Saint Guardians

Scene 5 Act 3-3 出発U-Setting outU- 障害の正体、旅の再開

written by Moonstone

 シーナが目を覚ましたのは、ドルフィンが言ったとおり丸1日経った後だった。当然だが目覚めるまで食事ともトイレとも一度も縁がなかっただけに、
アレン達は大丈夫か、と心配したが、当の本人はけろっとしていた。アレン達と一緒に昼食を食べた後、早速シーナは包帯を取り替える際に採取した
ドルフィンの傷近傍の皮膚の魔法解析を試みた。ドルフィンの傷が自己再生能力(セルフ・リカバリー)があるにも関わらずなかなか塞がらない理由を探る
ためだ。傷を食い荒らして開こうとする質の悪い新種の病原菌があるなら、それに対抗するための治療薬を開発する必要がある。勿論新薬の開発は容易な
ことではないが、少なくとも原因さえ分かれば有能な薬剤師でもあるシーナのこと。時間はかかっても開発は可能だろう。
 シーナはドルフィンの包帯を取り替えた後、採取しておいた皮膚が入った小皿を膝元に置いて両手の人差し指と中指を組んで小皿に翳す。Wizardの魔法
解析が生で見られるということで、フィリアは興味津々といった様子を隠さずにシーナを見守る。アレン、イアソン、リーナも果たしてどんな結果が
得られるのかと興味深く見守る。
シーナが何やらぶつぶつと呪文を唱え始める。すると、シーナの両手と小皿に乗ったドルフィンの皮膚が様々な色に輝き始める。30ミムにも及ぶ長時間
シーナは複雑な呪文を唱え続けたが、魔法解析を済ませたシーナの表情は冴えない。

「シーナさん。どうだったんですか?」
「・・・採取から時間をおいているから組織が死滅して、様々な細菌が付着しているけど、ごく一般的な人間の皮膚と同じだわ。」

 フィリアの問いかけにシーナが答える。シーナは魔法解析の過程で頭に流れ込んでくる情報が普通の皮膚ということでより時間をかけて詳細な魔法解析を
していたのだが、結果は変わらなかったのだ。

「新種の病原菌も発見出来なかった・・・。少なくとも病原菌によるものじゃないことは確定ね。でも困ったわね・・・。病原菌が原因じゃないとなると、一体何が
ドルフィンの傷の回復を遅らせているのかしら・・・?」

 シーナが首を傾げていると、イアソンが何かを思いついたらしく、身を乗り出してシーナに提言する。

「シーナ殿。もしかするとこれは呪術的なものに拠るのではないでしょうか?」
「呪術的・・・って、呪詛ってこと?」

 フィリアの質問にイアソンは首を縦に振る。

「ああ。自己再生能力(セルフ・リカバリー)の進展を妨害する呪詛はこれまで聞いたことはないが、相手はセイント・ガーディアンの一人。何らかの手段で
ドルフィン殿を傷つけた武器にそのような呪詛を施していた可能性が考えられる。」
「なるほどね・・・。確かにその線が考えられるわ。それじゃ、ドルフィン自身を魔法で調べても反応は出ないわね。呪詛は魔術と系統が違うから。」
「シーナ殿、新たな可能性が浮上した以上、それを検証するのが一番。早速聖職者を呼んでもらって調べてもらいましょう。」
「そうね。」

 シーナは立ち上がり、小走りで部屋を出て屋敷内を走り、近くに居たメイドを呼び止める。

「何でしょうか?お嬢様。」
「悪いけど、聖職者を呼んでくれないかしら?呪詛がかけられている可能性がある人が居るから、出来るだけ高位の聖職者を。」
「かしこまりました。では早速手配いたします。」
「聖職者はドルフィンの部屋に案内して下さい。」
「かしこまりました。」

 シーナの依頼を受けたメイドはシーナに向かって一礼すると、小走りで駆け出していく。
聖職者が来るまでは、薬も投与した以上何もすることがない。シーナは小走りでドルフィンの部屋に戻り、ドルフィンとアレン達と共に聖職者が来るのを
待つ・・・。
 1ジムほど後、町の聖職者の代表を務めるという人物がメイドに案内されてドルフィンの部屋を訪れた。純白のローブに身を包んだ老人は、ゆっくりした
足取りで部屋に入る。

「呪詛がかけられている可能性がある者とは、どなたかな?」
「こちらです。」

 シーナが聖職者をドルフィンの元へ案内する。
聖職者はドルフィンの傍で両膝をつくと、両手をドルフィンに翳して何やらぶつぶつと呪文を唱え始める。すると、記憶を失ったシーナに魔術師が魔法を
かけた時と同じように、ドルフィンの20セムほど上空に白い靄(もや)のようなものが発生し、彼方此方で渦を巻き始める。更に聖職者が呪文を唱えていくと、
渦が何とも表現し難い複雑怪奇な模様を描いていく。
 10ミム程で聖職者は呪文の詠唱を止める。ドルフィンの上空にあった白い靄のようなものはかき消すように消えてしまった。聖職者は皺だらけの顔を
顰めて言う。

「これは・・・非常に悪質な呪詛じゃな。初めて見たがまさかこんな呪詛が存在するとは・・・。」
「聖職者様。ドルフィンにかけられている呪詛は一体何なんですか?」
「傷の自然回復、或いは自己再生能力(セルフ・リカバリー)の発動を極端に鈍らせ、更に傷を開いていくという呪詛じゃ。自己再生能力(セルフ・リカバリー)が
なかったら、全身傷だらけになって失血死するじゃろう。まったく恐ろしい呪詛じゃ・・・。」

 ドルフィンの傷の回復を遅らせている原因が判明した。イアソンの推測どおり、傷の回復を妨げ、更に傷を広げるというとんでもない呪詛がかけられて
いるのだ。これでは縫合しても大した効果は見込めない。聖職者の言うとおり、非常に悪質な呪詛である。

「聖職者様。早速この呪詛を解いてください。お願いします。」
「・・・申し訳ないが、わしの力では解除出来ん。」

 聖職者の言葉に、マイト語が理解出来るシーナとリーナ、そしてイアソンの顔が強張る。マイト語が片言程度しか分からないアレンとフィリアも、シーナ達の
表情から、只ならぬ事態であることを察する。

「この呪詛はわしが解除出来る範疇を超えておる、非常に強力且つ複雑なものじゃ。とてもわしの手に負えん。」
「そ、そんな・・・。」

 シーナが愕然とした表情で絶句する。この町の聖職者の代表を務めるという高位の聖職者でも解除出来ないと言う。それは即ち、この町ではドルフィンを
回復させることは出来ないということだ。

「では、もっと高位の聖職者を紹介していただけないでしょうか?」
「わしが知る限り、この国にわし以上の高位の聖職者は居らん。恐らくこの国の聖職者では太刀打ち出来んじゃろう。この国の聖職者は象徴的存在という
意味合いが強い。よって称号を上げることにはあまり熱心でないのじゃ。」

 イアソンの申し出も聖職者に却下される。この国で解除出来ないとなると、この呪詛を解けるだけの力を持つ聖職者を探すしかない。しかし、そんな当ては
ない。アレンとフィリアはイアソンから事情を伝えられ、ショックで言葉を失う。
重苦しい沈黙が垂れ込める中、聖職者が口を開く。

「・・・ランディブルド王国に行きなされ。」
「ランディブルド王国?」
「うむ。あの国はキャミール教第二の聖地と呼ばれるほど聖職者の数も多く、また修行も盛んと聞く。あの国になら、この呪詛を解除出来る聖職者が居る
じゃろう。否、きっと居る筈じゃ。わしはその方法を薦める。」

 イアソンのおうむ返しに聖職者が答える。
イアソンも「赤い狼」在籍中に此処カルーダ王国に何度も出入りしていた関係で、ランディブルド王国のことは噂や話で聞いたことがある。
ランディブルド王国。レクス王国や此処カルーダ王国があるナワル大陸とサオン海を挟んで対極に位置するトナル大陸にある王国の一つで、聖職者の言う
とおり、キャミール教第二の聖地と呼ばれるほどキャミール教の影響力が強い国で、勿論キャミール教が国教という位置付けにある。
 しかし、単純にランディブルド王国に行くと言っても大きな問題がある。
まず資金的な問題。アレン達一行の所持金ではとても全員をランディブルド王国に向かう船に乗せることは出来ないだろう。船旅は距離に応じて料金が
変わる。サオン海を横断するだけの船旅となると、一人あたり少なくとも2000デルグは必要だろう。勿論、アレン達一行はそんなに裕福ではない。かと言って、
ドルゴやワイバーンで横断するには距離があり過ぎる。1日2日ぶっ通しで飛ばしても、半分も渡れずに海にドボン、だ22)
 もう一つはこの家の問題。シーナは記憶を取り戻したと言えこの家の一人娘。そしてドルフィンはそのシーナの婿としてこの家を継ぐべき存在。そんな
二人が揃って家を出ることに、町長夫婦がすんなり首を縦に振るとは考え辛い。娘夫婦にはこの家に居てもらい、何れは町長の座を譲って静かに余生を
送りたい、と願うのが、譬え血縁がなくてもシーナを娘として大切にして来た町長夫婦の率直な考えであり、願いでもあろう。
イアソンが沈黙を破る。

「・・・シーナ殿。とりあえず町長夫婦に相談してみましょう。我々だけではどうしようもありません。」
「そうね。聖職者様。ありがとうございました。」
「いやいや。そなたらの力になれなかったことを許しておくれ。」

 聖職者はシーナの案内で部屋を出て行く。シーナと聖職者が部屋を出て行った後、アレン達は円陣を組む。

「あの聖職者、ランディブルド王国とか言ってたけど・・・。」
「ああ。確かにランディブルド王国に行けば、ドルフィン殿にかけられた呪詛を解除出来る聖職者が居る可能性は非常に高い。あそこはキャミール教第二の
聖地と呼ばれるほど、キャミール教が盛んな国だ。当然聖職者の数も多いし修行も盛んだ。高位の聖職者もレクス王国やカルーダ王国とは比較にならない
ほど存在するだろうな。」
「だけど、ランディブルド王国って何処にあるの?あたし、名前は聞いたことあるけど場所は知らないわよ。」
「あたしも場所は知らないけど、どうせ此処から相当距離があるんでしょ?」
「リーナの言うとおり。サオン海を横断しないといけない。ドルゴやワイバーンで横断するのは無謀の一言だ。かと言って船旅するには資金的に不可能だ。」
「それに、娘夫婦が家を離れて旅に出るなんて、町長夫婦が納得しないんじゃないかなぁ・・・。」
「その問題もある。だからさっき言ったように、一先ず町長夫婦に相談してみよう。話はそこからだ。」
「・・・そうだな。」

 ランディブルド王国に渡ることに伴って発生する問題は、町長夫婦に相談するということで一応の結論を得た。
アレン達パーティーにとって、ドルフィンの戦力は非常に重要且つ貴重なものだ。一刻も早く回復してもらわないことには、最近音沙汰がなくなったザギが
襲ってきた場合非常に危険な事態に陥るのは火を見るより明らかだ。そのためには何とか町長夫婦に事情を理解してもらい、聖職者の進言どおり
ランディブルド王国に渡る承諾と援助を得るのが最も理想的だ。
 その時ドアがノックされる。アレンが、どうぞ、と応答すると、ドアが開いてメイドが顔を覗かせる。

「皆様、応接間にお越しください。町長と奥様、そしてお嬢様がお待ちです。」
「分かりました。皆、応接間で町長夫妻とシーナさんがお待ちだそうだ。行こう。」

 イアソンの言葉にアレン、フィリア、リーナは頷く。アレン達は立ち上がり、動けないドルフィンを残してメイドの案内を受けて応接間へ向かう・・・。
 応接間に案内されたアレン達は、シーナが座っていた場所に並んで腰を下ろす。向かいには町長夫妻が座っている。二人共真剣な表情をしている。
シーナから、重要な話がある、とでも告げられているのだろう。
メイドが全員分のティンルーを配って警備の兵と共に退出した後、早速イアソンが話を始める。

「町長殿。もしかすると既にシーナ殿からお話を伺っているかもしれませんが、ドルフィン殿の傷の著しい回復の遅れは、傷の回復を極端に遅らせ、更に傷を
広げるという強力且つ悪質な呪詛によるものだということが、この町の聖職者の代表を努めるという人物の検証の結果明らかになりました。」
「ふむ、そうか・・・。」
「その聖職者が言うには、この国の聖職者ではドルフィン殿にかけられた呪詛を解くには称号が低くて対応出来ない、とのこと。聖職者はキャミール教の
第二の聖地と称されるランディブルド王国に渡り、そこで高位の聖職者に呪詛を解除してもらうのが良い、と進言されました。」
「・・・。」
「我々パーティーにとって、ドルフィン殿は戦力面からも統率力の面からも非常に重要且つ貴重な存在です。ドルフィン殿をランディブルド王国に連れて
行き、呪詛を解除することを許していただくと共に、船旅に必要な資金援助をお願いしたいのです。」

 イアソンの説明と要請を受けて、町長は眉間に深い皺を寄せて考え込む。
アレン達が張り詰めた空気の中で注目する中、暫し黙っていた町長は徐に口を開く。

「ドルフィン殿の傷の回復には、現状だとどのくらいの時間が必要なのかね?」
「私が傷口の回復の進捗状況から推測するに、少なくとも2、3ヶ月はかかりそうです。しかし、先程イアソン君から説明があったとおりの悪質な呪詛が
かけられている以上、一度傷が塞がってもまた開く可能性は否定出来ません。」
「うーむ・・・。」
「お父様。どうか私を彼らのパーティーに加えてもらうことと、ランディブルド王国への渡航に必要な資金を提供してください。お願いします。」

 シーナからの説明と要請を受け、町長はまた眉間に深い皺を寄せて黙り込む。
泥流のようにゆっくりと時間が流れた後、町長は再び口を開く。

「シーナ。婿殿は何れ町長として、お前と二人でこの家を継いで貰わねばならない立場じゃ。正直何時くたばるかも知れぬこの老いぼれ二人を残して婿殿を
彼らに託すことは容認し難い。しかし、婿殿にかけられた呪詛がそんな悪質なもので、この国の聖職者ではどうにもならんのなら、ランディブルド王国へ
渡航する資金を無条件で拠出してやっても良い。」
「お父様・・・。」
「町長殿。」
「しかし、何もお前まで彼らのパーティーに加わってランディブルド王国という遠い異国へ向かう必要はあるまい。婿殿は彼らに託し、お前はこの家に残ると
いう選択肢は考えられんのかね?お前は記憶を取り戻したとはいえ、わしらの大切な娘じゃ。お前がわしらを置いて出て行ってしまうのは、とても辛い
ことじゃ・・・。考え直してはくれんか?」

 町長の哀願とも言える要望に、シーナは沈痛な表情を浮かべる。
記憶を取り戻したとはいえ、カルーダ上空でのゴルクスとの戦闘の余波で吹き飛ばされ、命が危険な状況に晒されていた自分を助け、実の娘として庇護して
くれた町長夫婦の恩を忘れたわけではないし、シーナとしても約2年間住み慣れた家を離れるのは心苦しいことだ。
 しかし、ドルフィンをこのままにしておくことは出来ない。
自分が言ったとおり、ドルフィンの傷が塞がるには少なくとも2、3ヶ月はかかるだろう。しかも、呪詛がかけられている限り、傷が塞がったからといって手放しで
喜べない状況でもある。それにシーナ自身、ドルフィンの介護を延々と続けることは自分の身体にとって非常に大きな負担であることは隠しようがない。
ドルフィンの傷が一応塞がるのが先か、自分が過労で倒れるのが先かを競うのはあまりにも無意味だし、且つドルフィンの状況を考えれば危険過ぎる。
シーナは町長の方を向いて、切実な表情で言う。

「私も、命が危ういところを助けてくれた上、実の娘以上に大切にしてくれたお父様とお母様を残して出て行くのは非常に辛いことです。でも、呪詛が
かけられている以上、ドルフィンは、私の夫は完全に回復することはありません。夫が長期間苦しむのを見るのは耐え難いことですし、夫の介護はメイドさんが
数人がかりで、しかも薬を定期的に投与しなければならないことから、メイドさんに大変な負担を強いることになります。」
「・・・。」
「夫をイアソン君達のパーティーに託すことも一つの選択肢ですが、この先クルーシァを制圧している勢力が、何時牙を向いてイアソン君達に襲い掛かって
くるか予想出来ません。イアソン君達には厳しいことを敢えて言いますが、イアソン君達の戦力では、訓練されたクルーシァの精鋭軍を相手にすることは
非常に厳しいことです。ましてやクルーシァを制圧したセイント・ガーディアンが、私が異次元に叩き込んだ1人を除いてもあと3人居ます。セイント・
ガーディアンはその鎧を纏っている以上は事実上不死身。しかも攻撃力や防御力はイアソン君達の力では到底歯が立ちません。Wizardの私が
イアソン君達に同行して彼らを護衛しつつ、夫の介護をするのが最も妥当な選択肢だと思います。」
「・・・。」
「お父様。お母様。どうか私をイアソン君達のパーティーに加わることと、夫にかけられた呪詛を解除すべくランディブルド王国に渡航する資金を援助して
ください。お願いします。」
「町長殿。私達からも是非お願いします。勝手な申し出であることは重々承知しておりますが、ドルフィン殿の完全復活なくして我々パーティーの安全は
シーナさんの言うとおりまったく保障されません。どうかお許しをいただけないでしょうか?」

 シーナとイアソンの切実な要望を受けて、町長は重々しい表情で口を開く。

「シーナが婿殿と同じペンダントとドローチュアを持っていた時点で、何れはこういう時が来るとは思っておった・・・。」
「「「「「・・・。」」」」」
「確かに婿殿の身体が完全に回復しないことには、譬えこの家に引き止めても町長の職務をこなすことは難しいじゃろう。更に婿殿にかけられた呪詛が
この国の聖職者では解除出来んとなれば、婿殿をランディブルド王国へ搬送するのが一番じゃろう。それに婿殿と行動を共にする彼らが、この町を襲った
あの黄金の鎧を纏った大男にまったく歯が立たなかったことを考えると、Wizardのシーナ、お前が彼らを護衛するのが最も安全じゃろうな・・・。」
「それじゃあ・・・。」
「うむ。シーナ。お前が彼らのパーティーに加わることを許すと共に、ランディブルド王国への渡航費用を提供することを約束しようぞ。」

 町長の言葉に、マイト語が分かるシーナとイアソンは一気に表情を明るくする。リーナも安心したらしく表情を緩める。アレンとフィリアにはイアソンが
事情を説明し、二人も張り詰めていた表情を一気に緩めて安堵の溜息を吐く。

「しかし、シーナ。一つだけ条件がある。」
「何ですか?」

 町長が条件を持ち出したことに、緩んでいたその場の雰囲気が再び緊張感で張り詰める。

「婿殿の呪詛が解け、旅が終わったら、必ずこの町に戻って来てわしら夫婦の後を継いで町長夫妻としてこの町に永住することを約束してくれ。」
「分かりました。」

 即答したシーナにイアソンが尋ねる。

「シーナ殿。貴方にはご家族はいらっしゃらないのですか?」
「・・・私にとっては今此処に居る町長夫妻が私の父であり、母なのよ。」

 そう答えたシーナの表情が曇ったのを、アレン達は見逃さなかった。
シーナさんには実の家族が居る。しかし、何らかの事情で断絶状態にあるらしい。そう推測したアレン達は、あえてそれ以上追求することはしなかった・・・。

 町長夫婦はパーティーの渡航費用として一人あたり6000ペソ、合計36000ペソをアレン達パーティーに提供した。勿論これだけの多額を提供したという
ことは、町長がシーナに提示した条件、即ちドルフィンにかけられた呪詛が解けて旅が終わった後、この町に戻って来い、ということを暗示していること
くらいはアレン達でも容易に分かる。事態が切迫していることを考慮して、パーティーはアレンの判断で明日の朝出発することとなった。
 その夜、町長邸では盛大な夕食会が催された。アレン達パーティーの前途の安寧を祈念してのものだ。主役の一人であるドルフィンは生憎動けないし、
食事も満足に食べられない身体なので部屋で休んでいるが、アレン達はジェルジーンをはじめ、次々運ばれてくる豪華な料理に舌鼓を打ち、和やかに
懇談する。シーナは本当はドルフィンの傍に居たいのだが、父母である町長夫婦との貴重な時間ということもあって、ドルフィンに流動食を与えた後宴席に
加わった。
話題の中心は、専らドルフィンとシーナの関係についてである。アレン達も年頃の少年少女。それにフィリアとイアソンにはそれぞれ想い人が居る。
ここはやはり恋愛の「先輩」であるシーナから、どうやってドルフィンの心を掴んだのか聞いておきたいのだ。

「シーナさんとドルフィンって、どうやって知り合ったんですか?」
「ドルフィンと私は幼馴染なの。最初に知り合ったのは確か・・・5、6歳の頃ね。」
「幼馴染なんですか。それじゃ、アレンとあたしと同じですね。」
「あら、アレン君とフィリアちゃんも幼馴染なの?」
「はい。一応・・・。」
「アレン。一応、って何よ。もっと胸を張って、幼馴染です、って言えないの?」
「だってフィリア、何でもかんでも俺との関係を恋人同士に持っていこうとするじゃないか。」
「酷いわ、アレン・・・。あたしとアレンとの約10年の絆を何でもかんでも、で片付けようって言うの?」

 フィリアは悲しげに言って、よよよと泣き崩れる。勿論それが嘘泣きだということは誰の目にも明らかだ。アレンとイアソンは呆れた表情で、シーナは
楽しそうに、リーナは冷たい目でそんなフィリアを見る。

「ところでシーナさん、ドルフィン殿と恋人として付き合い始めたのは何時からですか?」
「え・・・、13歳からね。」
「どっちから告白したんですか?」
「ドルフィンからよ。もっともそれ以前から私が、ドルフィンが好きだ、ってことを滲ませていたけどね。」
「誘導したわけですね?」
「そういうことに・・・なるのかしら?」

 嘘泣きを止めて真剣な表情で迫るフィリアに、シーナは半ば嬉しそうに答える。ドルフィンとのなれ初めなどを聞かれたりするのは、多少照れくさくても
問われると嫌だというものではないようだ。このあたり、ドルフィンとは正反対だ。

「そ、そ、それで、プロポーズは何時、どっちから、どんな風にしたんですか?」
「フィリアちゃん、何だか切迫しているわね。何かあったの?」
「や、やはり今後のために是非とも聞かせていただきたくて・・・。」

 フィリアの頭は、アレンとの将来像を描くことでいっぱいだ。そんなフィリアをアレンはちょっと引き気味に、イアソンは呆れた様子で、リーナはとことん
冷たい目で見る。シーナはほんのりと頬を赤らめてフィリアに尋ねる。

「どうしても聞きたい?」
「聞きたいです。是非とも。」
「そう・・・。じゃあ教えてあげるわね。」

 フィリアは勿論、アレンもリーナもイアソンも凝視する中、シーナははにかみながら言う。

「二人共18歳。私がWizardに昇格した日の夜、ドルフィンにデートの待ち合わせ場所にしていた噴水の前に呼び出されて・・・。」
「「「「・・・。」」」」
「ドルフィンが後ろ手に隠していた赤い薔薇の花束を差し出して、『俺とずっと一緒に居てくれ。』って言ってくれたの。」

 シーナが照れくさそうに言うと、アレンとイアソンは爆笑し、フィリアは何かを夢想する表情になり、リーナは意外そうな顔をする。
アレンとイアソンが爆笑したのは、ドルフィンのこれまでの態度や風格とはとても似合わないプロポーズの台詞を聞いたからだ。
フィリアが夢想しているのは勿論、シーナが言ったシチュエーションでアレンがそのように自分にプロポーズする様子だ。
リーナは、シーナが記憶を取り戻してからの様子から、てっきりシーナがプロポーズしたと思っていたから、ドルフィンがプロポーズしたことが意外なのだ。
 腹を抱えて大笑いするアレンとイアソンは、腹の底からどんどん込み上げて来る笑いをとても抑えきれない。あの冷静沈着な、体格も立派なドルフィンが、
花束を差し出してプロポーズする様子を思い浮かべるだけで笑いが止まらないようだ。

「に、似合わない・・・。ド、ドルフィンが花束なんて・・・。」
「ドルフィン殿・・・、な、なかなか洒落たことを・・・。」
「・・・あたしは良いと思うわ。」

 リーナが口元に笑みを浮かべて言う。思いがけない方向からの「援護射撃」に、アレンとイアソンは笑いを止める。

「赤い薔薇の花言葉は『貴方を愛しています』。好きな相手にその花束を差し出されて、ずっと一緒に居てくれ、って言われたら、凄く嬉しいと思うわ。」
「そうよね。あんたもそう思うわよね?リーナ。」
「ええ。どうやら珍しく、あんたと意見が一致したようね。シーナさん。やっぱり嬉しかったでしょう?」
「ええ、勿論よ。泣いちゃいそうになったもの。」

 シーナはその時の情景を思い出したのか、幸せそうな微笑みを浮かべる。夕食会はこんな調子で夜遅くまで続いた・・・。
 翌朝。町長夫婦と共に朝食を食べたアレン達とシーナは、水浴び場でこれまでの汗を流し、身だしなみを整え、出発の準備をする。
シーナはメイドが買ってきた大きめのリュックに医療器具や薬草などを出来るだけ詰め込み、これから長く続くであろうドルフィンの介護に備える。
出発の準備を完了した一行は続々と部屋から出て来る。シーナは包帯の上に服を着た−勿論「着せられた」のだが−ドルフィンを両手で抱え、背中に
リュックを背負っている。サムソン・パワーの力だ。
ちなみに町長夫婦から提供された36000ペルもの大金は、イアソンが責任を持って所持、管理することになっている。
 アレン、リーナ、イアソン、そしてシーナがそれぞれドルゴを召還し、フィリアはアレンの後ろに跨り、ドルフィンはシーナが後ろに乗せる。ドルフィンは両腕も
斬られているためまともに動かせないので、シーナがドルフィンの腕を自分の腰に誘導して絡ませる。
 町長夫婦とメイド全員の見送りを受けて、一行は入り口の門へと向かう。警備の兵士によって門が開けられ、出発の準備は完全に整った。

「シーナ。婿殿。それに皆さん。気を付けて行っておいで。」
「私達は貴方達の帰りをずっと待っているからね。」
「ありがとうございます。どうもお世話になりました。」

 町長夫婦の言葉に、マイト語が話せるイアソンが代表して返答する。最後尾に居るシーナは後ろを振り返り、町長夫婦を見詰める。その大きな青色の瞳には
うっすらと涙が浮かんでいる。

「お父様。お母様。どうかお元気で・・・。」
「シーナ。わしらはお前と婿殿が元気な姿で帰ってくる日をずっと待って居るからの。」
「気を付けて行っておいで。くれぐれも無茶はするんじゃないよ。」
「はい・・・。」

 シーナは惜別の涙が溢れるのを堪え、再び前を向く。

「それじゃ、出発しよう!」

 アレンの掛け声で、地理や方角に明るいイアソンを先頭にしたパーティーを乗せたドルゴの手綱がパシンと軽い音を立てる。シーナを新たに加えた
パーティーの、旅の再開を告げるファンファーレだ。
 ドルゴは滑るように走り出し、どんどん加速していく。急速に遠くなっていく一行を、町長夫婦とメイド全員は彼らの姿が見えなくなるまでずっと
見詰めていた。
ドルフィンにかけられた悪質な呪詛は、果たして解除出来るのだろうか・・・?

用語解説 −Explanation of terms−

22)半分も渡れずに海にドボン、だ:召還魔術は一度召還したらずっと使えるわけではない。最長でも1日使ったらある程度(1ジムほど)使用を止めないと
連続的な魔力の消耗を伴うようになる。そのため、継続してドルゴやワイバーンでサオン海という広大な海(我々の世界で言えば太平洋並)を横断することは
魔力の低いアレンなどは出来ないのだ。ちなみにワイバーンは2、3人しか乗れない。


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