Saint Guardians

Scene 6 Act 2-3 強敵-Rival- 深夜のアクシデント

written by Moonstone

 時計が19ジムを回ったところでクリスとルイは自分達の部屋へ戻った。
自室の風呂場で揃って風呂に入った二人は、パジャマに着替えてクリスがドア側、ルイが窓側のベッドに入る。パジャマの色は、クリスが髪の色に合わせた
かのような淡い緑で、ルイはベージュだ。ポニーテールを解いているクリスは−髪の長さは肩を超える程度だ−、愛用のグローブを枕元に並べて置く。

「ルイ。アレン君の髪とかどうやった?」
「・・・綺麗だった。」

 ルイの呟きが闇に仄かに浮かぶ。ランプを消している上にクリスに背を向けているのでクリスには分からないが、風呂上がりから間もないことを差し引いても
ルイの頬は赤い。

「にしても、あの時はえーえ雰囲気やったねぇ。恋人同士みたいやったよ。」

 ルイからの返答はない。

「今度はあんたが触らせてあげなさい。首筋で終わらせたら駄目よ。」
「な、何変なこと言ってんのよ!アレンさんに迷惑じゃない!」

 ルイががばっと身を起こす。
しゃかりきになって否定しようとはしているが、第三者から見てもあれだけ良い雰囲気になっておいては説得力の欠片もない。第一、アレンはこの部屋には
居ない。

「アレン君、迷惑やて思てなかったよ。あんたからは見えへんかったやろうけど、ホント、凄く気持ち良さそうやったんやから。迷惑どころかもっと触ってくれ、
って思てたと、あたしは見とる。」

 ルイは何も言わずに再び布団を被って横になり、クリスに背を向ける。

「・・・ルイ。」

 クリスは静かに話しかける。その表情や口調には、先程までのように冷やかしやからかいに類する成分は含まれていない。

「もう、あんたは自分のこと考えてもええんよ。あんたが人好きになったって何も不思議やあらへんし、誰も非難出来へん。」
「・・・。」
「あんたは誰よりも幸せになってええ。人の何千倍も、何万倍も苦労して来たんやから。」
「・・・。」

 ルイからの返事はない。ルイは目を閉じ、布団の端をきゅっと掴んでいる。
クリスは言葉を紡ぐのを止め、ベッドに横になって布団を被る。
部屋は暗闇と静寂に包まれた。
 時計の針が1ジムを回った。
ドアの方からガチャッという音が立った。静寂に支配されていた部屋にその金属音はよく響く。
その音に眠っていた筈のクリスは敏感に反応して飛び起き、枕元に置いてあった愛用のグローブを素早く填める。視線をドアに向けたまま、クリスはルイに
向かって叫ぶ。

「起きて!起きなさい!ルイ!」
「・・・どうしたの?」
「誰か来る!」

 クリスの叫びで、霞がかかっていたルイの意識が輪郭をはっきりさせる。
クリスは跳ね起きたルイを庇うように左腕を横に伸ばし、ベッドから飛び降りて身構える。
ドアがゆっくりと開き、暗闇に不気味な輝きを浮かべる銀白色の鎧を着込んだ兵士達が入って来た。

「何よ、あんた達!!」

 クリスが怒鳴る。
兵士達は怯むどころか勢いを増して雪崩れ込んで来た。入口を完全に塞いだところで、兵士達は一斉に剣を抜く。

「性懲りもなく、また現れたね!!」

 クリスは猛然と飛びかかる。武術家は剣士と違って間合いが狭いので、速攻で叩かないと不利になる。閉鎖空間、しかも背後に無防備のルイが居る以上は
尚更だ。
 クリスはゆっくりと前進して来る兵士達が振り下ろす剣を紙一重で躱し、一人の兵士の顎を蹴り上げる。
その兵士は少し空中に浮かび、そのまま床に落下する。ガシャッという大きな金属音が響く。
兵士達はクリスの前に立ち塞がる流れと、ルイ目掛けて前進していく流れに分かれる。クリスを足止めしてルイを狙っているのは明らかだ。

「このぉ!!ルイに手ぇ出すんやない!!」

 クリスは襲い来る兵士に拳の連打や鋭い蹴りを繰り出してなぎ倒していくが、倒す速度に立ち塞がって来る兵士の数が追いつかない。
その間にも、兵士達はルイにじりじりと詰め寄っていく。

「いやぁ!来ないでぇ!」

 ベッドから降りていたルイは悲鳴を上げる。兵士達の放つ威圧感に圧されて腰が抜けたのか立ち上がれないまま、後ずさりしていく。

「ルイ!!防禦系魔術18)使いなさい!!」

 数人の兵士を相手にしながらクリスは必死に叫ぶ。だが、ルイは恐怖に震え、魔法を使うことが頭からすっかり蒸散してしまっている。
それを知ってか、兵士達はじりじりとルイを部屋の隅に追い詰めていく。

「いやぁーっ!!アレンさん、助けてぇ!!」

 ルイが絶叫を上げる。
兵士達はルイを部屋の隅に追い詰めて鎧の壁を作る。逃げ場を完全に塞いだ上で確実に仕留めるつもりなのだろう。
クリスは何とかしてルイを助けようとするが、破っては現れるを繰り返す兵士の壁を突破出来ない。

「ルイーっ!!」

 クリスは悲痛な叫び声を上げる。
ルイを包囲した兵士達が剣を振り上げた時、ドアに剣が突き立てられ、大きく縦に切り裂かれると同時に豪快に蹴破られる。

「何やってんだぁ!!」

 怒声と共にアレンが突入して来た。
アレンは目の前に居た兵士達を鎧ごと斬り割いて突破口を作ると、部屋の隅に固まっている兵士達に向かって突進し、渾身の力を込めて剣をなぎ払う。
仄かに赤く輝くアレンの剣は、鎧をものともせずに兵士を真っ二つに切り裂いていく。
兵士達は目標をアレンに切替えて応戦しようとするが、アレンの素早い動きと剣さばきについていけず、みるみる数を減らしていく。兵士達が固まっていた
ため、思うように身動きが取れなかったことも幸いした格好だ。
 ルイを包囲していた兵士達を全滅させると、アレンは続いてクリスの援護に回る。
多数相手に苦戦していたクリスはアレンの援護を受けて盛り返し、兵士の脳天に踵落とし、顎にハイキック、顔面に回し蹴り、胴に拳の連打を叩き込む。
そこにアレンが剣を突き立て、確実にとどめを刺していく。
 部屋に血の臭いが充満した頃、兵士達は全滅に追い込まれた。
アレンは肩で息をしながら兵士達の全滅を確認すると、部屋の隅で震えているルイに駆け寄る。

「ルイさん!大丈夫?!」
「も、もう嫌ぁ・・・。」

 ルイはぼろぼろと涙を零し、アレンの胸に飛び込む。細く華奢なルイの身体は細かく震えている。
もう少しアレンの突入が遅ければ殺されていたところなのだから、当然といえば当然だろう。

「・・・だ、大丈夫。もう大丈夫だから・・・安心して。」

 アレンはいきなりの抱きつきに少しうろたえたはしたが、剣を置いて優しくルイを抱く。ルイは一瞬びくんとしたが、小さく頷いて完全にアレンに身を任せる。
アレンの背中にルイの腕が回る。甘い香りがアレンの鼻を心地良く擽る。
腕いっぱいに広がる温もりと柔らかい感触が、ルイを抱くアレンの腕に力を込めさせる。
 アレンが異性を腕に抱くのはこれが二度目だが、一度目は囚われの身となったリーナを救出して脱出する際の成り行きで冷え切ったリーナを人肌で
温めようとしてのことだし、自身は足の骨折に伴う激痛に苛まれていたから、感触その他など堪能している−そんなことをしたらリーナに殺されるのは
間違いないが−余裕は微塵もなかった。ルイを抱き、ルイに身を委ねられているアレンは、安堵感と初めて味わう心地良さに目を閉じる。

「あのぉ・・・。お取り込み中のところ非常に申し訳ないんやけどさぁ・・・。」

 そこにクリスが頭を掻きながら声をかけて来た。クリスは既にアレンとルイのところに駆け寄っていたのだが、どうにも声をかけ辛かったのだ。
アレンとルイは自分達の状況に気付いたのか、慌てて離れる。

「この事件の責任問題を明らかにすべきやないか思うんやけど、どない思います?」

 クリスの言うことはもっともだ。
アレンは気を取り直して立ち上がり、ドアの方を見る、否、睨む。アレンが蹴破ったドア付近では、近くの部屋の本選出場者とその護衛である女性の集団が
眉を顰(ひそ)めて何やら囁きあっていた。
アレンはドアの方へ荒い足取りで向かう。その表情はこれまでとは一変して憤怒に溢れている。

「ちょっと。夜中なんだから、静かにしてくれない?」
「まったく迷惑ねえ。」

 アレンに投げかけられたのは、中の人の安否ではなく、自分達の安眠を妨害されたことに対する不満と非難だけだった。

「五月蝿い!外から眺めてるだけで、何もしようとしなかったくせに!」

 アレンは怒声を発する。
そう。部屋の前に居る他の出場者やその護衛は、アレンより早く部屋の前に来ていたにもかかわらず、そしてクリスの叫びやルイの悲鳴も聞いていたにも
かかわらず、助けようとするどころか、ドアを叩いて様子を窺おうともしなかったのだ。それどころか、これでライバルが減ってくれれば儲けものだと
言わんばかりの表情だったのだ。
 必死に人が助けを求めているのが明らかなのに、何もしようとしない。こんな奴等が競う「美」など、内面のどす黒い欲望を覆い隠した皮の出来具合の
良し悪しに過ぎない。そう思うアレンは無性に腹立たしくてならない。

「警備の兵士くらい呼べ!それくらい出来るだろう!」

 怒声に怯んだ傍観者達にアレンが畳みかける。
そこへタイミング良く、兵士達が駆けつけて来た。銀白色の鎧に身を包む彼らは、フィリアとリーナが呼びに行った本物の警備の兵士達である。
兵士達は人垣を掻き分けてアレンに駆け寄る。

「何事ですか?」
「何事も何も、夜中に乱入して来たんだよ。あんた達と同じ格好の奴等が!」
「え?そ、そんな馬鹿な。」
「信じられないなら、自分の目で確かめてみなよ。」

 アレンがぶっきらぼうに吐き捨てると、兵士達は部屋のランプを点けて肉塊と化した兵士達の兜を取り払う。

「・・・こんな奴居たか?」
「否、初めて見る顔だぞ。」

 乱入して来た兵士達は、どうやら本来の警備の兵士ではないらしい。

「一体、どうして・・・?」
「それはこっちが聞きたいわ。」

 ルイの右腕を肩に回して歩み寄って来たクリスが不信感と怒りを露にする。

「ここの警備ってどないなってんの?部外者が易々と侵入出来るほど、簡単なチェックで済ましとるわけ?」
「いえ、引継ぎの時は確かに・・・。」
「ってことは、何時の間にやらすり替わったいうこと?何にせよ、部外者を簡単に侵入させたことには違いあらへんやろ。」

 クリスの表情は険しい。自分はおろか、護衛の対象であるルイを危うく殺されそうになったクリスの怒りは当然である。
アレンは兵士の一人の肩を掴んで乱暴に振り向かせる。

「責任者を呼べ!今直ぐだ!」
「た、直ちに!」

 兵士達はアレンの迫力に押され、急いで責任者を呼びに行った。
暫くして寝姿そのままの、口髭を生やした小太りの男が欠伸をしながら兵士達と共にやって来た。

「私が警備責任者だが・・・、こんな夜中に何事かな?」

 他人事のように尋ねる男の襟をアレンは猛然と掴み上げ、その喉元に剣を突きつける。男の顔は恐怖で一瞬にして引き攣る。

「ひっ、い、いきなり何を・・・。」
「これは一体何の真似だ!あんたが責任者を務める警備ってやつは、部外者を簡単に入れるようないい加減なものなのか!ええ?!」

 兵士達は慌てて止めに入ろうとしたが、アレンの鬼のような形相とその顔に飛び散った血飛沫を見て、二の足を踏む。

「し、しかし、これは私の責任では・・・。」
「責任者名乗っておきながら、何か起ったときには責任逃れか!ふざけるなぁ!!」

 アレンは剣先を男の口に突っ込む。男は恐怖で身体を強張らせ、顔面を蒼白にする。
線の細い可愛らしい少女−他の出場者組の護衛と比較しても、アレンは女性としか思えない−が、物凄い剣幕で食って掛かって来るばかりか、今にも自分を
殺さんばかりの迫力で迫って来るのだ。そのギャップと凄まじい殺気に、男は殺される、という恐怖を否が応にも感じさせられる。

「今度こんなふざけたことになってみろ。そのときは問答無用でその首刎ねてやるからな!分かったか!!」

 男は顔面蒼白のまま、小さく何度も頷く。アレンは男を突き飛ばすように離す。

「も、申し訳ない・・・。」
「謝るのは向こうだ!!」

 アレンはクリスとルイを指差す。男は恐る恐るクリスとルイに歩み寄る。

「今回は誠に申し訳ない・・・。」

 一応謝ってはいるが、少しも頭を下げていない。アレンは背後から剣先を男の喉元に突きつける。

「それが謝るときの態度か?」

 アレンの静かな、しかし猛烈な殺気が篭った声を受けて、男は黙ってゆっくり頭を下げる。

「こ、今回は誠に申し訳ない・・・。」
「今回だけやからね。せめて此処でだけでもルイを安心して眠らせてあげたいんよ。分かる?」

 クリスは不信感と怒りを滲ませながら言う。

「は、はい・・・。」
「今度こないな19)ことになったら、あんた・・・、死ぬで。」

 口調こそ静かだが、明らかに本気の警告だ。

「チェック体制の再検討と警備の強化を約束する故・・・。」
「もうええわ。とっとと行って。」

 男はすごすごと引き下がり、兵士達に遺体の処理を命じて逃げるように去って行った。

「大丈夫?」

 アレンはそれまでの眉を吊り上げた表情から一転して気遣うそれで二人に声をかける。

「あたしはちょいと手や足が痛いけど、大したことあらへんわ。それより・・・。」
「私ももう大丈夫。」

 ルイも落ち着きを取り戻したようだ。クリスの支えなしでもしっかり立っている。

「それよりも助かったわ、アレン君。本当にありがとう。一時はどないなるか思たわ。」
「叫び声が聞こえたから、もう必死で・・・。」
「叫び声って、もしかして・・・『いやぁーっ、アレンさん、助けてぇ』ってやつ?」

 クリスの言葉で、ルイは顔全体を真っ赤にして俯く。あれだけ切迫した状況でありながら、こういうことはしっかり憶えているのは大したものと言えようか。

「あ、ああ・・・。只事じゃないと思ってさ・・・。」

 アレンは照れくさそうに頭を掻く。

「ひゅーっ、助け求める叫びを聞いて駆けつけるなんて、カッコえーやん!このこのぉ。」

 クリスはニヤニヤ笑いながらアレンを肘で軽く何度か突つく。

「大丈夫?!」
「間に合った?!」

 多少少なくなった人垣を掻き分けて、同じくパジャマ姿のフィリアとリーナが駆けつけて来た。

「ああ、間に合ったよ。」
「良かったぁ。まさかこんなことになってるなんて・・・。」
「・・・無茶苦茶な奴等ね。」

 胸を撫で下ろして安堵の溜息を吐くフィリアに対し、リーナは眉間に皺を寄せて不快な表情を浮かべる。

「この有り様じゃ、この部屋は使えないね。」

 床や壁に血がぶちまけられ、ドアが吹き飛んだ部屋で寝られる神経なら、夜中に襲われても取り乱すことはあるまい。

「ああ、それなら心配要らへんよ。予備の部屋くらいあるやろうし。もっとも誰かさんは違うやろうけど。」
「クリス!」
「アハハハハ。何にせよ、皆無事で良かったわ、ホント!」

 陽気に笑うクリスにつられるように、アレン達は笑う。どの顔も安堵感に満ちている・・・。

「・・・で、どうして、あたし達の部屋に来たわけ?」

 フィリアは多分に湿気の篭った視線をクリスに向ける。

「しゃあないやん。部屋は全部塞がってて予備はない言われたんやから・・・。」

 ばつが悪そうにクリスが言う。
ホテルの部屋は出場者組のみならずオーディション関係者で埋め尽くされ、予備として提供出来る部屋はないと言われたクリスとルイは、アレン達の部屋に
転がり込むことになったのだ。

「ベッドはどうするの?此処には3つしかないわよ。」

 リーナが重要な話を切り出す。

「言っとくけど、あたしは主役で尚且つこの部屋の本来の客なんだから、ベッド一つは貰うわよ。」
「アレンはあたしと寝るから、あんた達はもう一つのベッドで寝れば良いんじゃない?」
「何馬鹿な事言ってるんだよ。」
「そうよ。アレン君はルイと一緒に寝るんやから。」
「ちょっと、クリス!」
「それは絶対許さないからね!」

 ベッド争奪戦の結果、ベッドではさっさと潜り込んだリーナ、フィリア、そしてクリスとルイのペアが寝ることになり、アレンは一人、大きなソファで
寝る羽目になった。もっともフィリアから何度も一緒に寝るように誘われたのだが、わざわざ蜘蛛の巣に引っ掛かりに行くような真似は出来ない。
ソファは幅が広く、線の細いアレンでなくてもはみ出ることなく横になれる。枕がないのが不満ではあるが、それは仕方ないところだ。これまでの野宿で
枕はおろかベッドもなかったことを考えれば、寝心地の良い寝床があるだけましと思ったほうが良い。
 アレンはすぐ近くに剣を立てかけ、組んだ両手を枕にして仰向けになる。ランプが消えて久しい部屋には、安らかな寝息と時計が時を刻む音くらいしか
しない。
アレンは緩やかに襲って来る睡魔を感じながら、先程の襲撃のことを考える。
何故警備の兵士に扮装してまで、クリスとルイ、いや、ルイを襲う必要があったのか。そもそもルイを襲った目的は何か。
泣きながら自分の胸に飛び込んで来たルイの気持ちを考えると、アレンはとても他人事とは片づけられない。
 意識が薄らいで来たとき、誰かが静かに近付いて来る気配を感じた。アレンは剣に手をかけて、がばっと身を起こす。

「あ・・・。」

 近付いて来たのは腕に毛布を抱えたルイだった。

「す、すみません。起こしてしまいました?」
「い、いや、うとうとしてたくらいだから・・・。」

 二人は小声で、しかも無声音で言葉を交わす。

「毛布です。幾ら暖かいとはいっても何か羽織っていた方が良いかと思って・・・。」
「ありがとう。」

 アレンは毛布を受け取り、ルイを尋ねる。

「ルイさん・・・。ちょっと話があるんだけど、良いかな?」
「はい。何か?」
「思い出したくないと思うけど・・・さっきの奴等、何か心当たりある?」

 ルイはアレンの問いに答えずに少し視線を下に落とす。

「言いたくなかったら無理に言わなくて良いよ。」

 アレンが労るように言うと、ルイは首を横に振って言う。

「・・・予選が終わって出発する前から、度々・・・。心当たりはないんですが、此処に来るまでにも昼夜問わず・・・。」

 こんなことが度重なっては、心労が重なって当然だ。それを今まで微塵も出さなかったクリスとルイは、強靭な精神力を持っていると言える。
流石にルイは死の危険に晒されただけに、危険を脱した時には一気に感情が溢れ出したが、それを嗜めることは出来ない。

「そう・・・。でも、もう大丈夫だよ。此処には大勢いるし、今度何か起こったら責任者にも相当の責任は取ってもらうから。」

 ルイは頷く。

「本当に災難だったね。」
「はい・・・。でも・・・。」
「でも?」
「・・・アレンさんが・・・助けに来てくれたから・・・。」

 呟きのようなルイの言葉が浮かんで消えた後、二人は同時に俯く。部屋が暗いせいで顔色まで見えないのは幸いと言えようか。

「・・・もう遅いし、疲れただろうから、ルイさんは休んでよ。」
「・・・はい。」

 アレンは横になって毛布を被る。ルイはその毛布を整えてアレンにきちんと被せる。ルイは毛布の裾をアレンの肩口にそっと持って来る。
その時、アレンは心臓が握り潰されるような感覚に襲われる。身を乗り出した格好のルイのパジャマから、ルイの胸の谷間が覗いたのだ。
暗闇に溶け込んではいるが、予想以上に豊かな膨らみはアレンの視線を釘付けにするに十分過ぎる。

「アレンさん?」

 固まったアレンに、ルイが不思議そうに呼びかける。

「あ、い、いや、どうも・・・。」

 アレンは慌てて誤魔化す。やはり部屋が暗いせいで顔色まで見えないのは幸いだったようだ。

「・・・アレンさん・・・。」
「な、何か・・・?」

 胸の谷間を見詰めていたことがばれたのかと思い、アレンは内心びくびくしながら問い返す。

「・・・あの時・・・私の叫び声が聞こえたって、本当ですか?」

 アレンはルイを見詰めて、少し間を置いてから答える。

「・・・本当だよ。はっきり聞こえた・・・。」
「私・・・必死だったんです。だから・・・思わず叫んだんです・・・。」
「間に合って良かったよ・・・。」

 ルイはそっとアレンの頬に手を伸ばして触れる。アレンは自然と目を閉じる。ルイのしなやかな指がアレンの頬を伝い、やがて首筋へと降りていく。

「ん・・・。」

 アレンが少し身体を動かす。ルイが思わず手を引っ込めると、アレンは目を閉じたまま首を横に振る。

「良いよ。続けて・・・。」

 ルイは再びアレンの首筋に触れる。ルイの指は首筋から喉、そしてうなじへと動く。アレンはルイの指の動きに合わせて、より触り易いように首を動かす。

「・・・肌、綺麗ですね・・・。」
「・・・ありがとう・・・。」
「私、色黒ですから・・・余計に羨ましい・・・。」

 ルイはアレンの頬に手を添えるように当てる。

「助けてくれて・・・本当にありがとうございます・・・。」
「良いよ。そんなに改まらなくて・・・。」

 ルイは空いていた左手で暗闇の中で仄かに輝く銀色の髪をかき上げて、アレンに顔を近付ける。アレンは心臓の鼓動が急速に速まるのを感じる。

『こ、これって・・・もしかして・・・。』

 二人以外、誰も起きている気配はない。初めてのシチュエーションにアレンは自然と呼吸が荒くなって来た。
二人の距離は既に10セムもない。アレンは変に誤解されないように、呼吸を必死で抑える。
 ルイはゆっくり目を閉じる。
間違いない、これはキスの催促だ。そう直感したアレンは、ルイを抱きしめたい衝動に駆られる。

『そうっと、そうっと・・・。』

 アレンは毛布の中から左手を出し、ルイの背中に回す。アレンの頬に触れていたルイの右手が小刻みに震えている。ルイも相当緊張しているのが分かる。
 アレンは左手をそっとルイの頭に持っていく。このまま左手を自分の方に近付ければ、二人の距離はゼロになる。アレンはぐっと目を閉じて、左手を動かす
タイミングを計る。
 その時である。

「んがぁぁぁぁぁっ。」

 魔物が吠えるような声が部屋の闇を震わせた。二人は我に帰って、ルイが同極を向けた磁石が反発するかのように慌てて離れる。

「んーっ・・・。むにゃむにゃ・・・。」

 あまりにも間の悪いその声の主はクリスだ。

「・・・クリスの寝言、結構凄いんですよ・・・。」

 ルイは両手で胸を押さえながら解説する。

「・・・そ、そうなの・・・。はは・・・。」

 取り繕うように応えるアレンは、内心クリスを蹴飛ばしたくなる。起きている時にルイを売り込んでおきながら、寝ている時に邪魔しては話にならない。
もっとも、自分が寝ている時にアレンとルイがこんな雰囲気になっているとは知る由もないから仕方ないのだが。

「・・・アレンさん・・・。お休みなさい・・・。」
「・・・お休み・・・。」

 折角の雰囲気をぶち壊しにされた二人は、ぎこちなく挨拶を交わす。
ルイは静かにクリスが半ば占拠しているベッドに戻って行く。アレンは小さく溜息を吐く。遅まきながら、自分の優柔不断ぶりが嫌になっていた・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

18)防禦系魔術:聖職者が使える衛魔術の一系統。物理攻撃や魔法攻撃などから術者或いは対象を防禦する魔法の総称。

19)こないな:「こんな」と同じ。方言の一つ。

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