Saint Guardians

Scene 6 Act 2-2 強敵-Rival- 気を惹く存在、惹かれる存在

written by Moonstone

 それから間もなく、部屋に荷物を置いたクリスとルイがアレン達の部屋を訪ねて来た。先程のドタバタで名乗りそびれていたリーナと、アレンに起こされた
フィリアがクリスとルイと名乗り合った。

「ねえ。部屋にあった案内見たんやけど、このホテルん中に色々店があるんやて。行ってみん?」

 クリスの提案に、暇を持て余しそうな予感がしたアレン達はすんなり同意して、揃って出かけることにした。
1階にはレストランや雑貨屋、ブディックやカジノなど様々な施設が揃っていた。町をそっくりそのまま運んできたかのようだ。オーディション本選出場者と
護衛が退屈しないように配慮してはいるらしい。
 5人はひとまず喫茶店に入ることにした。アンティークな雰囲気で統一された広い店内には数人の客しか居ない。
5人はウェイターに奥の方に位置する大きめの席に案内され、片側のソファに壁側からリーナ、フィリア、アレンの順で座り、その向かい側のソファの壁側に
クリスが、通路側にルイが座る。
 間もなく五人分のお絞りと水、そしてメニューが運ばれて来た。暫くメニューを吟味した後、クリスがウェイターを呼びつけて、アレンがチーズケーキ
セット−セットには飲み物が付き、アレンはオレンジジュースを選んだ−、フィリアがショートケーキセットでコーヒー、リーナがチョコレートケーキセットで
ティンルー、クリスが特製ピザ大とカーム酒、ルイはティンルーを注文した。
クリスがカーム酒を注文した時にウェイターは怪訝な表情をしたが、クリスがパーソン・カード12)を誇らしげに見せると、ウェイターはすんなり注文に応じた。
そこで初めて、クリスがアレン達より年上で、何とイアソンと同じく18歳であることが判明した。

「・・・18だったの?」
「信じられないわね・・・。」

 クリスと言葉を交わしたアレンとリーナはどうにも信じられない。

「何よぉ。あたしはこのとおり18歳の乙女よ。レディなんよ。」
「こう言っちゃ何だけど・・・、ルイさんの方が大人だね。」

 アレンが言うと、リーナもフィリアも真顔で大きく頷く。クリスの表情が誇らしげな笑顔のままで強張る。

「・・・よく言われるんよ。・・・で、あんた達は幾つ?」
「・・・私は16。」
「あたしは15。」
「あたしも15。って言っても、もう16になるけど。」
「ふーん。じゃあ、ルイと同じくらいなんだ。」

 クリスの言葉にアレンとフィリアとリーナは一瞬耳を疑った。

「え?今、何て・・・?」
「ルイは今年の2月に15歳になったんよ。」

 今度はアレン達の表情が驚きで強張る。

「じゅ、15?!」
「嘘ぉ。」

 暫くの沈黙の後、アレンとフィリアがようやく驚きの声を上げる。

「とても見えへん?そうやろ。あたしもルイが年下だって意識出来へんもん。」
「・・・でしょうね。」

 リーナは信じられないといった表情で呟く。
驚きに満ちた5人の席に、続々とそれぞれの注文したものが運ばれて来た。
アレンはケーキを食しながら時々ルイに視線を移す。隣のクリスが豪快に飲み食いしている分、ティンルーを飲むその様子が余計に上品に見える。
 フィリアは、アレンがルイをちらちら見ていることを敏感に感じ取り、その足を力いっぱい踏みつける。突然の激痛に襲われたアレンは場所柄叫び声を
上げることも出来ず、歯を食いしばって痛みを堪えるしかない。

「ところでさ、あんた達って彼氏居る?」
「え?いや、居ない・・・けど・・・。」

 居る訳がない、と思わずアレンは言ってしまいそうになったが、どうにか誤魔化すことが出来た。

「もう、何言ってんのよ。アレンはあたしの彼氏のくせにぃ。」

 ところがフィリアが何時もの調子でやってしまった。クリスとルイは驚きを露にし、アレンの表情は引き攣り、リーナは非難の眼差しをフィリアに向ける。
しまった、とフィリアが気付いた時はもう遅い。

「ちょ、ちょっと。それってどういうことなん?んじゃ、もしかして・・・」
「あーっ!!」

 アレンは叫びながら慌てて身を乗り出してクリスの口を塞ぎ、自分の口に人差し指を押し当てる。

「ちょ、ちょっと訳ありなんだ。お願いだから内緒にしてくれない?」

 アレンの小声での要請に重大な背景があることを察したらしく、クリスは頷く。アレンはほっと安堵の溜息を吐いてソファに座り直し、隣のフィリアを
じろりと睨む。

「時と場合も考えないで寝ぼけたこと口走るんじゃないわよ。ったく。」

 既にフィリアを睨んでいたリーナが、アレンの気持ちを代弁するかのように小声で非難をぶつける。流石に今回は完全に自分に非があると分かって
いるので、フィリアは項垂れてしゅんとするしかない。
 アレンは周囲を見回す。幸いにも周囲に人の姿は見えないが、クリスを制止した時の声量はそれなりにあったため、聞かれていてもおかしくはない。
 そんな時、ウェイターとウェイトレスが数名駆けつけて来た。早速不安が現実のものとなるかもしれない状況に直面してしまった格好だ。

「何事ですか?」
「あ、いや、その・・・。」
「すみません。うっかり飲み物を零しそうになってしまったもので、つい大きな声を・・・。」

 ウェイターの問いかけにどう言い訳しようか困惑していたアレンに代わって、それまで黙っていたルイが立ち上がって応える。

「そうですか。他のお客様のご迷惑になりますので、声量は控えめに願います。」
「ご迷惑をおかけしました。」

 ルイが丁寧に頭を下げると、ウェイターとウェイトレスは納得した様子で立ち去っていく。どうやら上手くやり過ごせたらしい。
5人は改めてほっと胸を撫で下ろす。

「・・・ありがとう、ルイさん。助かったよ。」

 アレンは小声で礼を言う。

「いえ・・・。お役に立てて光栄です。」
「でも、何でまた・・・。」

 アレンはやむを得ず、クリスとルイに小声で事情を説明する。

「・・・ふーん。武術の出来る女の護衛がパーティーに居らんかったから、性転換の薬で・・・ねぇ。そりゃ大変だわ。」
「アレンの苦労も、そこのでしゃばりのお陰で危うくぶち壊しにされるところだったけどね。」

 フィリアはリーナの非難を黙って受けるしかない。
もしアレンが男とばれてしまおうものなら、リーナの本選出場資格の剥奪や予選突破の賞金などの没収はおろか、最悪の場合詐欺として牢獄直行も
有り得ただけに、フィリアの軽率さに対する非難は当然である。

「もう良いじゃないか。とりあえずばれなかったみたいだし。」
「アレンがそうやって甘やかすから、そいつが突け上がるのよ。」
「まあまあ、それだけ言えばもう十分だろ?もうこの件については言いっこなし、ね?」

 アレンが宥めると、リーナは仕方なさそうに頷く。
リーナとしては、ここで徹底的にフィリアを叩きのめしておきたかったところだが、自分のために女になってまで護衛を引き受けたアレンに対する負い目が
あるのか、アレンに対して何時ものような強い態度に出られないようだ。

「アレンさん・・・。」

 ルイが少し言いにくそうに話を切り出す。

「何時・・・戻れるんですか?」
「今日の夜まではこのままだよ。昨日の夜薬を飲まされて、効き目は1日だから。」
「そうですか・・・。」

 安心したような様子のルイに、クリスがニヤリと笑いながらルイを肘で軽く小突く。

「何?そんなに早う、アレン君に男に戻って欲しいん?」
「そ、そうじゃなくって、大変そうだから早く戻れれば良いなって思って・・・。」

 ルイの頬は仄かに紅く染まっている。それを見て、フィリアは俄かに心がざわめくのを感じる・・・。
 それから5人は店を回って、王国の特産品である銀細工をはじめとする珍しい品物を見たり、遊びに興じたりした。中でもカジノでは、クリスと、早々と
元気を取り戻したフィリアがスロットマシンに熱を上げ、最後にはルイとアレンに引き摺り出された。遊興費に余裕はあるものの、食事のことを考えると
湯水のように使うわけにはいかない。リーナの護衛として必要な金銭一切の管理を任されているアレンは、なかなか気の休まる時がない。
 一頻りホテル内を歩いて遊んだ5人は、時間も手頃になったことで夕食を摂ることにしてレストランへ向かった。丁度夕食時ということもあって、店はかなり
混雑している。
5人は中央付近の席に案内され、喫茶店の時と同じ配置で腰掛ける。お絞りと水と共に運ばれて来たメニューは、フィルの町が南で海に面していることを
反映して、海産物関係のものが殆どを占めている。海産物にあまり馴染みがない5人は−クリスとルイの出身地であるヘブルは山間の村だということだ−
どうにも決めかね、相談の末、5、6人前のフルコースを注文した。これならそれなりの量が食べられるし、食べにくいものや嫌いなものも避けやすい。
 待つこと暫し、5人が囲むテーブルに続々と料理を運ばれて来た。ホテルのレストランということで、見た目にも美味そうな料理の数々が香ばしい匂いを
放ち、5人の食も自然に進む。

「いやぁ、あんた達に会えて良かったわ、ホント。」

 豪快に料理を口に運んでいたクリスが、口に料理を運ぶ手を休める。

「やっぱ食事は大勢の方が楽しいし、こういう時でもないとホテルのフルコースなんて食べられへんからね。」
「・・・それにしても、あんた、本当によく食べるわね。」
「やっぱ人間の基本は食よ、食。人間、食べるために生きとるっちゅうのが、あたしの流儀なんよ。」
「・・・あっそ。」

 元々小食な方のリーナは、胃袋が幾つもあるのではないかと思わせるクリスの食べっぷりに半ば呆れていた。

「あんた達ってさ、普段は何やってるの?」

 初めて食するピーゲル貝13)のワイン蒸しに舌鼓を打っていたフィリアが尋ねる。

「あたしは村の中央教会付属の武術道場に通っとるんよ。師範代14)やから、少ないけど給料貰っとるよ。」
「へぇ。教会の下にそんな施設があるの?あたし達の国にはそんなのないけど。」
「この国は教会の下に色んな施設があるんよ。武術も男女問わずやっとる人多いよ。心身の鍛練ってことでね。あたし、5歳からずっと通っとる。」
「両手のグローブは伊達じゃないってわけだ。」
「まあね。」

 アレンの言葉に、クリスは悪戯っぽい笑みを浮かべてウインクする。

「ルイさんは?」
「私は教会に住み込みで働いています。」

 アレンが尋ねると、ルイは食べる手を休めて答える。

「へぇ。教会に住み込みで・・・って・・・。」
「「ええ?」」

 アレンとフィリアは思わず同時に聞き返す。

「じゃ、じゃあ、もしかして聖職者なの?」
「え?はい。そうですけど・・・。」

 フィリアの確認の問いかけに、ルイは何故そんなに驚くのか不思議だという表情を見せる。それはクリスも同じだ。

「聖職者がこんなイベントに出て良いの?」
「何の問題もありません。教会には休職届を出してあります。」
「・・・割とオープンなのね。」

 フィリアのみならず、リーナも意外そうだ。

「皆様方の国ではどうかは分かりませんが、本来、キャミール教の教えは、神と教会、ましてや教会と人とを分かつものではありません。神を信じることで
自分が高潔になる、だから他とは違うという考え方は、人間は等しく神と共にあるというキャミール教の教えの根幹に矛盾することに基づく錯覚です。
神はそれを信じる人と常に共にあるものです。」
「ふーん・・・。そうなんだ・・・。」
「やっぱり本場の本職は違うわね・・・。」

 アレンとフィリアは感嘆の声を上げる。とても自分達と同じくらいの年齢の少女のものとは思えない、凛とした雰囲気が言葉の端々から感じられる。

「宗教の教えが正しく伝えられるのって、せいぜい教祖の直弟子くらいのもんだからね。」
「そうですね。宗教に限らず、思想や哲学、伝統や慣習というものは、後世になればなるほど頻繁な検討が必要だと思います。変えれば良いというものでは
ありませんが、変えなくても良いものや変えてはいけないものもあります。それを見極めることも必要ですね。」
「宗教家のあんたに一つ聞くけど、人は等しく神と共にあるっていう観点からすると、聖職者の称号や役職は矛盾してない?等しく神と共にある人間一人
一人に、人間が勝手に作り出した差を付けるんだから。自己検討の一環としての回答を聞きたいわ。」
「それは平等という言葉の解釈の仕方ですね。平等というのは性別や肌の色といった外見上の特徴と、出身地や思想信条といった内面上の特徴を除いて、
ただ純粋な人間として『良く生きる』ことが出来るという意味だと思います。私のような聖職者が使える衛魔術を例にしますと、魔術は自らの魔力を自然現象や
物理法則に作用させて効力を発揮させるという性質上、使用者の魔力−これは内面上の特質ですね。これを超えるものを使えば、自分のみならず、場合に
よってはこの世界そのものに重大な影響を及ぼすかもしれません。となれば、講じるべき対策は、魔術の水準を区分けして使用者の魔力で無理なく使用
出来る魔術を使えるシステムを作ること・・・。」
「なるほど・・・。つまり、階級や役職というもの全てが悪というんじゃなくて、それが何のために存在するかということが明確にされていて、その立場にある者が
それを実証出来るかどうかってことね。よく『泥棒にも三分の理』とか言うけど、あれって『良く生きる』ことから外れちゃってる以上、手前勝手なへ理屈でしか
ないわよね。」
「そのとおりだと思います。私のような職業にも称号が幾つかありますし、教会には色々な役職がありますが、それは先程のような理由で使用出来る魔術を
区分けしているということに加え、それだけの資質を持った人間だからこそ出来ることを絶えず要求されているということだと思います。」
「逆に言えば、存在の意味を立証出来ないような階級や役職は無意味で、それに留まろうとしたり、それを維持しようというのは、それによって自己利益のみが
得られるからでしかない、ってことになるわね。」
「おっしゃるとおりだと思います。」

 リーナとルイは、他の三人を尻目に内容の濃い議論を闘わせる。以前よりは遥かに多くなったとは言え、普段他人と喋ることが少ないリーナがこれほど
喋るのは勿論、自分とさして年齢の変わらないリーナとルイがこれほど深い命題に対する真剣な議論を闘わせるだけの思考が出来ることは、アレンと
フィリアには驚き以外の何物でもない。

「・・・ルイだっけ?あんた、なかなか見所あるわね。聖職者の看板は本物だわ。」
「そう言っていただけると、この職業に就いていることを実証出来たような気がして嬉しいです。」

 リーナとルイは顔を見合わせて微笑む。他人を誉めるより罵倒する方が圧倒的に多いリーナが、会って間もない他人を賞賛するというのはこれまでなかった
ことだ。
アレン、フィリア、クリスの3人は、思わず食べる手と口を休めて二人の話に聞き入っていた。

「へぇ・・・。この超が付くほどの真面目人間ルイと互角に議論出来るなんて、リーナだっけ?あんた凄いね。」
「そう?あたしからすれば、こういう議論が出来る方が本当だと思うけどね。」
「いやいや、やっぱり此処に来てあんた達と出会えて良かったわ。ね?ルイ。」
「そうね。行く前は不安だったけど・・・。」
「何で?」

 アレンが尋ねると、クリスは少し身を乗り出し、左手を口に翳して周囲をチラチラ見ながら声量を落として答える。

「あんた達も薄々感じてると思うけど、このオーディションって、華やかな表向きとは違って結構どろどろしとるんよ。本選出場者と関係者しか居らへん
このホテルなんて人居るところ全てが殺気立ってた、って去年の村の出場者も言うとったし。」

 アレン達もクリスに言われるまでもなく、それを感じていた。
夕食時の混み具合がピークの時間帯にもかかわらず、店内から他の出場者同士の会話は一切聞こえて来ない。出場者らしい身形の整った女性とその護衛
らしい女性が時折二言三言話すことがある程度で、とても夕食のひと時という雰囲気ではない。

「せやから警戒してたんよ。アレン君と初めてロビーで出会った時も何か仕掛けてくるんやないか思てね。」
「それは、お、いや、私も同じ。ロビーなんて妙にピリピリしてたし・・・。」

 アレンが周囲を気にして無理矢理女言葉を遣うと、クリスがくすくす笑う。

「大丈夫やて、アレン君。普通に話しても。他の護衛なんてごつい奴ばっかやから、絶対分からへんよ。」
「それって・・・誉めてるの?」

 5人は顔を見合わせて笑う。アレンは苦笑いと言うべきか。そこだけ賑やかなテーブルを、他の出場者組や従業員は怪訝そうに見詰める・・・。
 他の出場者組とは違って楽しい夕食の一時を過ごした後、5人は一度それぞれの部屋に戻った。
しかし、間もなくクリスとルイがアレン達の部屋を訪ねて来た。ぼうっとしているよりは、折角知り合えた者同士で話をしたりしていた方が良いと思ってのことで
あり、それはアレン達も同じだった。
 5人はレストランを出てから雑貨屋で買った菓子やジュース−クリスのみ酒も付加−を持ち寄り、部屋の中央にあるソファに腰掛けて談笑していた。
3人用の部屋にも関わらず、ソファは全員が余裕をもって座れるだけの幅がある。座席はドアを入ってベランダ側から見て左側にリーナ、フィリア、アレン、
その向かい側にクリス、ルイという配置だ。
アレン達はクリスとルイに自分達が旅をしている理由を話した。

「・・・ふぅん。アレン君の父ちゃんを攫った奴を探して、ねぇ・・・。で、当ては?」
「それが、手がかりどころか音沙汰もさっぱりなくなっちゃって・・・。」
「なぁに。そういう奴って、忘れた頃か来て欲しくない時に向こうから勝手に来るもんやて。」

 部屋を出てから何か食べるに併せて酒を飲んでいるせいか、クリスには深刻さの欠片もない。
もっともルイに言わせると、素面のときと大差ないということだが。

「それにしても、あんた達がこのオーディションに出場した理由が財政難解消のためっちゅうのは、凄い現実的やねぇ。」
「仕方ないでしょ。お金がなきゃ野宿あるのみだし。ところで、あんた達はどういう理由で出たの?」

 フィリアが尋ねると、ルイが困惑の表情を浮かべる。

「それが・・・誰かが勝手に申し込んだんです・・・。私は興味もなかったので辞退しようと思ったんですが、クリスが出ろ、ってあまりにも強く勧めるので
断りきれなくて・・・。」
「誰かって分からないの?」
「はい。差出人不明の封書で申し込まれたと聞きました。」

 アレンの問いに、ルイは困惑の表情を崩さずに答える。

「ま、ええやないの。下馬評どおり圧勝して此処に来れたんやし。」

 そう言うクリスはいたって陽気だ。

「賞金はどうしたの?あたし達は事情が事情だから別だけど。」

 リーナが尋ねると、今度はクリスが困惑の表情を浮かべる。

「それがさぁ・・・。ルイが貰ったその日に中央教会付属の慈善施設に全部寄附しちゃったんよ。」
「えーっ?!」

 フィリアが思わず驚きの声を上げる。

「まあ、ルイの気持ちは分かるし、予選突破したのはルイ本人やから文句言えへんのやけどさ・・・。」

 とは言うものの、クリスはどこか不満そうだ。
予選突破の賞金はアレン達パーティーの差し迫った財政難どころか、当面の不安も一気に解消した程の額だっただけに、ルイの行動は思い切ったものと
言える。

「この娘、根っから真面目やからね。あたしは友達やからええ言うたのに、謝礼金きっちりくれたしさ。ううっ。」
「・・・単にあんたが不真面目なだけじゃないの?」

 リーナが鋭い突っ込みを入れると、泣き真似をしていたクリスの表情が強張る。

「痛いとこ突いてくれるわね。ま、よう言われるけど。」
「そんなの自慢にならないわよ。」

 リーナに一蹴されて、クリスはぐうの音も出ない。

「圧勝した、って言うけど、出場者って他にどのくらい居たの?」
「確か20人ほど・・・。去年本選に出場した方も居ました。」
「それで得票率8割だから凄いでしょ?文字どおり圧勝。ルイの出場を知った人は皆ルイが勝つ言うてたからね。」
「じゃ、村じゃ有名なんだね。」
「そうそう。見てのとおり美人でスタイルもええし、おまけに教会の祭祀部長やってて人望も知名度もあるから、男の目から見れば尚更勝って当然やて
思うやろ?アレン君。」
「うん。確かに美人だから、圧勝したっていうのも納得出来る。」

 クリスが冷やかし半分にアレンに問い掛けると、フィリアを仰天させる回答がアレンの口から飛び出した。
ルイが頬を急速に赤く染めて俯いた一方で、フィリアはアレンの方を向いたまま表情を一気に硬直させる。アレンが真顔で言っただけに、その衝撃はより
大きかったのだ。
クリスが誰にも見えない角度でニヤリと笑う。リーナはそ知らぬ素振りで一口サイズのチョコレートを食べている。

「ところでさ、俺、聖職者のことあまり知らないから初歩的なこと聞くと思うけど、祭祀部長って何?」

 ただ一人、自分の発言の与えた影響に気が付いていないアレンは、顔全体を真っ赤にして俯くルイに尋ねる。

「あ、え、はい・・・。冠婚葬祭や礼拝の陣頭指揮と実行を任される教会の役職です。」

 ルイは慌てて平静を装って答えたものの、顔色までは隠せない。

「そうなの。ルイはね、14歳で司教補15)になった、むちゃ優秀な聖職者なんよ。」

 すかさずルイの両肩に手を置いたクリスが補足する。
聖職者はその性質上、魔術師に比べて称号の昇格が早い段階から難しく、司教補昇格の平均年齢は20歳後半と言われている。しかも第二の聖地と
呼ばれるほどキャミール教の影響が大きいこの国で、地方とは言えど教会が主催する重要な行事である冠婚葬祭や礼拝を一手に握る祭祀部長という地位に
あるということは、相当の資質と人望がある証明でもある。

「と、ところでさ。最初は嫌々出てたのに結局本選に参加したってことは、やっぱり玉の輿を狙ってのこと?」

 危機感を抱いたフィリアが話題を強引に逸らす。クリスは内心舌打ちする。

「いえ、予選突破の賞金を頂いて、それを全額寄附しておいて本選出場辞退ということは出来ませんから。」
「でもさぁ、本当に出るのが嫌だったら、結果が分かった時点で辞退出来た筈よ。結局は何か目的があってでしょ?」

 ルイは黙って、少し視線を下に落とす。

「清純そうな素振りしてるけど、やっぱり玉の輿狙いか、そうでなければ人の多い都会に出て来ての男漁りが本心なんじゃないの?」
「違います!」

 ルイは強い調子できっぱりと否定する。

「じゃあ、目的は何?」
「そ、それは・・・。」
「言えないの?やっぱり人には言えない何かがあるんじゃない。人は見掛けによらないわね。」

 口篭もるルイを前に、フィリアは勝利を確信したかのような笑みを浮かべる。

「止めろよ、フィリア。」

 たまらずクリスが助け船を出そうとした時、アレンがフィリアを嗜める。予想もしなかった方向からのルイへの援護に、フィリアは戸惑いを隠せない。

「な、何よぉ。」
「そんな言い方ないだろ。」
「ちょ、ちょっと、ルイの味方する気?」
「そういうんじゃなくって、何か深い事情があるんだろうから、しつこく追求しちゃ駄目だって。」
「わ、分かったわよ・・・。」

 フィリアは渋々攻撃の手を引っ込める。これ以上ルイを追い詰めて逆にアレンとことを荒立てるのは、フィリアにとって不利でしかない。

「御免、ルイさん。フィリアも悪気があって言ったわけじゃないから・・・。」
「は、はい。」

 ルイの表情が明るくなる。

『アレン君、聞こえる?』

 不意にアレンの左耳にシーナの声が飛び込んで来た。アレンは右耳に取り付けていた赤い宝石の付いた受信機のイヤリングを外して、口元に近付ける。

「はい、シーナさん。聞こえますよ。」
『今、何してるの?』
「夕食を終えて寛いでるところです。」
『こっちはドルフィンを中央教会で診断してもらってね、呪詛解除の目処がついたの。今は宿に居るわよ。』

 端から見ると一人で話しているようにしか見えないアレンを見て、クリスは一度首を傾げてからリーナに尋ねる。

「アレン君、何やっとんの?」
「今別行動取ってる仲間と連絡取り合ってるのよ。あのイヤリングで。」
「イヤリングで?」

 シーナが魔術で創り出したイヤリング型の通信機を知る由もないクリスは半信半疑だ。

『2日あれば解除出来るって。』

 シーナの声が明らかに弾んでいる。

「そうですか。意外に早く解除出来るんですね。」
『ええ。もっと時間がかかるんじゃないか、って思ってたんだけど。良かったわ。』
「シーナさん、嬉しそうですね。」
『当然じゃない。』
「そういえば、イアソンはどうしてます?」
『イアソン君は別室よ。どうして?』
「いや、お二人がアツアツだと、イアソンの居場所がないんじゃないかなぁって。」
『あら、言ってくれるわね。でも、実際そうみたい。』

 表情は分からないが、さり気なく惚気られるところは流石と言えよう。

『そう言うアレン君はどうなの?』
「え?どうって?」
『誰かアレン君のお目に適う女の子は居たのか、ってこと。』

 アレンからはなかなか次の言葉が出ない。その視線が一瞬ルイに向けられたことと頬が仄かに赤らんできていることを、フィリアは見逃さなかった。

「・・・ええ、まあ・・・。」
『どんな娘?』
「そ、それはちょっと・・・。」

 アレンの言葉や表情に明らかに動揺の色が濃くなって来たことに、リーナ以外の3人は興味や疑惑を募らせる。

『後でゆっくり聞かせてね。アレン君が見初めた女の子って、興味あるから。』
「シーナさぁん・・・。」
『じゃあ、何か問題が起こったら直ぐに知らせてね。お休みなさい。』
「は、はい。お休みなさい。」

 通信を終えたアレンは、平静を装いながら受信機のイヤリングを耳に戻す。

「・・・何の話してたの?」

 アレンの動揺ぶりに疑惑を持ったフィリアが、早速アレンに笑顔を向ける。それが作られたものであることは、こめかみに浮かぶ青筋で容易に察しがつく。

「ドルフィンの呪詛解除の目処がついて、2日で解除出来るって。」
「それだけ?」
「イアソンはドルフィンとシーナさんとは別室だって。当たり前だよな。ははは。」
「それだけ?」

 フィリアの語気は言葉を発するごとに荒くなっている。アレンはじりじりと崖っぷちに追い詰められていく。

「うう・・・。それだけだって。」
「んなわけないでしょ。動揺してたのは何故?」

 すっかり弱気になってひたすら誤魔化そうとするアレンの襟元を、フィリアが怒りに任せて掴み上げる。

「言いなさい。」

 フィリアの目は怒り爆発寸前と言わんばかりの迫力を醸し出している。

「だ、だから、本当に・・・。」
「言いなさい!」

 とうとうフィリアの言葉に怒気が表面化し始めた。

「や、止めて下さい!」

 ルイが身を乗り出してフィリアの腕を抑える。

「何よ!邪魔する気?!」

 フィリアは爆発寸前の感情の矛先をルイに向ける。否、むしろルイが制止したことでより感情が高ぶったと言えよう。

「あんたに指図される覚えはないわ!引っ込んでなさい!」
「いい加減にしたら?みっともないわよ。」

 それまで黙っていたリーナが、ある意味普段どおりと言える冷淡な口調でフィリアを制止する。

「な、何よ!」
「あんた・・・本来あたしの護衛じゃないわよね?」
「ど、どういうことよ。」
「あんたに分かるように言い換えてあげれば、パーティーの金食い潰してまであたしの護衛になった身よね?」
「それがどうかしたの?」
「アレンはあたしが予選突破で得た謝礼金で付けた正規の護衛よ。その護衛に妙な手出ししないでくれる?」

 そう言って睨み付けたリーナの鋭い視線に、流石のフィリアもたじろく。

「あたしが頼んでもいないのに護衛になったあんたがこれ以上でしゃばった真似するなら、警備の兵士呼んで摘み出してやっても良いのよ?」
「そ、それは・・・。」
「分かったならアレンから手を放しなさい。」

 猛獣をも怯ませるようなリーナの迫力に圧されたフィリアは、アレンの襟元から手を放す。

「あ、ありがとう、リーナ。」
「良いのよ。それより・・・。」

 リーナはこれまた普段どおりと言おうか、素っ気無い。

「ドルフィンの呪詛が解除出来るって本当なの?アレン。」
「あ、ああ。」
「そう。此処まで来て、出来ません、って言われたんじゃ、話にならないもんね。」

 リーナの口元に柔らかい笑みが浮かぶ。ドルフィンを兄同然、否、それ以上に慕っているリーナとしては、ドルフィンの呪詛解除の目処が立ったという
知らせは嬉しいの一言である。

「お連れの方、どうかなさったのですか?」
「横恋慕でとち狂った奴に変な剣で斬られて、自己再生能力(セルフ・リカバリー)を妨害してまで傷を開こうとする呪詛をかけられちゃったのよ。」

 皮肉が篭った、しかし的を得た簡潔な説明はリーナらしい。

「厄介な呪詛ですね・・・。そのレベルでは僧正16)クラスでないと対処出来ないでしょう。」
「分かるの?」
「はい。職業柄、相反する力の効果や対処法は修行の一環として学んでいますから。対処法を実行出来るかどうかは称号に依りますけど。」
「アレン君の薬も解除出来るんやない?」
「薬は・・・呪詛とは違うから無理よ・・・。」

 ルイはチラリとアレンに視線を向ける。
アレンがベランダに面した壁にかかった柱時計を見る。時間は17ジムを超えようとしているところだ。

「もう切れる頃だよ。時間が時間だし。」
「切れるんやったら教えてよね。本来のアレン君がどないな17)もんか、興味あるし。ね?ルイ。」

 クリスの問いかけにルイは黙って小さく俯く。

「何の興味だか・・・。」

 ぼやいたアレンは、身体の内側が大きくびくんと脈動するのを感じる。
急速に胸の盛り上がりがなくなり、視線が少しずつ高くなっていく。目に見えてわかる変化に、初めて見るクリスとルイは緊張した面持ちで注目する。
「変化」が止み、アレンは手や首を何度か動かした後きつく感じるベルトを緩め、男に戻った感触を確かめる。

「・・・やれやれ。ようやく男に戻れた。良かった良かった。」

 本来の姿に戻れて一安心しているアレンに、クリスが我が目を疑っているといった様子で尋ねる。

「・・・それで・・・男に戻ったん?」
「そうだけど・・・?」
「背が多少伸びて声がちょいと低くなった程度で、あとは何も変わっとらへんやん・・・。」

 クリスの指摘に、フィリアとリーナは思わず吹き出す。

「わ、笑うなよ!」
「だ、だって・・・。」

 フィリアは腹を抱えて歯を食いしばり、大笑いしそうなところを懸命に耐えている。
リーナはチョコレートを吐き出さないように口を押さえてはいるが、その目と身体の震えは明らかに笑っている時のものだ。

「ったく、人の気も知らないで・・・。」

 アレンがぼやきを漏らす。もはや怒りを通り越して呆れるレベルに達したようだ。
男に戻ったアレンをクリスは驚きの表情でしげしげと観察する。ルイは表面上ぼうっとしているが、アレンに向けられる視線は熱い。

「へぇ・・・。こりゃ驚いたわ。凄い美形やないの。男に戻る言うからどないなごつい顔になるか思とったんやけど・・・。」

 クリスは興味津々という様子で、身を乗り出してアレンの頬や髪を撫で回す。

「肌は白くてすべすべやし、髪なんて艶もあってさらさらやん。羨ましいわぁ・・・。あたしのと交換して欲しいくらいやわ・・・。」

 クリスは素直に羨ましがっているらしい。

「ルイも触ってみぃよ。肌なんてすべすべやで。」
「え?わ、私は・・・。」
「何遠慮しとるんよ。折角の機会なんやから触らせてもらいぃな。ええやろ?アレン君。」
「ああ、良いよ。」

 何が折角なのかは分からないが、笑われるなら兎も角、触られるくらいなら別に気にはならない。

「ほら、アレン君もええ言うとるんやし。」
「・・・じゃ、じゃあ・・・。」

 ルイはゆっくり立ち上がったと思ったら、アレンの背後に回りこむ。アレンは勿論、フィリアもリーナもクリスと同様に身を乗り出して触るのかと思って
いただけに、意外且つ大胆な行動だ。

「し、失礼します・・・。」
「ど、どうぞ・・・。」

 緊張した面持ちのルイの右手が、おずおずとアレンの髪に伸びる。クリスとは違い、指先で丁寧になぞると言った方が相応しい触り方だ。

「綺麗・・・。」

 ルイの口から呟くような感嘆の声が漏れる。ルイの右手がアレンの髪から頬へゆっくりと降りていく。
何時の間にか、アレンは目を閉じていた。
ルイの指はアレンの頬を静かになぞると、それで終わることなく首筋へと降りていく。
 これにはクリスも目を見張る。最初こそ恐る恐る触っていたルイが、自分は触らなかった首筋にまで手を伸ばし、尚且つアレンが抵抗する素振りをまったく
見せないのだ。否、むしろアレンが触れられるのを心地良く思っているのは、その表情が如実に物語っている。
 ルイの指がアレンの白い首筋を優しくなぞる。アレンは何を言うこともなく首を傾ける。もっと触ってくれと言わんばかりに。ルイに首筋を曝すように。

「ちょ、ちょっと!いい加減にしなさいよ!」

 二人だけの世界に突入したかのような雰囲気のアレンとルイを、フィリアが強引に現実世界に引き戻す。

「す、すみません。」

 ルイは慌てて手を引っ込め、逃げるように元の場所に戻る。

「ったく、油断も隙もあったもんじゃないわね。」

 フィリアはアレンとルイを交互に睨む。ルイを見る視線には殺気さえ篭っている。
リーナがくくく・・・と声を忍ばせて笑い始める。

「・・・何がおかしいのよ。」
「アレンがあんまり気持ち良さそうにしてたから・・・。このまま放っておいたらどうなってたのか、って思ってね・・・。」

 リーナの言葉を受けてルイが一気に頬を赤く染めて俯く。どうやら感情がストレートに顔色に出るタイプらしい。

「く、くだらないこと想像してんじゃない!」

 フィリアは怒りで顔を赤くして怒鳴る。それでもリーナは笑いを止めない。
アレンは気まずいのか照れくさいのか、視線をドアの方へと向けていた・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

12)パーソン・カード:ランディブルド王国の成人(18歳以上)を示す証明書。クレジットカード程度の大きさ。王国では全ての成人が常時携帯を義務付け
られている。酒や煙草を購入する時などはこのカードを提示しければならないし、提示しないで売買したりすると犯罪になる。旅行者は適用を除外されるが、
酒や煙草は宿でしか飲めない。


13)ピーゲル貝:この世界におけるハマグリの呼称。小さいものでも幅10cm、フィリアが食べているような大きいものでは幅20cm以上ある。

14)師範代:ランディブルド王国の武術道場では、上から順に総師範、師範、師範代、準師範代、上級拳徒、拳徒、見習拳徒という階級がある。18歳にして
師範代のクリスは、かなり強い武術家である。


15)司教補:キャミール教の聖職者の階級の下から6番目の称号。

16)僧正:キャミール教の聖職者の下から15番目の称号。

17)どないな:「どんな」と同じ。方言の一つ。

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