Saint Guardians

Scene 6 Act 3-1 強敵U-RivalU- 心と心の接近、心と心の対立

written by Moonstone

 その日の夕方、アレンとルイは台所で夕食の準備に追われていた。
ことの発端は、スロットマシンで負けてふらふらになって帰ってきたフィリアとクリスを心行くまで罵倒したリーナが、突然アレンの料理の腕を話題に持ち出した
ことにある。それに自身も母親もアレンに料理を教わった経験があるフィリアがすかさず賛同し、クリスが負けじとルイの料理の腕の自慢を始めた。
当事者二人を除いて議論−自慢合戦と言うべきか−は白熱し、どういうわけか実際に食べ比べて判断しようという結論に達した。勿論アレンは当事者を
無視した、しかも護衛という役割を逸脱する結論に異議を唱えたが、結局多数にごり押しされてしまった。フィリア、リーナ、クリスの3人が勢いと口でアレンを
凌駕するので、当然と言えば当然の結末だが。
 アレンとルイは相談の末、ハーシンベル20)と野菜サラダ、コウミィ21)のムニエル・クリームソースをメインとした無難な部類に入るメニューにした。
「主役」であるリーナが肉嫌いであり、フィリアが刺身嫌いという厄介な条件をクリアし、フィルの町で豊富な食材である魚介類を生かしたメニューとなれば
調理したもの、しかも骨や皮を取り除いた状態で調理したものに自ずと限られてくる。
 懸案だった食材は、駄目元でアレンがレストランの厨房に申し出ると、あっさり了承され、警備の兵士が部屋まで運んでくれた。その兵士の話では、毒を
盛られるかもしれないと言うことで、自分の部屋で作る出場者組も少なからず居るそうだ。閉鎖空間の中で疑心暗鬼になっていると、何時か出場者組間で
流血沙汰が起こるのではないか、とアレンは不安でならない。

「俺って・・・何なんだろうなぁ。」

 アレンは、捌いたコウミィの切り身に−図書館で借りた本を見て捌いた−塩や胡椒といった調味料を振りかけながらぼやく。

「都合良く使われてるって感じ・・・。」
「でも、アレンさんの料理の腕前、私も興味ありますよ。」

 ルイは、アレンの隣で野菜を小気味良いテンポで綺麗に切っている。

「料理は何時頃からやってるんですか?」
「小さい頃からだよ。物心付いた頃には剣か包丁を握ってたんだ。」
「お母様から教わったんですか?」
「母さんは俺を産んで直ぐ死んだから、不器用な父さんの代わりにね。」

 アレンが少し暗い表情になると、ルイは慌てて謝る。

「す、すみません。無神経なこと言ってしまって・・・。」
「あ、気にしてないよ。俺の家庭事情なんて何も話してないからルイさんが知る筈ないし。無理ないよ。」

 アレンは切り身に小麦粉を軽くまぶし、熱したバターを斑なく引いたフライパンに乗せながら穏やかに言う。
ルイは申し訳なさそうに俯く。

「私、聖職者っていう思いやりが大切な職業に就いている身なのに・・・、まだまだ修行が足りないですね。」
「そんなことないよ。ルイさんの気遣い、嬉しいよ。」

 ルイは小さく頷いて頬を少し紅く染める。

「アレーン。ご飯まだぁー?」

 リビングからリーナの催促する声が飛んで来た。

「さっき始めたばかりなのに、そんなに直ぐ出来るわけないだろ!」

 リビングに顔を突き出したアレンは思わず声を荒らげる。アレンとルイが料理を始めてまだ50ミムも過ぎていない。メニューの数と手間を考えると、
あまりにも早過ぎる催促だ。

「・・・ったく、どうしてあんなに我が侭なんだろ・・・。」

 いかに温厚なアレンとは言え、護衛というだけでこうもこき使われては怒りも溜まるというものだ。

「俺にあれこれ押し付けて自分は何もしないんだから・・・。少しはルイさんを見習ってほしいよ。」
「え・・・。」

 ルイは思わず、刻んだ根菜を入れた煮立った湯から灰汁を取る手を止めてアレンを見る。

「オーディションの出場者なのに、俺と同じ様に夕食の準備を押し付けられても文句の一つも言わないんだから、立派だよ。」
「私は・・・そんな立派な人間じゃないですよ・・・。」

 ルイは首を横に振る。

「俺・・・、ルイさんみたいな女性の護衛、したかったな・・・。」

 アレンの呟きはルイにははっきり聞き取れた。二人は揃って頬を紅く染めて俯く。
ハーシンベルに入れるジャガイモと人参を下茹でしていた鍋が、ゴボゴボと音を立て始める。ルイは慌てて鍋を火から下ろしてざるに取り、アレンは竃の
火加減に注意しながら、生クリームをベースにしたクリームソースを作る。
 料理の品目は多いが−クリスが大食いということを踏まえてのものだ−、手際の良い二人の腕で続々と完成していく。クリスが自分のことのように
自慢しただけのことはあり、ルイの料理の腕前は相当のものだ。テーブルに所狭しと並べられた料理の数々からは、食欲を掻き立てる香ばしい匂いが
立ち込めている。

「・・・ねえ。ルイさんも教会で料理作るの?」
「ええ。時々ですけどね。大抵のことは当番制ですから。クリスは昔から私が当番の時に教会に来て料理を食べるんですよ。」
「なるほど、どうりでクリスがルイさんの料理の腕を自慢してたわけだ。食通のクリスを魅了するルイさんの料理の腕前、興味あるなぁ。」
「ちょっと試してみます?」

 ルイが少し上目遣いに言う。その誘うような視線に、アレンは心臓が大きく脈打つのを感じる。

「そ、そうだね・・・。折角だから・・・。」

 アレンは何とか平静を装ってスプーンを持ち、ルイが作ったハーシンベルの入った鍋に手を伸ばす。

「あ、ちょっと・・・待ってください。」

 ルイはアレンを制止して、手にしたスプーンでハーシンベルを一杯分掬って口元へ持っていき、静かに数回吹く。アレンは言葉も無く立ち尽くしている。
無論、頬は赤味を増している。

「はい、どうぞ。」

 ルイは湯気が仄かに立ち上るスプーンをアレンの口元に差し出す。その頬が赤くなっているのは言うまでもないだろう。アレンは恐る恐る口を開ける。

「熱いでしょうから、気をつけてくださいね・・・。」

 ルイはアレンの口にそっとスプーンを差し入れる。アレンはぎこちない動きで口を閉じ、スプーンからハーシンベルを受け取る。
ルイは慎重に、緊張のせいか微かに震えながらアレンの口からスプーンを抜き取る。アレンは数回噛んでから、温かさの残るハーシンベルを喉に流し込む。

「どう・・・ですか?」

 ルイは心配と緊張が混じった表情で尋ねる。

「・・・うん、美味しいよ・・・。凄く・・・。」

 ルイ以上に緊張していたアレンは、微笑みを浮かべてそれだけ言うのが精一杯だ。だが、ルイにはこれ以上にない賞賛の言葉だ。その表情は一気に明るく
なり、嬉しいことこの上ないというものになる。
その一部始終を物陰から見ていた影が、すっと消える。

「ねえ、どうだった?」

 料理が待ち遠しくて仕方が無いという表情のフィリアが、様子をこっそり窺いに行っていたクリスに尋ねる。

「もう殆ど出来ちゃっとる。」
「そう。お腹空いたし、待ち遠しいわぁ。」
「ルイの作るハーシンベル、滅茶美味しいんやで。」
「アレンの料理の腕前知ったら、びっくりするわよ。」

 フィリアとクリスが「前哨戦」を展開する中、一人図書館から借りてきた本を読んでいたリーナは、クリスの言葉の裏に別の意味を感じ取っていた・・・。
 5人が囲むリビングのテーブルには、レストランのそれと見間違う程の豪華な料理が所狭しと並べられた。クリスは感動のあまり目を大きく見開き、その緑色の
瞳は潤んでさえいる。

「お、美味しそう・・・。」
「味の方は好みがあるだろうから、ま、食べてみてよ。」
「では早速・・・。」

 アレンの案内を受けたクリスは、待ってましたとばかりに一口大に切り分けられたコウミィのムニエルを口に運ぶ。数回噛んで飲み込むと、開口一番言う。

「美味しい!」

 単純だがもっとも的確なクリスの賞賛の言葉で、フィリアとリーナも思い思いに料理を口に運ぶ。

「うーん。この濃厚でそれでいてしつこくない味。良いわぁ。」
「待っただけの甲斐はあったわ。上出来よ。」

 フィリアは勿論、リーナも満足そうな表情を浮かべる。アレンとルイは一安心して、料理を食べ始める。

「このムニエルって、誰が作ったん?」
「あ、それは俺だよ。」
「大したもんやねえ。これって元々魚1匹丸ごとやろ?アレン君が自分で捌いたん?」
「ああ。魚捌いた経験はなかったけど、本を見たら何とか出来たよ。ムニエルは、鶏肉が魚の切り身に代わっただけと思って作ったんだ。」
「凄いねぇ。初めてやのに自分で魚捌くなんて。それにクリームソースが絶品やわ。こんなに上手いこと作れるなんて、本職顔負けやね。」
「そりゃあアレンはあたしの料理の先生だもん。あたしのお母さんもアレンに料理教わったことがあるんだから。」
「このスープ・・・、ハーシンベルっていうんだっけ?」
「そうそう。あたしとルイが住んでる村がある、この国の北部の郷土料理なんよ。」
「これは本格的ね。口当たりも香りも良いし、野菜には中まできちんと火が通ってるわ。」
「それは私が作りました。」
「リーナ。ルイの料理もアレン君に負けとらへんやろ?」
「そうね。確かにこれは甲乙つけ難いわね。」

 5人は料理の品評と解説を交えながら次々と料理を平らげていく。アレンとルイの料理はどれも好評で、優劣の判断などつけられない出来だ。
フィリアとクリスは料理を食べ終えると、心底満足げな表情で溜息を吐く。

「しっかし、こんだけ美味しい料理が食べれるんなら、わざわざレストランに出向いて金払う必要あらへんね。」
「そうよねぇ。あそこって、ギスギスしてて何か落着かないのよねぇ。」
「ちょ、ちょっと待てよ。これからずっと作れって言うんじゃ・・・。」
「アレン、ご名答。お願い、ね?」
「ね?じゃないよ。5人分の食事の準備がどれだけ大変か、分かってんの?」

 護衛というだけで食事の世話までさせられてはたまらない、とばかりにアレンは抵抗を始める。
護衛はオーディション本選終了まで、出場者を文字どおり護衛する存在だ。アレンもそのつもりで本当に女になってまで潜り込んだ。にも関わらず食事の
世話までさせられては、それこそ今までの野宿生活や故郷テルサでの生活と大差ない。

「うーん。大変なんはそれなりに分かるつもりやけどさぁ。」
「だったら・・・。」
「こんな美味しい料理が周りを気にせずに食べれるんやから、そこを何とか頼むわ。な?」

 クリスは両手を合わせてアレンに懇願する。

「アレン。あたしからもお願い。やっぱりアレンの料理の味覚えちゃうと、店の料理が違和感あってさぁ。」

 そこにフィリアの要請が加わる。
そのフィリアと、渋い表情で黙っているアレンと挟む形で座っているリーナが、他に気付かれないようにルイに目配せする。ルイはそれを受けて小さく頷き、
アレンの方を向く。

「あの・・・、アレンさん。私もお手伝いしますから、何とかやってもらえませんか?」
「え?ルイさんが?だってルイさんは本選出場者だろ?護衛のクリスがするならまだ話は分かるけど・・・。」
「あたしの料理食べるんやったら、トイレで食べた方がええで。」

 要するにそれだけ下手だ、ということは言わずもかな。呆れた表情で溜息を吐くアレンに、ルイがもう一押しを加える。

「私も幼い頃から料理をしていますから、少なくとも足手纏いになることはないと思います。お願い出来ませんか?」
「・・・二人でなら・・・良いか。」

 アレンは仕方なさそうに了承する。
ルイの料理の腕は目の当たりにしたし、それは足手纏いどころか主力と言っても遜色ないことは、アレンも良く分かった。それに、ルイと一緒に何かをする
ことは少なくとも嫌ではない。

「「やったぁ!」」

 フィリアとクリスは両手を叩き合って喜ぶ。どちらもアレンやルイの料理の味に中毒になっているようなものだけに、それが何時でも食べられるのは至福の
一言なのだろう。
やれやれといった表情でその様子を見ているアレンに、ルイは熱い視線を向けている。リーナは普段どおりと言おうか、無関心な様子で水を飲む・・・。
 洗い物−フィリアとクリスがスロットマシンで散財した罰として、リーナが強制的にやらせた−が済み、暫く談笑した後、風呂に入ることになった。
同時に入る人数や組み合わせで暫く押し問答となったが、結局女性4人が先に入ることになった。男一人のアレンと女性−特にルイ−を残すことに、
フィリアとクリスが猛反対した結果でもある。
 4人は脱いだ服を脱衣籠に入れて、風呂場に入る。風呂場は4人入っても十分な広さで、1人だと持て余すほどだ。流石にオーディション本選出場者とその
護衛に与えられる設備だけのことはある。

「あーっ、美味しい食事にええ風呂、もう最高やね!」
「オヤジ臭いわね、あんた。」
「そりゃないっしょ。」

 リーナとクリスがかけ湯をして先に湯船に浸かっている。二人は髪を束ねた上にタオルを巻いている。洗う時は別として、湯船に髪を浸けて抜けた髪を
浮かばせるのはマナー違反ということは言うまでもなかろう。

「それにしても、アレン君って滅茶器用やね。驚いたわ。本見ただけで自分で魚捌くなんて、料理人でもあらへんのに。」
「アレンの料理の腕は、あたし達のパーティーで一二を争うくらいだからね。」

 身体を洗いながら、フィリアは我がことのように自慢する。

「あれだけの美形やし、おまけに昨日の一件で見たけど剣の腕もなかなかやし、女としてはちょっと放っておけへんね。」
「ちょ、ちょっと!あんたもアレンにちょっかい出す気?!」

 フィリアは、アレンが自分以外の女性に目を向けることや、逆にアレンに自分以外の女性の手が伸びることには非常に敏感に反応する。アレンと幼馴染で
あり、「アレンの彼女」を自称するフィリアが取る当然の態度と言えばそうなのだが。

「いやいや、あたしはもっとこう、筋骨隆々で背の高い男がタイプなんよ。そいでもって、そんな男に勝ってあたしの下僕にするんよ。」
「・・・何よ、それ。」
「ま、可憐な女武術家のロマン、ってとこね。」
「ロマンじゃなくて下劣な欲望でしょ?」
「あんた、きっついこと言うわねぇ。」

 リーナの鋭い突っ込みに、クリスは苦笑いする。

「でさ、アレン君って、好きな娘とか居るん?」
「そりゃ勿論・・・」
「あんたじゃないことは確かよ。」

 名乗りを上げようとしたフィリアに、リーナが痛烈な横槍を入れる。

「な、何でよ!」
「考えてもみなさいよ。スロットマシンで遊び倒すわ、料理は完全お任せだわ、そんな女にアレンが惹かれるとでも思ってんの?」

 痛い所を突かれてフィリアは反論するのに二の足を踏む。

「アレンの理想はシーナさんだって、幾らあんたでも薄々は知ってるでしょ?あんた、シーナさんとは対極じゃない。」
「う、五月蝿いわね。そんなことくらい、あんたに言われなくても知ってるわよ!」
「シーナさんって・・・、そういやアレン君が昨日通信してた時に出て来てたね、その名前。」

 昨日の通信の様子を思い出したクリスが言う。身体を洗っていたルイもその名を思い出して手を止める。

「そのシーナって女性(ひと)、どんなんなん?」
「年齢は20歳。Wizardで医師、薬剤師。料理の腕は最高。凄い美人でスタイルも抜群。おまけに優しくて面倒見も良い。・・・そんな女性よ。」

 クリスの問いに淡々と答えるリーナの表情が僅かに曇る。
自分も認めざるを得ない美貌と知性と性格を備えた女性に、婚約していたとは言え兄以上に慕っていたドルフィンを「奪われた」ことがやはり悔しいのだろう。
神が贔屓(ひいき)したとしか思えない絢爛豪華なラインナップに、クリスは愕然とした様子を見せる。ルイは表情を暗くする。

「そ、そんな才色兼備を地で行く女性がアレン君の理想なん?滅茶ハードル高いね・・・。」
「アレンに事実上人妻の女性に手を出す甲斐性なんてないだろうし、そんな気もないでしょうよ。命も惜しいだろうし。好きになったらそれが一番になるんじゃ
ないの?現実が理想に置き換わるってことは、恋愛ごとじゃ当たり前だし。」

 リーナは饒舌になると妙に説得力のあることを言う。
確かに、シーナには婚約者であり、事実上の夫でもあるドルフィンが居る。シーナに手を出せばドルフィンの刀の錆にされるか、拳か蹴りで粉砕されるかの
選択を強いられることになるのは必然的だ。
 それにリーナ自身、当初はドルフィンを父フィーグが連れて来て居座った余所者、としか認識しておらず、様々な経緯を経てドルフィンを慕うようになった。
自分がフィーグ以外の存在に好感を、しかも恋慕の情を抱くことになるとは思いもしなかったので、その話は実体験という強力な裏付けを持っている。

「うんうん、そう言われてみればそうやねえ。で、アレン君って一途な方?それとも浮気性?」
「知らないわよ、そんなこと。本人に聞けば?」

 知らないことは躊躇なく知らないと言うのも、リーナならではだ。
クリスとしても曖昧な言い方をされるより、この方が分かりやすくて好感が持てる。物腰はぶっきらぼうだが性格そのものは割とさっぱりしてる、とクリスは思う。

「ところでルイ。あんたに聞きたいんだけど。」

 フィリアが隣で身体を洗うルイを睨みながら言う。

「あんた・・・今まで男と付き合ったことある?」
「いえ、ありません。」
「そーお?随分男を寄せそうな身体してるけど。」

 ルイは反射的に胸を両腕で隠し、フィリアに背を向けるような姿勢を取る。
着やせするタイプらしく、ルイの姿態はフィリアの予想以上に豊満で、肌がやや褐色を帯びていることを除けば、シーナと比較しても見劣りしない。

「あんた、その身体でアレンを誘惑しようったって、そうはいかないわよ。」

 フィリアの視線には、明らかにルイへの警戒心と敵意−殺気に近い−が篭っている。客観的に見ても美人で年齢以上に大人びていて、しかも胸が大きいと
いうことで、胸のサイズが悩みの種であるフィリアの羨望と嫉妬が重なっていることが大きい。

「そんなことしてませんし、する気もありません。」
「今日はミニスカート履いてたわよね。あれってアレンの気を引こうっていう魂胆でしょ?」
「今まで、ルイってミニスカート履いたことあらへんだよね?」

 どうやってこの場を回避しようかと思考を巡らしていたルイの努力を知ることなく、クリスがフィリアの疑念を確信に変える証言をしてしまった。

「今日のやつも此処に来る前に、あたしが合わせたったやつなんよ。『好きな人以外には見せたくない』って言ってたわよね?ルイ。」

 フィリアの頭の中で何かが切れる音がした。

「ほほう・・・。あたしの目が届かないところでアレンを誘惑しようなんて・・・いい度胸してるわね!」

 フィリアは憤怒の形相を露にして、いきなりルイに飛び掛かる。突然のことにルイは抵抗する間もなく、フィリアに背中から抱きつかれる格好になってしまう。
フィリアの両手がルイの両腕の間をするりと擦り抜け、胸を鷲掴みにする。

「い、嫌ぁ!ちょ、ちょっと何するんですかぁ?!」
「この胸ねぇ?アレンを誘惑しようとしてる胸は!随分でかいわねえ!片手じゃ掴みきれないじゃない!男に揉んで貰ったかぁ?!」

 フィリアは怒りと嫉妬で思考が停止しているのか錯乱しているのか、叫びながらルイの胸を乱暴に揉み解す。
ルイは振り解こうと懸命にもがくが、思うように力が入らない。

「止めなさい、この変態!」

 クリスが止めようと立ち上がった時、リーナが怒鳴る。風呂場特有の残響を伴うその怒声にフィリアも我に帰って、激しい手の動きを止める。

「あんたのやってることは変態か質の悪い酔っ払いよ。アレンを取られそうだからって妙な八つ当たりするんじゃないわよ。」
「あ、あんたに指図される覚えは・・・」
「昨日も言ったわよね?あんたはパーティーの金食い潰してまで、あたしが頼みもしないのにあたしの護衛になった身だ、って。」
「う・・・。」
「その立場が分かってることを前提にして言っておくわ。このホテルに居る間、すなわちオーディション本選終了まで、あんたはあたしには絶対服従よ。
それが承服出来ないっていうならどうなるかくらい・・・分かるわよね?」

 眉を吊り上げたリーナの黒い瞳には、言わずとも知れる強烈な意思が篭っている。
最近は随分協調性や理性が育まれてきたとは言え、リーナは元々気性が荒く、今回はオーディション本選出場者という「看板」を備えている。そのリーナの
監視役を名乗って、半ば強引に護衛として割り込んだことを考えれば、フィリアはリーナに逆らうことは出来ない立場だ。
リーナがその気になればレイシャーで頭をぶち抜かれるか、警備の兵士を呼ばれて摘み出されるかのどちらかということくらい、フィリアにも分かる。
 フィリアはルイの胸から手を離し、元居た場所に戻る。フィリアとルイが身体を洗うのを再開したのを見届けたところで、リーナは表情を元に戻して小さい
溜息を吐く。有無を言わせぬ凄みの篭ったことを言ったかと思ったら、一転して平静になったリーナに、クリスが言う。

「リーナ。あんた、歳の割にはえらいしっかりしとるね。」
「主役とその護衛っていう立場の違いを理解してるだけよ。」
「ふーん・・・。ま、ルイとフィリアがアレン君争奪戦を始めたっちゅうことは間違いあらへんね。あたしは自分のロマンがあるからパスやけどリーナ。あんたは
どないすんの?名乗り挙げるんなら今のうちやで。」
「アレンはオーディション本選出場者であるあたしの護衛。それ以上でもそれ以下でもないわ。」
「そっかぁ。あたしとしては、三つ巴の争奪戦っちゅうのも見所豊富で楽しめる思て期待しとったんやけどなぁ。」
「お生憎様。あんたの思惑どおりにはならないわよ。高みの見物と洒落こませてもらうわ。」

 リーナの態度表明を受けて、フィリアとルイは内心安堵する。
フィリアは、シーナが記憶を取り戻したことでドルフィンが手に届かないところに行ってしまったためにリーナが少なからずショックを受けたことを恋する者の
一人として分かっているし、自分が半ば強引にリーナの護衛となったのも、リーナの行き場をなくした心がアレンに向くのを恐れたためだ。
ルイがアレンに好感以上の感情を抱いているのはルイのみならず、この場に居る誰もが知っている。
フィリアもルイも、これ以上ライバルが増えることを望んではいない。
 身体を洗い終えたフィリアとルイに代わって、リーナとクリスが湯船から出て身体と髪を洗う。巻きつけていたタオルを外して拘束を解くと、リーナは
黒の、クリスは若草色の髪を広げる。リーナのトレードマークである長く黒い髪は、水気を帯びたことでブラック・オニキスの別称に相応しい輝きを放つ。
フィリアとルイは勿論、クリスも思わず感嘆の溜息を漏らす。

「リーナ。あんたの髪、滅茶綺麗やね。」
「お世辞言っても何も出ないわよ。」
「いやいや、ホント、羨ましいわ。綺麗って言えばさ、アレン君の髪と肌も綺麗よね。女としては交換出来るもんならして欲しいところやわ。」
「あたしなんて、アレンと性別間違えて生まれてきたんじゃないか、って故郷でよく言われたわよ。」
「私は色黒ですから、凄く羨ましいです。」
「女も羨む髪と肌、それとその心を手中にするのは、フィリアかルイのどちらかしらね。」

 髪を洗っていたリーナが言うと、湯船に浸かっていたフィリアとルイは顔を見合わせる。フィリアは激しく燃え盛る闘志を、ルイは凛とした静かな闘志を
瞳に宿らせる。
楽しげに鼻歌を歌うクリスに対し、リーナは我関せず、といった様子で髪を洗う・・・。
 アレンはリビングのソファに腰掛けて、シーナと定期通信をしていた。
ドルフィンの呪詛解除は順調に進み、明日で完全に解除出来ることが確実になったそうだ。アレンはそれを喜ぶ一方、食事の世話まで押し付けられたことに
対するぼやきを漏らす。

「リーナの護衛のために、シーナさんが作った薬で女になるのはまだしも、食事の世話までさせられるのって何だか・・・。」
『それだけアレン君の料理の腕が信頼されてる証拠じゃない?兵士に扮装した正体不明の一団が深夜に襲撃したことを考えると、何かの縁で気心が知れた
者同士で楽しく過ごした方が良いと思うわ。オーディション本選終了までアレン君達はそのホテルで軟禁状態になるわけだし、息が詰まっちゃうわよ。』
「まあ・・・、昨日夕食を食べたレストランは、とても夕食時って感じじゃなかったですけど。」
『女優やモデル、貴族子息との結婚への登竜門に全国から集まってる人達だから、自分と護衛以外は全部敵、っていう意識なんでしょうね。』
「・・・そんなに貴族の後継者と結婚したいんですかね。」

 アレンの口調がやや沈む。
昨日の深夜にルイとクリスが襲撃された時も、騒ぎを聞いて集まっていた出場者と護衛の組は何ら助けようとしたり、様子を窺おうともしなかった。
ライバルが減ってくれれば儲けもの、と言わんばかりの様子だったことを思い出し、そんなに男性の財産や地位に便乗するような結婚がしたいのか、と思うと、
アレンは嫌な気分がしてならないのだ。
 リーナはパーティーの財政難解消とフィリアとの闘いのために出場したのはパーティーの一員としてよく分かっているし、ルイは昨日の様子から男漁りが
目的ではなく、クリスに押し切られたとは言っても何か特別な事情があって出場したのは分かるが、どうもアレンの心はすっきりしない。

「女性にとって、恋愛や結婚って男性の財産や地位次第でどうにでもなるものなんですか?」
『そういう人も居ないとは言えないわ。前に言ったかもしれないけど、恋愛は人それぞれの価値観の問題だから、1+1=2みたいに一律に決定出来るものじゃ
ないし、そうするものじゃないわ。でも、少なくとも私は違う。私はドルフィンと幼い頃から一緒に居るうちに好きになったし、ドルフィンは貧しい家庭の出身
だから、語弊があるのを承知で言うけど、狙うような財産なんてないわ。でも、私はドルフィンとずっと一緒に居たい。その一心でドルフィンの後を追って
クルーシァに渡って一緒に修行に励んでドルフィンと婚約したんだし、この旅が終わったら二人でマリスの町に永住する、って約束したの。』
「・・・。」
『周りがそうだから全てがそうだ、って決め付けないことが大切じゃないかしら。自分の気持ちに正直に、ね。』
「はい。」

 アレンは、心に低く重く垂れ込めていた鉛色の雲が晴れていくような気がする。

『あ、そうそう。昨日女の子二人が深夜に襲撃された事件に関してだけど、イアソン君がまずオーディションの背景を調査してくれることになったの。』
「そうですか。」
「ドルフィンとイアソン君が言うには、まずこのオーディションの背景を把握することが必要じゃないか、って。オーディションが貴族子息との結婚への登竜門と
いう位置付けでもあるし、その貴族は後継者絡みで血生臭い争いがあるそうだから、オーディションと貴族の関係を明らかにする意味でもね。』
「なるほど・・・。」
『イアソン君は今日終日調査に奔走してくれたわ。明日明後日くらいには調査結果を報告出来るそうだから、通信機はなくさないようにね。』
「はい、分かりました。」
『それじゃ、お休みなさい。』
「お休みなさい。」

 アレンは挨拶で通信を絞めて、通信機を耳たぶに戻す。
その直後、風呂場からパジャマに着替えた女性4人が出て来た。真っ先にフィリアがアレンの元に駆け寄る。

「お待たせ、アレン。お風呂入って。」
「ああ。その間の護衛はどうするの?」
「フィリアとクリスにさせるから、安心しなさい。」

 アレンの疑問に答えたリーナの言葉には、強制力が多分に篭っている。二人共護衛という立場だし、特にフィリアは今リーナに歯向かえないことを
思い知らされたから、口が裂けても嫌とは言えない。

「そう。それじゃ、ゆっくりさせてもらうよ。」
「明日からアレン君もあたし達と一緒に入ったらどうや?」

 立ち上がったアレンに、クリスが大胆な提案を持ちかける。

「アレン君は立場も見た目も女やし、一緒に入っても問題ないんと違う?」
「ちょ、ちょっとクリス!」
「それも良いわね・・・。」
「あたしは御免よ。男のアレンにあたしの裸見られたくないから。」

 一瞬にして頬を赤らめるルイ、ぼうっとした表情で妄想に浸るフィリアに対し、リーナは素っ気無く拒否する。
アレンは胸を撫で下ろす一方、ちょっと残念、という気持ちが僅かとは言え存在することは否定出来ない。

「ま、そういうわけだから。」

 アレンはソファの脇に置いてある自分のリュックから着替えやタオルなどを取り出し、小走りで風呂場に入っていく・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

20)ハーシンベル:一口サイズのジャガイモや人参といった根菜を溶かしバターで炒め、数種類のハーブと牛乳で煮込んだスープ。ランディブルド王国北方の
郷土料理でハーブを使っているので非常に香りが良い。クリームシチューを連想してもらえば良い。


21)コウミィ:水深50〜100mで捕れる大型の白身魚。主に本文中にあるようにムニエルや刺身に使われる。味も良く、フィルのような港町ではかなり安価に
入手出来るので、よく食される。


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