Saint Guardians

Scene 6 Act 2-1 強敵-Rival- 新たなる出逢いの時

written by Moonstone

 巨大なゲートを潜るとそこはまさに楽園だった。
建物や通りは花や装飾品で彩られ、無意識に踊りだしてしまいそうな陽気な音楽が人々の歓声と共に聞こえて来る。ランディブルド王国一の大都市フィルは
お祭りムード一色に染まっている。

「この辺で二手に分かれましょう。」

 先頭を歩いていたイアソンが三叉路で立ち止まって後ろを向く。

「リーナ、アレン、フィリアは指定の宿泊施設へ、ドルフィン殿、シーナさん、そして俺は中央教会と宿泊先へ行くということで。」
「そうね。この人ごみでドルフィンを彼方此方連れ回すわけにはいかないし・・・。でも、貴方達は大丈夫?仮にも女の子3人だけなんだし。」

 シーナが真顔で言うと、リーナとフィリアはくすくす笑う。
護衛は女性のみというシルバーローズ・オーディションの規定のため、よりによって本当に女になる羽目になったアレンはやり場のない怒りに震えている。
アレンの怒りを知ってか知らずか、フィリアはいたって明るい笑顔を向ける。

「大丈夫ですよ。言い寄ってくる男には肘鉄を食らわせますから。」
「じゃあ、気を付けてね。くれぐれも女の子3人だってことを忘れないでね。」

 アレンは俯き、細かく体を震わせる。

「シ、シーナさん・・・。俺、男なんですけど・・・。」
「今のアレン君を見て、男の子だって思う人なんて誰も居ないわよ。」

 シーナの言葉にアレンを除く全員が大きく何度も頷く。
確かに女になった今のアレンは間違いなく可愛い。さらに胸の膨らみは女性陣が目を見張るほど大きい。これでは男と思えという方が無理である。

「皆して俺をからかってさ・・・。そんなに面白いか?」

 アレンは怒り混じりのぼやきを漏らす。
アレンが予想以上に可愛い女の子になったのを良いことに、化粧をされるわ、スカートを履かされるわ、下着を合わせられるわと、散々玩具にされて来た。
女になるのもチェックがある指定の宿泊施設へ入る前で良いのに、ラフォルの町以来パーティーの面々が面白がってアレンはずっと女にされている。

「だって・・・、アレン、本当に可愛いんだもん。」
「顔といいスタイルといい、女が本職のあたし達だって羨ましいくらいよ。」

 かく言うフィリアとリーナは、アレンが女になったことを特に面白がっている。それが分かっているだけに、アレンの怒りは余計に募るというものだ。

「アレン君。これ渡しておくわね。」

 シーナは親指くらいの大きさの貝殻の形をした、片側には中央に青い宝石、もう片方には中央に赤い宝石がついているイヤリングをアレンの左手に
握らせる。

「・・・こ、これをしろと?」

 とことん玩具にされている気がして、アレンの怒りは爆発寸前に達しようとしていた。

「それは通信機よ。いかにもって形だと持ち込んだときに怪しまれるから作っておいたの。」
「通信機・・・って何ですか?」

 アレンの疑問はもっともだ。この世界での通信手段は郵便かファオマくらいしかないのだから。

「通信機っていうのはね、遠距離に居る相手と直接会話が出来る装備のことよ。」
「これで・・・そんなことが出来るんですか?」
「そう。これから別行動になるけど、この先何があるか分からないわ。これで連絡を取り合いましょう。」
「そうですね。」
「青い宝石のついている方が受信機。絶えず耳に着けておいてね。赤い宝石のついている方が送信機。これで喋ったことが相手に伝わるわ。どちらも
なくさないようにね。」

 アレンは半信半疑で左の耳たぶに受信機、右の耳たぶに送信機を取り付ける。イアリングの着け方はこれまで玩具にされてきた過程で覚えたのだが、
アレンにとってはあまり身につけたくない技術であることには間違いない。

「アレン君。よく聞いて。」
「は、はい。」

 シーナはアレンの両肩に手を置くと、アレンは反射的に返答する。その表情はいつになく真剣で、アレンも緊張で思わず身を固くする。

「宿泊施設に入ったら、オーディション本選終了までアレン君は一人でリーナちゃんとフィリアちゃんを守らなきゃならない。私もドルフィンもイアソン君も
直接は助けられないと思う。女の子二人を守れるのはアレン君しか居ないの。しっかりね。」
「・・・はい。」

 アレンは表情を引き締めてしっかりと頷く。俄かに男の剣士としての自覚が沸き上がって来た。シーナはアレンの肩から手を離して、フィリアとリーナの
方を向く。

「貴方達も喧嘩したりしてアレン君に迷惑を掛けないようにね。誰かを守るってことは想像以上に負担が大きいことだから。」
「「は、はいっ。」」

 フィリアとリーナも思わず直立不動で返答する。シーナの口調は穏やかだけに、余計に心に迫るものがある。

「じゃ・・・、行ってきます。」
「本当に気を付けてね。何かあったらすぐに連絡してね。」
「はい。」

 心配そうな表情のシーナに、アレンは笑顔で応える…。
 アレン、フィリア、リーナの三人は中央にアレン、その左側にフィリア、右側にリーナが横一列に並ぶ形で指定の宿泊施設へ向かっていた。
アレンが町の入り口にあったプラカード・インフォメーションを基にイアソンがメモした略図と町の風景を交互に見比べながらホテルを探す一方で、フィリアと
リーナは祭り一色の町の雰囲気を楽しんでいた。
 顔つきや肌の色や髪の色、服装が異なる人々が入り乱れ、彼方此方から笛や太鼓の音が空気を揺らして三人の耳に届いて来る。その中で、白いシャツを
着ている人とそうでない人が居るのがリーナにとって引っかかる。

「ねえ、アレン。白いシャツって、何か意味あるの?」
「え?・・・さあ。」

 ホテル探しに集中していたアレンは、突然の問いかけに答えられず首を傾げるしかない。

「フフン。あんた、そーんなことも知らないの?」

 フィリアがアレンの陰から誇らしげな表情を見せる。

「白いシャツを祭りの時に着るのはキャミール教の敬虔な信者の証なのよ。白は神に会い見(まみ)える時の色、ってやつね。」
「偉そうに。どうせイアソンの奴に聞いたんでしょ?」
「・・・な、何言ってんのよ。」

 そうは言うものの、フィリアの視線は彼方此方に飛び、うろたえているのが明らかだ。図星だったらしい。

「さも自分が最初から知っていたかのように言ってのけるなんて、負け犬らしいわね。」

 リーナが嘲笑混じりに言うと、フィリアは顔面を引き攣らせる。ことある毎に負け犬と罵られては、プライドの高いフィリアには神経を一本一本念入りに
引き千切られるようなものだ。

「止めろよ二人共。シーナさんにさっき言われたばかりじゃないか。」

 アレンはうんざりした表情を浮かべる。

「それに俺から離れないでよ。此処ではぐれたら大変なことになるから。」
「はいはい。しっかり探してよ、護衛さん。」

 リーナは少しむくれた顔で町の風景に視線を戻す。以前であれば「あたしに命令するな」という怒声と共に平手打ちの一撃でもあって良さそうなものだが、
最近のリーナは違って来ている。

「大丈夫。あたしはアレンの傍から絶対離れないわよ。」

 アレンの腕にしがみ付くフィリアは、何も変わってはいない。今アレンが女になっているということは、こういう時になると都合よく度外視されるらしい。
アレンは左腕のフィリアを少々邪魔に感じつつ、略図と景色を交互に眺めながらホテルを懸命に探して混雑する通りを進む。

「・・・ねえ、あれじゃないの?」

 リーナがアレンの右腕を人差し指で突く。リーナが指差した方を見ると、一際目立つ煉瓦造りの立派な建物がある。

「・・・ああ、あれだな。間違いない。」

 アレンは略図と景色の位置関係を数回見比べて頷く。

サン・アデルド・ホテル8)。あれに間違いないよ。」
「じゃあ、早く行きましょ。早くベッドに横になりたいから。」

 リーナはアレンの腕を取って引っ張る。

「分かった分かった。急ごう。」

 アレンはリーナに引っ張られるままに、左腕にフィリアがしがみ付いたままでホテルの方へ向かう。
人波を暫く掻き分けていくと、城か宮殿をそっくりそのまま運んで来たかのような巨大な建造物が三人の目の前に全容を現す。真新しい煉瓦の壁には
「第21回シルバーローズ・オーディション本選参加者宿泊指定施設」と大書された看板が掲げられ、周囲には重武装の兵士達が多数目を光らせている。
流石に女優やモデル、そして貴族子息との結婚への登竜門と言われるだけのことはある。
 三人は緊張した面持ちで正面玄関へ足を運ぶ。勿論、フィリアもアレンの腕から離れている。
正面玄関に通じる階段を目の前にしたところで、周囲から兵士が駆け寄り、あっという間に三人を包囲した。

「何か御用でしょうか?」

 三人の正面に居た兵士が、丁寧ながらも威圧感のある太い声で尋ねる。

「何?この扱いは。オーディション本選出場者とその護衛、プラス1名に対するものとは、とても思えないわね。」

 リーナは兵士達の威圧感に臆することなく、険しい表情で鋭く言い返す。おまけ扱いされたフィリアは顔面をぴくっと引き攣らせたが、喧嘩を仕掛ける
雰囲気ではないことくらいは分かるのでぐっと堪える。

「パンの予選を突破して来ました。これが証明書です。」

 アレンが革袋から封筒に入った、予選通過証明書を広げて兵士達に見せる。

「あ、これは確かに・・・。失礼致しました。」
「分かったらとっとと退いて!邪魔よ!」

 リーナが一喝すると、兵士達はさっと道を開ける。こういう時、リーナの気の強さは頼りになる。
三人はアレンを先頭にして敬礼する兵士達の横を通って階段を上り、門番の兵士が開けた正面玄関からホテルへ足を踏み入れる。
 そこはまさに、御伽噺の世界に出て来る宮殿や豪華な屋敷そのものだった。煌びやかな調度品の数々。ゆったりした配置のソファ。美しく磨かれた床や窓。
初めて見る光景に、三人は暫し足を止めて眺める。

「失礼致します。」

 白のウェルダに身を包んだ青年が三人に声をかけて来た。

「長旅お疲れ様でした。ようこそ当ホテルにお越しくださいました。」
「これが証明書です。」

 アレンが青年に証明書を提示する。

「・・・ほう、パンから。あの町の予選をトップで通過されたとは。」
「部屋は何処になるんでしょうか?」
「えっと・・・リーナ・アルフォン様ご一行のお部屋は・・・、3階の323号室になりますね。こちらが部屋の鍵になります。」

 青年は手にしていた紙を広げて、びっしり書かれた本選出場者のリストからアレン達の部屋を探して部屋を告げ、アレンに鍵を手渡す。

「ありがとうございます。では・・・。」
「その前に・・・申し訳ありませんが、お連れ様のチェックをあちらの方でさせていただきたいのですが。」

 青年が奥の方を案内しようとした時、アレンは何を思ったか、シャツのボタンを数個外して青年の目の前でばっとはだけた。

「これでどう?」

 アレンの突拍子もない行動に青年は勿論、後ろの女性−チェックは彼女が担当している−や周囲にいた他の従業員、そしてフィリアとリーナは当然
仰天する。

「な、な、何してんのよ?!」

 リーナが慌ててアレンの胸元を隠させる。

「あ、あ、け、結構です。で、では、か、係の者を呼びますので・・・。」

 青年は予想外の行動に動転しながらも、懸命に平静を装っている様子だ。

「け、結構です。自分達で探しますから。あ、あはははは。」
「そ、そうそう。自分のことは自分でしますので・・・。おほほほほ。」

 フィリアとリーナは引き攣った笑いを浮かべながら、怪訝な表情のアレンを引き摺ってその場から走り去る。
廊下を驀進し、角を曲がったところで人気がないのを確認して、リーナがアレンの襟元を掴み上げる。

「バカ!あんた、何やってんのよ!」

 リーナの怒声は勿論小声だ。アレンが男だとばれたら自分の本選出場権剥奪は勿論、賞金なども没収されるから、その辺は弁えている。

「え?女かどうか確かめようとしたんだから、見せただけじゃないか。」
「あんた、今、女でしょ?!女が人前で胸はだけるなんて、普通しないわよ!あれじゃ、露出狂そのものじゃないの!」

 リーナの顔は風呂上がりのように紅潮している。

「これじゃ変態御一行様って、有名になっちゃうじゃない!何てことしてくれたの、あんたは!」
「良いじゃないか。あれなら一発だし。」

 リーナは、他人事のように答えるアレンに怒る気力すら無くし、震えながら俯いてしまう。
幾ら身体が女になったとは言え、頭の中は男のままなのだ。
まさかあんな行動に出られるとは予想していなかっただけに、格好の護衛を付けられたと安心しきっていたリーナは、自分の油断を思い知らされた。

「・・・ねえ。とりあえず、部屋に行かない?」

 フィリアはかなり言いにくそうに話を切り出す。
女になったアレンで面白がっていた矢先にある意味「男らしい」ところを見せ付けられて、フィリアもなかなか動揺を鎮められないで居る。

「そ、そうね・・・。」

 リーナはアレンの襟元から手を放す。

「ほら、さっさとボタン嵌めなさいよ。」

 顔を紅くしたまま視線を逸らすリーナを不思議そうに見ながら、アレンは服のボタンを嵌める…。
 のっけからとんだハプニングに見舞われたフィリアとリーナは、部屋に入るなりベッドに飛び込むように横になる。
パンの町からファオマを通じた連絡を受けて用意された三人用の部屋はちょっとした家一件分の広さがあり、アレンが最も驚いたのは台所やトイレといった
生活設備まで完備されているということだ。
 アレンが試しに台所のポンプを上下させると、確かに水が出て来る。トイレもポンプを上下させると、便器の一部が開いて流すという簡易式の水洗だ。
一人どころか10人くらいは十分足を伸ばせる風呂まで完備されている。初めて目にする数々の近代的な生活設備に、アレンは驚きを隠せない。

「へぇーっ、大したもんだなぁ。そう思わない・・・って、あれ?」

 感心しきりだったアレンが同意を求めようとすると、フィリアはとっくに寝息を立てていて、リーナもけだるそうに顔を上げるだけだ。

「何がよぉ・・・。あたし、どっと疲れが出てきちゃったわ。寝させて。」
「寝させてって・・・、まだ真っ昼間だぞ。」
「良いから寝させて。誰のせいでこんなに疲れたと思って・・・、って言っても、あんたには分かんないか・・・。」

 リーナはそれだけ言うと、枕に顔を埋めて目を閉じる。一人事態が飲み込めていないアレンは首を傾げるしかない。

「じゃあ、俺、暇潰しを兼ねて建物の中見て回って来るから・・・って言っても、聞こえてないか。」

 アレンは、熟睡しているフィリアとリーナを残して、鍵と剣を持って部屋を出てドアに鍵をかける。
オーディション本選出場者と護衛は一度この指定宿泊施設に足を踏み入れると、本選終了まで軟禁状態に置かれる。本選まで10日余り、ホテルという閉鎖
空間で過ごさなければならない。曲がりなりにもリーナの護衛として本当に女になってまでこのホテルに潜り込んだアレンは、暇潰しを兼ねてホテルの構造を
把握し、不測の事態に備えるつもりでいる。
 このところ全く音沙汰がないとは言え、何時ザギやその配下、或いはザギを配下に置くガルシアの刺客が牙を向いて襲い掛かって来るか分からない。
見知らぬ建物に入ったら少なくとも最短の逃走経路を確認しておくようにと、アレンはドルフィンから言われている。
アレンは周囲を見回しながら廊下を歩き回り、部屋から階段までの距離と位置関係を掴んでいく。

「広いなぁ・・・。」

 一頻りホテル内を歩いたアレンは、空いていたロビーのソファに腰掛けて溜息を吐く。
周囲には既に化粧をした上に上等の服を着て臨戦態勢に入っている女性の脇に、武器の柄に手をかけて別の意味での臨戦態勢に入っている女性の
組み合わせが幾つもある。
既に女の闘いは始まっている。ぴりぴりした緊張感を否応無しに感じたアレンは、とんでもないところに来たと思い始めた。

「いやぁーっ、よやっと9)着いたわねぇ。」

 いきなりその緊張感を無にするような声がロビーに響く。
アレンが見ると、玄関のドアの直ぐ傍で、大きな荷物を背負った若草色の髪をポニーテールにした活発そうな女性が座り込んでいて、その後ろにはやはり
大きな荷物を背負った、銀色の長い髪の物静かそうな女性が呆れた表情で溜息を吐いていた。
アレンは銀色の髪の女性を見て、胸がドキッと高鳴るのを感じる。

「クリス。みっともないわよ。」
「なーに言うとんのよ、ルイ。あんたは10日後にあのど田舎とは比較にならへん数の人間の前に出るんやから、今のうちから度胸付けとかな駄目やで。」

 ルイとクリスという女性二人組は、オーディション出場者とその護衛であることは間違いないが、ついさっきまでロビーに立ち込めていた緊張感に合わない。

「さ、立って。まず部屋を聞いて荷物を置きに行きましょう。」
「はいはい。分かってますって。ちょっと、そこの兄ちゃん。こっち来てぇな。」

 床にどっかと腰を下ろしていたクリスという女性は、ルイという女性に諭されてやれやれという風に立ち上がり、やや遠くの方から二人を眺めていた
−場違いなクリスの行動に声をかけ辛かっただけだが−青年を呼び付ける。アレンが胸をはだけて見せた、あの青年である。

「な、長旅お疲れ様でした。よ、ようこそ。当ホテルへ・・・。」

 青年は出来ることなら関わりたくないという様子だ。

「私達、ヘブルから来ました。これが証明書です。」

 ルイが証明書を提示する。

「・・・ヘブルからですか。定数1の予選を突破されたのは・・・、失礼ですが、貴方様・・・ですか?」
「はい。私です。」

 ルイが応えると、青年やことの成り行きを見ていた他の出場者組は怪訝な表情をする。

「普通・・・これはお連れの方が持たれるものなんですが・・・。」

 アレンはパンの町でリーナが予選通過証明書を渡された時に、役所の職員が言っていたことを思い出す。証明書の携帯やその提示、諸手続きは護衛が
行うことが通例となっていて、それを破ると手続きに時間がかかったりすることがあると。ルイとクリスの組がやったのはまさにそれだった。

「ええやないの。固いこと言わない!こんな紙切れ、誰が持ってても同じでしょうが。でも、こんな紙切れでも再発行の手続きとか面倒やし、あたし、がさつな
性格やから無くしちゃうとあかんからってことで、ルイに持っておいてもらったっちゅうわけ。」
「というわけなんです。詳しいお話が必要でしたら私の方からさせていただきますので、とりあえず部屋を教えていただけけませんか?」
「は、はい。えーと・・・ルイ・セルフェス様ご一行のお部屋は・・・、3階の324号室になります。こちらがお部屋の鍵になります。」
「・・・俺達の部屋の隣じゃないか。」

 アレンは思わず呟く。
クリスは部屋の鍵を受け取って、これまた暢気な笑顔を浮かべる。

「どもども。あー、久々にベッドに横になれるわぁ。」
「念のため、お連れ様のチェックをあちらの方でさせていただきたいのですが・・・。」

 青年が申し出ると、クリスが青年に顔を近付けてニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「なあに?あたしが女かどうか試したいん?ふーん。これでどや?」

 クリスはボタンのないシャツの襟を人差し指でぐいと押し下げ、青年に胸元を見せ付ける。青年はたじろきながらも、視線はしっかり胸元に注がれている。

「ちょ、ちょっと・・・。」
「フフフ。これでもご不満なら、もっとしっかり確かめてみる?あんたのあっちの方のテクニックも確かめられるで?」
「クリス!いい加減になさい!係の人に迷惑でしょ!」

 ルイが厳しい調子で、妖しい目つきで青年に迫るクリスを嗜める。

「んもう。相変わらずお堅いわねえ。」

 クリスはつまらなさそうに青年から離れる。

「すみません。ご迷惑をおかけしました。部屋へは自分達で行きますので。」
「はいはい、そんなに気ぃ遣っとったら身ぃ持たへんよ!さ、行きましょ!」

 気を遣わせているのは誰だ、とアレンを含めたその場に居合わせた全員が心の中で叫ぶ。
クリスは青年に謝るルイの腕を引っ張って鼻歌交じりで歩き出す。その表情はいたって暢気なものだ。二人はアレンに近付いてきた。

「あの、ちょっと・・・。」

 アレンは思わず立ち上がって声をかける。すると、これまで暢気そのものだったクリスの表情が一転して厳しいものになり、ルイを素早く背後に回して
身構える。

「何?!ルイに手出ししようってんなら、容赦せえへんよ!」

 どうやらルイを護衛する気構えはまともらしい。

「ち、違う。そうじゃなくって・・・、あの、部屋、隣だから・・・何なら案内しようかと・・・。」

 クリスの凄まじい殺気を感じたアレンは、しどろもどろに説明する。

「・・・どうする?ルイ。何ならあいつら同様、頭かち割ったるけど。」

 鋭い突起が付いたグローブ10)を構えながら、クリスが背後のルイに小声で尋ねる。その視線はアレンに向けられたままで、警戒心が嫌でも感じ取れる。

「折角ああ言ってくれてるんだから、お言葉に甘えましょう。」
「ってことやから、案内してもらうわ。言っとくけど、変な真似したら・・・これやで?」

 クリスは右手の親指で首を掻き切る真似をする。

「じゃ、ついて来て・・・。」

 アレンに連れられてルイとクリスが立ち去った後、青年は疲れきった表情で大きな溜息を吐く。

「今年は変な人間が多いなあ・・・。」

 アレンとルイ、クリスは階段を上っていた。アレンが先頭を歩き、その後ろにクリス、ルイの順で並んでいる。
アレンは何か話し掛けようと思ったが、クリスの殺気が凄まじくてそれどころではない。

「しっかし、あんたも変人よねえ。このホテルの中で他の出場者組に声かけるなんてさ。」

 予想外にもクリスが先に声をかけて来た。

「止めなさいよクリス。折角案内してもらっているのに。」
「ルイ。こいつがご丁寧にも案内するって申し出てきたんだから、気ぃ遣わんでもええんよ。」

 アレンは次第に不快な気分になってきた。

「クリス!そんな言い方ないでしょ!失礼じゃない!」
「わ、分かったわよ。んもう。本当にお堅いわねえ・・・。」
「すみません。私からお詫びします。」
「あ、いや、そんなに気にしてないから・・・。」

 素早いルイの対応にアレンの不快さは和らいでいく。

「この際やから、自己紹介くらいしといた方が良いわね。あたし、クリス・キャリエール。で、こっちが・・・。」
「ルイ・セルフェスと申します。」
「お・・・いや、私、アレン・クリストリア。」

 アレンは名乗ってからしまった、と思った。

「アレン?男みたいな名前やね・・・。ところであんた、言葉のアクセントがこの辺のと違うけど、どっから来たん?」
「レクス王国から・・・。」

 アレンは名前で男ということがばれなかったことで、内心胸を撫で下ろす。

「レクス王国・・・?何処?それ。」
「えっと・・・。カルーダ王国って知ってる?」
「カルーダ・・・。ああ、知っとる。魔術と医術、薬学の総本山って有名なあの国やね?」
「そう。そのカルーダ王国から海を2日程西に渡ったところにある国。」
「へぇーっ、そないな11)遠い所からも出場者が来るなんて、この国のオーディションも有名になったもんやね。」
「いや、お、いや、私は護衛。」
「へ?護衛なん?ってことは、あんたより美形な娘が本選出場者なん?」

 クリスは意外そうな表情で問いかけてきた。どうやら、アレンが本選出場者と思っていたらしい。

「ふーん。どうやらレベルの高い争いになりそうやね。ま、ルイに勝てるかどうかは別として。」
「クリス・・・。」

 クリスが自分のことのように勝ち誇ると、ルイが困惑した表情を浮かべる。
 そうこうしているうちに3階に辿り着き、廊下を歩いていくと、アレンの部屋の前にリーナが立っているのが見えた。腕組みをして右足で忙しなく床を叩き、
眉間に皺を寄せているところからして、かなり不機嫌らしい。
 アレンが思わず歩調を遅くした時、タイミング良く−或いは悪く−リーナがアレンの姿を捉えた。その途端、ずかずかという足音が聞こえる勢いで、
アレン目掛けて一直線に突進して来てアレンに掴みかかる。

「何処行ってたのよ、あんたは!まかりなりにも護衛役のあんたが、護衛の対象を放り出してどうすんのよ!」

 やはり、リーナは相当不機嫌だった。

「だ、だって、さっさと寝ちゃうし、暇だったから・・・。」
「えーい!ぐだぐだ言い訳するんじゃない!」
「あんたが、本選出場者なん?」

 猛烈な剣幕で怒鳴るリーナに、無謀にも−リーナとは初対面だから無理もないが−クリスがアレンの後ろからひょっこり顔を出して尋ねる。

「だったら何よ。あんた誰?」

 敵意丸出しのリーナに対して、クリスは陽気かつ関心を持った表情を向ける。

「へえ・・・。この美形の娘が護衛言うから、どんな娘やと思たら、ブラック・オニキスやん。あたし、初めて見た。凄く綺麗よね?ルイ。」
「私も初めて見るけど、本当に綺麗ね。」

 立て続けに寄せられる自慢の黒髪と黒い瞳への賛辞に、リーナの不機嫌も徐々に和らいできたようで、眉間の皺が浅くなっていく。

「・・・アレン。何処からそいつらを連れてきたの?」
「ひととおりホテルを歩き回ってロビーで一息吐いていた時、部屋が隣だって聞いたから案内したんだ・・・の。」

 アレンは四苦八苦しながら言い馴れない女の子言葉を使う。

「アレンって結構人懐っこいのねぇ。でも、あたしの護衛ってことは忘れないでよ。」
「分かってるって・・・わよ。」

 その時、クリスが徐にアレンの背後に回り、いきなりアレンの胸を鷲掴みにした。

「んなっ?!」

 突然のことにアレンは妙な声を出した。リーナは声も出ない。

「何してるの、クリス!」
「いやさ・・・何やら妙やなぁ思て。」

 クリスはアレンの胸を一頻り揉み解した後、手を離す。

「言葉遣いがえらいぎこちないんよねぇ。無理矢理女言葉使とるっちゅう感じでさ。で、もしかしたら女装しとるんやないか思て、確かめてみたってわけ。
でも・・・しっかりあったわ。それも相当でかい。あの分やと、ルイとどっこいどっこいっちゅうとこかな?」
「な、何言ってるの!」

 ルイは頬を一気に紅潮させる。リーナは疑惑の眼差しでクリスとルイを交互に見る。

「あんた達・・・そういう関係だったの?」
「いやーね、違うわよ。女同士なら時々ふざけて掴んだりするやろ?」
「あたしはしないわね。」

 女同士だとそんなことするのか、とアレンは心ならずも興味を持つ。

「ふーん。それにしても・・・、あんた達みたいな美形の組っちゅうのも珍しいわね。普通、護衛は傭兵とかやっとる関係でごっつい体格しとるから。」
「そりゃ当然。あたしの護衛だもの。」

 リーナはあたしの、というところに大袈裟なほどのアクセントを付ける。

「おー、大した自信やね。でも、定数1のヘブル村予選を得票率8割で圧勝したルイも負けてへんで。」

 改めてルイを見てみると、やや褐色を帯びた肌と長い銀色の髪という魅惑的なコントラスト、男のアレンとほぼ同じくらいの身長、繊細な体のライン、
何処か妖艶な雰囲気を漂わせる大きな茶色の瞳、そして旅行用らしい厚手の革製の服からでもくっきり浮かび上がっている豊かな胸の膨らみは、クリスの
言葉も裏付けるに十分なものだ。

「なかなか高レベルの争いになりそうね。ま、結果は別として。」
「お互い頑張りましょう。どうぞ宜しく。」

 ルイが微笑みながら手を差し出す。すると、リーナはおずおずと手を差し出してルイと軽く握手する。
これにはアレンも驚きを隠せない。以前なら、馴れ馴れしいと言うなり殴り掛かってもおかしくない場面だ。
やはりリーナは少しずつだが変わってきている、とアレンは思う。

「な、何か調子狂うわね。」

 リーナ自身も見知らぬ相手の握手に応じたことに戸惑っているようだ。

「じゃ、あたし達、ひとまず部屋に荷物置いて来るわ。」
「あ、じゃあ、また後で。」

 四人はひとまずそれぞれの部屋へ向かうことになった。
クリスがにこやかに手を振っている横で、ルイがぺこりと頭を下げて部屋の鍵を開けて中に入って行く。

「・・・変わった奴等ね。」
「リーナ、変わったね。」
「何が?」
「色々。」
「何よそれ。さ、中に入るわよ。」

 リーナはアレンの腕を掴んで部屋に入る・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

8)サン・アデルド・ホテル:フリシェ語で「輝く太陽のホテル」という意味。この世界でホテルとは、高級宿泊施設全般を指す。

9)よやっと:「ようやく」と同じ。方言の一つ。

10)グローブ:武術家が両手に装備する武器。厚手の皮で作られているものが一般的。金属製のものもあるが、重くなるのであまり流通していない。

11)そないな:「そんな」と同じ。方言の一つ。

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