Saint Guardians

Scene 6 Act 3-4 強敵U-RivalU- 背中合わせの華やかさと黒い影

written by Moonstone

『まず、リーナが本選出場者になっているこの国のシルバーローズ・オーディションと貴族の関係から話す。』

 早速本題を提示したイアソンは一呼吸置く。

『シルバーローズ・オーディション−長いから以降はオーディションと言うが、それはこの国の一等貴族が持ち回りで主催している国家的行事だ。
俺はこの国に2回ほど来たことがあるんだが、貴族の階級が一等から三等まであることと、貴族が小作人に多額の小作料を納めさせている、という社会構図を
把握していた。これはカルーダ王国を出る前にアレン達にも話したとおりだ。しかし、この貴族制度というのが実はちょっと変わっていることが分かった。』
「どんなふうに?」
『二等と三等は働き手の病死なんかで利用者がなくなった耕作地を、商売で成り上がった商人なんかが購入したりして一定規模に達した段階で王国に
申請して、規模に応じて二等か三等になる。だから商売が順調に行ってれば三等から二等に昇格したりするが、商売が失敗して没落すると貴族じゃ
なくなったりする。つまり二等三等の貴族は永遠不変の役職じゃない。その点、一等貴族は特別だ。』
「特別?」
『ああ。一等貴族は建国以来国王一族を支えてこの国を発展させてきたという建国神話がある。調べてみたんだが、この国がある地域が最も神の教えを
曲解して世界を絶滅の瀬戸際に追い込むきっかけの一つを作ったことを憂慮した神が、1人の天使に10人の従教徒36)を付き添わせて派遣したことに始まる
らしい。キャミール教を国教としてその教えを基本にした法体系や、他のキャミール教国家じゃ見られない、中央教会を中心にした地区管理制を創り上げ、
国の形成と発展に大きな役割を果たしてきたのが、派遣した天使とそれに付き添った10人の従教徒だ。天使の末裔が国王一族、10人の従教徒の末裔が
一等貴族ってわけだ。その関係で、三等から二等への成り上がりはあっても一等になることは絶対になくて、逆に一等から二等、三等に格下げされることも
ない。勿論、一等貴族は全員敬虔なキャミール教徒だ。所有する小作地は勿論二等や三等よりずっと多いが全国に分散していて、役人を通して収穫量を
把握してその年の小作料を決めて、どの小作地からどれだけの小作料を得たかということを国王と議会に報告する義務がある。だから二等や三等は
小作人から小作料を搾取する場合が多いが、一等ではそういうことはない。小作料を着服したりしたら最悪の場合当主は資格を剥奪されるし、役人の場合は
処刑される、と国の法律で定められているそうだ。だから、一等貴族の小作人は事実上役人と同じで、生活もかなり安定しているらしい。』
「へえ・・・。」
『俺は大商人と癒着した国王や貴族連中が税金を取りたい放題取って行くレクス王国の社会体制を肌身で感じて、それに反対して王制打倒、主権在民を
掲げて活動している「赤い狼」に加入して幹部やってた関係もあって、貴族連中の支配する国はこんなもの、という既成概念があったようだ。だが、この国の
一等貴族に関して限って言えば、そんな抑圧するような体制じゃないようだ。俺もこのことを知ったときはちょっと驚いたよ。』

 アレンも父ジルムとリーナを救出するために「赤い狼」と共闘して、ザギに操られるがままの国王やその取り巻きの大商人の横暴勝手ぶりに触れた。しかし、
キャミール教が国教として国民に広く深く根付いている一方で大らかな雰囲気なのは、それなりの事情があることを知る。
 本職であるルイも、戒律や風習が、あれは駄目これは義務、と生活や礼儀作法を事細かに制約するものではなくて、信仰は自分の心の問題だと言って
いた。自分の国やこれまでの国や宗教がこうだったから他もそうだ、というのは思い込みだということを、アレンは改めて実感する。

「それでイアソン。一等貴族とオーディションの関係は?」
『最初にも触れたが、オーディションは一等貴族が持ち回りで担当している。今年の担当はリルバン家。一等貴族の中でも特別な家系だ。』
「どういう風に?」
『一等貴族の家系は10あるんだが、そのうち4つは、神がこの地に派遣した天使に信仰の証として授けたという伝説を持つ王冠を代々所有している。
リルバン家はその1つだ。で、そのリルバン家の現当主はフォン・ザクリュイレス・リルバン。ザクリュイレスっていうのは、リルバン家の当主を示す名前で、
ミドル・ネーム37)というそうだ。フォン当主が第1724代・・・って気が遠くなる数字だが、その当主は現在35歳。王国議会議員で−まあ、一等貴族の当主は
全員議員になるんだが、その他に今年のオーディション中央実行委員長、教会人事監査委員長を務めている。』
「オーディションの実行委員長は分かるけど、その教会何とか、っていう役職は何なの?」
『この国は、建国神話や現在の国家体制からも分かると思うけど、教会の影響力がもの凄く強い。このフィルっていう町には、ドルフィン殿が呪詛の解除を
施された王国の中央教会の他、東西南北と港湾、首都の6地区に教会があって、その代表者が王国議会議員になる。割合から言うと、一等貴族と国王に
任命される二等、三等貴族と教会代表者がほぼ1:1:2の関係にある。王国の中央教会の聖職者ともなれば、知名度や人望の面からも国の役人よりはるかに
格上だ。そんな影響力を持つ教会の暴走を押さえるため、一等貴族全員と国の役人で構成される教会人事監査委員会っていう組織がある。成り上がり者が
多い二等、三等貴族が金とかで子どもを教会の要職に就けさせようとしないか、教会がそんな圧力に屈したりしないかを監視したり、教会の人事を監査して
承認したりする権限を持っているかなり重要な組織だ。フォン当主は一昨年からその委員長に就任している。年齢的には若いがかなり有望らしい。』
「ふーん・・・。」

 リーナとルイが本選に出場するオーディションと貴族、特に一等貴族の間に密接な関係があることが分かった。だが、そのことが兵士に扮装した何者かに
クリスとルイが深夜襲撃されたり、この町に来るまでにも昼夜問わず襲撃される理由にはならない。
クリスの生い立ちは聞いていないが、ルイは村に流れ着いた母親が戸籍上死んだことになっていた、という不可解な事実を持っているものの、今では村の
誰もが認める聖職者として、彼方此方の教会から異動要請を受けているほどだ。となれば考えられる可能性は、クリスの親族が国の役人の裏側と関係を
持っているか、何者かがルイの抹殺を企てているか。
 クリスに関しては聞いていないから何も知らないが、ルイの母は不幸であると同時に謎めいた事実を持っている。ルイが聖職者で、聖職者の人事が国家的な
ものであること、そしてクリスが以前倒して締め上げた兵士が雇われた、と言ったことを踏まえると、一つの推測が出来る。
 ルイの父が高位の聖職者で、何らかの経緯でルイの母を疎み、抹殺しようとして、ルイの母は辛うじてそれを逃れたものの、ルイを身篭っていた。
教会の人事でルイの存在を知ったルイの父が真相の発覚や信用失墜を恐れて密かに傭兵を雇い、ルイがこのオーディションに出場したどさくさに紛れて
ルイの抹殺を企んでいる、というものだ。
何れにしても仮定の域を出ないし、情報量に関しては「外部」のイアソンの方が圧倒的に豊富だろうし、イアソンの情報収集力や洞察力は折り紙付きだから、
イアソンの判断を仰ぐのが賢明だ。しかもアレンには、もう一つ重要な用件が間近に控えている。

「イアソン。この先はまた後にしてくれないか?」
『どうかしたか?』
「いや・・・。夕食の準備があるんだ。」
『夕食の準備?そこはホテルだから、食事と居心地はこっちよりはるかに良い筈だし、そもそも客の一人であるアレンが食事の準備をする理由なんてないだろう。』
「それがあるんだよ・・・。」

 アレンはそう言って溜息を吐き、チラッと周囲を見る。フィリアは怪訝な表情をアレンに向けているし、クリスは目を輝かせてそわそわしている。リーナは
本を読んでいて、ルイはじっとアレンを見詰めている。時刻的にも相手の顔が見えない会話をしているという現状的にも、少なくともフィリアとクリスは
何をしているのか、と言いたげなのがアレンには分かる。

「シーナさんから聞いてないのか?俺が今、朝昼晩の三食を用意してるって。」
『否。シーナさんから聞いているのは、アレンが一目惚れした彼女を殺そうとした不届き者の背後関係を知りたくてうずうずしている、ということだけだ。』

 アレンは、シーナによって情報が捻じ曲げられていることを知る。心の中でシーナに恨み節を言った後、アレンはイアソンに、料理人の役割まで背負う
羽目になった経緯を説明する。

『−ふーん。なるほどね。まあ確かに、何処の誰が狙っているか分からない以上は自前で出来ることはした方が無難ではあるな。』

 どうやらイアソンはすんなり事情を飲み込んだらしい、とアレンは胸を撫で下ろす。

「というわけだから、また後で頼む。」
『分かった。一目惚れした彼女と一緒に料理作りたいだろうし。』
「イアソン、お前なぁ・・・。」

 シーナが意図的に捻じ曲げた情報の影響をイアソンも少なからず受けていることを、アレンは改めて思い知る。

『それじゃ、食事が済んでからアレンから連絡してくれ。その間、一目惚れした彼女から聞ける範囲で事情を聞いておいてくれるとありがたい。』
「だからそれは・・・」
『あと、一目惚れした彼女の風貌も教えてくれるとありがたい。ドルフィン殿とシーナさんも甚(いた)く知りたがっている、ということを付け加えておく。』
「その要望には応えられない。じゃ、また後で。」
『了解。俺は転寝でもしてる。』

 通信を終えたアレンは、耳たぶにイヤリングを戻す。

「アレン。どうしてイアソンが通信相手になってるわけ?」

 早速疑惑の矛先を向けてきたフィリアに−アレンが通信の最初に頬を赤らめたことが引っ掛かっているのもある−、アレンは溜息を吐いてから応える。

「シーナさんは今立て込み中なんだって。3年間の空白を埋めるためにね。」
「3年間の空白を埋めるために立て込み中?」
「シーナさんは昨夜、強力な精力剤と媚薬を作ったそうだよ。」

 疑問符を浮かべるフィリアにアレンが補足すると、フィリアは納得した様子で手をポンと叩き、クリスは興味深げに目を輝かせる。

「なーるほど。今宵は存分愛の営みと洒落込んでるってわけね?」
「そういうこと。」
「そう言えばアレン、言ってたわね。シーナさんが妊娠しないか、って。なるほど、なるほど。そういうことなのね・・・。」
「へえ。シーナさんってアレン君達と別行動取っとる、才色兼備を地で行く女性やろ?薬使ってまで婚約者と旅先でベッドイン、なんて、そっちの方もえらい
進んどるんやなぁ。ルイもそんくらい積極的にならな駄目やで?」
「ちょ、ちょっと、クリス!」
「どうしてそこでルイが出て来るのよ!」
「早く食事の準備してくれないかしら?」

 場が俄かに活気付いて来た−混乱して来た、と言うべきか−ところで、本に視線を落としたままのリーナが冷静な調子で重みの聞いた落し蓋をする。
リーナは昼過ぎにフィリアを伴って図書館で本を借り替えて来て以来、それを読み続けている。しんと静まり返った部屋に、リーナの冷静な声が響く。

「食事の準備は時間かかるんでしょ?それに、アレンもイアソンからの報告はその後に受ける方向で合意したんでしょ?だったらその方向で動いて頂戴。
他人の痴話喧嘩であたしの食事時間が不規則になるのは、真っ平御免だわ。」
「リーナ。あんた、えらいクールやなぁ。こういう話題で盛り上がれへんようやと、この先寂しい人生しかあらへんで?」
「あたしはお父さんの後継者になるために薬剤師の資格を取ることが目前の最大の目的。恋愛事はどうでも良いわ。・・・もう興味もないし。」

 本に視線を落としたままのリーナの声のトーンが若干だが、最後で下がる。
シーナが精力剤と媚薬を作ってまでドルフィンと「寝ている」という事実にリーナが全然堪えていない、と言うと嘘になる。薬剤師の勉強に没頭することで
未だに頭にこびり付いているドルフィンへの恋慕の情を削り落とそうと、リーナは葛藤しているのだ。表情や仕草にはそんな素振りを全く出さない分、声の
トーンに篭ったその翳(かげ)は、感じ取れる者にとっては深い。
 アレンは結果的とは言え厄介な事態を免れたことに安堵しつつ席を立つ。ルイがそれに続いて立ち上がる。リーナはここへ来てようやく顔を上げる。
その表情からは全く感情の凹凸や陰影を読み取れない。

「夕食のメニューは何?」
「えっと今回は、コウミィを使った煮込み料理をメインに考えてる。」
「骨や皮を選り分けるのは御免よ。」
「大丈夫。切り身を使うから。」
「なら良いわ。」
「アレン。刺身だけは勘弁してね?」
「きちんと加熱調理するよ。」
「美味い料理頼むで。ええ酒も手に入ったし。」

 クリスの前には、昼過ぎにアレンを伴って酒屋で入手した、フィルの町特産のワインの瓶が鎮座している。ちなみにその瓶はフルボトル38)
クリスは意気揚揚と戻って来てからワインの瓶を自分の傍から離さない。誰かに飲まれるといけないから、というのがクリスの挙げた理由だが、この中で
クリス以外に酒を飲めるのはフィリアのみ。しかもフィリアはカーム酒2、3杯で十分酔えるし、クリスと比べれば間違いなく下戸だ。それにフィリアは好んで酒を
大量に飲むタイプではない。クリスに合わせていたら既に潰れている。
 当のクリスはと言えば、派手に飲んだり食べたりする一方で、午後にはアレンを伴って道場に赴き、そこの武術家と手合わせをしてもいる。
アレンはそこで初めて武術着39)姿のクリスを見たのだが、クリスは厳つい体格の男性をも相手に素晴らしい戦いぶりを見せた。道場というだけに
審判やルールを置いてのものだったが、クリスは全ての戦闘を5ミム以内で自身の勝利という形で決着をつけた。相手にはクリスと同じ師範代の免状を持つと
いう人物も居たのだが、クリスの技の切れや動き、破壊力はオーディション本選出場者をたった一人で、しかも昼夜問わず襲撃して来る相手から此処まで
護衛して来たことを証明するに余りあるものだった。
 タオルで汗を拭いつつ独特の話し言葉で手合わせをした相手と話し合うクリスの様子は、アレンの驚きと関心を呼んだ。
髪型は同じポニーテールだが、リーナが表情を変える時は殆ど眉を吊り上げて眉間に皺を寄せるだけなのに対し、クリスはくるくると表情を変える。
後にクリスとルイに聞いた話では、クリスは食べたり飲んだりする分エネルギーを消費するので全く太らないらしい。やっぱ身体動かさへんと鈍(なま)って
まうわ、と笑いながら楽しげに話すクリスと帰路を共にしたアレンは以来、クリスの人間性に一目置いている。異性としてどうこうではなく、一人の人間として
接することが出来るクリスに、アレンは友情の念を抱くようになったのだ。

「念のため聞くけど、クリスって好き嫌いないよね?」
「美味いもんやったら何でも歓迎すんで。美味い酒には美味い料理。これに尽きるでな。」
「じゃあ待ってて。」

 アレンとルイは台所へ向かう。食材は既に警備の兵士を通して受け取っている。アレンとルイのこの日三度目の共同作業が始まる・・・。
 アレンとルイは額に滲む汗を拭って一息吐く。二人の目の前にあるのは、コウミィの卵包みトマトソース煮込みが入った鍋。煮込みが完了した時を考慮した
調味をして仕上げに入ったのだ。
煮込み料理は時間を取るため、これから二人でルーブン40)を作ることにしている。下ごしらえは出来ているため、食材に火を通してスープと合わせて煮込む
だけで良い。そうすればほぼ同時に出来上がるという算段だ。
 ちなみに、トマトソース煮込みはそれぞれの料理経験を合わせて考え出した創作料理で、ルーブルは図書館で借りて来た本を参考にしている。普通なら
料理する方も食するほうも命がけになりかねない組み合わせだが、料理の腕に自信があるアレンとルイなら大した問題にならない。
 二人は、予め沸かしておいた湯に捌いたコウミィのアラと骨を−量の心配は不要だ−入れて、じっくり煮込んでこまめに灰汁を取る。料理が5人分と多く、
クリスが大量に食べることを踏まえると、4つある竃をフル稼働させて二人で手分けしなければならない。共同で料理をするようになってまだ2日目だが、
料理の基本を押さえている二人は手際良くルーブン作りを進めて行く。ハーブの香りとはまた違う、素朴だが食欲をそそる風味が台所いっぱいに広がる。

「アレンさんは・・・、女の人と一緒に料理がしたい方ですか?」
「え?」

 時計を見ながら灰汁を取っていたところに思いがけず投げかけられたルイの問いに、アレンは思わず聞き返す。

「それとも、料理は女の人に任せたい方ですか?」
「ん・・・。今まで考えたことないけど・・・、一緒に料理して一緒に食べたい、っていう気持ちもあるし、女の人が作った料理を一緒に食べたい、っていう気持ちも
ある・・・かな。今みたいに二人でわいわい言いながら料理作って食べるのも楽しいし、相手が作った料理を迎えて一緒に食べるのも良いな、って思う。」
「男の人としては、女の人に料理が出来て欲しいですか?」
「うん。出来て欲しい、な。その場合は俺と同等くらいが良いかな。俺より上手だと俺の出る幕がないし、俺より下手だと相手がやりにくいだろうし。」
「アレンさんと同等のレベルというのは、かなり厳しい条件ですね。」
「そうかな・・・。ルイさんとシーナさんは十分クリアしてると思うよ。」

 自分の名が出たことで一旦は表情を明るくしたルイだが、もう一人の名が出たことで直ぐ表情を元に戻す。ルイの表情の目まぐるしい変化を疑問に思った
アレンに、ルイが灰汁を掬ってから独り言のように尋ねる。

「その女性(ひと)に婚約者が居ても・・・、気になるんですか?」
「シーナさんに婚約者が居ること、知ってるの?」
「ええ。昨夜お風呂でリーナさんから聞きました。才色兼備を絵に描いたような、同時に性格も良い魅力的な女性だと。」
「シーナさんは実際綺麗だし理想的ではあるけど、俺には、お姉さん、って感じだよ。」

 アレンは灰汁を掬って言う。

「こういう女性って良いなぁ、とは思うけど恋愛感情にまでは行き着かないんだ。シーナさんにはドルフィンっていう、もの凄く強くて男らしい剣士が
婚約者だし、事情があって3年間生き別れになってたんだ。だからその分幸せになって欲しい。そして、俺にとって憧れであって欲しい。男の場合、否、俺に
限ってだけど、その女性が自分の理想だからって即恋愛感情には結び付かないんだよ。理想は理想としてあるけど、それにしがみ付いてばかりじゃなくて、
そういう女性に少しでも近い女性を現実に見つける方が良いと思ってる。」
「理想に置き換えられる現実を探しているわけですね?」
「うん。もっとも、そんなに都合良くいくか、って思う時もあるけど。俺はまだ16だし、それに・・・。」

 そこまで言ったところで、アレンの表情が急速に暗くなる。

「どうしたんですか?」
「俺には・・・まだ恋愛なんて早過ぎるよ。」

 ルイの問いに答えたアレンの言葉は明らかに沈んでいる。

「私は、恋愛に早い遅いはないと思います。大切なことは、自分の心に正直になることだと思います。」
「俺は・・・男の敗者だから。」
「アレンさんが言う『男』というのは何なんですか?」
「背が高くて、何者も寄せ付けない強さとそれに裏打ちされた自信を持ってる・・・。俺は見てのとおり背も低いし、父さん一人助けられないで居る・・・。
一方じゃ、見た目が女っぽいことで面白がられてる・・・。俺が描いている理想からはかけ離れている現実があるんだ・・・。そんな俺に恋愛なんて早過ぎるよ。」

 アレンとルイは、頃合を見て魚のアラと骨を取り出し、残りの灰汁を綺麗に掬ってから下茹でしておいた根菜と海藻を入れて蓋をしてから弱火で煮込む。

「私は・・・アレンさんは立派な男の人だと思っています。」

 火の加減を見てからルイが静かに言う。

「私とクリスが深夜に襲撃されて絶体絶命だった時、アレンさんが助けに来てくれたことは今でもはっきり覚えています。兵士の人達に扮装して襲撃してきた
人達を全滅させてからアレンさん、真っ先に私に駆け寄って無事を確認してくれましたよね?あの時、アレンさんに優しく抱き締められて・・・本当に安心
しました。私は助かったんだ、この男性(ひと)に助けられたんだ、って・・・。男の人に抱き締められるのはあの時が初めてだったんですけど、アレンさんから
感じたのは、一人の男の人の温もりと優しさだったと確信しています。」
「ルイさん・・・。」
「男の人全部が背が高いわけじゃありません。私の同僚や村の人にも身長が私とさほど変わらない人だって居ます。外見はご両親を通じて神から授かった、
アレンさんがアレンさんであることを示す大切な特徴の一つです。料理がとても上手だということもそうです。」
「・・・。」
「アレンさんはさっき私に、理想は理想としてあるけれどそれにしがみ付いてばかりじゃなくて、それに少しでも近い現実を見つける方が良い、って
言いましたよね?私、それはアレンさんにも言えることだと思うんです。理想は生きる目標として持つべきです。でも、人間には個人差がありますから必ずしも
それに及ばないことはあります。ご両親を通して神から授かったアレンさんという一人の存在と命をアレンさん自身が大切にして欲しい。ひいてはそれが、
アレンさんが一人の男性として自信を持つことに繋がる。私は・・・そう思います。」

 ルイの静かな言葉は、劣等感に押し潰されて悲鳴を上げていたアレンの心に優しく響き、心地良い共鳴を生む。アレンは、自分の言ったことと劣等感に
苛まれて自分を卑下していることに矛盾を感じる。
 唯一の肉親である母が戸籍上死んだことになっていたため、幼い頃は厳しいという言葉など生ぬるい日々を過ごした。
そこに提示された救済策に加え、大人でも1年で2/3は根を上げるという正規の聖職者への道を選んだ。
地位と名声を勝ち取ったと思った矢先の肉親の死。別れの儀式を第三者的立場から行うことを選び、全うした。
自分とさして変わらない年齢ながら、そんな過酷な人生を少しも恨むことなく自分の糧としているルイを前にして、アレンは自分が小さく、甘えて見える。

「・・・私が偉そうに言えた義理じゃありませんね。」
「否、ルイさんの言うとおりだよ。俺は男だ、って言っておきながらそれを否定してちゃ駄目だよね。自分が男ってことに自信を持つようにするよ。今直ぐに、とは
いかないかもしれないけど。」
「私はあの時、怯えてばかりで魔法を使うことさえも忘れていました。そんな私を危険を顧みずに助けてくれたアレンさんと今、こうして一緒に料理出来て
凄く幸せです。アレンさんと神に感謝しています。アレンさんと出逢えたことを・・・。」
「・・・俺もだよ。」

 アレンとルイは顔を見合わせて微笑み、料理の仕上げに取り掛かる。
程なくしてテーブルに並んだ料理の数々は、フィリアとクリスは勿論、リーナの表情を緩め、賑やかな夕食のひと時を醸し出す道具となった・・・。
 夕食の後片付けが済み、女性4人が揃って風呂に入ったところで、アレンはイアソンとの通信を再開した。
アレンは、襲撃した何者かの狙いがルイという名の聖職者だということ、ルイの母が戸籍上死んだことになっていたこと、正規の聖職者としては異例の
スピードで昇格と出世の街道を進んだこと、予選が終わって此処に来るまでにも昼夜問わず襲撃され、護衛のクリスが締め上げて吐かせた兵士が
雇われた、と言ったことを話した。

「−こちらの情報はこんなところ。」
『なるほど。』
「で、此処からは俺の推測なんだけど・・・。」

 アレンは前置きした上で自分の推測、すなわちルイの父が高位の聖職者で、何らかの事情でユイの母を抹殺しようとして逃げられ、教会の人事を知ると
同時にルイの存在を知り、発覚と自身の信用失墜を避けるため、オーディション本選出場のどさくさに紛れて抹殺を図っているのでは、ということを話す。

「−俺はこう思うんだけど。」
『この国では戸籍制度が強固なのは俺も把握した。誰が何時生まれて何時死んだのか、家族構成はどうなっているかまでバッチリ分かるようになっている。
だが、戸籍は役所が管理していて、本人であることを証明する−この国では成人であることを示すパーソンカードっていうものがあるそうだが、そういうものを
見せないと閲覧出来ない仕組みになってる。教会の要職や役人、教会人事監査委員会でも所定の書類に必要事項を記入して申請して受理されないと閲覧
出来ないほどしっかり管理されている。これは国の法律で決められていて、違反者は厳重に処罰されるそうだ。恐らく外部からの操作を防ぐためだろう。
小作料や税金は家族構成によって決まるらしいからな。アレンが言う・・・ルイだったか?彼女の母親が生きているにも関わらず戸籍上死んだことになっていた
ことから、何者かが戸籍を操作した可能性が考えられる。さっきも言ったように戸籍の操作がそう簡単に出来ないようになっていることを踏まえると、アレンの
推測どおり、高位の聖職者や出世している国の役人が彼女の父親で、密かに戸籍を操作したり、母親から真相を聞かされている可能性があるということで、
彼女の抹殺を狙っているという考え方も出来る。』
「警備の兵士に扮装してまで襲撃して来たっていうのが一番引っ掛かるんだ。入り口ではオーディション本選出場者とその護衛かどうか、証明書を見せるまで
とても入れる状態じゃなかったし、俺も入って直ぐに女かどうかチェックされたくらい、人の出入りは厳重にチェックされていたんだ。それでも警備の兵士に
紛れ込んで襲撃して来た、っていうことは・・・。」
『オーディション本選関係者による犯行の可能性が高いな。』

 アレンとイアソンの見解が一致する。

『俺もその辺を当たってみた。そっちのホテルには、オーディション中央実行委員会の要人が何人か宿泊している。実行委員会は事務班、警備班、
福利厚生班の3班に分かれていて、それぞれ一等貴族の親族が班長に任命されている。任命したのは実行委員長のフォン当主だそうだ。』
「鍵が警備の兵士だから、怪しいのは警備班だね。」
『俺もそう思って警備班の要職の名簿を役所で入手したが、班長はフォン当主の実弟ホーク・リルバン氏となっている。その下の幹部職にはこの町の6つの
地区教会の総務部長とか国軍の幹部が名を連ねているから、どれも怪しいといえば怪しい。アレンの推測どおり、その中に彼女の父親が居る可能性がある。」
「他には?」
『戸籍はさっきも言ったように、基本的に本人じゃないと閲覧出来ないから調べるのは事実上不可能なんだが、もう少し突っ込んで調べてみる。アレン。
お前は念のため薬で女になっておけ。』
「何でだよ。入り口でのチェックは抜けたんだからもう必要ないだろ?」
『警備の兵士に扮装してまで特定人物を狙ってきたんだ。問題の彼女を助けたのが他ならぬアレン、お前で、今彼女がアレン達と同じ部屋に居るから、
何か難癖をつけてアレンと彼女を引き剥がして、護衛が手薄になったところで彼女を改めて抹殺しようとする可能性もないとは言えない。」

 女になれ、という言葉に反射的に拒絶反応を示したアレンに、イアソンは真面目に推論を示して諭す。
確かに、アレンはシーナの薬で女になって、オーディション本選出場者とその護衛は全員女性、という条件付きのこのホテルに潜り込んだ。アレンが男だと
いう情報が漏れていないという保障がない以上、「穴」を塞いでおくに越したことはない。

「・・・分かった。女になっておく。」
『用心しろよ、アレン。俺ももう少し突っ込んで調べておくから、そっちも関係者から出来るだけ情報を入手しておいてくれ。些細なことでも良い。それが闇に
隠れた真相を引っ張り出す糸口になる可能性は十分あるからな。』
「分かった。機会を見て色々聞いておく。イアソンも頼む。」
『了解。それじゃお休み。』
「お休み。」

 アレンはイアソンとの通信を終了し、早速自分の荷物から問題の薬を取り出して飲み込む。女性がどうかのチェックが何時あるか分からない、という理由で
持たされた時は自分が女になるのを面白がっているからだろう、と思っていたが、こういう状態になって、少なくとも女でないことを理由にルイから
引き離されることが避けられるのだから良いか、とアレンは思う。
身長が少し縮み、代わりに胸が張ってウエストが細くなってずり落ちそうになったズボンのベルトを締め直して、アレンはソファに戻る。
 外界と完全に遮断されたホテルという密閉空間。ルイを取り巻く黒い影。伝説の7つの武器の一つという剣を使える自分がルイを護らねば、とアレンは
決意を新たにする・・・。
 イアソンの隣の部屋に場面を移す。
何度目かの絶頂を越えたばかりのドルフィンとシーナが、ランプ1つが灯りを放つ暗闇の中で汗だくになって身を寄せ合っている。
シーナが作った精力剤と媚薬は効果覿面(てきめん)で、二人はイアソンからの報告を受けてから夕食抜きでベッドで睦みの時を過ごしていた。イアソンの
推測どおり、シーナが避妊薬も同時に作っておいたため、二人は妊娠の心配をすることなく「こと」に没頭している。

「ちょっと休むか。まだ夜は長い。」
「そうね。まだまだこれからだものね。」

 シーナは肩で息をしながら身体を起こし、ドルフィンに軽くキスをしてから備え付けのディルン40)を着て棚へ向かう。そして棚からグラスを2つ、
パンニョールの瓶を取り出してベッドに戻って腰を下ろす。

「ドルフィンはどう思う?アレン君の彼女候補がホテル内で襲撃された事件。」

 シーナはベッド傍の小さなテーブルにグラスを乗せてパンニョールを注ぎながら言う。

「警備の兵士に扮装して襲撃した、っていうことから、内部犯の可能性が高いと思うんだけど。」
「その線が妥当だな。今のところそれ以外に、アレンの彼女候補を人の出入りのチェックが厳しいホテル内で襲撃出来るだけの穴が見当たらん。」
「このオーディションが一等貴族と密接な関係がある国家的行事だということにも、何か関係があるのかしら?」
「リルバン家の当主が今年の実行委員長というから、そいつに取り入った何者かがリルバン家当主の権限を間接的に悪用している可能性もある。」

 ドルフィンはシーナからパンニョールの入ったグラスを受け取って喉を潤す。

「リルバン家は、この国がある地域に派遣された天使に授けられた王冠を所有する4つの家系の一つと言う。その王冠の財宝的価値は相当なものだろうし、
王冠を使うことで何かが起こるのかもしれん。1500代以上も延々と引き継いで来て、その背景を一等貴族という家系が端的に証明しているんだ。眉唾物の
噂話、と単純に片付けられそうにない。」
「そうよね・・・。」
「強大な権限を持つ奴に直接間接問わず取り入って自分の目的を達成する、というやり方はレクス王国での混乱とも共通項がある。」
「どういうこと?」
「ザギの奴がそいつを指南してリルバン家当主を利用させ、最後には王冠を戴こうと段取りを練っている可能性もある、ってことだ。」

 表面上悠然とパンニョールを飲むドルフィンだが、内心は不安が山積している。
自分と比較すればはるかに格下だが、いわくつきの鎧を身に纏うが故に事実上不死身のセイント・ガーディアンの一人、ザギ。確証はないが、レクス王国から
アレンの父ジルムを拉致して逃亡したザギがゴルクスと接触して情報交換をしていたらしいことが分かっている。強権的志向があった国王に取り入って
ジルムを拉致させ、自分が所有権を主張する剣をアレンが持っていることを知ると、ゴルクスを介してその剣を奪おうとするなど、ザギは策略や謀略といった
観点からすれば嫌味なほど優れていて、他人を利用する手段にも長けている。消息を絶ったザギが、この国で目をぎらつかせてアレンの剣を奪う機会を
狙っている可能性はありうる。
 アレンの剣は7つの武器の一つだから、封印によって本来の力の1/100も発揮していなくともその威力は凄まじいものだ。しかし、その剣を使うアレンの
戦闘能力ではザギに太刀打ち出来ない。しかも場所はホテルという外部から遮断された密閉空間。不利な条件に不利な条件が重なっている。
サラマンダーやオーディンなど強力な魔物を召還して派遣するという手段もあるが、力ずくではなくアレンが男だということを突いて問題の少女から合法的に
引き離してアレンから剣を奪い、ルイを殺してその人物が気を良くしたところでその人物を通じてリルバン家の王冠を奪ってその人物も殺す、という
シナリオを描いている可能性もある。策略に長けるザギなら、そこまで網を張り巡らせていても不思議ではない。

「アレン君、大丈夫かしら・・・。」
「警備の兵士を含めたオーディション関係者が信用出来ないとなると、アレンを信じるしかない。あの薬は持たせたよな?」
「ええ。」
「敵は自分が強くなるのを待ってはくれない。その時の強さで乗り切るしかない。」
「昔の貴方が言った言葉そのままね。」
「アレンには昔の俺が重なるんだ。師匠と出会った時の俺とな・・・。」

 ドルフィンは呟くように言って残りのパンニョールを飲み干す。シーナもグラスをゆっくり傾けてグラスを空にすると、ドルフィンからグラスを受け取って
テーブルに置く。
程なく愛の営みを再開したドルフィンとシーナの部屋に、熱い吐息とベッドが軋む音が幾重にも絡まって浮かんでは消える・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

36)従教徒:キャミール教の信者の中で、特に神の教えに忠実、と神に認められた存在。『教書』に登場する伝説的存在で作品の世界では存在しない。

37)ミドル・ネーム:この世界では、ミドル・ネームという概念はごく限定された地域にしかない。

38)フルボトル:フルボトルは1トール(1トールは0.8リットルに相当)の酒瓶を指す。その他ハーフボトルとクォーターボトルがある。 一般にカーム酒など
普及品ではフルボトル、特産品ではハーフボトルとクォーターボトルが多い。


39)武術着:武術家が着る服。軽いが伸縮性・柔軟性・通気性に富み、防御力もレザーアーマー(皮の鎧)より高い、という特長がある。魔術師のローブほどでは
ないが、デザインや色は豊富。柔道や空手で着用する服とよく似ている。


40)ルーブン:しっかり灰汁(あく)を取った魚のアラの出汁をベースに、一口サイズのジャガイモや人参などの根菜とワカメなどの海藻を入れて煮込んだスープ。
ハーブを使わずに魚の出汁の風味を生かした、ランディブルド王国南方の郷土料理。


41)ディルン:この世界でのガウンの呼称。ランディブルド王国では夏用と冬用の二種類があり、それぞれ通気性、保温性に優れている。

Scene6 Act3-3へ戻る
-Return Scene6 Act3-3-
Scene6 Act4-1へ進む
-Go to Scene6 Act4-1-
第1創作グループへ戻る
-Return Novels Group 1-
PAC Entrance Hallへ戻る
-Return PAC Entrance Hall-