Saint Guardians

Scene 12 Act4-3 判明-Proving- 新たなる未知の国へ(後編)

written by Moonstone

「国王が俺達パーティーとの和解交渉に乗り出す方針らしい。」
「国王はあたし達の入国やバシンゲンへの避難まで知ってるってこと?」
「国交のあるランディブルド王国が用意した船で入港したからな。しかも、ルイさんが王国教会全権大使という肩書を持ってるから、同行するパーティーの情報は外相あたりを介して国王の耳に入る。」

 この世界において、漁船以外の船は基本的に国、すなわち国王の所有物という位置づけである。理由は建造費が非常に高価であるため。我々の世界でも大型客船やタンカーなど大型の船舶の建造費は莫大であり、海運業者は自ずと限られる。
 パーティーが乗船したカルーダ王国とランディブルド王国を結ぶ定期航路は、2つの王国が所有する客船が交互に行き来する形で運行されている。パーティーがタリア=クスカ王国に入国した際に乗船していた船は王国教会所有だが、ランディブルド王国の国旗を掲げて入港したからランディブルド王国所有の船と見なされる。しかも、乗船者の1人であるルイは、実質的な外交使節と言える王国教会全権大使。そのルイが全国に謎の病の治療薬を搬送したり、変質した病に対してディスペルを施して伝授したりすれば、その存在や動向は外相あるいは渦中の人物マタラ内相を介して国王に伝わるのは自然なことだ。

「あたし達がバシンゲンに避難したことは、マタラも知ってたってことよね?」
「勿論だ。何しろバシンゲン駐留の国軍からの応答が途絶えたからな。俺達が南の方向に避難したことと合わせれば、バシンゲンに避難して駐留国軍を抱きこんだと考えるのが自然。」
「てことは、マタラは何れバシンゲンに攻め込むつもりだったわけ?」
「その情報は得られてないが、マタラ内相は恐らくそのつもりだっただろう。王国を混乱に陥れた集団として俺達を捕えれば、マタラ内相の株は確実に上がる。」
「完全にあたし達を利用して、踏み台にする気満々だったわけね。ふざけた奴。」
「まったくだ。しかし、幾分詰めが甘かった。先住民族との抗争でも優位に立とうと欲張ったことで、こちらへの対策が滞った。更に謎の病の対策を怠ったことで、頼みの軍への求心力を自ら削いだ。権力に溺れた者の哀れな末路だ。ザギに使い捨てにされなかっただけまだ幸運かもしれない。」

 イアソンは一呼吸置く。

「話を元に戻そうか。国王はマタラ内相の謀略と虚偽によって、一時的だが俺達パーティーを、王国を混乱に陥れたテロ集団とさえ認識していたわけだ。だが、件のマタラ内相に事実上のクーデター計画を含む重大な疑惑が浮上した。しかも状況証拠は複数揃ってる。マタラ内相が王国教会全権大使でもあるルイさんをはじめとする俺達パーティーにあらぬ虚偽をかけて、あろうことか乗船していた船を破壊したことを重大なテロ行為と認定し、マタラ内相の処罰と共に俺達パーティーを穏便に呼び戻すため、使節を派遣して和解交渉を申し出る方針だそうだ。」
「マタラの首と引き換えにあたし達にされたことを余所に漏らすな、ってこと?」
「ストレートだな。実際国王にはそういう意向もあるだろう。王国教会全権大使が乗船する船を破壊したとなったら、ランディブルド王国から敵対行為と見なされる危険が高い。首謀者を処罰するからどうか穏便に、としたいところだろう。」

 ルイをはじめとするパーティーに、謎の病を蔓延させたという濡れ衣を着せて追放したマタラ内相の虚偽の報告により、国王は一時はテロ集団かランディブルド王国の内政干渉かと疑義や不信感を抱いた。しかし、謎の病の蔓延は明らかにパーティーの入国以前からであり、しかも、此処へ来てマタラ内相にクーデター計画とも取れる重大な疑惑が浮上した。
 実質的な外交使節でもあるルイが乗船する船を破壊し、滞在していた町から追放したことがランディブルド王国に伝われば、断交どころか戦争勃発の危険もある。停戦状態とは言え先住民族との内戦を抱え、更に側近の内相がクーデターを策謀していた疑惑が強い状況では、応戦体制を十分に整えられない。ことが国外に漏洩する前に対策を講じなければならない。

「そのあたりのことは、ドルフィン殿に任せれば良いだろう。ドルフィン殿は処罰してから出直して来い、と言うかもしれないが。」
「そうね。ドルフィンはそういうところ、容赦しないから。他には?」
「生存の可能性が高いと見られる先住民族と−王国側は先住民族の事情を知らないからだが、正式に停戦することを検討している。人的物的消耗を覚悟する必要がある内戦の継続から、先住民族との共存や住み分けにシフトする可能性が出て来た。」

 タリア=クスカ王国における先住民族との内戦は、実に10年以上に及ぶ。しかも首都キリカは先住民族の生存権内であるジャングルに最も近い。当然ながら「先祖代々の土地を奪った憎き敵の本拠地」として、真っ先に先住民族の攻撃対象になる。首都防衛のために人的物的資源をより多く首都に集約することになり、他の町村の生活を圧迫していた。タリア=クスカ王国には農漁業と牧畜以外めぼしい産業がなく、羊毛以外は生鮮食料品のため外貨獲得が難しい。また、戦争となれば人的損害は避けられない。そんな状況が10年以上続けば、国力は衰退するし、国民の多くは疲弊する。
 そんな折、謎の病の蔓延が始まった。先住民族がほぼ全員罹患し、戦闘不能になったことで、事実上の停戦状態になった。それが幸いして数年ぶりの鎮魂祭開催に至った。怪我の功名と言うべき状況で、平穏な生活への欲求が国民全体で高まった。
 加えて、今のところ王城限定だが、先住民族による夜間の城壁破壊をはじめとする内戦再開の動きは、実はマタラ内相の策謀ではとの疑惑が浮上した。
 一方、先住民族が生存しているのは複数の目撃証言で確実視されているが、「カーン様の御使い」として崇敬されるウィーザの統率により、先住民族には戦闘再開の意向はない。元々先住民族がタリア=クスカ王国と交戦する理由は、比較的肥沃で生活環境もジャングルより良好な土地を奪われ、ジャングルに追い立てられたことだ。ウィーザの教授によりジャングルを開墾し、食料の安定供給や住環境の劇的な改善が行われたことで、終わりの知れない人的損害を出してまで先祖代々の土地に固執するより、この環境を守り発展させる方が良いと先住民族が考えるに至るのはやはり自然なことだ。
 王国側と先住民族側で、少なくとも当面の戦争行為の停止で合意できる環境が形成されている。対先住民族強硬派の最右翼であるマタラ内相の重大な疑惑浮上により、先住民族との停戦に始まる共存や住み分けを志向する動きが支配的になりつつある。先住民族との正式な停戦で合意すれば、平穏を望む大多数の国民の意思を反映したとして、国王の存在感を強められる。外貨獲得も思うように進まない中、延々と人的物的損害を出し続けるより、停戦することで内戦に投じていたリソースを国力増強に移行できれば、政権の安定化にも繋がる。

「停戦についてはやはり異論や疑問もある。だが、先住民族に戦闘の意思はないし、ウィーザ殿がそれを許さない。王国側もある意味先住民族を放置できれば、内戦に注ぎ込む人的物的資源を内需の拡大をはじめとする国力の回復に向けられる。国王としても、停戦のメリットは大きい。」
「それには、先住民族と戦争したがってるマタラを始末することが必要よね。」
「そのとおりだ。国王がマタラ内相に事情説明を命じたのは、停戦に向けた下準備でもあると見て良い。同時にそれは、俺達パーティーとの和解交渉の材料に出来る。」

 国内向けには謎の病に対する治療薬の開発や配布を国王に進言し、対外的には治安維持と国土維持を大義名分とした先住民族との徹底抗戦を打ち出していたマタラ内相は、先住民族との内戦の最前線に位置する軍を背景に発言力を高めていた。それがクーデターに向けた地ならしとなれば、国王はマタラ内相を堂々と処分できる上に、長期を含む休暇を含めた停戦のメリットを軍に提示することで軍の求心力を回復できる。パーティーに対しては、クーデターを目論んでいたマタラ内相に全ての責任を負わせることで、国王の責任問題を回避しつつ和解交渉の材料を作れる。もはやマタラ内相には転落と破滅しか残されていない格好である。

「油断はならないが、最悪の事態−俺達パーティーを含めた三つ巴の抗争に陥る危険はかなり低くなったと言える。俺はこのまま事態の推移を見極めることにする。」
「マタラが一気に転げ落ちるようなら、安全を考えてアレンとルイを一旦引き換えさせた方が良くない?」
「否、マタラ内相が危機的状況なのは間違いないが、問題のカーンの墓にはあのザギや配下の者が潜伏している確率が高い。このまま謎の病が収束あるいは現状維持で落ち着くとは考え難い。しかもクルーシァにかなり近いという地理的条件は変わらない。アレンの剣の復活と、対ザギ・クルーシァ対策を並行して進めることは必要だ。」

 マタラ内相は兎も角、カーンの墓近傍にあると思われる謎の病の源泉はそのままだ。現に今もカーンの墓への墓参を禁じられていないタリア=クスカ王国の国民は、今も謎の病を罹患している。いい加減学習して当面の間墓参を控えるくらいしても良さそうなものだが、カーン信奉が罹患の危険を凌駕すると考えれば理解できなくもない。
 そして、タリア=クスカ王国が位置するトナル大陸南部は、クルーシァの勢力圏と見て良い。ガルシア一派が大挙して攻め込んで来る確率は絶えず存在する。今後を見据えればやはりアレンの剣フラベラムの復活は急務だ。首都キリカでイアソンが諜報活動、バシンゲンの町でドルフィンとシーナが拠点形成と防衛、先住民族の居住圏でウィーザが統率と防衛という3つの行動を陽動作戦として、アレンとルイがジグーリ王国を目指すのは合理的だ。

「しょうがないわね…。暫くあの2人に付き合ってあげるしかないか。」
「問題のアレンとルイさんはどうしてるんだ?」
「寝てるわよ。見張りを後でさせるためにね。」

 リーナは徐に立ち上がり、静かにテントに近づく。テントは至って静かで物音1つしない。リーナはテントの出入り口をゆっくり捲り上げ、中の様子を窺う。出入り口から見て頭を左に向ける形で、アレンとルイが眠っている。ルイはアレンの肩口を枕にして、アレンの胸に左手を乗せている。アレンは左腕で軽くルイの身体を抱き寄せている。簡易のマットレスと何枚かの毛布で形成された簡易ベッドは、新婚夫婦の愛の巣そのものの様相を呈している。

「…仲のよろしいことで。」

 そう呟いたリーナは複雑な表情で出入り口を戻し、小さな炎を湛える焚火の前に戻る。

「仲良くくっついてお休み中ってところか?」
「ご名答。」
「良い感じで進展してるな。2人の関係が羨ましい限りだ。」
「どっちかと言うと、ルイが積極的でアレンが引っ張られてる感はあるけどね。指輪の交換もしたから、ルイはすっかり嫁気分よ。」
「指輪って、あの2人指輪してるよな?もう1組指輪を買ってたのか?」
「他人に説明する時に説得力が違うから、この期間だけ夫婦ってことにして、指輪を左手薬指に填めておけってあたしが言ったの。」
「フィリアが居たら激怒どころか戦争確実な提案だな。確かにカップルより夫婦の方が説得力はあるが。」
「アレンから言い出せば楽なんだけどね。かと言って、ルイはせがんだりしないし。」
「2人してある意味面倒なところはあるよな。嫌みな点がないからやきもきする方だが。」
「そうね。今だって、テントの中でおっぱじめるようなら、テントから叩き出してやるんだけどそんな気配はなし。紳士なのやら奥手なのやら。」

 リーナは小さく溜息を吐く。同時に不可思議な自分に気づく。イアソンと深夜に他人のカップルの動向を話している自分。それに関して自分の心境を吐露している自分。かつての自分なら、自分には関係のないこととして徹底的に無関係を貫いた筈。しかも、アレンとルイ、厳密にはルイを羨ましくさえ思っている。今の自分が理解できないリーナは、一時の気の迷いと強引に結論付けようとするが、それすらも心にある何かに阻まれる。

「もう暫くしたら、アレンとルイを叩き起して寝ることにするわ。イアソンも一旦寝なさい。まだ先はあるんだし。」
「そうするかな。敵地とはいえ、少しゆっくり出来そうだ。」
「…じゃあ、お休み。」
「ああ、お休み。」

 リーナは淡々とした口調で通信を終了する。しかし、表情は複雑だ。
 直ぐ近くで展開されるアレンとルイの期間限定の夫婦関係。それはすこぶる良好で、期限後も潜在意識には強く焼き付いて今後の進展に影響を及ぼすのは間違いない。どちらが主導権を持つかで争うのでもない、協力と尊重を基礎にした深く強い愛情で結ばれたアレンとルイの関係に、もはやフィリアの介入の余地などないのは、誰の目にも明らかだ。
 一方、リーナはイアソンとクリスとの微妙な関係性の只中にある。イアソンは今もリーナに熱心にラブコールを続けているが、「似た者同士」と自他共に認めるイアソンとクリスは相性が良い。加えて、最近クリスがリーナのライバルになり得ることを仄めかしている。
 リーナは元々他人の心情を読み取ることに不得手で、クリスの真意は理解できない。しかし、当人や周囲の予想以上に関係性が急速に進展し、気付いた時には介入の余地がなくなっていた事例が直ぐ傍にある。イアソンにラブコールを続けられるのは、今ではそれほど鬱陶しくは思わなくなっている。それどころかラブコールがないと不安めいたものを覚えるようにさえなって来ている。
 今日の通信でもラブコールや口説き文句があるかと思いきや、それらしいものはなかった。直ぐ傍では着実に仲と絆を深めるカップルが居て、自分は進展どころか始まってさえいない、否、始まるかどうかも不明瞭な現実。加えて続いていたラブコールが別の存在に向けられるかもしれない不安。

「どうすれば良いのかしらね…。」

 無数の星が煌めく夜空の下、リーナは独り思い悩む…。
 アレン、ルイ、リーナのパーティーが出発して2日目の夜。獣道に草が生えたような状況になった道から少し奥に引っ込んだところにテントを張り、昨日と同じくアレンとリーナが先に就寝する。リーナはデザートとして出されたサルシアのドライフルーツを齧りながら、イアソンからの通信を待つ。
 明日には地理的に最大の障害であるハブル山脈に到着し、山越えが始まる。数千メール級の山脈は、ワイバーンでは横断不可能な高度だから、ドルゴで蛇行する山道を突き進むしかない。39)高い山を登る際に最も懸念されるのは高山病だ。山小屋で休息を取りながら順応させるのは勿論だが、体質などによってどうしても罹患するリスクはある。リーナが頭痛や嘔吐感など各種症状の薬は持っているが、万能ではない。通常の疾患や負傷とは異なり、環境因子によるところが大きい疾患の知識や経験は不足気味だ。しかし、ルイの衛魔術は性質上、負傷や呪詛には圧倒的だが、疾患にはほぼ無力。リーナが持つ薬と知識が頼りだ。
 アレンとルイの何れかが行動不能になると、2人に戦闘や防衛、食事など行程の多くを依存するリーナも引きずられて行動不能に陥る。少数パーティーの一員である以上、無関心ではいられない。

「リーナ、聞こえるか?」
「ええ。聞こえるわよ。どうなの?マタラの事情聴取は。」
「予想通りと言うべきか、マタラ内相の説明はしどろもどろで、事実無根の謀略という主張一辺倒だった。対する国王は怪文書−俺が作ったものだが、それに列挙された事実に関連する経緯や現状を突き付けて、王国並びに王家への反逆企図の嫌疑濃厚として、マタラ内相を職位剥奪の上、牢獄に収監した。処刑を含む厳重な処罰は避けられないとの見通しだ。」

 国王が他の臣下に命じて纏めさせた経緯や現状は、怪文書という体裁だったイアソン作成の文書に沿うものであり、マタラ内相の手持ちのカードのうち「事実無根」は通用せず、「謀略」を出しての防戦一方を強いられた。しかし、それは当然国王の納得を得られるものではなかった。
 クーデターを企図していた嫌疑が濃厚と判断した国王は、マタラ内相から内相の職位を剥奪し、収監を命じた。王国ひいては国王に対する反逆は、専制政治体制では最も重罪。それが大臣であれば、その影響はより重大。マタラ内相−「元」を冠するべきか−の処刑を含む厳重な処罰は不可避の情勢であり、完全に失脚したと言って良い。

「同時に、国王は俺達パーティーが避難・滞在しているバシンゲンに使者を派遣し、パーティーに和解交渉を申し入れることと、先住民族に接触を図り、正式な停戦と和平交渉を行うことを表明し、そして謎の病対策として、当面の間カーンの墓への墓参を自粛するよう布告した。一気に事態が進展する様相だ。」
「マタラがどれだけ口だけ勇ましいことを言って、実はサボっていたかが分かるわね。」
「そのとおりだな。えてして対外強硬派は人民の不満を国政ではなく、国外に向けたがる。国政に不満が集まれば自身の立場や利権が危うくなるからある意味自然ではあるが、実行手段として戦争しかない。それに人的物的資源を注力するから他は我慢しろ、我慢できない奴は国の団結を阻害する敵とまで言い出すことも伴う。マタラ元内相の手法は典型的な対外強硬一辺倒だが、情勢の変化を読んでの対内的な対策を怠ったことが致命傷となった。マタラ元内相が先住民族との徹底抗戦と謎の病の対策を急ぐと繰り返しても、情勢が好転しなければすなわち膠着状態と見なされる。頼みの軍部も謎の病が発端となって求心力が低下した中で、マタラ元内相が怪文書に対して事実無根や謀略を繰り返しても擁護するだけの材料がない。何時の間にか自分の立脚点が危うくなっていたことに気づかずに、対外強硬一辺倒に固執したことで墓穴を掘ったわけだ。」
「マタラの末路はどうでも良いとして、国王があたし達と先住民族との和解交渉まで表明したのはちょっと意外。一気に方針転換して大丈夫かしらね。」
「それは流石に不透明だが、対外強硬派の筆頭だったマタラ元内相が失脚したこと、しかも事実上のクーデター計画も露呈したことで、国王周辺の対外強硬派は手を引かざるを得ない状況だ。迂闊にマタラ元内相に同調或いは擁護すれば、クーデター計画の一味として収監されるのは間違いないからな。国王は此処で一気に方針転換をして実績を出すことで、マタラ元内相に傾き気味だった求心力の回復を図る考えだろう。一方、俺達パーティーや先住民族は、少なくとも王国側と戦争する意向はない。考え方によってはマタラ元内相より公約実現のハードルは低いと言えるな。」

 パーティーの王国側との和解交渉の行方はドルフィン次第だし、少なくともドルフィンは自分達に濡れ衣を着せて追放したマタラ元内相の処罰には一切妥協しないだろう。だが、その点はマタラ元内相の処刑という回答が可能だ。
 もはやマタラ元内相はその生命まで和解交渉の取引材料にされる運命だ。たった2日程度で転落と破滅へと自分の人生が大きく転換する羽目になるとは、マタラ元内相自身想像だにしなかっただろう。

「マタラがどうなろうが知ったことじゃないし、王国関係の怪しい動きはなくなったから、あんたはバシンゲンに戻ったらどう?」
「それも良いかと思うが、ちょっと気になることがあってな。」
「何よそれ。」
「以前、軍部がマタラ元内相への疑問や批判が出ているとか言ったと思うが、その逆の動きが燻っている。具体的に言うと、軍部にありがちな対外強硬派が、怪文書はマタラ元内相を妬む勢力の濡れ衣であり、マタラ元内相の収監は弾圧であり許されないとしている。もっとも現状では間違っても表に出さないから、控室とかでの秘密決起集会に留まっているが。」

 所謂文民における対外強硬派は、戦争により言い値で高額の製品を国に売りつけられる重工業やエネルギー関係の実業家や、その利害による繋がりがある政治家に多く見られるが、所謂制服組は常に対外強硬派を熟成する土壌が存在する。
 軍部は命令遂行のため、厳重なトップダウンを大前提とする。そのため人権無視や各種ハラスメントが常態化するのだが、そのような組織風土であるため「国を守る」が「国民を守る」ではなく「国体=現在の支配体制や権力構図を守る」に容易に入れ換わり、そのための組織になりやすい。
 先住民族との交戦やパーティーの追放劇など常に前線に立たされ、時に国民からの批判の矢面に立たされる兵卒や下級士官は、多くがマタラ元内相への不満や批判を蓄積していたが、王城の会議室で地図を広げて駒を動かす感覚の会議に終始する上層部の多くは逆に、マタラ元内相の失脚と収監により責任追及が及ぶのを非常に恐れ、結果的にマタラ元内相復権に傾いている。その中でも若手将校はイアソンが言った言葉そのままを掲げ、マタラ元内相の復権のみならずクーデター画策そして決行へと移行しそうな雰囲気すらある。イアソンは城内の潜伏調査で敏感に軍部上層部の不穏な動きを感じ取り、動向の監視を続けている。

「ドルフィンに連絡を取って…って無理か。」
「シーナさんが作ってくれた通信機は、生憎俺とリーナが持つ1組しかない。ないならないで俺なりの策はあるから、心配は要らない。」
「そうやって高を括ってると、マタラみたいに足元を掬われるわよ。」
「それは肝に銘じておく。不可能だと思ったら迷わず脱出する。ところで、期間限定の夫婦はどうしてる?」
「相変わらず仲睦まじいわよ。寝てる今もそう。」

 朝遅いリーナはルイに起こされ、アレンが用意した朝食を全員で食べた。自分が寝ている間に何があったかリーナは知らないが、互いを見る視線の熱さから存分に2人きりの時を満喫したと想像している。周囲に人の気配はない。空はスモッグも街灯もなく大小の星が無数に煌めく。聞こえる音と言えば風が呼び起こす草木のざわめきや、遠くに聞こえる狼や魔物の遠吠えくらい。こんな環境下で期間限定とはいえ夫婦関係を締結した2人が夜明けを漫然と待っていたと考える方が不自然だ。
 昼間は昼食と小休止以外ほぼドルゴで疾走しているが、その間ルイはアレンの背中に密着している。ルイがアレンの後ろに乗るたびにアレンが固まる現象が見られるが、以前夜の熱愛ぶりを偶然とはいえ見せつけられたリーナは何を今更と思っている。
 こんな具合に期間限定の夫婦関係を満喫しているアレンとルイだが、リーナから見て嫌みな点は不思議とない。部外者のリーナにもきちんと食事をふるまい、話の輪に入れようとする。同時に、役割を分担し、協力し合い、労わり合う関係は健在だ。寝る時や見張り番の時、言い換えればリーナの目が届かないところで熱愛ぶりを展開するのは、リーナの利害の範疇ではないから好きにすれば良いと放任している。
 むしろ、夫婦関係になったのをこれ幸いと、大きな一線を越えようとするかと見ているが、今のところその様子はない。アレンが奥手なのかルイがせめて婚約までは身体を許さない姿勢なのか、これもやはりリーナは知らないが、テントで始めようとするなら、生理的に今後テントで寝辛くなるから余所でしろと叩き出す以外は干渉しない方針だ。

「見せつけられてるって気はしないけど、何て言うか…。此処まで通じ合ってるんだからさっさと結婚すれば良いんじゃないかって思う。」
「その考えは俺も同感だ。妨害や懸念の材料はフィリアと、やはりランディブルド王国とリルバン家か。前者はそれこそ結婚で押し切れるが、後者はそう簡単にはいかないだろう。」
「ランディブルド王国とリルバン家って、ルイは邪魔するなら切り捨てる気満々でしょ?」
「それは勿論だが、唯一の実子であるルイさんの出奔をリルバン家、つまりはフォン当主が容認するとは考えづらい。王国自体がルイさんとフォン当主の和解に全面協力を惜しまない姿勢だし、強引に出奔・結婚となれば、最悪ランディブルド王国とレクス元王国の国家間紛争に発展しかねない。」
「一等貴族の中でも特に有力な当主の一人娘なのよね、ルイは。ルイにその気がないと言っても、周囲がそれを許さないってことか。」
「そのとおり。アレンがフラベラムを復活させてカーンの再来劇を演じるのは、その点でもランディブルド王国に向けた実績に出来る。ハルガンの応答途絶の原因究明や解決も出来れば尚更だし、フラベラム復活はその重要な足掛かりにもなるだろう。マタラ元内相が失脚し、国王がカーンの墓への墓参自粛を呼びかけた今でも、リーナが同行するアレンとルイさんの旅の意義は変わらない。」

 何れ直面するザギとの直接対決に向けて、フラベラムの復活は必要不可欠であるのは言うまでもない。一方、パーティーの渡航目的や現状と照らし合わせても、復活したフラベラムをアレンが活用し、ハルガン航路における事実上唯一の補給基地でもあるタリア=クスカ王国を救うことで、「世界を股にかける英雄」という大きな実績が出来る。更に応答が途絶したハルガンの現状を探り、事態を打開すれば、「聖地を救った英雄」という絶大な実績が出来る。ルイが帰国してアレンとの結婚を宣言しても、それらの実績を背景にすればフォンをはじめとするランディブルド王国中枢に承認させ、反対派を沈黙させることも容易だ。
 ルイがそこまで考えているかは不明だが、アレンとの結婚をより確実に出来るならルイはそれらを実現するために、アレンへの協力を惜しまないだろう。

「深い溝があると言っても国レベルのお偉いさんの一人娘っていう血縁関係は健在、か。いっそフォン当主と血縁関係がなかった方が、ルイにとっては幸せだったかもね。」
「俺もそう思う。だが、ルイさんはアレンというこの上ない心の拠り所を得た。これまで拠り所としていた神と宗教、そして母親にはなかった、女性として得られる保護や安心感や愛情が齎される。それを守るためには、ルイさんは何だってするだろう。国家間紛争になってでも出奔することや、それこそアレンとの子を身籠ることも。」
「以前、ルイにどうしてアレンを好きになったか聞いた時、こんなことを言ってた。『アレンさん以外に私が心を許せる男性は居ない。今後現れることはない。私はそう確信しています。』って。クリスにも話さなかった自分の出生の秘密やシルバーローズ・オーディション本選出場の本当の理由をアレンには話したし、ルイにとってアレンは余程特別な存在なのかって思う。」
「俺が聞いた時も同じ答えだった。ルイさんにしてみれば、期間限定の夫婦関係は自分の中のアレンの位置づけ、すなわち生涯の伴侶を裏付けるイメージなんだろう。だから動揺したり緊張のあまり余所余所しくなったりしない。アレンも順応できてるようだし、2人の仲はより親密になりそうだな。」
「でしょうね。」

 イアソンからの通信が入る少し前、リーナがテントの中を覗き見たら、ルイがアレンの左肩口を枕にして左手をアレンの胸に置き、アレンがルイを軽く抱く、昨夜と同じ形で熟睡していた。営んだ後と見ても違和感がない仲睦まじさを前に、リーナは悪戯で起こそうという気にもなれなかった。
 深い愛情と信頼を基礎にしたアレンとルイの関係は、やはり既にフィリアがどうこう言うレベルではない。2人が大きな一線を越える場面に出くわさないか、出くわしたらどうやり過ごせば良いか、先に少なくともテントではするなと釘を刺しておくべきか、リーナにとってはそちらの方が問題だ。

「明日から山越えか?高山病が心配だが、山小屋を拠点にゆっくり登るのが良いと聞いた。十分気を付けてな。」
「そうするわ。…あんたも気を付けなさいよ。閉鎖空間に居るあんたは逃げ場が少ないんだから。」
「了解。」

 リーナは不完全燃焼のような消化不良のような、複雑な気分を抱えながら通信を終える。
 ふと見上げると視界を覆う、頭上に広がる鮮やかな星空。アレンとルイも暫く後に同じ星空を見ながら愛を語るだろう。同じ環境下でイアソンと通信機越しに話をする自分は、相変わらず何も始まっていない。
 始めるのは自分かイアソンか。否、イアソンは始める気はあるのか。リーナは星空を見上げながら深い溜息を吐く…。
 翌日。東にドルゴを走らせるアレン、リーナ、ルイのパーティーの前に、巨大な峰の連なりが姿を現した。行程における最大の関門、ハブル山脈だ。
 遠くに見えるハブル山脈は、トナル大陸南部が夏に差し掛かる気候に関わらず、頂上付近がうっすらと冠雪している。頂上を直接越えることはないとしても、相当の高度差を越えなければならない事実をパーティーに突き付ける。

「まさに山越えだね。」
「遠い大陸の南の果てで、登山をすることになるとはね。」

 アレンは故郷テルサ村の南方にフォンデステロ山脈があり、リーナは養父フィーグと暮らしていたレクス町の傍にハーデード山脈があったが、どちらもそれらを超えた経験はない。厳しい気候の経験としてはカルーダ砂漠があるが、寒暖の差は激しいものの雪が降るには至らず、高度による息苦しさに苛まれることもなかった。
 今回は半袖で十分な気候から雪を見る確率がある気温差と、日頃意識しない呼吸が厳しくなる高度差がパーティーに立ちはだかる。しかし、フラベラム復活に不可欠なファイア・クリスタルを産出するジグーリ王国に赴くには、このルートが最短だ。40)躊躇していても高度差が小さくなる筈もないから、覚悟を決めるしかない。

「アレン。これを飲んでおきなさい。」

 昼食のためドルゴを止め、ルイが昼食の準備を始めようとしたところで、リーナが革袋から瓶を取り出し、そこから取り出した丸薬をアレンに差し出す。

「これって何?」
「高山病の予防薬よ。これを飲めば完璧ってことはないけど、症状の軽減にはなるわよ。嫁の分も渡しておくから、食後に飲みなさい。」
「分かった。」

 負傷の予防は衛魔術の防御系などで可能だが、疾患の予防は体調管理の他には服薬しかない。薬剤師を目指すリーナは、パーティー参入に際してシーナの指導を受けて複数の薬剤を調合した。パーティーの健康管理は実質リーナが掌握する格好だが、アレンとルイに警戒感はない。リーナの薬剤師への取り組みや調合技術はアレンとルイも認めるところだし、リーナも、作為不作為に関わらず自身の薬剤でアレンとルイを行動不能にすれば、自分も行動不能になると分かっている。
 ルイが用意した昼食を食べながら、パーティーは視界の多くを占めるほど近づいたハブル山脈を見る。丁度正面、パーティーがドルゴを走らせて来た道の果てに、うっすらと山肌に刻まれた道らしきものが見える。道は左右に大きく振れており、両端の急カーブで高度を少し上げることを繰り返している。高度差に順応すると共に休養のための重要な拠点である山小屋は、パーティーの位置からは確認できない。
 今は日差しがやや強いと感じるくらいだが、山頂付近では冬くらい冷え込むと見て良いだろう。防寒装備は携行しているし結界で雪の直撃は防げるが、低下する気温や気圧までは防げない。冷え込んできたら素早く防寒装備を装着する。山小屋では確実に休憩を取る。これが基本かつ唯一の道だ。ハブル山脈を越えた先には、より困難な目的−ファイア・クリスタルの譲渡交渉とフラベラムへの装着が待っている。気候と環境に打ち勝ち、ハブル山脈を超えるしかない。

「ルイさん、これ。」

 食事が終わりに近づいたところで、アレンがリーナから受け取った高山病予防の丸薬を差し出す。

「リーナから、高山病予防のために食後に飲んでおくようにって。」
「はい。リーナさん、ありがとうございます。」
「…どういたしまして。」

 礼を言われるほどのことではないと思っていたリーナは、対面に座るルイに率直な感謝の意を向けられて若干戸惑う。
 アレンもそうだが、ルイからは特に裏表や建て前と本音といったものを感じない。リーナはどうしてあれほど苛烈な生い立ちを背負ったルイがこんな純朴で居られるのか疑問でならなかったが、今は分かる。人間の負の側面を嫌と言うほど見せつけた故郷ヘブル村の者達を反面教師にしているのと、アレンが好きでたまらないからだ、と。少数民族の私生児であっても、ランディブルド王国で著名な聖職者でなくても、無条件で受け入れたアレンが居るから、ルイは自分を偽る必要がないのだ。自分の感情や心を率直に出して良い絶大な後ろ盾があるのだ。

「あんた達、お似合いの夫婦よね。」
「「ええっ?!」」

 唐突なリーナの言葉に、アレンとルイは揃って動揺の声を上げ、顔を見合わせる。そして頬を赤く染めて視線を逸らすも嬉しそうに、幸せそうにはにかんだ笑みを浮かべる。リーナは何を今更と呆れると同時に、羨望の想いを強くする…。

用語解説 −Explanation of terms−

39)数千メール級の山脈は…:ワイバーンが得意とする飛行は滑空するタイプであるため、最大高度は1000メール程度が限界。そのため、この世界において山脈を越える手段はドルゴか徒歩しかなく、高い山脈は町村や国を隔てる天然の障壁として君臨している。

40)ジグーリ王国に赴くには、このルートが最短だ。:他にはトナル大陸南部を回り込むルートもあるが、南端部に激しい海流と複雑な地形で構成されるフェルディナンド海峡があるため、遭難の恐れが非常に高い。この天然の海の障壁が、希少宝石産出国としてのジグーリ王国の存在感を高めている。

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