「何の御用でしょうか?」
「学長との面会を希望します。私はシーナ・フィラネス。この大学の客員主任教授です。」
「よ、ようこそおいでくださいました。シーナ主任教授。」
「学長は居られますか?」
「は、はい。」
「併せてパーティーを中に入れてもよろしいですか?」
「どうぞ、ご遠慮なく。」
「ありがとう。」
「さ、皆。行きましょう。」
「は、はい。」
「学長。お久しぶりです。シーナ・フィラネスです。」
シーナが名乗ると、奥まったところにある豪華絢爛な机の上で書類にペンを走らせていた老女が顔を上げ、驚きに続いて満面の笑みを浮かべる。「おお!シーナじゃないかね!無事にドルフィンと再会出来たんじゃな?」
「はい。でもドルフィンは私が無力だったがためにゴルクスにやられて、傷の回復を鈍らせ、傷口を開こうとする悪質な呪詛をかけられてしまったんです・・・。」
「何ということじゃ・・・。兎に角そのままではそなたも辛かろう。さ、そこに座りなさい。」
「ありがとうございます。」
「貴方達も中に入りなさい。」
「ん?おお、ドルフィンの仲間じゃないかね。ささ、遠慮は要らん。中に入って座りなさい。」
「し、失礼します。」
「アクシデントはあったようじゃが、兎に角ドルフィンと再会出来て良かったの、シーナや。しかし、記憶の封印はどうやって取り除いたのじゃ?」
「ドルフィンの言葉がキーワードになって、ドルフィンとの過去を思い出し、ゴルクスがドルフィンの名を叫んだところで封印が解けました。」
「3年間離れておっても二人の絆は健在だったようじゃな。めでたいことじゃ。」
「ところで、ドルフィンにかけられた呪詛はどうするつもりじゃ?」
「ランディブルド王国へ渡り、そこで上級の聖職者に解除してもらう予定です。」
「ランディブルド王国か・・・。確かにあそこなら、ドルフィンにかけられた呪詛を解除出来るじゃろうな。ラマン教は自らを高めることを主にする宗教故、呪詛の
解除や治癒回復といったことには概して不得手じゃからな。しかし、渡航費用は大丈夫なのかね?」
「幸い、私を娘として庇護してくれたマリスの町の町長夫妻が、資金を拠出してくれました。」
「マリスの町・・・。そなた、そこに居ったのか。2年前のゴルクスとの一騎打ちの反動で何処かに飛ばされたとは思っておったが、カルーダ国内に
居ったとはのう・・・。ドルフィン、そなたも驚いたじゃろ?」
「ええ。シーナが出て来た時、一瞬自分の目を疑いました。」
「で、マリスの町の町長夫妻の娘になっていたということは、旅が終わったらマリスの町に戻って町長の後継者になるのじゃな?」
「はい。父母とはそう約束しました。」
「シーナとドルフィンの二人が国内に居てくれるのは、我が大学にとって心強いことじゃ。たまには此処に来て、後輩の指導にあたっておくれ。」
「はい。」
「さ、遠慮は要らん。ゆっくり食べて飲んで寛いでおくれ。」
「皆。そんなに緊張しなくても良いのよ。」
「そうじゃとも。ドルフィンとシーナの仲間であれば尚のこと遠慮は要らん。わしがこの大学の学長ということはこの場では忘れなされ。」
「は、はあ・・・。」
「今日此処を訪ねたのは、ランディブルド王国へ赴く前の顔見せというところかの?」
「はい。事情があったとは言え、2年間席を空けていたものですから。」
「そうじゃ!この際じゃから、一つ頼まれてくれんかの?」
「何でしょうか?」
「うちの学生に特別講義をして欲しいのじゃ。」
「特別講義・・・ですか?何を題目にすれば良いでしょう?」
「学生に限ったことではないが、此処は魔法の研究開発が主じゃから実務の経験に乏しい。魔術師は魔法を研究開発していれば良いというものではない。
それを社会に還元、表現を替えれば実際に人々の役に立つところまでもっていくことが必要じゃ。」
「仰るとおりですね。」
「そこでじゃ。シーナ、そなたは此処で魔法探査の研究をしておったじゃろ。その中間報告を兼ねて、魔法探査の範囲や対象の特定を飛躍的に改善した
そなたの研究成果を特別講義の題目にして欲しいのじゃ。」
「あれはまだ未完成ですが・・・。」
「他の研究員が数を揃えても成し得なかった研究成果を出し、それを実務レベルに適用出来るようにしたのは間違いないじゃろ?」
「はい。」
「学生の中には魔法探査をしたことがない者さえ居る。研究員なら尚更じゃ。魔法探査がいかに社会に寄与出来るものかを交えながら、そなたの研究成果を
講義という形にして欲しいのじゃ。どうかね?ひとつ頼まれてはくれんかの?」
「学長直々のご依頼とあれば、断る理由はありません。」
「ありがたいことじゃ。では早速、学内に一報を流さんとの。」
学長は席を立ち、自分の机に戻ってペンで紙に走り書きをして何やら呪文を唱える。今度の呪文は茶菓子を運ばせた時のものとは違う。「全学生、全研究員に告ぐ。50ジム後、シーナ・フィラネス客員主任教授による特別講義『魔法探査の発展的改良とその実践』を中央大講義室にて行う。
シーナ客員主任教授は訳あって程なくカルーダを離れる。故にこの機会を積極的に利用することを推奨する。以上。」
「何だか随分大事になりそうですね・・・。」
「主任教授の中でも群を抜いて優秀なそなたの特別講義とあれば、恐らく殆どの学生や研究者が集まるじゃろう。実践的な立場での講義を頼むぞよ。」
「分かりました。やらせていただきます。」
「わ、私も聞かせていただいて良いですか?」
フィリアが身を乗り出して尋ねる。Wizardを目指すフィリアにとっては、そのWizardの一人であるシーナの特別講義が実施されるというのだから、是非「そなた、なかなか勉強熱心じゃの。勿論良いぞよ。」
「あ、ありがとうございます!」
「ホホホ。礼はわしにではなく、シーナに言うんじゃな。」
「シーナさん!ありがとうございます!」
「改まらなくて良いのよ。フィリアちゃんの参考になるような講義をするつもりだから、期待しててね。」
「は、はい!」
「あの・・・。私も聞かせていただけないでしょうか?」
フィリアに続いて名乗りをあげたのはイアソンだった。「勿論じゃとも。勉学に勤しむ者は歓迎するぞよ。」
「学長殿、シーナ殿。ありがとうございます。」
「イアソン君も聞いてくれるの?益々責任重大ね。」
「幾ら着慣れた服装とは言え・・・、大勢の前に出て講義をする服装じゃないわね、これ。」
「それなら正装に着替えるが良いぞ。まだ時間もあることじゃし。」
「残していただいているんですか?」
「勿論じゃ。教授以上の正装は定期的に新品と交換することになっておることは、そなたも承知の筈じゃろ?」
「そうですが・・・。2年も席を空けていた私のために、と思うと何だが勿体ないような気がして・・・。」
「気にするでないぞよ。そなたは紛れもなくこの大学の客員主任教授。それに相応しい待遇を保障するのは当然のことじゃ。」
「ありがとうございます。」
「あの・・・。俺は魔術を使えないんですが、参考までに聞かせてもらっても良いでしょうか?」
「あたしも聞かせてもらいたいんですが。」
「おうおう、勿論良いぞよ。」
「アレン。リーナ。あんた達もしかして・・・シーナさんの正装見たさに講義を聞こうっていうんじゃないでしょうね?」
「ま、まさか。俺も将来魔術を取得したいな、と思って。」
「素行不良のあんたに疑われたくないわね。」
「だ、誰が素行不良ですって?!」
「二人共、場所を考えろ。」
「ホホホ。若い者は元気があって良いのう。」
「血の気が多いと言った方が良いかもしれません。学長。」
「少し早いですが、これから着替えてきます。」
「おお、そうかね。」
「アレン君達を中央大講義室に案内する必要がありますから。」
「それなら使いの者を呼べば良いことじゃろう。」
「アレン君達は、私とドルフィンの仲間ですから。」
「そなたの分け隔てのない優しさは変わっておらんな。ドルフィン。そなた、良い女性と巡り会えたの。」
「ええ、仰るとおりです。」
「ドルフィンたら・・・。」
「ドルフィンは此処に居てね。講義が終わったら戻って来るから。」
「ああ、分かった。学長と話でもしている。・・・しっかりな。」
「ええ。」
「若いと正装も一段と映えるのう。」
「この正装のお陰ですよ。さ、皆、中央大講義室へ案内するからついて来て。」
「「「「は、はい。」」」」
「それじゃ、行って来ます。」
「ああ、しっかりな。」
「宜しく頼むぞよ。」
「慌てないで順序良く中に入りなさい。押すな押すなじゃ余計に入り辛くなるわよ。」
決して怒鳴ったわけではないのにシーナが言うと、出入り口付近でごった返していた人達がシーナの方を見てぴたりと騒動を静め、整然と中に入っていく。「この混雑じゃ、多分相当奥に行かないと・・・。ううん、研究員の人達も来るとなると、座れない可能性の方が高いと考えた方が良さそうね。
皆、申し訳ないけど、座れなかったら壁に凭れたり階段に座ったりして聞いててね。誰も文句は言わないだろうから心配しないで。」
「俺達、ローブを着てないんですけど、大丈夫ですか?」
「もし何か言われたら、私が許可した、とでも言っておいて。念のために講義の前にそれに関して一言言うから。」
「上に行くほど奥になっていく構造なの。奥の方は2階席に通じてるわ。そっちを目指した方が座れる可能性が高いと思うわ。」
「じゃあ、俺達は奥の方へ行きます。・・・声、聞こえますか?」
「アレン。ラウドネス26)っていう声を大きくする魔法があるから心配要らないわよ。」
「出来るだけ退屈しないような講義にするつもりだけど、退屈だったら寝ちゃっても良いから。」
「は、はあ・・・。」
「そんな勿体無いこと、出来ませんよ!」
「おい、一番近くの出入り口が空いたぞ。」
「あそこから入ろう。座れなくてもシーナさんが近くに居れば何かと安心だし。」
「痛い、痛い、痛い!」
「どういう意味よ、アレン。」
「別に深い意味はないって!」
「あんたの彼氏でも何でもないのに、勝手にやきもち妬いてるんじゃないわよ。」
「うっさいわね!一人身のウエストのない女に言われたくないわ!」
「・・・言ったわね、胸なし女。」
「二人共止めろ。此処が何処だか分かってるのか?」
「フィリアちゃんとリーナちゃんって、本当に元気があって良いわね。」
「も、申し訳ありません。」
「・・・すみません。」
「とりあえずこれから暫くは私の講義を聞いててね。喧嘩は建物の外に出てから思う存分して頂戴。」
「皆さん、ようこそお集まりくださいました。私、この大学の客員主任教授を務めておりますシーナ・フィラネスと申します。今回は学長のご進言を受け、
『魔法探査の発展的改良とその実践』という題目で特別講義をさせていただく運びになりました。最後までご静聴くだされば幸いです。」
「尚、今回の講義には私と私の夫が行動を共にする仲間が聴講に加わっております。ローブを着ていないのは彼らが専任の魔術師でないからであり、
譬え魔術師でないからといっても今回の講義に関心を持って聴講に加わったのですから、その点は兎角魔術師が陥りがちな特権意識を排する上でも
極めて注目に値する行動です。皆さんも余計な特権意識を捨て、社会に貢献する職業としての魔術師の意識を持っていただきたいと思います。」
「前置きはこのくらいにして、早速講義を始めたいと思います。」
シーナが言うと、講義室全体の空気が一気に張りつめたものになる。「まず皆さんに伺いますが、魔法探査を実際に行ったことがある人は居ますか?行ったことのある人は手を挙げてください。」
鮨詰めの講義室から上がる手はちらほらで、フィリアとイアソンも手を挙げるが、割としっかり手を挙げたイアソンとは対照的にフィリアは恐る恐るといった「皆さんは此処で魔術の学習や研究に携わっているわけですが、それを自分の殻に閉じ込めてしまうのでは、先程も言ったように社会に貢献する職業と
しての魔術師という観点からすれば問題があると言わなければなりません。魔術の学習や研究で得た知識や発見は良い形で社会に還元させるべきであり、
つまりは魔術師のみが行える技術である魔術の使用、魔法解析、そして今回お話する魔法探査は人々の役に立つものとして使われるべきでは
ないでしょうか。」
「「「「「・・・。」」」」」
「手を下ろしてくださって結構です。私はこれまで方向が直線的で、しかも探査距離が魔法と名が付く割には短い、余程近付かないと対象の形状の詳細な
特定が困難だったという魔法探査の欠点を改善することに成功しました。まだ研究段階ではありますが、皆さんにとって良い刺激となれば幸いです。」
「−魔法探査の基礎はこのようなものですが、この場合、魔法探査のために放射する魔力が微量であるため、ジェルバンの法則27)によって魔力が放射から
対象での反射、そして帰還までの過程で弱まってしまうため、距離が短い、対象の形状の詳細な特定が困難だったわけです。しかし、だからと言って
単純に魔力を強めると、使用者の負担が大きくなるという別の問題が生じます。そこで魔力を強める手段を私や皆さんの左手に埋め込まれている賢者の石に
求めることを考案しました。」
「賢者の石による魔力の増幅は結論から言えば可能です。その理論の詳細は今回の講義では時間の関係上省略させていただきますが、私が実践した
ところ、賢者の石による魔力増幅は安全に行えることが判明しています。賢者の石に魔力を放射することにより、左手を貫通する形で魔力がおよそ1万倍に
増幅出来ます。この賢者の石によって増幅した魔力は放射状に広がることも明らかになりました。故に従来の魔法探査の弱点であった、距離が短いことは
勿論、直線的であるという問題も克服出来たのです。」
「では続いて、この放射状に増幅された魔力を用いてどのように対象の形状の詳細な特定を行うのかを説明していきたいと思います。」
ざわめきがぴたりと収まった広大な講義室に、シーナの声が響く・・・。