「ルイさん、おはよう。早いね。」
アレンが挨拶すると、ルイははっと振り返る。「アレンさん。おはようございます。」
アレンはルイの左隣に椅子を持って来て座る。「教会は朝が早いんです。自然と目が覚めちゃって・・・。」
「そうなんだ。教会ってやっぱり大変?」
「日によって違います。日曜は礼拝がありますから、その準備を早くからするんです。一応、責任者ですから・・・。」
「聖職者って衛魔術が使えるんだよね?使う時ってある?」
「ありますよ。特に怪我の治療は多いですね。田舎の小さな村ですから医療施設が整っていないので・・・。」
「そう言えば、どうして湯を沸かしてるの?」
「これですか?アレンさんは御存じないかもしれませんが、この国では、朝起きたらティンルーを飲むんですよ。」
「ティンルーを?」
「ええ。この国では一般的な風習なんですよ。」
「どうぞ。」
「ありがとう。」
「へえ・・・。美味しいね、これ。」
「村から持って来たんですよ。クリスがこれじゃないと嫌だ、って。」
「色々種類があるんだね。今まで飲んできたものと違うよ。」
「このティンルーは村の特産品なんですよ。牧畜と農業が主産業なんですけど、その中でもこのティンルーは結構需要があるんです。」
「ふぅん。でも、ティンルーの種類が分かるなんて、クリスさんも結構通だなぁ。」
「クリスは結構食事の味にもこだわるんですよ。」
「話は変わるけど、ルイさんとクリスさんって、同じ村に住んでるんだよね?」
「はい。幼馴染ですから、彼是10年以上の付き合いです。」
「でも、ルイさんとクリスさんって話し言葉が全然違うよね。どうして?」
「それは、この国の聖職者に関する全国的な特例措置に基づくものなんです。聖職者はこの国の何処に行っても共通の対応が出来るように、言葉遣いを
統一されるんです。同時に、自分が携わる人全てに平等な対応が出来るように、ということで・・・。修行の一環という位置付けです。」
「へえ、そうなんだ・・・。何処に行っても、ってことは、人事異動とかあるの?」
「ええ。本人の希望と異動要請が合致すれば、その人が居住する町村の中央教会とこの国の中央教会の承認を得た上で、異動するんです。」
「俺の国じゃ、そんな話は聞いたことないけどな・・・。」
「この国はキャミール教の影響が強いですから、教会の人事は国家的なものなんですよ。私にも異動要請が何度かあったんですけど、村を離れたく
なかったので・・・。」
「おっはよーっ。ルイ。相変わらず早いわねぇ・・・って、あれ?」
ひょっこりとクリスが顔を覗かせる。服装はパジャマのままで、髪もおろしている。起きて間もないことが良く分かる。「クリスさん。おはよう。」
「おはよう、アレン君。朝早いのねえ。こりゃびっくり。」
「習慣なんでね。」
「へぇ。ルイに優しく起こしてもらったんやなかったんかぁ。」
「ね、寝ている人を無理矢理起こすことなんてしないわよ。」
ルイは早くも反応を示す。「まあ、あんたはそんなことせえへんか・・・って、ちょ、ちょっと・・・。」
クリスはアレンの手にある、半分ほどティンルーが残るカップを見て表情を変える。「・・・どうしたの?」
アレンは不思議そうに尋ねる。「な、何だよ、気味悪いなぁ。」
「ふっふーん・・・。ルイ、あたしにもティンルー頂戴よ。」
「あ、ちょ、ちょっと待って・・・。」
「どもども。ルイの入れるティンルーは美味しいからねぇ。」
クリスは台所に踏み込み、自分でテーブルに置かれたカップを手に取る。そしてアレンに向き直る。やはり薄気味悪い笑みを浮かべている。「アレンくぅーん。それ、美味しい?」
「あ、ああ・・・。」
「そぉーっ、そりゃ良かったわねぇ。さぞかし美味しいでしょうねぇ。・・・うん、やっぱし美味しいわ。村から持ってきた甲斐があったっちゅうもんやわ。」
「・・・クリスさん・・・。何で笑ってるの?」
「二人が朝っぱらからえーえ雰囲気だからよぉ。」
「・・・それだけ?」
「それだけ。」
「あ、そうそう。アレン君。あたしのことは、クリスって呼んでくれればええよ。さん付けで呼ばれるのって何かしっくりこやへんから。」
「ああ、分かった。」
「さぁーて、着替えるとしますか。うふふふふふ。」
「・・・な、何なんだ、一体・・・。」
「クリスは・・・普段からあんな調子なんですよ・・・。」
『・・・そう。大変な目に遭ったわね。』
「でも、幸い二人は無事で・・・。」
『どうしてその娘達は襲われたの?』
「聞いてみたんですが、全く心当たりはないそうです。」
『それにしても、警備の兵士に扮装して来たってのが気がかりね。関係者以外は入れないように、人の出入りはきっちりチェックされてる筈なんだけど・・・。』
「警備の責任者って奴にはチェックの強化とかを約束させましたけど、はっきり言って信用出来ません。」
『そうね・・・。ドルフィンとイアソン君に相談してみるわ。』
「お願いします。」
『ところでさ、アレン君。昨日の話の続きなんだけど。』
『どう?お目当ての女の子とのその後は。』
「な、何を突然・・・。関係ないじゃないですか。」
『誤魔化したって駄目よ。その娘って、アレン君が助けた例の娘のどちらかでしょ?』
「う、そ、それは・・・。」
『今アレン君は立場上女の子なんだから、告白とかは暫くの間我慢しなさいね。』
「シーナさん!」
『あはははは。照れちゃって。じゃあ私、そろそろドルフィンのところに戻るから。』
「は、はい・・・。また後で・・・。」
「これが・・・恋なのかな・・・。もしかして・・・。」
アレンは照れくさそうな表情で呟く。『でも・・・。』
俄かに表情を曇らせ始めたアレンは、未だ自分に自信が持てないで居た。『俺には・・・恋なんてまだ早いんじゃ・・・。』
アレンは深く重い溜息を吐く。「あーあ、付き合ってられないわ。」
眉間に深い皺を刻んだ、一目で不機嫌だと分かる表情のリーナに続いて、ルイが部屋に入って来た。「お帰り。早かったね。」
「ったく、あの馬鹿二人、何しに来たんだか。アレン、ちょっと聞いてくれる?」
「あの二人、スロットマシンから離れようとしないのよ。ちょっと勝ったら『ようし、この調子で』って言って続けるし、負けても『次こそは』って言って続けるし。
完全にスロットマシン中毒よ、あれ。信じられる?」
「で、放って来たの?」
「当然よ。あんな奴等に付き合ってたらあたしまで馬鹿になっちゃう。ルイが管理してる遊興費を少しばかり置いて、ルイと一緒に出て来たわよ。途中で
図書室に寄って、本借りてきたわ。丁度薬剤師関連の本があったから。結構品揃えは豊富だったわ。暇潰しにはなるわね。」
「ルイも悲惨よねぇ。あんたのお守りしなきゃなんない立場なのに、逆にあんたに負担かけっぱなしでさ。」
「でも、此処に来るまではきちんと護衛してくれましたし、安全が確保されたんですから多少は息抜きしないと・・・。」
「ったく、あんたも甘いわねぇ。ああいう奴は一発ガツンと言ってやらないとつけ上がるだけよ。」
「途中、何も無かった?」
「何も。流石に昨日の一件で懲りたらしくて、警備の兵士が彼方此方に居たわ。で、ドルフィンの方は?」
「順調に進んでるって。さっき、シーナさんから聞いた。」
「そう。なら良いわ。」
「何ぼうっと突っ立ってんのよ。座りなさいよ。」
「え、ええ。」
「あんたが座るのはそっち。」
「でも・・・。」
「良いから!主役のあたしが言うんだから、護衛のアレンは文句言わないわよ。そうよね?」
「あ、ああ。」
「ほら、さっさと座る!」
「あーあ、フィリアとクリスは馬鹿で似た者同士だけど、あんたとアレンは甘さとはっきりしないってところで似た者同士よね。しっかりしてるのはあたしだけ
じゃない。ったく、情けない話ねぇ。これじゃこの先思いやられるわ。」
「しっかし、似た者同士って、並ぶと本当に違和感ないわねぇ。並んでスロットマシンやってた馬鹿二人もそうだけど。」
「何だよそれ。」
「言った通りの意味よ。そうだ、アレン。今からあたし本読むから、飲み物入れて。」
「何で俺が・・・。」
「文句あんの?」
「わ、私も手伝います。」
「良いよ。一人で出来るから。」
「こら!人の厚意を足蹴にするつもり?!」
「わ、分かったよ。じゃあ・・・、お願い。」
「はい。」
「あたしも結構甘ちゃんよねぇ・・・。」
「あーあ、本当に我が侭なんだから・・・。」
アレンは湯を沸かしながらぼやく。護衛というだけで召し使いのようにこき使われては、アレンの気分も悪くなって当然である。「アレンさん。今朝飲んだティンルーにしましょうか?」
「そうだね。悪いけどカップ出してくれる?」
「はい。」
『リーナって、よく分からない・・・。』
単に感情の起伏が激しいだけなのか、或いは計算ずくのことなのか。行動を共にするようになってからかなり経つが、イアソンがあれだけ振り回されながらも「アレンさん。」
ルイがアレンの横に立って居た。目線はほぼ同じだ。「アレンさんの理想の女の人って・・・どんなタイプですか?」
「え?」
「う、うーん・・・。いきなり聞かれても・・・。そうだなぁ・・・、一緒に居て安心できる女性・・・ってとこかな。」
「見た目は?」
「見た目・・・かぁ・・・。髪は長い方が好きかな。あとは・・・特にない・・・と思う。」
「そう言うルイさんは?」
「私は・・・ありがちかもしれませんけど、誠実で、思いやりのある人が好きです。」
「でも、やっぱりそれに尽きるよね。」
「そういう人と、ずっと一緒に居られたら良いな、って・・・。抽象的過ぎる、って、クリスによく言われるんですけど。」
「そんなことないと思うよ。俺もそう思ってるし・・・。あんまり意味ないか。」
「アレンさんもそう思っていてくれて、凄く嬉しいです。」
アレンは何となく心が弾む気がする。「ありがとう。」
アレンが言うと、ルイは心底嬉しそうに微笑む。アレンはカップを静かにトレイに乗せて持ち上げる。「先に行って待ってて。俺が持っていくから。」
「はい。」
「お待たせ。」
「良い匂いね。」
「それじゃ、味見といきますか。」
リーナはティンルーを一口飲む。カップから口を離すと、リーナは満足げな笑みを浮かべる。「上出来ね。待った甲斐があったわ。」
「そう、良かった。」
「これ、今まで飲んだことがないタイプね。」
「ルイさんが住んでる村の特産品なんだって。」
「ふーん。」
「やっぱりアレンが護衛で良かったわ。こういうの得意だし。フィリアだったら絶対一服盛られるからね。」
「おいおい・・・。」
「ルイ。こういう器用でまめな男を一人持っておくと得よ。利用価値が高いから。」
「な、何だよ、それ。」