Saint Guardians

Scene 8 Act 1-4 接近V-ApproachV- 想う心と守る決意と−中編−

written by Moonstone

「まず、ルイさんが住んでるヘブル村でのオーディション予選前後のことから聞こうかな。」

 アレンが話を切り出す。

「前にルイさんとクリスから、ルイさんがオーディション予選に出場することになったのはルイさんの意思じゃなくて、村の実行委員会宛に届いた差出人不明の
封書で勝手に申し込まれたことが発端だ、って聞いてるけど、ルイさんはその封書の中身を見た?」
「はい。村の実行委員会から私をオーディション予選に出場させるという趣旨の封書が届いたので私を予選出場者に登録する、と伝えられました。その時に
封書の内容を見せてもらいました。そこには確かに、私をオーディション予選に出場させるよう村の実行委員会に要請する内容が記載されていました。」
「そこには、誰かの署名はあった?」
「いえ。封書自体もそうですが、何処にも差出人が誰なのかを特定若しくは推察させる記載はありませんでした。」
「そう・・・。じゃあ、その封書が何時送られてきたのかは知ってる?」
「いえ、知りません。私がその封書の存在とオーディション予選出場者へ登録することを知らされたのは職務の休憩中でしたし、全国からの荷物を配送しに
訪れる輸送用の馬車が何時何処から来るのかは不定期ですから、その封書が何時何処から届いたのかは何とも・・・。」

 ルイも予選出場への登録を自分に無断で、しかもそれを知らされたのが唐突だったことで誰が勝手に申し込んだのかを調べるため署名などを確認した
ようだが、差出人を特定出来る手がかりは何一つなかったようだ。
それにルイは正規の聖職者で、村の中央教会の祭祀部長という要職にある。その職務で忙しいのは前にも聞いているし、輸送用の馬車から荷物を受け
取ったりする関係者でもないし、ましてや現代のような郵便制度などありはしないから、何時誰が何処から問題の封書を送ったのかなど、署名でもない限り
確認しようがない。
 封書からは確証が得られないとなれば、それ以上尋問しても時間の無駄でしかない。アレンは次の事項に焦点を合わせる。こちらは封書と違ってルイ本人
にも関わる動きが絡んでいるから、ルイも何らかの手がかりなりを掴んでいる可能性がある。それを知られることでアレンが自分を見る目が変わるのを恐れて、
ルイが今まで隠していた可能性もある。アレンは胸の鼓動が早まってくるのを感じる。

「じゃあ次は、オーディション予選の前後にルイさんの周辺で起こった出来事とかを聞くね。」

 アレンは先にこれから尋ねる事項の概要を言う。ルイに余計な警戒心を抱かせないように、というアレンなりの配慮だ。

「まずはオーディション予選の前だけど、ルイさんの周辺で何か変なことはなかった?例えば非正規の聖職者が急に増えたとか、そういうの。」
「非正規の聖職者がオーディション予選前後に増えたということはありません。オーディション予選は村のシルバーカーニバルの一環として行われる行事
ですから、非正規の聖職者は休職若しくは離職8)するなどしてシルバーカーニバルの雰囲気に浸る傾向の方がむしろ強いと言えます。実際、今年の
オーディション予選前には、私が所属する村の中央教会に限ってですが、約3/4の非正規の聖職者が休職若しくは離職したと、総務部長から聞いています。
東地区と西地区も私の過去の在任経験からすると、今年も同様の傾向だったと思います。」
「ということは、ルイさんの動向を探るために非正規の聖職者として村の中央教会に潜り込んだ可能性はないと言って良いね・・・。」

 アレンは、オーディション予選前にホークやその背後に居る顧問の息がかかった人物が非正規の聖職者として教会内部に潜入してルイの動向などを探って
いた可能性を想定したのだが、ルイの回答はその逆だ。
非正規の聖職者は正規の聖職者と違って金を払って聖職者の身分を得るようなものだというし、前にクリスが正規と非正規の聖職者の数は比較出来ない
ほどだとも言っていた。そこから考えても、国を挙げてのお祭りとなれば聖職者を一時的にでも辞めてお祭り気分に浸る方がむしろ自然だ。
 オーディション予選前後に村駐留の国軍に入隊志願者が急増した、という話をクリスから聞いているからそれをルイに確認しようと思ったが、アレンは
止める。クリスが国軍内部の動向をよく知っているのは、父が村駐留の国軍指揮官という要職にあるためだ。国軍と直接関係のない正規の聖職者である
ルイが、村駐留の国軍内部の動向を知っているとはあまり思えない。それは、先に質問した差出人不明の封書が何時誰が何処から送ってきたかをルイが
知らないことにも表れている。
 次にルイが命を狙われる危険性が最も高いオーディション本選は間近に迫っている。手当たり次第に質問するより、手がかりが得られる可能性が高いものに
焦点を絞ってルイが狙われる背後関係をより突っ込んだ形で把握し、そうして「外堀」を埋めてから、物的証拠である可能性が最も高いルイの指輪に言及する
方が確実だ。

「次は、オーディション予選終了後について聞きたいんだけど、良いかな?」
「はい。私が知っている範囲のことは全てお答えします。」
「ありがとう。」

 アレンは一呼吸置く。

「ルイさんはオーディション予選で1位を獲得して、翌日クリスと一緒に役所に賞金とかを受け取りに行って、賞金の全額を慈善施設に寄付した。此処までは
良い?」
「はい。そのとおりです。」
「ルイさんが村を出発したのは、オーディション予選が終わってから何日後?」
「2日後です。予選の翌日は先ほどアレンさんが言ったとおり、クリスと一緒に役所に賞金などを受け取りに行って、その足で慈善施設に賞金全額を寄付
しました。私は護衛を務めてくれるお礼にとクリスに遊興費を渡したのですが、クリスは私を服飾店へ引っ張っていって、このホテルで着る服やオーディション
本選で着る服を合わせてくれたんです。休職届に記載した日付の都合上その日は私も職務がありましたので、出発は翌日にすることでクリスと合意して、
その日の夜はクリスの家に宿泊させていただきました。クリスのご両親やメイドさん達が総出でお祝いをしてくれましたし、不測の事態に備えてということで。」
「さっきの話とも関係するけど、非正規の聖職者はシルバーカーニバルの間休職したり離職したりする割合が高いそうだけど、オーディション予選終了と
同時に非正規の聖職者の数がある程度戻ったとか、そういう話は聞いてない?」
「いえ。オーディション予選が終了してもシルバーカーニバルはまだ続いていますから、シルバーカーニバルを契機に休職若しくは離職した非正規の
聖職者が、オーディション予選終了後直ぐに復職することは殆どありません。総務部長からも、今年も復職者はシルバーカーニバル終了まで見込めない、と
聞いていますし、私の過去の在任経験から考えても、東地区と西地区でも同様だと思います。」

 ルイの回答は、オーディション予選終了後に非正規の聖職者に復職或いはその身分を得て、ルイの動向を探っていたものが存在した可能性を低くする
ものだ。
教会人事服務規則の遵守や辞職条件の厳しさに代表される、その社会的地位と背中合わせの関係にある厳格さを有する正規の聖職者と違い、非正規の
聖職者は金を払えば身分を得られるよく言えばお手軽な、悪く言えば安易な位置づけだ。その非正規の聖職者が、シルバーカーニバルの雰囲気に浸る
ためというこれまた安易な理由で休職ないしは離職したのに、その一環であるオーディション予選終了後直ちに復職或いは身分獲得へと動く可能性は、
これまでの内容からしても考え難い。
 現時点では、聖職者関連でルイの動向を探る動きなどはなかったと考えられる。となれば、次の焦点はルイ本人に大きく関係する、襲撃に移る。
襲撃させたのはホーク若しくはその顧問だと断定出来る段階にあるが、ルイの側でそれに関連する手がかりなどを掴めていれば、ホークと顧問の排斥に一歩
前進する。
イアソンは、本物の悪人は自分の手を汚さないように隠蔽するものだ、と言っていた。そこから考えると、道中ルイを襲撃してきた兵士などは命令どおり
動いているに過ぎない可能性もある。しかし、本人は意識していなくても何かしらの手がかりになることを知っている可能性もある。ホーク若しくはその顧問が
絡んでいると断定出来るレベルにある以上、その辺りの事情を深く掘り下げる必要がある。

「話が飛んじゃうけど、ルイさんが襲撃されるようになったのは、何時頃から?」
「・・・実は、クリスの家に宿泊させていただいたその日の夜に、襲撃されたんです。」

 ルイの口から驚くべき証言が飛び出す。
このホテルに入った日の夜にも、ルイは警備の兵士に扮装した刺客に襲撃されて危うく命を奪われるところまで追い詰められた。その後ルイとクリスは
アレン達が居るこの部屋に居候することになり、その時アレンはルイから襲撃されるようになったのは予選が終わって出発する前から、と聞いてはいたが、
まさか先のこのホテルでの襲撃事件同様、クリスの家に深夜突入してきたというのは驚く他ない。

「クリスのお父様が村駐留の国軍指揮官ということで、クリスの家には来客用の部屋が幾つかあるんです。私はクリスと話し込んでいたこともあって、偶然
それらの部屋ではなくてクリスの部屋で寝ていたんですが・・・、何時だったかまでは憶えていませんが、深夜に窓ガラスが割れる音と鎧がひしめき合う
金属音が聞こえてきて、驚いて飛び起きました。クリスと一緒に部屋を出たら鎧姿の人達が襲い掛かってきて・・・。クリスとクリスのお父様が全滅させて
くれましたが、突入してきた人達が鎧姿だったことで、クリスのお父様は直ちに村を巡回中の国軍兵士を招集して、警備の不手際を叱責するに併せて、
不審者の目撃情報などを尋ねたのですが、誰も不審者などを目撃していなかったそうです。」
「・・・その時襲撃してきたのは何人だったか憶えてる?」
「10名ほどでした。全員が鎧を着用して、剣を持っていました。」
「その鎧や剣は、国軍で使われるものだったの?」
「はい。ですからクリスのお父様のお怒りは相当なもので、直ちに出所を調べるよう、同時に召集した担当の国軍幹部に命じられました。翌朝概要が報告
されたのですが、国軍の武器や物資を保管する倉庫から持ち出された形跡はなかったこと、襲撃してきた人達が全員村駐留の国軍兵士ではなかったこと、
そしてその人達の身元は不明だと聞きました。村の人口はさほど多くありませんので、10年ほど住んでいればこの人は何処に住んでいて職業は何かという
ことが凡そ分かりますし、私もそうです。ですが、襲撃してきた人達の顔には見覚えはまったくありませんでした。」

 ルイの証言は、ルイを狙う刺客が国軍兵士を装って別の経路から送り込まれたものであることを裏付けるものだ。
国軍所有の装備品を持ち出したものでもなければ、襲撃してきた者達が村駐留の国軍兵士でもなく、更に村で生まれ育ったルイ自身犯人の顔に見覚えが
ないとなれば、犯行は外部犯、しかも村の住人とは関係の薄い存在によって行われた可能性が非常に高い。
 ヘブル村は辺境の村で人口もさほど多くないという。我々の世界でも町村では勿論、市や区でも下町や昔ながらの「閉鎖空間」が存在する地域では、
「向こう三軒両隣」が成立・維持されている。この世界でもそれは同じだ。ルイは出生の経緯こそ特異だが、生まれも育ちもヘブル村であることには違いない、
言わば地元の人間だ。そのルイが見知らぬ人物であれば、外部犯であると断定して良い。

「クリスから、オーディション予選開催前後に国軍への入隊志願者が急に増えた、って聞いてるけど、それはルイさんの襲撃とは関係なさそうだね・・・。」
「既にクリスから聞いているかもしれませんが、国軍に入隊するにはこの国の戸籍に登録されていることが絶対条件です。各町村に常駐する常駐軍と、全国を
異動する派遣軍でもその条件は変わりません。それに派遣軍に属する兵士は身分や階級を問わず、異動の度に戸籍を調査されます。ですから外部から
不審者が侵入する余地はほぼないと言えます。そうでなくても、戸籍の偽造や無断操作は解雇や牢獄行きを含む厳重な処罰の対象ですから。」

 クリスはオーディション予選開催前後に急に入隊志願者が増えたことを怪しんでいたが、どうやらそれは一連のルイ襲撃事件とは無関係のようだ。
戸籍に登録されていなければ入隊することが出来ないのだから、外部から国軍兵士に成りすますために送り込まれてもまずその時点で排除される。
戸籍の偽造や無断操作は厳重な処罰の対象になるということは前にも聞いている。外部からの圧力で戸籍が操作されて刺客が送り込まれる可能性は低い。
処罰を恐れて動きを渋る役人を動かす策を講じるより、標的であるルイ抹殺のために有効な手段を講じた方がはるかに効率的だ。ホークに肩入れしている
顧問の正体があのザギ若しくはその衛士(センチネル)だと断じて良い段階にある今なら尚更、ルイ襲撃事件と国軍への入隊志願者の増加とを切り離した方が
良い。
 此処までの段階で、ルイ襲撃事件と聖職者周辺と村駐留の国軍の動きは無関係であることがほぼ確定出来た。
アレンの焦点は問題の核心に大きく踏み込むものに移る。これにはどうしてもアレンは躊躇してしまうが、場合が場合だけに実行に踏み切る必要がある。
ルイからは先に知っている範囲であれば全て話すと確約を得ている。品行方正を絵に描いたようなルイが前言撤回などという無責任な行為に走るとは
思えない。

「・・・教会や国軍は今回の事件とは無関係と考えて良さそうだから、オーディションに関するルイさんの考えとかを聞くね。」
「・・・はい。」
「まず確認するけど、ルイさんがオーディション予選に出場することになったのはルイさんの意思じゃなくて差出人不明の封書で勝手に申し込まれたのが
発端で、ルイさんは辞退しようとしたけど、クリスが出場するように強く勧めたのを断りきれなくて出場することにした。・・・此処までは合ってる?」
「はい。間違いありません。」
「じゃあさ・・・。最初は予選に出場するだけっていう方針だったのに、どうしてルイさんは本選への出場に態度を180度転換したの?」

 問題の核心への大きく踏み込んだアレンの問いに、ルイはこれまでのように即答せず、やや俯き加減で沈黙する。
やはり、ルイがオーディション本選出場を決めた理由には何か決定的なことがあるようだ。ルイはそれを口にすることで、アレンが自分を見る目が変わるのを
恐れている可能性が高い。
アレンは早く回答を引き出したいところだが、焦って急かしてはルイに警戒感を抱かせてしまう、と思い、辛抱強くルイからの回答を待つ。

「・・・俺は、ルイさんがどういう経緯でオーディション本選出場を決めたかを理由に、ルイさんを嫌いになったりはしない。」

 硬く重い沈黙の空気を、アレンが静かな口調で破る。

「態度を180度転換したからってこと自体をルイさんが後ろめたく感じてるなら、そんな必要はないよ。そうするだけの十分な理由があれば、態度や方針を
大きく変えることは誰にでもありうることだし、それはルイさんにも当てはまると思う。ルイさんだって人間なんだから、何時でも初志貫徹とはいかない場合が
あっても不思議じゃない。後ろめたいとか、答えることで俺がルイさんを見る目が変わるんじゃないか、とか思わないで、知ってることとかをありのままに
話してほしいんだ。」

 アレンはじっとルイからの回答を待つ。無闇に回答を急かしてはそれこそルイに無用な警戒心や不安を抱かせる原因となってしまう。

「・・・オーディション予選の3日前に、今回のオーディションの中央実行委員長の担当がリルバン家だということをチラシで知ったからです。」

 ルイが長い沈黙を脱する。言葉を慎重に選んでいるのか、口調はこれまでよりかなり鈍い。

「私は正規の聖職者として職務に励んでいました。正規の聖職者はシルバーカーニバルの最中でも職務内容に大きな変更はありません。そういうことも
あって、シルバーカーニバルの目玉行事の1つであるオーディションの担当が誰なのかは、これまでまったく知りませんでした。クリスの勧めを断りきれずに
出場を決めた時もオーディション予選に出ることだけを想定していました。ですが、オーディション予選の3日前にシルバーカーニバルのチラシを見る機会が
あって、そこで今年のオーディションの中央実行委員長の担当がリルバン家だと知って、予選を突破出来たら出場資格を辞退せずに本選に出場することを
決めたんです。」
「つまり、オーディションの中央実行委員長がリルバン家でなかったら本選出場はしなかった、ってことなんだね?」
「・・・はい。」

 これで、ルイとオーディション本選出場を結びつけるものがリルバン家であることが確定した。そのリルバン家では、これまでのイアソンとの情報交換で
現当主フォンの後継者候補第1位がフォンの実弟ホークだということが分かっている。
ルイがそれまでの態度を180度転換してオーディション本選出場を決めた理由が、今年のオーディション中央実行委員長がリルバン家現当主フォンだという
ことは、これまで状況証拠を積み重ねてきた仮説が更に現実味を帯び、仮説が事実へと大きく移行することでもある。
 アレンは謎の核心中の核心であり物的証拠となる可能性が極めて高い指輪に焦点を移動させようと思うが、先にこれまでの襲撃事件の経緯などを尋ねる
ことにする。そこにはリルバン家、特にホークとその顧問が絡んでいる何かしらの証拠や手がかりがあったかもしれない。それも把握することが「外堀」を
埋めることでもある。

「・・・少し話が逸れるけど、ルイさんはこのホテルに来るまでの間にも何度か襲撃されたんだよね?」
「はい。」
「クリスはその時倒した兵士を締め上げて、ルイさんを襲撃した理由とかを吐かせようとした。そうしたら雇われたとだけは言った、って言ってたんだ。
その時でも襲撃してきた相手は国軍の装備品を着用していた?」
「はい。着用していました。アレンさんが言ったとおり、襲撃を撃退したクリスが、手加減して生かしておいた兵士を締め上げて尋問したんです。そうしたら
雇われた、とだけ答えました。他の襲撃の際にもクリスは生かしておいた兵士を必ず尋問したんですが、雇われたこと以外は何も答えませんでした。」

 ルイの証言は、襲撃してきた刺客が秘密厳守を徹底されており、その上国軍の装備品を何処からか入手していることを証明するものだ。
襲撃した者達を雇ったものが誰なのかを吐かなかったということは、それを口にすれば襲撃事件の背後関係が明白になることを意味する。そして先のルイの
オーディション本選出場を決意した理由が、オーディション中央実行委員長が後継者問題で揺れているリルバン家だと知ったためだという事実。
これらを重ね合わせて検証すれば、ルイ襲撃事件はリルバン家のお家騒動と密接な関係があり、ルイを抹殺することで得をする者が存在することは
明らかだ。

そして、その存在が誰なのかと特定することも。

 謎の核心に大きく踏み込んだ手応えをアレンは感じる。状況証拠は幾つも出揃った。後は物的証拠を得ることが焦点になる。昼夜も場所も手段も選ばずに
ルイを襲撃するには、刺客を送り込んだ相手がルイを抹殺する必要性があることを決定付ける要因があるからだ。
 怪しいと思った存在を手当たり次第に抹殺していくという手段もあるが、それでは怪しまれるし、手間も時間もかかる。ホークの背後に居る顧問があのザギ
若しくはその衛士(センチネル)なら、そんな無駄骨を折らずにピンポイントで標的であるルイを抹殺する策に打って出る筈だ。

「・・・単刀直入だけど・・・、ルイさんのお母さんの形見っていう右手人差し指の指輪。それについて話してくれないかな?」

 いよいよ物的証拠を得るべく細大の謎に迫ったアレンだが、ルイは視線を落として答えようとしない。
この段階でも、ルイが填めている指輪が曰くつきのものだということが推測出来る。だが、アレンは逸る心を押さえつけて、回答を急かすことなく待ち続ける。
無理強いはしないししたくないというアレンの心情を反映してのものだ。
 事態が切迫しているのにお人好し過ぎると言えなくもないが、それだけアレンがルイを思い遣る気持ちが強いということである。ルイの心に今尚生々しい
爪痕を残す古傷を極力刺激しないように、アレンなりに十分気を遣っているのだ。

「・・・この指輪は、母が死ぬ間際に私に託したものなんです。」
「託したってことは、ルイさんのお母さんがその指輪を心底大切にしていて、ルイさんがそれを受け継ぐべき性格を持つということでもあるよね?」
「はい。」
「クリスは、素人目で見てもルイさんの指輪は物凄い高値で売れるものだし、ルイさんの指のサイズに合わせたヘブル村の宝飾店では、もしかしたらその
指輪はごく限られた人しか注文することも出来ない特注品かもしれないって聞いたそうなんだ。ルイさんのお母さんが戸籍上死んだことになっていて、
この国では戸籍上死んだことになっていたら家を持つことも就職することもままならないってことは、今までにルイさんやクリスから何度か聞いてる。
だったらその高価な指輪を売ってこの国から出るっていう選択肢もあったのに、あえてルイさんのお母さんがこの国に留まった理由は・・・、その指輪と
リルバン家は大きな関係があるからじゃない?」
「・・・はい。」

 明らかに躊躇しながらのルイの答えは、ルイとリルバン家、厳密には指輪の元々の所有者であるルイの母ローズとリルバン家が密接な関係にあることを
示すものだ。
 何万何十万という高値で売れるその指輪を売ってこの国から脱出せず、戸籍上死んだことになっていたら生きながらにして死んだと見なされてまともに
扱われないことが分かっていながらルイの母ローズがこの国に留まり、死の間際にルイにその指輪を託したということは、ルイの母ローズがこの国に留まる
大きな理由があり、その指輪がリルバン家の謎、そしてホークとその顧問がルイの命を狙う理由となっていることを推察させるに余りある。

「・・・その指輪、見せてくれる?」
「・・・はい。」

 再び長い沈黙を挟んでアレンが指輪に大きく迫る依頼をすると、ルイはやはり躊躇いつつも了承する。
ルイが差し出した右手をアレンは左手で受ける。これはこの国の風習で男性が女性に交際を申し込むことを意味するのだが、今アレンとルイは向かい合って
座っているからそうならざるを得ない。
 ルイの人差し指で燦然と輝く、複雑なカットが施されたダイヤを乗せた指輪を、アレンは右手で慎重にルイの指から外す。アレンはルイの左手を取ったまま、
指輪を様々な角度から間近で観察するが、指輪の裏面にはルイの母ローズの名前やリルバン家現当主フォンの名前は刻印されていない。高価そうなことは
宝飾品に疎いアレンでも分かるが、外見を見た限りでは普通の指輪で、リルバン家との接点を示すものは何一つ見当たらない。

「この指輪にはリルバン家との関係を示すものはないみたいだけど・・・。」
「・・・それは・・・。」

 ルイが少し身を乗り出して、指輪を持つアレンの右手を覆うように自分の左手を重ねる。
とその時、ドアが開く。アレンとルイは反射的に顔だけドアの方に向ける。

「あー、今日はようけ儲けたわー。」
「今日は凄く当たりが良かったわよね。・・・って。」

 金貨がぎっしり入った皮袋をそれぞれ左手にぶら下げたクリスとフィリアがカジノでの大儲けをアピールするが、フィリアの表情が眼前の光景を見て瞬時に
固まる。フィリアが持っていた皮袋が落ちる、否、落とされる。フィリアの表情が見る見るうちに憤怒の形相に変貌していく。
 第三者から見れば、アレンとルイは向かい合って手を取り合っているとしか言いようがない。そしてそれはフィリアにとっては怒りを呼び起こすもの以外の
何物でもない。その両手に白い発光体が現れ、急速に膨らんでいく。魔力を集中することで生じる近接戦用の魔法球だ。

「何やってんの!!あんた達ぃー!!」

 クリスが止める間もなく、フィリアは猛然とアレンとルイ、否、ルイ目掛けて突進する。怒りで血走った目が捉えるのは、完全に攻撃対象と見なしたルイだ。
今朝どうもアレンとルイの様子がおかしかったことをフィリアは訝り、特にルイに威嚇がてら鋭い視線を浴びせておいたのだが、それが効果がなかった
ばかりか、自分の不在の間にアレンに手を出していた−今の光景は皮肉にも文字どおりだ−となれば、フィリアの血液が一気に沸騰するのは当然だ。
久しぶりに見るフィリアの怒りの形相に、アレンは怯んでしまう。

「くぉの破戒聖職者ぁー!!」
バリア9)!」

 壮絶な形相でルイ目掛けて突進するフィリアの前にいきなり銀色の同心円が現れ、フィリアは勢い良くその壁に衝突する。衝突の反動でフィリアは後ろに
大きく跳ね返されて仰向けにひっくり返る。鼻を強打したため赤く腫れ上がっているが、幸い鼻血は出ていない。

「痛たたた・・・。こ、このぉ!!」
「止めなさい、この馬鹿。」

 上体を起こして再び突進の構えを見せたフィリアの脳天を、背後からリーナが落とした、金貨がたっぷり詰まった皮袋が直撃する。元々の重量に加えて
リーナが距離を開けて皮袋を落としたことで、大きな石か何かにぶつけたような衝撃がフィリアを襲う。

「んぐっ!」
「この部屋の人間同士で殺し合いしたら意味ないじゃないの。」
「あ、頭にこんな重量物落とさないでくれる?!頭がどうにかなったらどうすんのよ!!」
「そんなことは知ったこっちゃないけど、とりあえず落ち着きなさい。」
「此処で乱闘騒ぎ起こしたら、ルイを狙とる奴をひっ捕まえる以前にあたし達がひっ捕まってまうやんか。」
「こ、これが落ち着かずに・・・!!」
「ったく。ラーバ10)。」

 苦虫を噛み潰したような顔でリーナが右手をフィリアに向けて言うと、蝉の幼虫を人間大にしたような魔物がフィリアの背中に圧し掛かるように現れる。
その重みを本能的に払いのけようとしたフィリアだが、ものの10セムも経たないうちにフィリアは静かにその場に倒れ伏す。

「リーナ。あんた、何したん?」
「全体力を吸収させたのよ。そうすれば嫌でも大人しくなるからね。」

 リーナがフィリアの背に乗りかかったままのラーバに右手を向けると、ラーバは空気に溶け込むように消える。

「後であたしが持ってる睡眠薬を飲ませておけば、明日の朝まで完全に黙らせることが出来るわ。こうでもしないと、こいつは大人しくならないからね。」
「あんた、結構やること過激やな。」
「放置と封殺の選択肢のうち、今回は封殺を選んだまでよ。頭に血が上った奴に中途半端な策は通用しないわ。」

 リーナは倒れ伏したまま指一本動かす気配のないフィリアを一瞥もせずに、アレンとルイに歩み寄る。ルイはバリアで構成した防御壁を消去する。

「あんた達ね。いちゃつくのはオーディション本選を無事乗り切って黒幕をリルバン家当主の前に引きずり出せば何時でも出来るんだから、程々にしなさい。
ただでさえフィリアはあんた達の成り行きに神経尖らせてるんだから、今度はそれこそ殺し合いになるわよ。」
「あ、いや、これは・・・。」
「言い訳は一切却下。さ、あたしはこれから本を読むからティンルー入れて。それから夕食の準備もして頂戴。今日のメニュー候補は探してきたから。」

 アレンの取り繕いを一蹴したリーナは、アレンに持っていた本のうち1冊を差し出す。アレンは気を取り直しつつその本を受け取る。

「今日はこの中にあるバンチェ11)のムニエルクリームソースを作って頂戴。サラダとスープとデザートは任せるわ。」
「ああ、分かった。」
「それじゃ、さっさと台所に行った行った。あ、その前にフィリアを寝かせておいて。床に放置しておいても良いけど、後で喧しいからね。」
「そうしておく。」

 アレンは席を立って倒れているフィリアに駆け寄り、身体を抱えてベッドに運んで布団を被せる。全体力を喪失した証拠に、完全に寝入っている。
自分がルイを好きなことは間違いない。だが、今までずっと幼馴染で仲良くしてきたフィリアを異性としてみた場合、これからどう対処すれば良いのか。
異性を異性として意識出来るようになり、その中から恋愛感情が生じた結果、これまでの人間関係の1つと共に自分の心が揺れ動くのをアレンは感じる。
 だが、今は自分の心の揺れに深く構ってはいられない。リーナの要求に出来る限り速やかに応えないと、これまた別の騒ぎの要因となりうる。
アレンは本を持ってルイと共に台所へ向かう。その途中で指輪をそっとルイに返す。
思わぬ形で中断を余儀なくされたが、ルイの母ローズとリルバン家には大きな関係があることがほぼ判明した。後は物的証拠を掴むのみだ。それにルイが
指輪を持つ自分に手を差し出したのは、指輪を取り戻すためではなく、指輪に関して何か言いたいことなどがあったからのようだと思える。
だからと言って料理中にそれを言ったり見せたりしろ、とは言えない。あの躊躇いぶりからしても出来る限り他人に知られたくないと思っているのは明らかだ。
ルイが何を言いたかったのか。何をしたかったのか。アレンはこの部屋の他の住人が寝静まった夜に、改めてルイと話をしようと思う・・・。
 その日の夜。アレンは風呂から上がり、パジャマに着替えて脱衣場から出る。
夕食の席ではリーナとクリスからルイとの関係への言及はなく、今日使われたルイの衛魔術とリーナの召喚魔術を話題の中心にして至極和やかに進んだ。
クリスがしこたま買い込んできたカーム酒を飲んだが、元々酔って大騒ぎするクチではないし、夕食の歓談がそれなりに賑わっていたのにフィリアはまったく
目覚めることなく、今も眠り続けている。リーナが飲ませた睡眠薬の効果もあってのことだろう。
 アレンが脱衣場を出ると、何時ものとおり先に風呂に入ってパジャマに着替えたルイが出迎える。その表情がこれまでとは違い、1日の労をねぎらって
寝る前の挨拶をするものではないことを、アレンは敏感に感じ取る。今まで散々フィリアを梃子摺らせてきたアレンの鈍さも、ルイに抱く好感以上の感情が
幾分か鋭敏にしたようだ。

「ルイさん・・・。」
「アレンさん・・・。」

 互いに手を伸ばせば相手を抱き寄せられるところまで近づき、名前を呼び合った後で2人は沈黙する。

「・・・私は今までアレンさんに隠してきたことがあるんです。その一部は今日の昼間にお話しましたが、・・・アレンさんに隠していたことを話すことで、
アレンさんが私を見る目が変わることを恐れていたんです。アレンさんに隠し事をしていることに後ろめたさがあったことも理由の1つです。ですから、
アレンさんの質問に明快に答えられませんでしたし、言おうにも・・・言い出せなかったんです。」
「・・・たとえルイさんの正体が魔物だとしても、俺はルイさんを嫌いになったりしないよ。」

 沈痛な表情と沈んだ口調でこれまでの心境を告白するルイに、アレンはそれを許容する言葉を静かに返す。

「今まで話せなかったことを話してくれる決心が出来たのなら、それで十分だよ。俺だってルイさんに無理強いはしたくなかったし、話してもらうだけの
信用を得られれば話してくれると思ってた。だから、今まで話せなかったことで自分を責めないで。」
「アレンさん・・・。」
「昼間は中断しちゃったけど・・・、今から話を聞かせてもらえるかな?仲間からの通信も入るだろうし、此処で話をすると寝てる3人を起こす可能性もあるから、
台所で。」
「はい。ご一緒します。」

 アレンとルイは台所へ向かう。これまでもアレンがイアソンとの通信を台所でしてきたのは、安眠妨害になって特にリーナの機嫌を損ねるのを回避する
ためだ。
最早アレンとルイの居場所となった感のある台所のランプを点し、2人は椅子に並んで腰を下ろす。顔を向き合わせれば相手の顔しか見えない距離だ。

「・・・まず、指輪からお話します。」

 やはり躊躇いを完全に払い除けられないようで、ルイの口調は鈍い。だが、アレンは黙ってルイの独白を聞くことに徹する。

「昼間お話したとおり、私が填めている指輪は母が死の間際に私に託した形見です。そしてそれは・・・リルバン家との関係を示す証拠の品でもあります。」

 ルイの口から早速、指輪に関する重大な事実が飛び出す。
アレンが心の中で仮説が現実へと完全に移行するのを感じる中、ルイは問題の右手人差し指に填まる指輪を外す。そして高級品であることを無言で語る
複雑なカットが施されたダイヤがあしらわれた台座を指で軽く摘み、慎重に何度か回して台座ごとダイヤを取り外す。
 台座が取り除かれたことで出来た窪みを、ルイはアレンに見せる。アレンはその窪みに刻印されている文字列を読んで驚愕の色を露にする。
「フォンより、愛するローズへ」。最早推測などといったものは一切不要な決定的証拠となる材料だ。

「・・・ルイさんのお父さんって・・・。」
「・・・私の父である男性は・・・、リルバン家現当主であるフォン・ザクリュイレス・リルバンです。」

 ルイの回答で、指輪はルイの母ローズとリルバン家当主フォン、そしてルイとフォンとを結ぶ完全に揺るぎない証拠となった。

「・・・どうしてフォン当主の名が刻印された指輪を母が持っていたのか、順を追ってお話します。」

 大きな瞳に涙を滲ませ始めたルイは、覆い隠していた過去を話し始める・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

8)休職若しくは離職:非正規の聖職者は教会に金銭を払ってその身分を得るという性質が強いため、ルイのような正規の聖職者と違って容易に聖職者の
職務から離れることが出来る。休職の場合は復職願を総務部に提出して受理されれば復職出来る。離職の場合は聖職者の身分を失うので、改めて金銭を
払って身分を再取得する必要がある。どちらを選ぶかは、本人の家庭の経済事情や聖職者としての意識に拠る。


9)バリア:衛魔術のうち、防御系魔術の1つ。魔力を集中することで同心円状の防御壁を形成し、物理攻撃と魔法攻撃の両方を遮断する。その色から、
ランディブルド王国では「銀の円盾(えんじゅん)」という通称もある。キャミール教では大司祭以上で使用可能。


10)ラーバ:本文の描写のとおり、蝉の幼虫を人間大にしたような無属性の魔物。物理攻撃には殆ど無力だが大半の魔術は無効。召喚魔法にすることで
相手の全体力を吸収する通称「パワー・アブショープション」という、特に剣士や武術家などには多大な脅威となる力を発揮する


11)パンチェ:沖合いを群れで回遊する、体長が最大3メールにも達することがある大型の白身魚。ムニエルや刺身、塩焼きなど用途は広い。

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