Saint Guardians

Scene 12 Act4-2 判明-Proving- 新たなる未知の国へ(前編)

written by Moonstone

「そんな提案、賛成できる筈ないでしょ?!」

 パーティー全員が揃う朝食の会場である教会の食堂に、フィリアの怒声が響く。
 フラベラム復活のため、ファイア・クリスタルを唯一産出するジグーリ王国に出向きたいこと。その旅にルイを同行させたいこと。ザギをはじめとするクルーシァの勢力やマタラ内相率いるタリア=クスカ王国の国軍からバシンゲンの町を防衛するため、ドルフィンとシーナはバシンゲンの町に滞在する必要があること。
 物理攻撃担当の自分と治癒防御担当のルイによる小規模パーティーが最も効率的という背景や動機をアレンが付加しても、アレンとルイだけでパーティーを編成し、遠方に出向きたいという提案は、フィリアには到底受け入れられるものではない。
 予想できたとは言え、フィリアに真っ向から拒否されたことにアレンは溜息を吐き、ルイは訝る。ルイのその表情が、フィリアを更に強硬にさせる。ルイが正妻を気取って、自分に駄々をこねるなと言っているように見えるからだ。

「アレンさんの背景や動機の説明は、客観的に見ても合理的なものだと思います。」
「!あ、あんたねぇ!」
「トナル大陸南部全体について、私達パーティーは総じて地理や言語に疎いです。そんな状況で必要以上に人数を集めても、船頭多くして何とやらです。意思疎通がスムーズに出来て、統一された目的で行動できて、戦闘において相互補完できるアレンさんと私による最小単位のパーティー編成が、最も合理的で効率が良いと思います。」

 アレンの弁護に乗り出したルイの発言は、フィリアには冒頭から挑発されているように聞こえる。無論ルイにそのつもりはないが、本来自分が位置すべき立ち位置に−物理的にも議論の場的にも−ルイが鎮座していること自体が、フィリアには我慢ならない。
 言うまでもなく、アレンとルイが2人きりで長期間遠方に出向くことは、2人の仲を更に深める機会でもあるから、フィリアは到底容認できない。その上、ルイは提案を認めないのは酷いと感情的になるのではなく、合理的な理由を示して提案を受け入れるべきと迫る−こちらはルイもそのように意図している−。フィリアが強硬になるには余りある条件が重なっている。

「確かに、合理的ではある。」
「!!」
「問題は戦力面だ。ルイが治癒と防御で守りを固めても、アレン1人の物理攻撃でザギを押し切るのは難しい。」

 ドルフィンの見解は、理論面では同意するが戦力面で難があるというものだ。  現在のフラベラムでもザギが着用する黄金の鎧を寸断できることは分かっている。しかし、黄金の鎧でかなり上げ底をした状態ではあるものの、ザギの現在の物理面と魔法面両方の攻撃防御は総合的にアレンよりは高い。ルイの衛魔術で完全にカバーできなければ、最悪の事態が待っている。戦力面で不安要因がある以上、アレンとルイのパーティー編成に同意することは、ドルフィンには出来ない。

「んじゃ、あたしも加わればええですか?」
「先制攻撃で確実にザギに致命的ダメージを与えられればな。」
「100ピセルとは…言えませんわ。」
「冷静な見解だ。前回上手く行った戦法が次も成功すると思わない方が良い。」

 前回、ルイの首都フィルへの帰還の道中でザギと遭遇、戦闘した際は、クリスの先制攻撃が有効だった。しかし、事前の情報が皆無に等しいクリスにザギが虚を突かれただけと見ることが出来る。事前に対策がなされれば、クリスの戦闘スタイルである先制攻撃が機能しなくなる恐れがある。そこでクリスを人質に取られるようなことになれば、やはり最悪の事態が待ち受けることになる。
 一方、曲がりなりにもセイント・ガーディアンであるザギに対抗するためにも、国王を飛び越えてカーンの墓への接近を禁止し、壮大な人体実験の様相を呈する謎の病への罹患を防止するためにも、タリア=クスカ王国の英雄カーン・グラハムが携えていたフラベラムの復活は急務だ。
 アレンとルイが述べたとおり、ドルフィンとシーナはバシンゲンの町の防衛のため町を離れられない。タリア=クスカ王国の事態収束を待っていては、ザギはもとよりクルーシァに余分な時間的余裕を与えることになる。バシンゲンの町の防衛とジグーリ王国とのファイア・クリスタル売買交渉を並行することが望ましい。

「あたしがアレンとルイに同行して、イアソンに陽動作戦の実施を指示すれば良いんじゃない?」

 我関せずといった様子で朝食を口に運んでいたリーナが、思いがけない提案をする。

「イアソンとの通信はあたしが出来るから、適当な間隔でイアソンに陽動作戦を指示すれば、ザギやマタラの目もそちらに向くでしょ。ああいう奴らは、自分のテリトリーで状況が荒れるのを何より嫌うから。」
「その手があったか。」
「アレンとルイに同行すれば、監視も出来るし、動きが目立ちそうなタイミングを見計らってイアソンに陽動作戦を指示できる。どう?」
「どうって、あ、あたしに聞いてるの?」
「アレンとルイの提案に真っ向から反対してるのはあんただけ。でも、アレンの剣の復活は今後を見据えれば必須だし急務。そのためにはジグーリ王国へ出向くのも必須。だったら、他から出された補足や追加にあんたは見解や対案を出して、最終的には感情を抜きにして出された提案に対して賛成反対を示す。それが建設的な議論ってもんよ。」

 唐突に話を振られて少し動揺したフィリアに対し、リーナは冷徹に結論の提示を促す。
 リーナにとって、アレンとルイの仲が深まることはフィリアに精神的ダメージを負わせる観点で好都合。それを棚上げしても、アレンとルイの提案は理に敵うものだと判断した。自分の修正案には相応の根拠があるし、フィリアは尚も反対するならより良い案を出す必要がある。リーナはそう考えている。
 フィリア以上に感情的かと思えば、ある命題に対する議論では努めて冷静なリーナに、フィリアは手を出しあぐむ。

「どうなの?」
「…せ、戦力はどうなの?あんたの召喚魔術でザギと渡り合える?」
「オーディンやドラゴンを使えると言えば納得できる?」

 普段の人間関係を反映してか、挑発するような疑問形での応酬になるのは致し方ない。だが、リーナがオーディンやドラゴンなど上級の魔物も召喚できるとは、パーティーには初耳だ。後からパーティーに参入したシーナ、クリス、ルイは、リーナが召喚魔術を使えることも初めて知る。
 どちらにせよ、リーナの発言が事実だとすれば、戦力として問題ない。ドルフィンやルーシェル、ウィーザのような実力が折り紙つきの魔道剣士は兎も角、謀略でセイント・ガーディアンの座を奪い、黄金の鎧で戦闘力を稼いでいる体たらくのザギでは、オーディンやドラゴンなどとは十分対峙できないと見て良い。リーナが強力な召喚魔術でザギの動きを封じ、その隙をアレンが突くという戦術が具体性を帯びる。ルイがアレンに言ったとおり、ザギに律義に1対1で挑む必要はない。

「リーナ。それは本当だな?」
「こんな時に嘘吐いても無意味ってことくらい、分かってるから。」
「長時間、たとえば半日とか召喚できるか?」
「ドラゴン1体なら1日は可能だと思う。」
「戦力や牽制には十分だな。」

 リーナとの一問一答で、ドルフィンはリーナが戦力として問題ないと判断する。
 攻撃・防御共に高いドラゴンなど上級の魔物は、総じて生命力も非常に高い。それ故倒すにはずば抜けた攻撃力を出来る限り短時間で行使する必要がある。ザギにはそのどちらも欠落している。ドラゴンを突きつけられればザギは全力を出さないと、牙や爪に切り裂かれるか激しいブレスの餌食になる。黄金の鎧の力により事実上不死身とはいえ、腕や脚をもがれても挑むだけの気概や精神力といったものも、やはりザギは持ち合わせていない。リーナがアレンとルイのパーティーに参入することは、戦力として全く問題ない。

「フィリアはどうだ?アレン、ルイ、リーナでパーティーを編成して、ジグーリ王国へ出向く件について。」
「まあ、アレンとルイだけよりはましだとは思います。けど…。リーナが積極的に協力しようとすることに、何か裏があるように思うっていうか…。」
「アレン恋しルイ憎しで建設的な議論を拒むあんたよりは、今後のことを考えてるつもり。パーティーに居る以上、他人事じゃ済まないことってもんがあるのよ。」

 ザギは身の危険を感じると即座に逃亡するが、アレンが持つフラベラムを奪取する機会を虎視眈々と窺っているのは間違いない。持ち前の謀略や策略は、パーティーの行く先々で困難を伴って突き付けられる。それはパーティーに加わっている以上、何時誰に重大な危害を齎すことになるか分からない。それはリーナとて例外ではない。それどころか、レクス王国で一度ザギの配下に拉致され、手酷い拷問を受けた苦い記憶があるだけに、リーナにはザギの存在そのものが身の危険を纏わりつかせられるような不快さを感じさせる。
 アレンがフラベラムを復活させ、ザギと対峙して倒すことは、ザギに攫われたままのアレンの父ジルムの救出に繋がるし、リーナも付き纏う身の危険の消滅にも繋がる。しかも、アレンとルイに同行することでザギと遭遇する確率が生じれば、ザギ相手なら殺害を躊躇することなく召喚魔術をフル稼働でき、以前の借りを存分に返すことが出来る。
 日々のトレーニングによりアレンの体力と機動力は確かに向上しているし、ルイはアレンへの溢れる愛情を魔力に変えることで、衛魔術の効果も結界も称号を凌駕する。加えてどちらも料理上手で、限られた食材でも十分な料理を作れる。
 バシンゲンの町で薬剤の調合に費やす日々が続き、ストレスが溜まっていたところだ。アレンとルイに同行することは、リーナにとって比較的安全快適な環境で行動できると共に、ザギに以前の借りを返す機会を窺うために好都合だ。
 自分に利害が及ばなければ徹底的に我関せずな態度は、裏を返せば自分にとって利益になるなら手間や時間は惜しまないことでもある。リーナが自ら参入を言い出したのには、リーナなりの深い考えがあるのだ。

「やや変則的だが、アレン、ルイ、リーナの3名によるパーティーで、ジグーリ王国へ出向いてもらうことに対して、当事者から意見はあるか?」
「俺はないよ。」
「私も意見することはありません。」
「同じく。」
「当事者以外からの意見はあるか?特にフィリア。」
「あ、あたしですか?アレンとルイが2人きりにならないので、賛成しても良いかな、と思います。」
「あたしはええと思います。」
「私は異論ないわ。」
「じゃあ、アレン、ルイ、リーナの3名でジグーリ王国へ出向いてもらうとしよう。」

 フィリアはかなり消極的賛成ではあるものの、思わぬ「支援」により、アレンとルイのジグーリ王国行きは承認された。リーナの意図するところは不明だし2人きりでないのが残念だが、デートや新婚旅行ではないから、リーナの参入でフィリアから承認を取り付けられただけでも良しとしておくべきだ。
 それに、課題は山積している。
 位置と大まかな道のりとドワーフが治めること以外は何も情報がないジグーリ王国へ出向き、希少な宝石であるファイア・クリスタルを得ることは勿論だが−購入できるならドルフィンが出向けば済む−、ザギが察知して攻撃を仕掛けて来る恐れがある。
 言葉や食事、風習の問題も無視できない。図らずとも現地の人とやり取りする機会が多かったことで、マクル語はそこそこ話せるようになったが、ジグーリ王国では全く違う言語でないと通じない恐れがある。道中も含めてどのような食材が得られるか不明だし、全く口に合わないものであるかもしれない。風習を知らないとドワーフにあらぬ誤解を生じさせ、事態が悪化する危険がある。ドワーフとの関係を悪化させることは、世界中に存在する魔術師と聖職者に不利益となる。
 戦闘では見通しが立ったが、戦闘一辺倒では事態を解決するどころか悪化させるものだ。参入することになったリーナは、自分に敵対する者は殺害することさえ躊躇しないから、尚のことアレンとルイがしっかりブレーキ役を果たさなければならない。
 何にせよ、フラベラムは復活の重要な鍵の1つであるファイア・クリスタルが、別途用意するしか事実上方策がない以上、危険を覚悟で産出国であるジグーリ王国へ出向き、交渉するしかない。臨時編成とはいえ初めて実質的なパーティーのリーダーになるアレンは、圧し掛かる責任感を覚悟と決意に変えて前を向く…。

「ちょっとルイ。」
「何でしょう?」
「何でしょう?じゃないわよ!!どうしてあんたがアレンのドルゴに乗ってるのよ?!」

 翌朝、バシンゲンの町の正門前でフィリアの怒声がこだまする。
 召喚されたドルゴは2体。アレンとリーナが1匹ずつ。リーナは単独でアレンとルイが相乗りする形。この時点でフィリアの怒りを呼び起こすには十分だ。
 しかも、ルイは早々とアレンの後ろに座し、アレンの腰にしっかり両腕を回している。手を掴めるどころか肘を十分掴める深さだから、アレンへの密着度合いは最大と言える。しかもルイは礼服を着用している。防御力があるという点では文句のない選択肢だが、生地の厚みは普通の服より少し増した程度。これらが重なった結果は、頬を少し赤くして俯いているアレンを見れば容易に想像できる。
 フィリアにしてみれば、ルイが早速自分の身体を武器にしてアレンを籠絡するのを見せつけているようにしか見えない。

「朝っぱらから煩いわね。あたしは基本的に自分のドルゴに他人を乗せない主義だし、この先獣道に毛が生えた程度の道が当たり前だろうし、無暗にドルゴを増やさない方が良い。だから、ルイがアレンのドルゴに乗るのが妥当な選択肢よ。」
「だからって、そんなにくっつかなくたって良いでしょうが!!」
「細かいことをうだうだと、小姑そのものね。あんたもアレンのドルゴに乗ってた時、似たような体勢だったでしょうに。」
「あ、あたしは良いの!」
「そんなの理由にならない。アレンの彼女は紛れもなくルイっていう事実を、いい加減認識しなさい。」

 付け入る隙を与えないリーナの物言いに、フィリアは歯噛みする。
 強引にルイを引き剥がそうにも、既にルイによって結界が張られている。邪魔をするなと言わんばかりの用意周到さだが−実際ルイの気持ちはそんなところだろう−、より強力になったルイの結界はフィリアは勿論ザギをはじめとするガルシア一派をも寄せ付けそうにない。
 アレン、ルイ、リーナの3名で臨時パーティーを編成することとが了承された後、行程が長期化することを想定して食料を多く積載した他、アレンとルイは称号の上昇が可能かの確認を行った。アレンの確認は教会総長の承諾を受けてシーナが行い33)、ルイは教会総長自らが行った。結果アレンは2つ上昇してTrickstar34)を得た。一方ルイも2つ上昇して主教補35)を得た。「称号が上昇して良かった」と呑気に喜ぶルイに対し、教会総長をはじめとする聖職者やパーティーの面々は驚愕した。
 Novice Wizardは力魔術の称号では最も低いから、語弊はあるが伸びしろが潤沢だ。シーナの講義で魔術習得のコツを掴んで修練に没頭したとは言え、僅か2日の修練でも称号の上昇は十分見込まれた。
 一方のルイは既に大司教。聖職者は元々称号の上昇が遅く、性質上魔法の取り扱いに習熟すれば魔力が上昇するとは限らない。しかも、前回の大司教昇格からまだ日は浅い方だ。にもかかわらず称号が一気に2つ上昇したことは、ルイの年齢を考えると更に驚異的だ。
 話は教会総長から町長に伝わり、仰天した町長は直ちに町全体に通知した。バシンゲンの町にとって、ルイは謎の病に罹患して緩慢な全滅も覚悟していたところに、薬剤を何度も搬入して町を窮地から救った勇者の1人。その勇者がこの町で、滅多に見ない称号を得たとなれば、住民の驚愕と崇敬を喚起するのは自明の理。中央教会に金貨を抱えた住民が殺到し、窓口になった総務部所属の聖職者は終日嬉しい悲鳴と共に対応に追われた。
 聖職者の魔力の源泉は、人を助け守ろうとする心。ルイの場合アレンへの溢れる愛情と、アレンに危害が加えられることを絶対に許さないとする強い決意が、稀に見る称号の上昇に繋がっているのは誰の目にも明らかだ。目の前にある強固な結界は、アレンの正妻の地位を手にしたルイの誇示と見えるフィリアは、アレンとルイの監視を挙げてパーティーに参入したリーナの我関せずな態度に歯軋りする。

「リーナ!この2人をしっかり監視しなさいよ?!」
「あんたに命令されるまでもないわよ。アレン。何時までも固まってないで、地図広げて大まかな行程を決めなさい。」
「わ、分かった。」

 背中に強く感じる2つの感触で思考を奪われていたアレンはようやく我に返り、懐から地図を取り出して広げる。地図はバシンゲンの町の町長から譲り受けたもので、トナル大陸南部の国の配置と主要な道路が記載されている、貴重な情報源だ。
 バシンゲンの町から道に沿って北上する形で高地を下り、程なくある分岐点で南東へ折れる。以降はほぼ一本道だが、途中にハブル山脈36)が横たわる。高さ数千メール級の山々が南北に連なるこの山脈は、トナル大陸南部の東西の交流を大きく阻害している。
 目標のジグーリ王国はハブル山脈を越えた先にある。山道には山越えの行商などのために山小屋が数ヶ所あるそうだが、設備などは雨風を凌げるから感謝するべきと見た方が良いだろう。しかし、トンネルなどはないから、何としても山道を辿ってハブル山脈を超えるしかない。そこまででも一応タリア=クスカ王国の領土ではあるが、町は一切ない。山小屋までの補給は道中に限られるし、それも十分出来ると期待する方が愚かだ。
 補給で最も重要なのは水だが、これも途中で見つける湧き水が中心となる。Tricksterになったアレンはシーナからフローの魔法37)を教えられたが、水系魔法は制御がやや難しい。扱いに失敗して物資を損なったら目も当てられないから、取り扱いには十分注意するよう言われている。

「まず此処から道沿いに北上して、直ぐにある分岐点を目指そう。」
「了解。先導よろしく。」

 アレン、ルイ、リーナの臨時パーティーは、パーティーの面々と聖職者、そして住民の見送りを受けてドルゴを走らせる。ドルゴは直ぐに見えなくなるが、パーティーの面々をはじめとする見送りの人々は、期待や不安を反映してかなかなかそれぞれの持ち場に戻らない。
 パーティーの面々に限れば、不安要因はやはり臨時パーティーの道中とリーナの動向、そしてフィリアに限ればアレンとルイの進展だ。
 適時イアソンに陽動作戦を指示することと、アレンとルイの監視を参入理由に挙げたが、真意は掴みかねる。今まで薬剤師の勉強や演習となる薬剤の調合以外で主体的に物事に関わることをしなかったリーナが、今回に限って自ら参入を提案したことが、フィリアにはどうにも腑に落ちない。帰還時の結果如何ではリーナとルイとの全面戦争も想定しなければならない、とフィリアの脳裏に物騒な考えがよぎる…。

 その日の昼。やや高台の道を移動していた臨時パーティーは、ドルゴを止めて昼食を摂る。
 これまでバシンゲンの町でアレンとルイが手掛けた保存食を戻したり手を加えたりしてのメニューだから、新鮮さは低い。だが、今回の料理担当であるルイの手により、保存のため多めに使われた香辛料を食欲を増すための文字どおりのスパイスとして効果的に転用したことで、リーナも問題なく食せるものに仕上がっている。

「良いわね、これ。」

 リーナが珍しく称賛を口にする。ルイが作ったのは、香辛料を伴う肉や野菜を一口サイズに切り、水に投入してとろみがつくまで煮込んだもの。我々の世界のカレーに近いイメージだが、投入前に香辛料をある程度削ぎ落として若干砂糖を加えることで、口当たりをマイルドにしている。そのままだと味気なさが目立つ乾パンも、このスープに浸せば食が進む。

「気に入ってもらえて良かったです。」
「肉も入ってるけど、問題なさそうだね。」
「少しずつ慣らしてるからね。干物ばっかりだとつまらないし、肉しかない場所だと食べるものが減るし。」

 冷蔵冷凍の技術が低く、輸送手段も限られるこの世界では、新鮮な魚介類を食べられる地域は沿岸部に限られる。臨時パーティーの行程はジグーリ王国を除いて内陸部に絞られる。保存食には魚もあるがほぼ干物。しかも小骨という厄介なものを伴うため、リーナには食べ辛い。一方、内陸部では牧畜による肉の方が主流だ。そうなると食卓には必然的に肉が増えるし、それを避けていては食事が極端に制限される。
 リーナの一連の肉嫌い克服には、実はアレンとルイが関わっている。
 シーナと共に教会で保存食作りをしていたアレンとルイは、町に魚介類が殆どないため食事にかなりの制約が出ると分かったリーナから極秘裏に相談を受けた。目立たないように処理したものから慣らしていくのが良いとアレンとルイは判断して、スープにしっかり焼いた肉を細切れにして投入したり、香辛料で作ったタレに浸したものを炒めものに混ぜたりと工夫したメニューをリーナに提供した。その結果、やはり生に近いものは心理的に受け付けないが、今回のような料理に紛れこませられたようなものなら問題なく食せるようになっている。
 食事が終わりに差し掛かったところで、リーナが徐に口を開く。

「時にあんた達。その指輪。」
「!き、気づいてた?!」
「!目立たせないようにしていたんですが…。」
「…あんた達ね。そんな目立つものを、しかも明らかにお揃いと分かるものを填めておいて、今更よく言えたもんね。」

 アレンとルイの右手薬指に輝く指輪は、ルイのヘブル村帰還の道中でアレンがプレゼントしたもの。表面の1/3ほどが燻し加工されたシンプルなデザインだが、手に着けたものは思ったより目立つ。デザインやサイズ、宝石の有無はほぼ無関係だ。
 指輪の交換に立ち会ったクリスは勿論、ヘブル村からフィルに戻る際に偶然再会したフィリアとイアソン、そしてフィルで待機していたドルフィンとシーナ、更にはフォンとロムノをはじめとするリルバン家の面々も、すぐさま指輪の存在に気付き、クリスが源泉となって瞬く間に経緯が知れ渡った。ルイがフィルに帰還しフォンとの対面を終えた直後にフィリアがアレンに詰め寄ったのは、2人に共通する指輪の存在に気付いたのもある。そういった事情を知らないのは、目立たないようにしていたつもりでいた当のアレンとルイくらいのものだ。
 リーナも右手薬指の指輪の意味は知っているし、アレンがルイのために道中の宝飾店で買い求め、その際フォンから渡された金銭から拠出した費用をヘブル村の教会の下働きで得た給料で相殺したことも知っている。だから、アレンとルイの反応は、リーナには呆れるを通り越して何を馬鹿なことを言っているのかと耳を疑うものだ。

「この道中、指輪の位置を左右逆にしておいたら?」
「左右逆って…!」
「流石に鈍いアレンと言えど、意味は知ってるでしょ?」
「し、知ってるよ勿論。どうして?」
悪魔が居ぬ間の享楽38)って言うじゃない。それに、この先指輪とあんた達の関係を説明する時、彼氏彼女より夫婦の方がインパクトが強いし。」

 初対面の相手に男女の関係を説明する際、交際中より婚約中、婚約中より夫婦の方が強固な印象を与える。関係性が法的に強まるから自然と言えるが、何かと軽く見られやすい若いカップル、しかも色白で華奢で女顔という、男性としてのインパクトが弱い要素が揃っているアレンは、ルイと交際中と言うより夫婦と言った方が他の男性に対して強い心理的抑止力を見込める。
 普段は左手薬指に填めようものなら即刻フィリアに察知され、アレンは外すよう激しく詰め寄られ、ルイは問答無用で先制攻撃を仕掛けられるのは間違いない。しかし、今はフィリア不在。まさに「悪魔が居ぬ間の享楽」だ。

「本来こういうことは、あたしが言わなくてもアレンから持ちかけるべきだと思うんだけど、アレンじゃ無理よね。」
「きついなぁ…。」
「良いからするならさっさとしなさい。あたしが立ち会うから。」
「…ルイさんは、良い?」
「はい。お願いします。」

 先に食事を終えていたアレンとルイは、それぞれ指輪を外す。肌に馴染んで指と一体化している感すらあるため、左右に捻りながらゆっくり指から引き抜く格好だ。
 ルイはアレンに自分の指輪を手渡す。少し間を置いた後、アレンは意を決してルイの左手を取り、預かった指輪を薬指に通す。指輪はスムーズに第2関節まで通り、指に収まる。
 アレンが自分の指輪をルイに手渡すと、ルイは即座にアレンの左手を取って薬指に通す。こちらも指輪はスムーズに第2関節まで通って収まる。指輪は同じものだし、填める手を右手から左手に変えただけだが、左手薬指に填められたことで特別なものに見えてならない。

「はーい。確かに立ち会って見届けたわよー。おめでとー。」
「台詞と違って凄い棒読みだね。」
「あたしのことじゃないし。道中あんた達のことを聞かれたら、夫婦だって説明するから御心配なく。」
「何か引っ掛かる…。」

 アレンはまだ若干異物感がある左手を見て、次にルイを見る。ほんのり赤く染まったルイの横顔は嬉しさが溢れ、左手を見つめる視線は熱い。将来像として思い描いていたことが、期限付きとはいえ実現に至ったことは、ルイには非常に感慨深い。
 アレンとルイそれぞれの様子を眺めながら、リーナは残りの乾パンをスープに浸して口に運ぶ。アレンに再度の指輪の交換を強く促した当人が、それが済んだら傍観者に徹する様子は、アレンには理解し難い…。
 その日の夜。臨時パーティーは道路から少し外れた茂みにテントを張った。
 夕食は引き続きルイが担当し、魚の干物を解したものに保存食から削ぎ落とした香辛料を使ったソースを混ぜ、パスタと和えたメニューはリーナも満足させた。本来はアレンが担当するところだったが、土地勘のない道路を長時間ドルゴを走らせた消耗を考慮してルイが率先して代行した。
 アレンは流石に悪いと思って食事担当を「奪還」しようとしたが、嫁が厚意でするんだから嫁に任せておけとリーナに止められた。ルイの代名詞として「嫁」という単語がリーナから飛び出したことにアレンは驚いたが、昼食の席でリーナ立ち会いの下で指輪を交換し、道中で2人の関係を聞かれたら夫婦と答えると言われたことを思い出し、そういうものかと納得するしかなかった。
 そのアレンとルイはテントで休んでいる。夜遅い生活リズムが確立して久しいリーナは、見張り番を先にすると言い出し、交代する時は叩き起すからさっさと寝ろと言ってアレンとルイをテントに押し込んだ。少しの間テントから話し声や物音が聞こえてきたが、今はすっかり静まり返っている。
 リーナはテントを横目に見て、リーナは小さく溜息を吐いて空を見上げる。半透明の結界を通して見る夜空は、それでも豊かな星の輝きに不自由しない。バシンゲンの町での生活では、意外に星を見る機会はなかった。リーナは夜遅い生活リズムだが、用事がなければ外に出ないタイプだから、意思がなければ夜空を見ることはない。今は何となく星空を見たい気分だ。

「リーナ。聞こえるか?」

 リーナの耳にイアソンの声が飛び込んで来る。リーナは急いで右耳の送信機を取り外し、口元に当てて応答する。

「聞こえるわよ。どうなの?陽動作戦は。」
「大成功だ。城内は大混乱。マタラ内相は狼狽して犯人探しに躍起だが、国王がついにマタラ内相に事態の説明をさせると宣言した。しかも明日だ。説明内容次第ではマタラ内相の罷免や投獄もあり得る。その可能性が高いという雰囲気すら、城内には漂っている。」

 臨時パーティー出発に先立ち、リーナは昨夜、イアソンに事情を説明した上で陽動作戦の考案と実施を指示した。それを受けたイアソンは文書を作成し、城内の複数の個所に張り出した。その内容は、先の王城爆破事件はマタラ内相による自作自演であること、マタラ内相は先住民族との内戦と謎の病に便乗して発言力の強化を目論んでいることなどを列挙したものだ。
 怪文書と呼ばれる性質のものだが、王城爆破事件以降マタラ内相が喧伝するような先住民族の襲撃がないことや、パーティー追放以降謎の病への対処が滞っていることなどから、怪文書の存在と内容は瞬く間に城内に知れ渡った。怪文書であっても内容は事実であることから、マタラ内相の狼狽は激しく、部下に命じて文書の回収と犯人探しに狂奔し始めた。しかし、文書の内容は国王の耳にも入ってしまい、事態の膠着、特に謎の病については再度悪化に転じたことを重く見た国王は、マタラ内相に直ちに事実関係と事態について説明させることを決め、城内に宣言した。
 これまで国王は、先住民族との対決や謎の病対策の陣頭指揮を担って来たマタラ内相に毅然とした態度を取れなかった。しかし、マタラ内相の喧伝する内容と事実の食い違いが明らかになり、しかも国王と一族の住居でもある王城爆破事件がマタラ内相の自作自演となれば、国王ももはや黙っているわけにはいかない。文書の内容が事実であれば、マタラ内相はクーデターを目論んでいたとも受け止められる。絶対王政でのクーデターは最高権力者である国王への反逆であり、内相罷免どころか処刑を前提とする投獄が当然。マタラ内相は一気に窮地に追い込まれた格好だ。

「−というわけだ。」
「陽動っていうより敵本拠地への総攻撃ね。」
「言い得て妙だな。今回の陽動作戦が契機となって、頼みの軍部にもマタラ内相への疑問や批判が出て来ている。マタラ内相は強気一辺倒で押し切れる状況じゃなくなってる。」

 パーティー追放劇によるタリア=クスカ王国の国民と並ぶ被害者は軍部だ。軍部も当人や家族が謎の病に罹患し、パーティーが配給した薬剤に救われていた。その薬剤供給が滞り、カーンの墓への墓参が今も野放しであることから、再び謎の病を罹患する者が続発している。その上、同様の事態に陥った国民から、何故異国の功労者達を追放したのか、自分達を救った人々が来るより前から流行していた病が、どうして功労者が蔓延させたことになるのかなどと詰め寄られている。
 少し考える頭があれば、パーティーの入国と謎の病の流行開始を同一視するのは無理がある。権力の麻薬に溺れた者が陥りがちな思考だが、軍部もタリア=クスカ王国の国民で構成されていることが、マタラ内相の頭からすっかり抜け落ちていたのだろう。

「マタラ内相は完全に状況を読み違えて、足元を固めないまま策に溺れてしまったわけだ。同情はしないが哀れなもんだ。何れにせよ、厭戦機運が高まっていたのは此処キリカでも同じだったそうだし、王国と先住民族は少なくとも内戦再開から遠のいたと見て良いだろう。油断は禁物だが。」
「キリカって、カーンの墓から一番近いのよね?だったら、マタラとか戦争したい奴は兎も角、一般人は巻き込まれるのは御免ってなるわよね。」
「そのとおり。戦争は必ず人里離れたジャングルの中や無人島で展開されるわけじゃない。むしろ敵の生産力を落としたり、戦闘要員になり得る人民を攻撃対象として、農地や産業地域、ひいては町村そのものが攻防の舞台になる。特に、敵の本拠地である首都やそれに準ずる大規模な町は真っ先に攻撃対象になる。戦略が進めば進むほどその傾向は強くなる。それが戦争の本質、戦略の行きつく先だ。」

 戦争は殺人と破壊を伴う国家間或いは権力間の陣取りゲームである。攻防の舞台は戦況によって移動するが、最終目標は敵の領土、特に首都である。敵領土を攻撃範囲内に収めれば、咳の生産力、ひいては国力を減退させるため、産業拠点である工業地帯、戦闘要員になり得る一般市民が居住する住宅地が最大の攻撃対象になる。太平洋戦争末期に日本各地が米軍による空襲を受けたが、それは工場地帯か住宅地の何れかの条件を満たしていることからも分かる。
 タリア=クスカ王国の首都キリカは内陸部にあるため、ジャングルに居住する先住民族から見れば最も攻撃対象になりやすい立地だ。これまでの内戦ではしばしば激しい攻防の舞台となり、一般市民に人的物的損害が出ている。先住民族も謎の病に罹患し、ウィーザによって絶滅を回避してからはウィーザによる強い戒めと生活水準の劇的な向上が齎されたことで事実上の停戦状態となり、数年ぶりの鎮魂祭開催に至った。何時自分が標的にされるか怯えながらの生活か、貧しくとも生命の危険がなく祭りを開催できる生活の二者択一なら、大抵は後者を選ぶだろう。

「マタラ内相失脚の可能性が出て来たことから、別の動きが起こって来た。順を追って話す。」

 イアソンの報告に、リーナは耳を傾ける…。

用語解説 −Explanation of terms−

33)アレンの確認は教会総長の承諾を受けてシーナが行い:称号上昇の確認は、手順を知っていれば魔術師や聖職者は専任である必要はない。力魔術と衛魔術では確認の手順が異なる。

34)Trickster:本文のとおり、魔術師の3番目の称号。魔術師としては初心者脱出と言える。

35)主教補:聖職者の10番目の称号。ランディブルド王国では教会の幹部候補と位置づけられ、首都地方問わず要職に据えられる。ルイのように10代での昇格は非常に希少で、将来の国家中央教会総長候補として重点的に育成される。

36)ハブル山脈:本文のとおり、トナル大陸南部に位置する山脈。マクル語で「高い」を意味する。

37)フローの魔法:力魔術の1つで水系魔法に属する。水の球を発生させて対象に放射する。水系魔法では最も簡単だが、制御がやや難しいためTricksterから使用可能。火系の魔物にはかなりの威力を発揮すると共に、砂漠など水を得にくい地域では水源として使用されることが多い。

38)悪魔の居ぬ間の享楽:「鬼の居ぬ間に洗濯」と同じ。キャミール教には「鬼」という概念がないので、このような表現になる。

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