Saint Guardians

Scene 10 Act3-2 激震-Major earthquake- 議場での攻防と騒乱

written by Moonstone

「最早事態は看過出来ない水準に達している。抜本的な対策に乗り出す必要がある。」

 ステンドグラスが並ぶ広大な空間に張りのある低い声が響き渡る。
ランディブルド王国の首都フィルにある王家の城。その一角にある大会議場では東の方から徐々に国土を蝕んでいる悪魔崇拝者対策を議論するために、
臨時議会が開催されていた。
 国王ルベルスト3世と皇太子夫婦、議長を務める一等貴族アルテル家当主カティスを背後にして演説するのは、同じく一等貴族ヌルドール家当主ジルベス
である。ランディブルド王国の王国議会では、議案提出権を有する一等貴族当主が提案ごとに纏まり、代表で演説するのが通例だ。我々の世界における
政党や会派のようなもので、ジルベスの演説は今回の会派における代表質問に相当するものだ。

「我が国の領土に侵入するだけでも重大な犯罪であり、更に我が国土を蹂躙する悪魔崇拝者共を罰する選択に躊躇する必要はない。憎き悪魔崇拝者共を
根絶やしにするには、国軍による総攻撃を以って対処すべきである。加えて、悪魔崇拝者と根を同じくするバライ族で、生産性のない者はただちに
シェンデラルド王国に送還し、将来同様の災厄が生じる原因を断つことが肝要である。」

 強硬派であることを如実に物語るジルベスの演説で、円台を中心に扇形に並び後方に向かってせり上がる議員席の随所から拍手が起こる。
財産の維持と増大に執念を燃やす者が多い二等三等貴族に強硬派が多いのは周知の事実だが、一等貴族当主の中にも強硬派は居る。ジルベスはその
1人だ。
 リルバン家の前当主、すなわちフォンの実父が長らく強硬派の筆頭格として王国議会をリードしていたが、5年前の急逝に伴い当主がフォンに交代した。
フォンは若くして父譲りの論戦力と政策立案力を持ち、多くの議員と違って特定の業界とのしがらみがないことで水面下の取引が効力を発揮しないため、
穏健派はフォンを筆頭として勢いを増した。長く劣勢に立たされている強硬派にとって、悪魔崇拝者の侵略は勢いを盛り返す絶好の機会になる可能性を
秘めている。

「我が国に流入しているバライ族の多くは、貴族のメイドや使用人である。これらは我が国の国民でも十分代替可能であり、むしろバライ族の不要な流入により
雇用の機会を強奪されていると言える。我が国の国民が就労の機会を回復するためにも、生産性のないバライ族の隣国への送還は必要不可欠である。
よって、1つ。悪魔崇拝者共に断固たる制裁を行うため国軍による総攻撃に着手すること。1つ。悪魔崇拝者と根を同じくするバライ族の中で生産性のない
者を直ちに送還し、入国を厳しく制限する。これらの理念に基づいた国家非常事態法案を此処に提案するものである。」

 演説を締めくくったジルベスに、強硬派議員から盛大な拍手が送られる。民族差別剥き出しの演説を受けて不快感で顔をしかめる穏健派議員との反応の
違いが色濃く出ている。
 他の一等貴族当主と違い、ジルベスを当主とするヌルドール家とファイレーン家は代々強硬派に属する。ファイレーン家は代々当主が司法委員会委員長を
務める関係で罰則、特に刑事罰の厳正な適用を是とし、ヌルドール家は代々国軍幹部会議長を務めることから国軍との関係が深い。
 国家間の緊張、ましてや侵略行為で平和的・外交的解決を求める軍人やタカ派は多くない。侵略という違法行為を大挙して行い、更にじわじわと国土を
蝕み国民の生活、ひいては領地からの収入源を破壊する悪魔崇拝者を「輩出」して止まない隣国がバライ族主体の国家とあれば、建国の経緯から来る隣国
との兄弟関係など容易に飛び越えて懲罰と報復を兼ねて国軍を動かす方向へと傾倒するのはある意味自然なことだ。

「静粛に!」

 無表情で押し黙っていたカティスが一喝すると、議場は急速に静けさを取り戻す。
演台の後方に向かって中央に座する国王の左隣に鎮座するカティスの権威30)は、王国議会においては絶大なものだ。カティスの判断次第で議場からの即時
退場も十分ありうるだけに、カティスの指示命令を無視する議員は居ない。

「続いて第2号提案を代表して、フォン・ザクリュイレス・リルバン殿、登壇されたい。」

 カティスの指示で、議席の前方に着席していたフォンが起立し、演台に向かう。強硬派の二等三等貴族は軽蔑すら籠った視線でフォンを見やる。
バライ族を敵視・蔑視する強硬派にとって、バライ族との間に子を成すことはそれだけで十分軽蔑の対象となる。その上フォンはバライ族との子−言うまでも
なくルイ−を私生児として儲け、あろうことか事実上の次期当主に据えている。二等三等貴族の間でも疎外や謀略による没落の対象となる家族問題を由緒
正しい一等貴族当主で露呈させているフォンが、強硬派の二等三等貴族当主にとって強烈な忌避感情を呼び起こさない筈がない。
 しかし、フォンは周囲から絶え間なく感じる嫌な視線に怯むことなく颯爽と通路を進み、演台背後の国王と皇太子夫婦、そしてカティスに一礼した後、
演台に立つ。

「隣国からの悪魔崇拝者の流入は深刻かつ早急な対策が必要であることは、最早論を待たない。しかし、悪魔崇拝者と我が国に居住するバライ族を直結
させる論には与しない。それは主に2つの点で事実に相反するためである。」

 自らに向けられる強硬派からの忌々しげでさえある視線の嵐をものともせず、フォンは背筋をぴんと伸ばし、深みのある声で演説する。

「まず1つに、我が国に居住するバライ族の位置づけと就労の観点である。我が国のバライ族の多くが使用人若しくはメイドであることは事実である。しかし
戸籍の調査と各貴族の判断の上で雇用関係が締結されている以上、バライ族で使用人やメイドとしての就労が多いことが、すなわちラファラ族の就労の
機会を強奪しているとの論は成立しない。我が国での戸籍を持たずして就労する不法就労は本来我が国では起こり得ないことであり、就労させている貴族や
地主、商人も処罰の対象とすべきであることを忘れてはならない。」

 フォンの演説で今度は穏健派の議員から拍手が起こり、強硬派の議員が渋い顔をする。
ルイの母ローズの事例でも明らかなように、使用人やメイドとして雇用される際には各貴族などの審査と判断が必ず存在する。審査の際には勿論提出された
戸籍が偽造されたものでないか、記載内容が正確であるかが調査され、不備があるとまず雇用されない。それは戸籍制度が頑強であることと関係する不法
就労が発生し、雇用された使用人やメイドだけでなく雇用した貴族などが処罰されるのを避けるためである。
 不法就労が違法とされるのは、身元が不明瞭な人物が国内に滞在することで犯罪を犯した場合に捜査や身柄拘束がし難くなるリスクを避けるためでもあり、
その国の国民として労働することで発生する租税収入の減少を避けるためでもある。前者は容疑者が偽名を使ったり運転免許証やパスポートを偽造して
逃亡する事例が多いことからも明らかである。後者はあまり思いつかないが、戸籍が現にその国や地域に存在することを示し、税金徴収の対象としてリスト
アップする役割を果たしてきた歴史的経緯、たとえば古代日本の租庸調を見ればやはり明らかである。
 アメリカが移民を積極的に受け入れていることを模範として、国際化や国力増強を名目として日本の移民受け入れを推進する論が主に財界とその御用
学者や議員から出されるが、元々イギリスの植民地として歩み始めたアメリカは入植地の拡大に伴うネイティブアメリカンとの抗争や、ゴールドラッシュなど
一攫千金を狙う機会が存在したことから頭数として外部からの人口流入、すなわち移民を受け入れざるを得ない環境があった。
 現在のアメリカの積極的な移民の受け入れの背景にはFBIやCIAなど警察・公安権力の私生活も網羅する国民監視体制−同時多発テロ以降の愛国者法を
根拠とした常態的な盗聴やクレジットカードの使用履歴が身元保証になるなど−が存在することや、不法移民の流入に対して軍隊も導入しての対処が
行われていること、それらをクリアした、ある意味選ばれた者だけが入国出来るがその後大成するかどうかはそれこそ自己責任で片付けられるものである
ことを棚上げしている。更に、移民の受け入れに積極的な、若しくは積極的だった欧米諸国で外国人による不法滞在や犯罪の増加、元々の国民と移民、
もしくはベルギーなどのように元々の国民同士での軋轢など、国家基盤を揺るがす事態が発生していることを度外視している。
 このような後先考えない主張が国益や国力を口癖とする勢力から頻出するのは、より安い労働力でより多くの儲けを出せれば良いとするこの勢力の基本
理念があるからであり、この勢力の国益や国力など信用するに値しない。
 また、一方で不法就労や不法滞在の実績をどれだけ積んでも国民でない以上、社会保障やインフラの使用など国民としての利益を享受するのも誤りで
ある。不法滞在を長く続けたことを逆手にとって不法滞在を認めるべきという論は、そもそも不法入国が犯罪であることをその「実績」の蓄積で免罪するべきと
するのと等価であり、国民として登録されてその下で労働の義務を担い社会保障の権利を行使する国民との不平等を「人道」の名で黙認するべきとすること
とも等価であり、決して容認すべきではない。

「次に、我が国に居住するバライ族を隣国に強制送還することと、悪魔崇拝者の侵入阻止の観点である。現に一部議員がバライ族の使用人やメイドを解雇し、
隣国に強制送還した事例があるにも関わらず、悪魔崇拝者の流入の阻止にも悪魔崇拝者の減少にも繋がっていないことからも、これらが何の相関関係も
有しないことは自明の理である。また、使用人やメイドにバライ族が多いのは事実であるが、国民全体に占めるバライ族の比率は内務所提出の資料によると、
今年の5月時点で13ピセル。この比率は悪魔崇拝者の流入が始まる以前の数年と比較しても増加しておらず、むしろ漸減傾向が見られる。我が国に在住
するバライ族の比率を人為的に減少させても、悪魔崇拝者の侵略を阻止することに繋がらないことは、この点からも明白である。」
「「…。」」
「また、使用人やメイドに占める率が高いバライ族を隣国に強制送還させれば、彼らを使用人やメイドとして雇用する貴族や地主、商人などは自らの業務や
日常生活の補佐代行をどのように遂行する方針であろうか?先ほどの論と重複する面があるが、自らの審査や判断を経て雇用したバライ族を解雇すれば、
その分我が国の租税が減少する。更に、バライ族の比率が高い、一方でラファラ族の希望者は少数である使用人やメイドの新規雇用の見通しは不十分で
あると言わざるを得ない。自らの業務や生活基盤を掘り崩してでもバライ族を隣国に強制送還する気構えがあるかどうか、強制送還を提唱する前に我が身に
問うていただきたい。」

 強硬派議員の実情を抉る指摘を皮肉交じりに小気味良く織り込んだフォンの演説に、穏健派議員は盛大な拍手を送る。一方、痛いところを突かれた強硬派
議員は苦虫を噛み潰したような顔をする。
 バライ族が使用人やメイドとして多く雇用されている背景には、多数派であるラファラ族からの志望者が少数であることもある。「使用人やメイドのような職は
バライ族にさせれば良い」という見下した意識が貴族や地主、商人だけでなく一般市民にも見られることがその理由だ。移民大国アメリカでメイドなど
ハウスキーピング業務やブルーカラーと称される肉体労働に従事するのは黒人が多いように、欧米社会には職業や人種による明瞭な社会的序列があり、
白人が主に上層、黒人など有色人種が主に下層に配置されて固定化されやすく、上層が下層を使役する基本的な社会構図が存在する。
 共通項として「唯一絶対神の下に人間は平等である」とするキリスト教が存在し、平等である筈の存在なのに生活条件や就学就業の機会が平等でないのは
おかしいという疑問や不満から人権をはじめとする権利の概念が生じ、その獲得が固定化された社会的序列とその圧迫からの解放に必須であったため、
フランス革命や公民権運動が発生している。
 この世界ではそこまで社会思想が進展していないため階級闘争の発生には至っていないが、白色人種と有色人種による社会的序列の概念は我々の
世界と共通している。その概念故にバライ族は半ば自動的に使用人やメイドへと追いやられ、貴族などはバライ族を雇用して時には酷使することで自らの
業務や生活を円滑にしたり向上したりしているのが実態である。
 この概念と雇用の構図が全く変化しない状態で、バライ族をシェンデラルド王国に強制送還すれば、多数かつ巨大な使用人やメイドの穴が開き、それを
ラファラ族で埋められる可能性は極めて低い。となれば、強硬派議員のみならず王国議会議員やその座を狙う地主や商人などの殆どが業務も日常生活も
立ち行かなくなるのは明らかだ。フォンの演説は、悪魔崇拝者の侵略への怒りとバライ族への蔑視感情を同一視し、バライ族の強制送還で事態の解決を
図ろうとすることが自らの首を絞める行為であることを鋭く指摘したものだ。

「よって、1つ。増加する避難民を近隣の町村で一時受け入れると同時に、王国議会議員が主導する物資や資金を増強し、町村の住民の負担の軽減も図る
こと。1つ。悪魔崇拝者の迎撃にはカルーダ王国から攻撃用途に有効な力魔術の世界的研究機関に所属する魔術師を招聘することで対応し、通常業務の
他、聖水の緊急増産を担う教会の負担増大を防ぐ。これらを基本とする緊急事態対処法案を此処に提案するものである。」

 フォンが演説を締めくくると、議場はジルベスの時以上に大きな拍手に包まれる。急所を突かれた格好の強硬派議員が一様に渋い表情で頬杖を突いたり
机を指で叩くなどしているのと対照的だ。
 フォンは鳴り止まない多くの拍手に送られながら自分の席に戻る。これまでの調査と分析を集約した提案を代表して演説を終えたフォンは、表情を
変えずに小さい溜息を吐く。これまで多くの提案で代表を務め、演説を行ってきたが、今回はそれで反対派からの反論の余地をなくし、採決に持ち込める
とは思っていない。

「本議会での提案に伴う演説は以上である。次に、討論に移る。尚、事態の特殊性と緊急性を鑑み、本議会での討論後に採決を行う。」

 カティスは今回の臨時議会で決着をつけることを宣言する。
代々王国議会議長の大役を担うカティスは今回の2つの提案、すなわちシェンデラルド王国への国軍による総攻撃とバライ族の強制送還を並行する強硬派
提出の議案と、避難民の一時受け入れ態勢の物資・資金両面からの支援の増強とカルーダ王国からの魔術師招聘による悪魔崇拝者迎撃を並行する穏健派
提出の議案を把握している。そして、流入が止まらない悪魔崇拝者による国土侵略と蹂躙による経済的損失が見込みも含めて最早一刻の猶予もない
ところに差し掛かっていることも承知している。
 提案代表者同士の演説を聞いて、分はどちらにあるかも分かった。ならば議論を長引かせるより早期に採決して可決した内容に沿って行動を起こすべき、
と判断したのだ。

「提案に対する質問・疑義などあれば、挙手されたい。」

 カティスの討論開始の宣言で早速議場から複数の手が挙がる。カティスは優先順位31)に従って強硬派に属する二等貴族のベテラン議員ラーズを指名
する。
 ラーズは祖父の代から受け継ぐ全国規模の食料品店−我々で言うところのチェーン展開のスーパーマーケットを経営する屈指の大商人で、首都フィルに
居を構え、主要な町村に小作地を有する。財力は二等貴族でも有数で一等貴族に迫る勢いと評される。横に広い巨体を高級ブランドの服で包んだ姿は
かなり様になっており、単なる成金趣味ではないことが窺える。

「ジルベス様の提案賛同者の1人として、対案に質問申し上げる。」

 やや抑揚が大袈裟に聞こえる第一声を発したラーズは一呼吸置く。

「カルーダ王国からの魔術師招聘とありましたが、我が国はカルーダ王国と国家レベルでの関係は決して密接ではありません。カルーダ王国における力魔術
研究と魔術師養成への注力は存じていますが、そのような存在を招聘出来るルートはどのように構築されるおつもりでしょうか?」
「フォン殿。回答されたい。」
「お答えします。カルーダ王国からの魔術師招聘には、力魔術研究と魔術師養成の事実上の世界的機関の1つである王立魔術大学を統括する学長殿に
依頼し、学長殿を介してカルーダ国王閣下の承認を得る段取りです。」
「ですから、国家レベルでの関係が密接でない状況で、そのようなことが可能なのですかな?」
「現在、世界的魔術師として著名なウィーザ・ムールス殿の愛弟子、シーナ・フィラネス殿が当方の自宅に長期滞在中です。」

 ウィーザとシーナの名が出たところで、議場から驚きの声が上がる。
魔術師と力魔術が日陰の存在であるランディブルド王国でも、医学薬学は非常に重用される専門分野である。ウィーザは魔術師としては最高峰Wizardとして
大成しているが、医学薬学でも多大な貢献と成果を上げている。その功績が普及する過程でウィーザの名は医学薬学の門外漢でも知られる、まさに世界的
著名人となるに至った。そのウィーザの弟子として研鑽を積み、やはりWizardに昇格したシーナはそこまで著名ではないが、ウィーザの弟子という看板は
絶大な威力を伴う。我々の世界でも、自然科学で大きな功績を成した学者が「○○の権威」として強力な発言力と影響力を持つ事例が多々あるし、特に
医学において著名な学者を頂点としてその弟子が一大派閥を形成することがある。
 医学薬学の細分化がまだまだ進んでおらず、免許取得に必要な試験の難易度が非常に高いことは共通しているこの世界において、人型種族の血液型の
発見と輸血の確立、日常使用される薬品の効率的な合成−当然簡単に合成出来る方が大量生産と価格の低下に有効だ−を幾つも編み出している
ウィーザは、神に迫る存在と言っても過言ではない。

「シーナ殿は魔術大学の客員主任教授を務める才媛であられる上に、我が国への入国前に学長殿と歓談され、学長殿の直々の依頼を受けて全学対象の
特別講義を開講されたほど、学長殿と知己の間柄でもあられます。私はシーナ殿に学長殿へ魔術師招聘の依頼状の執筆を依頼し、快諾いただきました。
既に依頼状は出国しており、学長殿の回答を待つ段階にあります。」
「「…。」」
「シーナ殿には、依頼状執筆の際には我が国の現状は曖昧にして、魔術師の力魔術使用の実践訓練の場を提供したい旨伝えるよう依頼し、やはり快諾を
いただきました。シーナ殿の話では、学長殿は魔術師の実践不足を憂いておられると共に、魔術師の社会貢献に積極的であられるとのことです。よって
依頼が却下されることはまずないと仰っていました。」

 懸案だった魔術師招聘ルートが開拓済みであり、招聘実現がかなり高い可能性を有していることが表明されたことで、議場から感嘆の声と拍手が起こる。
 魔術師の招聘による悪魔崇拝者迎撃は、聖職者と衛魔術が圧倒的な認知を得ているランディブルド王国では「毒を以て毒を制す」的なものに映るが、通常
業務の他に時間がかかる聖水の緊急増産が加わって業務過多に拍車がかかっている状況では、聖職者を動員することは余計に憚られる。となれば、
聖職者の手を煩わせることなく、ましてや犠牲が出ることを考慮する必要なしに悪魔崇拝者を迎撃出来る手段としての魔術師の招聘と動員は比較的容易に
連想出来るが、カルーダ王国との外交関係が手薄であることがネックだった。
 フォンの対策は更なる指摘や異論の介入の余地を与えないものであり、実現の可能性がかなり高いとなれば、全国に在住するバライ族をかき集めて
シェンデラルド王国に送還するより国軍の手間は大きく省けるし、何より国民の間での無用な軋轢や対立を生じさせない点でも強硬派の提案より現実的で
有効であると言える。

「で、では魔術師招聘に要する費用はどのように捻出されるおつもりですかな?我が国を蹂躙する悪魔崇拝者の数に対抗出来るだけの魔術師を招聘する
には、相応の投資が必要では?」
「その点も心配は御無用です。シーナ殿に執筆を依頼した依頼状には、先遣隊の旅費は立て替え払いで私が支払うことを申し添えてあります。」
「「…。」」
「併せて、後発の魔術師の旅費並びに招聘に応じた魔術師の滞在費など必要経費は、本提案に賛同した議員が共同出資することで合意しています。無論、
対案に賛同された議員諸氏の出資も大いに歓迎いたします。」

 再び皮肉を小気味良く織り交ぜたフォンの回答に、議場からは笑いと拍手が起こる。穴を突いたつもりだったラーズは渋い表情で立ちつくし、落ち着かない
様子を見せる。
 招聘する魔術師の数は称号によって異なるが100人から数百人、最大1000人程度を見込んでいる。それだけの人数の旅費と滞在費を全額保証するには、
百万ペニーの大台を優に超える資金を準備する必要がある。提案を代表するフォンは、賛同者の中でも温度差があった魔術師招聘のための出資について
何度も交渉を行い、一等貴族が中心となって二等三等貴族は財力に応じて出資し、教会関係者は任意とすることで合意に漕ぎ着けた。一等貴族が複数
出資すれば必要資金のかなりの割合が確保出来る。
 フォンは交渉にあたって一等貴族には財力とそれに相応しいリーダーシップを、二等三等貴族と教会関係者には一等貴族の賛同を挙げてそれに倣うこと
こそキャミール教の理念に適うと説いた。その前提条件として、回答にもあったように先遣隊の旅費は全額自分が立て替えることも確約している。相手の
立場に応じて条件を切り替え、より多くの合意や賛同を取り付けるのも戦略だ。フォンが穏健派の代表格になるに至ったのは、ロムノをはじめとする優秀な
執事の指導でこうした戦略で必要な交渉術を磨いたこともある。

「…ま、魔術師の招聘が実現出来たとしても、その魔法−力魔術とやらが悪魔崇拝者に通用する保証はあるのですかな?」
「シーナ殿の話では、悪魔崇拝者は弱点とする魔法属性があり、それは悪魔崇拝者を使役する悪魔や上級の魔物でも耐性の程度は異なれど基本的に共通
しているとのことです。」

 資金面からの切り込みが不可能と判断して魔術師の技量に矛先を向けたラーズに対し、フォンは淀むことなく回答を提示する。

「魔術師が使用する力魔術は魔法が様々な属性を持ちますが、悪魔崇拝者に有効な属性を持つ魔法系統は、魔術師の多くが得意とするものでもあると
シーナ殿から解説を賜りました。更に、力魔術は広範囲・複数対象へ発動する魔法も豊富です。中級程度の魔術師であれば問題なく悪魔崇拝者を迎撃
撃退出来るとも仰っていました。」

 聖職者が使用する衛魔術は魔法の発動形態で分類される力魔術と異なり、魔法の目的によって治癒系、防御系、支援系などと分類される。一方、
力魔術で言う属性は光系、無属性に相当するものに集中している。負傷の治癒や防御力の向上といった回復支援に特化している衛魔術の特質故であるが、
衛魔術については広く知られているのに対して力魔術はランディブルド王国では殆ど知られていない。
 悪魔崇拝者が炎系や光系に非常に弱いことは魔術師なら魔法生物学で容易に推測出来るが、力魔術や魔術師が日陰の存在でその背景である魔法
関連の学問など未知の領域であるから、悪魔崇拝者に力魔術が有効なのかとの疑問が生じるのは無理もない。フォンは力魔術の特質についてシーナから
レクチャーを受け、出される疑問について回答する準備も整えていた。
 フォンにとっても、力魔術の基本や属性と弱点の関連など魔法関連の学問はこれまで教養の域を出なかったため理解には苦労した。しかし、魔術師や
力魔術の技量や効力について疑問が生じると十分予想されるため、シーナからレクチャーを受けて予想される疑問に対する回答をまとめ上げた。未知の
分野でも必要とあれば自ら取り組み、教えを請うことも躊躇わないフォンの姿勢は、当主継承前から勉強熱心として表面化している。

「聖職者諸氏は通常業務に加えて悪魔崇拝者に蹂躙された国土の早期復興に有効な聖水の緊急増産があり、国軍各位は我が国の治安を維持し、町村
への侵入、とりわけ租税収入の大きな割合を占める耕作地への侵入と作物の損害を阻止する日常任務があります。そこにこれまで経験のない悪魔崇拝者の
迎撃撃退を委任するのは、本来の任務に重大な支障をきたします。人的損害は非常に重大です。これはどれだけ出資しても直ぐに埋められる性質のもの
ではありません。」
「「…。」」
「明瞭な弱点がある以上、悪魔崇拝者の迎撃撃退には相応の出資をしてでもその弱点を効果的かつ広範囲に突くことが出来る魔術師に委任するのが適切
です。それは我が国の人的資源の損害を食い止め、聖職者諸氏や国軍各位の負担増大を回避し、悪魔崇拝者迎撃撃退後の国土の迅速な復旧に注力
出来る余力を保障することにも繋がるものです。」

 魔術師の招聘と聖職者や国軍の負担軽減並びに損害の回避を連結したフォンの解説に、議場から大きな拍手が起こる。特に教会輩出の議員と来賓席に
並ぶ国軍幹部の中には起立して拍手をする者も見受けられる。
 ルイの話にもあったように、聖水は受杯の時に使われるのみで必要量は本来多くない。悪魔崇拝者に汚染された土壌の復旧に有効であることが発見された
ため増産が指示されてはいるが、生産に相応の称号を有する聖職者が専任体制で行う必要がある。しかし、教会とは冠婚葬祭や社会的信用を得るための
寄付と教会−聖職者が出向いてキャミール教について学ぶ私的学習会の方−くらいしか接点がない者が多い二等三等貴族は、聖水が生産に要する
手間暇を金銭に換算すれば高級宝飾品と同等以上であることを全く知らない者も珍しくない。それどころか、聖水が増産出来ないのは聖職者の怠慢とまで
言い放ち、教会輩出議員の怒りを買っている者も居る。
 既に東部領土で悪魔崇拝者と戦闘し、有効な撃退が出来ずに死傷者が続出して撤退を余儀なくされている国軍も同様だ。悪魔崇拝者の侵入と連動する
かのように、特に地方の町村において魔物が増えて戦闘の機会が増えている。ヘブル村では武術家も迎撃に駆り出される場合があるとクリスが語っていた
ように、国軍だけでは手に負えなくなる可能性があるとの観測もある。そこに悪魔崇拝者の根城である隣国を総攻撃せよとされても、多大な損害とその分
町村の治安維持や魔物の撃退に巨大な空白が生じる覚悟が出来るのかとの不満がある。国軍経験者は殆ど居らず、関係が深いヌルドール家も国軍
幹部会や士官学校に当主後継候補などを一定期間派遣する程度だ。
 非常事態や国難と危機感を煽り、出兵や自衛などと勇ましいことを言う勢力から実際に武器を担いで戦地に躍り出る者が見受けられない我々の世界と
似通っているが、強硬派の中でも二等三等貴族に多い、兎角他人任せの上に出資はとことん渋る向きは、国軍幹部だけでなく兵士達の不満や怒りを買う
要因にもなっている。フォンの回答は便利屋のごとく何かと任務を押し付けられる聖職者や国軍を擁護し、過密任務を回避し人的損害を自国から出さないと
する点でも賛同を得やすくするものだ。それは起立して拍手を送る者も少なくない教会輩出議員や国軍幹部の態度として、早くも効果が表れている。

「ラーズ殿。他に質問などは?」
「…ありません。」

 フォンへの質問攻勢が悉くかわされて弾切れを起こしたラーズは、カティスの確認で力なく着席する。
強硬派の有力議員であるラーズでも歯が立たないほど、フォンの回答は魔術師招聘や魔術師そのものへの疑問点を払拭するものだった。強硬派の提案に
対してはフォンが演説で疑義を提示しているが、強硬派からの反論は出ない。
 元々強硬派の提案は悪魔崇拝者と少数派民族のバライ族を短絡し、バライ族をシェンデラルド王国に追いやることのみに着目しており、バライ族が貴族
などの業務や日常生活を下支えしている重要な観点は度外視しているか、金を出せば新規に雇えると高を括っているかのどちらかだ。フォンの指摘や
疑義に反論することに思考が及ぶ筈がない。

「…議会での討論は完璧でも、肝心のお家事情は心許ない議員の口車に乗せられて良いものでしょうか?」

 勝負ありと見てカティスが裁決を宣言しようとしたところで、議場からフォンへの誹謗が飛び出す。ひと仕事終えて少し安堵した様子のフォンが固まり、発言
した別の強硬派議員に視線が集中する。

「フォン様は、バライ族の使用人を孕ませた私生児を実子としないまま次期当主に据えるご様子。はるか建国神話にまでさかのぼる由緒正しい一等貴族と
して、あるまじき所業ではないですかな?国家的行事であるシルバーローズ・オーディションを中止させた指導力を採りましても。」
「…。」
「当主継承の段取りすらおぼつかないフォン様が魔術師や力魔術の効能について論じられても、ウィーザ殿の弟子から聞きかじられた受け売りとの印象は
免れません。ご自身の身辺整理を第一に実行されるべきではありませんかな?」

 議場は俄かにざわめく。議論の内容についてではなく完全にフォンの私的事情に言及した中傷であるが、同調する声が複数上がり始める。
フォンは反論したいところであるが、ルイを実子としてリルバン家に迎え入れるどころかようやく和解に向けて踏み出したばかりの微妙な時期であり、
感情的になって議論を紛糾させる事態を避けるため沈黙するしかない。

「私の仕事にケチをつけるつもりか?!」

 同調の声と議論に無関係な中傷を批判する声がそれぞれボルテージを増してきたところで、議場から一喝の声が放たれる。中央後方からの一喝は重厚な
響きを伴い、フォンへの中傷に同調する声をたちどころに封じる。

「オ、オズオール殿…。」
「フォン様がかつて婚約指輪を所望された際、その制作を請け負ったのはこの私だ。」

 混乱に陥りかけた議場を一喝したのは二等貴族議員の1人オズオール。首都フィルで全国最大の宝飾店を経営し、現役の銀細工筆頭職人でもある珍しい
経歴を有する議員だ。多数の優秀な弟子を輩出し、オズオール制作の銀細工宝飾品は芸術の域に達すると高い評価を得ている。当然制作依頼が殺到
するが、宝飾品を大切にしないと見た者にはどれだけ金銭を積まれても受け付けずに追い返す、生粋の職人肌であることでも知られる。

「当時、フォン様は当主後継候補にも指名されていなかった。だが、フォン様の真摯な想いに接した私は、特注品として婚約指輪の制作依頼を受領した。
その指輪は奥方となる筈だった女性の手に渡り、女性が産んだ令嬢が形見として保管し、今はフォン様の元に戻ったと伺っている。」
「「…。」」
「特注品を作るか否かは筆頭職人の判断次第。私はフォン様の想いがいかなる困難をもものともしない真摯なものであると見たからこそ、制作依頼を受領
したのだ。その証拠に、フォン様は今に至るも尚正室も側室も迎えてはおられん。」
「「…。」」
「にもかかわらず、貴殿らは私の目利き、ひいては私の仕事が誤りであったとぬかすか?!どの口で!」
「い、いえ…。そのようなつもりは…。」

 オズオールの激しい尋問に、フォンの中傷の声を上げていた議員は竦み上がる。
全国水準で著名な銀細工職人であるオズオールの銀細工関連職業への影響力は多大なものだ。成金が多い二等三等貴族とでは社会的地位や影響力は
比較にならない。オズオールに睨まれては誹謗中傷では長ける一部の強硬派議員も攻撃の手を引っ込めるしかない。

「一部議員に通告する。シルバーローズ・オーディション中止の責任はリルバン家掌握を企てたホーク夫妻にあり、フォン殿の責任は一切不問とすることを
国王陛下が宣言されている。本議会に無関係な一等貴族の後継問題を持ち出してフォン殿を中傷することは、国王陛下の宣言を無視することと等価であり、
その傲慢不遜こそ厳しく批判されるべき性質のものであると心されたい。」

 静まり返った議場にカティスの指弾が続く。国王の宣言を引用してのカティスの通告は、次に同様のことをすれば退場や議員職権剥奪を行うとの警告でも
ある。議会において国王に並ぶ権限を有するカティスが鎮圧に乗り出したことで、二等三等貴族は完全に勢いを奪われ、沈黙する以外にない。

「併せて、フォン殿には後継問題の有効な解決を図り、王国を担う一等貴族当主の職務に専念する体勢の整備を議長から勧告する。」
「…承知いたしました。」

 議論の技量を備えず、財力規模や一等貴族との関連で王国議会議員に任命された者が多い二等三等貴族に足元を見られたフォンにも、カティスの叱責が
及ぶ。
 フォンが正室も側室も迎えず、弾劾決議の審議の過程で初めて存在を公に明かした唯一の実子であるルイとの関係は、ようやく和解に向けて踏み出した
ばかり。しかも、滞在先のホテルで知り合った外国人男性−アレンのこと−の方がはるかにルイと親密であるという有様だ。このままでは今後の審議でも
フォンが足を引っ張られ、議論の進捗が滞ることは目に見える。
 議長としてフォンにルイとの早期の関係正常化を勧告するのは、先だって他の穏健派議員から要望されていたこともあるが、思想の種別は別として王国
議会を牽引する実力を有するフォンの足元が揺らぐことを未然に防ぐために必要なことだ。それが容易ならざることは、フォン自身が最もよく分かっている。

「他に各提案に対する質問・意見がなければ採決を行う。」

 カティスは採決を宣言する。気を取り直したフォンの意識は既に、結果が予想出来る採決のその後に向いている…。

用語解説 −Explanation of terms−

30)演台の後方に向かって…:キャミール教の天国観では、中央に神の玉座があり、向かって左側に側近の天使が座するとされている。国王と皇太子夫妻、
そして議長カティスの座席配置は、この天国観に倣ったものである。


31)優先順位:二等三等貴族は議員在籍年数によって、行使出来る権限が議決権のみから質疑権、総定数の10分の1以上での議案提案権へと拡大して
いく。議長が質疑で指名する際は、権限の幅を決定する議員在籍年数の長い者から順次指名することが議員細則で定められている。


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