Saint Guardians

Scene 12 Act4-1 判明-Proving- 謀略の歴史、意志を受け継ぐ剣

written by Moonstone

「アレン君、だったか?その剣を見せてくれないか?」
「は、はい。」

 ウィーザに言われて、アレンは剣を差し出す。「万一の事態に備えて剣は常に携行すること」と、ドルフィンが出発前に指示したためだが、その剣がセイント・ガーディアンの目に留まるということは、父ジルムひいてはザギの謎について何か分かるのではないかとの期待が生じる。
 ザギがジルムを攫った理由。そしてジルムが「7の武器」の1つというこの剣、フラベラムを持っていた理由。前者は曲がりなりにもセイント・ガーディアンであるザギが、所有権を持つフラベラムを引き寄せるために攫ったと考えるのが自然だが、後者は未だ不明。セイント・ガーディアンが携行し、黄金の鎧とペアになっている武器を所持していたことから、ジルムはある期間クルーシァに居たと考えられる。
 では、ジルムは何者なのか?アレンは期待から少し遅れて、これまでの自分や記憶が否定されるのではないかという危機感も抱き始める。

「!これは、フラベラム!どうしてフラベラムが一般人の手に…?」
「…父から、俺が15歳の誕生日にプレゼントとして譲り受けました。」
「君の父親から?君の父親とは?」
「父はジルム・クリストリア。レクス王国の、ギマ王国との国境に近いテルサ町で農業を営んでいた。母は俺を産んで直ぐ死んだと聞いています。…それだけしか知りません。」

 ウィーザに出せる、アレンが知る父ジルムの情報はこれだけだ。
 性格や癖、食の好みなどは無関係なのは勿論だが、アレンは生まれ育ったテルサ町で物心ついた時から2人で暮らしてきた父ジルムは、何の変哲もない小さい農家でしかなかった。しかし、その父から譲り受けた剣が、実は「大戦」後に人類を滅亡の淵に追いやった悪魔の軍勢を倒した7の天使が携えた、創造の天使が生命と引き換えに創り出した「7の武器」の1つであり、ザギはその所有権を主張していると知って、父ジルムは自分が知らない別の顔を持っているのではないかと思い始めていた。否、それは確信に近いレベルに達していたが、否定して頭の片隅に追いやっていたと言うべきだろう。

「ジルム・クリストリア…。似た名前の人物は知っているが…。」
「アレン。確か、親父さんとお袋さんが写ったドローチュアを持ってたよな?それをウィーザ殿に見せるんだ。」
「…分かった。」

 アレンはやや躊躇いながらも了承し、部屋に戻って荷物を探る。
 テルサ町を出る際に持ち出した、家族を証明する唯一の証拠であるドローチュア。それがウィーザに渡れば、恐らくウィーザの口からアレンの知らない事実が語られるだろう。それは、父ジルムが父ではないことかもしれない。実の父と母は全くの別人で、何らかの事情でジルムに預けられたのかもしれない。
 アレンはドローチュアに映る父ジルムと母サリアを疑惑の目で見ていること、自分の中で何かが破裂しそうな気分を感じる。
 アレンは耐え難いものを抱えて、全員が待つ広場へ戻る。戻って来たアレンの足取りから、その心境が何時になく重いものになっていると、ルイは即座に察する。

「…これです。」
「…!髭を生やしているが、間違いない。ジルムだ。」
「ウィーザさん!父は何者なんですか?!」
「君の父、ジルムは、クルーシァ随一の武器職人だよ。」

 ウィーザから明かされた事実の1つは、ジルムとクルーシァの関連だった。しかも武器職人という、記憶にある農業とはずいぶん乖離した職業。意外な職歴だが、「7の武器」の1つフラベラムとの関連性はないとは言えない。

「武器職人、ですか?」
「うむ。力の聖地と称されるクルーシァでは、武器職人が多くの武器を生み出し、維持整備している。君の父ジルムは、『7の武器』の維持整備を許されたスリースターズの称号を持つ、世界的に見ても屈指の技術を持つ武器職人なんだ。」

 ジルムの意外な職歴は、頂点と言うべき水準に達していたことでも意外性を生じる。では、何故そんな高い水準の技術を持ちながらクルーシァを出たのか。どうしてセイント・ガーディアン−現在はザギが持つ筈のフラベラムを所持していたのか。クルーシァに居たという事実が、新たな謎を呼び、これまでの謎を更に強める。

「どうして父がこの剣を、フラベラムを持っていたんですか?ザギは以前、自分が持つべきだと言っていましたが、『7の武器』はセイント・ガーディアンの鎧とペアなんですよね?」
「鎧とペアというのはそのとおり。現に私もこれ、グラディウスという剣を持っているよ。」

 ウィーザはローブの内側からグラディウスという名の剣を出して見せる。
 グラディウスは剣ではあるが、アレンのフラベラムやドルフィンのムラサメ・ブレードのように刀身が長くなく、短剣という種別に入るものだ。一見したところ、「7の武器」と称される比類なき力を持つようには見えない。

「君も知っているかもしれないが、背景から改めて話そうかな。遠い昔、世界規模の激しい戦争−『大戦』と言うが、それによって文明が壊滅した後、地上に現れた悪魔の1億の軍勢によって、人類は滅亡寸前に追い込まれた。それを嘆き悲しんだ創造の天使が、自らの生命と引き換えに7組の武器と鎧を作り出し、それを装備した7の天使が悪魔の軍勢を倒し、地獄に投げ落とした。その7の天使がセイント・ガーディアンを名乗り、神に導かれて南の大地に創造の天使の亡骸を埋葬し、クルーシァを建国した。−これがクルーシァとセイント・ガーディアンの歴史の始まりだ。」
「…。」
「建国したとは言え、7人でどうになるものでもない。天使とて人類よりははるかに長いとは言え寿命がある。一方、『大戦』で文明は完全に崩壊したし、『大戦』後の世界規模の環境の変動や使用された武器の影響で生じた新種族や魔物は、総じて人類より能力が高い。セイント・ガーディアンは世界各地に飛んで人類を新種族や魔物から守ると共に、2つのシステムを構築した。1つは世界各地で自らの後継となる者を探し、クルーシァに連れて行って心身を鍛練させ、継承するに値すると判断された者に武器と鎧、そしてセイント・ガーディアンという称号を継承するシステム。もう1つは人類が生存権を確保し、外敵から身を守るために必要な武器防具を製造し維持整備する者と、カルーダ王国で創造された力魔術をより実践的に創造・改良する者を養成し、継承するシステム。クルーシァが『力の聖地』と称されるようになったのは、7の天使の資質と資産を継承することと、武器防具と力魔術の実践的な創造と改良を目的とした2つのシステムを基礎とする修行国家に特化したためだ。」

 これまで様々な場面で概要や断片を見聞きした人類の遠い過去ー高度な文明を誇った人類が「大戦」により文明を完全に崩壊させ、1億の軍勢を従えた7の悪魔が人類を支配し、滅亡寸前に追い込んだが、創造の天使が生命と引き換えに創り出した7組の武器と鎧を身に着けた7の天使が現れ、悪魔の軍勢を地獄に投げ落とし、遠い南の地に創造の天使の亡骸を埋め、そこを聖地としたという過去は、伝承によって若干の相違はあるが概ね共通している。以前ルイが語ったキャミール教の外典マデン書ともほぼ共通する。創造の天使が創造した「7の武器」と、それとペアになる鎧、そしてそれを着用するセイント・ガーディアンが現に存在することが強力な証拠である。
 レクス王国ミルマ町近くの鉱山地下深くにあった、ガイノアという強力な飛翔武器を発射する遺跡。
 ラマン教内紛時に焦点となった、人間をはじめとする動物の身体を構成するための目に見えない情報を記録した秘宝。
 ルイが後継者問題に巻き込まれているリルバン家が所有する、神がランディブルド王国に派遣した天使に授けた4つの王冠と、それを携えた上位の聖職者が封印を解いて扉を開けるという「シャングリラ」という名の王家の城の地下神殿。
 これらは「大戦」以前の高度な文明の残滓だろうし、ザギが少なくとも関心を抱いていることは間違いない。
 文明を自らの過ちで崩壊させて無力になり、更に能力が総じて人類を上回る新種族や魔物と戦い、生存権を確保することが生き残った人類の最大の命題だったが、それをセイント・ガーディアンが強力に支援し、それを長期にわたって継続できるよう、武器防具や力魔術という力の維持拡大に特化したシステムからなる修行国家としてクルーシァが建国・成立した過程が分かる。そして、武器職人とはクルーシァの維持、ひいてはセイント・ガーディアンの後方支援を担う重要な職業だったことが窺える。

「話を武器職人に戻そうか。武器職人は最初に言ったように、新種族や魔物と戦い、生存権を確保するための武器防具の創造と維持整備を担うんだが、誰も彼もあらゆることが出来るわけではない。未熟なものが整備すれば武器防具は逆に劣化や破損の恐れが強まる。現代では私やシーナのようなWizardが魔法創造という手段で以って、しかも一時的にしか創造できない材質で出来ている『7の武器』と鎧は尚更だ。そのため、魔術師の称号と同様に、武器職人にも技能や材質などの知識水準によって、クルーシァが認定する4段階の称号がある。君の父ジルムは、その最高峰であるスリースターズを若干20歳で得た、将来有望な若手武器職人だったわけだ。」
「父が何故、ザギが所有権を主張しているこの剣、フラベラムを持つに至ったんですか?父がセイント・ガーディアンの後継に指名されていたとか?」
「否、武器職人とセイント・ガーディアンの継承候補−衛士(センチネル)とその養成は全く異なる。ジルムとフラベラムの関係は、ザギとその先代のセイント・ガーディアンに関係している。」

 ウィーザは一呼吸置く。

「ザギが衛士(センチネル)を務めていた先代のセイント・ガーディアンは、事故によって瀕死の重傷を負い、程なく逝去した。その間際の遺言によりザギが継承した。それはシーナとドルフィンも知っているだろう。だが、それはザギが作り出した虚構の理由。ザギは謀略によって先代のセイント・ガーディアンを屠(ほふ)り、セイント・ガーディアンの座を奪ったというのが、ことの真相だ。」
「!!!」
「!!な、なんですって?!」
「そ、それは本当ですか?!先生!!」
「うむ。そしてその真相を私が知ったのは、アレン君の父ジルムがクルーシァ脱出前に残した手紙と、それを基にした私独自の調査の結果なんだ。」

 ザギの謀略気質はセイント・ガーディアン継承前からのもの。しかも衛士(センチネル)を務めていた先代のセイント・ガーディアンを謀殺するという稀代の暴挙にまで手を染めていたという。
 遠い異国の国民を巻き添えにすることを何ら躊躇わないのは、ザギが根っからの悪であり、悪の遂行こそ自分の利益であるとする極めて利己的な性格であることを如実に証明している。しかも何らかの出来事を契機に性格が変貌したのではなく、先代のセイント・ガーディアンを謀殺する暴挙に打って出たのだから、ザギは生まれながらの悪と称するに相応しい。
 同時に、ザギの謀略を暴く証拠をジルムが残していたことが明らかになった。やはりジルムとフラベラム、そしてザギには大きな因縁がある。ジルムが何故フラベラムを持っていたのか、アレンは一刻も早く知りたくてならない。

「奇しくも、ジルムは私と同い年でね。クルーシァに誘われたのもほぼ同時期ということで、何かと親交があった。そのジルムが18年前、突然クルーシァから姿を消したんだ。それは先代のセイント・ガーディアンが謀殺され、ザギが継承したのとほぼ同時。謀殺の事実は後に知ったから、当時の私は、何故ジルムが突然クルーシァから姿を消したのか分からなかった。クルーシァはセイント・ガーディアンなどクルーシァの国民に認められ、誘われた者しか入国できない。そして、一度入国した者はセイント・ガーディアンで構成する7人会という統治組織の承認がないと他国に移住できない。これらの掟を破った者は追跡され、捕縛され次第クルーシァに連行され、全ての能力を剥奪・封印されて終身牢獄に収監される。勿論、ジルムは7人会の承認を得ずにクルーシァを出た。私はザギより少し後にセイント・ガーディアンを先代から継承したんだが、ザギは7人会の場で真っ先にジルム追跡を宣言してクルーシァを出た。ジルムが突然クルーシァから姿を消したことに疑問を感じていた私は、ジルムの家や工房を捜索した。その結果、私宛の一通の手紙を発見した。そこには、先に述べたように、ザギが先代のセイント・ガーディアンを謀略で屠ったこと、その前に先代のセイント・ガーディアンからの依頼で、フラベラムと寸分違(たが)わぬ贋作を作って入れ換えたことが書かれてあったよ。」
「じゃあ…、父がフラベラムを持っていたのは、ザギが先代からセイント・ガーディアンの座を奪っても、全ての力を受け継がせないため…?」
「手紙にはそこまで書かれてはいなかったが、恐らくはそうだろうね。ザギはセイント・ガーディアンの座を奪って悦に浸っていたところに、肝心のフラベラムが贋作だと知って、さぞかし驚愕しただろう。」

 ジルムがセイント・ガーディアンの1人、現在はザギが所有すべき「7の武器」の1つ、フラベラムを所持していた理由がついに明らかになった。
 若干20歳にしてスリースターズという、セイント・ガーディアンの武器防具の維持整備を許される立場にあったジルムなら、ザギの先代のセイント・ガーディアンも武器防具の維持管理の依頼などで工房30)を訪れていただろう。また、先代のセイント・ガーディアンが何らかの理由で身の危険、つまりはザギの謀略の標的にされていると感じたなら、何らかの対策をジルムに相談したことも想像に難くない。その結果として、フラベラムの贋作が作られて本物と入れ換えられ、後に先代のセイント・ガーディアンを謀殺したザギが贋作を手にするに至った。
 セイント・ガーディアンの証明である「7の武器」の1つを手中にしたと思いきや、それが贋作だと知った時のザギの驚愕、そして激昂ぶりは容易に想像できる。謀略で力の頂点を得たつもりが、まんまと贋作を掴まされていたのだから。
 ザギのフラベラム「奪還」に向けた並々ならぬ執念の背景は、自分を罠に嵌めたジルムへの怒りや、セイント・ガーディアンとなった自身のメンツ回復が源泉であると考えられる。

「ジルムはクルーシァ脱出以降、アレン君の姓であるクリストリアを名乗っていたようだが、恐らくそれはアレン君の母親の姓だろう。断続的とは言え18年間ザギの追跡を逃れる31)ためには、姓を変えたり居場所を転々としたりしていたと考えるのは自然だ。」
「…父はザギに攫われて、今も行方が分かりません。父が攫われる前にフラベラムを譲り受けたのは、幸運だったのかどうなのか…。」
「間違いなく幸運だろうね。ジルムがフラベラムを君に譲る前にザギが居場所を嗅ぎつけたなら、ジルムは勿論、君も確実に抹殺されていただろうから。謀略やその基礎である知力は高いが、戦闘能力は低いままだったザギに、悪魔の軍勢を倒した7の天使の資産の全てを継承させまいとした、先代のセイント・ガーディアンと君の父の意志を受け継いだとも言えるね。」

 15歳の誕生日にプレゼントされた剣は、かつてクルーシァで勃発した事実上のクーデターの真相を語る証拠であり、そのクーデターで心ならずも命を落とした1人のセイント・ガーディアンの遺志が込められたものと言える。
 以前ドルフィンは、剣は何としても守ること、それはアレンの使命だと思うよう言った。フラベラムを守ることは、ザギの暴挙を完遂させず、先代のセイント・ガーディアンの遺志を受け継いでフラベラムを守った父ジルムから受け継いだバトンを守ることであり、まさに自分の使命だと強く思う。
 ならば、何れ訪れるザギとの対峙に向けてより魔力を高め、ザギと対峙できる戦闘能力を身に付けなければならない。ザギがフラベラム「奪還」に成功した暁には、自らの野望の完遂と鬱憤晴らしを兼ねてジルムとアレンを抹殺するのは日を見るより明らかなのだから。

「フラベラムは炎を携えた剣。炎の力が刀身に込められていて、いかなるものも焼き切る。つまり、この国に今も伝わるカーンの伝説で登場するカーンは、ザギの遠い先輩という訳だ。カーンとザギの資質は比べるべくもないが、伝説を再現する条件は揃いつつあるね。」
「魔法創造で生成した鎧をアレン君が着用すれば、フライを使わなくても飛行は可能ですし。」
「そのとおり。しかし、現状のフラベラムは炎を携えるという状態にはならないね。封印が施されている。」

 ウィーザが指し示す、フラベラムの刀身の付け根から柄の部分にかけて走る、細い蔓のような模様。ドルフィンの推測どおり、フラベラムの能力を大幅に低減する封印であることが立証された。

「もう1つ。柄にある小さい窪みは、ファイア・クリスタルという特別な宝石が填められるべきなんだが、それがない。現状のフラベラムは本来の力の10ピセルも発揮できないだろう。恐らくこれもジルムの手によるものだね。恐らく、万一本物のフラベラムがザギの手に渡っても、ザギが満足に使えないようにするため。スリースターズの称号を得たジルムだけが可能な細工だよ。」
「…ウィーザ殿。もしかすると、そのファイア・クリスタルはアレンの身体に埋め込まれているかもしれません。」
「どうしてかね?」
「アレンは自己再生能力(セルフ・リカバリー)を有しています。本来それはセイント・ガーディアンか同等の身体能力を備えた者しか開花しませんが、アレンは昔から有しているそうです。また、これは状況証拠ですが、レクス王国でザギが口走ったことが裏付けています。」

 アレンがザギと初めて対峙したレクス王国の王城。圧倒的な戦闘能力の差でアレンを嬲り、フラベラムを奪おうとしたザギが、アレンに負わせた傷が白煙を立ち上らせながら治癒していく様子を目の当たりにした。そしてフラベラムの柄にある問題の窪みとアレンを交互に見て、口走ったのが以下の台詞32)だ。

なるほど・・・。ジルムめ。面白いことをしてくれたもんだな。
剣を奪われても100ピセルその力を発揮出来ないように細工を施したわけか。自分の息子の身体を使って…。
ははは!小僧!貴様の心臓を抉り出してくれるわ!

 ドルフィンはその時こそザギの台詞の意味を理解しかねたが、身体能力が未熟なアレンが自己再生能力(セルフ・リカバリー)を有している謎、そしてラマン教内紛後に判明した、剣が実は「7の武器」の1つフラベラムであるという事実を重ね合わせると、アレンの身体がフラベラムの封印と関係していて、その副作用としてアレンが自己再生能力(セルフ・リカバリー)を有しているのではないかとの推測に達した。そして封印の1つは、アレンの心臓に埋め込まれているとも。
 ウィーザの鑑定結果で、その推測は確信に近いレベルに達した。事実だとすれば別の問題が生じることも、ドルフィンは併せて予想している。

「実際に事例を見たことはないが、ファイア・クリスタルがアレン君の心臓に埋め込まれているとすると、自己再生能力(セルフ・リカバリー)の発現はあり得るだろう。ファイア・クリスタルには肉体の新陳代謝を強力に増進する働きがあることが分かっている。宝石だから肉体に作用させるのは困難だが、新陳代謝が著しい乳幼児期に何らかの方法で心臓に埋め込まれたなら、身体機能として作用することは理解できる。」
「しかし、アレンの心臓からファイア・クリスタルを摘出するというのは…。」
「非常に困難だね。埋め込まれた時期は不明だが乳幼児期だとすると、もう心臓と同化しているだろう。心臓を損傷させずに摘出するのは、私とシーナで手掛けてもリスクが大き過ぎるよ。」

 如何に「千年に1人の逸材」であっても、人工心肺装置などないこの世界において、心臓手術は失敗が普通との前提が成立する。ましてや心臓と同化している確率が高い、小指の先ほどの小さい宝石を動いている心臓から摘出するなど、一生分の幸運を使い果たしても等価交換とはならない難易度だ。
 ファイア・クリスタルを摘出するのは現実的ではない。しかし、フラベラムの封印を解除するには、ファイア・クリスタルが不可欠なのは変わらない。

「ファイア・クリスタル自体はごく僅かだが天然で産出されるんだ。幸いこのトナル大陸南部に産出鉱山がある。」
「産出量が少ないということは、非常に高価ですよね?」
「そのとおり。宝石の価値は一般的に産出量に反比例するからね。更に問題なのが、産出鉱山を有するのがジグーリ王国。人間やエルフと友好的でないドワーフの国なんだ。」

 「大戦」後の世界に生じた新種族のうち、人類と同等の形状をした種族の代表例がエルフとドワーフである。
 エルフはランディブルド王国の事例を見れば分かるように人類と友好的で、混血も進んでいる。一方、ドワーフは地下に住み、容姿端麗なエルフと対照的に無骨な容姿であり、それを妬んだり蔑視の対象にされるなどの経緯から、人間やエルフと友好的ではない。
 魔術師や聖職者が称号の証として着用する指輪やブレスレットに嵌めこまれた宝石は、上級のものほどジグーリ王国産出の割合が多いが、その足元を見て指輪やブレスレットを生産・支給する国際魔術師学会や聖地ハルガンなどに高額な料金を求めてくる。それが人間やエルフの心情を悪化させ、余計に疎遠・険悪な関係に陥る悪循環が生じている。
 そのジグーリ王国にファイア・クリスタルが必要だから売ってくれと押しかけても、門前払いが関の山。「両者を比較してこちらの方がまだまし」というレベルだが、同化していると見られる心臓から摘出するよりはまだ現実的ではある。

「フラベラムの封印を解くのは、簡単ではないですね…。」
「しかし、事態の打開や何れ直面するザギとの対峙には、フラベラムの封印解除が必要だ。ウィーザ殿。ジグーリ王国に関する情報などはありませんか?」
「生憎私も持ち合わせてないんだ。何しろジグーリ王国は人類やエルフが主体の他国と交流を持ちたがらないから、情報が出て来ない。」

 これまで世界各国を転々としていたウィーザですら情報がないのだから、相当閉鎖的・排他的な国と見て良い。そもそも異種族では入国できるかすら怪しい。
 ドルフィン若しくはウィーザなら単独で乗り込んでファイア・クリスタルを強引に買い取ることも可能だが、以降ドワーフが態度をさらに硬化させてしまうのは避けられない。そうなると、ただでさえ高額な料金をふっかけられる上位称号の魔術師や聖職者向けの宝石が更に入手し辛くなり、最悪買うことが出来なくなる恐れもある。
 パーティーの当面の目的は、あくまで聖地ハルガンの状況調査と可能なら事態の解決である。中長期的には、ガルシア一派による不穏な策動を阻止し、「大戦」の二の舞、ひいては悪魔の軍勢が再度地上に躍り出ることを未然に防止することだ。敵を増やすことではないし、ましてや無用な種族間憎悪を煽り、火種を増やすことではない。

「一旦会合を終了しよう。深夜の起き抜けでは回る頭も十分回らないだろう。」
「そうですね。ウィーザ殿の魔力消耗も無視できません。」
「セパレート・ソウル以外でやり取りが出来るよう、先住民族の防衛体制を考えておくよ。ドルフィン。暫くはシーナと共にパーティーと滞在先の町の防衛を頼む。」
「分かりました。次回はより良い議論が出来るよう考えておきます。」
「先生。どうかご無事で。」
「私は心配要らんよ。では。」

 ウィーザは一瞬で消滅する。Wizardのみ使用可能とされる膨大な魔力を使用するセパレート・ソウルは、消滅させるのは呆気ないほど容易だ。
 ウィーザが持っていたフラベラムは、中に平行に浮き、ゆっくりと地上に降下する。セパレート・ソウルの残滓かウィーザの気遣いかは不明だが、粋な配慮で返されたフラベラムを、アレンが手に取る。
 これまで抱えて来た大きな謎、セイント・ガーディアンでない筈のジルムが「7の武器」の1つであるフラベラムを所有していた理由が明らかになった。それは直ちに大きな課題へと変貌した。ジルムの手によるものであろう封印を解き、アレンの心臓に埋め込まれたと見られるファイア・クリスタルを新たに填め込み、フラベラムの力を100ピセル解放することだ。もう1つの大きな課題、ザギの捕縛とジルムの救出を解決するためにも、解決が不可欠な課題だ。
 父が父でないことや、これまでの自分や記憶が全否定されることはなかった。しかし、フラベラムに纏わる課題は全て自分自身に密接に関係することばかり。一方で、今の自分の力量で出来ることはあまりにも限られている。自分に何か出来ないか、アレンは真剣に考える…。
 何もかもが寝静まったかのような夜が白々と明ける。シーナが強力な結界を張り、ゴーレムが一切休まず警備を続けるバシンゲンの町の朝は、平穏そのものだ。深夜のドルフィンの帰還、そしてウィーザとの対面を経たパーティーの朝の始まりは、全般的にやや遅い。長年の主夫生活が身体に染み込んだアレンと、聖職者の生活リズムが同じく身体に染み込んだルイが、普段より若干遅い目覚めの後、着替えて身繕いのため部屋を出る。

「おはよう。」
「おはようございます。」

 ほぼ同時に部屋を出たことで、2人は合意を省略して並んで水場へ向かう。顔を洗ってうがいをして、寝癖があれば濡らして押さえるといった、ごく平凡なもの。どちらも髪が細く量は平均程度だから、寝癖は比較的出来難い。2人で異なるのは、ルイが櫛を通すことと、これから控えているパーティー分の朝食作りと保存食作りに向けて、髪を結わえることが加わる点だ。
 顔を拭いて口を拭った後、ルイは鏡を見ながら髪に櫛を通す。髪に櫛を通す途中から、アレンが隣で見ているのを感じる。自分の横顔や髪を見ているのだろう。そう思うだけでルイの心は高揚し、もっと見て欲しいとすら思う。

「何時見ても綺麗だね。」

 アレンが投げかけた称賛の言葉で、ルイは思わず表情が綻ぶ。ルイは顔を半分ほどアレンに向けて、櫛を通す過程を見せる。完全にアレン専用のショーかデモンストレーションだが、少し流し目でゆっくり髪を梳くルイの仕草は、アレンの視線をくぎ付けにする。それを感じたルイは、髪をさっとかき上げて首筋をよりはっきり見せ、後ろに手を回すように櫛を通す様子を見せる。
 アレンが完全に見入る中、ルイは櫛を仕舞い、髪を後ろで少し纏めてハーフアップの髪形を作り、それをアレンからプレゼントされた髪飾りで留める。初めてのデートで試みた髪形がアレン好みだったと後に知り−クリスが巧みに聞き出した−、ルイは以降必ずこの髪型にしている。ランディブルド王国のホテル滞在中、名実共に初めてのアレンとのデートでアレンからプレゼントされた特別な髪飾りで締めるところからも、特別なアレンのためであることは一目瞭然だ。

「髪の手入れや髪形を意識するようになったのは、アレンさんとお付き合いするようになってからですよ。」
「そう言われると嬉しいような、照れくさいような…。前から髪は綺麗な銀色だなって思ってたけど。」
「ヘブル村時代は、対外的な礼儀としての手入れだったんです。それで良いと思っていました。」

 ヘブル村時代は村人の家に出向いたり、冠婚葬祭行事の陣頭指揮を執るため失礼がないようにという意識の下、ルイの髪の手入れは必要最低限のものだった。今は対外的な礼儀に加えてアレンに向けたアピールのためであり、後者が主体になっている。アレンに向けてしっかり整えれば、自ずと対外的に問題ないレベルに達するからだ。

「…お父様と剣の謎が明らかになりましたね。お父様が先見の明をお持ちな、聡明な方なのが改めて分かりました。」
「…今まで頭の片隅に常にあった霧が、ようやく晴れた気分だよ。正直…ほっとした。父さんが自分のために盗み出したんじゃなかったって分かって…。」

 ジルムがクルーシァに居たことがあるとは確信に近いレベルにあったが、フラベラムを所有する経緯は謎のままだった。
 賢者の石も埋め込まれていなければ、剣を使っての戦闘に長けているわけではない、ごく普通の小規模農民であるジルムがフラベラムを所有していたのは、フラベラムをクルーシァから持ち出して逃亡していた何者かから受け取ったのか、或いは盗み出したのではないかと推測するのは、決して不自然なことではない。アレンはそれが事実だとしても認めたくないという気持ちが大半と、どうしてそんなことをしたのかとジルムを責める気持ちが僅かで、しかし激しく混濁して後者に染まりそうになるのを何度も否定することを繰り返していた。
 ウィーザから明かされた衝撃の事実は、心ならずもザギの手にかかった先代のセイント・ガーディアンと、彼と親交があったと思われるジルムが、フラベラムと共にアレンに意思と未来を託したものだった。謎は晴れ、疑惑は解けた。アレンは僅かながらも父を疑ったことを申し訳なく思うと共に、自分が成すべきことを見据えている。

「俺は…、ジグーリ王国に行こうと思う。フラベラムを復活させるにはそれしかないし、それは、俺が自分で何とかすべきだと思うから。」

 フラベラムの柄に埋め込まれていたと思われるファイア・クリスタルは、アレンの心臓に同化していると思われる。そうでなければ、本来開花しない筈の自己再生能力(セルフ・リカバリー)を有する合理的な理由が説明できない。それを心臓から分離・摘出するのはほぼ不可能。ならば、ファイア・クリスタルを唯一産出するジグーリ王国に赴き、入手するしかない。
 そしてそれは、アレンが自ら行うべきことだ。
 タリア=クスカ王国は、何時マタラ内相が行動に出るか分からない状況下にある。ドルフィンとシーナは潜伏の確率が高いザギに対抗して、滞在するバシンゲンの町を守るため、常時戦闘準備態勢にある。ウィーザは先住民族をマタラ内相を筆頭とするタリア=クスカ王国の国軍から守るため、先住民族の集落から離れられない。ならば、ある意味彼らを利用した陽動作戦でジグーリ王国に出向き、ファイア・クリスタルを入手するのがフラベラム復活の唯一の道だ。

「危険は避けられないし、入国できるかも疑問だけど、俺が行動しないと始まらないと思うんだ。この剣をフラベラムをザギに渡さないために。この国の人達が無用に病を罹患しないようにするために。それが出来ないようじゃ…何れザギにフラベラムを奪われる。」
「私も一緒に行きます。」

 パーティーの面々より先にルイにそれとなく宣言するつもりで言ったアレンは、思わずルイを見る。明瞭な同行の申し出をしたルイの瞳に迷いはない。

「治癒や防御を主たる魔法とする私なら、アレンさんの危険を大幅に低減できます。私自身も魔法と結界で防衛できますからアレンさんの負担も増やしません。物理攻撃主体のアレンさんと治癒防御主体の私がパーティーを編成するのが、最も理想的な解の1つですよ。」
「…俺もその方がありがたいし嬉しいんだけど…。俺がドルフィンとシーナさんの庇護から離れれば、ザギが嗅ぎ付けて来る恐れがあるんだ。」
「ザギという人の戦闘能力は、セイント・ガーディアンでないドルフィンさんより格段に低いのは明らかです。私の結界と防御系魔術で十分防げます。」

 一時帰還したヘブル村から首都フィルへの移動中、ルーシェルに追われてシェンデラルド王国から逃走していたザギが魔法攻撃を仕掛けて来た。しかしそれは、ルイが張っていた結界で全て防いだ。大司教に昇格して結界の威力も増加したのは明らかだが、それで完全防御できる魔法攻撃だから、ザギの力魔術の水準は相当低いとルイは確信している。
 その上、先制攻撃を仕掛けたクリスに対し、ザギは一方的に攻撃を受けるばかりだった。事前情報がなく高速で突進して来たことでひるんだ隙を突かれたと見ることも出来るが、それにしても一方的過ぎた。ドルフィンなら難なくかわし、カウンターで痛打を浴びせたところだ。
 更に、ルイが心底性根の腐った存在と見なしたザギに発動させた、ホワイト・サブリメーション。黄金の鎧のおかげで全身の崩壊と昇華になる前に脱出されたが、7の天使の力と技を受け継ぐとされるセイント・ガーディアンにしては、魔法防御も相当低いと直感した。
 何故この能力でザギがセイント・ガーディアンなのかずっと疑問だったが、昨夜のウィーザの話で謎が氷解した。本来継承できるレベルでない段階で謀略によってセイント・ガーディアンを継承したこと、その後も謀略や策略で他人を利用する一方で鍛錬を怠ったことで、黄金の鎧によって身体能力と戦闘能力に相当な上げ底を施している状態なのだ、と理解した。

「力魔術と衛魔術。分野は違いますが、発動の仕組むは同一である魔術を扱う者の1人として、以前対峙した際のザギの行動を分析・総括すると、そのような結論に達します。」
「間違ってないと思うけど…。」
「ザギの戦闘能力は以前のままでしょうけど、アレンさんは以前のアレンさんより戦闘能力が高まっています。加えて、今の状態でザギの鎧を斬れるフラベラムが、アレンさんの手にあります。仮に戦闘となっても、私と共同すれば勝算は十分あります。」

 アレンの剣フラベラムは、二重三重の対策で本来の10ピセルも力が発揮できないというが、それでも先の対峙の際、ザギの鎧を寸断できた。リルバン家邸宅に滞在していた頃から地道なトレーニングを続け、アレンは持ち前の機動力に加えて腕力も体力も着実に高まっている。機動力と体力が高い−恐らくパーティーではドルフィンに次ぐ−クリスとも長時間の模擬戦闘をこなせるレベルに達して久しい。
 負傷や体力の低下を自分の魔法で補えば、アレンは十分ザギに勝てる。ルイはそう推測、否、確信している。

「あのような人に、律儀に1対1で挑む必要はありませんよ。アレンさんには私が居るんです。」
「正式には皆に提案して了承を得てからだけど…、一緒に来てくれる?」
「はい。喜んで。」

 危険で不自由が多いであろうジグーリ王国への旅路にルイを含めることに対して、まだ若干の躊躇いがあるアレンの申し出を、ルイは即答で応諾する。溢れる愛情と協力共同の意志を示すかのように、ルイはアレンの両手を取る。立場が逆だなと思いつつも、アレンは熱い気持ちを伝えるルイに感謝しかない。
 水場で心を通い合わせ、絆を強めるアレンとルイを物陰から見ていたシーナが、微笑んで奥に引っ込む。パーティーの了承を得るのが容易でないのは火を見るより明らかが、それも乗り越えるだけの絆と愛情を持ち合わせている、とシーナは感じ、自分の未来の母親像を思い浮かべる…。

用語解説 −Explanation of terms−

30)工房:武器職人の作業場を工房と言う。工房を持てるのはツースターズ(ジルムが有するスリースターズの1つ下の称号)からで、それより低い称号の武器職人は、何れかの工房に所属して修行を積む。

31)断続的とは言え18年間ザギの追跡を逃れる:謀殺の結果とは言え、セイント・ガーディアンの座に就いたために、本文中に登場する7人会などクルーシァの運営業務が義務となる(特別な理由のない欠席は最悪セイント・ガーディアン剥奪に繋がる)。そのためザギは一定期間でクルーシァに帰還しなければならなかった。これがジルムを長期的・継続的に追跡できなくし、ザギがジルムの所在を嗅ぎつける前にフラベラムがアレンの手に渡ったと考えられる。

32)以下の台詞:台詞は本文中に再掲したが、登場シーンなどはScene3 Act4-3を参照されたい。

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