Saint Guardians

Scene 5 Act 2-1 希望V-WishV- 新たな記憶の一里塚

written by Moonstone

 シーナの記憶回復が不可能と判明したことを受けて、ドルフィンとシーナは学長と主任教授達に礼を述べると、魔術大学を後にした。
二人の足取りは重い。ドルフィンはシーナの記憶を取り戻すためにパーティーから一時離脱してまでカルーダに乗り込んで彼方此方を渡り歩いたのに全て
徒労に終わり、シーナはドルフィンのひたむきな姿に共鳴して記憶を取り戻したいと切に思うようになったものの、その願いは叶わなかった。
互いに相手への思い入れが深い分、期待や願いが叶わなかった時のショックは並々ならぬものがある。
 ドルフィンはシーナを連れて魔術大学から徒歩10ミム程のところにある、国際医学界本部と国際薬剤師学会本部を訪ねた。目的はただ一つ、シーナが
紛失したであろう医師免許と薬剤師免許を再発行してもらうためだ。もっともシーナは自分の名前以外の記憶を喪失しているため免許を持っていても宝の
持ち腐れなのだが、カルーダを訪れたついでに免許を再発行して貰うのも損ではないだろう、とドルフィンは判断してシーナを連れて行ったのだ。
そこには、何かの拍子で記憶が戻るかもしれない、という叶わぬことが限りなく100ピセルに近い願いがあるのだが。
医師免許と薬剤師免許の再発行の手続きは思いの他時間がかかり−職業柄止むを得ない側面があるが−シーナの最大の特徴であるWizardを示すスター
サファイアの指輪を見せてようやく1ジムで済んだという有様だ。
 後に訪れた国際薬剤師学会本部を出た二人は、真っ直ぐ宿屋へ向かう。シーナは再発行された医師免許と薬剤師免許を懐に仕舞い、ドルフィンの腕に
手を絡めてドルフィンについて行く。
もはや記憶回復が不可能と判明した以上、カルーダに滞在する理由はない。アレン達が居るマリスの町に戻り、シーナを町長夫婦の元に戻すしかない。
ドルフィンは他の剣士や魔術師と同様、鉱山に湧き出した謎の魔物を倒しつつ、最深部に置かれたメリア教の唯一神ルーの像を持ち帰るしか、シーナを
取り戻す手段はなくなった。
魔物の弱点は知っている。あの動きの鈍さと攻撃能力の低さから推測するに、最深部へ到達するのはそれほど難しいことではないだろう。しかし、シーナと
婚約しているという特別の事情があるにも関わらず、その辺の剣士や魔術師と同じ土俵に立たなければならないことが口惜しいのだ。
魔術大学を出てから殆ど口を開かないドルフィンに、シーナが言う。

「ドルフィンさん。私のために色々手を尽くしてくださってありがとうございます。」
「いや・・・。全ては俺の勝手な希望から始まったことだ。礼を言われることのもんじゃない。」
「でも、私の記憶を取り戻すために手を尽くしてくださったことには変わりありません。私、それが嬉しくて・・・。そして申し訳なくて・・・。」
「お前が悪く思う必要なんてない。お前の記憶を封印したゴルクスを見つけて締め上げて、解除の方法を吐かすしかない。それだけだ。」

 暗い表情のドルフィンに、シーナは身を寄せて無言でついて行く。宿屋に戻った二人は、受付で鍵を返してもらって部屋に戻る。
シーナは二人分のティンルーを入れて、一つをドルフィンに差し出して椅子に腰を下ろす。ドルフィンは椅子に腰を下ろして、ありがとう、と短く礼を言うと、
ティンルーを半分ほど一気に飲んで言う。

「明日の朝、此処を出る。もうこれ以上、お前を引っ張りまわすわけにはいかん。」
「引っ張りまわすだなんて、そんな・・・。」
「俺がしてきたことは実際そのとおりだ。・・・済まなかったな。」
「ドルフィンさんが謝る必要なんてないです!」

 シーナは真剣な、そして悲しげな表情で身を乗り出す。

「ドルフィンさんは私の記憶を取り戻すために手を尽くしてくれました。私はそれが嬉しいんです。自分のためにここまで真剣に取り組んでくれる人と
触れ合ったのは、今のお父様とお母様の下で暮らすようになってから初めてですから・・・。」
「シーナ・・・。」
「家を訪ねてくるのは、決まって私を品定めする淫猥(いんわい)な視線を向ける人か、偽物の像を持って来てやって来る、目が血走った人ばかりでした。
そんなこともあって、軽い男性不信に陥っていました。でも、ドルフィンさんは私と二人きりになっても紳士的で、常に私のことを第一に考えてくれました。
譬え記憶を失っていても、そんなドルフィンさんの婚約者であることがとても誇らしくて・・・幸せです。」
「幸せ、か・・・。」

 ドルフィンはそう呟いて残りのティンルーをくいと飲み干す。

「お前の口からその言葉がまた聞けるとは思わなかった。俺は・・・お前が幸せにすることを目標に力を身につけ、魔術を学んだ。お前が幸せと言って
くれるなら・・・駆け落ち同然にお前を連れ出したことに対する罪滅ぼしが少しは出来たかもしれない。」
「私はドルフィンさんに連れられて記憶を取り戻す旅を続けて、どうして過去の私がドルフィンさんと婚約したか分かったような気がします。」
「シーナ・・・。」
「記憶は取り戻せなくても、ドルフィンさんと婚約したルーツが分かったような気がして・・・ドルフィンさんがルーの像を持って私の元に来てくれることを
心から祈ります。我らが神ルーの御加護がドルフィンさんにあらんことを・・・。」

 そう言って両手を胸の前で組んで目を閉じて静かに祈るシーナが、ドルフィンには神々しく見える。
自分との記憶がないにも関わらず自分の我が侭について来て、旅の過程を「幸せ」と言ったシーナの心の温かさが、ドルフィンの胸に染みる。だからこそ、
散々引っ張りまわしたにも関わらず結局シーナの記憶を取り戻せなかったことが余計に口惜しく感じる。
夕闇迫る部屋の中で、シーナの祈りは静かに続く。その細く白い首筋には、ドルフィンがしているものと同じペンダントの細い鎖が見える・・・。
 ドルフィンとシーナは夕食を食べに食堂へ向かう。二人が外出している間に客が入ったらしく、食堂はかなり混み合っている。
それでも二人分の席は確保出来、ドルフィンとシーナは夕食のセットメニューを注文する。食道が混んでいる時はセットメニューを頼んだ方が安上がりな上に、
厨房でも注文を見込んで予め数を用意しているので持ってくるのが早いのだ。
 周囲の視線が自分達にちらちらと向けられているのを、二人は感じ取る。筋肉質で長身と、歴戦の剣士を物語る容姿の一方で向かいの女性を見詰める
瞳は優しいドルフィンと、長い金髪がランプの炎で神秘的な輝きを放ち、ペレーを着ているとは言えスタイルは申し分ないシーナの組み合わせが奇異に
映るのだろう。
二人は恋人同士だろうか?しかし、このご時世に恋人同士が二人で旅行などというのはそれなりに腕が立たないと、強盗や暴行の標的にされてしまう。
シーナの気品溢れる様子から、何処かのお嬢様の見聞旅行に同伴している腕利きの傭兵だろうか、という推測も成されている。
そんな視線に耐えかねたシーナは、ドルフィンを見詰めつつわざと周囲に良く響く大きな声で言う。

「ねえ、あなた。二人きりの旅行なんて新鮮で良いわね。」

 突然の「夫婦宣言」にドルフィンは一瞬どぎまぎしたが、直ぐに冷静さを取り戻し、笑みを浮かべてやはり周囲に聞こえる声量で言う。

「ああ。でも新婚旅行もしただろう?」
「それは3年前じゃない。夫婦になって3年。色々あったけど、やっぱり夫婦水入らずの旅行は良いわね。新婚時代の新鮮さが蘇ってくるわ。」
「それじゃまるで普段の生活が新鮮味がないみたいじゃないか。」
「あ、ちょっと言い方が悪かったわね。勿論普段の生活は幸せよ。でも子どもを親に預けて旅行に出かけると、新婚時代に戻ったみたいで新鮮なのよ。」
「毎年、ってのは無理だが、数年に一度はこういう旅行も良いな。」
「今度は子どもも連れてきましょうよ。外の世界を見せるのは有意義だと思うし。」
「そうだな。子どもがもう少し大きくなったら一緒に連れて行こうか。」

 ドルフィンとシーナの良く聞こえる会話で、周囲の客、特に男性客はシーナに声をかけることを諦め、一様に溜息を吐く。
もしシーナに声をかけようものなら、岩石の塊を髣髴とさせるドルフィンの腕で絞め殺されかねない。命の危険を冒してまで人妻に声をかける気はない。
ドルフィンとシーナは自分達に向けられる視線が急速に消えたのを感じ、顔を見合わせてくすくすと笑う。ドルフィンがこんな笑い方をするのは非常に
珍しいことだが、シーナを前にしてドルフィン本来の優しさや茶目っ気が出たのだろう。
 可笑しそうにくすくす笑うシーナを見る中、ドルフィンはシーナの口から「子ども」という単語が自然に出てきたことに内心驚いている。
婚約者同志だった時代、シーナは元来の子ども好きもあって、「産めるだけ産みたい」と言ってドルフィンを困らせたものだ。記憶を失った今でも自然に
「子ども」という単語が出てくるあたり、何から何まで封印されたわけではなく、一部封印から漏れているものがあるのかもしれない。
ドルフィンは全ての希望を捨てたわけではない。何かのきっかけで記憶を取り戻すかもしれない、という一縷(いちる)の望みを心の片隅に仕舞っているのだ。
この笑顔が悲しみの濁流で崩れないようにしなければ、とドルフィンは思いを新たにする・・・。
 食事を終えた二人はその足で隣接する酒場に入る。元々男性客の比率が高い中、酒場の女性客は非常に目立つ。
ドルフィンは酔っ払いの手からシーナを守るべく、シーナの肩を抱いて周囲に視線の槍を投げつけながらカウンターへ向かう。
ドルフィンの猛獣を思わせる視線に射抜かれた客は、シーナに声をかけることを諦め、再び酔いが作り出す自分達の世界にどっぷりと浸かる。

ペルンジャ10)を二つ。」
「かしこまりました。」

 ドルフィンの注文を受けたバーテンダーは、二種類の酒をシェイカーに入れて軽快に振る。
シーナは少し困ったような表情で、横のドルフィンに小声で言う。

「ドルフィンさん。私、お酒は嗜(たしな)んだことがないんですけど・・・。」
「知ってる。メリア教では酒は禁じられているからな。だが此処はキャミール教の勢力範囲。折角外の世界に出たんだから、異文化に接してみるのも
悪くはないだろう?」
「・・・そうですね。でも、私、飲めるかしら・・・。」
「ペルンジャはお前の記憶があった時代、二人で酒場に出かけた際には必ず飲んでいた酒だ。頭は忘れてしまっても身体は覚えてる筈だ。」

 ドルフィンの小声での答えを受けて、シーナは初めて接する「酒」という異文化の産物に興味を抱き始める。
バーテンダーはシェイカーをこれ以上振らなくても、と思うくらい念入りに振った後グラスを二つカウンターに並べ、シェイカーの蓋を開けてそこに薄い
ピンクの液体を静かに注ぐ。
 ドルフィンとシーナは徐にグラスを手に取り、どちらが言うまでもなく、顔を見合わせながらグラスを軽く合わせる。カツン、という軽く高い音が生まれて、
直ぐに薄暗い店内に消えていく。
二人は笑みを浮かべた後、グラスのペルンジャを口に運ぶ。爽やかな喉越しの良い、微かに甘い味が口から喉へと伝っていく。二人はほぼ同時にグラスを
カウンターに置く。ドルフィンはまったく外見に変化はないが、シーナは薄暗いランプの光でも分かるほど頬を紅く染めている。

「美味しいです。でも・・・顔が火照ってきて・・・。」
「お前は酒にあまり強くないからな。ペルンジャで直ぐに頬が紅くなる。だからその後はお前はソフトドリンク11)を飲んで、俺だけ酒を飲んでたもんだ。」
「ドルフィンさんはお酒強いんですか?」
「まあ・・・呑み比べをして負けた記憶はないな。」

 ドルフィンはさらりと言うと、ペルンジャを少し飲む。シーナは頬が火照るのを感じながら、唇を湿らせる程度ペルンジャを飲む。

「マリスの町には酒場そのものがないですから、ドルフィンさんは結構辛かったんじゃないですか?」
「おいおい、俺をアルコール中毒者にしないでくれ。」
「御免なさい。でも、お酒が飲める人がお酒が飲めない場所で過ごすのはきついんじゃないかって思って・・・。」
「アルコールがなきゃやってられない、ってほどじゃないから大丈夫だ。それに飲み過ぎには注意するように、ってお前によく窘(たしな)められたからな。」
「私がですか?」
「お前は医師でもあり、薬剤師でもあるからな。俺の健康管理には気を遣ってくれたよ。病院ですると高くつく健康診断もやってくれたからな。」
「ちょっと・・・想像出来ないです。私が健康診断をしてたなんて・・・。」
「記憶がないから想像もしにくいだろう。無理に思い出そうとしないようにな。」

 そう言ってドルフィンはまたペルンジャを飲む。今度はこれまでより少し量が多い。
シーナは相変わらず唇を湿らせる程度に分けてペルンジャを飲みつつ、ドルフィンの横顔を見る。その瞳には獲物を見据える猛獣のような鋭さはなく、
寂しげな雰囲気を漂わせている。
 シーナの脳裏にうっすらと、広大な湖面にインクを一滴垂らした程度の薄さの場面が浮かび上がる。
一息吐いているような穏やかな表情の男性。その男性はグラスを弄びながらたまにそれを口に運び、自分に向かって何か語りかけてくる。
だが、何を語りかけてきたのかは勿論、その男性の顔すら薄過ぎて誰だか分からない。
シーナは頭が痛くなってきて、目を閉じて眉間に手を当てて首を横に振る。その様子を見たドルフィンは、シーナに尋ねる。

「酔ったか?」
「いえ・・・。頭の中にどこかで見た覚えがある風景がぼんやりと浮かんだんです。そうしていたら頭が痛くなって・・・。」
「多分魔法のせいだ。安静にした方が良いな。」

 ドルフィンはバーテンダーに酒代を尋ねて支払うと、シーナを抱きかかえて酒場を出て行く。シーナは視線を向けられることが少し恥ずかしく思いつつも、
ドルフィンに抱きかかえられていることにこの上ない安心感を感じる。ドルフィンはシーナを安易に酒場へ連れて行ったことを後悔しつつ、部屋へと急ぐ…。
 ドルフィンは部屋のドアを開けて中に入り、シーナを静かにベッドに横たえる。そしてドアの鍵をかけた後、椅子をベッドの傍まで持っていき、シーナの
額や頬に手を当てる。シーナの呼吸は落ち着いていて、頭が痛そうな様子は見せない。

「大丈夫か?」
「ええ。大丈夫です。頭が痛くなったのは一時的なものでしたから。」
「やはりお前にかけられた魔法は完璧に記憶を封印したものじゃないようだ。喩えて言うなら、頑丈に封じた筈の穴に隙間が幾つかあって、何かの拍子に
記憶がそこから断片的に漏れ出すという感じか。兎も角、無理に出てきた記憶の断片を形にしようとするな。下手をすると命に関わるかも知れん。」
「はい。」

 シーナが起き上がろうとすると、ドルフィンはその両肩を掴んで再び静かに横たえさせる。

「ドルフィンさん。もう私は大丈夫ですから。」
「酔いが覚めるまで安静にしていた方が良い。さっきも酒を飲んだ拍子に記憶の断片が漏れ出してきたんだ。・・・安心しろ。俺は此処に居るから。」
「はい・・・。」

 ドルフィンはシーナの肩から手を離すと、火照って紅くなっているシーナの頬を優しく撫でてやる。シーナは心底安心しきった様子で目を閉じ、無骨な
ドルフィンの手に頬を摺り寄せる。シーナの頬の赤みが消えるまで、ドルフィンはシーナに付き添い、その様子を見守った・・・。
 シーナの頬から酒による赤みが消え失せ、頭痛などもないことを本人の口から確認したドルフィンは、洗面用具と着替えを持って、同じく洗面用具と
新しいペレーを持って水場へ向かう。
時間が19ジムを回っていることもあって、水場は閑散としている。ドルフィンとシーナはそこで歯を磨いた後、水浴び場へ向かう。
 水浴び場は水場以上に閑散としていて、殆ど貸切状態だ。ドルフィンとシーナはそれぞれ手早く水を浴びた後−昼夜の温度差が激しいため、夜の
水浴びはかなり冷たく感じられるのだ−、これまた貸切状態の更衣室で身体の水気を落とした後、服を着て待ち合わせ場所である水浴び場前に向かう。
ドルフィンの方が先に出て待っていた。シーナは髪が長いため、水を浴びるとどうしても水分を除去するのに時間がかかるので止むを得ないことだ。
シーナはきちんと髪をポニーテールにして、ドルフィンから貰った金の髪飾りをつけて出て来た。

「お待たせしました。」
「いや・・・。それじゃ、行こうか。」

 ドルフィンとシーナは自然に手を取り合って部屋へ戻る。ランプで照らされた室内は薄暗く、ドルフィンはその明かりに照らされるシーナを見て、今まで
感じなかったある感情が急速に湧き上がって来るのを感じる。それは婚約者という関係が無効の現状では抱いてはいけないもの。しかし、ドルフィンは
その感情の突出を抑え込むのが精一杯だ。ドルフィンはここへ来て、酒を飲んだのがまずかったか、と再び後悔する。
 ドルフィンが感情の矛先を逸らそうと洗面用具などを仕舞って窓の外に視線を向けた時、その身体が後ろから抱き締められる。抱き締めたのは勿論
シーナだ。突然のシーナの行動に、ドルフィンは驚いて後ろを振り向く。シーナはドルフィンの広い背中に頬を寄せ、愛しげに摺り寄せている。
シーナの行動が理解出来ないドルフィンは、珍しく慌てた様子で尋ねる。

「シーナ!一体どうしたんだ?!まさか記憶が戻ったのか?!」

 ドルフィンの問いに、シーナは首を横に振る。

「じゃあ、どうして・・・」
「記憶がないと、駄目なんですか?」

 こんな真似を、と言いかけたドルフィンの言葉をシーナが問いかけで遮る。不意を突かれた形の質問にドルフィンが答えられないでいると、シーナは顔を
上げ、切なげな表情でドルフィンを見詰めながら言う。

「私の記憶は封じられて、ドルフィンさんのことは何一つまともに思い出せません。でも、譬え記憶がなくても、この気持ちは記憶があった時と変わらないと
私は思っています。」
「!!」

 シーナの言葉に込められた意味が分からない程、ドルフィンは鈍感ではない。ドルフィンはシーナに抱きすくめられたまま身体を180度回転させて、
シーナと向き合う。その表情は真剣そのものだ。

「シーナ・・・。自分の言ったことの意味が誤解されていないと確信出来るか?」
「はっきり言います。記憶がないなら・・・もう一度記憶を作っていけば良いんじゃないですか?」

 シーナはドルフィンの身体に回した両腕にぐっと力を込める。

「それでもドルフィンさんは・・・私の記憶にこだわり続けるんですか?記憶を持った私しか愛してくれないんですか?」
「シーナ・・・。」
「私は・・・記憶があろうとなかろうと、ドルフィンさんを愛しています。」

 シーナの言葉が終わった次の瞬間、ドルフィンは箍(たが)が外れたようにシーナを強く抱き締める。

「俺も・・・お前を愛してる・・・。だから・・・今までの愛の記憶を取り戻したかったんだ・・・。過去を失ったシーナは俺の知ってるシーナじゃない・・・。そう思って
必死になって記憶を復活させる手段を探したんだ・・・。」
「ドルフィンさん・・・。」
「魔術大学で記憶が取り戻せないと判断された時、俺は奈落の底に突き落とされたような気分になった・・・。もうお前との愛の記憶は俺だけのものに
なってしまう。俺だけが一方的にお前を愛しているだけになってしまう。それが・・・たまらなく辛かった・・・。」
「・・・。」
「だが・・・お前の口から俺を愛している、と言う言葉が出たことで、その辛さは吹き飛んだ。お前の言うとおり・・・記憶がないなら一から作り直せば良い。
俺がお前を愛しているという気持ちには変わりはない。だからシーナ・・・。俺の気持ちを受け止めてくれ。」

 普段のドルフィンからはおよそ想像もつかない熱い感情の篭った言葉が終わると、シーナの両腕がドルフィンから離れ、頬を軽く挟む。

そしてぐっと背伸びしてドルフィンの唇に自分の唇を重ねる。

 二人は目を閉じ、互いの唇を吸う。
そして、まるでどちらかが合図したかのように自然に口を開き、舌を絡める。顔の重ね方を何度も替えながら、ドルフィンとシーナは深く熱い口付けを
交わす。舌と舌とが絡み合い、互いの口の中を這い回る、ぴちゃ、ぴちゃ、という艶かしい音が薄暗い部屋に連呼される。
 暫く音が続いた後、二人はゆっくりと距離を置く。二人の口の間に粘性のある糸の橋が掛かる。ドルフィンは片手をゆっくりとシーナの髪を束ねている
リボンに伸ばし、それに手をかけるとすっと引っ張る。シーナの髪の拘束が解け、長い金髪がさらりと広がって落ちる。それに応えるかのように、シーナは
ドルフィンに再び口付けをする。ドルフィンはシーナを抱え上げ、ベッドへと運んでいく。口付けを交わしたまま片方のベッドにそっとシーナを横たえる。
そして・・・

二人は互いの服を脱がし合う。
裸になった二人は強く抱き合い、上下を入れ替えながら互いの身体に指と唇を這わせる。
二人は激しく互いを求め合い、やがて一つになる。
ドルフィンが力強く動く。シーナがしなやかに動く。
シーナの身体の中で、ドルフィンの熱い想いが何度も迸る。
・・・。

 褐色の傷跡だらけのドルフィンの身体に、細く白い傷一つないシーナの身体が絡みついている。シーナはドルフィンの肩口に頭を乗せ、ドルフィンの厚い
胸板に指を這わせる。

「これでもう・・・私、お嫁にいけません・・・。」
「結婚前に男性と関係を持ったからだろ?」
「はい・・・。」
「ただお前を求めただけじゃない。責任は取る。」

 天井を見詰めながらのドルフィンの言葉に、シーナは上体をドルフィンの胸に乗せる。

「鉱山の最深部からルーの像を持って来れば、お前を嫁に出来るんだろ?お前の親である町長の公認で。」
「それはそうですけど・・・。」
「言っただろ?責任は取る、って。あの魔物の弱点は分かってる。奥はどうなってるかは行ってみなきゃ分からんが、何があろうとも必ず像を持ってお前の
元に戻って来る。俺が身につけた力を総動員してでも必ず、な。」
「ドルフィンさん・・・。」

 ドルフィンの自信に溢れた頼もしい言葉に、シーナは感激して目を潤ませ、ドルフィンの胸に頬を摺り寄せる。
一時は失意のどん底に落ちたドルフィンだが、シーナの気持ちと自分の気持ちが向かい合っていることを知ったことで確かな目標が出来た。
この際、その辺の剣士や魔術師と同じ土俵がどうとか言うのは無意味だ。既成事実を作ってしまった以上、それを合法的なものにするのが自分の責任であり
使命でもある、とドルフィンは思う。
ドルフィンはシーナの絹糸のような髪に指を通しつつ、決意を固める・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

10)ペルンジャ:サイファというアルコール度数10%の酒とリエンデルというアルコール度数5%の酒を1:2の比率でシェイクして作るカクテル。口当たりが良くて
飲みやすく、それほど酒に詳しくない人々にもその名をよく知られている。


11)ソフトドリンク:この世界ではティンルーやオレンジジュースに代表される果汁の飲み物のことを指す。このあたりは基本的に我々の世界と同じ。

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