Saint Guardians

Scene 5 Act 2-2 希望V-WishV- 睦みの翌朝、語られる過去

written by Moonstone

 チュン、チュン、と鳥の囀(さえず)る音が聞こえて来る。
窓から柔らかな太陽の光が差し込む宿屋の一室で、ドルフィンは目覚める。その左の肩口を枕にしてシーナが安らかな寝息を立てている。
 キャミール教では兎も角メリア教では、女性は結婚前に男性と関係を持つことを厳しく制限されている。ましてや肉体関係を持つことは、神の祝福を
受ける前に貞淑を捨てたとして、その男性との結婚を余儀なくされてしまう。それを避けるために女性は髪を束ね、その髪の拘束を解かれないように常に
注意を払っているのである。
 シーナは今はメリア教圏内のマリスの町の町長の一人娘。そんな女性と関係を持ったことが知れれば、否が応でもシーナと結婚しなければならない。
その条件として、鉱山に湧き出した謎の魔物を掻い潜り、最深部にある唯一神ルーの像を持ち帰るという難題が控えている。しかし、自分は魔物の弱点を
知っている。その弱点をついていけば、スピードは兎も角最深部に辿り着くのはそれほど難しいことではないだろう。
 注意しなければならないのは二点。
一点目は最深部で待ち構えているであろう、魔物を生み出す根源だ。恐らく狂った魔術師だろうが、Wizardや自分と同じIllusionistでもない限り、結界を
破って倒すことは容易い。
二点目、これが一番可能性が高いのだが、自分の後を追って来る他の剣士や魔術師の存在だ。自分がそれなりに苦労して突破口を開いたのに、美味しい
ところだけを取られてはたまったものではない。場合によっては、そういった剣士や魔術師を刀の錆にしてでも、像を奪われるのを阻止しなければならない。
もっとも譬え自分以外の男が像を持ち帰ったところで、シーナが自分と関係を持ったことが知られていれば、野望は夢幻となってしまうだろう。
しかし、自分が像を持ち帰らなかったら、実力不相応なのにシーナと関係を持ったとして責任を問われ、処刑されかねない。勿論自分の力なら身柄拘束や
処刑を免れるのは造作もないことだが、安易に人殺しはしたくない、というのがドルフィンの本音だ。
 ドルフィンは戦闘では徹底して冷酷非情になるが、それは反撃の意思を完全に奪い、再び殺し合いが起こらないようにするためである。だから相手が
降伏すれば殺すつもりはないし、本来は相手が話し合いの通じない魔物でもない限り、無闇に殺生をしたくないのだ。ただ、相手が他人を踏みにじるような
行為をした場合はその限りではない。
剣や魔法という「凶器」を振り回し、他人を抑圧し、あろうことか殺害するようなことは、サクシアル共和国12)くらいしかまともに裁けない。つまりは剣や魔法を
使うことはその人間の理性に一任されているというのが、現在の法律事情なのだ。
理性で剣や魔法という「凶器」を振り回すことを抑制出来ない人間がドルフィンは大嫌いであり、そういう人間は自分が制裁を下す、と思っている。

 ドルフィンはシーナの金色の髪に指を通す。さらさらした、同時にしっとりした感触が指を通して伝わってくる。この感触を合法的に自分だけのものに
したい。ドルフィンは強くそう思う。

「ん、んん・・・。」

 それまで目覚める気配がなかったシーナが、小さい呻き声のようなものを上げてゆっくりと目を開け、ドルフィンを上目遣いに見る。

「・・・おはようございます。」
「おはよう。よく眠れたか?」
「ええ。昨日は激しかったですから・・・。」

 昨夜の余韻を残しているシーナの言葉に、ドルフィンはクルーシァ時代のシーナとの同居生活を思い出す。
婚約するまで頑なに身体を許すことを拒んだシーナが、婚約して同居するようになったら態度を豹変させて積極的かつ大胆にドルフィンを求めてきたものだ。
聞けば、結婚までの確実なレールが敷かれるまで貞淑を守りたかった、とのこと。クルーシァ時代の同居生活における、毎晩のような激しい求め合い
そのままだった昨夜を思い出し、ドルフィンは頭を掻く。

「そろそろ起きるか。」
「はい。」

 シーナは上体を起こし、身体を起こしかけたドルフィンの唇に軽くキスをする。突然のことに驚いたドルフィンを尻目に、シーナはベッドの下に
脱ぎ捨てられた下着とペレーを手に取り、ベッドに腰掛けて着て髪を束ねて髪飾りを着ける。シーナが服を着終えると、今度はドルフィンが下着と服を
取り上げてベッドの上で着る。
シーナが壁の時計を見ると、既に6ジムを過ぎている。随分ぐっすり眠っていたようだ。

「さて・・・朝飯食べて仕度を整えたら、此処を出るか。」
「そうですね。ドルフィンさん。行きは頻繁に町に立ち寄ってくれましたけど、帰りは野宿で構いませんから。」
「大丈夫なのか?」
「今までのドルフィンさんの気遣いを思えば、野宿に我慢出来なくてどうする、って思うんです。」

 ドルフィンはベッドから出て腰掛け、座っているシーナの肩を抱く。シーナは幸せそうな表情でドルフィンの肩に凭れる。
二人は暫くそのまま昨夜の余韻に浸った後、洗面用具を持って部屋を出る。まずは水場で顔を洗って身繕いをして、その後に朝食を取るという段取り
なのだろう。
 二人は並んで仲睦まじく廊下を歩き、水場に到着する。そこで顔を洗い、鏡を見て髪を手櫛で整え、隣接する食堂へ入る。時間がやや遅いせいか、食堂は
割と空いている。二人は空いている席に向かい合わせで腰を下ろし、やって来た従業員に朝食のセットメニューを注文する。

「具合が悪くなったりしたら早めに言えよ。近くの町に立ち寄るから。」
「はい。でもそんなに心配して貰わなくても大丈夫ですよ。私、こう見えても身体は丈夫な方なんですから。」
「そうか・・・。そうだったな。」

 ドルフィンは安心した様子で微笑む。昨夜バーでカクテルを少し飲んだ時に、記憶の断片が浮上して頭痛を起こしただけに、ドルフィンはシーナの健康
状態が気になるのだ。曲がりなりにも今はシーナと駆け落ち同然に町を出た状態。シーナを無事に町長夫妻の元に帰すのが、まず最初に控えている
目的だ。
程なく運んで来られた朝食を食べつつ、シーナはドルフィンに尋ねる。

「ドルフィンさん。鉱山に湧き出した魔物の正体は何なんですか?」
「お前にも言ったと思うが、奴らは核に賢者の石とほぼ同じものを持っている。それから推測するに、最深部にはもっと大型の、賢者の石に近い結晶があると
考えられる。とち狂った魔術師がそれを元手に生物を創造している可能性がある。」
「鉱山には魔物の襲撃に備えて剣士や魔術師が護衛に就きますけど、賢者の石に近いものが埋もれているなんて・・・。」
「賢者の石自体、現代魔術の最大の研究テーマの一つだ。何せ、手に埋め込んだら魔術や召還魔術を使えるようになるんだからな。シーナ。お前は魔法
開発や使用方法の改善といった主要な研究に加えて、賢者の石の正体を明らかにする研究をしていたんだぞ。」
「そうなんですか・・・。今の私じゃ到底出来ないことですね。」
「だが、賢者の石は確かにお前の手に埋め込まれている。そしてWizardの証、スターサファイアの指輪も填まっている。昨日お前が言ったとおり、もう一度
最初から記憶を創っていけば良いことだ。それに何かの拍子に思い出す可能性もまったくないとは言い切れないからな。」
「私もその可能性を信じています。でも、今はドルフィンさんとの新しい記憶を創りたいです。」

 弾む会話を象徴して、二人の食事のペースは随分ゆったりしたものになった。
食べ終えた二人は食堂を出て再び水場に立ち寄り、歯を磨いてから部屋に戻る。洗面用具をリュックの中に仕舞った二人は、忘れ物がないことを確認して、
二人揃って部屋を出る。
ドルフィンがドアに鍵をかけて、やはり二人並んで廊下を進み、受付のカウンターに鍵を差し出す。受付の中年の女性は、鍵を受け取ると宿帳を棚から
取り出して鍵の番号と照らし合わせて言う。

「一泊ですね。お二人で20デルグになります。」
「分かった。」

 ドルフィンは腰の皮袋から20デルグ分の金貨を取り出してカウンターに置く。受付の女性は金を数えて金額を確認した後、一転して笑顔を浮かべて言う。

「ご利用ありがとうございました。またご利用ください。」
「世話になったな。ありがとう。」
「ありがとうございました。」

 ドルフィンとシーナはそれぞれ受付の女性に礼を言って宿屋を出る。白色に輝く太陽の陽射しが肌に突き刺さり、目に眩しい。
シーナはドルフィンの腕に手を絡め、ドルフィンはシーナの手の感触を確認して町の出口へ向かって歩き出す。相変わらず大勢の人で賑わっている大通りを
人ごみを掻い潜るように進んで、二人は町の出入り口に辿り着く。
ドルフィンがドルゴを召還し、それに跨る。シーナはその後ろに座り、ドルフィンの腰に手を回す。ドルフィンが手綱をパシンと叩くと、ドルゴは勢い良く
砂地の上を疾走し始める。二人を乗せたドルゴは、あっという間にカルーダから見えなくなった・・・。
 一方、マリスの町の町長邸では朝食が終わり、退屈な、しかし平穏な時間を過ごしていた。
アレン、フィリア、イアソンの三人は、退屈しのぎにイアソンが二人にルールを教えたカイレル13)に興じていた。リーナは部屋で図書室から持ち出した
薬剤師関係の書籍を読んでいたが、小さな溜息を吐いて読んでいたページに付属のしおりを挟み、窓の方を見る。
 ドルフィンがシーナを連れて出て行って以来、リーナは日に日に元気を無くし、今ではフィリアの挑発にもまったく応じなくなっていた。フィリアはリーナを
案外弱い奴、と思うと同時に、リーナに少なからず同情の念を抱いていた。
リーナがドルフィンに好感以上の感情を抱いていることは、自分も恋する者の一人としてよく分かる。その相手に婚約者が居て、さらに彼女の記憶を
取り戻すために彼女を連れて町を出て行ってしまったのだ。リーナの心情はいかばかりか。
フィリアもこの頃はリーナを挑発するのを止め、黙って見守っていた。
 リーナはカーテン越しに暑い陽射しが差し込む窓を見詰める。ドルフィンの帰りを今か今かと待ち侘びると同時に、シーナが記憶を取り戻さないことを
願っているが、記憶を取り戻して欲しいとも思っている。
シーナが記憶を取り戻したら、自分はドルフィンにとって単なる妹代わりでしかなくなってしまうのは火を見るより明らかだ。だが、生き別れになった婚約者の
身を案じ−表には出さなかったがリーナには分かった−、旅の末に偶然婚約者を見つけ、記憶をなくした彼女の記憶を取り戻すために奔走している。
そんなドルフィンの苦労が報われて欲しいとも思う。そんな相容れない二つの感情に翻弄され、リーナは胸を締め付けられるような切なさに苛まれていた。

「どうなってるのかな・・・。」

 リーナはポツリと呟く。その口調にはこれまでの傲慢とも言える威勢の良さは微塵もない。

「怪我とか・・・してなきゃ良いけど・・・。」

 リーナは、広大な砂漠に深夜、殆ど何も持たずに飛び出した二人の身を案じる。リーナの口から再び溜息が漏れる。リーナのこんな切なげな様子を見たら、
イアソンは益々リーナに惚れ込むだろう。
 リーナは暫く無言で窓の方を見詰めていたが、やがて視線を本に戻し、しおりを挟んでおいたページを開けて目で文章を追い始める。何れは薬剤師と
なって父フィーグの後を継ぐ身。叶いそうもない恋に胸を焦がすより、薬剤師の勉強に励んだ方が良いと思ったからだ。そしてそれは同時に、失われた
シーナの記憶を取り戻すために奔走するドルフィンのことを考えないようにするためでもある。
リーナは一人静かに、難解な薬剤師関係の書籍を読む・・・。
 ドルフィンとシーナを乗せたドルゴは、マリスの町を目指して西へ疾走していた。
灼熱の陽射しが大地と二人を容赦なく照り付けるものの、ドルゴのスピードが速いため、陽射しよりもそれによって熱せられた空気の吹きつけが厳しい。
シーナはドルフィンの後ろに居るとは言え、自分の両脇を駆け抜けていく熱風によって、汗を滲ませる。
 一方のドルフィンは汗こそ流しているものの、一向にそれに構うことなくドルゴを操縦する。シーナは時々水筒から水を補給しているが、ドルフィンは
出発以来一滴も水を口にしていない。今ドルフィンの頭の中にあるのは、一刻も早くマリスの町に戻り、鉱山に突入して最深部に置かれているルーの像を
持ち帰ることだ。他の剣士や魔術師が魔物の弱点に気付いてしまわないうちに、鉱山に突入する必要がある。そのためには休んでいる暇などない。
時折砂嵐が二人を襲うが、ドルフィンが結界を張っているため被害を受けることはない。

バシュッ!バシュッ!

 結界に何かが連続して命中し、打ち消される音がする。その音は上方から聞こえて来る。ドルフィンが見上げると、数十ものワイバーンから魔法が
放射されているのが見える。その魔法はドルフィンの結界によって打ち消されるのだが。

「また奴らか。」

 ドルフィンはドルゴをスピンターンさせて急停止させ、左手に持っていた剣を置いて両手の人差し指と中指を胸の前で組んで言う。

「ミサイル!」

 すると、砂が続々と筒状の形態を形成し、次々とワイバーン目掛けて突っ込んでいく。空中で幾つも爆発が起こり、煙が雲のように漂う。

「・・・直属の特殊部隊か。」

 ミサイルによって撃墜されて落下してくるワイバーンが一体もないことから、ドルフィンは追っ手の中でも特別五月蝿い追っ手と遭遇したと察する。
煙が払われるより前に、ドルフィンの結界上で連続して爆発が起こる。破壊系の魔法を使っている証拠だ。
ドルフィンは剣を持ち、ドルゴを降りてシーナに言う。

「結界から出るんじゃないぞ。奴らの目的はお前なんだからな。」
「はい。」

 シーナが了承したのを受けて、ドルフィンは剣を持ったままフライの魔法を使い、結界を飛び出して浮上する。ドルフィンとワイバーンの一群が空中で
対峙する。ワイバーンに乗っているのは、見た目にも頑強と分かるフルプレートに身を包み、片手に剣や槍を持った重装備の兵士達だ。

「見つけたぞ、ドルフィン・アルフレッド。ゴルクス様の勅命により、シーナを頂戴する。」
「生憎だがそれは出来ない相談だ。シーナをお前達の汚い手に触れさせはせん。」

 ドルフィンはそう言った次の瞬間、一瞬にして剣を抜いて一群目掛けて乱雑に振り回し、再び鞘に収める。すると、前方に居たワイバーン数体が、兵士
諸共バラバラに切り刻まれて落下していく。

「チッ、白狼流剣術か!」

 残されたワイバーンの一群はドルフィンと間合いを取って魔法を連発する。ドルフィンに剣を抜かせないためだ。ドルフィンは魔法の直撃を受けるものの、
高い魔法防御力を暗示するかのように身体には傷一つつかない。

「お前達に聞く。ゴルクスの奴は何処に居る?」
「言える筈がなかろう。言えばお前は間違いなくゴルクス様のところに向かい、勝負を挑むだろう。ゴルクス様はお前と戦うつもりはない。」
「要するに俺が怖い、ってことか。」
「貴様、ゴルクス様を侮辱するか!」

 兵士達は手綱を叩き、ワイバーンをドルフィン目掛けて飛ばす。猛スピードでドルフィンに接近した兵士達は、次々とドルフィン目掛けて手にした武器を
ある者は振り下ろし、ある者は突き出す。
しかし、ドルフィンは紙一重でその攻撃をかわし、鋭い拳や蹴りを繰り出す。ドルフィンの第二の武器である拳や蹴りを食らった兵士達は、鎧ごと身体や
顔面をぶち抜かれ、次々と血や内臓をぶちまけながら落下していく。それはもの凄い速さで繰り出されるため、ドルフィンに近付いたワイバーンが次々と
主を失っていくようにしか見えない。
 最後の一人となったところで、ドルフィンはその兵士を始末せずに一瞬にして背後に回りこんで、その筋肉の固まりのような腕で兵士の首を締め上げる。

「ぐ、ぐぐぐ・・・。」
「ゴルクスは何処だ?吐け。」
「我々ゴルクス様直属の特殊部隊が、我らが主の居場所を吐く筈がなかろう・・・。」

 そう言いつつ、兵士は腰に着けていた掌大の物体を取り外し、ピンを引き抜く。

「この命、我らが主、ゴルクス様に捧ぐ!」

 兵士が叫んだ次の瞬間、兵士がピンを引き抜いた物体が爆発し、兵士とドルフィンを巻き込む。激しい爆発音に、結界内から様子を見守っていた
シーナは、驚きと強烈な不安で大きな瞳を更に大きく見開く。爆発が消えたところには、兵士とワイバーンの姿はなく、一つだけ人影が浮かんでいる。
ドルフィンである。しかし、兵士の自爆に巻き込まれたために、ドルフィンの服は焼け焦げ、身体の彼方此方が抉られていて、そこから白煙が立ち上っている。
 ドルフィンは急速に降下し、一旦結界を解いてシーナの元に歩み寄り、再び結界を張り巡らせる。ドルフィンの負傷の具合を見て、シーナは驚きで声が
出ない。手当てをしようにも、薬も何も持ち合わせていない。医師免許と薬剤師免許を持っているものの、記憶を失っているため何の役にも立たないことを
シーナは思い知らされ、口惜しさで唇を噛む。

「だ、大丈夫ですか?!」
「ああ。心配要らん。じきに元どおりになる。」

 ドルフィンが言うとおり、ドルフィンの傷は白煙を立ち上らせながら急速に塞がっていく。自己再生能力(セルフ・リカバリー)が発動している証拠だ。
話には聞いていたが初めてそれを目にするシーナは、ドルフィンの類稀な身体能力に感嘆するばかりだ。
ドルフィンの傷は5ミムも経たないうちに完全に治癒してしまった。

「凄いですね・・・。」
「これも修行の成果の一つさ。しかし、ゴルクスの犬共がカルーダからさほど遠くないこの辺にもうろついているということは、俺達の居場所をかなり
絞り込んでいるようだな。その方がはるかに問題だ。町に立ち寄る度に偽名を使ってきたが、調査して移動の痕跡を掴んでいる可能性がある。」
「ドルフィンさん・・・。」
「大丈夫だ。お前に寄り付く蝿は全員息の根を止める。ゴルクスにお前の存在を知られるわけにはいかんからな。」

 ドルフィンが再びドルゴに跨ると、シーナはその腰に手を回す。出発の準備が整ったところで、ドルフィンは再び西に向けてドルゴを疾走させる。
 ドルフィンとシーナがカルーダを出てから初めての夜が訪れた。ドルフィンはドルゴを停止させて消すとテントを張ろうとするが、シーナがそれを制する。

「ドルフィンさんの膝枕の方が安心して眠れますから。」

 これがドルフィンを制した理由である。シーナがそう言うので、ドルフィンは夜襲の心配をしつつも、シーナの願いを聞き入れることにした。
日が落ちて漆黒の闇に包まれた砂漠は急速に冷える。皮のマントを羽織ったシーナは、ドルフィンの服がボロボロなことに改めて気付き、周囲に警戒の
視線を向けるドルフィンに声をかける。

「ドルフィンさん。寒くないんですか?服、ボロボロですよ。」
「このくらいの寒さは、俺にとっては涼しいくらいだ。気にする必要はない。」

 厚手の皮のマントを羽織って冷気を凌いでいるシーナは、ドルフィンの鍛えられた肉体に改めて目を見張る。そして昨夜、その肉体の上や下で我を忘れて
喘ぎ、動いたことを思い出し、頬を紅くする。そしてライト・ボールの光でドルフィンに気付かれないかと、内心冷や冷やする。
 二人は食事を済ませ、ドルフィンは念のために結界を張ったまま、空いた右手に金属の針を挟んで周囲に警戒の視線を飛ばす。シーナはドルフィンの肩に
凭れながら話し掛ける。

「ドルフィンさん。私とドルフィンさんはどうやって知り合ったんですか?」
「・・・幼い頃からだ。俺とお前は幼馴染でもある。」
「そうなんですか・・・。」
「もう一人、幼い頃から一緒だった奴が居る。そいつも俺達と共にクルーシァに渡って、セイント・ガーディアンになるために修行を積んだ・・・。」

 ドルフィンの話を、シーナは黙って聞く。

「そいつとは友人でもあり、お前を巡る恋敵でもあった。俺達が付き合っていたからお前の前では決して口にしなかったが、俺の前では、何時か必ず俺の方に
振り向かせて見せる、って息巻いてた・・・。あいつもクルーシァの内戦で生き別れになっちまって、今は何処に居るかも分からんが・・・お前が記憶をなくして
いることを知ったら、迷わずアプローチをかけてくるだろうな・・・。」
「ドルフィンさん、ドルフィンさんのご友人、そしてゴルクスという人・・・。私は男の人を惑わして、混乱させていたんですね・・・。」
「それだけお前が男の目を引く美貌と知性と立ち居振舞いを持っていた、っていう証拠さ・・・。」

 二人の間に少しだけ沈黙の時間が流れた後、再びシーナが話し掛ける。

「ドルフィンさんも結構女の人に好かれてたんじゃないですか?」
「俺が知る限り、俺を愛していると言ったのはお前を含めて二人だけだ。」
「二人?もう一人はどんな女性なんですか?」

 シーナの問いにドルフィンは直ぐには答えない。前を向きながら小さく溜息を吐いてから、ようやく答える。

「・・・7人居るセイント・ガーディアンの一人だ。」
「セイント・ガーディアンの女性?女性でもセイント・ガーディアンになれるんですか?」
「魔道剣士であり、魔術師の称号がNecromancer以上ならセイント・ガーディアンになれる資格がある。その女は代々女性が継承しているセイント・
ガーディアンの下につき、修行を積んで、先代のセイント・ガーディアンからその座を譲り受けた。剣の腕は俺に引けを取らない。その上魔術師の称号は
Necromancer。セイント・ガーディアンになる素質を十分に持っていた。大したもんだと今でも思う。」

 ドルフィンの話を聞いているうちに、シーナは胸がいやに疼くのを覚える。ドルフィンはそれに気付く筈もなく、前を向いたまま話を進める。

「その女はプライドが高くて、更に自分より強い相手でないと恋愛対象としては見ない、っていう態度だったから、他の男は怖がって声をかけなかった。
なのに俺に限っては普段の気高さは何処へやら、お前が居る前でも、俺を愛してる、って言ってはお前と争っていたもんだ。」
「・・・。」
「そしてある日、その女はお前との争いの結果、俺に自分かお前かのどちらかを選んでくれ、選ばれなかった方は身を引く、と言って俺に詰め寄った・・・。」
「結果は・・・?」
「俺とお前が婚約したっていうことが、結果を端的に表してるだろ?」

 シーナは強さを増していた胸の疼きが一気に消え失せ、喜びで顔を綻ばせてドルフィンを見る。だが、それもつかの間、シーナは沈んだ表情になる。

「その女性は・・・報われなかったんですね・・・。」
「ああ。だがその女はそれをばねにして修行に没頭し、ついにはセイント・ガーディアンの座を手中にした。・・・強い女だ。」

 ドルフィンの口調はしんみりしたものになっている。昔に思いを馳せているのだろう。
シーナは、ドルフィンが自分の記憶回復にこだわる理由がまた一つ分かったような気がする。だが、このまま思い出さない方が自分にとって幸いなのでは
ないか、とも思う。
 シーナは頭をドルフィンの肩から太腿へと持っていく。ドルフィンはシーナの頬をそっと撫でる。その心地良さに触れたシーナは、ゆっくりと目を閉じ、
やがて安らかな寝息を立て始める。ドルフィンは愛しげにシーナを見詰め、束ねられた金色の絹糸に優しく指を通す・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

12)サクシアル共和国:ナワル大陸西部に位置する島国。世界で唯一共和制を採用しており、「民主主義の学校」として各国の民主主義団体、反政府組織が
視察や代表団派遣を行っている。そのため他国との交流は薄いが、独自に教育、文化、学術を非常に発展させ、自給自足の国家経済を持つ稀少な国。
義務教育制度、社会保障制度など現代国家に近い、或いはそれ以上の社会システムを有する。


13)カイレル:1から10までのカードを所定の組み合わせに揃えてその程度を競うカードゲーム。ポーカーと似ているが、カードの強さは1が最弱で
10が最強であること、トランプと違って絵札がないこと、絵柄が6種類ということなどが異なる。


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