Saint Guardians

Scene 7 Act 3-2 接近-Approach- ある幼馴染の村での暮らし

written by Moonstone

「そりゃあ、ルイに纏わる話いうたらようけあるで。」

 ルイさんに纏わる村の逸話で知っているものはないか、というアレンの問いに、クリスは去年ルイが司教補昇格と中央教会祭祀部長就任を同時に果たして
以降、と前置きしてから自分のことのように具体的且つ誇らしげに話し始める。
 ある家庭で、1人の老人がベッドの上で怯えと苦悶に喘いでいた。

「わ、私は・・・神に罰せられる・・・。神が・・・神が怖い・・・。私には・・・地獄で永遠の責め苦受ける運命が待っとる・・・。うう・・・。」

 老人は敬虔なキャミール教徒だが、その信心深さが災いしてこれまでの自分の罪深さを必要以上に自責し、神の罰が下ることを恐れているのだ。老人は
終日こうして神の罰への恐怖におののき、もう1週間も眠れないで居る。家族も老人を心配するあまり満足に眠れず、憔悴しきっている。

「じいちゃん、可哀想になぁ・・・。どないしたらええんや。」
私らや58)とても手に負えへん。せやけど、じいちゃんがこのままずっと魘されとったら、私らも身体もたへんわ・・・。」

 老人の家族が困り果てていると、玄関のドアがノックされる。家の主である初老の男性が玄関のドアを開けると、現れた人物に仰天する。銀色の長い髪。
浅黒い肌。大人びた雰囲気の顔立ち。白い礼服を身に纏ったルイだ。

「ル、ルイ様!」
「ジュメーダ・カルカイさんのご自宅はこちらで間違いありませんでしょうか?」
「は、はい。」
西地区の祭祀部よりお話を伺い、通達を受けて私が参りました。59)お邪魔してよろしいでしょうか?」
「ど、どうぞご遠慮なく。」

 失礼します、と言ってルイは家の中に入り、老人の苦悶の声が聞こえる方向に向かう。ルイは老人の部屋の突き止め、ドアをノックしてから静かにドアを
開けて入室する。
 苦悶の声を上げていた老人−ジュメーダは、視界に白の礼服を着たルイが映ったことで、驚愕と畏怖が入り混じった表情を浮かべる。村でその名を
知らない者は居ないと言われる若き聖職者が白の礼服姿で現れたことに驚いたのと、そのルイが神が遣わした天使に見えたのだ。
ルイはジュメーダの枕元に歩み寄る。ジュメーダは苦しげに息を切らしながらルイを見る。

「ル、ルイ様・・・。か、神は・・・わ、私を・・・罰せられるために、貴方を遣わしたのですか・・・?」
「いいえ。私は貴方を敬いに馳せ参じたのです。」
「う、敬う?わ、私など・・・、こ、こないな罪深い私を・・・どうして・・・。」
「ジュメーダさん。貴方は神の存在をとても深く認知しておられますね。」

 ルイは笑みを浮かべながら優しく語りかける。一方のジュメーダは、神に罰せられるという恐怖心から生じる脂汗が止まらない。否、ルイが現れたことで
汗の量が増加してしまっている。

「わ、私には・・・神が・・・神の御姿が見えます・・・。神が何時私を罰られるのか・・・。神の罰がどないなものか・・・。」
「神の存在をそれほど認知されておられる貴方を、神がどうして罰せられるのでしょうか?」

 ルイは礼服の懐から取り出したハンカチで、ジュメーダの額の汗を撫でるように拭う。

「神はそれを信じる全ての者に無償の愛を注いでくださっているのです。そのような愛を常に注いでおられる神がどうして、貴方のように神の存在を深く認知
しておられる人間に罰を与えられるでしょうか?神に仕えるこの私を神が貴方を罰するために遣わすなど、ありえるでしょうか?」

 ルイの語りかけに、ジュメーダは目を見開く。

「貴方は神の存在をとても深く認知しておられます。キャミール教徒としてそれは敬われることはあっても、責められることはありません。ましてや、全ての
キャミール教徒に等しく無償の愛を注がれる神がどうして、そのような貴方を罰せられるでしょうか?」

 ジュメーダの表情から徐々に苦悶と恐怖が消えていく。その代わりに2つの目から熱い涙が零れ落ちる。ルイに神を見たのだろう。

「さあ、もう貴方は信仰の道に迷うことはありません。心行くまで神の愛を享受してください。神は貴方に祝福を与えるためにお待ちですよ。」

 ルイがジュメーダの顔の上で広げた右手を緩やかに往復させる。感極まったジュメーダはルイの手の動きに合わせてゆっくり目を閉じていき、やがて眠りに
落ちる。先程までの苦悶のうめきが嘘のように消え、ジュメーダは穏やかな表情で深く眠っている。呼吸もいたって穏やかだ。
ルイはハンカチを仕舞い、ジュメーダの枕元に立ったまま胸の前で両手を組み、目を閉じる。

「悩める神の子よ。心に迷うことなかれ。神が指し示されたるところに汝の行くべき道がある。シーン・メスタ。」

 ルイは「教書」の一節を唱えた後、静かに退室する。部屋の前で固唾を呑んで様子を窺っていた家族がルイを出迎える。緊迫した様相の家族に、ルイは
微笑を絶やさずに言う。

「もう大丈夫ですよ。ジュメーダさんはぐっすり眠っておられます。」
「あ、ありがとうございます。ありがとうございます。ルイ様。」
「どうぞお大事に。では失礼いたします。」

 感謝と恐縮で感涙を流しながら平伏する家族に、ルイは深々と一礼してから静かに家を出て行く。その足で依頼元である西地区教会を訪ねる。
ヘブル村の西側を管轄する西地区教会。国家体制に深く関与する宗教の象徴でもある教会の建物だからさぞかし立派かと思えば、そうではない。一般の
家を多少大きくした平屋建ての小ぢんまりとした建物、その三角屋根の頂点に十字架をつけただけの建物。これが西地区教会だ。入口の上に「ヘブル村
西地区教会」と書かれた看板があるが、それを取り除けばそれこそ多少裕福な家と見分けがつかない。
 ルイはドアを開けて中に入り、直ぐ右脇にあるカウンターと向き合う。カウンターにはやや年配の女性が座っている。

「中央教会祭祀部長のルイ・セルフェスです。通達職務を終えましたので、関係書類をお願いします。」
「承知しました。」

 ルイは女性が差し出した書類を受け取り、その場でペンを取って必要事項を記入する。項目も枚数もあるが、ルイの手が迷いで止まることはない。
10ミムほどで全ての書類の記入を終えたルイは、半分を女性に差し出し、半分を自分の礼服の懐に入れて教会を出て、今度は東に向かって通りを歩く。
通りと言っても舗装などされている筈がない。人家が疎らにあり、耕作地や牧草地が大半を占める景色の中に、黄土色の線を適当に描いただけだ。
 ルイが黙々と歩いていくと、人家と耕作地や牧草地の比率が次第に変わって来る。人口が集中している村の中心部が近づいて来たのだ。通りでルイと
出会う人々は誰もがルイに挨拶をする。ルイはその1つ1つにきちんと応えて通りを進んでいく。それなりの賑わいを見せる中心部のほぼ中央に位置する、
やや古ぼけた2階建ての頂点に十字架を据えた三角屋根の建物。これがルイの所属する中央教会だ。ルイは「ヘブル村中央教会」と書かれた看板を掲げる
入口から中に入り、奥に向かう。
 教会の中はやはりと言おうか礼拝などに使われる聖堂が大きな割合を占め、幹部職の居室は、聖堂の祭壇に向かって教会左側の空間にある。60)
ルイはその1つ、総長の居室に赴く。ドアをノックしてどうぞ、と応答が返って来たのを受けて、ドアを開けて失礼します、と言ってから中に入る。

「総長様。ただいま戻りました。」
「セルフェスさん、ご苦労でしたね。」

 居室の机で書類に向かっていた、くすんだ茶色の作業着のような服−これが聖職者の普段着だ−を着た白髪の人物が、村の聖職者の頂点に君臨する
総長である。御歳54歳。ルイより40歳年上だ。総長はルイから書類を受け取り、その内容を確認して感心したように何度も頷きながらファイルに仕舞う。

「やはり、セルフェスさんに通達が出て正解でした。西の総長や祭祀部長も、この件で相当困り果てていましたからね。」
「私でお役に立てたのでしたら、光栄です。」
「ああ、そうだ。貴方にお客さんが来てますよ。貴方の居室に居ます。」
「・・・クリスね。」

 それまで柔和であると同時に使命感に溢れていたルイの表情が、一瞬呆れたようなものになる。

「出来るだけ速やかに職務に復帰しますので。・・・失礼します。」

 ルイは一礼してから退室し、廊下を早足で歩いて3つ東に間隔をあけたところにあるドアを、今度はノックなしで開ける。

「ルイ。いきなし開けんといてぇな。着替え中やったらどないすんねん。」
「クリスったら・・・。また私のスケジュールを総長様から聞き出したんでしょう。」

 ベッドに座って、着替え中のところを見られた時のように両腕で胸を隠しておどけて見せるクリスに、ルイは呆れた表情で歩み寄る。

「私でなくても、聖職者が職務で他の地区にも出向くことがあることくらい知ってるでしょう?」
「知っとるよ、そないなこと。せやから言いに来たんやで?総長に。」
「ちょっとクリス!教会の案件で総長様に直接意見するなんて・・・。」
「総長でもないと話にならへんからや。」

 それまで暢気一辺倒だったクリスの口調が、俄かに厳しくなる。それに併せて眉が眉間の方向に大きく傾く。

「西地区の本職、それも祭祀部長や総長が手に負えへんからいうて中央教会に縋って来ること自体だらしない話やのに、総長まで相手の要請後押しして
ルイに行くよう提言してどないすんねん。ルイはこの村の中央教会の祭祀部長やで?下の聖職者の面倒見たりせんならんし、中央直の要請もようけ
来とるんや。わざわざルイを出向かせへんでも、修行がてら常任委員とかを束にして行かせればええやんか。」
「・・・総長様を問い質してそう言ったのね?」
「大正解。」

 内心否定してくれと懇願しながらの問いかけをあっさりクリスが肯定し、ルイは心底呆れて深い溜息を吐く。
先に出たとおり、教会の行事における役割分担や聖職者個別への通達は、月1回に各町村全ての総長、副総長、部長職が集結する総合会議と、各教会の
役員会議で決定される。その過程では当然問題の事例が議題に出るし、その聖職者の能力が要求されるから、などの理由が提示されて審議にかけられ、
承認を得る。総長とのやり取りでも覗かせていたように、ルイは各方面から要請されて通達が出たから出向いたのであり、ルイにはむしろ光栄なことだ。
なのに部外者のクリスが、ルイが出向くまでもない、と村の聖職者の頂点である中央教会の総長に直訴するなど、それこそお節介な話である。
 だが、クリスにもそれなりの言い分がある。
クリスはルイの幼馴染ということもあり、ルイの教会での生活をよく知っている。この前は東地区の奥に教会に出向いたと思えば昨日は此処中央教会で
交易商人の長男の結婚式を執行し、今日は西地区へ出向だ。移動手段にドルゴを使えればまだしも、教会人事服務規則で昼間のドルゴ使用は禁止されて
いる61)
ため、ルイは一日中1人で彼方此方歩き回っている。クリスから見れば、村の聖職者達はちょっと厄介な仕事があると直ぐルイを 頼り、自分達は怠けて
いるとしか思えないのだ。

「あんたも会議で言うたったらええやん。そないなもんくらい自分ところで何とかせえ、って。14のルイは朝から晩まで村中駆け回って仕事しとんのに、ええ歳
こいた奴等は手に負えへんかったら直ぐルイに頼るのがだらしないと思わへんのか、あたしは不思議で不思議でしゃぁないわ。修行が足らん。」
「あのね、クリス。中央と各地区は支配従属の関係じゃないのよ。この中央教会でも人手が足りなかったりすれば各地区から来てもらうんだし、私以外にも
各地区に出向いている聖職者は居るわ。人口は少ないけど村は広いし、正規の聖職者の絶対数が少ないんだから、協力し合うのは当然のことよ。」
「ったく・・・。ルイが異動要請受けて村出てったら、この村の教会はおしまいやな。ルイ。1回異動要請受けたったらどや?他の聖職者が慌てふためいて、
あんた宛に異動要請繰り返して村に引き戻そうと狼狽する様子が目に浮かぶわ。」
「クリスったら、もう・・・。」

 それくらいしてやっても良い、とばかりに笑みを浮かべるクリスに対し、ルイは呆れに困惑を加えた様子で再び溜息を吐く・・・。

「クリスって結構、無茶するね・・・。」
「あたしから見とったら、ルイに頼り過ぎとしか思えんわ。それにカルカイん家(ち)ていうたら、ルイが修行始めて暫くは、ルイが近くに来るたんびにそこの
ガキ共がルイに石投げつけて遊んどった家やで?あたしやったら一族纏めてバラバラにして、豚の餌にしたるところやわ。」
「・・・気持ちは分からなくもないけど・・・。」
「あたしに関係することやとな・・・。」

 ある日の夜。中央教会の大会議室では「教書」の朗読と学習が行われていた。
正規非正規問わず中央教会所属の聖職者がほぼ全員揃っての学習は、教育部長62)と祭祀部長のルイが主導し、教育部次長が補佐している。
ルイは、教育部長が朗読する「教書」の内容と祭祀部の代表的な職務の一つである教会を関連付けて解説する。こうすることで、教会が何故村の人が教会に
出向かずに聖職者が各家庭に出向いて行うのかなど、職務と「教書」の重要性の理解が深まるというわけだ。このような形式にしたことで学習は能率良く
進み、当初僅かながらあったセクショナリズム的抵抗感も一掃されてきている。
 柱時計が18ジムを示し、ルイの身長とさほど変わらない大きさに似合わぬ荘厳な音を18回、周期的に鳴らす。学習の時間はこれで終わり。次は通達に
基づいて祭祀部所属の聖職者が各家庭に教会へと赴く時間帯だ。
ルイが「教書」や教会の実例の詳細などを記した直筆の書類を脇に抱えた時、会議室のドアがノックもなしに豪快に開け放たれる。

「ルイー。迎えに来たでー。」

 声の主は勿論クリス。武術家らしく動きやすさを第一にした普段のラフな服装とは若干違い、余所行きと称しても遜色のないデザインも兼ねている。
意外にもファッションに敏感な面があるクリスらしいが、ノックもなしに会議室のドアをいきなり開けるところも良し悪しは兎も角クリスらしい。
他の聖職者が呆れ顔を見せたり、「またか」という表情を垣間見せたり、眉を顰(ひそ)めたりするが、クリスはまったく意に介さない。
ルイは小さい溜息を吐いて、教育部長−ちなみに年齢はルイの倍以上−に学習の主導に対する謝意を伝えてから、足早にクリスに駆け寄る。

「ちょっとクリス。聖堂で待ってなさい、って前にも言ったでしょう?」
「細かいこと気にしとったら駄目やて。それに、幼い聖職者が陰で苛められとんのに助けへんかった無能な聖職者なんざ、学習するだけ時間の無駄やわ。」

 小声で嗜めたルイに対し、クリスは前半はルイに向かって同じく小声で、後半は他の聖職者に聞こえるようにわざと声量を増し、アクセントを強調する。
クリスの破天荒な行動に当然ながら否定的な反応を示していた聖職者の中には、クリスの言葉を受けて急に小さくなる者が居る。その反応を見て、クリスは
口元を吊り上げて鼻で嘲笑う。
 実のところ、修行を始めて暫くの間もルイは陰で執拗な苛めに遭い、その事実を目にしながらも苛めを咎めたりルイを庇ったりしなかった聖職者は居る。
ルイへの苛めの中心になっていたのは村に居を構える二等三等貴族など、所謂有力者の子どもが多かった。ルイへの苛めを咎めたりすることで教会の
依頼が来なくなったり、寄付が減少するのを恐れたためだ。
寄付の額はどうしても財力のある者が多くなる傾向が生じる。国からの運営金もあるとは言え、寄付に頼らざるを得ない面は消去出来ない。その聖職者と
しては、日々の厳しい修行の上に寄付が減少することで生活が苦しくなるのを恐れてやむなく黙認してしまったという罪悪感がある。
 しかし、そんなことをクリスが容認出来る筈がない。当然クリスはルイへの苛めを発見次第相手を徹底的に叩きのめして来たし、目に見える範囲に他の
聖職者が居たのを憶えている。ルイを苛めていた相手は何時も複数だった。それに年齢が一回りも上の者や体格の良い者、中にはクリスと同じく武術道場に
通っている者も居た。そのため苛めを退けた結果怪我をしたことなど数え切れない。だが、それでもクリスは文字どおり身体を張ってルイを守って来た。
小さくなっている聖職者が年齢や在職年数はルイの何倍もありながらルイに称号や役職を追い抜かれたのは、クリスから見れば当然の話だ。役職を解任して
称号を最低位の僧侶に格下げし、ルイにとことんこき使わせてやれば良いとさえ思う。

「書類を置いて着替えて来るから、入口で待ってて。」
「へーい。」

 会議室の気まずさを感じた−クリスも気付いているが−ルイは、クリスの背中を押して会議室から出した後、小声でクリスに告げてから居室に向かう。
クリスが鼻歌を歌いながら入口で待っていると、礼服に着替えたルイが聖職者のシンボルである「教書」を抱えて駆け寄って来る。教会に赴く際には礼服
以上の服63)
を着用することが義務付けられている。家々の明かりがどうにかあるものの闇が濃い中で、白の礼服は映えて見える。

「何時見てもよう似合(にお)とるなぁ。んじゃ、行こかー。」

 クリスは陽気な声でルイの右隣に並んで、自分の家に案内する。
服装こそかなり洒落ているが、クリスの両腕には使い込まれたグローブが装備されている。不穏な動きがあれば即迎撃する態勢をきちんと整えている。
10年以上卑劣な苛めの手からルイを守って来たのだ。一見するといい加減そのものだが、クリスの目的意識は基盤から整備されている。

「晩御飯用意してあんで64)、教会終わったら一緒に食べよな。」
「今日の時間帯だと私、1日4食になっちゃうのよね・・・。」
「ルイは成長期なんやからようけ食べやな駄目や。教会のあの少ない料理では足りへん。」
「それはクリスの基準から見てのことでしょう?」
「あたしやなくても少ないわ。ここらで一丁、ルイが首繋げたった二等三等貴族連中を締めて、薄汚い腹に溜まった金吐き出させたろかいな。」
「駄目よ、クリス。そんなことしたら。」
「分かっとるって。冗談冗談。」

 ルイの嗜めを暢気にかわしたクリスだが、内心は本気だったりする。
クリスが俎上に乗せた二等三等貴族連中とは、前にクリスがアレン達に話した、自分の子どもが幼い頃のルイを散々苛めていたことが発覚して村の評議委員
職を罷免され、資格剥奪・財産没収となるところだったのを、話をクリスから聞いたルイが会議場に乗り込んで処分を撤回するよう直訴した結果、評議委員職
罷免までで処分を免れた二等三等貴族のことである。ルイを苛めていた者達どころか、その親なども許せないクリスだ。ルイが許可すれば今直ぐにでも
各家庭に殴り込み、一族郎党皆殺しにするつもりでいる。
 そうこうしているうちにクリスの家に到着した。クリスの家は父が村駐在の国軍指揮官、母が村役場の事務職員ということでかなり裕福なため、ルイが
所属する中央教会から徒歩で10ミムもかからない村の中心部に、かなり大きな家を構えている。裕福な一方教会への寄付にも熱心で、特にクリスの母が
敬虔なキャミール教徒であるため、週1回以上のペースでルイを指名して教会を依頼している。
クリスがルイと幼馴染で、苛烈な幼少時代から身体を張ってルイを守って来たこともあって、クリスの家からの教会の依頼はルイが受けることが暗黙の了解と
なっている。教会の度にクリスが教会まで迎えに来るのもお決まりの光景だ。クリスも他の聖職者の暗部などを知っているからこそ、総長に直談判したり、
教会の会議室のドアをいきなり開け放ったりするのだ。
 クリスは玄関のドアをノックする。奥から足音が近づいて来て覗き窓が開く。

「ただいまぁ。ルイ連れて来たで開けて。」
「はい。ただいま。」

 応対に出たメイドがドアの鍵を外し、ドアを開ける。クリスに続いてルイが中に入る。

「ルイ様。ようこそいらっしゃいました。」
「こんばんは。お邪魔いたします。」

 メイドにも丁重に挨拶をしてから、ルイはクリスによってダイニングに案内される。
ダイニングでは口髭を生やした眼光鋭い体格の良い茶髪の男性と、肩口で切り揃えた深い緑の髪の女性の他、数名のメイドが居る。男性はクリスの父、
女性はクリスの母である。その前には「教書」が乗せられている。椅子に座っていたクリスの両親は、ルイを見て素早く席を立つ。メイドもその場で整列する。

「祭祀部長直々の教会、まことにありがとうございます。」
「本日もよろしくお願いいたします。」
「教会のご依頼を賜り、まことにありがとうございます。」

 クリスの両親の挨拶に対し、ルイは人々の尊敬を集める中央教会の祭祀部長に相応しい凛とした面持ちで丁重に礼を述べる。クリスも先程までとは一転して
神妙な顔つきで自分の席に向かい、「教書」がおいてあるのを確認する。

「それでは、教会を始めさせていただきます。本日は『ウヴァの福音』第5節から・・・。」

 ルイは教壇65)に立ち、「教書」を広げる。クリスの一家もそれに倣う。
ランディブルド王国の国家体制に深く関与する宗教行事の象徴、教会の始まりである・・・。
 玄関に向かうルイを、クリスとその両親が見送るためについて行く。
教会は1ジム丸々費やし、その後夕食が振舞われた。豪快に食べては飲むを繰り返したクリス、食の量はクリスほどでなくても酒は相当量飲んだクリスの
両親も、酩酊している様子などなく平然としている。クリスの肝臓の強さは間違いなく両親譲りのものだ。

「ルイちゃん、本当にありがとうね。」

 玄関に到着したところで、クリスの母がルイを労う。口調がクリスと同じ−クリスの母は生まれも育ちもヘブル村−になっているのは、「教会以外は家族扱い」と
いうキャリエール家の方針だからだ。ルイとその母ローズに対する風当たりが強かった時代もクリスは一家総出でルイとローズを庇護し、今ではそれが教会
でのルイ独占指名として生きている。

「中央教会の祭祀部長やのに毎日朝から晩まで村中駆け回っとって、今日は夜に家(うち)の教会を引き受けてくれて。」
「教会は祭祀部所属の聖職者として重要な職務の1つですし、小父様と小母様のご依頼とあらば受けない理由はありません。」
「ホント、ルイちゃんはええ娘やなぁ。家のぐうたら娘が男やったら、迷うことなくルイちゃんを嫁に迎えるんやけどなぁ。」
「母ちゃんの言うとおりやわ。こないな美人でフリーなんて勿体無い話や。男になれるもんなら即なって、ルイを嫁さんにしたいわ。」

 クリスは徐にルイの背後に回り、素早く両手をルイの脇に突っ込んで、その胸を鷲掴みにする。

「そうしたら、このでかい胸も思う存分揉めるし。」
「ちょ、ちょっとクリス!」
「うんうん。何時揉んでもええ感触や。」

 ルイの抵抗を他所に、クリスは感触を確かめるがごとく一頻りルイの胸を揉み解す。

「ルイ、また胸でかくなったんと違う?礼服も前より胸が張っとるし。」
「・・・最近ちょっと胸がきつくなったかな、とは思うけど・・・。」
「やっぱりルイちゃんは成長期だな。んじゃ、教会まで送っていこう。留守番は頼む。」
「はい。」
「クリス、行くぞ。」
「はーい。」

 剣を携えたクリスの父はルイとクリスを先導して家を出る。クリスの父は村駐在の国軍指揮官、言い換えればヘブル村駐留軍の最高幹部だ。その気になれば
村を巡回中の兵士に護衛を命じることなど造作もない。だが、クリスの父はあえて自らルイの教会への帰還時にクリスを伴って護衛を買って出る。クリスの
父にとってルイは娘同然なのだ。
 それに、クリスの酒の強さと戦闘力は十分知っているが曲がりなりにも年頃の娘だ。万が一ということもあり得る。村の常駐軍と国からの派遣軍を一手に
束ねる武術で2人の娘を護衛するのは、男親として当然のことだと思っている。こうした実直さが国軍指揮官に推薦・任命される背景でもあり、クリスが10年
以上も懸命にルイを守って来た芯の強さとして受け継がれている。

「ルイちゃん。毎度毎度すまないね。クリス共々厄介になって。」
「いえ。私宛に教会のご依頼を下さるのは光栄ですし、私も母もずっと大切にしていただいてきましたから、少しでもその恩返しが出来れば・・・。」
「本当にルイちゃんは立派だよ。あれだけ陰湿な苛めに遭いながらも5歳から正規の聖職者として修行して来て、今では中央教会の祭祀部長。そこいらの
娘よりずっとしっかりしてるし、クリスの言葉じゃないが、今でもフリーというのが不思議なくらいだ。」
「まだまだ私は未熟者です。人を助け、守るという聖職者の第一義的任務を更に徹底しないといけません。」
「この分だとルイちゃんが司教に昇格したら、教会周辺は大騒ぎになるだろうな。他の町村の教会からの抗議もさることながら、国の中央教会の目も気になる
だろうし。周辺の態度を変えたのは紛れもなくルイちゃんの修行の賜物だ。天国のローズさんもきっと喜んでおられるよ。」
「母は何時も私を見守ってくれていると信じています。」

 ルイはやや儚げな表情で応える。
厳しい修行と陰湿な苛めに耐えて現在の地位と名声と信頼を得るに至ったのは、キャミール教徒としてあるべき姿を説いて見せた母ローズが居てのものだ。
その母を司教補昇格、祭祀部長就任の4日後に亡くし、服喪の最中だ。葬式と埋葬が終わった後部屋に戻ったルイが教会中に響き渡るほどの大声で丸1日
泣き続けたことは、クリスの父も葬式に参列したからよく知っている。だからこそ教会では必ずルイを指名し、家に招いて食事を共にするのだ。
 何事もなく教会前に到着する。ルイはクリスとクリスの父と向き合い、深々と一礼する。

「送迎いただき、ありがとうございました。お休みなさいませ。」
「今日もありがとう。ゆっくり休んでね。」
「お休み、ルイ。また明日なー。」

 ルイが手を小さく振って見送る中、クリスはルイの姿が闇に隠れて見えなくなるまで笑顔で手を大きく振り、父と共に教会を後にする。

「・・・クリス。ルイちゃんにアホな男共が寄り付こうとしてないか?」

 教会が完全に闇に溶け込んだところで、クリスの父が小声で尋ねる。その顔は紛れもなく歴戦の軍人のものだ。

「今日は武術道場からの帰りに話しとんのを聞いたわ。きつぅ釘刺しといた。今あんたらの命があるんはルイのおかげやで、ってな。」

 クリスも小声で応える。その表情は破天荒な普段のものとは打って変わって、重装備の兵士をもその拳と蹴りでなぎ倒す武術家のものだ。

「ルイちゃんには悪いけど、この村の男の中でルイちゃんと交際する資格がある同年代の奴は居ない。ルイちゃんがああいう性格で評議委員の資格も
持っているから俺も手出しのしようがないが、本来ならあの二等三等貴族連中は公開処刑でも生温い。」
「あたしも絶えずそう思とる。ルイがええ言うたら即刻首狩りに行くつもりや。」
「他の男も大概同じだ。ローズさんが村に入って来た経緯やルイちゃんの出生状況が特異だとは言え、この世に生きていることには変わりない。その生きる
姿勢は称賛こそされても非難されるものではない。苛めがあるのを知りながら黙認し、今になってルイちゃんに擦り寄ろうなどおこがましいにも程がある。
子どもがルイちゃんの苛めに加担した俺の部下の兵士は監督責任の不手際を理由に別の村に配置転換したが、他の村の男は、クリス。」
「分かっとるよ、父ちゃん。あたしが徹底的に排除する。あんたらにルイに寄り付く資格あらへん、顔洗って出直して来い、ってな。」
「それでこそ俺の娘だ。」

 クリスとその父は、口元に同じ思いから来る笑みを浮かべて拳を軽く突き合わせ、家路を急ぐ・・・。

「てことは、クリスは村の男の人がルイさんに接近しようとするのを見張ってて、接近しようとしたら実力行使も辞さないつもりってこと?」
「そういうこと。苛められとるルイを助けもせえへんかったのに今になってルイに寄り付こうなんざ、話が甘過ぎるわ。もしルイと付き合いたけりゃ、一対一で
あたしを倒すくらいの力付けて来るんが最低条件やな。もっともあたしかて、此処に来るまで昼夜問わず襲って来た重装備の兵士を倒して来たんや。
少なくとも腕の1本は折られるくらいの気構えは持っといた方がええやろな。」
「それじゃ殺されちゃうって・・・。」

 不敵な笑みを浮かべてウインクするクリスに対し、アレンは苦笑いする。
クリスの武術家としての免状以上の力は、アレンも夕食の席などで聞いている。ホテル内の道場での勝ち抜き戦で15連勝を飾り、師範の免状を持つ相手をも
簡単に倒してしまうなど、見た目細身で普通の女性と変わらないその身体が生み出す破壊力は尋常ではないことは勿論、警備の兵士に扮装した刺客が
ルイを襲撃して来た際も、クリスは単独且つ丸腰で敵の集団と対峙し、分厚い鎧をへこませて相手の顎や頭蓋などを粉砕したことは、アレンが実際に目の
当たりにしている。こんな手強い見張り役が目を光らせていては、村の男性がルイに近づくことはそれこそクリスに命を献上する羽目になってしまう。

「でも、俺がルイさんと一緒に行動することにはクリスは何も言わないね。」
「そりゃあアレン君は村の男と違うし、ルイが自分からあんだけ熱烈な求愛の意思表示しとる相手や。あたしの出る幕やあらへんよ。」

 アレンがルイと一緒に行動することは、クリスは邪魔するどころかむしろ推奨していることが改めて分かる。ルイに纏わる村の逸話にルイが執拗に命を
狙われる背景があるのでは、と推測したアレンだったが、それは残念ながら空振りに終わったようだ。
 イアソンが言っていたように、様々な方面から情報を収集して徐々に詰めていくことは情報戦の基礎であり重要なものだが、情報戦に不慣れなアレンには
なかなか適切な手段が思いつかない。アレン自身も場当たり的な質問をしてしまっている感は否めない。村での逸話には手応えがなかったが、ルイの右手
人差し指に燦然と輝くあの指輪に謎の核心が秘められている可能性は高まった。これだけでも大きな収穫だ。

「他に聞きたいことがあるんやったら、今でなくても構わへんであたしに言うてや。ルイを安全にするためなんやから出来る限り協力するで。」
「うん。頼むよ。」

 アレンとクリスは席を立ち、やや足早に部屋に戻る・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

58)私らや:「私達では」と同じ。方言の1つ。

59)西地区の祭祀部より・・・:ルイが前に言っていたように、各町村の中央教会はその町村の教会の最高責任機関だから、各地区教会からの要請を受けて
通達を受けた所属の聖職者が直接出向くことも珍しくない。文中の事例では、ルイの力量が買われて通達が出たものだ。


60)幹部職の居室は・・・:これは「教書」における天使が神の玉座に座する位置と関係がある。神の玉座の左側に座するのは側近の天使という位置付けなので
幹部職(総長、副総長、各部の部長)が居室を構える。右側は配下の天使という位置付けなので準幹部職(各部の次長、常任委員)が居室を構える。それ
以外の役職は聖堂の入口脇に3、4人が共同で住み込むか、勤務の際に使用する。非正規の聖職者には性質上、居室は配分されない。


61)教会人事服務規則で・・・:聖職者は心身の鍛錬の一環として、歩くことを推奨されている。治安の関係で夜はドルゴを使用しても良いし、護衛を同行
させても良いことになっている。


62)教育部長:教育部の最大の職務はその名のとおり、聖職者の教育である。武術道場を管轄しているのは、心身の鍛錬が教育ということがその由来。

63)礼服以上の服:ランディブルド王国の聖職者の服は、教会での普段着、礼服、儀装、正装がある。各町村における通常の職務では礼服を着用する。

64)用意してあんで:「用意してあるから」と同じ。方言の1つ。

65)教壇:サイズや形状などは一般の教壇や演壇と変わらない。ある程度裕福な家庭では、教会専用に教壇を設けている場合が多い。

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