Saint Guardians

Scene 9 Act 4-1 一歩-First step- 1つの親子の絆に絡む人々の思い

written by Moonstone

 リルバン家は一等貴族の中では多忙ながらも暮らしやすい、と使用人やメイドの間では評判だ。国の行方を左右する権力と成り上がりの二等三等貴族では
到底及ばない莫大な資産を一手に掌握出来る当主の後継を巡る醜い争いの火種は現当主就任後はごく小さく、当主が偉ぶらない人格者だから当主やその
取り巻きの視線や影を気にする必要がない。それぞれの仕事に専念出来るし、自分の当面の仕事を済ませば次の仕事が配分されるまで休憩や談笑が出来る。
 唯一と言って良い厄介者だったホークとナイキが自らの欲望で自滅したことで、リルバン家は他の一等貴族や二等三等貴族の使用人やメイドが羨むこと
間違いなしの快適な職場空間となった。更に最近は料理を得意とする働き者の2人が早朝から厨房の一角で料理作りを手がけることで、使用人やメイドの
休憩や談笑の時間となればクッキーなどの菓子まで摘めるようになった。その菓子類はどれも美味で好評だが、それを作る働き者の1人が何と当主の
1人娘で、その愛娘との間に15年の時間で生じた断絶のために当主が名誉と伝統ある一等貴族当主である前に1人の父親として苦悩していることに使用人や
メイドは一様に心を痛めている。

「フォン様とお嬢様、これからどうなるんだろうなぁ・・・。」

 自分の仕事を済ませて大部屋44)の一角で休憩していた使用人の1人が呟く。他の使用人やメイドも考えることは同じだ。
お嬢様とは言うまでもなく、リルバン家当主フォンの1人娘であるルイ。ルイは当初リルバン家邸宅がある此処フィルの町にシルバーローズ・オーディション
本選出場者として訪れたが、ルイが当主フォンとかつてリルバン家の使用人だったローズ・セルフェスの間に生まれた実子であると判明したことで、
リルバン家後継問題は好ましい方向での解決に向けて大きく前進するものと思っていた。ところが、ベテランの使用人やメイドの間で暗黙の了解となって
いたローズの密かな脱出がホークとナイキの魔の手の追跡を絶つための戸籍抹消を伴うものだったため、戸籍上死んでいる女性の子どもとして生まれ、
バライ族の私生児という重い茨の冠を被らされたことで辛く厳しい人生を歩み、更にローズの臨終を看取ったことでルイはフォンに対して激しい怒りを抱いて
いる。
 リルバン家の後継問題もさることながら、ホークとナイキの陰湿且つ激しい嫌がらせに屈しなかった不屈の精神の持ち主であったローズの忘れ形見である
ルイと、ローズと愛し合っていたことはやはり使用人やメイドの間では暗黙の了解だったフォンが親子として向き合えないのは、使用人とメイドには心苦しい。

「お嬢様はヘブル村に帰るつもりだと仰っていた。・・・今のご心境ではローズさんを独りにしておけないんだろう。」
「お嬢様は、国の中央教会総長様から謁見の申し出を受けたほど優秀な聖職者でもあられる。職務に対する責任感もおありなのだろう。」
「確か、ヘブル村の中央教会祭祀部長であられるんだよな。国の教会からすれば喉から手が出るほど欲しい人材に違いない。」
「戸籍の問題は教会の力で時間はかかっても解決出来そうだし、フォン様はまだまだ働き盛りであられるから、教会もお嬢様に王国議会議員を経験させて
からならお嬢様がフォン様の後継となられることに賛成するだろう。しかし、お嬢様がそうされるかはご本人の意向次第だからな・・・。」

 教会における昇進や異動には老若男女や人種、門地は一切問われない。それだけの資質を持っていることが分かる絶対的客観条件である聖職者の
称号と上昇速度のみで評価される。15歳という年齢と司教補という称号は、本人の努力と環境次第で更なる飛躍が望める。バライ族の私生児、しかも戸籍上
死んだことになっている女性の子どもとしてこの世に生を受けたため、ルイは苛烈極まりない人生を歩むことを余儀なくされたが、母譲りの厚い信仰心と
不屈の精神で乗り越え、若手聖職者の中でも全国屈指の地位と名誉を得るに至った。
 母の背中を見て正規の聖職者への道へ踏み込み、一応の頂点に達したルイが今後どうするかは不明だ。シルバーローズ・オーディション本選出場前に
長期滞在したホテルで知り合ったという−この手の情報が拡散するのは非常に早い−アレンと昨夜カップル関係が成立した。今のところ信頼や友愛の
延長線上と言える、ある意味予想を裏切る爽やかな関係だが、2人揃って年頃だから男女関係の進展は十分ありうる。そうなると尚のことだが、ルイが
外国人のアレンと結ばれたことは、ルイがリルバン家継承を拒んでランディブルド王国を出る可能性を孕んでいる。
 先代と正反対の穏健派で、使用人やメイドだけでなく領地の小作人や他の国民の間でも人気が高く人望も厚いフォンの後継がないことは王国にとって
重大問題だ。しかし、ルイの心情を思うとフォンの後継になるよう進言するのは憚られる。後継になることの前提として、ルイがフォンと親子関係を構築
することが必要だと使用人やメイドも思っている。

 その頃廊下では、ドルフィンが先導するフォンとロムノの隊列に遭遇した使用人やメイドが、立ち止まって一礼する。普段着とは言え身長が高く体格も良く、
愛用のムラサメ・ブレードを左手に持っているドルフィンが放つ威圧感はかなりのものだし、その後ろを歩くフォンとロムノは言わずと知れたリルバン家の頂点と
No.2だ。使用人やメイドが敬意を払わない筈がない。
 廊下を進んで階段を上り、更に廊下を進むとルイの居室に到着する。ドルフィンがノックすると、少ししてはいと応答が返って来る。ドルフィンがドアを
開けて姿を見せる。ルイは礼服に着替えていて、部屋には魔法陣を描いた羊皮紙が広げられて中央には聖水となるハーフボトルの瓶が置かれている。
ルイが立ち上がって間もない様子からするに、聖水を生産する儀式の最中だったようだ。

「聖水生産の儀式を邪魔して申し訳ありません。ルイ嬢。」
「いえ。中断は可能ですから問題ありません。それより何用でしょうか?」
「・・・ルイ嬢と接見したいとフォン当主が申し出られましたので、私が案内しました。」
「え・・・。」

 ルイの顔には驚愕の色が濃い。今までにも接見の申し出は何度もあったが、何れもフォンの執務室が指定された。執務室での接見は一等貴族当主が客を
迎える際の礼儀の1つであるが、同時に娘に会う父親としてのものではなく一等貴族当主としてのものでもある。ルイはそれが我慢ならず許せず、接見を
強制終了して以降申し出を聞き入れないで居る。
 しかし、今回は打って変わってフォンが自分と接見するために執務室から出て、ドルフィンの案内を受けて来室した。フォンにどういう心境の変化が
あったのか知らないルイは、驚愕に続いて怒りではなく不思議がる気持ちが生じる。ドルフィンに譲られて姿を現したのは、間違いなくフォンその人だ。
感慨深さより真剣さが強く感じられるフォンの表情と瞳を、ルイは直視まではいかないが一応逸らすことなく見る。

「ルイ嬢。どうされますか?」
「・・・。」

 ドルフィンの質問にルイは即答せず、少し俯く。
母ローズに地獄の苦しみを齎したフォンに言いくるめられ、リルバン家に拘束されることをルイは望んではいない。だが、先日の国の中央教会総長との謁見の
場で、中央教会総長は母は元より父も自分に愛情を感じていない筈がないと言った。その名のとおり人の心に潤いを齎す存在になったものの自分の心は
十分潤されていない、
今度は自分の心を十分潤す時だとも言った。約束していたアレンへの愛の告白を済ませ、アレンも自分と同じ気持ちだと自らの口で語られ、晴れて交際を
始められるに至った。それで心は潤されると思っていたが、まだ何処かに空白というか穴というか、そのようなものを感じる。
 アレンとの交際に不満があるわけではない。それとは比べられない別次元の満たされない何かだ。それが中央教会総長の言っていた満たされない心で
あり、フォンとの距離を縮めることで満たされる可能性があるように思う。拒否と可能性を含めた懐疑でルイの心は激しく揺れ動く。

「ルイ・・・。私はドルフィン殿に指摘されてようやく、リルバン家当主であるより前に父としてそなたに接するべきだと気づいた・・・。」

 動揺に翻弄されるルイに、フォンが静かに語りかける。言葉を選んでいるのもあってややぎこちないが、一等貴族当主という看板を下ろそうとしているのは
分かる。

「私に思うところは色々あるだろう・・・。いきなり話をしたいと言われてもどう答えて良いか分からないだろう・・・。」
「・・・。」
「だから・・・、返事は今すぐでなくとも良い。私は・・・父と娘として・・・そなたと話をしたい・・・。」
「・・・少し、時間をいただけませんか?」

 ルイの口からは拒否ではなく、猶予を求める言葉が出る。今まで話も聞こうとせず、目も合わせようともしなかったことからすれば、大きな変化だ。

「勿論構わない。十分考えてから返事をくれれば良い。」
「返事は私から直接お伝えします。」

 ルイもまた、ランディブルド王国国民の一等貴族当主に対するしきたりの枠を自ら踏み越えることを宣言する。
フォンが自分を娘ではなく一等貴族後継候補として接することに反発していたルイは、振り返ってみれば自分もフォンを父としてではなく一等貴族当主として
接していたように思う。父として娘に接しろと要求する一方で、一等貴族当主と一般国民という枠を脱していなかったことは、ルイの自己批判の対象となる。
 自分をいかに律するかが重要な聖職者として幼い頃から修行を重ねてきたが故に出来る客観的な自己観察と矯正だ。それが出来るからこそ年齢が自分の
倍以上になることもある村の聖職者の称号や役職を追い越し、全国の教会関係者が獲得に乗り出すほど注目を集めるに至ったのだ。キャミール教が広く深く
信仰されているランディブルド王国の国民と言えども、此処まで達するのは決して容易ではない。
 だからこそ聖職者の社会的地位が高いのであり、戦前の甲種試験の流れを受け継ぐ国家公務員T種試験に合格すれば、本人の人格や指導力といった
職務に本来必要なものがなくともいきなり幹部職に就任出来る日本の高級官僚などとは根本的に異なる。

「承知した。・・・では、失礼する。」

 フォンはあっさりルイの申し出を承諾し、やはりあっさりと引き下がる。ルイとの接触と接近を切望していたこれまでとは大きく異なる。

「ドルフィンさん。」

 フォンがロムノを伴って立ち去った後続いて立ち去ろうとしたドルフィンを、ルイが呼び止める。ルイは小走りでドルフィンに近づき、一礼する。

「ありがとうございます。仲裁していただいて・・・。」
「俺はきっかけを出したに過ぎない。君とフォン当主の柔軟性によるものだ。」

 先代の時代では禁じられた愛故にギリギリの決断を迫られ、結果的に1組の母子に地獄の苦しみを与えたことを悔やみ、せめて親子関係を持ちたいと願う
フォンと、母を想い信仰に生きて逆境を跳ね返して今を生きるルイの心情のすれ違いは、アレンの父親探しの旅にも深く絡んだことだ。更にルイはアレンと
恋人関係にもなった。そんな親子が何をどうもめようが知ったことではないと切り捨てるほど、ドルフィンは薄情ではない。

「フォン当主との接見をどうするかは、必要ならアレンやクリスとも相談して決めると良い。2人なら親身になって相談に乗ってくれるだろう。」
「はい。そういたします。」
「では。」

 ドルフィンは軽い挨拶を残して踵を返す。ルイが再び一礼するのが見えたのか、ドルフィンは振り向かずに小さく右手を挙げる・・・。
 暫く時間が流れた専用食堂に、アレンとルイとクリスが集う。連日合同トレーニングをしているアレンとクリスが休憩を取るために武術道場を出たところに、
待っていたルイが相談を持ちかけた。アレンとクリスは無論2つ返事で承諾し、共に専用食堂に向かった。ルイから持ちかけられた相談、すなわちフォン
からの接見の申し出にどう応えるべきかに、アレンとクリスは異なる表情を見せる。

「会(お)うてみればええんと違うかな。」

 ルイによる状況や現在の心境の説明が終わった後、最初に発言したクリスは接見の申し出受託に前向きだ。
苦難の時を生きて来たルイを護り、共に差別や暴力と戦って来たクリスは、ルイの母ローズとも親交が深かった。父母の結婚がこの世界では遅い方だった
こともあってクリスには兄弟姉妹は居ない。自分の母が村の出身だから村に母方の親戚は居ることは居るが、母がローズとルイを擁護したことから事実上
絶縁されていた。ルイの地位や名誉の獲得とそれに伴うローズの名誉獲得で親戚の方から交流再開の申し出があったが、母以上にクリスが激怒して今も
再開を断固拒否している。
自分の親友とその母を出生や人種で差別した親戚より、貧しく厳しい生活の中でもキャミール教の精神に徹したルイとローズの方が、クリスにとってずっと
身近で続けていたい絆を結ぶ対象だ。状況の変化で擦り寄ってくるような人間など、信用するに値しないとクリスは断じている。
 クリスにとってルイは親友でもあり年齢的には妹であり、その母ローズは叔母である。叔母の願いは叶わなかったが、その遺志を受け継いだルイは無事
父親との対面を果たした。しかし、ローズのリルバン家からの脱出や臨終時の事情に対する認識がルイとフォンとで異なるため、親子関係は修復出来ない
ままだ。売り払えば十分国外脱出の資金となりえた指輪を手放さずにフォンへの愛を貫いたローズを思うと、ルイが唯一の肉親であるフォンとの関係を修復
することがローズの遺志を果たすことでもあるのではないかと思う。

「ドルフィンさんに言われて親子としてルイと向き合わな駄目て思たんやろな。フォンさんからルイと話したいて言うて来たんやから、今までとは違うと思うで。」
「うん・・・。」
「まだ引っかかるところあるみたいやけど、物は試しと思うなぁ。アレン君は?」
「俺は・・・フォン当主が本当に親子としてルイさんと向き合いたいだけなのか、気になる。」

 接見に前向きなクリスに対し、アレンはかなり消極的な見解を示す。硬い表情はその表れだ。

「接見を機会にルイさんを自分の後継候補にしようとしてるんじゃないか、って気がするんだ・・・。今までそうだったみたいだし。」
「考え過ぎと違う?そらぁ、今までみたいに執務室に来て言うんやったらアレン君の言うとおりかもしれへん。やけど、今回はドルフィンさんに言われてフォン
当主自らルイの部屋に来て、ルイと話したいて言うて来たんや。大きい心境の変化があったんやと思うで。」
「うーん・・・。」
「ルイがフォンさんの申し出をその場で断らんと、考えさせて欲しい言うたんは、ルイにも心境の変化とか何か思うものがあったからやろ?」
「ええ・・・。」
やったら45)、物は試しや。接見するんをあたしは勧める。」

 物事の切り替えが巧みなクリスは、知りうる状況から選択を即断する。だが、優柔不断でしかもルイから先んじて聞いた話に深入りしているアレンは、フォンの
申し出を額面どおりに受け止めることに強い抵抗を感じる。その強さはルイ以上かもしれない。割りきりが上手く出来ない上に相手に感情移入しやすい
タイプのアレンは、ルイの心境を優先するあまり、戸惑うルイの背中を押すことを躊躇してしまう。
 ルイは迷っている。アレンへの愛の告白が受け入れられ、カップル成立となっても満たされない部分が心の何処かにある。その言いようのない穴を
埋めるには、これまで拒否し続けてきたフォンとの接見を契機にフォンと歩み寄るべきではないか、と思う。だが、一方でアレンの言うとおり、これまでの
「接見するから執務室に来い」という事務的な態度からフォンが態度を180度転換して自分から接見を申し出てきたことに違和感を覚え、何かあるのではと
穿った見方をする自分が居る。
どちらかに向けて背中を押して欲しいのだが、相談を持ちかけたアレンとクリスの見解が正反対と言えるものだから、ルイは決断を下せない。
 相談とはえてして迷う自分の背中を押して欲しいという願望の表れであることが多いものだ。自分の方針や考えに周囲からの賛同が思うように得られない
場合に友人や家族など自分やその事情をそれなりに知っている者ではなく、初対面の第三者から自分の方針や考えへの裏付けをもらいたいという場合も
多々ある。多くの若い女性が占い師に鑑定を依頼するのがその心理の表れだし、今回のルイもよく似たものだ。
 ルイにとってクリスは物心ついた頃から自分を護ってくれた心強い親友であるし、アレンは初めて自分を人種や出生、今の自分の地位といった看板抜きに
自分を1人の女性として護ってくれた大切な存在だ。その2人からどちらかの方向に向けて決断を促して欲しいと心の何処かで思っていたのだが、口裏を
合わせている筈がないアレンとクリスが異なる見解を示したために、ルイの迷いは解消出来ない。

「揃いも揃って深刻な顔してるわね。」

 沈黙の空気を破ったのはアレンでもルイでもクリスでもなく、リーナだった。その表情にはまだ幾ばくか眠気が残っている。
夜型の生活を続けているリーナは昼前に起床して朝食と昼食を兼ねた食事を摂り、昼間はテキストや論文を読んで時折専用食堂で休憩するという生活
スタイルで、今回も休憩のために訪れた。
 リーナが他の面々の会話に加わることは少ない。リーナの方からとなると更に希少な事例だ。リルバン家邸宅内で旬の話題であるアレンとルイのカップル
成立にもまったく興味を示さず、話に加わることもない。そんな他人の言動にとことん無関心なリーナが、偶々同じ場所に居合わせたアレンとルイとクリスの
話の席に首を突っ込むというのは、3人に驚きを喚起させない筈がない。

「誰かと思たらリーナか。」
「さしずめフォン当主との関わりをどうするかで3人顔突き合わせて考えてた、ってところね。」
「よう分かるな。」
「あんた達に共通する問題って言えば、フォン当主関係くらいしかないでしょうに。」

 簡単に3人の悩みを言い当てたリーナは、相変わらず表情の変化がない。客観的且つ冷静に徹する分析も相俟って、気味が悪いくらいだ。

「ルイ。あんたは今どうしたいの?」
「どうしたい、と言いますと・・・?」
「あんたがフォン当主と話し合いたいのか、このまま拒否し続けて最終的には村に帰るか国を出るかで一生絶縁したいのかどうかよ。」
「それは・・・。」

 どちらかを選択するかで迷っているルイは、リーナの問いに答えられずに口篭る。

「アレンとクリスに話を持ちかけてどちらかに向けて動け、って言って欲しかったんだろうけど、そうして欲しかったのならアレンかクリスのどちらか1人にすべき
だったわね。事前に根回しでもしておかない限り、あんたにそれぞれ違う角度で仲良くなってるアレンとクリスが、フォン当主絡みの問題で同じ見解を出す
可能性は相当低いんだし。」
「・・・。」
「あんたがどちらを選ぶかはあんたの勝手だし、あたしはどうでも良いけど、1つ言っておくわ。」

 自分の揺れ動く心境をズバリ言い当てられたことに沈黙するしかないルイを前に、表情を変えないリーナはひと呼吸置く。

「贅沢は程々にしておくことね。」
「え?」

 これまでの流れからして「人に頼らず自分で決断しろ」と言うのかと思いきや、リーナは意外なことを言う。ルイは思わず聞き返す。

「親に会いたいと思っても離れ離れになってて会えないで居る。親に会いたいと思ってももう会えない。そういう人間も居る。」
「・・・。」
「ドルフィンもそうだし、イアソンもそう。アレンもそう。それに・・・あたしも、ね。」

 名前を列挙し終えたリーナの表情に、微妙に影が差す。アレンはリーナがパーティーに加わったレクス王国首都ナルビアでのやり取りを思い出す。
ザギに拉致されていたリーナは、アレン達と共同戦線を構築してナルビアを陥落させた「赤い狼」に護衛されて父フィーグが待つミルマの町に帰還するのでは
なく、実の父親を探すと言い出した。リーナが断片的に語った過去と思い。それは実の父親と生き別れになり、実の母親が親子揃って暮らすという願いが
叶わないまま死んだこと。その遺志を受け継いで実の父を探し出して会いたいということを。
 イアソンは重い税負担に抗議する運動に加わった両親を、運動弾圧に派遣された王国の軍隊に殺害された。その軍隊を退けた「赤い狼」に加わった。
 ドルフィンの過去は聞いていないが、リーナの言葉からするに両親の少なくともどちらかを亡くしているのだろう。ドルフィンを今尚実の兄以上に慕っている
リーナは、ミルマで暮らしていた頃にドルフィンから過去を聞いたのかもしれない。
 そしてアレンは生まれて間もなく母を亡くし、ずっと父ジルムと2人の生活を続けてきた。ある日いきなり村を占拠した国家特別警察なる王国の治安組織に
大怪我を負わされた父ジルムを連行され、抵抗したものの何も出来なかった。偶然村にたどり着いたドルフィンの協力を得て村の国家特別警察を壊滅に
追い込んだものの、父ジルムはザギの勅命を受けた長官にナルビアへと連行された。父を追ってナルビアを目指し、途中「赤い狼」と共同戦線を構築して
ナルビアを陥落させて後一歩のところまで迫ったものの、父ジルムを拉致した張本人であるザギは父を連行して飛び去った。
 更にリーナは言及しなかったが、シーナは記憶をなくしていた時期を過ごしていたカルーダ王国のマリスの町で自分を庇護してくれた町長夫妻を実の
両親と見ており、実の両親とは何らかの理由で断絶状況にあるらしい。
 両親のどちらかを亡くしたかどちらかと会えないで居る者は、パーティーの中では多数を占める。親の方から会いたいと言っているのにその願いを弄んで
いるとも受け取れるルイは、リーナには贅沢に映るのだ。

「どうするにせよ、返事は早めにすることね。」

 それだけ言うと、リーナはさっさとその場を離れてアレンとルイとクリスが着いているテーブルとは別のテーブルに着き、応対に出た使用人に飲み物を
注文する。飲み物を待つリーナは、アレンとルイとクリスに少しも目配せしたりしない。
 リーナの素っ気無さは今に始まったことではないが、親子関係に関しては思うところがあったからあえて口を挟んだのだろう。口数は非常に少ないが、
言うことは極めて理論的で寒気がするほど客観的に徹するのはリーナらしい。

「はぁー。相変わらずクールやなぁ。」

 クリスは苦笑いする。快活で口数の多いクリスと寡黙で口数の少ないリーナは対照的だ。

「リーナが言うとったことやないけど、生憎あたしとアレン君では考えが違とるで、参考にならへんかもしれへん。せやけどな、ルイ・・・。」

 クリスは口調こそそのままだが、今まで見たこともないような穏やかな表情を見せる。

「ローズ小母さんはその気になりゃあ、この国出て別の男と結婚して別の人生歩けた筈や。んでも、何時かフォンさんと会えるて信じてこの国に留まって、
身篭っとったあんたを産んだ。・・・あんたはまだ聞いとらへんみたいやけど、フォンさんはローズ小母さんがあんたを身篭っとったて話は一言も聞いとらん
かったんやで。」
「え・・・。」

 初めて聞く自分が生まれる前の話は、ルイが拉致された後でリルバン家に案内されたパーティーの面々とクリスがフォンとロムノから聞いたが、その時ルイは
倉庫に拘束されていたから聞いていない。ローズからも聞いていない。
 ルイはてっきり、フォンはローズが自分を身篭っていたのを知っていて、リルバン家の次期当主継承権を確かなものにするためにローズを脱出させて戸籍を
死んだことにしたと思っていた。実はそうではなかったという。フォンに対する激しい怒りの炎が別の角度から、否、炎の根本から鎮火されていくように思う。

「ローズ小母さんが何でフォンさんに子ども−あんたを身篭っとるて言わへんかったんかは、今となっちゃ分からへん。やけど、ローズ小母さんは地獄並みに
厳しくなるんを承知でこの国に留まったし、フォンさんも一等貴族当主になった後やったら、それこそその気になりゃあ女なんて選り取り緑や。金貨の袋抱え
させたらホイホイついてくる女なんてようけ居るんは事実やしな。」
「・・・。」
「せやけど、フォンさんは正室どころか側室も1人も迎えとらへん。それは・・・、何時かローズさんを迎えて夫婦になりたいて思とったからやろうし、今でもローズ
小母さんを愛しとるから他の女と結婚したり、子作りのために女抱え込んだりせえへんのと違うかな・・・。フォンさんに直接聞かへんと断言出来へんけど、
あたしはそう思う。そやなかったら、あんたを娘としてどうしようかてあれこれ考えたりするより、さっさと他の女見繕って囲うで。」

 口調は普段どおり方言丸出しだが、クリスの言うことは理路整然としている。
成り上がりもあれば没落もある二等三等貴族でも、当主継承者や候補者の結婚相手募集に人は殺到する。二等三等貴族では当主を継承するのは殆ど男性
だから、当然その結婚相手を目指すのは女性。ルイも村に居を構える二等三等貴族の結婚に関する事情をそれなりに知っている。結婚を自分の生活水準や
ステータス向上の絶好の機会とするのは女性の方が圧倒的に多い。
 結婚相手を募集するのが国に10家系しかない一等貴族となれば、正室や側室の座を狙う争いは更に凄まじいものとなることは容易に予想出来る。正室は
一等貴族の家系図にも名前が記載される正式な配偶者だし、側室も自分が産んだ子どもが当主を継承すれば家系図に名前が記載されるし、一挙に「次期
当主の実母」という豪華絢爛な看板が用意される。
 正室も側室も居ないフォンには、内外から正室や側室を迎えるよう圧力がかかっただろう。しかし今に至るまで1人も女性を伴侶としていないのは、クリスの
言うとおりローズに対する貞淑の証であり、ローズとの間に生まれたただ1人の子どもであるルイをただ1人の実子と見ているからではないか?
ローズの死を看取る際にリルバン家との関わりを聞いたが、フォンからは聞いていないし聞こうともしていない。それを見て天国に居る母ローズはどう思う
だろうか?
今までのフォンに対する自分への懐疑がルイの脳裏を駆け巡る。何時の間にか目を閉じていたルイは目を開け、伏し気味だった顔も上げる。その表情には
ある決意が表れている。

「話を・・・しようと思う。フォン当主と・・・。」
「せっか。ええと思うで。」
「・・・アレンさんには申し訳ないですけど・・・。」
「俺はルイさんの相談に応じて自分の意見を言っただけだよ。ルイさんがどうするかは最終的にはルイさんが決めることだし、今回のことで反対するつもりも
ないよ。」

 結果的に見解を無視することへのルイの謝罪に、アレンは首を横に振ってやんわりとルイの決意に賛意を示す。
事態の打開に向けてルイとフォンの双方から大きな歩み寄りが生まれた。長い空白の時間で生じた親子の断絶の溝に橋が架かる道筋が見え始めた。
その大きなきっかけを齎したドルフィンは室内でトレーニングをしながらシーナと蜜月を過ごし、リーナは素知らぬ顔で薬剤師の勉強と実験に勤しむ。

その後、接見申し出受託の意思がルイからフォンに直接伝えられた・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

44)大部屋:使用人やメイドがデスクワーク(書類の整理や簡単な記載など)をしたり、食事をしたりする部屋。貴族など富裕層に仕える使用人やメイドは、
それぞれの職務と就寝以外の時間を此処で過ごす。


45)やったら:「それなら」と同じ。方言の1つ。

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