「俺が骨と皮を選り分けてやろうか?」
「レディの下着選びを覗こうとする変質者相手に借りを作るのは真っ平御免よ。」
「ま、まだ根に持ってるのかよ・・・。」
「あら、イアソン君たら、リーナちゃんの下着選びを覗こうとしたの?」
「ええ。だから股間に一発蹴りを叩き込んでやったんです。」
「あの一撃でもう気は済んだだろ?いい加減忘れてくれよ。」
「お断りよ。」
「じゃあ、私がやってあげるわ。」
「え?シーナさんが・・・?」
「大丈夫。こう見えても魚の干物の扱いには慣れてるんだから。」
「はい、おしまい。これなら大丈夫でしょ?」
「あ、ありがとう・・・ございます。」
「シーナ殿。こういった経験はお持ちなんですか?」
「ええ。クルーシァに居た頃、修行で此処カルーダにもよく出入りしていたし、その時魚の干物の食べ方をドルフィンに教えてもらったのよ。」
「ドルフィンに教えてもらったんですか。」
「ええ。ドルフィンは小さい頃から釣りが好きで、釣った魚を焼いて食べたり、自分で開いて干物にして家の食事にしていたから。」
「へえ・・・。ドルフィンって釣りが好きなんですか。」
「そうよ。漁船に乗って大きな魚を釣ってその場で捌いて刺身にして食べたりもしてたわ。私もよく食べさせてもらったものよ。」
「既にその頃から、ドルフィンのシーナさんに対する愛情は顕著なものだったわけですね?」
「やだ、アレン君ったら。照れるじゃないの。」
「ドルフィンとシーナさんって、クルーシァに居た時どのくらいの頻度でデートしてたんですか?」
「休みの日には朝から晩まで一緒に居たけど、平日でも会って話をするくらいなら毎日してたわよ。」
「朝から晩までってことは、一緒に住んでたんじゃないんですか?」
「クルーシァには、夫婦か婚約者以外は男女別々の寮で暮らすっていう規則があるの。だから、恋人同士でも婚約しない限りは別々に暮らさなきゃ
ならないの。」
「クルーシァって、寮生活なんですか。」
「ええ。それにドルフィンは剣の修行と魔術の勉強、私は魔術と医師、薬剤師の勉強があったから、日中はまず会えなかったわ。夜、待ち合わせ場所で
顔を合わせて暫く話をしてからそれぞれの寮へ戻る、っていう暮らしだったのよ。」
「で、その待ち合わせ場所っていうのが、ドルフィンから赤い薔薇の花束と共に『俺と一緒に居てくれ』ってプロポーズされた噴水ってわけですね?」
「アレン君、ご名答。」
「ア、アレン・・・。何でそんなこと知ってるんだ・・・?」
「マリスの町で最後の夕食を食べた時、フィリアがシーナさんに聞いたら教えてくれたんだよ。」
「き、聞くな・・・。それに・・・答えるな・・・。」
「良いじゃない。アレン君達の今後の参考になるかもしれないでしょ?」
「そんなこと、その場その時に自分の頭で考えさせろ・・・。」
「だって、フィリアちゃんが妙に切羽詰った様子で尋ねてきたんだもの。やっぱりそういう時は経験者としてきちんと話しておくべきじゃない?」
「そんな必要あるか・・・。」
「まさか・・・余計なことまで喋ってないだろうな・・・。」
「余計なことって?」
「それを言ったら・・・アレン達に聞かれるだろうが・・・。」
「あ、ドルフィンが記憶を失ったシーナさんを連れてカルーダに行った時、一夜を共にしたっていう話は聞いたから。」
「シーナぁ・・・。何でそんなことまで言うんだぁ・・・。」
「ドルフィンが洞窟へルーの像を取りに向かった時、皆を集めた席上、話の流れで言わなきゃならない状況になっちゃったから・・・。」
「シ、シーナさん。カルーダでの一夜が、は、初体験だったんですか?」
「え?違うわよ。」
「だ、だから・・・答えるなって言ってるだろ・・・。」
「そ、それじゃ、な、な、何歳の時に?あ、相手はも、勿論、ドルフィンさんですよね?」
「ええ。相手は勿論ドルフィンよ。婚約して一緒に住み始めた最初の夜だったから、18の時ね。」
「シーナ・・・。人の話を・・・聞け・・・。」
「一緒に住むなりベッドインなんて・・・。ドルフィンもシーナさんも凄い・・・。」
「お、幼馴染が発展するとそうなるのね・・・。良いこと聞いたわ・・・。」
「良いことって何だよ、フィリア。」
「内緒。」
「18って言ったら、レクス王国じゃセレブレーションを受けて大人の仲間入りする年齢・・・。婚約者同士ならそうなっても不思議じゃないか・・・。」
「お、俺もやがて何れは・・・。」
「あんたがあたしの相手にならないってことだけは確実よ。」
「決め付けるなよー、リーナぁ。」
「フン。」
「皆はどうか知らないけど、好きな人と初体験出来るっていうのは凄く幸せなことよ。私は女の立場から言うけど・・・あの夜は今でもはっきり憶えてるし、
これからも絶対忘れない。私にとって初体験っていうのは、それだけ重みのあるものだから。」
「「「「・・・。」」」」
「だから譬え相手がドルフィンでも、婚約っていう確固たる契約が成立するまでは絶対身体を許さなかったわ。それが恋敵には、身体を餌に自分を
守らせている、って映ったらしくて、強く非難されたけどね。でも、ドルフィンは我慢してくれた・・・。男の人の性欲がどんなものかは想像の域を出ないけど、
きっと相当の葛藤があったんだと思うわ。仲を深めたい欲望とそれを抑えようとする理性の間でね・・・。ドルフィンには今でも本当に感謝してる。私の初体験を
掛け替えのない素敵な思い出にしてくれたから・・・。」
「フィリアちゃんとリーナちゃんは私と同じ女だけど、性体験についてどういう考えを持っているかは分からないし、その考えに干渉するつもりはないわ。
考え方は人それぞれだからね。だけど、性体験を幸せな形で迎えられた私としては、やっぱり処女であることは大事にして欲しい。成り行きや勢いに任せて
処女を失ってから後悔したところで処女は戻ってこないし、その時の記憶を嫌な形でずっと心に留める羽目にならないで欲しいから。」
「「・・・。」」
「これまでの様子を見た限りでは、フィリアちゃんはアレン君に想いを寄せてて、リーナちゃんは白紙状態みたいだけど、同じ女の体験談とそれから得た
見解が少しでも参考になれば嬉しいな。余計なお節介かもしれないけど。」
「そ、そんなことないです!凄く共感出来るものがありました!」
「私も女ですし、故郷に居た頃男友達とそういう話になった時、男の性欲ってのがどんなものか、断片的ですけどそれなりに分かったつもりです。私だって
好きな相手に処女を捧げたいですし、相手が求めてきたらどうするかまではまだはっきり決めてません。シーナさんの話を参考にして、これからの自分の
態度を決めておきたいと思います。」
「・・・あたしにも好きな人が居ました。でもその人には、あたしがどう足掻いても絶対割り込めない相手が居ることを痛感させられて、諦めました。」
やや興奮気味だったフィリアとは対照的に、リーナは落ち着いた、少し寂しげな口調で言う。リーナが言う好きな相手が誰だったか、そしてリーナがそれを「だからと言って、自棄になってその辺の男と、なんてことはしたくないです。あたしも好きな人と初体験したい、って思ってましたし、今でもそうです。だから
シーナさんの話を、先輩からの忠告として胸に刻んでおこうと思います。」
「ありがとう。何時かリーナちゃんにも相思相愛の関係になる相手が現れるわ。その時まで自分を大切に、ね。」
「はい。」
「アレン君とイアソン君には、本来ならドルフィンからアドバイスするのが一番適切だと思うんだけど、ドルフィンは人前で恋愛ごとを話したがらないから、
私がドルフィンに代わって女の立場から言わせて貰うわね。」
「「は、はい。」」
「今まで見た限りだと、アレン君は白紙状態、イアソン君はリーナちゃんに想いを寄せてるようだけど、このまま一緒に旅を続けていくうちに好きな相手が
現れるかもしれない。一途なタイプのイアソン君は別としても、アレン君にも好きな相手が現れる可能性はまったくゼロとは言い切れないわ。だからアレン君と
イアソン君には、二つ頭に入れておいて欲しいことがあるの。」
「な、何ですか?」
「二つ・・・ですか?」
「ええ。まず一つ目。仮に好きな相手と恋愛関係になって順調に仲を深めていったとしても、ことが性体験の場合は相手の気持ちを優先して欲しいの。」
「「・・・。」」
「さっきも言ったけど、私にとって初体験っていうのは凄く重みのあることだから、譬え相手がドルフィンと言えども、婚約っていう確固たる契約が結ばれる
までは絶対身体を許さなかった。勿論ドルフィンだって男だから、これもさっき言ったことだけど、欲望と理性の凄まじい葛藤があったんだと思う。それでも
ドルフィンは、私が求めるまでは私をベッドに引っ張り込むことはしなかったし、その時はここまでが限界、という意思表示をしたらそこまでで止めてくれた。
だから恋敵には、ドルフィンが男だってことを忘れやしないか、って強く非難されたんだけど、私はそういう考えだった。ドルフィンが自分の気持ちより
私の気持ちを優先してくれたから、私は好きな相手と初体験を迎えられたし、凄く幸せな思い出として今でも鮮明に心に焼き付いてるし、ドルフィンと私は
将来のマリスの町の町長夫妻って公認されるまでになった・・・。もしドルフィンが強行手段に出ていたら、今のドルフィンと私の関係はなかったと思う。
男の立場からすれば、女の我が侭としか映らないかもしれないけど、実際女っていうのは我が侭なのよ。こと恋愛事に関しては特にね。だからそんな我が侭を
包容出来るだけの心を、アレン君とイアソン君には持っておいて欲しいの。」
「・・・はい。」
「仰ったこと、しっかり覚えておきます。」
「二つ目。これは凄く生々しい話だけど、男のアレン君とイアソン君には絶対覚えておいて欲しいこと。それは・・・。」
シーナは少し間を置いてから、二つ目の「要望」を口にする。「一つ目とも関連することだけど、幾ら相手が好きだからって、絶対にレイプっていう手段には出ないで欲しいの。」
「・・・。」
「レ、レイプ・・・ですか。」
「男の人の性欲が暴走すると、とんでもない方向に向かう時がある。・・・実はね、私はドルフィンと付き合うようになる前、レイプされそうになったの。」
「ええ?!」
「ほ、本当ですか?!」
「・・・嘘。」
「・・・。」
「その時、私はドルフィンと喧嘩しちゃってて、仲直りするきっかけが掴めなくて困ってたの。そんな時、顔見知りの同年代の男の人から、ドルフィンが
謝りたいって言ってるからついて来て欲しい、って言われて、ドルフィンと仲直りしたかった私は何も考えずについて行ったの。そうしたら向かった先は
人気のない場所で・・・、そこにはその男の人の仲間が待ち構えてたの。どういうこと、って問い掛けた私に、その男の人達は目の色を変えて一斉に
襲い掛かってきたわ。私にはその男の人達が凶悪な魔物に見えた・・・。」
「「「「・・・。」」」」
「私はあっという間にその場に押し倒されて、両手両足を押さえつけられて口も塞がれて服を破られて・・・。残るは下着だけになったところでドルフィンが
駆けつけて来て、その男の人達を全員叩きのめして退治してくれたから難を逃れられたんだけど・・・。もしドルフィンが来てくれなかったら・・・。」
「あの時男の人達が言った言葉が今でも耳から離れないの。『お前の身体を存分に堪能させてもらうぜ』『お前と一発やれるなんて、考えるだけでもワクワク
するぜ』って・・・。私が婚約するまでドルフィンに身体を許さなかったのは、きっとその時のショックがドルフィンにまで及んだせいだと思う。あんなことが
なかったら、私は婚約前でもドルフィンが求めてきたら許していたと思う。」
「「「「・・・。」」」」
「ドルフィンと仲直りすることしか頭になかったせいでろくに考えもせずにのこのことついて行った私も私だけど・・・。未遂でもレイプっていうのはそれだけ
女に強い負のショックを与えるものなのよ。アレン君とイアソン君はそんな男じゃないとは信じてる。でも、男として、これから先色々な女と出会う機会が
ある立場として、絶対にレイプっていう手段には出ないで欲しいの。レイプは・・・最低かつ最悪の行為よ。」
「・・・この場で約束します。絶対にそんなことはしません。」
「俺もアレンと同じく、絶対レイプに訴えないと誓約します。」
「ありがとう。アレン君とイアソン君の言葉、覚えておくからね。この先もしアレン君かイアソン君が誰かをレイプした、なんて話を聞いたら、この私がWizardの
名誉と誇りをかけてこの世から抹消してあげるから、覚悟しておいてね。」
「「は、はい。」」
「長話しちゃって御免なさいね。さ、明日に備えて食事を済ませちゃいましょう。」
「「「「はい。」」」」
「教会は手配してきました。事情を話したところ、どれくらい緩和出来るかは分からないがやれるだけのことはやらせてもらう、とのことです。」
「イアソン君、ありがとう。」
「教会はこの町の中央教会23)を手配しました。少々遠いですがご了承願います。」
「それはフライで飛んでいけば良いことだから構わないわ。わざわざありがとう。」
「いえ・・・。で、宿だけど。」
「宿は、前回ドルフィン殿に連れられて此処を訪れた際に使ったところを手配した。料金も一番安いし、中央教会にも比較的近い。」
「部屋の割り当ては?」
「6人用の大部屋にした。シーナ殿にはこれまでのドルフィン殿の介護疲れが蓄積しているだろうし、シーナ殿が休んでいる間俺達でドルフィン殿の介護を
出来るように、ということで。」
「妥当な判断ね。」
「シーナ殿。中央教会の所在地はご存知ですね?」
「ええ。何度か此処には来てるから。」
「ドルフィン殿。前回我々が利用した宿の場所は憶えておられますね?」
「ああ・・・。その点は心配要らん・・・。」
「では、シーナ殿はドルフィン殿を中央教会に運んでください。イアソン・アルゴスの紹介で来た、と言えば話は通じます。」
「分かったわ。それじゃ悪いけど、私達の荷物を宿まで運んでおいて貰えるかしら?」
「分かりました。」
「宿にも受付で私の名前を出してくれれば素通り出来るようにしておきますので。」
「ありがとう。それじゃ先に行かせて貰うわね。」
「それじゃ、俺達は宿へ向かうか。道案内は俺がする。」
「アレン。重そうだけど大丈夫?」
「平気平気。」
「もっと身体鍛えた方が良いんじゃない?」
「あんたは余計な口出ししなくて良いの。」
「二人共、こんなところで喧嘩しても恥晒すだけだぞ。さ、行こう。」
ちょっとしたことで直ぐに睨み合いに発展する二人の扱いには、流石のイアソンもほとほと困らされる。大勢の人の前で取っ組み合いの喧嘩をするわけには「シーナさん。ドルフィンの具合はどうなったんですか?」
「やっぱり解除は無理だったけど、少し緩和出来たわ。呪詛の効力が少し弱まったから、比較的傷の浅かった腕や足は進展が早まった自己再生能力
(セルフ・リカバリー)のお陰でかなり回復して、ご覧のとおり、支えは必要だけど一応自分の足で立てるようになったの。」
「良かったですね。」
「薬の投与も、これまでの3ジム単位から6ジム単位で良くなったそうよ。」
「それじゃあ、シーナさんの負担もかなり減りますね。」
「ドルフィンが少しでも楽になって良かったわ。」
「で、今からドルフィンに薬を投与して包帯を取り替えて、それから皆で一緒に魔術大学へ行ってくれないかしら?」
「魔術大学へ・・・ですか?」
「ええ。ドルフィンは学長に会ったって言うし、私も2年間席を空けてたからせめて学長に顔見せくらいはしておこうと思って。」
「でも、俺達がついて行っても邪魔なだけじゃないですか?」
「貴方達、ドルフィンと一緒にこの町に来た時魔術大学へ行ったんでしょ?ドルフィンから聞いたわよ。その時学長にも会ったそうじゃない。学長は
人懐っこい方だから、貴方達との再会を喜んでくれるわよ。」