雨上がりの午後
Chapter 70 闇の中、二人は激しく睦み合う
written by Moonstone
俺と晶子が宿に戻った時、ふと見た腕時計は9時を過ぎていた。
夕食後の散歩に出たのが7時過ぎくらいだったから、ほぼ2時間晶子と浜辺で二人きりの次官を満喫していたことになる。
マスターと潤子さんは戻って来ているんだろうか?意外と恋人時代に戻った気分になって濃厚なラブシーンを展開しているかもしれない。
でも、普段でも俺と晶子が居なくなれば二人きりになるんだから、案外あっさり二人きりの時を過ごしたかもしれない。
民宿ならではとも言える、ギリギリで人が行き違える程の幅と急傾斜な階段を俺が先導する形で上り、201号室へ向かう。
マスターと潤子さんは202号室だが、民宿らしく襖一つで何時でも部屋が繋がってしまう。
俺達がこの宿に着いた時に、マスターと潤子さんが夫婦だということを口実にして、202号室を占拠してしまった。
だから俺と晶子は必然的に同じ部屋、202号室と襖一つ隔てた201号室に入ることになった。全くあの夫婦は何を考えてるのやら・・・。
「おう、お帰り。もう戻って来たのか?」
201号室のドアを開くと、襖の敷居を跨ぐ形で置かれた机に肘を乗せた、白いポロシャツに薄いアーミーグリーンの半ズボン姿のマスターが
湯飲みを片手に俺と晶子を出迎える。
マスターの直ぐ傍に居る潤子さんは、部屋備え付けの紺の布地に朝顔が描かれた浴衣を着て、珍しくトレードマークの長い黒髪をポニーテールにしている。
潤子さんは俺と晶子が中に入ると、自分の湯飲みを置いて伏せられていた二つの湯飲みをひっくり返して、急須で茶を注ぐ。
「そういうマスターと潤子さんは、何時戻ってきたんですか?」
「30分くらい前かしら。貴方達二人が居ない間にお風呂に入ってきたわ。」
「それで潤子さん、浴衣を着てるんですか。」
「そう。私自身、浴衣好きだし。それにこの人も浴衣好きだから。もっともこの人の場合は着るより見る方が好きなんだけどね。」
「余計なこと言うなよ、潤子。」
そうか。潤子さんの浴衣姿は自分の好みであると同時にマスターの意向に沿ったものというわけか。
それにしても、マスターが浴衣好きだとは初めて知った。まあ、特別浴衣好きでなくても、潤子さんが着ると誰もが目を見張るものに見えるだろうが。
俺と晶子は繋ぎっ放しだった手を−手を繋いでいることが意識になかった−ようやく離して机へ向かい、潤子さんが注いでくれた湯飲みを取って
茶を一口流し込む。
網戸から生暖かい微風が時折吹き込んでくる中で飲む熱い茶は、不思議と美味いと思う。夏だからといって冷たいもの、とは必ずしも言えないようだ。
俺は視線だけ左右に動かして部屋の状況を見る。
マスターと潤子さんの部屋、言い換えればこの机がある敷居の向こう一空間に二つ並べて布団が敷かれている。
そして反対側を見れば、同じく8畳ほどの空間に二つの布団が並べて敷かれている。
この布団の敷き方は、俺達が宿に着いてマスターと潤子さんが部屋を占拠した後で管理人の小母(おば)さんに指定したものだ。
恐らく、否、絶対何か企んでいるに違いない。
「貴方達もお風呂に入ってきたら?浜風で身体がべたついたでしょ?生憎男女別だけどね。」
「男女別ですよね?良かった。他の男のお客さんに私の裸見られなくて。」
「そうそう。晶子ちゃんの肌を見るのは祐司君だけだもんね。」
「あのー・・・。」
「一緒に入りたかったら、どちらかの家にお泊りするんだな。」
マスターの言葉に俺はドキッとする。
マスターと潤子さんは、毎週月曜日に俺が晶子の家に泊まっていることを知らないし、勿論教えていない。
こんなこと知られようものなら、結婚式場の予約をされかねない。
「このお茶飲んだらお風呂に行ってきます。」
「晶子ちゃん。いっそ着替えは私みたいに浴衣にしたら?着心地良いし、祐司君を魅了するには格好の材料よ。」
「え・・・。あ、そうですね。私もその浴衣着てみたいですし。」
「良かったわねぇ、祐司君。晶子ちゃんの浴衣姿が間近で堪能できて。」
「堪能だなんて・・・。何か言葉の使い方間違ってませんか?」
「別にそんなことないと思うけど。」
潤子さんはしれっと俺の「抗議」をかわして湯飲みを傾ける。年齢では10歳くらい違うだけで、こうも人の反撃を軽くいなせるものなんだろうか?
人生経験は10年分以上違うのかもしれない。
何せマスターと行動する時間帯が違ってなかなか会えないという障害を乗り越えて晴れて結婚した身だからな・・・。
俺は残りの茶を一気に飲み干すと、ご馳走様でした、という言葉を残して立ち上がり、鞄が置いてある部屋の片隅へ向かう。
晶子も俺の後を追うように茶を飲み干していそいそと鞄の方へ向かい、風呂へ行く準備を始める。
下着と着替えのパジャマをバスタオルに包んでタオルを持って準備完了。出かけるときに持っていった財布と腕時計を代わりに鞄の奥の方に仕舞う。
そして再び立ち上がると、晶子もバスタオルと浴衣とタオルを持って立ち上がる。何だかディレイを置いて自分の行動を見ているみたいだ。
「それじゃ、行ってきます。」
「いってらっしゃい。」
「誰も居ないからって一緒の風呂に入ろうとするなよー。」
マスター、余計なことを言わないでくれ。一瞬そういう状況だったらそうしようか、という考えが頭を過ぎったじゃないか。
俺はマスターに顔を見られないように−考えが顔に出てるかもしれないから−晶子の手を取って部屋を出る。
俺に手を取られた晶子は一瞬驚いたように目を見開くが、直ぐに嬉しそうな笑みを浮かべて俺についてくる。何時か二人きりで来れると良いな・・・。
10分か15分くらいで俺は風呂から出る。身体と髪を洗って湯船に少し浸かれば充分だ。
俺は、家では夏場、光熱費と水道料金の節約のためにシャワーだけで済ませているから湯船に入る必要はないんだが、折角用意されているから入ることにした。
この辺、貧乏臭いところが出るな・・・。
俺は風呂を出たところの廊下で晶子が出てくるのを待つ。
晶子は髪が長いから洗うのに時間がかかるだろうし、湯船にのんびり浸かるタイプみたいだから−風呂に入る時間が夏になっても変わらないから
そう思うだけだ−、暫く待つことになりそうだな・・・。
まあ、湯冷めの心配もないし、待ってりゃ何時かは出て来るだろう。
こういう時、俺は妙に気長になる。
「お待たせしました。」
大体10分くらい経っただろうか。晶子が暖簾を潜って出てきた。
その身体には潤子さんと同じ、紺の布地に朝顔が描かれた浴衣を纏っている。
潤子さんに対抗するつもりなのか、茶色がかった長い髪をポニーテールにしている。
晶子もあまりポニーテールにしないから−何でも頭が後ろに引っ張られるような感じになるらしい−、余計に新鮮に、そして似合って見える。
「私・・・どうかしましたか?」
晶子が首を傾げながら問い掛けてくる。どうも晶子の浴衣姿&ポニーテールに見入っていたみたいだ。でも本当に夏らしくて良いよなぁ・・・。
「いや、晶子のその浴衣姿とポニーテールが似合ってるなぁ、って思ってさ。今まで浴衣姿なんて見たことなかったし、
ポニーテールはたまにしかしないだろ?だから・・・。」
「潤子さんに対抗するつもりでやってみたんですけど、祐司さんに誉めてもらったらそれだけで充分嬉しいです。」
晶子はにこやかに、本当に嬉しそうに言う。
晶子は喜怒哀楽がはっきりしててそれが表に出るタイプだから、心底嬉しいんだろう。
俺としては今の格好で一緒に祭りに行って貰いたい。きっと人目を引くだろう。否、引くこと間違いなしだ。俺はそう思う。
「それじゃ、部屋に戻るか。」
「はい。」
俺が左手を差し出すと、晶子は早速右手を伸ばして俺の左手を握る。
俺は晶子を先導して静まり返った廊下を歩き、階段を上っていく。
左手を通して晶子の温もりが伝わってきて、それだけで幸せな気分になれる。それに晶子が俺の左手を握る力を緩めないのが尚更嬉しくて幸せに思う。
「「ただいまー。」」
俺と晶子は201号室のドアを開けて挨拶と共に中に入る。中ではマスターと潤子さんがぴったり寄り添って座っていた。
二人のこんな仲睦まじい様子を見るのは初めてだ。潤子さんはマスターの左肩に頭を乗せていたりするし・・・。
俺と晶子が入って来たというのに離れる気配は全く見えない。なかなか見せ付けてくれるじゃないか、この二人。
「お帰り。あら、晶子ちゃんもポニーテールにしてるの?」
「はい。ちょっと思うところがあったんで・・・。」
「潤子に対抗しようとしたのかな?」
「・・・ええ。ちょっと。」
「あら、私に対抗しようなんて面白いじゃない。普段の服や髪型だと祐司君の視線が私に向くと思ったの?」
「そうは思いませんけど・・・私だってそれなりの格好をすれば違って見えるだろうし、何より祐司さんが喜んでくれると思って。」
「そう・・・。要するに私に対抗することで、祐司君の気を引こうと思ったわけね。初々しくて良いわね、そういう思いは。
で、当の祐司君はお相手の今の格好を見て、私と晶子ちゃん、どっちが良いと思う?」
潤子さんが悪戯っぽい笑みを浮かべて尋ねる。そんなの・・・決まってるじゃないか。
「・・・潤子さんも似合ってるとは思いますけど、晶子の方が良いです。」
「ありがと、誉めてくれて。それに安心したわ。祐司君がそこまではっきり言い切るなんて思わなかったから。」
「自分の彼女が一番に見えなかったら・・・彼氏失格ですよ。」
「おっ、祐司君。なかなか良いこと言うじゃないか。やっぱりそれくらいの気構えがないとな。」
マスターがそう言って口元に笑みを浮かべる。そこには威圧感や嫌味は欠片もなくて、紳士を髣髴とさせる雰囲気すら感じる。
「俺が君の立場だったら同じことを言うね。晶子ちゃんも良いけど、やっぱり潤子が一番だ、ってな。そう思えないようじゃ駄目だね。」
「誰が一番か、なんてその人その人で違うのは当たり前ですよね。こういう場合。」
「そうそう。」
俺はマスターの笑みに笑みを返して、晶子と手を離して荷物を鞄に仕舞う。
奥に仕舞っておいた腕時計を見るとまだ10時にもなっていない。昼間結構泳いだからそれなりに疲れてはいるんだが、すぐ寝たいと思うほどじゃない。
日頃立ち仕事が殆どで、店内を駆け回ったりギターを弾いたりしているうちに体力がついたんだろうか?
「どうする?もう寝るか?」
「まだ俺は眠くないです。」
「私も同じです。」
「そうか。じゃあ折角4人居ることだ。トランプで遊ぶか。」
「トランプ、持ってきてたんですか?」
「暇潰しには絶好の遊び道具だからな。さ、二人共こっちへ。」
俺と晶子はマスターと潤子さんが座っている場所、敷居を越えて202号室側の「空き地」へ向かう。
その間にマスターは鞄を弄(まさぐ)って掌大の長方形の箱を取り出して戻って来た。
「何やります?」
「4人居るんだ。何と言っても大富豪だろう。知ってるか?」
「あら、大富豪?二人じゃまともに出来ないし、丁度良いわね。」
「知ってますけど・・・、俺、滅茶苦茶弱いんですよね。」
「私の実家の方だと『大貧民』って言うんですよ。」
「ローカルでルールが違うからな・・・。今回はジョーカーを万能札(ふだ)にして、最高は2のカードで一番弱いのが3のカード。
で、大富豪と大貧民はカードを2枚、富豪と貧民はカードを1枚交換。最初はじゃんけんで順番を決めてカード交換はなし。これで良いかな?」
「ええ、良いですよ。ジョーカー以外は俺が知ってるルールと同じですし。」
「分かりました。私が知ってるルールと同じですから。」
「私も異議はないわ。」
「よーし、それじゃ早速始めるか。」
マスターは4人が輪になったところで意気盛んにカードをシャッフルして、潤子さんを基点にして時計回りに配る。
俺は配られたカードを手に取って見る。・・・うげっ、いきなり4や5のカードかよ。このままじゃ大貧民決定だな・・・。
カードが全員に配り終えられたところで、それぞれ手持ちのカードを確認する。
俺は・・・正直言ってかなりきつい。余程運が良くないと大貧民確実だ。最初のじゃんけんである程度勝負が決まる。此処は絶対勝たないと・・・。
「よし、皆、準備は良いか?」
「はい。」
「ええ。」
「良いわよ。」
「それじゃじゃんけんだ。せーの・・・じゃんけん、ぽいっ!」
マスターの掛け声で全員が一斉にそれぞれの手の形を前に突き出す。
・・・勝った。珍しくじゃんけんに勝った。俺は思わずガッツポーズをしてしまう。
これで弱い上に単品のカードを最初に処分できる。これは幸先良いかも・・・。
「これで終わりにするか。もう12時超えたし。」
マスターの「終了宣言」で俺は胸を撫で下ろす。
2時間以上続いた大富豪。俺は最初のじゃんけん勝利が功を奏したのか、どうにか大貧民で終わることは免れた。
ちなみに最終地位は大富豪が晶子、富豪が潤子さん、俺が貧民で、マスターが大貧民。女性陣が勝って男性陣が負けた格好だ。
こんなところでも女性が強い時代なんだろうか?
それにしても今日は激戦だった。殆ど1回毎に目まぐるしく地位が入れ替わるなんてこのゲームじゃ珍しい。
高校時代、バンド仲間と合宿した時に休憩がてらやった時は、大貧民に転落してから殆ど不動だったりすることが多くて、我が身の不幸を呪ったもんだ。
大富豪からいきなり大貧民に転落、なんてこともあったし。
マスターは全員のカードを纏めて角を床で整えて箱に仕舞う。
白熱したゲームを反映してか、俺は汗だくになっている。晶子や潤子さんは揃ってポニーテールを解いて熱そうに襟元を前後に動かして換気している。
・・・時々胸元が見えるんだけど・・・黙っておこう。浴衣って涼しいものかと思っていたけど、内側からの熱は対象外なんだろうか。
「朝食って何時でしたっけ?」
「8時だぞ。ふう、泳ぐより疲れたような気がするな・・・。」
「凄い激戦だったもの。疲れる筈よ。」
「それじゃ寝ましょうか。充分疲れたことですし。」
「そうしよう、そうしよう。お休み。」
「「お休みなさい。」」
「お休み。また明日ね。」
俺と晶子が敷居を跨いで201号室の側に戻ると、潤子さんが襖を閉める。これで部屋は二つに分かれたわけだ。
もっとも、襖一枚隔てただけじゃ分かれたことにならないような気がするが。
さて・・・問題はここからだ。布団は2つ。だがご丁寧にもぴったりくっ付けて並べられている。
多分、否、きっと晶子が俺の布団に潜りこんで来て、月曜日の夜と同じように俺の肩口を枕にして寝ようとするだろう。
普段はさして気にならなくなったが、今日は場所も雰囲気も違う。
和室に布団が2つ並べて敷かれていて、遠くに微かにだが波の音が聞こえる。新婚初夜を思わせる雰囲気に、俺は寝るか、の一言が言い出せない。
「祐司さん。どうしたんですか?」
「ん?ああ、いや、何だか何時もと雰囲気が違うなって・・・。」
「私も・・・同じ思いです。」
晶子も声を潜める。その表情は当惑というか、期待と不安が交錯しているような感じだ。
期待って・・・何考えてんだ、俺は。俺と晶子がそういう関係になるには時間をかけて段階を踏んで・・・って、そういう問題じゃない!
俺は頭を強く何度か横に振って「邪念」を追い払う。
「明日もあることだし・・・寝るか。」
「ええ。」
晶子からはさっきの俺の行動を問い質す言葉は出なかった。それに安心した俺は、電灯の紐を何度か引っ張って部屋の明かりを消す。
一転して暗闇の世界になった部屋の中で、俺と晶子は布団に入って身を横たえる。疲労感がじわじわと頭を擡(もた)げてくる。
このまま寝てしまえばそれで良い・・・。
・・・と思っていたら、何やら物音が聞こえて来た。
晶子もそれに気付いたらしく、むくっと身体を起こして物音の方を向く。
その物音は襖の方から聞こえて来る。
俺は布団から出て音を立てないように襖に近付く。晶子もそれに続いて襖の直ぐ傍まで来る。
物音は無声音と何かが蠢くような音で構成されている。
「疲れたからって・・・そう簡単には・・・寝させないぞ・・・。」
「あ、は、はあ、はあ・・・。も、もっと・・・。」
ずずっ、もぞもぞ・・・
「此処かな・・・?一番・・・感じる所は・・・。」
「ん、んん・・・くうっ、あ、はあ、くはっ、んくっ、はあ、そ、そこ・・・。」
お、おいおい・・・。まさかあの二人、襖一枚隔てたところに俺と晶子が居ることを忘れてやしないか?
暗闇に慣れてきた目で晶子を見ると、晶子は襖に耳を向けて真剣な表情で聞き入っている。
尚も途絶えることなく聞こえて来る物音を耳にして、俺は思わず生唾を飲み込んでしまう。
「あ・・・!はあっ、はあ、はあ、あはぁ、んふう・・・。」
「ん、ん、ん、ん、ん・・・。」
パン、パン、パン、パン、パン・・・
「うん、ん、ん、ん、ん、ん、うくっ!」
「あ、あ、ああ、あ、あ、あっ、んああっ!」
「・・・ん・・・。」
「・・・ああ、はあ、はあ、はあ・・・。も、もっと・・・。」
「これからだぞ・・・。本番は・・・。」
かさっ、ずずっ・・・
「もっと高く・・・。」
かさかさっ・・・
「こ、こう?」
「そうそう・・・。いいぞ・・・ん!」
「!くはぁっ!あ、ああ、あ、あ、ああ・・・。」
「うん、くっ、くっ、ん、ん・・・。」
パン、パン、パン、パン、パン・・・
・・・あーっ!このまま聞いてたらこっちまでその気になっちまう!無視してとっとと寝るのが賢明だ。
俺は四つん這いになって自分の布団に戻って頭まで掛け布団を被る。こうすりゃどうにか音は・・・一部聞こえてくるが許容範囲内だ。
落ち着け、落ち着け・・・。波の音の方に神経を集中するんだ・・・。
少ししてようやく心が静まりかけた時、俺の掛け布団が捲られて何かが侵入してくる。
晶子!今は入ってくるな!俺が何しでかすか分からないんだから!
だが、そうは思っても言葉が出ない。
静まりかけていた心が再び激しく揺れ動き始め、無意識のうちに呼吸が荒くなってくる。俺は呼吸を鎮めようとするのが精一杯だ。
だが、晶子はそんな俺の状況など知る由もなく、俺の肩口に頭を乗せて身体を寄せてくる。
此処までは月曜日の夜と同じだ。しかし今日は足を絡めてきて、俺の左半身の上にうつ伏せになったような体勢になる。
感づかれてしまっただろう。俺の下半身の一部があの物音にしっかり反応していることを・・・。
「・・・祐司さん、興奮してますね?」
晶子が顔を上げて囁くように尋ねる。
「し、仕方ないだろ。あんな物音聞いた後なんだから。」
「でも、それは自然な反応ですよ。私も・・・何だか身体が熱い・・・。」
「・・・。」
「浴衣って・・・着崩れしやすいんですよね・・・。」
「・・・それがどうしたんだよ。」
「去年のクリスマスコンサートの音合わせでお店に泊まらせて貰った時、私が聞いたの物音もあんな感じだったんですよ。
ベッドがぎしぎし言う音も混じってましたけど。」
「そりゃ、目も覚めるわな。」
「収まりそうにないから祐司さんの部屋へ避難することにした時は凄くドキドキして訳が分からないほどだったんですけど・・・
一方で羨ましいなぁ、って思って・・・。自分を全部曝け出して愛し合えることが・・・。」
「・・・言っとくけど、俺も一応男なんだからな。」
「分かってます・・・。そうじゃなかったら・・・布団に潜り込んだりしませんよ・・・。」
俺の頭の中で何かが弾ける。
俺は身体を回転させると同時に晶子の背中に手を回して態勢を入れ替える。布団の端の方で俺が晶子の上に覆い被さったような状態になる。
鼻先が触れ合うほどの距離で俺と晶子は見詰め合う。
意識が急速に晶子に集約されていく。
襖の向こうから聞こえる物音や窓の向こうから微かに聞こえる波の音は聞こえなくなり、代わりに晶子の早くて浅い呼吸音が聞こえて来る。
晶子の両腕が俺の背中に回る。
それと同時に俺は晶子との距離をゼロにする。唇に感じる柔らかい感触がすぐさま別の柔らかさと熱さを伴うものに代わる。
俺は口を開いて晶子の下を受け入れる。
一頻り互いの口の中で舌を絡ませて吸い合った後、ぷはっという音と共に口を離す。
速度は速いまま、勢いが荒くなった俺と晶子の呼吸音が入り乱れる。
晶子は目を閉じたまま足を動かし、俺は身体を挟み込まれた態勢になったのを感じる。
俺の下半身と晶子の下半身が薄い布を通して触れ合っていることになる。そう感じると、俺は益々呼吸が荒くなってくる。
俺は晶子の左の首筋に唇を押し付ける。はあ、という音が聞こえる。
甘酸っぱい匂いと石鹸の香りが交じり合った何とも言えない良い匂いがする晶子の首筋に、俺は唇を這わせる。
そして晶子の背中から腕を離し、晶子の両脇に置く。晶子は何一つ抵抗することなく、ただ速くて荒い呼吸音を繰り返すだけだ。
俺は一旦晶子の首筋から唇を離すと、晶子の身体をじりじりと布団の真中辺りに持っていく。丁度晶子の頭が枕の上に乗る位置だ。
そこで再び晶子の左の首筋に唇を這わせる。
俺の背中に回っている晶子の手が何かを弄(まさぐ)るかのように動き、時にぐいっと俺を抱き寄せる。
胸の感触がよりリアルに伝わってくる。もしかして・・・浴衣が乱れてるんじゃないか?
唇を晶子の首筋に付けたまま、俺は右手を晶子の浴衣の隙間へと動かす。
汗を吸い込んで柔らかくなった布の感触の他に、滑らかで緩やかな凹凸のある感触を感じる。これって・・・胸だよな。
俺はこのまま浴衣の隙間に手を突っ込んで良いものかどうか迷って手を止める。
あの独特の感触をこの手でじかに味わってみたいのは山々だが、晶子が嫌がるかもしれないし・・・。
「さ、触って・・・良い・・・ですよ・・・。」
速くて荒い呼吸の中に晶子の無声音が混じってくる。
俺は少し躊躇したが、思い切って浴衣の隙間に手を突っ込み、左側の膨らみを手で覆うように触れる。
その瞬間、晶子の身体がびくんと反応する。普段胸に触れるときにはこれほど敏感な反応はしないのに・・・。それだけ興奮してるってことか?
俺は手で晶子の胸を揉み解(ほぐ)す。自由自在に変形するその膨らみは思った以上に豊満で、俺の片手だけだと全体を掴みきれない。
晶子の呼吸はより速く荒くなる。俺は晶子の胸の感触を堪能しつつ、首筋に付けた唇の動きを再開させる。
二重の「攻め」が相乗効果を発揮したのか、晶子は身体をもぞもぞと動かしながら小さな喘ぎ声を上げる。
その声を聞いていると俺は益々興奮してくる。もう頭のブレーカーが吹っ飛んだような感じだ。
俺は唇を晶子の左の首筋から下顎から喉もとの辺り、そして右側の首筋へとゆっくり唇を這わしていく。途中からそれに舌を加える。
晶子は俺の動きに従順に首を動かす。速くて荒い呼吸音は変わらない。
唇を動かすことで疎かになっていた手の動きをより速く、そして少し力を加える。
本当に柔らかい。それに凄く滑らかで・・・。服を通してではない、掌に直に伝わってくるそれらの感触を存分に堪能する。
初めて触れる、晶子の手以外の素肌はきめ細やかで、絹の手触りよりずっと滑らかだ。
俺は存分に晶子の胸の感触を味わった右手を引き抜くと、続いて左手を浴衣の隙間に差し込んで反対側の膨らみを掴む。
俺は晶子の首筋から唇を離して晶子の唇を覆う。そして迷うことなく舌を差し出す。
晶子の唇は待ちきれないと言わんばかりに、俺の唇が触れるとほぼ同時に開いて俺の舌を受け入れ、少しの間、俺がしたい放題にさせてから舌を絡めてくる。
晶子の口の中で舌を濃密に絡ませながら、俺は晶子の胸をゆっくり、そしてじっくり掴んで彼方此方に動かす。
晶子の鼻息が一層荒くなり、身体を何度も細かく捩(よじ)る。
手が動くことで動きが鈍くなった俺の舌に、蔦のようにしっかり絡み付いて強く吸う。
多少痛みを感じるが、それが一層俺の頭を熱く沸騰させる。
俺は晶子の浴衣から左手をゆっくり引き抜き、晶子との深く濃厚なキスに専念する。
互いの舌が絡み合い、互いの口の中を這い回り、互いの舌を吸う。
俺と晶子の口は全開状態で、首を傾けて互いの口を横断するように重ね合わせている。
舌を絡めるキスの時は必然的に口を開くが、ここまで大きく広げたことはなかったと思う。俺は勿論、晶子の頭のブレーカーも吹っ飛んだようだ。
俺は右手をゆっくりと下半身の方へ動かしていき、もぞもぞとあるものを探す。
ことがこんなに進んだら迷うことはない。胸の次に触りたい場所、太腿を探す。
昼間見た時ほっそりしていた足は、それだけ無駄な肉がなくて引き締まっているっていう証拠だ。
昼間の水着姿を思い浮かべると、俺の頭の中は極限まで熱くなる。早く触りたくて仕方がない。
暫く宙をさまよった俺の右手に、滑らかな感触が伝わる。これだ!
俺は掌全体を晶子の太腿の内側にくっつける。その瞬間、胸に触ったときのように晶子がびくんと身体をばねのように一度大きく動かす。
俺はゆっくりと晶子の太腿を撫でる。晶子は身を何度も捩り、限界を思わせるほど呼吸を荒くする。
俺は躊躇することなく手をじわじわと下へ向けて動かしていく。
すると晶子の身体の動きが止まり、呼吸が荒っぽく投げ放っては取り込むようなものから、ん、んん、という声を伴うパルスのようなものに変わる。
目を開けて見ると、晶子の眉間に皺が刻まれている。
身体からはさっきまでの全てを曝け出すような開放的な脱力感が消え、硬直して微かに震えているのが分かる。両足が俺の身体をより強く挟み込む。
それらを見聞きし、そして感じた俺の頭から、すうっと熱さが消えていく。
俺は晶子の太腿から手を離し、両手を晶子の身体の横に置いて腕立て伏せのように身体を持ち上げて晶子から口を離す。
晶子の身体の硬直と足に込められた力が消えて、弾力を取り戻す。晶子がゆっくり目を開けて俺を見据える。
「どうして・・・止めちゃうんですか・・・?」
「まだ早い・・・。晶子の身体がそう言ってた・・・。俺も・・・そう思った。」
俺は身体を起こす。敷布団が捲れて晶子の状態が薄明かりの中に浮かび上がる。
長い髪が敷布団に広がり、浴衣は乱れに乱れて胸の谷間は勿論、両側にある膨らみの一部が見える。
下半身の方に目を向ければ、裾が完全に捲くれ上がって足と下着が剥き出しになっている。
俺は無言で晶子の浴衣を出来るだけ直して、晶子の身体の上から脇に退いて仰向けになる。
耳に再び襖の向こうから聞こえる物音と微かな波の音が聞こえて来る。
「したくないって言えば嘘になる。一線を超えることを全然意識しなかった。でも・・・晶子の変化で俺は、晶子がまだ完全に全てを許す気に
なってないと思った・・・。」
「・・・。」
「隣の部屋の生々しい物音を聞いた後で晶子が俺の布団に潜り込んできたから、その時点で俺は晶子がその気だと思い込んだ。
俺はその気になってやりたい放題やった。だけど、晶子の足の付け根に俺の手が近付いた時、晶子の反応が変わった。緊張してるんじゃなくて、
まだ心の準備が出来てない、って言ってるように思った・・・。」
「祐司さん・・・。」
俺は晶子の方に顔を向ける。
晶子は右半身を下にするように身体を起こして俺の方を向いていた。
「勢いだけで進んだら・・・それだけの関係になっちまいそうな気がするんだ・・・。時間をおけば良いとは言わないけど、俺も晶子も完全に
全てを曝け出す気持ちが出来てからの方が良いと思うんだ・・・。そのために時間がかかっても構わない。かかっても変じゃないと思う・・・。」
「・・・。」
「晶子が抵抗しないのを良いことにしたい放題して来たのに急に抵抗されて、気分を壊されたから嫌になって止めたんじゃない、ってことだけは・・・
信じて欲しい。」
「・・・一つだけ聞いても良いですか?」
「ん?」
「私のこと・・・どう思ってますか?」
晶子の少し不安げな問いかけに、俺は思ったままを答えにする。
「愛してる・・・。」
晶子の目が潤み、嬉しそうに顔が綻(ほころ)ぶ。そして俺に覆い被さるように抱きついて、首に両腕を回して強く抱き寄せる。
「私も・・・愛してます・・・。」
晶子の嬉しい、幸せな気分にしてくれる言葉を聞きながら、俺は晶子の背中にそっと手を回し、きゅっと抱き締める。
俺と晶子は暗闇の中でただ抱き合う。それだけで俺は充分幸せだ。
こうして晶子を抱きしめることで柔らかさと温もりを感じられることがどんなに幸せなことか・・・。
頭のブレーカーが吹っ飛んで逆上せ上がった思考回路に任せて大きな一線を超えなくて良かった・・・。
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