written by Moonstone
「おい祐司。どうしたんだよ、お前。」
智一の声で俺は我に帰る。「早く行かないと、食堂いっぱいになっちまうぜ。」
「あ、ああ悪い。ちょっとぼうっとしてた。」
「祐司。お前何か変だぞ、今日。」
「そうか?」
「そうか?じゃないって。お前が物思いに耽っても似合わないぞ。」
「晶子ちゃんのことなんだけどさ。」
正味5分ほどの待ち時間の後、昼食の乗ったトレイを厨房寄りの席に運んで食べ始めて間もなく、智一が切り出す。「・・・どうかしたのか?」
「最近素っ気無いんだよなぁ。文学部の方へ出向いても挨拶くらいしかしてくれないし、教養で一緒になった時に話し掛けても聞き流されてるようだし・・・。」
「お前、前に聖華女子大の相手と付き合い始めたって言ってなかったか?」
「ああ、あれとは別れた。」
「別れたって・・・何時?」
「ん?1週間くらい後かな。話しててもこう、俺の求めるイメージに合わなかったから止めた。」
「そんな簡単に・・・。」
「やっぱり晶子ちゃんだよ。あの清楚で落着いた感じは文学部ならではってとこだ。やっぱり晶子ちゃんの代役は他じゃ無理だ。俺は晶子ちゃん一筋で行く。」
「教養科目の様子から、晶子ちゃんはお前に気があると見た。そこで一生の頼みがある。」
「・・・何だよ。」
「晶子ちゃんに俺を売り込んでくれ。お前は晶子ちゃんと付き合う気がないんだから、俺の方に向かせてくれよ。な?」
それより前に、このもやもや感は何だろう?
「祐司。何ぼうっとしてんだよ。」
「・・・あ、ああ。ちょっとな・・・。」
「今日のお前、何か変だぞ。物思いに耽るなんて。」
「たまにはそういうこともあるさ。」
「だから、お前にアンニュイは似合わないって。」
「別にそんなつもりは・・・。」
「おい祐司。何処へ行くんだよ。」
智一が呼び止める。「駅は正門の方だろ?アンニュイに浸って道間違うなよ。」
俺は東門のある方向に行くんだから、道を間違っちゃいない。「それにそっちは文学部の方だろ?晶子ちゃんは今日講義がないから、行っても居ないぞ。」
「・・・よく知ってるな。」
「そりゃお前、恋する者たれば相手のことを知りたいと思うのは当然だろ。」
「晶子ちゃんに俺を売り込むのは、講義が一緒になった時で良いって。」
「・・・そうだ・・・な。」
「どうかしたのか?」
「いや、ちょっと対策を・・・。」
・・・かくなる上は・・・。
「あ、電車が行っちまう。急がなきゃ・・・!」
「へ?お前今日バイト休みだろ?急がなくたって良いじゃないか。」
「急用なんでそういう訳にもいかないんだよ。じゃあな。」
「お、おい!祐司!」
・・・でもどうして、俺はこんなに慌ててるんだ?
心のもやもやが・・・違うものに変わったような気がする・・・。
「そんなに慌てなくても良かったのに・・・。」
井上の声がする。「大丈夫ですか?」
「・・・ああ。いきなり走ったからちょっと息切れしただけだよ。それより・・・何時から来てた?」
「ついさっきですよ。」
「珍しいな。リボンとイヤリングって。」
「え?」
「結構似合ってるぞ。」
「・・・そうですか?」
「ああ。髪の毛の色に合ってるし、センスあるんだな。俺と違って。」
・・・また、あのもやもやが溢れてきた・・・。
「・・・じゃあ、CDショップに行くか。場所、知ってるんだろ?」
「え、ええ。国道に沿って行けば見えてきますよ。」
「その店って、道のどちら側にあるんだ?」
「向こう側なんですよ。何処かで渡らないと・・・。」
「店はこっちの方ですよ。」
井上が左側、即ち北を指差す。何にしても歩くしかない。「・・・どんな歌を歌いたいんだ?」
「そうですねぇ・・・。『Fly me to the moon』みたいな静かな感じのも良いですし、逆にノリの良い曲でも良いかなって。」
「そういうのはあの喫茶店で聞かせる曲にはなかなかないぞ。」
「うーん・・・。でも、探せば意外に見つかると思いますよ。」
「どうしたんですか?」
「・・・ん?いや、不思議なもんだなって・・・。」
「私と待ち合わせしたりするようになったことがですか?」
「・・・ああ。」
「最初の頃・・・安藤さんは私を嫌ってましたものね。」
「でも、無理もなかったと思いますよ。たまたま店で顔を合わしただけの女が、しつこく付き纏ったんですから。」
「・・・そんなことは・・・。」
「良いんですよ。今こうしてお話できるようになったから・・・。」
「・・・よく・・・諦めなかったよな。」
「私しつこい方だから・・・一度駄目だったら次こそはって思うんですよ。」
「そういうのって・・・良いよな。俺はそれがなかなか・・・。」
「それは人それぞれですよ。」
「あ、あれですよ。」
「でかそうだな。」
「ええ、大学の帰りにぶらっと歩いてて偶然見つけたんですけど、凄く広いんですよ。」
「ぶらっと歩いてたって・・・?」
「私、気まぐれに彼方此方歩き回ったりするんですよ。」
「横断歩道はもうちょっと先ですね。早く行きましょ。」
左腕に軽い圧迫感を感じる。見ると、井上の右手が俺の左腕を取っている。あれは確か・・・。
・・・まさか、そんな・・・。
「ここの信号・・・なかなか変わらないし、変わるのが・・・早いんですよ・・・。」
井上が左手で胸を押さえながら補足説明する。「・・・連続ダッシュは・・・ちょっと堪えた・・・。」
「御免なさい。でも・・・案内して待たせるのも何だと思って・・・。」
「まあ・・・良いや。あとは・・・ゆっくり歩いて良いんだろ・・・?」
「・・・ええ。」
・・・このままだと・・・それすらも受け入れてしまいそうだ・・・。
それだけは・・・絶対駄目だ・・・。また・・・俺が泣く羽目になるんだから・・・。
「広いでしょ?前に買ったCDも此処で見つけたんですよ。」
「・・・探すのが大変そうだな。」
「検索コーナーがあるから、CDかミュージシャンの名前を知っていれば結構簡単に探せるんですよ。」
「どれにします?」
「まあ・・・ジャンルから探すのが妥当じゃないか?」
「そうですね。じゃあ・・・。」
「・・・日本のだったら神保彰とか・・・。歌詞は英語だけど。」
井上は『アーティスト』『神保彰』の順に触れる。「いっぱいありますね・・・。私、神保さんのCDは持ってないんですよ。名前は知ってますけど。」
「俺が持ってるのもあるな・・・何なら貸しても良いけど。」
「でも、それだと安藤さんが聞きたい時に聞けないし、覚えるには何度か聞かないと駄目ですから、自分で持っておきます。」
「・・・分かった。じゃあ、どれか適当に選んでその場所へ行くか。その近くに他のやつもあるだろうから。」
「じゃあ・・・これに。」
「・・・どうしたんですか?」
井上の呼びかけで俺は我に帰る。「・・・いや、どの曲が良いかなって・・・。」
「もう曲のこと考えてたんですか?」
「一応中身は知ってるからな。でも歌う当事者の意見を聞いてないから、個人的な想像の範囲だ。・・・探すか。」
「ええ。」
何だ、この気分は・・・?
まさか・・・俺は嬉しいのか・・・?
駄目だ・・・そう思うようになったら・・・前の二の舞だ・・・。
それだけは絶対に嫌だ!!
「一度聞いてみてよ。」
「そうします。」
俺には・・・判らない・・・。
「今日はありがとうございました。」
井上が突然−本人にはそんなつもりはないだろう−話し掛けて来る。「いや・・・、俺も無関係じゃないしな。」
「アレンジして演奏出来るように練習して、その上私の面倒まで見てもらって・・・。何だか安藤さんに迷惑かけてばっかりですね、私。」
「教えるのは俺の責任でやってることだから・・・迷惑なんて思う必要はない。」
「安藤さんって真面目ですね。」
「・・・ずぼらだよ、俺は。」
「いいえ。だって私がどれだけ失敗してやり直しても、ずっと付き合ってくれたじゃないですか。
あんなこと、なかなか出来ないと思いますよ。嫌ってる相手なら尚更。」
「・・・。」
「安藤さんももっとずるかったら、あんなに思い詰めなくても良かったんじゃないかなって思うんです。」
「俺はただ・・・、腹いせに当たり散らしてそれでも猫可愛がりして欲しかったんだけだよ。・・・ずるいよな。」
「悩んで考えて、泣いて苦しんで・・・。それだけでも良いんですよ。何時か、時間が解決してくれますよ、きっと。」
「時間、か・・・。」
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