Saint Guardians

Scene 7 Act 2-3 検証-Verification- 教義と法に隠された謎−後編−

written by Moonstone

「まず、教会の人事制度をおさらいしますね。」

 ルイは、これまで断続的に説明した教会の人事制度の概要を説明する。
教会の人事は基本的に各町村にある教会の裁量に委任されていること。各町村での異動や内部昇格は、各町村の全教会の総長・副総長と総務部長を
交えた会合で決定されること。国の中央教会は全国の教会人事を掌握していて、あまりに待遇が不相応と判断されるなど特別な場合に限って、直接
乗り込んで来ること。
 話の発端は、ルイの経歴を把握しているらしい教会の人事制度をアレンが尋ねたことにある。
現時点では、ルイの命を狙っているのはリルバン家当主フォンの実弟ホークとほぼ断定しているが、ホークがルイを執拗に狙う背景がまだ把握出来ていない。
ランディブルド王国における正規の聖職者の地位や知名度は役人と同等以上だというから、ホーク或いはその背後に居る可能性が極めて高いザギやその
配下がルイの存在を知った経緯を探ることでその謎に近付ける可能性がある、と考えたからだ。
 そこでアレンが目をつけたのは、教会の人事制度。ルイは今や引く手数多の聖職者で、故郷のヘブル村では中央教会の祭祀部長という要職に就任して
いる、と前にクリスから聞いている。教会の人事制度を知ることでホークが介入する余地があるか探ろう、と考えたのだ。

「−このようなところです。」
「町村の中でなら、昇格や異動は教会人事監査委員会の承認を得なくても良いんだね。」
「はい。補足しますと、国の中央教会は全国の教会と聖職者の代表的存在ですから、基本的に各町村の内部人事に関しては不干渉の立場なんです。」
「ルイさんには彼方此方の町村から異動要請が来てる、って前にクリスから聞いたんだけど、各町村の教会は他の各町村の教会の人事をどうやって知るの?」
「全ての教会には総務部という部署があります。そこが他の町村の教会の総務部、若しくは全国の教会の人事を掌握している国の中央教会に、要請対象の
聖職者の現況を照会するんです。そういうこともあって、異動要請の申請推薦者には大抵その教会の総務部長が挙がります。」
「照会の場合、何か手続きとかは必要なの?この国の戸籍は本人かパーソンカードを持っている人しか閲覧出来ない、って前に聞いたんだけど。」
「戸籍に関してはアレンさんの言ったとおりです。聖職者に関しては各教会が独自に履歴を伴う名簿を作成していますので、それを照会するんです。」
「ということは教会関係者、特に総務部はルイさんの経歴をある意味自由に知ることが出来ることになるね・・・。」

 教会が国家運営に大きな影響力をもつ一方で、教会人事監査委員会という組織の厳しい監査を受けているという相互監視のシステムが形成されているが、
教会が聖職者に限って、全国民に適用されている管理が厳重な戸籍とは別に独自の名簿を作成していて、各町村の教会の総務部がそれを照会出来ると
いう。となると、ホークは教会の総務部に圧力をかけたり裏で取引をするなどしてその名簿を入手し、ルイの所在を知って抹殺しようと企てているとも
考えられる。

「教会の名簿は、一等貴族とかが見られるの?一等貴族の当主は教会人事監査委員会の委員になるって言うし。」
「いえ。教会人事監査委員会でも、所定の手続きを経ないと教会の名簿は閲覧出来ません。一等貴族でも当主以外の親族は閲覧出来ません。教会人事
監査委員会に所属する当主と違って、教会の人事に関係する条件や権利がないからです。」
「そう・・・。」

 少なくとも表面上は、ホークが教会の人事部に手を回してルイの所在を知る可能性はないと言える。だが、ホークの背後には策略や謀略といったことに
関しては嫌味なほど優れているザギ本人、若しくはその配下の者が居る可能性が極めて高い。
ホークは直接ではなく、背後に控えている黒幕に依頼するなりしてランディブルド王国全域に密偵を送り込み、ルイの所在を把握したとも考えられる。
 ルイはオーディションの予選が終わって出発する前から度々襲撃されている、と言っていた。オーディションの予選以前に何かしらの兆候があったのでは
ないか、とアレンは思う。

「話が変わるけど、ルイさんはオーディションの予選が終わって出発する前から襲撃されて来たんだよね?」
「はい。」
「オーディションの予選の前とか終了直後とかに、何か心当たりはない?例えば、見たことがない人物が教会を訪ねて来た、とか。」

 アレンの問いに、ルイはやや俯き加減で考え込む。
心労を蓄積させる大きな要因に関して追及することは、場合によってはルイの古傷を抉ることになってしまうから、アレンとしても気が進まない。だが、
ルイが狙われる禍根を断つためにはルイが狙われる背後関係を把握する必要がある。ここは当事者であるルイに頼る他ない。

「・・・思い出してみても、心当たりはありません。」
「そう・・・。じゃあ、外で動いている仲間の情報を待つしかないか。」
「すみません。何も力になれなくて・・・。」
「ルイさんが謝る必要はないよ。ルイさんは事件の被害者なんだから。」

 表情が沈んだルイを、アレンは慰める。
リーナも言っていたが、今でこそホテルという外部と隔絶された世界に居るが、オーディション本選が終了したら現在の庇護は消滅する。絶対安全の筈の
ホテルでも2度、しかも明らかにルイを狙った刺客が送り込まれて来たのだ。このまま「解放」されれば、四六時中凶刃を輝かせる何者かの影に付き纏われ、
それに怯えながら生活することになってしまう。いかにルイと言えどもそんな生活に耐えられる筈がない。何とかしてドルフィンとシーナ、そして単身「敵地」に
潜入したイアソンが情報を掴んでくれることを、アレンは願わずには居られない・・・。
 10ジムになり、珍しく儲かったためホクホク顔のフィリアとクリスを加えて、出来上がった昼食を食べていた時、アレンの耳に声が流れ込んで来る。

『アレン君、聞こえる?』
「あ、シーナさんだ。どうしたんだろう?」

 アレンはオーギャを絡めたフォークを皿に置き、送信機である赤いイヤリングを外して口元に持って行く。

「はい、シーナさん。聞こえますよ。どうしたんですか?」
『さっきイアソン君から通信が入ってね。アレン君に伝えてくれ、って。』
「イアソンから?」
『ええ。問題の女の子も勿論護衛を連れてるよね?』
「あ、はい。」
『その護衛の娘(こ)からも話を聞いてみてくれ、って。その護衛の娘が問題の女の子と仲が良いなら、女の子とは別の角度の視点で物事を見てるだろうし、
その娘が護衛になった経緯とかに、女の子が狙われる背景が含まれている可能性もあるから、ですって。』

 イアソンの指示は、別の角度から情報を入手する戦略の一環だ。
戸籍や教義、法制度といったルイ本人に関わるもの以外に、普段の生活でルイの周囲に何か起こっていた可能性もあるし、それはルイにとって珍しくないこと
でも「外部」の視点からすると異変と映っている可能性もある。
 クリスがルイの護衛になったのは、ルイにオーディション予選参加を強く勧めたのもあるし、幼い頃からルイを護って来た親友として当然だという思いがある。
しかも、クリスとルイは幼馴染。ルイがアレンに知られたくないことを知っている可能性もあるし、それはクリスから直接聞き出す方が良い。今尚心に生々しく
痛々しい痕跡を残すルイの過去を別の角度から見聞きしているクリスは、もう1つの貴重な情報源だ。

「分かりました。聞いてみます。」
『あともう1つ。その護衛の娘に聞く際は一対一の方が良い、って。問題の女の子は凄く辛い過去を背負ってるのよね?』
「・・・はい。」
『女の子としてはアレン君には知られたくない、と思って隠していることが重要な手がかりになる可能性があるし、それを女の子本人に尋ねても話し難い
だろうから、護衛の娘から間接的に聞き出す方が良い。日常生活とか些細なことでも良いから聞けるだけ聞いておいてくれ、ってイアソン君が言ってたわ。』
「分かりました。」
『イアソン君の調査結果と、私とドルフィンの調査結果は夜に伝えるわ。それまではお願いね。』
「はい。」

 通信を終えたアレンは、イヤリングを元に戻して食事を再開する。
思い返してみると、ルイの苛烈極まりない過去を話したのはルイ本人ではなくてクリスだった。ルイはアレンに熱烈な求愛の意思表示をしている。その相手に
知られたくなくて隠していることがあると考えるのが自然だ。
求愛の対象だからといって何もかも話せるわけではない。むしろ、求愛の対象だからこそ知られたくない、話したくないこともあるだろう。となれば、
情報収集の対象をルイ本人から幼い頃から親友としてルイを護って来たクリスに切り替え、そこから聞き出す方がルイの負担にもならない。
 問題は、どうやってクリスと一対一になるか、だ。
ルイとは共に朝昼晩の3食を作るため、台所というやや隔離された場所で一緒に過ごす時間が多い。実際、ルイから色々な話を聞けた。リーナが部屋を出る
際には必ずフィリアとクリスを伴う。それ以外ではクリスは同じ部屋に居て酒を飲んでいる。自分からクリスと一対一で話がしたい、とこの場で切り出すわけには
いかない。ルイが不安に思うだろうし、フィリアも面白くないだろう。こういう場面に不慣れなアレンは食べながら色々思案するが、良い方法は思いつかない。

「アレン。シーナさんから何を聞いたの?」

 それまで無関心そのものの様子で、淡々と食を進めていたリーナが尋ねる。
思いがけない形で、この部屋に居る人間の中で大きな権限を持つリーナから話が切り出された。フィリアは半ば無理矢理護衛となったため、リーナの指示や
命令には絶対服従の立場にある。ルイは謙虚な性格もあってリーナに従順だし、クリスは従うという意識以前にこの生活を満喫している。ここはリーナの力を
利用して、クリスと一対一で話せる機会を作るべきだ、とアレンは思う。

「情報収集の一環として、クリスからも話を聞いておいてくれ、ってイアソンからの伝言があったんだ。」
「ふーん・・・。」

 リーナは素っ気無い返事に続いて、フォークで切り分けたリュリンの照り焼きを口に入れ、十分咀嚼してから飲み込む。

「じゃあ、一対一の方が良いわね。アレン。片付けはフィリアにさせるから、あんたはクリスと外に出て話して来なさい。」
「な、何であたしが後片付けしなきゃならないわけ?!」
[文句あんの?」

 リーナの淡々とした、しかし猛烈な威圧感の篭った言葉で、フィリアは完全に沈黙する。
フィリアは圧倒的に不利な立場だ。その上護衛対象であるリーナは、何時爆発するかも知れぬ激しい気性の持ち主だ。リーナの命令に逆らうことは
殺されるか摘み出されるかの選択に直結する危険性が十分あると肌身で感じているフィリアは、素直に従う他ない。

「ルイ。アレンがクリスと一対一になるのは不安だろうけど、アレンに二股かける甲斐性なんてないし、クリスは背が高くて筋骨隆々の男を倒して下僕に
するのが夢だから、どう見たってその対象外のアレンに接近することは万に一つもないから安心しなさい。」

 リーナの言葉はアレンにとってはかなり刺々しいが、ルイの不安を解消するだけの説得力はある。
実際アレンもクリスを異性としてではなく1人の人間として見ているし、クリスもアレンを特別視していないし、アレンに対するルイの気持ちは十分知って
いるからどう転んでもルイにアレンを巡る争奪戦の宣戦布告をすることはあり得ない。

「それからもう1つ。アレンはあんたが命を狙われている背後関係を掴んで、それを消去するために外の仲間と情報交換してるんだから、アレンの行動を
深読みしないことね。アレンがクリスと話すのは、あんたがアレンに言いたくないことをクリスから間接的に聞き出すため。そうでしょ?アレン。」
「う、うん。」
「そういうことだからルイ。あんたは食事が終わったらこの部屋で寛いでなさい。」
「分かりました。」

 ルイは納得するが、フィリアはかなり危機感と焦燥感を募らせている。
リーナが言ったことはアレンの心がルイに向いていることを仄めかすものであり、クリスと話をすることでその心が揺らぐことはない、と保障するものでもある。
ルイがアレンに好感以上の感情を向けていることは、今更問い質したりするまでもない。分かっていないとすれば当のアレン本人くらいのものだ。
 更にアレンがクリスを通すことでルイの心の古傷を抉るようなことを避けるつもりだということは、アレンがそれだけルイを気遣っているということでもある。
アレンの人の良さはフィリアも良く知るところだが、今それはルイに対する好意と同一化しているのはほぼ間違いない。アレンを食い止めたりルイに釘を
刺したりしたいのは山々だが、リーナに絶対服従という現状がそれを許さない。アレンとルイが同じ時間を過ごす必要がなくなる時、すなわちオーディション
本選終了を指を咥えて待つしかないのが、フィリアにとっては何とももどかしい・・・。
 食事を終えたアレンは、同じく食事を済ませたクリスと共に部屋を出て、初めてルイの生い立ちを聞かされた時と同じラウンジに赴いた。喫茶店などでも
良いのだが、店員が耳を澄まして聞いているとも限らないから、人気のないラウンジが最も適切だ。
穏やかな陽だまりに包まれる心地良い座り心地のソファに向かい合って腰を下ろし、ひと呼吸置いてからクリスが話を切り出す。

「リーナも言うとったけど、ルイはアレン君に知られたくないて思とることがあるやろうで、あたしから話聞いた方がええやろな。」

 朝っぱらから酒を飲んでいたにも関わらず、クリスの口調は落ち着いている。

「せやけどアレン君。これだけは頼むわ。ルイが今までアレン君に話さへんだことをあたしから聞いても、ルイを嫌わんといて。」
「分かってる。ルイさんは今まで色々苦労して来たんだから、誰にも言いたくないことがあっても不思議じゃないよ。」
「それ聞いて安心したわ。あたしと話したせいでアレン君がルイを避けるようになったら、ルイに申し訳立たへんでな。・・・で、何から聞きたい?」
「そうだね・・・。教会の人事制度に関することから聞こうかな。」

 アレンは言う。

「今日の昼食を作ってる時に、ルイさんからこの国の教会の人事制度を聞いたんだ。ルイさんが大人でも2/3は1年で根を上げてしまう程厳しい正規の
聖職者として働いて来て、今では彼方此方の教会から異動要請を受けたり、地位も名声も高い祭祀部長に就任するまでになった、てことは前にクリスからも
聞いたけど、教会の人事を当事者のルイさんが知ってるのは兎も角、どうしてクリスも知ってるの?」
「この国の正規の聖職者は、下手な役人よりずっとか格上や。それに教会人事監査委員会っちゅう、国の組織の監査受けるほど厳密やで、各町村の教会の
人事異動や聖職者に対する異動要請とかは、各地区の教会にある掲示板に張り出されるんよ。それを見るんに制限あらへんで、誰でも分かるっちゅう
仕組みや。」
「じゃあ、クリス以外の村の人も、ルイさんの人事異動やルイさんへの異動要請とかの内容は知ってるんだ。」
「そう。前にも話したやろうけど、ルイが聖職者の修行始めたんは5歳からやった。最初の頃はあんなガキに何が出来るか、って陰口叩く奴もようけ居ったけど、
ルイが称号上げてってたり異動要請が来るようになったりしていくうちに、そないなこと言う奴はどんどん減ってったわ。今じゃルイ宛の異動要請が掲示板に
張り出されると、特に男連中や未婚の息子持つ二等三等貴族連中なんかが、ルイが異動要請受けて村出てかへんかって滅茶不安がるくらいや。」
「女性の聖職者は人気が高いんだよね。」
「そう。俄か聖職者でも人気高いんや。ましてやルイは14歳で司教補昇格、村の中央教会祭祀部長に就任した、有能な聖職者や。しかもルイは15歳やから
当然やけど未婚、その上フリーや。男連中とかが目ぇ付けへんわけあらへん。結婚した聖職者には原則として異動要請は出来へん。どうしてもっちゅう場合は
特任職45)になるで数年で戻って来るし、異動先によっては対象者の相手の職とか収入とかを確保してから受け入れる、っちゅうことになっとるでな。ルイを
捕まえたら、場合によっては村よりもっとでかい土地とか、ええ立地条件の店とか持てる可能性もある。」

 ルイとの結婚を希望する男性などが、必ずしも純粋にルイと結婚したいと思っているわけではないことが分かる。クリスの説明の後半部分は政略結婚
そのものだ。ルイという、村でその名を知らぬ者は居ないと言える聖職者と結婚すれば当然箔が付くし、辺境の村から脱出してより良い条件を得られる
可能性さえある。商売の隆盛などで認定・昇格が決まる二等三等貴族やそれを狙う大商人などは、ルイと息子を結婚させたくもなるだろう。

「・・・各町村の教会での人事異動は、原則自由なんだよね?」

 このオーディション本選と同じく、金と欲が底流で蠢く思惑に嫌なものを感じながら、アレンは尋ねる。

「そう。各町村の教会の総長・副総長、あと総務部長全員で決定するんや。勿論、その結果は国の中央教会に届け出やな駄目や。他の町村の教会は総務部
使って、国の中央教会に異動要請したい聖職者の現況を照会するんや。まあ、普段から総務部は各町村の聖職者の人事とかを調べとるけどな。」
「ルイさんの現職とかは、常に教会関係者は把握してるってことか。」
「総長とかは、ルイの待遇不相応っちゅう抗議を避けようと必死んなっとる。待遇不相応って国の中央教会が判断したら、直接乗り込んで引き抜いてまう。
各町村の教会の人事異動は自由やけど、待遇不相応とかになると国の中央教会が是正しに来るんや。それには絶対従わんとあかへん。ルイは今まで大体
2年毎に称号上げて来とる。このままのペースやと、来年くらいに司教46)に昇格する。それでも祭祀部長のままやったら彼方此方の教会から抗議が来る
やろうで、総長とかはどないしてルイを引き止めようかって思とるやろな。特にこの町の6つの地区教会の何処かが、毎回47)ルイ獲得に名乗り上げとるし。」

 イアソンからの情報にもあったが、アレン達が居るフィルには国の中央教会の他、東西南北と港湾、首都の6地区に教会があり、そこから王国議会議員が
輩出される。そのため、フィルの6つの地区教会は国の中央教会に次ぐ権威を持つ。そこからの異動要請となれば当然厚遇を準備している筈だし、ルイの
称号昇格と役職留任を知れば、抗議の声を強めるのは容易に予想出来る。そんな有能な聖職者を教会関係者が抹殺に乗り出すとは考え難い。やはり、警備班
班長だったリルバン家当主フォンの実弟ホークが怪しいと見るべきだろう。
 此処で気になるのは、この町の地区教会がルイ獲得に名乗りを上げていることだ。
地区は違えど6つの地区教会は国の中央教会と同じ町にある。そしてこの町には10ある一等貴族が居を構えている。一等貴族でも当主以外は教会の名簿を
閲覧出来ない、とルイは言っていたが、シーナから伝え聞いたイアソンからの情報では、ホークは一等貴族当主の実弟ということを笠に着て威張っているため
使用人や小作人に嫌われているという。となると、ホークは一等貴族当主の実弟という看板を武器に6つの地区教会の総務部に圧力をかけて教会の名簿を
入手してルイの存在を知り、異動要請という形でこの町にルイを呼び寄せ、隙を見て抹殺しようと企んでいた、とも考えられる。

「一等貴族とかが、教会の人事に介入することは出来る?」
「否、それは出来へん。各町村の教会の内部昇格や異動は教会の総長とかが決めることやで、二等三等貴族とかは勿論やけど誰も口出し出来へんねん。
教会には自決権っちゅうて、自分達のことは自分達で決めるっちゅう権利が確立されとるでな。それに、他の町村が別の町村の聖職者に異動要請する時は
教会人事監査委員会の承認が必要やけど、その委員になる一等貴族の当主とかも承認の可否は決定出来ても、誰かを異動させろとか教会に言うのは
禁止や。もしそないなこと言うて来たら、司法委員会に即刻訴えることになっとる。そないな場合は教会の自決権干渉っちゅうことで、厳重に処罰
されてまう。」
「仲間から、教会人事監査委員会は成り上がり者が多い二等三等貴族が金とかで自分の子どもを教会の要職に就けさせたりしないかとかを監視する権限が
ある、って聞いてるけど、クリスの説明だとその機能が果たせないんじゃないか?」
「アレン君は外の仲間から聞いとるかもしれへんけど、教会人事監査委員会は一等貴族の当主全員と国の役人で構成される。つまり教会とは一線
画しとるんや。教会には自決権があるのは間違いあらへんけど、教会人事監査委員会はその自決権と同等の格付けがされとる。せやから、教会の人事は
きっちり監査されとる。それに、さっき言うたことと重複するけど、教会の内部昇格とかは教会の総長とか上の方が決める。総長とかになれるんは、相当の
称号持っとる聖職者や。聖職者の称号は魔術師と違って、魔法の使用回数重ねて魔力上げたら上がるっちゅう簡単なもんやあらへん。品位とか道徳心とか、
そういうもんも必要や。金とか圧力とかに屈した時点で、そいつは聖職者失格や。仮に発覚したら、称号と賢者の石剥奪は勿論、一生牢獄で過ごさんならん。
勿論相手もな。」

 クリスの説明は詳細であると同時に生々しい。聖職者の地位や権威の高さは、外部からの干渉に屈せず、外部の監査も通過するだけの自主性や自律性を
基盤に構成されたものだ。
確かに、教会はルイの昇格や異動に関して抗議の声を上げているが、二等三等貴族など部外者からそのような声は上がっていないらしい。上げたとしても
教会は黙殺するし、介入して来たら司法委員会による厳しい裁きを突きつけて退けるくらいのことは義務の1つと言えるレベルのようだ。

「クリスの話を聞いた限りでは、今のところ最も怪しいと踏んでるリルバン家当主フォン氏の実弟ホーク氏が、教会を操ったりしてる可能性は低いね・・・。」

 アレンはうんと考え込む。やがてその頭に、小さな疑問が浮かんで来る。

「ルイさんは『村で嫁さんにしたい女No.1』とか言われてて、二等三等貴族とかが目をつけてるって言ってたけど、クリスから見てその辺の事情はどう?」
「ようあんだけ48)勝手なこと言えるもんやと思うわ。ルイが小さい頃はゾンビの子とか死人の子とか言うて散々苛めとったのに、ルイが聖職者として有名に
なって、美人になったらころっと態度変えよった。ルイを捕まえたがっとる男共の中にも、ルイが小さい頃苛めとった奴が居る。ルイがああいう性格で
聖職者やからそいつらの命があるんや。あたしやったら、迷わず頭と手足引き千切って粉々にして、ゴミ箱に叩き込んだるところやわ。」

 勢いのある短い溜息を吐いたクリスの表情は険しい。やはり、出生状況や民族の違いなどを理由に親友を苛めた者達を許せないのだろう。最後の物騒な
言葉がそれを端的に証明している。逆に、ルイが正規の聖職者で、若くして祭祀部長という要職に就いたことやあの美貌が、苛めていた者達の態度を反転
させた、とも言える。
 このオーディションは、モデルや女優、貴族子息との結婚など華やかな人生への登竜門という位置づけだと言う。ルイは予選突破の賞金を貰ったその足で
中央教会付属の慈善施設に全額寄付したというし、ルイ自身、オーディション本選に出場することで村から出て、これまでの人生を見直し、これからの人生を
考えるきっかけになればそれで良い、と言っていた。村の教会関係者や男達にとって、ルイがオーディション本選に出場したことはどう映っているのかが
気になる。

「ルイさんがこのオーディションに出場することになったことを、村の人達はどう思ってる?」
「ヘブル村とは比較にならん規模のこの町に来ることで、何処かの男に捕まらへんかとか余計な心配しとる奴も居るけど、ルイは国の中央教会からの異動
要請も断って、今でも掲示板で束にせんと張り出せへんほどようけ来る異動要請を全部断っとるんや。ルイが本選で入賞するかどうかは兎も角、終わったら
戻って来ると思とるわ。ルイを本当に村から出しとうなかったら、予選でルイがあんだけ票取れる筈あらへん。」
「・・・。」
「総長とかも、将来的にはルイに村の中央教会の総長に就任してもらおう思とるし、知名度とか人望とかの面でも遜色あらへんしな。年齢的にも十分やし。」

 クリスはそこで話すのを止めて、神妙な面持ちで小さい溜息を吐く。

「でもな・・・。あたしとしては、ルイがこのオーディションきっかけに村を出た方がええと思とる。」
「どうして?ルイさんが村を出たら、クリスとも離れてしまうじゃないか。」
「あの娘は今までの人生を全部、自分を散々苛めた奴含めた村の人のため、そしてお母ちゃんのために注いで来た。もうそれで十分や。ルイはもう自分のこと
考えてええんよ。そりゃ、あたしかてルイと離れるんは寂しいけど、あたしにルイの人生束縛する権利なんてあらへん。ルイには今まで苦労してきた分だけ、
今まで流して来た汗と涙の分だけ、否、それ以上に幸せになって欲しいんよ。」

 悲壮感さえ感じさせるクリスは、心持ち潤んだ瞳でアレンを見据える。

「ルイがアレン君に示しとる態度は本気や。あの娘は冗談であんなことする娘やない。今まで聖職者一筋で生きて来て、色恋話に少しも興味示さへんかった
あの娘があんなに真剣に想とるんや。アレン君がこの先何処行くんかは知らへんけど、ルイを連れてくつもりがあるんやったら、連れてったって。あたしは
絶対文句言わへんし、村の人間が文句言うてもあたしが黙らせる。ルイには・・・これからの人生存分に満喫して欲しいんよ。今までの分以上にな。」

 今まで吐くほど辛酸を舐めさせられながらも懸命に生き抜いて来たルイの幸せを願うクリスの純粋な気持ちに、アレンの心は大きく揺さぶられる。
普段は破天荒そのままの食べっぷりや飲みっぷり、そして遊びに精を出すと何も考えていないように見えて、実は誰よりもルイの未来を案じているクリス。
友人としてここまで真剣に相手のことを思える人間は、なかなか居ないものだ。

「・・・今は・・・まだ何とも言えない。」
「・・・。」
「だけど・・・、ルイさんの気持ちは凄く嬉しい。その気持ちを足蹴にするようなことはしたくない。それだけは・・・分かって欲しい。」
「分かった・・・。」

 アレンの微妙な立場と心境を察したクリスは、それ以上詰め寄ることはない。
傍目で見ていても、アレンとルイは2人の時間を楽しんでいる。それに、ルイを長く護り、見守って来たクリスは、ルイが冗談や笑い話のネタを作るために、
あんな熱烈な求愛の意思表示をするとは思えない。
アレンは偶々この町に来て、偶々ルイと出逢った。ルイと接している時間はまだ短いから、いきなり結論を求めるのは酷と言うものだ。

「話は変わるけど、ルイさんはオーディションの予選が終わって出発する頃から狙われてるんだよね。」
「そのとおりや。」
「予選の前後で、ルイさんの周辺とか村とかで、何か変わったことはなかった?」
「うーん・・・。」
「ちょっとしたことでも良いから、気になることがあったら教えて。」
「あたしのお母ちゃんからちょこっと聞いたことやで、本当かどうかは保障出来へんけど・・・。」

 下唇の下に人差し指を当てて、難しい表情で考え込んでいたクリスは、表情はそのままで視線だけアレンに戻す。

「村の役場に、教会人事監査委員会からの委任状持ったおっちゃんが数名来たらしいわ。」
「それって何時頃の話?」
「えっとな・・・。うーん・・・。あれは確か・・・。リルバン家の当主にフォンさんが就任して間もない頃やったと思う。」
「その人達は何をしに来たのか知ってる?」
「御免。そこまでは分からん。あたしのお母ちゃんもそういう話があった、っちゅう程度しか聞いとらへんでな・・・。」
「そうか・・・。」

 アレンは溜息を吐く。幾ら何でも何年も前のことを、しかも母親から少し聞いただけのことを正確に思い出せ、というのは無理な話だ。しかし、教会人事
監査委員会からの委任状を持っていたということ、そしてその人物が訪ねて来た時期が、リルバン家現当主フォンの就任時期に近いということは、
リルバン家の当主交代の時期に何らかの動きがあった可能性がある。
イアソンの指示で一等貴族に関する法体系を調べているというドルフィンとシーナ、そしてリルバン家に潜入したイアソンの情報と照合することで、一連の
事件の解決に結びつく糸口が掴めるかもしれない。可能性があるなら出来る限りそれを試したり追究したりすることが、こういう謎に包まれた局面の打開には
不可欠だ。
 外で動くドルフィンとシーナ、そしてイアソンの調査や情報収集の結果を待つしかないことが、アレンにはもどかしくてならない。だが、焦っていても事態が
解決に進むわけではない。待つべき時は待つのも大切なことだ。クリスの篤い友情に応えるためにも、ルイの真剣な気持ちに応えるためにも、アレンは出来る
限りのことをしようと思う・・・。
 その日の夜。
5人揃って夕食を食べ終わり、ルイと共に後片付けをしていたアレンの耳に、シーナの声が流れ込んで来る。

『アレン君、聞こえる?』

 アレンは洗いかけの食器を置いて、泡と水が付いた手をタオルで拭ってから赤いイヤリングを外して口元に近づける。

「はい、聞こえますよ。シーナさん。」
『先にイアソン君に一等貴族に関する法体系と、今日開かれた王国議会の内容を伝えたんだけど、イアソン君から「夜中まで待っていてください」って
言われたのよ。私を介してだと正確に伝わらない可能性があるから、私が着けている通信機の魔法を変えて、イアソン君と直接通信出来るようにしておくわ。
だからアレン君は、イアソン君から通信が入るまで起きていて。』
「分かりました。イアソンの方で何かあったんですか?」
『イアソンらしくなく、焦ってるのか急いでるのか分からない口調で直ぐ通信が切れたから分からないけど、何か重要なことが判明したんじゃないかしら。』
「そうでうか・・・。じゃあ俺は、イアソンからの連絡を待ちます。」
『お願いね。』

 アレンはシーナとの通信を終えてイヤリングを耳に戻し、食器洗いを再開する。
動かなかった黒い雲が一挙に動き始めそうな予感をアレンは感じる。そこには、一刻も早い事件の解決を願う気持ちもあるようだ・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

45)特任職:任期付き役職の総称。Scene6 Act2-3でルイが言及した「期限付き」の異動要請対象者の他、役職者の急死など緊急時に適用される。

46)司教:聖職者の下から7番目の称号。ルイの現在の称号である司教補の1つ上。

47)毎回:異動要請は毎月ではなく、隔月で行われる。ちなみに異動要請は何度でも出来るし、連続でも構わない。

48)あんだけ:「あんなに」と同じ。方言の一つ。

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