雨上がりの午後
Chapter 69 海で浜辺で戯れる二人
written by Moonstone
「きゃっ!お返しですよぉ!」
「うわっぷ!あはは、やられたなぁ。」
俺と晶子は腰まで海に浸かるくらいの場所で海水をかけ合う。水飛沫が飛び散る度に太陽の光を受けて宝石のように輝く。
少しひんやりした海水を浴び、晶子に海水をかけて遊んでいると、暑さを忘れてしまう。
「ねえ、祐司さん。潜れますか?」
「久しぶりに海に入ったからちょっと不安はあるけど、大丈夫。」
「じゃあ、潜りっこしましょうよ。」
「オッケー。それじゃあ・・・せーの!」
俺と晶子は大きく息を吸い込んでほぼ同時に海に潜る。目を開けると異物を含んだ水が多少目に染みるが、開けていられないほどじゃない。
直ぐ前には晶子が見える。長い髪が海藻のようにゆらゆらと潮の満ち引きに揺れている。人魚が居たらこんな感じなんだろうか?
晶子がゆっくりと俺の方に近付いてくる。そして俺の手を取って沖の方へ向きを変えてゆっくりと泳ぎ始める。
俺はそれに倣って晶子と共に沖の方へ向かって足をゆっくりばたつかせる。人魚に海の城へ連れて行かれるような感じだ。
人の下半身が殆ど見えなくなったところで、晶子は急上昇して海面へ向かう。俺もつられて海面に向けて急浮上する。
肺に詰め込んでいた域を一気に解放して周囲を見回すと、人が大勢居る浜辺周辺がかなり遠くに見える。
俺と晶子の周囲には殆ど人は居ない。二人きりになったと言っても過言じゃない。
「かなり泳いだなぁ。」
「久しぶりって言う割にはちゃんと泳げるじゃないですか。」
「まあ、苦手な方だった体育で唯一と言って良いほど人並みに出来たのは水泳くらいだったからな。身体は結構しっかり覚えてるみたいだ。」
人気が少ない、否、殆どないこの場所は、波が身体に当たって立てる音以外は無音と言っても良い。
改めて晶子を見てみると、水分をたっぷり含んだ髪が頬や首筋に張り付いていて、上から照りつける光で彼方此方が虹色に輝いている。
本当に御伽(おとぎ)話に出てくる人魚みたいだ。その大きな瞳で見詰められると、何か魔法をかけられたような気分がする。
「祐司さん。」
「あ、ん?何だ?」
「もう一回潜りっこしましょうよ。」
「このまま竜宮城へ連れてってくれるとか?」
「ふふっ。そう出来たら良いんですけどね。」
そう言って目を細めて微笑んだ後、晶子は大きく息を吸い込む。俺も大きく息を吸い込んで晶子とほぼ同時に海に潜る。
マリンブルーの世界は何の音もしない。下をチラッと見れば、群青色の世界が奈落の底のように広がっている。此処がかなり深い場所だということが分かる。
そんなことを思っていると、俺の手がぐいと手繰り寄せられる。少し遅れて身体が引き寄せられると、その先には・・・晶子の唇の出迎えがあった。
俺と晶子は海の中でキスをしている。その幻想的で俄かに事実だと信じられないことに俺は目を大きく見開いて晶子を見る。
晶子は目を閉じていて、何処かうっとりと陶酔しているような雰囲気を感じる。
俺の唇に柔らかいものが当たり、そっと割って入ってくる。
海の中で人に見られないのを良いことにディープキスか?!俺は観念して−内心興奮していたりもするが−口を開いて晶子の下を受け入れる準備をする。
と思ったら、晶子の舌は直ぐに引っ込んでしまう。その代わりに俺の口に芳しい匂いの息が吹き込まれてくる。
俺はその息を外の空気で満杯に近い肺に深く吸い込む。
・・・成る程。晶子のしたいことが分かったぞ。
俺は晶子からの域の吸入が終ると、ゆっくりと息を晶子の口の中に吹き込む。少し漏れた空気が大小の泡になって浮上していく。
海の中でのキス、それも互いの息で呼吸するなんて勿論初めてだ。
滅多に読まない小説でもこんなシーンは見たことがない。
俺は晶子を抱き寄せて、その背中に両手を回す。俺の剥き出しの胸に晶子の胸が水着一枚を挟んで強く押し付けられる。
その柔らかい感触が気持ち良くて、その感触をもっとしっかり感じようと晶子を強く抱き締める。
んん、というくぐもった声がして、晶子の口から少し多めの息が一気に俺の肺に吹き込まれる。・・・ちょっと強過ぎたか。
俺は少し手を緩めて晶子に息を届ける。晶子は俺の首に腕を回して少しも息を漏らすまいとする。少しして晶子から息が戻ってくる。
そんな海中での息の送り合いが何度も続く。こうしていると、何時までも潜っていられそうな気がする。
それでも少しずつではあるが、空気が口と口の隙間から漏れて往復させられる息の量が少なくなってきた。
ちょっと息苦しく感じたところで俺は晶子からゆっくりと唇を離し−いきなりだと海水を吸い込んでしまいかねない−、晶子を抱き締めたまま
浮力に身を委ねて水面へ向かう。晶子の腕は俺の首から離れないでいる。
水面にほぼ同時に顔を出した俺と晶子は、肺の空気を入れ替える。
晶子の息を散開させるのはちょっと惜しいが、このままじゃ窒息してしまう。
両腕が俺の首に回されたままだから、晶子の顔は俺の直ぐ傍にある。鼻先同士が触れ合うくらいの距離だ。
「・・・あんなキス、初めてだよ。」
「私もですよ。前に読んだ文庫本でよく似たシーンがあったんで、折角人気の少ないところに来たからやってみようかな、って。」
「こんな遠浅のところまで俺を連れてきたのは、最初からそれが目的だったとか?人魚姫。」
「そうかもしれませんよ。王子様。」
俺と晶子は笑みを浮かべると、少し息を吸い込んで再び海中に潜り、今度は海面すれすれのところで軽いキスを交わす。
そして海面に浮上すると、晶子はようやく俺の首から両腕を離して、自然に手を取り合って浜辺の方へ泳ぎ始める。
人魚姫に王子様、か・・・。御伽話の世界で仮に俺と晶子がそういう間柄だったら、溺れた俺を晶子が救ってくれたんだろうか?
さっきみたいに息を吹き込むことで・・・。
俺と晶子は手を繋いだまま浜辺に上がり、マスターと潤子さんが居る場所へ戻る。
マスターは手を後ろで組んで横になっていて、潤子さんは長いすらっとした足を投げ出して両腕で支えるようにして座っていた。
「結構長い間遊んでたわね。一旦休憩、ってところ?」
「かなり沖の方まで泳いだんで・・・そんなところです。」
「あら、二人して沖の方まで泳いで行ったなんて・・・さては何か良いことしてたわね?」
「そ、そんなことないですよ。」
潤子さんの鋭い突っ込みに、俺は一瞬動揺を見せてしまうが何とか知らん振りをしてみせる。
・・・俺のことだから多分顔に出てるんじゃないかな・・・。こういう時は知らぬ存ぜぬを通すに限る。
「潤子。若い二人が沖の方まで出かけていったんだから、何もない方がおかしいぞ。」
「そう言われてみれば確かにそうね。」
「あっさり納得しないで下さいよ。」
「ペアリングを左手の薬指に填めてるお二人さんが幾ら弁明しても、全然説得力がないぞ。」
マスターの言うことはもっともだ。
ペアリングを填めてる場所が場所だからちょっと若い夫婦と思われても仕方ないし、実際泳ぎに出かける前に晶子に言い寄ってきた男達にも効果絶大だった。
この指輪を晶子の願いどおりに左手の薬指に填めたと同時に、また一つ既成事実が出来てしまったようだ。まあ、それならそれでも良いんだが。
ペアリングを左手の薬指に填めるようになってから、店での客の視線が明らかに変わった。
何せファンが多い晶子が左手の薬指に俺と同じ指輪を填めているんだから。
それに気付いた男性客、特に塾帰りの高校生集団が俺を見る目には、強烈な敵意と言うか殺意と言うか、そんな感情が篭るようになった。
だから出来るだけ左手を客に、特に男性客には見せないようにしているんだが、ステージに上がってギターを弾くときや注文を取ったりする時に
どうしても見えてしまうし、晶子に至ってはさり気ないつもりで見せびらかしていたりする。
ペアリングをプレゼントしたのは早まったことだったかな・・・。
「さて、俺もひと泳ぎしてこようかね。」
マスターがコーヒーの缶を置いて、サングラスを取ってゆっくりと立ち上がる。それに続いて横にいた潤子さんも立ち上がる。
「私も行くわ。折角海に来たんだから、海に入らないと損よね。」
「じゃあ、行くか。」
「ええ。」
「俺達も行きます。」
俺は晶子の手を取って立ち上がる。晶子はちょっと驚いた顔をしながら立ち上がる。俺の方から晶子の手を取るのはそうそうないからな。
本来はもっと俺の方から積極的に手を繋ぎに出るべきなんだろうけど、何だかな・・・。
「四人一緒だったら、楽しさ倍増ね。」
「よし、俺も君達若い者に負けないところを見せてやろう。」
「無理は禁物ですよ、マスター。」
「ふふふ。俺の肺活量を甘く見るなよ。」
マスターは不敵な笑みを浮かべる。その人相が災いしてかなり怖い。もっとも当の本人は欠片も意識しちゃいないだろうけど。
俺達四人は横に並んで海へ向かう。マスターが近付くと人波に大きな空間ができるのは、気のせいじゃないだろう。
本当にこんないかついおっさんを潤子さんが怖がらないのは不思議でならない。
「潤子さん、白い水着で水に入って大丈夫なんですか?」
「勿論よ。それとも透けるところが見たいとか?」
「あ、いや、そういうつもりじゃ・・・。」
「ゆ・う・じ・さ・ん。」
横に居た晶子が俺の左耳をぎゅっと引っ張る。その形相がこれまた怖い。
下唇をぐっと噛み締めて眉を吊り上げたその表情は、去年の俺の家の大掃除の休憩がてら出かけた喫茶店で、俺達に誹謗中傷を並べ立てた
おばさん連中に見せた表情を思い起こさせる。
「痛い、痛い、痛い!」
「何考えてるんですか?妙な考えは許しませんよ!」
「だ、だからちょっと心配になっただけで・・・。」
「潤子さんがそれなりの対策をしてない筈がないでしょ?祐司さんは余計なこと考えないで私の方だけ見てれば良いんです!」
「わ、分かった!分かったから離してくれ!」
俺が懇願すると、晶子はようやく俺の耳から手を離す。
手を離した後でも耳がじんじんと痛むが、晶子がこんなに嫉妬の感情を露にするなんて初めてなんじゃないか?
それだけ潤子さんをライバル視してるってことかもしれない。
「祐司君。生憎だけど、ちゃんとサポーターを着けてるから安心して。」
「は、はい。それにしても痛い・・・。」
「ははは。祐司君。余計な心配したお陰でとんだ目に遭ったな。まあ、晶子ちゃんの言うとおり、彼女のことだけ心配することだな。」
「・・・そうします。」
「さて、四人一斉に泳いでみましょうか。」
俺達は海に入って腰の辺りまで浸かったところで、一斉に沖へ向かって泳ぎ始める。
ついさっきまで泳いでいた俺は疲れも大して感じることなく、海水を掻き分けて泳ぐ。
晶子も疲れた様子はない。こうなったらマスターや潤子さんに負けるわけにはいかない。頑張って泳ぐか。この暑い陽射しの下で・・・。
その日の夜、宿で夕食を食べた俺達は外に散歩に出た。
勿論と言うか当然と言うか、宿を出るところまでは四人一緒で、それ以後はマスターと潤子さん、そして俺と晶子のペアに分かれて
それぞれ自由に夜の浜辺を散策することになった。
四人一緒でわいわい楽しく、というのでも良かったんだけど、やっぱり晶子と二人きりになれるほうが良い。
晶子は昼間の一件のことなどすっかり忘れたように、俺の左手をしっかりと握ってぴったりと身体を寄せている。
半袖の白のポロシャツにベージュのキュロットスカートという出で立ちの晶子は、濃い目のグレーのTシャツに明るいグレーのズボンという
俺の服装よりずっと夏らしい。俺は服装には無頓着だからな・・・。
夜の浜辺は波が寄せて返す音が周期的に聞こえて来るだけで本当に静かだ。
勿論、浜辺の彼方此方にはカップルが居て、歩いていたり座っていたりしながら仲睦まじく談笑している。
遠くに漁火(いさりび)、近くに民宿や民家の明かりが見えるくらいの暗闇は、カップルにとって絶好の愛の語らいの場だろう。
「・・・こんなこと話すのも何だけどさ・・・。」
暫く無言で晶子と歩いていた俺は、ちょっとした決意の後に口を開く。
「こうして夜の浜辺を付き合ってる相手と歩くのは初めてなんだ・・・。」
「優子さんとは海に行かなかったんですか?」
「行ったよ。2年と3年の夏に。でも高校生だったから泊りがけで行くなんてどだい無理な話だから、日帰りだった。
親を騙す口実が見つからなかったしな・・・。」
「バンドの人達とは一緒に行かなかったんですか?」
「バンドの連中とは海へは行かなかった。代わりにスタジオで練習三昧の日々だった。学校の夏期講習が終ってからスタジオへ直行、なんてことも
しょっちゅうだったな。・・・宮城には私を放ったらかしにして、って怒られたこともある。」
「そりゃ怒りますよ。バンドの練習も大切でしょうけど、彼女には出来るだけ構ってあげないと。」
「その分、卒業旅行では二人きりを満喫したけどな・・・。二人揃って親を騙して・・・。」
俺の口元から小さな溜息と共に笑みが零れる。今更過去の思い出に浸ったところでどうになるわけでもないのに・・・。
それに今、俺はその思い出を思い出に留めて、新しい相手と時間を共にしているっていうのに・・・。
「・・・私は・・・兄と二人で海に泊りがけで来たことがあるんですよ・・・。」
今度は晶子が過去を語り始める。しんみりとした口調で・・・。
思えば晶子が自ら過去を語るなんて、そうそうなかったことだ。
「一緒に泳いだり水を掛け合ったり、こうして夜の浜辺を歩いたり・・・。丁度今日と同じような感じで・・・。」
「だから、兄さんにそっくりな俺を選んだのか?」
「そういうわけじゃないです。ただ、祐司さんを見てると、時々どうしても兄の面影が重なるんですよ・・・。この夏も実家に帰らなかったのは、
兄に会うことで祐司さんとの今を壊してしまうような気がしたからなんです・・・。」
「そうか・・・。俺達、それぞれ思い出を背負って今一緒に居るんだな・・・。」
俺はふと空を見上げる。
工場もない、民家も遠いこの場所は、夜空の宝石が人工の光に遮られることなく煌びやかに輝いている。微かに天の川も見える。
新年早々の宮城との遭遇から半年以上過ぎた。あれ以来宮城からは何の音沙汰もない。
俺の中でようやく宮城への気持ちが綺麗な思い出だけ残して整理されたように思う。
再び俺と晶子の間に沈黙の時間が流れる。
波の音だけが、幼子をあやすようなゆったりした周期で繰り返される。聞いているだけで心が安らぐ。
俺と晶子は立ち止まって、安らぎの音の源である海の方を見る。
夜の海は砂浜に近付く時に波が崩れ落ちる時の白さを見せるが、それ以外は墨を流し込んだように真っ黒に染まっている。
星が煌く空とは違うその色合いは、不気味ささえ感じさせる。
ふと晶子の方を見ると、晶子は自分の左手を愛しげに見詰めている。その薬指には勿論、俺がプレゼントしたペアリングの片割れが光っている。
リングは僅かな光を受けて白銀に煌いている。砂浜に零れ落ちた星のように。
「どうかしたのか?」
「この指輪を私がこの指に填めてること、嫌に思いませんか?」
「・・・照れくさいな。前にも話したと思うけど、智一が俺のを見て、晶子が同じ指に填めてるって聞いて半分錯乱したくらいだし。
左手の薬指ってのは特別な位置だからな。一つの大きな絆を意味するから・・・。」
「私、あまりアクセサリーとか付けないほうじゃないですか。それだから、この指輪、結構目立つみたいなんです。この指輪を貰ってから
言い寄られる回数が激減しましたよ。昼間、潤子さんが言ってましたけど、人妻に手を出そうとする人はそうそう居ないですね。」
「人妻って・・・。」
「この指輪をこの指に填めた時から、私の中では大きな区切りが出来たな、って思ってるんです。私は祐司さんから貰ったこの指輪で
他の男の人を容易に寄せ付けない、強力な力を得たんだって思うと嬉しくて・・・それに・・・幸せなんです・・・。」
「俺には言い寄ってくるような女は居ないけど・・・この指輪を見てると、晶子と距離は離れていても繋がってるんだなと思う。
この指輪の片割れが好きな相手の同じ指に填まってるって思うと、何て言うか・・・こう・・・安心できる。」
「私、日記まがいの小説かいてるでしょ?それでキーボードを叩いている時に必ずこの指が視界に入るんですよ。それで、ああ、今日はこんなことが
あったなとか、祐司さんとあんなお話したなとか、自然と頭に浮かんでくるんです。記憶の引出しの鍵みたいですよね。」
「・・・無くすなよ。その指輪はこの世にそれ一つしかないんだから。」
「はい。」
晶子は柔らかい笑みを浮かべる。民家などからの淡い光で浮かび上がったその笑みは、月の女神という代名詞が相応しい。
俺は晶子と向かい合う形になって、その華奢な左腕を取って目を閉じながら晶子に顔を近付ける。晶子もそれに合わせるかのように目を閉じていく。
俺の唇に柔らかくてほんのり温かい感触が伝わる。少しして俺の右腕がそっと掴まれる。晶子の左手だろう。
俺と晶子は暫しの間、俺が少し屈みこむ形でそのままの姿勢を保つ。
どのくらい波の音が繰り返されたかは分からない。
俺は近づけたときと同じくらいゆっくりと晶子の唇から距離を開けていく。
唇の感触がなくなったことを感じてか、晶子は俺の動きに呼応するような速さで目を開ける。
その表情は暗闇でよく分からないが、何故?と言いたげなものだ。
「・・・もう、止めちゃうんですか・・・?」
「これからでも出来るだろ?」
「・・・もう一回。」
晶子は呟くように言うと再び目を閉じる。去年のクリスマスプレゼント以来何度となくキスをしてきたが、キスの催促なんて初めてだ。
だが据え膳食わぬは男の恥。周囲をひととおり見回してみるが、暗闇に隠れて人影は殆ど見えないし、見えたとしてもカップルが俺と晶子と同じ、
否、場合によってはそれ以上に濃厚なラブシーンを展開している。俺は覚悟を決めて、目を閉じながら唇を「標的」に近づけていく。
柔らかくて弾力のある感触が唇に伝わってくる。程なく晶子の唇が開く。
何かと思ったら、俺の唇を割って入って歯に別の柔らかくて、そして熱い感触のするものが、開けと言わんばかりに小さく何度も触れる。
俺がその「催促」に応えて口を開けると、開き切るのが待ちきれないかのように、その柔らかくて熱いものがずいと口の中に割り込んでくる。
そしてそれは俺の口の中を歯の裏側や上顎に至るまで彼方此方這い回り、そして俺の舌に絡み付いてくる。
それを離すまいと舌を絡めようとした途端、晶子の舌はするりと俺の舌から離れ、入って来た時と逆にそそくさと「逃げて」いく。
俺はその後を追って晶子の口の中に舌を入れて、晶子がやったように口の中を満遍なくかき回し、その不思議と甘酸っぱい味を堪能した後で
晶子の舌に絡みつかせる。
晶子の身体から力が抜け始めて、何とか踏み止まろうとするかのように、俺の左手を握る右手と俺の左手にかかっている左手に力が篭る。
俺は晶子の身体が崩れ落ちないようにと、晶子の左腕から手を離して晶子の背中に腕全体を回して自分の方に晶子の体全体を押し付ける。
時に互いを離すまいと二つの舌が動き、時に吸い合ったりしているうちに、俺はふと鼻でしている呼吸が荒くなっていることに気付いて呼吸の勢いを落とす。
すると晶子の舌が何をしてるのと叱咤するように、より激しく舌を絡め、吸ってくる。
俺の鼻の近くの頬にかかる晶子の呼吸は何時になく荒いが、晶子はそんなことなどお構いなしというか、キスに専念していて気付かないらしい。
暫し激しく舌を動かし、互いの口の中を行き来させた後、俺と晶子はほぼ同時に長く潜っていた水中から顔を出すように口と口との距離を置く。
荒い呼吸が静まるのを待ちながら、俺は晶子を見詰める。
晶子の目は閉じたままで、恍惚とした表情をしている。これで満足できたんだろうか?
「もう一回・・・。」
晶子は目を閉じたまま首を少ししゃくりあげて言う。何処か切なげで、それでいて艶かしいその表情に俺は思わず息を飲む。
夏という季節と周囲を包む暗闇が晶子に魅惑を発する魔法をかけたんだろうか?
俺は迷わず晶子との距離をゼロにして、今度は俺の方から舌を差し込む。晶子の口はどうぞと言うように自然に開いて俺の舌を出迎える。
再び二つの舌が激しく絡み合い、時に吸い合い、互いの口の中を行き来し、口の中を這い回る。
波の音がどんどん遠くなっていくように感じる。それだけ今の快楽に浸っているという証拠だろうか。
俺は晶子を離すまいと左腕でしっかり晶子を抱き締める。晶子は俺の手と腕に結び付かせた手により力を込める。
夏の暗闇の中で俺と晶子は互いの口の中を舞台にした濃厚な舌のダンスを繰り広げる・・・。
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