「・・・レン、アレン。」
アレンの視界が広がっていくにつれて、フィリアの笑顔がはっきり見えるようになってくる。「良かった!気がついたのね?熱もすっかり下がったし、もう安心ね!」
「・・・此処は?」
「前線基地に作られたバンガローよ。アレン、2日も眠りっぱなしだったんだから!」
「前線基地ってことは・・・助かったんだな、俺。」
「そうよ。『赤い狼』の支援部隊とあいつ、リーナに連れられてこの前線基地に運び込まれてきたのよ。」
「!そう言えばイアソンは?!イアソンはどうした?!」
「イアソンならけろっとしてるわよ。イアソンと潜入部隊や支援部隊が囚人達を連れて来る前に、アレンは支援部隊の一部にリーナの奴と一緒に連れて
来られたのよ。」
「そうか・・・無事だったんだな、イアソン・・・。」
「イアソンも心配してるわよ。そうそう、イアソンに伝えてくるね。」
「アレン。気が付いたんだね。此処に辿り着いたら君が意識不明で寝かされてるって聞いたもんだから、びっくりしたよ。何にせよ、無事で良かった。」
「イアソンの方こそ・・・。俺がリーナを連れて脱出する時に、身体張ってくれたから・・・。」
「重装備といえども訓練されてない兵士達を倒すのは簡単さ。そうでなかったら、『赤い狼』の中央本部の一幹部なんて勤まらないって。それより・・・彼女、
リーナから聞いたよ。彼女を地面に直撃させないようにする為に足を折って、追っ手の攻撃から身体張って守ったってね。悪条件の中でよくやったね。
大したもんだよ。」
「リーナを救出するのが・・・俺達の任務だったからね。でも・・・俺が追っ手の魔法攻撃を浴びて気を失った後、どうなったんだろう?」
「彼女の話じゃ、距離を詰めたところで召還魔術を使って撃退したそうだよ。」
「そう・・・。肝心なところで守る側が守られたんだね・・・。」
「気に病むことはないさ。君は急性の熱病で身体が満足に動かなかった上に魔法の直撃を食らったって言うじゃないか。それより彼女を無事救出したことを
誇りに思うべきだよ。」
「そう・・・かな。」
「そうだって。全然気に病む必要はないさ。」
「ところでイアソン。作戦そのものはどうだったの?」
気を取り直したアレンが尋ねると、イアソンは首を縦に振って言う。「ほぼ完璧に成功したよ。洞窟を抜ける時にホワイト・リザードなんかの襲撃を食らって、数人の囚人が犠牲になってしまったけど、丸腰の上に重傷で
身動きが取れない者も居た囚人約300人を10数名の潜入部隊で完璧に防衛するのは、こう言っちゃ何だけど無理がある。我々『赤い狼』の個々の戦闘能力は
それ程高くないしね・・・。」
「そう・・・。」
「比較的元気な囚人は重傷者の傷の手当や、前線基地防衛に加わってもらっている。昨日の夜、北進コースの部隊からの連絡があってね。北進コースは
ドルフィン殿を先頭に敵兵力を大幅に削減しながらゆっくり北上を続けているということだ。恐らくナルビアに到着するまでには、敵の兵力はもはや
ナルビア駐留のものしかなくなるだろう。作戦は順調に進んでいると言って間違いない。」
「ドルフィンの力なら、鎧を着てても紙の代わりにもならないだろうからね。」
「いやはや、ドルフィン殿といい、君やフィリアといい、戦闘能力には目を見張るものがあるよ。フィリアも俺達が出撃している間、完璧にこの前線基地を
防衛してくれたと言うことだし・・・。全く恐れ入るよ。」
「一応あたしはPhantasmistだからね。そこら辺の魔物や追い剥ぎくらい入れなくするくらいの結界は張れるわよ。」
「Phantasmistクラスの称号を持つ者は我々『赤い狼』の中でも稀少な存在だ。今回の作戦では代表の計らいでこちらに殆どの魔術師戦力を割いて
もらったのもあるが・・・、やっぱりPhantasmistクラスの魔術師の存在は貴重だよ。」
「イアソン。それに・・・フィリア。ちょっとアレンと二人だけにさせてもらえない?」
「え?」
「アレンに話があるから。」
「・・・具合はどう?」
リーナが放った予想外の第一声にアレンは一瞬戸惑うが、直ぐに我に帰って答える。「もう大丈夫だよ。それより・・・ありがとう。助けてくれて。」
「あたしもアレンに助けてもらったんだから礼なんて要らないわ。これで貸し借りなしよ。」
「分かってるって。互いに助け合ったんだから、妙な貸し借りの意識なんて持つ必要はないさ。」
「あんたはフィリアの奴と違って随分物分りが良いわね。助けてやった恩を忘れたか、なんて口にしたら、レイシャーで頭をぶち抜いてやろうかと思ったけど。」
「はは・・・。何て言うか、相変わらず過激だね。」
「アレン。あんた・・・私を庇って魔法の直撃を食らってから今日目を覚ますまでに何があったか、憶えてる?」
「いや、全然・・・。完全に意識を無くしていたから。君が追っ手と距離を詰めたところで召還魔術を使って撃退して、支援部隊の人に此処に運んで
もらったって、フィリアとイアソンから聞いたけど・・・。」
「そう・・・。なら良いわ。」
「え?どういうこと?」
「憶えてないならそれで良いってこと。それだけよ。」
「アレン、あいつに何か変なこと言われながった?!」
「いや、別にこれといって・・・。」
「そう。アレンに助けてもらったくせに嫌味でも言おうものなら、イクスプロージョンでふっ飛ばしてやろうと思ったんだけど。」
「フィリアも・・・相変わらず過激だね。」
「二人共、聞いてくれ。今日一日は充分休んでてくれ。明日の早朝、俺の直轄の情報部第一小隊と機動部第一、第二小隊でナルビアへ向かう。二人には
それに同行してもらう。障害物になりそうなものは特にないから1日ドルゴで飛ばせば到着するだろう。そこでドルフィン殿が居る北進コースと合流して
一気に敵本陣を叩く。そういう作戦だ。」
「ヤマ場ってわけだね。」
「そういうこと。だから二人は体力を充分回復させておいて欲しい。病み上がりのアレンは特にね。」
「分かった。」
「囚人の人達はどうするの?」
「囚人はこの前線基地で重傷者の治療を引き続き行い、ある程度回復したところで残りの部隊の護衛でミルマへ向かってもらう。その旨はミルマ支部に
連絡済だし、傷の手当ては聖職者の方が効率が良いだろう。他に何か聞きたいことは?」
「いや、もうない。」
「同じく。」
「それじゃ、俺は前線基地防衛部隊の様子を見に行くから、ゆっくり休んでてくれ。」
「約束・・・守ってくれたわね。」
「約束って・・・、ああ、必ず帰って来るってことだったね。中途半端な形になっちゃったけど・・・。」
「でも、約束を守ってくれたことには変わりないわ。・・・ありがとう、アレン。」
「礼なんて言われるほど大したことしてないよ。」
「でも、アレンは・・・ちょっと複雑な気分だけど、重要人物の一人とされていたリーナの奴を助け出して、悪条件の中で懸命に逃げて、これもやっぱり複雑な
気分だけど・・・追っ手の魔法からリーナの奴を身を挺して守った・・・。何だかんだ言っても、やっぱりアレンは一人の立派な男の剣士よ。小さい頃、一緒に
遊んだことが遠い昔のように思えるわ・・・。あの頃はあたしや友達以上に女の子っぽかったアレンが、何時の間にか逞しい剣士に成長してたなんて・・・。
何だか、アレンが遠い存在になっちゃったみたい。」
「俺は・・・何時になってもフィリアの幼馴染だよ。フィリアよりちょっと背が高くなって、声は低くなったけど・・・、フィリアとの関係は今までと何も
変わってないつもりだよ。」
「そういうアレンの優しいところは、ちっとも変わってないわね・・・。ちょっと・・・安心した。」
「約束の中に・・・アレンが無事に帰って来たら、あたしがキスのお返しをするってことも含まれてたわよね?」
「そ・・・そうだっけ?」
「人の頬にキスしておいて忘れたなんて言わせないわよ。さて・・・。アレンの生還を祝してお帰りなさいのキスを・・・。」
「ちょ、ちょっと待った!キスは頬にするんだったよな?!これは憶えてるぞ。」
「さっきはそんな約束あったっけ、みたいにとぼけたくせに・・・。ま、良いわ。さ、アレン。目を閉じて。」
「わ、分かったよ・・・。言っとくけど、頬にだからな。」
「はいはい。分かってますよ。」
「ほらほら。目を閉じて。ムードが成立しないでしょ?」
「はいはい。」
「フィ、フィリア・・・。」
「御免ねえ、アレン。頬にするつもりがうっかりしてたもんだから方向がずれちゃった。」
「・・・嘘ばっかり。」
「ま、事故ではあったけど、アレンのファーストキスはあたしが貰っちゃったことになるわね。ご馳走様。」
「何が事故だよ・・・。分かっててしたくせに・・・。」
「じゃあ、あたしはちょっと外の様子見てくるから。一応前線基地防衛部隊の一員だし。」
「いやあ、お熱いところを見せてもらったよ。」
「ファーストキス、おめでとう。良いねえ、若いってことは。」
「なかなか・・・見せ付けてくれましたね。見てる方が照れくさかったですよ。」
「い、いや、さ、さっきのはフィリアが・・・。」
「幼馴染から恋人同士ですか。なかなか羨ましいことですな。」
「ええ、全く。」
「この部屋の空気が一気に熱くなったような気がしますね。」
「多分、気のせいじゃないですよ。」
「あ、あの・・・。」
「あれは・・・ブルードラゴン22)か?」
「ブ、ブルードラゴン?!イアソンさん。そんな強力な魔物を召還出来るなんて・・・。」
「ドルフィン殿以外考えられんな。まったく我々はとんでもない人と共闘を締結したものだ・・・。」
「に、逃げろ!!あの雷に当たったら即死は免れんぞ!!」
バリバリ、ズガーン!!「うぎゃーっ!!」
「何て奴だ!!ブルードラゴンまで召還出来るとは!!」
「そ、総員退却!!ナルビアへ何としても逃げ込め!!」
「そろそろ良いだろう。ブルードラゴン!攻撃を停止して我が元へ戻れ!」
「承知しました。」
「これで国家特別警察の戦力はおよそ1/10になった。これからどうする?」
「せ、潜入コースの一部が合流するのを待って、ナルビア市街へ突入しようかと思います。」
「そうか。じゃあちょっと一休み、ってところだな。」
「え?」
「左を見てみな。見覚えのある軍勢が迫って来るだろ?」
「た、確かに・・・。」
「バルジェ隊長!正門が閉じられます!」
「ちゃちな魔法だ。あれで迎撃のつもりか?」
「巨大な魔法反応が複数感じられます!」
「放っておけ。」
「バルジェ隊長!情報部第一小隊、機動部第一、第二小隊、只今到着!」
「イアソン隊長。確かに確認した。」
「危険です!巨大な魔法反応が感じられます!」
「そんなもの、こうすりゃ良いだけの話だ。」
「イアソン隊長、首尾は?」
「囚人並びに同士の救出はほぼ完璧に成功。ただ、アレンの父上はそのときの事情で救出出来なかった。」
「アルフォン家令嬢は?」
「アレンが救出してくれた。今は我が隊に同行している。」
「よく無事だったな。」
「何とかね・・・。」
「再会出来て嬉しく思います。」
「ドルフィン・・・。会いたかった・・・。」
「すみませんが・・・今はナルビア攻略を優先してください。」
「そうだな。三人共、元の場所に戻るんだ。祝杯はことが済んでからだ。」
「分かった。」
「分かりました。」
「ドルフィン。また後でね。」
「ミサイル。」
それを合図に、土で出来たミサイルが土煙を上げて一斉に飛び出し、城壁へ向けて突進していく。程なくして城壁の彼方此方が爆発に包まれ、爆発が「ハエは邪魔だ。消えてもらう。」
「ド、ドルフィン殿・・・。容赦なしですな。」
「言った筈だ。戦争は所詮殺し合いだとな。味方から死人を出したくなけりゃ、禍根は根こそぎ断って当然だ。」
「では、あの鉄扉は・・・。」
「簡単だ。」
「イクスプロージョン。」
その直後、鉄扉が大爆発に包まれる。鉄扉が跡形もなく吹っ飛び、爆炎の隙間からはナルビア市街が垣間見える。ドルフィンはしんと静まり返った中、「さ、これからどうする?」
「・・・こ、これよりナルビアに突入して敵勢力を壊滅させる!国王一族や貴族連中は尋問の必要があるため、身柄を拘束しろ!」
「「「はい!」」」
「全軍出撃!!」
「我々も続くぞ!」
「「「はい!」」」