
講義の内容は何のこっちゃさっぱり分からないものが多々あるし、教官はそんなことお構いなしに講義を進めていきやがるから、
講義について行くのに神経が磨り減る思いだ。
講義中につい居眠りしてしまって、慌てて黒板の内容をノートに書き写すなんてことも最近じゃ珍しくない。
 まったく、今日は大切な日だっていうのに・・・。疲れで気分まで重い。
そこにろくな演出が出来ない情けなさが加わって、余計に気が滅入ってしまう。明るく楽しく迎えたかったんだけどな・・・。

「祐司さん、大丈夫ですか?」

 晶子が声をかけてくる。見ると心配そうな表情をしている。
こんな時にこんな表情をされると、今日を共に祝う大切な相手に心配をかけてしまっていることで余計に気が滅入ってしまう。
せめて表情だけでもそれは出さないようにしないと・・・。俺は笑みを作って首を縦に振る。

「ああ、ちょっと疲れてるだけ。」
「顔色、良くないですよ。後期が始まってから日増しに悪くなって来てますけど、疲れが溜まってるんじゃないですか?」
「どうせ土日に昼過ぎまで寝るから、それで解消されるさ。心配要らないよ。」
「絶対無理はしないで下さいね。」
「ああ。心配してくれてありがとう。」

 そう言って笑みを作ってみたものの、また溜息が漏れる。
この疲れは精神的な部分の比重が高いから、あー疲れた、なんて気軽に口に出来るタイプのものじゃない。
心の色や重さは演奏に出るから解消しておきたいところなんだが・・・。
 そもそも今日は気が重くなるような日じゃない。晶子と出会って1年という大切で嬉しい日だ。
なのにそれを疲れた身体と精神で迎えるなんて運が悪いにも程がある。
これじゃ「今日は何の日か覚えてる?」なんて良い感じで切り出せるとは思えない。バイト中上手く休み休みしながら体力と気力を回復させていくしかないな・・・。

「はい、お待たせ。」

 潤子さんが夕食の乗ったトレイを二つ差し出す。俺と晶子はそれを受け取る。
今日のメニューは焼いたサーモンに・・・何だろう?白濁したソースがかかっている。
それに付け合せのブロッコリーとじゃがいもと人参の茹でたものにコーンポタージュスープ、サラダ、ご飯といった洋食系のものだ。
香ばしい匂いが食欲をそそる・・・と言いたいところだが、あまり食欲が沸いてこない。こりゃ重症だな・・・。
 俺は割り箸を割ってもそもそと食べ始める。
気になっていたサーモンのソースは・・・生クリームが混じっているみたいだ。
生クリームがこんな形で出てくるなんで思いもしなかった。
その意外性が心をふっと軽くさせる。
ようやく回復しかけてきた身体に料理を詰め込んでいく。食べる時に食べておかないと体力回復どころじゃない。
この機会を利用して身体と心を通常状態に戻しておかないと・・・。
 何時もと大して変わらないペースで夕食を食べ終え、最後に茶をくいと一気飲みして、ご馳走様でした、の一言と共に殻になった皿が乗ったトレイを
カウンターに乗せる。
俺はこれから着替えないといけない。カウンターを通って店の奥に入る。晶子はエプロンをつけて早速客席の方へ向かう。
 身体の疲れは抜けてないが、気分的な疲れは結構取れた。
気分的な疲れといっても身内の不幸とか−縁起でもない例だが−深刻な事態からくるものじゃないから、多少時間がたてばそれなりに回復するものだ。
身体の疲れはどうしようもないが、バイトで走り回ってれば忘れてしまうだろう。
バイトが終わってから、バイトの分と合わせてどばっと噴出してきたらたまったもんじゃないが。
ま、兎も角今から暫くはバイトに専念しよう・・・。

 バイトは何時ものようにというか慌しく、あっという間に過ぎ去っていった。
「仕事の後の一杯」もそこそこに俺と晶子は店を後にした。
今日は少し冷えるせいか、晶子が俺の手を握る手に力が篭り、身体も何時もより寄せ気味だ。
普段は「仲良しカップル」って感じの距離だが、今日は言うなら「身を寄せ合う仲睦まじい恋人同士」という感じだ。
 俺と晶子は何時もの帰り道を歩いていく。
ある十字路に差し掛かったところで俺はふとその奥、晶子とは反対側の方を見やる。
この道を少しまっすぐ行ったところに電話ボックスがある。俺がバイト帰りに宮城と声を交わしていた場所だ。
それは一年前の昨日、俺が自棄っぱちで放った「さよならっ」を最後に終わったんだよな・・・。

「祐司さん、どうしたんですか?」

 晶子の声に俺は我に帰って晶子の方を見る。
いけないいけない。今日は大切な記念日だってのに、今更取り戻せない、否、もう取り戻そうとしないことに決めた過去への郷愁に浸ってしまっていた。

「あ、いや、以前はこの道を歩いてたんだっけ、と思ってさ・・・。」
「今は私を送っていってくれますけど、そっちへ行った方が祐司さんの家へ近道なんじゃないですか?」
「まあな。でも、どのみち右折するから大して変わりないけど。・・・行こう。」

 このまま居るとまた過去へ思いを馳せることになりそうだから、俺は晶子の手を軽く引いて歩を進める。
このままだと何時ものとおり晶子の家があるマンションの前に行ってしまう。
さて、どうやって道を変えるか?さりげなく、あくまでもさりげなく切り出してみるか・・・。

「・・・なあ晶子。ちょっとコンビニに寄っていかないか?」
「え?何か買い物でも?」
「ん。ちょっと・・・。駄目か?」
「私は良いですよ。祐司さんと一緒に居られる時間が更に増えるんですから。」
「それじゃ・・・。」

 俺は内心胸を撫で下ろしながら何時もの道から逸れて、道のりとしてはジグザグするようにコンビニに一番近いところに出る通りに入る。
宮城と電話をしていた頃は、時々電話が終わってからコンビニに買い物に行っていたから、この辺りの道はそれなりに知っている。
この通りに入るのは・・・あの時以来か・・・。
 俺は晶子の手を引いたままコンビニに入る。
いらっしゃいませ、という声に出迎えられて、俺はここで晶子から手を離して籠を持ってぶらぶらと店内を回り、特に買う必要もない缶コーヒーやら
スナック菓子やらを籠に放り込んでいく。
 晶子と初めて顔を合わせたのはレジに並んだ時だった。だからレジに並ぶ口実を作らないといけない。
レジに並んだところで「今日は何の日か覚えてるか?」と切り出す。
これが一番妥当且つ俺にしてはそれなりに演出の効いた行動だろう。
晶子は特に買うものがないらしく、俺について来るだけだ。
どうやら今のところ「作戦」は順調に進んでいるらしい。ようし、このままこのまま・・・。
 ひととおり店内を回ったところで俺は晶子と共にレジに並ぶ。
俺の前には3人ほど客が居る。隣のレジには4人並んでいるからどっちに並んでも大差ない。
よし、今だ。
俺は決意新たに晶子の方を向いて言う。

「晶子。今日は・・・」
「一年なんですよね。」
「?!」

 俺がない知恵絞って描いたシナリオどおりに言おうとしたところで、晶子が肝心要の言葉を口にした。
晶子の奴・・・知ってたのか?それとも思い出したのか?このコンビニに来たことで。

「今から丁度一年前・・・。時間は遅いですけど、祐司さんと私はこのコンビニのレジで初めて出会ったんですよね。」
「・・・覚えてたのか?」
「勿論ですよ。あんな衝撃的なこと、忘れようにも忘れられませんよ。それに今はその人とこうして一緒に居るんですから。」
「驚かせようと思ったのに・・・。」
「前にも言ったでしょ?女ってのは記念日とかそういう大切な日を殊更よく覚えて大切にする生き物だ、って。」

 はぁ・・・。晶子の方が一枚上手だったか。
今日の今日まで散々あれこれ考え悩んだのが、何だか馬鹿馬鹿しく思える。
こんなことなら何時もの道のりで、話が一旦途切れた時にでも話を切り出して良かったな・・・。

「次の方、どうぞ。」

 レジの男性に呼ばれて、俺は自分の番が回ってきたことに気付いて慌てて籠を差し出す。
勘定が進む間、俺はふと晶子の方を見る。俺の視線に気付いたのか俺の方を向いた晶子は、驚いて口を手で塞いだあの時とは違って、
柔らかくて温かい微笑を浮かべている。

「祐司さんが最近疲れた顔をしてたのは、講義のことに加えてこの日に備えてどうするかあれこれ考えてて、良いアイデアが思いつかなかったから
なんじゃないですか?」
「ああ・・・。よく分かるな。相変わらずというか・・・。」
「少なくとも私との間では、妙な気遣いや演出は無用ですよ。もうそのことは分かってくれていると思ってたんですけど・・・。」
「一度くらい晶子を感動させたくてな・・・。」
「付き合ってくれ、って言ってくれた時に十分過ぎるくらい感動しましたよ。」

 それはそれで嬉しいんだが・・・。と思っていたら勘定が済んだ。
俺は金を払ってつり銭を受け取り、袋に詰まった買わなくても良かった買い物を持ってコンビニを出る。
そこでどちらから合図することなく、俺と晶子は手を繋ぐ。

「でも、祐司さんが今日を覚えててくれたことは凄く嬉しいです。」
「誕生日の時みたいに忘れてるかと思った?」
「少しだけ。」
「誕生日は忘れても、この日は忘れないさ。今日を境に俺と晶子の追い駆けっこが始まったんだからな。最初は晶子が追いかける側で、
でも何時の間にか俺も追い駆けるようになっていった・・・。」
「それで・・・一度すれ違ったんですよね。」
「向き合ってたのに、差し出していた手が互い違いになってたから・・・。否、俺はそれまで向き合っていることから目を逸らそうとしてた。
こんなことはもうあれっきりで御免だ、って身に染みて分かった筈だろ、って自分に言い聞かせることで・・・。」
「私は自分の思いどおりにことが進まないことが悲しかった・・・。どうして私から目を逸らすの、って自分中心に物事を考えてた。
祐司さんの心を試した。・・・私と祐司さんが本当に向き合えたのは・・・。」
「俺が熱を出して寝こんだ時だろうな・・・。」
「ええ・・・。今振り返ってみると、それまでが長かったようで短かったです。」

 俺と晶子は通りを横切って本屋へ向かう。晶子と二度目に顔を合わせた場所だ。
俺が手を引いたわけでも、晶子が手を引いたわけでもない。ごく自然に、無意識のレベルで俺の足は本屋へ向かう。
晶子の歩調と方向も俺とまったく同じだ。
あの時は訝しさと鬱陶しさ、加えて苛立ちさえ感じさせた晶子の一挙一動が愛しくてならない。
 本屋の出入り口のドアが開き、俺と晶子は中に入る。
出入り口にほど近い位置にあるレジに居る店員かららしい、いらっしゃいませ、の声が出迎える。
店内は混雑とまではいかないまでもそれなりに人が居る。これも一年前の今日と同じだ。
あの時は買い遅れた音楽雑誌を買って、本屋を出たところで晶子と再び出くわしたんだよな。
そして苛立ちを何の関係もない晶子にぶつけて立ち去ったんだっけ・・・。

「・・・あの時は、悪いことしたな。」
「良いんです。あんなことがあった直後に見ず知らずの私が祐司さんを見る度に驚いてああだこうだ言ってれば、怒りたくもなると思いますよ。
むしろ、私の方が無礼なことをした、って謝らないといけませんね。」
「女は皆敵だ、二度と騙されてなるか、関わってなるか、と思ってイライラを無関係な晶子にぶつけたのには違いない。・・・本当に悪いことしたと思う。
今更謝ったって遅いけど。」
「いいえ。私は祐司さんがあんな態度に出たのは仕方なかったことだと思ってます。だから謝る必要なんてないですよ。」
「・・・ありがとう。」

 晶子の労わりに満ちた言葉が心に染みる。
俺としては智一の時と同様、幾ら何でもあんな態度は失礼だ、って叱られた方が良いと思う。
でも晶子が俺のあの時の心理状態を理解してくれているのはありがたい。こんな人の心がわかる人間と出会えた俺は、本当に幸せな奴だ。
 時折晶子と話をしつつ店内をぶらつきながら思う。
もしあの時宮城と切れてない状態で晶子と同じように出会っていたら、どうなっていたんだろう?
俺はもう修復不可能と思うあの時あの瞬間まで、本当に心底宮城が好きだった。
結婚したいと思っていたし、何れそうなるものと信じてた。
それが譬え未熟者同士の恋愛ごっこだったとしても、だ。
 でも、今思うと、そんな状態で晶子が現れても俺の気持ちは変わらなかった、とは断言出来ない。
歴史に「もしも」は禁物だというが、その言葉どおりこのことは考えない方が良いんだろうか?

「祐司さん。」

 一年前の今日と同じくやっぱり買いそびれていた−生協に行ってる余裕がなかった−音楽雑誌を手に取ったところで、晶子が話しかけてきた。

「ん?」
「こんなこと聞いちゃいけないとは思いますけど・・・、あの時優子さんと付き合ってたら、祐司さんはどっちを向いたんでしょうね。」
「・・・。」
「一途で真摯な祐司さんだから、きっと私、また失恋してたでしょうね。物凄く不謹慎なことは承知で言いますけど、祐司さんが私と出会う前に
失恋してて良かった・・・なんて、やっぱりこんなこと言っちゃいけませんよね。御免なさい。」

 そう言ってぺこっと頭を下げた晶子の表情はあまりに儚げで、微風のひと吹きで崩れてしまいそうだ。
俺がついさっきまで考えていたことを晶子も考えていたことに心が共鳴するのを感じる。
歴史に「もしも」は禁物だというが、こういう歴史には「もしも」を考えてみるのもたまには良いんじゃないだろうか?
しょっちゅうだと、今の自分達の関係が何なのか疑ってばかりになってしまうだろうが。

「・・・否、ついさっきまで俺も同じことを考えてた。あの時宮城と付き合っていたなら、俺と晶子はどうなってたんだろうか、って。」
「・・・。」
「俺は自分で言うのも変だけど、一つにとことん入れ込むタイプだから、晶子がどんなに言い寄ってきても『付き合ってる相手が居るから』って
断ってたかもしれない。」
「かもしれない・・・?」
「ああ。俺はあの夜の電話でもう駄目だと思うその瞬間まで、本当に宮城が好きだった。結婚したいとも思ってた。宮城も以前何度となくそう言っていた。
でも結局は切れちまった。だから晶子が現れても晶子とは絶対付き合っていなかった、とは言い切れないと思う。」
「・・・。」
「距離が近い晶子と接している間に心が晶子の方に移ったかもしれない。でもやっぱり俺には宮城が居るから、って心変わりを食い止めてたかもしれない。
過去になっちまったことは、他の可能性を否定出来ないんじゃないかな・・・。歴史に『もしも』は禁物だっていうのは、そういう出口のない迷路に
迷い込んでしまうことを防ぐためなのかもしれない。」

 俺が言い終えると、晶子は笑みを浮かべる。

「そうですね。あの時祐司さんが失恋してなかったらどうなってたか、なんて考え始めたら、それこそ色んな可能性が浮かんできますよね。
自分から言い出しておいて何ですけど、もうこのことはおしまいにしましょう?」
「それが正解だな。今は今を大切にすることに専念してればそれで良いんだ。過去の可能性をあれこれ考えても今に反映させられるわけじゃないし。
不毛な議論とはまさにこういうことなのかもな。」
「きっとそうですよ。」

 俺と晶子は顔を見合わせて微笑む。
他の可能性を考えるのは自由だろう。でもそれに熱中して今を変質させるようなことになったら話にならない。
宮城と切れた直後に出会った晶子と付き合うようになって、今日で出会って一年を迎えた。それで良い。
 レジで清算を済ませて雑誌をコンビニの袋に突っ込んで、俺は晶子と共に本屋を出る。
時計を見るともう11時を回っている。何だかんだしてる間に結構時間を食ったな。
今から晶子の家で紅茶をご馳走に、なんていうのは迷惑なんじゃないだろうか?

「なあ、晶子。」
「これから私の家に来てくれますか?」
「・・・え?」

 思わず俺は聞き返す。晶子に尋ねようと思ったことを逆に晶子から誘いという形で受けてしまった。
本屋で俺が考えてたことを晶子が口にしたときも少し驚いたが、これには流石にびっくりだ。
晶子は本当に人の心を透かして見ることが出来るんじゃないか、と思ってしまう。

「どうしたんですか?」
「いや・・・。俺が今から何時ものように晶子の家に邪魔して良いかって聞こうかと思ってたところで、晶子の方から誘いを受けるとは思わなかったからさ・・・。」
「思考パターンが似てるって証拠ですよ。」
「そうだな。」

 苦笑いする俺に晶子が俺の左手をぎゅっと握って、切なげに訴えるような目で俺を見る。うっ、この目と表情は反則だよなぁ・・・。

「どうしますか?」
「・・・大切な日はまだ昨日になってないよな?」
「OKってことですね?」
「勿論。」

 断る理由なんてある筈がない。
今の俺と晶子の関係の基(もとい)になったこの日に、ささやかな、でも幸せな祝杯を挙げない理由なんてある筈がない。
俺は晶子の手を握り返して、二人並んで通りを歩き始める。
 未来の賽がどう転ぶかなんて本当にどうなるか分からない。まさに神のみぞ知る、ってやつだ。
俺と晶子の関係がこの先ずっと続く保証は勿論ない。
でもそれがないからこそ、俺と晶子が二人一緒に保証を作りながら前に進んでいくんだ。それが恋愛ってもんだと思う。
その一つの大切な区切りの日はまだ終わっていない。
俺と晶子は静かに佇む、少しひんやりとした秋の夜の道を歩いていく・・・。

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