Saint Guardians

Scene 5 Act 4-2 出発V-Setting outV- 初の船旅を前にして

written by Moonstone

「学長。ただいま戻りました。」

 学長室に、魔術大学の正装からペレーに着替えたシーナが入って来る。ドルフィンと先に戻って来たアレン達と歓談していた学長は、シーナが戻って来た
ことで笑顔を浮かべ、目を細める。

「おお、ご苦労じゃったな。ささ、こっちに来なされ。ティンルーも新しいものを入れさせる手配をしたからの。」
「久しぶりの講義で緊張しました。やはりこの大学の研究員や学生のレベルは高いですね。」

 シーナはドルフィンの隣に腰を下ろす。
講義そのものは約1ジムで終わったが、その後の質疑応答で質問が殺到し、結局終了までに約2ジムを要する結果になった。賢者の石を魔力増幅に利用
するという点が特に注目され、質問は主に講義で省略されたその理論体系の細部に及んだ。魔術が使えるために魔力や魔法探査の知識がそれなりにある
フィリアやイアソンですら、その理論体系はなかなか骨のあるものだった。故にアレンとリーナは質問の内容や回答が殆ど理解出来ず、シーナさんは
難しいことを研究していたのだ、ということくらいしか分からなかった。
 事実、シーナが発見した賢者の石を用いた魔力増幅の理論体系は、これまでの研究や論文で一度も発表されたことがない斬新なものだった。言うなれば
「シーナ理論」と言えるその新しい理論体系は、元々研究熱心な研究員や学生の注目を集めるのには十分なものだった。シーナは惜しげもなく聴講者からの
質問に答えたが、それは同時に自分のこれまでの研究成果を踏み台にされる可能性を作り出したことにもなる。
 シーナが眼鏡をかける29)まで勤しんだ研究成果を惜しみなく披露したということは、研究体験のあるフィリアからすれば勿体無いと思わざるを得ないことだ。
逆に言えば、そんな斬新な研究成果を公表し、細部に渡る質問にも答えたということは、自分の研究レベルにそれだけ自信があるということでもある。
Wizardを目指すフィリアにとって、今回のシーナの特別講義は非常に実のあるものであり、十分知的好奇心を刺激されるものだった。

「シーナさん。今回の講義、本当にためになりました。」

 フィリアが、新しく運ばれてきたティンルーに口を付けたシーナに言う。その目は興奮で輝き、口調も興奮を隠せない様子だ。

「賢者の石を使って魔法探査を格段に改善するなんて方法は、考えもしませんでした。本当に凄い研究をされてたんですね。」
「理論は複雑だけど、実際にすることは聞いててもらったから分かると思うけど単純なことよ。要は着眼点と挑戦。これに尽きるわね。」
「私の今までの研究が、とても視野の狭いところで一人喜び勇んでいるということを痛感しました。もっと研究と学習に精進します。」
「フィリアちゃんの知的好奇心を刺激出来て良かったわ。フィリアちゃんはこれからまだまだ伸びる可能性を秘めているんだから、この旅が終わったらこの
大学に入って研究すると良いわ。発想次第ではフィリアちゃんが新しい理論体系を構築することも出来るわよ。」
「シーナの言うとおりじゃ。そなた、15歳にして、しかも魔術面では後進国のレクス王国でEnchanterにまで昇格した優秀な魔術師。将来は極めて有望じゃ。
是非ともこの大学の研究員になってとことん研究に励みなされ。魔術師の称号に年齢やキャリアは無関係じゃからの。」
「あ、ありがとうございます。」

 フィリアは深々と頭を下げる。普段の勝気で直情的な様子からは想像出来ないほど、その態度は謙虚だ。普段あたしにしょっちゅう喧嘩売ってくるくせに
こういう時だけは妙にしおらしいわね、とリーナは内心思う。

「ところで、特別講義中にドルフィンから聞いたのじゃが・・・アレンとやら。そなた、セイント・ガーディアンに父君を攫われたそうじゃな。」

 学長の言葉で、和やかだったその場が一気に緊張感に包まれる。
サルシアパイを齧っていたアレンは一瞬口の動きを止め、口に入れたサルシアパイを噛み砕いて飲み込んでから、神妙な面持ちで言う。

「はい。ザギというセイント・ガーディアンの一人に父さんを攫われました。ザギは俺が持っている剣を狙っているんです。」
「そなたが持つ剣は7つの武器の一つだということじゃが・・・、ザギという名はわしも耳にしたことがあるぞよ。」
「本当ですか?!」
「うむ。謀略と策略を得意とし、己の欲望を満たすためには手段を選ばぬ、およそセイント・ガーディアンには相応しくない人物と聞いておる。もっとも
今のクルーシァの実験を握っておるセイント・ガーディアンの一味はどいつもこいつも一癖二癖ある曲者じゃ。特にザギとゴルクスには注意が必要じゃ。
ザギは先に言うたとおり謀略と策略を得意とし、ゴルクスはその類稀な力を相手を捻じ伏せることにしか使わぬ暴虐な人物。ドルフィンがゴルクスに
負わされた怪我でとても腕力で戦える状況ではない今、決してシーナから離れるでないぞ。そなたの剣はそなたのものじゃ。ザギにくれてやったところで
そなたの父君が戻る筈はないし、ましてやその剣をろくでもないことに使うのは目に見える。良いな?くれぐれもその剣を守り通すのじゃぞ。」
「はい。」

 アレンははっきりした口調で返答する。
ドルフィンから何度も言われているように、自分の持つ剣は父ジルムから譲り受けた代物。学長が言ったとおり、それをザギに渡したところでジルムを返すとは
とても思えないし、何に使うか分かったものではない。頼りのドルフィンがほぼ戦闘不能の状況にある今、シーナを頼るしかないと思うと同時に、自分一人で
剣を守れない自分の非力さを悔しく思う。

「しかし、ガルシアがザギとゴルクスを配下にしておるとは意外じゃな。ガルシアはわしがこの大学の客員教授に招聘しようとしたが、それを突っぱねた男じゃ。
元々ガルシアは謎めいたところの多い男じゃったが・・・。奴め、何を考えておるのか・・・。」
「学長殿は、ガルシアというセイント・ガーディアンをご存知なのですか?」
「うむ。ガルシアは出身地も年齢も不詳じゃが、あっという間に先代のセイント・ガーディアンを倒してその座を奪ったほどの、セイント・ガーディアンの中でも
一二を争う実力者じゃ。しかも表に出ることを嫌う人物。何故ザギやゴルクスを従えて内戦を起こし、クルーシァの実権を掌握したのか理解出来ん。」

 イアソンの問いに学長が答える。
アレン達はガルシアという名を聞いたことはあるが、その姿を見たことは一度もない。ザギは鎧もつけていないドルフィンの右手一本で叩きのめされた、
とてもセイント・ガーディアンとしての実力があるとは思えない男。ゴルクスは腕力の面ではザギを凌駕するのは確実だが、シーナを人質にしてドルフィンを
無力化し、ドルフィンに重傷を負わせた卑劣な男。そんな一癖二癖ある人物を配下にして何を狙っているのか。
アレン達はガルシアというセイント・ガーディアンに少なからず興味を抱く。
 ソファに深く腰掛けているドルフィンがティンルーを一口啜る。そしてカップをテーブルに置いた後、口を開く。

「クルーシァの実権を握ったセイント・ガーディアンはあともう一人居るんだが・・・、奴はガルシア並に、否、ガルシア以上に謎が多い。」
「そう言えば、セイント・ガーディアンは全部で7人居るんだよね?今クルーシァの実権を握っているのがガルシア、ザギ、ゴルクス・・・。」
「そして内戦で俺やシーナと生き別れになった、俺の師匠でもあるゼント、シーナの師匠でもあるウィーザ、代々女性のみが継承する座に位置する
ルーシェル。あと一人、サラという奴が居るんだが、奴はガルシア以上に人前に出ることを嫌っていた。あいつがどうなったのかはさっぱり分からん。」

 ドルフィンの口から残るセイント・ガーディアンの名が出る。ドルフィンとシーナがそれぞれセイント・ガーディアンを師匠としていたなら、その実力が
並外れたものであることは容易に納得出来る。
 問題は、ドルフィンが口にしたサラという人物。内戦の経験者であり、生き別れになったセイント・ガーディアンを把握しているドルフィンですら消息
不明というサラ。セイント・ガーディアンである以上そう簡単に死ぬとは思えないし、また、ドルフィンがサラという人物を気にするのがアレン達には
引っ掛かる。

「ドルフィン殿。サラというセイント・ガーディアンについて何かご存知なのですか?」
「女だということ、そしてそいつもまたかなりの実力者らしいということしか知らん。」

 イアソンの問いにドルフィンが答える。
女性のセイント・ガーディアンが居るという話は以前アレン達も聞いたことがあるし、その一人が内戦で生き別れになったルーシェルという人物だということは
分かった。しかし、サラという消息不明のセイント・ガーディアンが女性で、しかもかなりの実力者らしいということは、ガルシアの配下に居る可能性も
排除出来ない。
 ザギがすっかり音沙汰をなくし、ゴルクスがシーナの魔法で粉砕された今、クルーシァの実権を握っていることが確実なのはガルシアのみ。しかし、仮に
サラがガルシアの配下に居るとすれば、何時自分達に牙を向けてくるかもしれない。

「何れにせよドルフィン。そなたが一刻も早く呪詛を解除してもらって戦列に復帰し、若人達をガルシア達の手から守ってやらねばならんの。」
「ええ。それまではシーナに任せます。」
「魔術師の私じゃ、セイント・ガーディアンの俊敏な動きを事前に封じるのには限界があるわ。やっぱりドルフィンに早く治ってもらわないと・・・。」
「ドルフィンが治らないと、子どもも作れませんしね。」

 アレンの言葉でドルフィンはむせて咳き込み、シーナは頬を赤らめる。学長は笑顔で目を細めてドルフィンとシーナに言う。

「そう言えばドルフィンにシーナ。そなたらはこの旅が終わったらマリスの町に戻って町長の後継者になるのじゃったな。それに婚前旅行でわしを訪ねて
来た時、シーナが子作り宣言をしたのを憶えておるぞよ。魔術研究も結構じゃが、そっちの公約も守ってもらいたいものじゃのう。」
「が、学長・・・。この場でその話はしないでください・・・。」
「旅の途中で妊娠しちゃったらそれこそ私が旅の重荷になりますから、子作りは旅が終わってからということで。」

 学長の言葉にドルフィンとシーナは対照的な反応を見せる。ドルフィンは頬どころか耳まで赤くなって咳き込み、シーナは頬を赤らめてはいるものの
嬉しそうに言う。
これで、宿に帰ってからドルフィンがアレン達に突かれることになるのは確定的となった。学長との談笑はそれから暫く、賑やかに続いた・・・。
 宿に戻ったアレン達一行は、一頻りドルフィンを突いて遊んだ後−ドルフィンが顔を真っ赤にしたのは言うまでもない−、船旅の準備に着手した。
もっとも通貨の変換や乗船券購入は、これまでそんな経験がないアレン、フィリア、リーナには未知のことだから、もっぱらイアソンについて回るだけだった。
シーナはドルフィンの介護にあたることになったため、イアソンが実質的なリーダーとして町を奔走することになった。
 マリスの町の町長から受け取った36000ペルは、イアソンが宿で交渉した末に19700デルグに変換出来た。これはかなり高率の変換である。その後アレン、
フィリア、リーナはイアソンに先導されて、町の南端に位置する港に赴き、乗船券の購入と次回出港日時の聴取をした。トナル大陸にあるランディブルド
王国の港町パンまでの片道乗船券は、一人1200デルグ。パーティーは6人だから合計7200デルグかかった。次回出港日時は3日後の朝6ジム。かなり早い
時間だが、定期便である上にこれを逃すと半月は待たなければならないというから我慢するしかない。
出かける前にシーナから少し羽を伸ばして来なさい、と言われた4人は、港に隣接する飲食店に入って軽食を摂ることにした。広大なカルーダの町を北から
南に縦断した疲れを取る目的もある。
 開け放たれた窓から入ってくる潮風の匂いが4人の鼻を擽(くすぐ)る。客が疎らな店内の4人用の席の一つに着いた4人は、程なくやって来た店員にアレン、
フィリア、リーナはティンルーを注文し、イアソンはカーム酒を注文した。イアソンは18歳だから−アレン、フィリア、イアソンはこの場で初めてイアソンの
年齢を知った−真昼間から酒を飲んでも別に構わない。カルーダ王国の成人年齢はレクス王国と同じく18歳。イアソンは潮風を受けながら運ばれてきた
カーム酒を味わう。

「イアソン。俺達が行くランディブルド王国について何か知ってることってある?」

 ティンルーを−魔術大学で飲んだティンルーにミルクが入っていて更に飲みやすくなっている−一口飲んだアレンがイアソンに尋ねる。
イアソンは、カーム酒の入ったグラスを静かに置く。その様子が妙に様になっているので、隣に座るリーナも少しだけ見とれてしまう。

「兎に角キャミール教の影響が強い国だ。生活の隅々にまでキャミール教の戒律が染み込んでいると言っても良い。」
「宗教が生活に染み込んでるの?何だか窮屈そうね・・・。」

 リーナがぼやく。
宗教対立が発端で分離独立したレクス王国で過ごしてきたリーナもアレン同様、宗教が生活に浸透していることに対して違和感が拭えない。比較的信心深い
方であるフィリアも、生活の隅々にまで浸透しているということに対しては、やや抵抗感を覚える。
イアソンは再びグラスを手に取り、唇を潤す程度に傾けてから続ける。

「それからランディブルド王国は貴族国家だ。貴族が農民を支配し、多額の小作料を納めさせて暮らしている。」
「レクス王国にも貴族は居たけど、どっちかっていうと商人の影響力が強かったわね。あたしのお父さんが対峙していたミルマ経済連みたいな。」
「ああ。でも、ランディブルド王国の貴族連中は、レクス王国のミルマ経済連以上に経済はおろか社会全体を支配している。その貴族にも一等から三等まで
あって、一等ともなると何百人という規模の小作人と広大な土地と財産を抱えている。だから後継者争いは血を血で洗うものになることもある。」
「人は神の前に平等、っていうキャミール教が浸透している割には、せせこましいことやってるのね。はっ、まあ、人間なんてそんなもんだけど。」

 リーナが侮蔑を込めて毒づく。父フィーグが王家と癒着したミルマ経済連との闘いの先頭に立ってきた様子を見てきたリーナにとっては、財産争いで
内輪もめを起こすのは自業自得だ、という思いが強いのだ。
イアソンはリーナの言葉に相槌を打つことなく、話を続ける。

「言葉はフリシェ語だから、メリア教圏内のように通訳は要らないと思う。」
「思う、ってどういうこと?」
「レクス王国やこの国の言葉と言い回しが違うところがあるんだ。」
「方言ってやつね。」
「まあ、向こうからしてみればこっちの方が方言なんだけど・・・、意味を誤解しそうな言い回しはあまりない。分からなかったらどういう意味か聞いた方が
トラブルに巻き込まれなくて済む。人当たりは優しいから、物怖じしない方が良いだろうな。」

 流石に「赤い狼」の幹部として何度もカルーダ王国に出入りしていただけあって、イアソンは他国の情報に精通している。何が待っているか分からない
今度の船旅、別大陸への移動。音沙汰が途絶えたとは言え、何時ザギやガルシアの配下が襲ってくるかもしれない現状では、少なくとも日常生活に関する
情報を少しでも多く知っておくに越したことはない。日常生活で戸惑っているようでは、とてもザギを迎え撃つどころではなくなる。

「通貨は?」
「ペニーっていう単位だ。大体1ペニーが1デルグ相当だから、この辺の物価感覚で大丈夫だと思う。俺も実際にランディブルド王国に行った経験は2度くらい
しかないから、あまり詳細までは憶えてないんだ。ただ・・・宿の料金がこの辺より全般的に割高だったかな。」

 フィリアの問いにイアソンが答える。
暫しゆったりとした沈黙の時間が流れた後、ティンルーを半分ほど飲んだアレンが話を切り出す。

「話は全然違うけどさ・・・。クルーシァの実権を握ったガルシア達は何を狙ってるんだろう?」

 アレンの疑問に、フィリア、リーナ、イアソンはうんと考え込む。

「ザギはレクス王国の国王に取り入って、古代文明の遺跡を現代に蘇らせようとしていた。そして俺の父さんを攫って剣を奪おうとした。ゴルクスは
シーナさんの話じゃ生物改造に執着してたらしい。単に世界制服を狙うなら、配下の軍隊を各国に派遣して攻め込めば済むだけだと思うんだ。クルーシァの
軍隊は普通の国の軍隊よりずっと鍛えられているだろうから、それこそ世界制服なんて簡単なことじゃないかな。」
「確かに、それは言えてる。」
「古代文明と生物改造、クルーシァの実権掌握・・・。これらが一本の線で繋げられないんだ。一体ガルシア達は何を考えてるんだろう?」
「少なくとも、あたし達のためにならないことなのは確実ね。」

 リーナがカップを置いて言う。

「ドルフィンが言ってたわ。ナルビアでスライムを大きくしたやつにライオンやら何やらを出鱈目にくっつけたような変な化け物と出くわしたって。それに聖地
ラマンの洞窟最深部にあった、動物の身体を構成するための、目に見えない情報を記してあるっていう書物。あれはゴルクスの息がかかった奴らがあたし達を
騙して奪おうとした。ザギもゴルクスも、生物をどうこうしようって考えを持ってるのは確実。それは、剣や魔法が効かない究極の魔物を作り出すための策動
なんじゃないの?そのために古代文明が残した知識を探して、世界中に配下を送り込んでいる。レクス王国もラマン教指導部もその対象として狙われた。
そう考えるのが自然じゃないかしらね。」
「・・・リーナの推測は当たっているかもしれないな。」

 今度はイアソンが言う。

「古代文明は今の文明レベルからは想像もつかないようなレベルに到達していたらしい。一瞬でこのカルーダをも木っ端微塵にするような破壊力を持つ
武器や、生命を操作する技術などをな。ガルシアは配下に従えたザギやゴルクスを使ってそれらを手に入れ、世界中の国々の軍事力を合わせた力を凌駕
する軍事力を古代文明の遺産を復活させるという形で手に入れて、一気に世界征服に乗り出そうとしているとも考えられる。そうでなければ、一国の経済を
危機に陥れるような内政干渉をしてまで古代文明の遺跡を調査させていた理由が説明出来ない。」
「・・・だとすると、今度俺達が行くランディブルド王国にもガルシア配下の奴らが潜り込んでいる可能性もあるな。」
「ドルフィンさんが事実上戦闘不能の状態にある今、セイント・ガーディアンと対等に渡り合えるのはシーナさんだけ。そのシーナさんもセイント・ガーディアンを
倒すだけの魔法を使うとなると呪文詠唱が必要になるだろうから、その間を突かれたらアウトよ。魔術師は魔法が使えなかったら一般人同然だから。」
「・・・前途多難ってところだな。」

 フィリアの言葉をアレンが総括する。
これまでパーティーを牽引し、ザギやゴルクスの策動を打ち破ってきたドルフィンが事実上戦闘不能状態であることは、パーティーにとって重い課題だ。
仮にランディブルド王国ででもドルフィンにかけられた呪詛が解除出来なかったら、キャミール教の聖地ハルガンへ向かわなければならない。しかし、聖地
ハルガンへの航路があるかどうかはイアソンにも分からない。
アレン達パーティーは攻撃力こそ高いものの、防御力や回復力の面では劣っている。かなりバランスが偏っていると言わざるを得ない。

「パーティーに聖職者が居ればねえ・・・。」

 フィリアのぼやきは、アレン達の気持ちを代弁するものだ。
衛魔術を使える聖職者がパーティーに居れば、体力や魔力の回復を薬に頼ることもないし、ドルフィンにかけられた呪詛の緩和や解除を教会に出向いて
やってもらう必要もなくなる。パーティーに聖職者が居るのと居ないのとでは大きな差があることはアレン達にも十分分かる。
だが、セイント・ガーディアンに狙われている自分達パーティーに加わろうという、ある意味物好きな聖職者が居るとは考え辛い。キャミール教に限った
ことではないが、聖職者は戦闘を嫌う傾向が強い。ラマン教の内紛はごく例外的な事例だ。
 傷や魔力の回復や治療はフィーグから譲り受けた薬やシーナの作る薬に頼らざるを得ないのか。そう考えると、これからの旅がこれまで以上に死と隣り
合わせのものになると覚悟しなければならない。

「・・・セイント・ガーディアンと一対一で戦うのは、正直言って命を投げ出すようなもんだ。」

 カーム酒を飲み干したイアソンが言う。

「だが、俺達4人とシーナさんが力を合わせれば勝てないことはないと思う。否、勝たなきゃいけない。勝つか負けるかは俺達の命に直結するからな。」
「ゴルクスってやつには、あたしのレイシャーもフィリアの魔法も歯が立たなかった。少なくとも魔法で倒そうとなると、シーナさんの力を借りないと駄目ね。
でもアレン。あんたが持つその剣ならゴルクスやザギの鎧を切り裂くことが出来るかもしれない。あんたの剣はあんたのお父さんの代わりであると同時に、
ドルフィンとシーナさんを除いたあたし達4人の中で唯一セイント・ガーディアンに対抗出来得る道具だ、ってことを肝に銘じておきなさいよ。」
「ああ、分かってる。」

 アレンは残りのティンルーを一気に飲み干す。
マリスの町におけるゴルクスとの戦闘では、リーナの言うとおり、フィリアの魔法とリーナの召還魔術はまったく歯が立たなかった。だが、自分の持つ剣は
ゴルクスの振り下ろす斧を受け止め、それでも刃こぼれ一つしていない。7つの武器の一つというアレンの剣は、父ジルムの代わりと言って良い。何故
父さんがこの剣を自分に託したのか分からないが、リーナの言うとおり、ドルフィンとシーナさんを除いた4人の中で唯一セイント・ガーディアンとわたり
合える武器であることには間違いないだろう。
アレンはそう思いつつ、腰に帯びた自分の剣に目をやる。ドルフィンやシーナさんが居ない時にザギやゴルクス、そしてガルシアが襲い掛かってきた時は、
この剣の力を信じて迎え撃つしかない。そして何が何でもこの剣をザギにくれてやるようなことはしてはならない。それはドルフィンにも言われたことでも
あるし、何よりこの剣は唯一の肉親である父から譲り受けた大切なプレゼントだからだ。
 決して裕福とは言えない家計の中、物心ついた時からずっと二人で暮らしてきた父。その父が自分の15歳の誕生日に初めてプレゼントらしいものをくれた。
それがこの剣だ。旅に出るまでは、否、正確にはドルフィンと出会うまでは、この剣を父がくれたのは、自警団の準団員として活動する自分に対する
ご褒美だと思っていた。だが、この剣はクルーシァに伝わる7つの武器の一つで、ザギがその所有権を主張して狙っていることが明らかになった。
父がどうしてこの剣を持っていたのかは分からない。だが、父は泥棒をするような人物ではないと信じている。ザギを倒し、父の居場所を聞き出し、救出
すること。それが今の自分に課せられた使命であり、生きる目的でもある。アレンは何としても父と生きて再会するのだ、と改めて心に誓う・・・。
 その頃、シーナは宿でドルフィンの包帯を取り替え、薬を調合して飲ませていた。飲ませると言っても両腕は両足と並んで比較的傷が浅かったため、薬の
入った器のような軽いものならシーナの助けなしで持つことが出来る。
ドルフィンは空になった器をシーナに渡す。

「相変わらず薬ってのは良い味がしないもんだな。」
「贅沢言わないの。薬に味までつけてたら、効き目が弱くなっちゃうわよ。」

 ドルフィンから器を受け取ったシーナは、器具や薬草箱などを整理する。この部屋で寝泊まりするのは自分達二人だけではない以上、道具を散らかして
おくわけにはいかない。それに、シーナ自身が散らかしておくのを放っておけない性格だからだ。
 道具を片付け終えたシーナは、ベッドに横になっているドルフィンに覆い被さるように抱き着く。シーナがアレン達4人に、乗船券購入のついでに羽を
伸ばして来なさい、と言ったのは、アレン達の張り詰めた精神状態を緩和させるためでもあり、ドルフィンと二人きりになる時間を作るためでもあったのだ。
自分が加わったことで6人になったパーティーの戦力は、事実上戦闘不能状態であるドルフィンを除けば、殆どシーナの両肩にかかっていると言っても良い。
 そんな状況だからあまりアレン達4人を自分の元から離すわけにはいかない。だが、マリスの町の町長夫妻に自分の夫と認められた、実際に婚約者でもある
ドルフィンと二人きりの時間を持ちたい。限られた時間ではあるが、今はドルフィンと二人きりの時間を満喫出来る、シーナにとっては至福の時間なのだ。

「ランディブルド王国で早く呪詛を解除してもらわないとね。」
「あそこへ行けば何とかなるだろう。キャミール教第二の聖地と呼ばれるほどの国なんだからな。」
「ドルフィンがまともに動けないと、ドルフィンに抱いてもらうことも出来ないから・・・。」
「子作りは旅が終わってからってことになってるだろ。」
「でも、抱いて欲しいことには変わりないわ。私の記憶を取り戻すためにドルフィンが私をこの町に連れてきた最後の夜のこと、今でも憶えてる・・・。」

 シーナは甘い声で囁き、ドルフィンに頬擦りを繰り返す。今のシーナは魔術師の最高峰Wizardでも、合格率3%にも満たない医師、薬剤師でもない。
愛する夫を持つ一人の女なのだ。

「仮に俺が治ったとしても、お前を抱く場所がないぞ。」
「宿で二人部屋を確保してもらえば良いじゃない。ドルフィンのリハビリ担当とか適当な理由をつけて。」
「それじゃ、今みたいにアレン達を守るため、ってことで大部屋にしてる理由と矛盾するだろう。」
「その時はその時よ。・・・もう絶対離さないんだから・・・。」

 シーナは愛しげな表情で目を閉じ、ドルフィンに頬擦りを続ける。記憶を取り戻したシーナは、ここぞとばかりに久しぶりのドルフィンとの二人きりの
時間を満喫する。
旅が終わったらマリスの町に戻り、ドルフィンと町長夫妻として永住することを町長夫妻と約束している。それまでは二人きりになれる時間はごく限られた
ものになるだろうが、その時間を何とか捻出しようとシーナは思っている。

「・・・ゴルクスはお前が木っ端微塵にした上に異次元に放り込んだからまず出て来れないだろうが、問題はあとの三人だな。」

 ドルフィンはシーナの鮮やかな金髪に指を通しながら言う。

「ザギはアレンを狙っている。ガルシアも何時までもクルーシァに篭城しているわけにはいかないだろう。サラはどっちに転ぶか分からない。生き別れに
なった俺達の師匠とルーシェルの安否も気になる。無事で居てくれれば良いんだが・・・。」
「・・・あの女性(ひと)のことが気になるの?」

 シーナは顔を上げてドルフィンと至近距離で向き合う。何か言いたげなシーナを見て、ドルフィンは笑みを浮かべて言う。

「顔見知りとして、気にならない筈はないだろう。俺達と一番親しかった、同年代のセイント・ガーディアンでもあるんだからな。」
「本当にそれだけ?」
「それだけだ。」
「それなら良い。」

 シーナは再びドルフィンに覆い被さり、頬擦りを始める。

「ドルフィンは私のものなんだから・・・。絶対に他の女性に渡さないんだから・・・。」
「婚約者を、否、事実上の妻を俺が手放すと思うか?」
「そうは思わない。だけど、他の女性の影がドルフィンに近付くのは許せないの。」
「心配しなくても、俺はお前から離れたりはしないさ。」
「ええ・・・。」

 シーナはドルフィンの顔の彼方此方に唇を這わせる。アレン達の声と足音が聞こえてくるまで、二人の蜜月は続いた・・・。
 3日後。早い朝食を取って身繕いをした一行は、港へ向かった。一応自分の足で立てるようになったとは言え、まだこれまでどおり歩ける状態ではない
ドルフィンが足手纏いにならないよう、シーナはサムソン・パワーとフライを併用してアレン達の後を追う。
先頭にはイアソンが居る。乗船券や金銭の管理を一手に引き受けているからだ。
 出港時間より50ミムほど早く港に着いた一行は、朝靄の中に浮かぶ、接岸している定期客船の姿を見つける。城を髣髴とさせる巨大な船体にそそり立つ

マストの数々。忙しそうに出港の準備をしている船員がもの凄く小さく見える。初めて見る巨大な帆船に、アレン、フィリア、リーナは驚きで目を見開く。

「うわー、凄く大きい船だなぁ。」
「こんな船に乗れるなんて、テルサの町に居た頃じゃ想像も出来なかったわ。」
「これだけの大きさがあれば、船酔いせずに済みそうね。」
「揺れは多少あるけど、レクス王国からここに渡った時に使った船より格段に乗り心地は良い筈だ。さ、乗り場へ行こう。」

 イアソンの先導で、一行は乗船口へ向かう。口と言っても船体の横が開いているわけではなく、船の甲板から人が2、3人並んで歩けるほどの幅の橋げたが
降りているに過ぎない。一応手すりはあるものの、高所恐怖症や乗り慣れていない人間にとってはかなり厳しい乗降船の方式である。
 イアソンは乗船口の前に立っている、厳つい体格の船員に6人分の乗船券を差し出す。船員は乗船券1枚1枚にペンでサインを書き、イアソンに返す。

「どうぞ、ご乗船ください。出港まであと約50ミムです。」

 厳つい体格とは裏腹に、船員は丁寧な物腰で案内する。一行は船員に礼を言って橋げたから乗船する。
イアソンは平気な顔でずんずん前に進んでいくが、これが初めての乗船であるアレン、フィリア、リーナの3人は、足元に注意して手すりをしっかり持ち、
慎重な足取りで下を見ないようにして橋げたを上っていく。
ドルフィンとシーナは、シーナがフライを使って宙に浮いている状態なので落ちる心配もなく、恐々とした足取りのアレン、フィリア、リーナの後を追う。
 全員が船の甲板に乗り込んだのを確認して、イアソンは船員に乗船券を見せて部屋の場所を聞く。イアソンは一行を先導して、船員が慌しく動き回る
甲板を歩き、入り口から船の中に入る。人が何とか行き来できる程度の狭い階段を下り、これまた狭い廊下を暫く歩いていくと、ドアがずらりと並んだ場所が
見えてくる。

「部屋は二人部屋にした。ドルフィン殿とシーナさん、俺とアレン、そしてリーナとフィリア。このペアで部屋に入ってくれ。」
「ちょっとイアソン。何でリーナと相部屋なわけ?アレンと相部屋にしてよ。」
「俺だって出来ることならそうしたい。だが、そうするとアレンの貞操が守られる保障がない。」
「どういう意味よ。」
「あたしもあんたと相部屋だと貞操が守られる保障がないわね。」

 軽い冗談を交えたつもりがリーナに冷たく突き返されたイアソンはがっくり肩を落とし、乗船券を全員に配る。

「食事はこの下の大食堂で摂ってくれ。携帯食でも良いけど。それから水は使用制限があるから無闇に使わないように。」
「そうなの?」
「長い船旅じゃ、真水は金にも引けを取らない貴重品さ。あと、くれぐれも乗船券はなくさないように。降りる時にチェックされるから。」

 一行は乗船券に書かれた部屋番号を見て、それぞれの部屋に入る。部屋は多少手狭でベッドは二段だが、テーブルや椅子もあって、居心地は悪く
なさそうだ。ドルフィンはシーナの助けを借りてベッドに横になる。シーナは荷物を床に置き、医療器具を取り出してテーブルに置く。アレン達4人は
ベッドの感触を確かめた後、窓から見える海を見たりする。
 カーン、カーン、という鐘の音が響く。出港の合図だ。少しして船がゆっくりと動き始める。初めて客船に乗船するアレンは興味深げに窓から見える景色が
動くのを見詰める。フィリアとリーナも、普段のいがみ合いが嘘のように、二人顔を近付けあって窓から景色が動くのを見て歓声を上げる。
ランディブルド王国行きの定期客船は、ゆっくりとカルーダを後にした・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

29)眼鏡をかける:この世界では眼鏡をかけている人は少数派である。シーナは学習と研究に熱心だったあまり、近眼になってしまったのだ。

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