「この辺で二手に分かれましょう。」
先頭を歩いていたイアソンが三叉路で立ち止まって後ろを向く。「リーナ、アレン、フィリアは指定の宿泊施設へ、ドルフィン殿、シーナさん、そして俺は中央教会と宿泊先へ行くということで。」
「そうね。この人ごみでドルフィンを彼方此方連れ回すわけにはいかないし・・・。でも、貴方達は大丈夫?仮にも女の子3人だけなんだし。」
「大丈夫ですよ。言い寄ってくる男には肘鉄を食らわせますから。」
「じゃあ、気を付けてね。くれぐれも女の子3人だってことを忘れないでね。」
「シ、シーナさん・・・。俺、男なんですけど・・・。」
「今のアレン君を見て、男の子だって思う人なんて誰も居ないわよ。」
「皆して俺をからかってさ・・・。そんなに面白いか?」
アレンは怒り混じりのぼやきを漏らす。「だって・・・、アレン、本当に可愛いんだもん。」
「顔といいスタイルといい、女が本職のあたし達だって羨ましいくらいよ。」
「アレン君。これ渡しておくわね。」
シーナは親指くらいの大きさの貝殻の形をした、片側には中央に青い宝石、もう片方には中央に赤い宝石がついているイヤリングをアレンの左手に「・・・こ、これをしろと?」
とことん玩具にされている気がして、アレンの怒りは爆発寸前に達しようとしていた。「それは通信機よ。いかにもって形だと持ち込んだときに怪しまれるから作っておいたの。」
「通信機・・・って何ですか?」
「通信機っていうのはね、遠距離に居る相手と直接会話が出来る装備のことよ。」
「これで・・・そんなことが出来るんですか?」
「そう。これから別行動になるけど、この先何があるか分からないわ。これで連絡を取り合いましょう。」
「そうですね。」
「青い宝石のついている方が受信機。絶えず耳に着けておいてね。赤い宝石のついている方が送信機。これで喋ったことが相手に伝わるわ。どちらも
なくさないようにね。」
「アレン君。よく聞いて。」
「は、はい。」
「宿泊施設に入ったら、オーディション本選終了までアレン君は一人でリーナちゃんとフィリアちゃんを守らなきゃならない。私もドルフィンもイアソン君も
直接は助けられないと思う。女の子二人を守れるのはアレン君しか居ないの。しっかりね。」
「・・・はい。」
「貴方達も喧嘩したりしてアレン君に迷惑を掛けないようにね。誰かを守るってことは想像以上に負担が大きいことだから。」
「「は、はいっ。」」
「じゃ・・・、行ってきます。」
「本当に気を付けてね。何かあったらすぐに連絡してね。」
「はい。」
「ねえ、アレン。白いシャツって、何か意味あるの?」
「え?・・・さあ。」
「フフン。あんた、そーんなことも知らないの?」
フィリアがアレンの陰から誇らしげな表情を見せる。「白いシャツを祭りの時に着るのはキャミール教の敬虔な信者の証なのよ。白は神に会い見(まみ)える時の色、ってやつね。」
「偉そうに。どうせイアソンの奴に聞いたんでしょ?」
「・・・な、何言ってんのよ。」
「さも自分が最初から知っていたかのように言ってのけるなんて、負け犬らしいわね。」
リーナが嘲笑混じりに言うと、フィリアは顔面を引き攣らせる。ことある毎に負け犬と罵られては、プライドの高いフィリアには神経を一本一本念入りに「止めろよ二人共。シーナさんにさっき言われたばかりじゃないか。」
アレンはうんざりした表情を浮かべる。「それに俺から離れないでよ。此処ではぐれたら大変なことになるから。」
「はいはい。しっかり探してよ、護衛さん。」
「大丈夫。あたしはアレンの傍から絶対離れないわよ。」
アレンの腕にしがみ付くフィリアは、何も変わってはいない。今アレンが女になっているということは、こういう時になると都合よく度外視されるらしい。「・・・ねえ、あれじゃないの?」
リーナがアレンの右腕を人差し指で突く。リーナが指差した方を見ると、一際目立つ煉瓦造りの立派な建物がある。「・・・ああ、あれだな。間違いない。」
アレンは略図と景色の位置関係を数回見比べて頷く。「サン・アデルド・ホテル8)。あれに間違いないよ。」
「じゃあ、早く行きましょ。早くベッドに横になりたいから。」
「分かった分かった。急ごう。」
アレンはリーナに引っ張られるままに、左腕にフィリアがしがみ付いたままでホテルの方へ向かう。「何か御用でしょうか?」
三人の正面に居た兵士が、丁寧ながらも威圧感のある太い声で尋ねる。「何?この扱いは。オーディション本選出場者とその護衛、プラス1名に対するものとは、とても思えないわね。」
リーナは兵士達の威圧感に臆することなく、険しい表情で鋭く言い返す。おまけ扱いされたフィリアは顔面をぴくっと引き攣らせたが、喧嘩を仕掛ける「パンの予選を突破して来ました。これが証明書です。」
アレンが革袋から封筒に入った、予選通過証明書を広げて兵士達に見せる。「あ、これは確かに・・・。失礼致しました。」
「分かったらとっとと退いて!邪魔よ!」
「失礼致します。」
白のウェルダに身を包んだ青年が三人に声をかけて来た。「長旅お疲れ様でした。ようこそ当ホテルにお越しくださいました。」
「これが証明書です。」
「・・・ほう、パンから。あの町の予選をトップで通過されたとは。」
「部屋は何処になるんでしょうか?」
「えっと・・・リーナ・アルフォン様ご一行のお部屋は・・・、3階の323号室になりますね。こちらが部屋の鍵になります。」
「ありがとうございます。では・・・。」
「その前に・・・申し訳ありませんが、お連れ様のチェックをあちらの方でさせていただきたいのですが。」
「これでどう?」
アレンの突拍子もない行動に青年は勿論、後ろの女性−チェックは彼女が担当している−や周囲にいた他の従業員、そしてフィリアとリーナは当然「な、な、何してんのよ?!」
リーナが慌ててアレンの胸元を隠させる。「あ、あ、け、結構です。で、では、か、係の者を呼びますので・・・。」
青年は予想外の行動に動転しながらも、懸命に平静を装っている様子だ。「け、結構です。自分達で探しますから。あ、あはははは。」
「そ、そうそう。自分のことは自分でしますので・・・。おほほほほ。」
「バカ!あんた、何やってんのよ!」
リーナの怒声は勿論小声だ。アレンが男だとばれたら自分の本選出場権剥奪は勿論、賞金なども没収されるから、その辺は弁えている。「え?女かどうか確かめようとしたんだから、見せただけじゃないか。」
「あんた、今、女でしょ?!女が人前で胸はだけるなんて、普通しないわよ!あれじゃ、露出狂そのものじゃないの!」
「これじゃ変態御一行様って、有名になっちゃうじゃない!何てことしてくれたの、あんたは!」
「良いじゃないか。あれなら一発だし。」
「・・・ねえ。とりあえず、部屋に行かない?」
フィリアはかなり言いにくそうに話を切り出す。「そ、そうね・・・。」
リーナはアレンの襟元から手を放す。「ほら、さっさとボタン嵌めなさいよ。」
顔を紅くしたまま視線を逸らすリーナを不思議そうに見ながら、アレンは服のボタンを嵌める…。「へぇーっ、大したもんだなぁ。そう思わない・・・って、あれ?」
感心しきりだったアレンが同意を求めようとすると、フィリアはとっくに寝息を立てていて、リーナもけだるそうに顔を上げるだけだ。「何がよぉ・・・。あたし、どっと疲れが出てきちゃったわ。寝させて。」
「寝させてって・・・、まだ真っ昼間だぞ。」
「良いから寝させて。誰のせいでこんなに疲れたと思って・・・、って言っても、あんたには分かんないか・・・。」
「じゃあ、俺、暇潰しを兼ねて建物の中見て回って来るから・・・って言っても、聞こえてないか。」
アレンは、熟睡しているフィリアとリーナを残して、鍵と剣を持って部屋を出てドアに鍵をかける。「広いなぁ・・・。」
一頻りホテル内を歩いたアレンは、空いていたロビーのソファに腰掛けて溜息を吐く。「いやぁーっ、よやっと9)着いたわねぇ。」
いきなりその緊張感を無にするような声がロビーに響く。「クリス。みっともないわよ。」
「なーに言うとんのよ、ルイ。あんたは10日後にあのど田舎とは比較にならへん数の人間の前に出るんやから、今のうちから度胸付けとかな駄目やで。」
「さ、立って。まず部屋を聞いて荷物を置きに行きましょう。」
「はいはい。分かってますって。ちょっと、そこの兄ちゃん。こっち来てぇな。」
「な、長旅お疲れ様でした。よ、ようこそ。当ホテルへ・・・。」
青年は出来ることなら関わりたくないという様子だ。「私達、ヘブルから来ました。これが証明書です。」
ルイが証明書を提示する。「・・・ヘブルからですか。定数1の予選を突破されたのは・・・、失礼ですが、貴方様・・・ですか?」
「はい。私です。」
「普通・・・これはお連れの方が持たれるものなんですが・・・。」
アレンはパンの町でリーナが予選通過証明書を渡された時に、役所の職員が言っていたことを思い出す。証明書の携帯やその提示、諸手続きは護衛が「ええやないの。固いこと言わない!こんな紙切れ、誰が持ってても同じでしょうが。でも、こんな紙切れでも再発行の手続きとか面倒やし、あたし、がさつな
性格やから無くしちゃうとあかんからってことで、ルイに持っておいてもらったっちゅうわけ。」
「というわけなんです。詳しいお話が必要でしたら私の方からさせていただきますので、とりあえず部屋を教えていただけけませんか?」
「は、はい。えーと・・・ルイ・セルフェス様ご一行のお部屋は・・・、3階の324号室になります。こちらがお部屋の鍵になります。」
「・・・俺達の部屋の隣じゃないか。」
「どもども。あー、久々にベッドに横になれるわぁ。」
「念のため、お連れ様のチェックをあちらの方でさせていただきたいのですが・・・。」
「なあに?あたしが女かどうか試したいん?ふーん。これでどや?」
クリスはボタンのないシャツの襟を人差し指でぐいと押し下げ、青年に胸元を見せ付ける。青年はたじろきながらも、視線はしっかり胸元に注がれている。「ちょ、ちょっと・・・。」
「フフフ。これでもご不満なら、もっとしっかり確かめてみる?あんたのあっちの方のテクニックも確かめられるで?」
「クリス!いい加減になさい!係の人に迷惑でしょ!」
「んもう。相変わらずお堅いわねえ。」
クリスはつまらなさそうに青年から離れる。「すみません。ご迷惑をおかけしました。部屋へは自分達で行きますので。」
「はいはい、そんなに気ぃ遣っとったら身ぃ持たへんよ!さ、行きましょ!」
「あの、ちょっと・・・。」
アレンは思わず立ち上がって声をかける。すると、これまで暢気そのものだったクリスの表情が一転して厳しいものになり、ルイを素早く背後に回して「何?!ルイに手出ししようってんなら、容赦せえへんよ!」
どうやらルイを護衛する気構えはまともらしい。「ち、違う。そうじゃなくって・・・、あの、部屋、隣だから・・・何なら案内しようかと・・・。」
クリスの凄まじい殺気を感じたアレンは、しどろもどろに説明する。「・・・どうする?ルイ。何ならあいつら同様、頭かち割ったるけど。」
鋭い突起が付いたグローブ10)を構えながら、クリスが背後のルイに小声で尋ねる。その視線はアレンに向けられたままで、警戒心が嫌でも感じ取れる。「折角ああ言ってくれてるんだから、お言葉に甘えましょう。」
「ってことやから、案内してもらうわ。言っとくけど、変な真似したら・・・これやで?」
「じゃ、ついて来て・・・。」
アレンに連れられてルイとクリスが立ち去った後、青年は疲れきった表情で大きな溜息を吐く。「今年は変な人間が多いなあ・・・。」
アレンとルイ、クリスは階段を上っていた。アレンが先頭を歩き、その後ろにクリス、ルイの順で並んでいる。「しっかし、あんたも変人よねえ。このホテルの中で他の出場者組に声かけるなんてさ。」
予想外にもクリスが先に声をかけて来た。「止めなさいよクリス。折角案内してもらっているのに。」
「ルイ。こいつがご丁寧にも案内するって申し出てきたんだから、気ぃ遣わんでもええんよ。」
「クリス!そんな言い方ないでしょ!失礼じゃない!」
「わ、分かったわよ。んもう。本当にお堅いわねえ・・・。」
「すみません。私からお詫びします。」
「あ、いや、そんなに気にしてないから・・・。」
「この際やから、自己紹介くらいしといた方が良いわね。あたし、クリス・キャリエール。で、こっちが・・・。」
「ルイ・セルフェスと申します。」
「お・・・いや、私、アレン・クリストリア。」
「アレン?男みたいな名前やね・・・。ところであんた、言葉のアクセントがこの辺のと違うけど、どっから来たん?」
「レクス王国から・・・。」
「レクス王国・・・?何処?それ。」
「えっと・・・。カルーダ王国って知ってる?」
「カルーダ・・・。ああ、知っとる。魔術と医術、薬学の総本山って有名なあの国やね?」
「そう。そのカルーダ王国から海を2日程西に渡ったところにある国。」
「へぇーっ、そないな11)遠い所からも出場者が来るなんて、この国のオーディションも有名になったもんやね。」
「いや、お、いや、私は護衛。」
「へ?護衛なん?ってことは、あんたより美形な娘が本選出場者なん?」
「ふーん。どうやらレベルの高い争いになりそうやね。ま、ルイに勝てるかどうかは別として。」
「クリス・・・。」
「何処行ってたのよ、あんたは!まかりなりにも護衛役のあんたが、護衛の対象を放り出してどうすんのよ!」
やはり、リーナは相当不機嫌だった。「だ、だって、さっさと寝ちゃうし、暇だったから・・・。」
「えーい!ぐだぐだ言い訳するんじゃない!」
「あんたが、本選出場者なん?」
「だったら何よ。あんた誰?」
敵意丸出しのリーナに対して、クリスは陽気かつ関心を持った表情を向ける。「へえ・・・。この美形の娘が護衛言うから、どんな娘やと思たら、ブラック・オニキスやん。あたし、初めて見た。凄く綺麗よね?ルイ。」
「私も初めて見るけど、本当に綺麗ね。」
「・・・アレン。何処からそいつらを連れてきたの?」
「ひととおりホテルを歩き回ってロビーで一息吐いていた時、部屋が隣だって聞いたから案内したんだ・・・の。」
「アレンって結構人懐っこいのねぇ。でも、あたしの護衛ってことは忘れないでよ。」
「分かってるって・・・わよ。」
「んなっ?!」
突然のことにアレンは妙な声を出した。リーナは声も出ない。「何してるの、クリス!」
「いやさ・・・何やら妙やなぁ思て。」
「言葉遣いがえらいぎこちないんよねぇ。無理矢理女言葉使とるっちゅう感じでさ。で、もしかしたら女装しとるんやないか思て、確かめてみたってわけ。
でも・・・しっかりあったわ。それも相当でかい。あの分やと、ルイとどっこいどっこいっちゅうとこかな?」
「な、何言ってるの!」
「あんた達・・・そういう関係だったの?」
「いやーね、違うわよ。女同士なら時々ふざけて掴んだりするやろ?」
「あたしはしないわね。」
「ふーん。それにしても・・・、あんた達みたいな美形の組っちゅうのも珍しいわね。普通、護衛は傭兵とかやっとる関係でごっつい体格しとるから。」
「そりゃ当然。あたしの護衛だもの。」
「おー、大した自信やね。でも、定数1のヘブル村予選を得票率8割で圧勝したルイも負けてへんで。」
改めてルイを見てみると、やや褐色を帯びた肌と長い銀色の髪という魅惑的なコントラスト、男のアレンとほぼ同じくらいの身長、繊細な体のライン、「なかなか高レベルの争いになりそうね。ま、結果は別として。」
「お互い頑張りましょう。どうぞ宜しく。」
「な、何か調子狂うわね。」
リーナ自身も見知らぬ相手の握手に応じたことに戸惑っているようだ。「じゃ、あたし達、ひとまず部屋に荷物置いて来るわ。」
「あ、じゃあ、また後で。」
「・・・変わった奴等ね。」
「リーナ、変わったね。」
「何が?」
「色々。」
「何よそれ。さ、中に入るわよ。」