Saint Guardians

Scene 11 Act1-4 決戦V-Decisive battleV- 二度目の対峙、収束への動き

written by Moonstone

 ランディブルド王国の南北を縦断する道路を、巨大な隊列が移動している。隊列の中心には馬車があり、その周囲を二重三重にドルゴに乗った兵士が
囲んでいる。馬車と先頭の兵士はランディブルド王国の国旗と、リルバン家の紋章入りの旗を掲げている。偶に行き交う商人の隊列などは、2つの旗を見て
速やかに脇に退き、恭しく敬礼して隊列を見送る。
 隊列はヴィクトスが編成した、ヘブル村駐留国軍の第2師団で構成されたルイを首都フィルまで護衛する隊列である。アレン達の往路で出迎えた第1師団は
ヴィクトスの代行として村の警護を任されている。
 頑強に護衛された馬車にはルイが1人で乗っている。服装は万一の防御面と着慣れの度合いを考慮して聖職者の礼服だ。ルイは頻繁に左の窓から隣を
走るアレンが操縦するドルゴを見て、溜息を吐く。
 ルイとクリスの予想どおり、ヴィクトスはヘブル村を出てからアレンとの同室を認めていない。見かけによらず−あまりにも少女的な顔立ちと華奢な外見のため
どうしても戦闘力は低く見られがち−強力な護衛としては認められているものの、流石に事実上唯一のリルバン家後継候補、しかも年頃の女性との同室を
認めるわけにはいかない。正確には「娘の友人の保護者相当としては認められるが、首都フィルまでの護衛を命令された駐留国軍指揮官としては認め
られない」だ。
 ルイは駄々っ子とは程遠く、むしろヘブル村評議員会委員として行政に関与する立場でもあるから、ヴィクトスの判断は当然として受け入れている。しかし、
やはりアレンと馬車に乗るかアレンのドルゴに同乗するかしたいと思う。それが叶わぬ今は、馬車の窓から周囲を警戒し続けるアレンを見詰め、宿では
アレンを思いながらあてがわれた個室で退屈で寂しい−今まではそんな感情を抱いたこともなかった−時間を過ごすしかない。どう考えても、こんな足枷を
終始引き摺る羽目になるくらいなら、聖職者の地位も名誉も捨てる以外の選択肢はない。ましてやリルバン家後継などもっての外、とルイは認識を強くする
一方だ。
 アレンは周囲を警戒する中で、時折ルイが乗る馬車を見やる。馬車の正面に位置するヴィクトスの指揮の下、隊列はすこぶる順調に南下している。およそ
全行程の1/3の距離を移動したが、アクシデントらしいことは何も起こらないどころか、移動中でも宿泊のために立ち寄る町村でも人や隊列は速やかに道を
開けるから、移動は極めてスムーズだ。その分行動は非常に制限されている。宿はヴィクトスが走らせる兵士が手配して、部屋はヴィクトスが配分したものしか
使えないし、買い物も護衛の兵士に依頼しないといけない。ルイと話をすることも宿で食事を摂る時くらい。ヘブル村までの経路と比較してあまりにも窮屈
だが、ルイがまだ国家体制に深く組み込まれた正規の聖職者であり、リルバン家唯一の後継者でもある以上、護衛の一員としてこうした厳重な警備と行動の
制限は仕方ないと思っている。
 下手にルイを連れだしたりすれば、ヴィクトスが責任を問われる。友人クリスの父を追い込むようなことは憚られる。同時に、これが身分の違いなのかと
アレンは思う。このままルイのリルバン家継承が既成事実として推し進められれば、一介の外国人でしかない自分はルイと引き離される可能性が高い。
その時ルイはどうするのか、否、自分はどうするのか。場合によってはランディブルド王国への重大な敵対者として追われることになってもルイと一緒になる
覚悟はあるか。一生ものの覚悟を迫られるとはこういうことかもしれない、ともアレンは思う。

「中佐!2ジム半の方向の空から、急速接近する物体あり!」

 馬車左斜め前方の兵士が警戒を発する。いかにも怪しい前兆を受けて隊列に緊張が走る。

「移動停止!!全員警戒態勢を取れ!!」

 隊列は緊急停止し、かなりのスピードで接近してくる物体を見据えてそれぞれに武器を構える。アレンと兵士達に護られる馬車から結界が生まれ、一瞬で
隊列全体を包む。勿論馬車に乗るルイによるものだ。町村が見えないのに急に停止して、窓から見える隊列もただならぬ事態を反映している。隊列の中に
クリスもヴィクトスも、そして何よりアレンも居るとなれば、不測の事態に備えて自分の能力を惜しみなく使う構えくらい、ルイは十分出来ている。
 堅牢さが賢者の石を介さずとも感じられる結界に隊列が口々に驚嘆する中、空を猛スピードで飛行する物体はおぼろげに外郭が視認出来るくらいまで接近
すると、急激に降下を始める。明らかに人と認識出来るまで接近しながら、物体は強力な魔法反応を発する光弾を隊列目掛けて乱射してくる。光弾は結界に
激突し、閃光と爆音を迸らせる。しかし、大司教に昇格した上アレンに傷1つつけさせまいと強く思うルイが張った結界はびくともしない。

「ザギ?!」
「フハハ…。フハハハハハ!まさか気まぐれに襲った隊列に貴様が混じっているとはな!」

 鳥でも不可能な軌道で一旦上昇してから垂直に降り立ったザギは、アレンを見つけて嫌らしく笑う。レクス王国での攻防戦で取り逃してしまって以来の対峙
となるアレンは、あの時以上に闘争心が湧き立つ。囚われの身となったままの父を救出するためなのは勿論、今は背後にルイが居る。護る存在が出来た
アレンは、馬車に乗るルルイにだけは絶対に手出しさせまいと臨戦態勢を執る。

「おまけにリルバン家当主の一人娘までご一緒か。」
「!!」
「やっぱりリルバン家に関わる謀略はお前が仕組んだことか!!ザギ!!」
「衛士(センチネル)はやられたようだが、相応の資金と情報は得られた。命の限り俺の役に立てて本望だろうよ。フハハハハ。」

 人の命を何とも思わないザギの言い草に、アレンの怒りが増す。
リルバン家に纏わる混乱では、ザギ直属の部下である衛士(センチネル)どころか、港に集結していた配下の兵士、ホーク夫妻、そしてオーディション会場に
居た一般市民が犠牲になった。欲に溺れて実兄と姪の抹殺を企てたホーク夫妻は自業自得であるが、ザギに関わらなければ何らかの形で共存共栄が可能
だったかもしれない。そしてルイももっと平穏な形でフォンと面会し、親子関係の構築や今後のリルバン家について建設的な話し合いが出来たかもしれない。
様々な人の人生も生命も翻弄し、犠牲にするのが当然と言い切るザギに、アレンが怒りを覚えない筈がない。

「父さんの居所を教えてもらう!」
「小賢しい。貴様の剣を戴いてついでに貴様と後ろの小娘を始末するだけだ。」
「!そうはさせるか!」
「ルイの結界も破れへんくせに、よう言うなぁ。」

 正面衝突に向けてボルテージが上がる中、やや拍子抜けする声がアレンの後ろから届く。ドルゴを持っていないため護衛を兼ねて馬車の後部に乗って
いたクリスは、話に聞いていたセイント・ガーディアンの1人であり、アレンの宿敵であるザギの登場に興味半分皮肉半分で前に出る。

「何だ、小娘。」
「さっきの魔法攻撃、出会い頭にこの隊列叩いて遊ぶつもりやったんやろ?なのに、結界も破れへん。」
「…何が言いたい?」
「セイント・ガーディアンやったか?アレン君から話聞いとるけど、世界に7人しか居らへんのに意外と大したことあらへんな、て思てな。」
「貴様ぁ!」
「この際や。ストレス解消も兼ねて全力で行かせてもらうで!」

 そう言うが早いか、クリスは結界を勢い良く飛び出す。ルイの結界は確かにザギの攻撃で破られていないが、結界を出るとその庇護を受けられない。相手は
特別な全身鎧に身を包んだ伝説の存在と言うべきセイント・ガーディアンの1人。あまりにも無謀だ。
 しかし、クリスは一瞬面食らったザギが応戦する前に懐に飛び込み、激しい両拳突きのラッシュを浴びせる。我が身を武器とする武術家ならではの攻撃、
しかも国軍幹部も大半は歯が立たない強烈な攻撃の連続は、ザギの鎧の至るところを凹ませる。顔面を含めた上半身全てに叩き込まれる強烈な一撃の
連続に、ザギは応戦どころか成す術がない。
 両拳突きのラッシュに続いて、クリスはザギの顎に痛烈な一撃を加える。鎧がなければ確実に顎を粉砕されているであろう一撃で、ザギは軽く宙に浮かぶ。
クリスは休む間もなく体勢を整え、落下して来たザギの左の側頭部に鋭い回し蹴りを加える。ザギが大きく右に傾くのを見やることなく、クリスは強引に身体の
慣性を止めて今度は左からの後ろ回し蹴りをザギの右の側頭部に叩き込む。左右からの連続した強烈な衝撃に振り回されるザギに、体勢を素早く整えた
クリスは正面からの蹴りを食らわせる。鳩尾付近にまともに食らったザギは、大きく後方に跳ね飛ばされて受け身も取れずになぎ倒される。

「今や、アレン君!!」

 ザギが激痛に喘ぎながら起き上ろうとしていると、結界を飛び出してクリスの後方から大きくジャンプしたアレンが、渾身の力を込めてザギ目掛けて剣を振り
下ろす。辛うじてザギは直撃を避けたものの、今までになく刀身の赤い輝きが増したアレンの剣はザギの鎧を切り裂き、その下にある胴体から鮮血を
迸らせる。

「ぐあああああーっ!!小癪なぁっ!!」

 屈辱で怒りを沸騰させたザギが剣を振り回す。次の一撃を目論んでいたアレンは、ザギの応戦をかわしてクリスと同じ位置にジャンプして退く。
アレンとクリスが日頃重ねて来たトレーニングで蓄積された体力とそれぞれの特徴−クリスは一撃の強さと攻撃手法の柔軟さ、アレンは俊敏さと攻撃回避力に
磨きをかけていた。2人がかりとは言え、ザギに痛打を浴びせることが十分可能な領域に達していることが立証された。

「さ、流石はフラベラム…!強力な封印を施されてもセイント・ガーディアンの鎧を斬り裂けるか…!」
「フラベラム?」
「貴様が持つ、その剣の名だ!!セイント・ガーディアンである私が持つべきその剣こそ、フラベラムだ!」

 息を切らしながらザギが起き上がり、憎々しげにアレンを睨む。
アレンが父ジルムから受け継いだ剣は何故か刃こぼれを起こしたことがなく、旅に出てからは「大戦」後に世界を支配し人類を滅亡の淵に追い込んだ悪魔の
軍団と首領である「7の悪魔」を倒した「7の武器」の1つであることが分かった。名刀と呼ばれる剣には、刀匠や見聞きした周囲が命名することが多い。
「7の武器」の1つという唯一無比の存在なら、固有名詞を持っていても不思議ではない。ルーシェルが持つエクスカリバーも、ドルフィンが持つムラサメ・
ブレードもそうであるように。
 ザギがアレンの剣を狙う理由は「7の武器」の1つとしてセイント・ガーディアンが持つ筈のものである、と裏打ちされた。ならば何故そんな曰くつきの剣を
ジルムが持っていたのか、そしてそのジルムの所在は何処か、千載一遇のチャンスを生かさない手はない。

「ザギ!!父さんは何処に居る?!」
「聞かれて答えるくらいなら、最初から攫ったりせんだろうが。それより、セイント・ガーディアンに攻撃を与えられたくらいで良い気になるなよ、小童共!」

 ザギは体勢を整えながら、アレンとクリス目掛けて非詠唱で魔法を発動させる。それより一瞬早くアレンとクリスを青紫色の光が包み込む。

「イクスプロージョン!!」

 アレンとクリスを激しい爆発が包み込む。ヴィクトスをはじめとする隊列は呆然と立ち尽くす。誰もがやられたと思う中、爆発が生み出した煙が晴れていく。
アレンとクリスは全くの無傷。白銀の炎のような光に包まれたアレンとクリスは、状況が理解出来ずに自分自身を観察する。

「!リルバン家の小娘の仕業か!」

 死なない程度にアレンとクリスにダメージを与えたと確信していたザギは、忌々しげに叫ぶ。
隊列を包む結界の中にはルイが居る。親友と恋人が戦う中、馬車でやり過ごそうとするほどルイは利己的ではない。馬車を降りたルイはフォース・
フィールド7)
をアレンとルイに発動させ、予想される強力な攻撃から未然に防いだのだ。

「貴方のような禍々しい存在に、私の大切な人を傷つけられるわけにはいきません。」
「全方位防御魔法か…。聖職者としては初級者脱出程度の筈の貴様が、何故これほど強力な効果を漂わせられる?!」
「人を助け護ろうとする心が聖職者の魔力の源泉です。」

 護る者を持つ聖職者の力を見せつけたルイは、右手を天に掲げて呪文を詠唱する。

「ルルーク・エージース・エラ・クエント!神の御使い達よ!その身に携えた聖なる力を凝縮し、悪しき存在を昇華せよ!」
「な、何だ?!これは!!」
ホワイト・サブリメーション8)!」

 反応するより早く白い光の帯に拘束されたザギの足元から、光を放つ白い柱のようなものが天に向かって立ち上る。光の柱に飲み込まれたザギの全身に、
焼かれながら引き裂かれるような激痛が走る。

「うぎゃああああーっ!!身体がぁー!!燃えるーっ!!」

 光の柱の中で、ザギの鎧が少しずつ剥がれて光に溶けていく。アンデッドなど力魔術が効き辛い暗黒・毒属性の魔物や下級の悪魔を確実に死に至らしめる
ことが出来、中級以上の悪魔にも相当のダメージを与えることが出来る浄化系魔術の1つは、他人を使い捨ての道具のように弄び切り捨てることを是とする
歪んだ性根を持つザギには、力魔術以上に効果を発揮するようだ。
 邪悪な心を持つ者=悪魔と同様と見なして発動させたルイの魔法は、魔法と言えば力魔術という概念が半ば既成事実化していたアレンは勿論、衛魔術は
治癒や防御という概念が深く広く浸透しているクリスやヴィクトスなどランディブルド王国の面々を驚愕させるに十分だ。

「ク、クソがぁーっ!!」

 ザギは全身を絶え間なく襲う激痛を咆哮を上げることで耐え、拘束していた光の帯を強引に破壊し、光の柱から脱出する。指先が一部消失したザギは満身
創痍そのものだが、消失若しくは負傷した個所から白煙が立ち上り、急速に修復・治癒していく。セイント・ガーディアンが鎧を着用することで得られる自己
再生能力(セルフ・リカバリー)だ。

「揃いも揃ってよくも…!!」
「あたし達は生憎行儀良う1対1で戦う気はあらへん!アレン君の父ちゃんの居所を吐かせるために、全力で行くで!!」
「ザギ!!これ以上お前を暗躍させない!!」
「セイント・ガーディアンを甘く見るな!!小童共!!」

 改めてアレンとクリスとルイ、そしてザギが全面対決に向けて臨戦態勢を取った時、天空から何本もの稲妻が降り注ぐ。ザギは気配を感じて紙一重の差で
回避する。ザギ目掛けて突進して来た稲妻は、目標が消えた地面に激突してイクスプロージョンに匹敵する爆発と轟音を生む。

「止めろ、ザギ!一般人への武力行使は犯罪行為の抑止にのみ限定的に使用出来るという、クルーシァの掟すら捨てたか!」
「!その声は!!」
「ガルシアの走狗となって悪魔召還にまで手を染め、クルーシァの掟をも踏み躙る貴様を、セイント・ガーディアンの名において粛清する!」

 天高く浮かぶワイバーンから、黄金の鎧を纏った人物が真っ直ぐ降下してくる。西から南天に向けて近付く太陽に照らされたその姿は、地上に蔓延る悪を
殲滅するために遣わされた天使そのものだ。キャミール教が思考の深部に深く根付いているアレン以外の面々には、「教書」の天地創造の件がリアルに再現
されているように見える。
 アレン達を背後に回してザギの前に立ちはだかる位置に降り立ったのはルーシェル。速度ではザギに後れを取ったが、ザギがアレンに気を取られて迂闊
にも逃走を忘れていたことでついに追いついたのだ。

「ふ、振り切ったと思ったが…。」
「海を越えるほど引き離したならまだしも、国境を越えた程度で高を括るからだ。馬鹿者め。」
「くっ…。」
「貴様には色々聞きたいことがある。セイント・ガーディアンの端くれなら、同じくセイント・ガーディアンの私と闘え、ザギ。」

 ルーシェルは剣を抜く。左手に握られた「7の武器」の1つエクスカリバーは、ルーシェルの怒りと闘争心を反映して眩いほどの黄金の光を放ち始める。

「馬鹿を言え!!貴様と1対1で戦うほど愚かではない!!」

 ザギが動揺しつつ念じると、両手の指の間に小さな玉が生じる。ザギがそれを地面に叩きつけると、小さな筐体からは想像もつかない爆音と目が眩む強い
閃光を迸らせる。それが8個分連続すれば、さしものルーシェルも反射的に目を閉じる。それ以外の面々は怯んで耳を抑えてその場に座り込んでしまう。
暴徒の鎮圧時などに使用される閃光弾と同様のものだ。
 一瞬の隙を見逃さず、ザギは空高く跳び上がり、結界に包まれて上空で待機していたワイバーンには見向きもせずに更に高度を上げて大空に消える。
閃光と爆音の衝撃が止んだ頃には、ザギの姿も気配も完全に消え去ってしまっていた。ルーシェルは苦い表情を浮かべて空を見上げ、アレンは唇を噛んで
悔しさを露わにする。

「相変わらず逃げ脚だけは卓越しているな…。」
「…貴方が…セイント・ガーディアンのルーシェル…。」
「ランディブルド王国の者で私を知るということは…、私が連れて来た者達の関係者か。」

 ルーシェルは一旦浮上して、待機させていたワイバーンを操縦して改めて着陸する。ワイバーンにはフィリアとイアソンが載っている。ワイバーンから降りた
フィリアとイアソンは、アレンとクリスとルイを見て表情を変える。イアソンは驚愕から歓喜一色に変わるが、フィリアはルイを見たことで敵意の方が強く出る。

「フィリア!イアソン!」
「アレン達じゃないか!」
「無事やったんやな!」
「ルーシェル殿に助けていただいたんだ。」
「やはり知り合いか。丁度良い。このまま送り届けてもらいなさい。」

 ルーシェルは淡々と告げ、ワイバーンを消去する。単独ならザギ同様セイント・ガーディアンの能力で空を自由に飛行出来るから、わざわざワイバーンを操縦
する必要はない。
 ルーシェルが立ち去ろうとしていると察したイアソンは、望み薄と分かってはいるがルーシェルに願い出る。

「ルーシェル殿!ザギを含むガルシア一派の野望を暴き、打ち砕くために私達に同行してくださいませんか?」
「私は単独行動の方が性に合っている。それに…。」

 ルーシェルの冷水のような雰囲気と表情が一瞬別の色を帯びる。そこに上級の悪魔を単独で倒し、ザギが恐怖する実力を誇るルーシェルらしからぬ特別な
感情が見え隠れしているのを、アレン以外のパーティーの面々は感じ取る。

「…何でもない。また会う時があれば、そこで情報交換でもしよう。道中結界と警戒を緩めないことだ。…では。」

 迷いや未練をかき消したルーシェルは、それだけ言い残すと、ザギと同じように猛スピードで上昇し、存在を視認するのがやっとの高度に達すると
猛スピードで南に飛び去る。ザギの痕跡を感知してのことか、南に位置する首都フィルに滞在するドルフィンの存在を感じるためかは分からない。
 だが、ルーシェルの活躍と計らいによって絶体絶命の危機から救われたフィリアとイアソンがルーシェルが成し得た悪魔崇拝者殲滅の一大功績を携えて
シェンデラルド王国から無事帰還し、アレン、クリス、ルイと再会出来た事実は確かに残された…。
 フィリアとイアソンがシェンデラルド王国から生還したという報告は、直ちにヴィクトスの伝令と密かに尾行していたリルバン家の私設部隊によって首都
フィルに届けられた。公式の伝令であるヴィクトスからの報告は国軍幹部会とそれを介した国王と一等貴族当主全員に、非公式かつ隠密であるリルバン家の
私設部隊からの報告はフォンとそれを介してドルフィンとシーナに伝えられ、驚愕と歓喜の大波を生じさせた。
 フォンが内務部に申請して受理されたフィリアとイアソンのシェンデラルド王国への潜入工作は、国民としてカウントしなくて良い犠牲者が2人生じて終了
するだろう、という悲観的な見方が圧倒的だった。せいぜい内部の情報が伝えられれば良いと諦観を含んだ予想が支配的だったが、悪魔崇拝者は前線の
兵士と共同していたカルーダ王国からの魔術師の目前で粉砕され、シェンデラルド王国を覆っていた暗雲が一挙に晴れていくことも続々報告されている。
 ルーシェルの活躍があったことはヴィクトスの伝令からも知られていないため、シェンデラルド王国から迫りつつあった悪魔の災厄はたった2人の外国人に
よって見事に打ち砕かれた、と報告・認識される。そしてそれは同時に、内部からは潜入工作によって、外側からはカルーダ王国との共闘によって悪魔
崇拝者を殲滅させる二重の戦術を成功させたフォンの一大功績としても広く認識されることにもなった。

「流石でございます、フォン様。国王陛下をはじめ、一等貴族当主の皆様や国軍幹部会の皆様から最大級の賛辞と感謝が続々と寄せられております。」
「私の功績があるとすれば、手筈を尽くしたことだけだ。真の功績者はイアソン殿とフィリア殿の2人。国王陛下に叙勲を推挙せねばなるまい。」

 他の執事から次々伝達される賛辞や感謝の書状に称賛一色のロムノに対し、それらに目を通すフォンは至って謙虚だ。自身の功績はフィリアとイアソンが
障害なくシェンデラルド王国に潜入出来る手筈を整えただけであるし、結果は勿論だが、2人が生還したとの報告こそフォンには最大の朗報だ。
特にオーディション本選までにアレンと協力してルイを護り、ホーク夫妻と顧問の陰謀を暴き頓挫させる大きなきっかけを作った恩人でもあるイアソンの生還
こそ、フォンを安堵させるものだ。

「魔術師にとって貴重な実践の機会を提供いただきましたし、ひいてはカルーダ王国との友好親善を深めることにも繋がりましょうぞ。」
「ご尽力には重ね重ね感謝します。学長殿。」
「これも人と人との繋がりが齎したこと。一度生じた繋がりの種をいかに涵養するかが、友情や愛情、ひいては国家間の外交関係にも繋がるものでしょうな。」
「御言葉、ありがたく頂戴します。」

 これより前の会談において明かされた、フォンが計画していたルイの引き留め策は、ドルフィンとシーナの反対と学長の諌言によって事実上撤回された。
ルイに国家中央教会総長直々の招聘が伝えられ、それを受けて辞職に向けた手続きを中断して首都フィルに戻ってくること、その護衛には国軍幹部会から
クリスの父ヴィクトスが命令されたことが私設部隊から報告されている。
 ルイが粛々と自分の足枷になるものを捨てようとしている中、国の聖職者の頂点である国家中央教会総長が慰留しても引き留められるかどうかは
分からない。だが、ローズの遺志を受けてようやく対面出来たルイとの繋がりを一等貴族の看板や国家体制の存続を盾に繋ぎとめるのではなく、学長が言う
ように人と人との繋がりとして、ローズが文字どおり産み育てた親と子の遅い第一歩として育むべきだ。
 限られた時間をその方向で生かそうとフォンは思い直し、ルイとの対面に向けて様々な予想を展開し続けている。これは恐らくフォンにとってどの職務より
的中させることが困難なシミュレーションであるが、ルイとの親子関係の種を潰さずに育てるためには、睡眠時間を削ってでも取り組むべき喫緊の課題だ。

「ワシは責任者として、魔術師の全員帰還を確認してから帰国するとしましょう。」
「分かりました。それまで手配したホテルを存分にお使いください。帰国に必要な旅費と船は、私が手配しておきますのでご安心ください。」
「ご配慮に感謝します。」

 学長の責任は魔術師全員を帰国させるまで続く。現在まで魔術師の被害は報告されていないが、全員の無事を自分で確認するまで気が抜けないし、
その分心労が蓄積する。魔力や知恵は抜きん出ていても体力面では老化による低下は否めない。その分十分なフォローをすることは招聘したフォンの役目
であるし、それくらいは十分理解している。
 翌日。昼前に目覚めて朝食と昼食を兼ねた遅い1日最初の食事を摂ろうと専用食堂に向かっていたリーナに、シーナが声をかける。

「おはよう、リーナちゃん。」
「おはようございます。」
「イアソン君、フィリアちゃんと一緒に無事にシェンデラルド王国から帰還して、アレン君達に合流して此処に向かっているそうよ。」
「…ああ、そんな話をメイドや使用人がしてました。」

 良い知らせも悪い知らせも伝搬しやすい。ましてやメイドや使用人が様々な形で貴族の家系や階級を超えた口コミのネットワークを構築しているくらいだ。
フィリアとイアソンの多大な功績は出所を問わずにすぐさま共通の認識となるし、邸宅内がその話題で持ちきりとなれば、機会は少なくとも邸宅内を移動する
必要はあるリーナも小耳に挟むくらいの認識はある。

「よく生きて帰ってこれたものですね。」
「そうね。そこでリーナちゃんにこれをお願いしたいの。」

 シーナは後ろ手に持っていたものをリーナに差し出す。両手で持てる程度の大きさの、白主体のシンプルな包装と白地に赤のラインが入ったこれまた
シンプルなリボンで飾られた箱だ。唐突に差し出されたプレゼントらしい箱を前に、話が見えないリーナは頭に巨大な疑問符を浮かべる。

「…これをどうしろと?」
「イアソン君にプレゼントしてあげて欲しいの。」
「どうしてあたしが…。」
「無事に帰還出来たイアソン君、リーナちゃんからプレゼントをもらえれば喜び倍増間違いなしだから、1つお願い出来ないかしら?」

 今までのリーナなら「あたしには関係ない」と即断して一蹴しただろう。しかし、今のリーナは自分がイアソンにプレゼントを手渡しすることに疑問は感じるが
どうも断る気になれない。考えるうちにプレゼントを渡すだけならまあ良いか、と応諾する方向に傾いていく。

「…渡すだけで良いんですよね?」
「ええ。中身はドルフィンと私で選んだから、妙なものは入ってないわよ。」
「…分かりました。」

 リーナは自分に納得出来ない違和感を覚えつつも、シーナの依頼を受託してプレゼントを受け取る。箱はリーナが両手で持てる程度の大きさだが、
そこそこの重量感がある。ドルフィンとシーナが選んだものだから、少なくとも自分を貶めるようなものではないだろう。イアソンの功績を労うための演出だし、
渡すだけ渡して「はいお疲れ」とでも言えばイアソンは感激で咽(むせ)び泣きでもするだろうか、とリーナは思う。

「渡すタイミングはリーナちゃんに任せるわね。」
「はい。」

 シーナが立ち去った後、プレゼントを持ったまま専用食堂に行く気にはなれないリーナは一旦自室に戻る。薬剤師試験の過去問題や重点対策用途の
問題集など、我々の受験準備と似通った様相の机の脇にプレゼントを置く。実験室を貸与されたことで1日の大半を実験室で過ごすリーナが自室に
居るのは、筆記問題の解答に集中したい時と就寝する時くらい。食事や休憩時の茶菓子は専用食堂に行けばいくらでも無料で出て来るし、それも面倒なら
メイドか使用人を呼び付けて持って来させることも出来る。元々リーナはこの世界では希少な3階建ての自宅に住み、多くの従業員や学生を住み込みで雇用
するほど裕福な家庭で育った生粋のお嬢様だ。ルイと違ってメイドや使用人を使役することを何ら躊躇しない。「メイドや使用人は家具や食器と同じ。その
家で使うために置かれているのよ」とはリーナの弁。
 改めて専用食堂に行こうとしたリーナは、プレゼントを見て足を止める。プレゼントにこの邸宅から居なくなって久しいイアソンが重なる。
イアソンが出発して以来、リーナは何処か物足りないようなしっくりこないような違和感を覚えていた。単に機会を見つけて話しかけてきたり、ケーキや
チョコレートを仕入れてプレゼントしたりしてアプローチを仕掛けて来たイアソンが不在になったことによる一種の解放感だと思っていた。お調子者でお喋りで
自分の下着選びを覗き見るようなデリカシーのない男が居なくなって清々したと思っていた。だが、時が経つにつれ、覚え続けていた違和感は解放感や清々
したというプラス方面の感覚とはどうしても思えなくなっていた。
 プレゼントを受け取ったイアソンが満面の笑みで自分に礼を言う様子が、ふとリーナの脳裏に浮かぶ。

ありがとうリーナ!俺、生きて帰れて良かったー!

「…それは良かったわね。精々大事にしなさい。」

 毒づいたつもりだが、それらしい言葉ではない。ついにイアソンを労ろうとしているのかとリーナは自分の感情に疑問を抱こうとするが、それすらも思うように
出来ないことに気づく。この混沌とした心境はイアソンにプレゼントを渡すまで解消出来ないかもしれない。どうしてただ演出のためにプレゼントを渡すだけで
こんな心境になってしまうのか理解出来ない。
 さっさとプレゼントを渡してお役御免と相成りたいと思うと同時に、イアソンの喜ぶ顔を見たいと思ってもいることにリーナは気づく。急いでそれは単なる興味
でしかないと否定するが、今までのようにそれで打ち消せず、むしろ認知を迫るように脳裏をかけ回る。今まで経験したことがない、否、かつて1度だけ経験
したことがある不可思議な心の乱れに翻弄されるリーナは、プレゼントから目を逸らして自室を飛び出していく…。

用語解説 −Explanation of terms−

7)フォース・フィールド:衛魔術の1つで防御系に属する。魔力を凝縮して対象を包み、物理・魔法両面からの攻撃を全方位完全遮断する。また、対象が直接衝突することで魔力を放散させ、強力な物理・魔法攻撃に替えることが出来る。効果範囲はゼロからショートレンジ。効力は攻撃を遮断した回数(若しくは衝突させた回数)と術者の称号と魔力によって異なり、標準で5回分。キャミール教の聖職者では司教以上で使用可能。

8)ホワイト・サブリメーション:衛魔術の1つで浄化系魔術に属する。天使の力を対象の直下に集約して一気に上方へ解放する。高密度に集約された天使の力が特定方向に解放される過程で強力な浄化の効力が生じる。暗黒・毒属性の魔物や悪魔に力魔術の光系魔法を凌駕する絶大な効力を発揮する、衛魔術で数少ない攻撃色の強い魔法。効果範囲はショートレンジ。キャミール教の聖職者では大司教以上で使用可能。

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