Saint Guardians

Scene 3 Act 3-3 潜入U-Infiltrating U- 救出、脱出、そして介抱

written by Moonstone

 廊下は不気味なほど静まり返っている。まるで看守どころか囚人さえ一人さえも居ないかのように。だが、耳を澄ませば微かではあるが、ガシャッ、
ガシャッ、という周期的な金属音と悲鳴か何かの甲高い音が聞こえて来る。アレンとイアソンは廊下の角に差し掛かるたびにそうっと顔を覗かせて、誰も
居ないことを確認して一気に、しかし足音を立てないように次の物陰に隠れ、また様子を窺う、ということを繰り返して少しずつ奥へ進行していく。
 内部は網目模様のようになっていて、うっかりしていると自分が今何処に居るのか分からない構造になっている。物陰から物陰に移動する時、短い時間では
あるが確かに牢獄らしいものが見える。恐らく囚人も居るのだろう。だが、アレンとイアソンの目標は一般の囚人を救出することではない。アレンの父ジルムと
リーナを救出することである。

「一体・・・何処に居るんだろう?」

 アレンが移動しながら小声で尋ねると、イアソンは物陰に隠れてから小声で答える。

「恐らく・・・この周辺だと思う。」
「何で?」
「此処は城から隔離された場所にある。それにあの出入り口は城から見て奥まったところにあることが、これまでの調査で分かってる。二人が重要人物と
扱われているなら、万が一の敵侵入に備えて奥まったところに収容しておくのが自然だ。」
「成る程・・・。」
「でも、重要人物ということで、別の場所に隔離されている可能性もあるけどな。」
「看守が多いところとかが、変な言い方だけど狙い目かもしれないね。」
「確かに。」

 アレンとイアソンは注意深く奥へ進行していく。遠くの方でなにやら爆発音と雑音に近い大小高低入り乱れた音が聞こえて来る。

「戦闘が始まったみたいだな。」

 イアソンが言う。

「敵は重武装で固めているが、あまり訓練を受けていないせいか動きがかなり鈍い。軽装備の我々『赤い狼』でも、爆弾や目潰しで敵を撹乱して、敵の唯一の
急所と言って良い顔面を刺し貫くことが可能だ。勿論、危険は伴うけどな。」
「その上囚人を解放するんだろう?大丈夫なの?」
「俺達潜入部隊は『赤い狼』の中でも機動力に特に秀でた情報部小隊からなる精鋭軍だ。それに、無実の人民を政治犯として幽閉するようなことを見逃しは
しない。きちんと戦闘と救出の両立は出来る筈だ。」

 そうはいうものの、鎧で固めた重装備の看守相手に軽装備で挑むのは危険極まりない。目的の為には自分の命をものともしない『赤い狼』の捨て身の
使命感には驚かされるしかない。そこまでしてまで人民を第一に考える『赤い狼』なら、今の狂った国王よりはましな政治が出来るかもしれない。
アレンはそう思いながらイアソンについて進行を続ける。
 暫く進んだところで回廊の角らしい、一方向だけの曲がり角に差し掛かる。アレンがそうっと様子を窺うと、向こうの物陰までの中央付近にあるドアの前に
鎧で身を固め、身長ほどの長さがある兵士が二人立っているのが見える。今まで移動前の確認で兵士が一人も居なかったことを考えると、あそこにジルムか
リーナかのどちらかが幽閉されている可能性が高い。そう思ったアレンは、いったん顔を引っ込めてイアソンに耳打ちする。

「此処から真っ直ぐ行ったところにある牢獄に誰か閉じ込められてると思う。」
「だとしたら、戦闘は避けられないな・・・。物音を聞いて応援が来たら厄介だが。」
「・・・俺一人でやってみる。」
「何?!」
「この剣は、金属で出来た古代遺跡の兵器も簡単に切れたんだ。多分あの鎧くらいは切れると思う。」
「・・・ハーデード山脈内部の古代遺跡のことか。」
「うん。だから・・・やってみる。」
「危ないと思ったら、直ぐ援護に回るからな。君自身、ジルム殿の息子ということで充分、重要人物なんだからな。」
「分かってる。」

 アレンは剣をそっと抜き、両手でしっかり柄を握り締めて再度様子を窺う。兵士達は身動き一つせずに突っ立っている。置物か何かかとさえ思えるくらいだ。
だが、重いフルプレート15)を装備して一定の姿勢を保っていられるということは、相当訓練された兵士である可能性がある。
 アレンは生唾を飲み込んで、一呼吸おいた後一気に突撃を開始する。アレンの軽い足音を聞いた兵士達は、一斉にアレンの方を向き、手にしていた槍を
構える。イアソンはまずい、と思い、持っていた爆薬を用意して飛び出す。だが、イアソンの心配を他所に、アレンは突き出される槍を紙一重でかわし、
敵の懐に入ったところで思い切り剣を斜めに振り下ろす。鎧は紙のように呆気なく切り裂かれ、露出した肌から鮮血が迸る。アレンは躊躇することなく、
軽くジャンプして態勢の崩れた兵士の首を叩き切る。これまた野菜でも切るかのように、兵士の首は胴体から離れて切り口から鮮血を噴出す。
 もう一人の兵士がアレンの頭目掛けて槍を突き出す。アレンの艶がかかった赤い髪が数本宙に舞う。アレンはギリギリとのところで攻撃をかわしたのだ。
アレンはお返しとばかりに少し高めにジャンプして、兵士の兜目掛けて上から下へ剣を振り下ろす。すると、兵士の頭は兜ごと寸断され、アレンの剣は
勢い余って兵士の胸まで刃を走らせる。哀れにも上体を真っ二つに叩き切られた兵士は、真紅の飛沫を撒き散らしながらその場に崩れ落ちる。
アレンは再び颯爽と床に降り立ち、剣を一振りして血糊を振り払う。戦闘がアレンの勝利に終わったのを見て駆け寄ってきたイアソンは、感嘆の声を上げる。

「・・・なんて剣だ。この鎧をいとも簡単に・・・。」
「父さんから貰ったこの剣なら、俺でも兵士と戦えるのは間違いないね。」
「それに加えてアレン、君の動きは本当に俊敏だな。改めて驚かされたよ。」
「さ、この兵士から鍵を取らないと・・・。」
「そ、そうだな。任務を忘れるところだった。」

 アレンとイアソンは頻繁に周囲から人影が見えないことを確認しながら、兵士の亡骸を物色する。だが、どれだけ探しても牢獄の鍵らしいものは
見当たらない。アレンは歯噛みする。

「くそっ!何で鍵を持ってないんだよ。看守じゃないのか?!」
「鍵を持ってないところからすると、ますます此処が怪しいな。鍵は別の人物が持っているんだろう。」

 イアソンは看守の居なくなった牢獄のドアを見上げながら言う。
牢獄のドアはかなり大きく、あまり背の高くないアレンは勿論のこと、比較的身長が高いイアソンでも鉄格子の填まった小さな窓には届きそうにない。
もっとも届いたところでその小ささではどうしようもないのだが。

「ここは俺の出番だ。ちょっと待ってて。」

 イアソンは腰の皮袋から針金を取り出し、ドアの部にある鍵穴に針金を突っ込んで何やらごそごそと動かす。アレンはその間、敵が来ないかどうか周囲を
忙しなく見回す。少しして、ガチャッという音がして、イアソンが会心の笑みを浮かべて鍵穴から針金を取り出す。

「よし、成功だ。鍵は開けたぞ、アレン。」
「よく出来るね、そんなこと。」
「これくらい、情報部にいる人間は誰でも出来ることさ。それより、さ、中に入ろう。」

 イアソンがドアを開けて、アレンと共に中に入る。入って間もなく、2人は驚きの声を上げる。
一般家庭の台所ぐらいの広さがあるその部屋には、何とリーナが居た。リーナは天井から伸びる鎖で両手を、壁からの鎖で両足を縛られていて、よほど
手酷い責め苦を受けたらしく服は原形を留めるどころかその痕跡を探すのさえ難しく、胸を腰を覆っている下着もかなり破れていて、全身には鞭の跡が
無数に刻み込まれている。
 アレンは両手両足を縛っていた鎖を剣で斬って、リーナを解放する。アレンの肩口に倒れこんできたリーナが目覚める気配はない。完全に気絶している
ようだ。アレンは一先ずリーナを床に寝かせる。

「酷い・・・。何で女の子をここまで・・・!」
「余程しぶとく彼女が抵抗したんだろうな。・・・ちょっと待ってて。鍵を外すから。」

 イアソンは針金でリーナの両手首と足首に巻き付いていた鉄の拘束具の鍵を開けて、完全にリーナを解放する。アレンは何を思ったか、装備していた
ハーフプレートを取り外し、服を脱いで上半身裸になる。

「お、おいアレン。何するつもりだ!」
「せめて上くらい何か着せておかないと・・・。」

 アレンは脱いだ上着をリーナに着せる。そしてリーナの頬を軽く数回叩いて呼びかけてみるが、全く反応はない。

「駄目だ。完全に気絶してる。こりゃそう簡単には起きそうにないよ。」
「自力で動けないと足手纏いになるな・・・。」
「俺が背負っていくよ。父さんを探さなきゃ・・・。」

 アレンはハーフプレートを再び装着しながら言う。そうは言うものの、此処は敵の本拠地だ。何時何処で兵士と出くわすか分からない。人を背負っていては
戦闘どころではない。戦闘力を考えると、自分が背負った方が良いだろう。イアソンがそう言おうとした時、外から声が聞こえて来る。

「見ろ!あそこに看守が倒れてるぞ!」
「『赤い狼』にやられたか!あそこにはN計画の対象者が幽閉されている筈だ!」

 どうやら『赤い狼』の奇襲攻撃で、「重要人物」であるリーナの防衛の様子を見に来た兵士達に死体が見つかったらしい。ガシャッ、ガシャッ、という
金属音が幾つも近付いてくる。

「しまった!別の敵が来たみたいだぞ!」
「イアソン!リーナを頼む!」
「お、おい!」

 イアソンが制止する間もなく、アレンが牢獄を飛び出していく。アレンは猛然と兵士達に斬りかかり、一撃で兵士を鎧ごと斬り倒していく。
外の雑音は激しさを増している。どうやら全面的に『赤い狼』と兵士達が衝突しているらしい。
 一方の敵を全てなぎ倒した後、アレンはリーナとイアソンが居る牢獄に近付いてきたもう一方の敵を迎え撃つ。兵士達は槍を突き出し、剣を振り下ろして
くるが、アレンはそれを紙一重でかわして逆に兵士達を確実に一撃で仕留めていく。アレンはものの数ミムで視界に入った兵士達を全滅させ、再びリーナと
イアソンが居る牢獄へ戻る。

「アレン!敵は?!」
「取り敢えず全員倒した。けど、また来る可能性があるよ。」
「くそっ!ジルム殿の居場所が分かっていれば・・・!」
「・・・イアソン。退却しよう。」

 思いがけないアレンの言葉に、イアソンは驚愕する。

「アレン!ジルム殿は、君のお父さんはどうするんだ?!」
「リーナが自力で動けない以上、この上父さんを見つけ出して救出したとしても、とても脱出出来ないよ。父さんは俺より背も高くて体格も良いんだ。
俺の力じゃ引き摺るのがやっとだろうし、イアソンでも背負うのは厳しいと思う。」
「だが・・・。」
「仕方ないだろ!場合が場合なんだから!」

 アレンはそう言い放って唇を噛む。イアソンは、アレンが最も辛い選択をしたことを察し、アレンの提案を受け入れることにする。

「・・・分かった。彼女を連れて脱出しよう。」
「・・・うん。」

 イアソンがリーナを抱え上げた時、また複数の声が聞こえてきた。

「何だ、この死体の山は!」
「あの牢獄が開け放たれるぞ!『赤い狼』が潜入したみたいだ!」
「急げ!絶対逃がすな!」

 再び敵の来襲だ。アレンが剣を抜いた時、イアソンがリーナをアレンに差し出して言う。

「此処は俺に任せろ。アレン、君は彼女を連れて脱出しろ!」
「俺と二人で倒して安全になってからでも遅くないだろ!」
「君と彼女の命が最優先だ!さあ、早く!」

 アレンはイアソンからリーナを受け取ると、リーナを左肩に担いでイアソンと共に外へ出る。兵士達は両側からゆっくりと近付いてくる。

「アレン!君は来た道を引き返せ!逆側は俺が食い止める!」
「分かった!イアソン、死なないでよ!」
「勿論だ!」

 イアソンはゴーグルを填めて剣を抜き、爆薬を目潰しを複数取り出して兵士達に突進していく。アレンはイアソンの無事を祈りながら、リーナを担いで
来た道を引き返していく。それを見た兵士達が武器を構えて突進してくるが、アレンは一旦リーナを床に置いて懸命に敵を迎撃する。
何とか兵士達を全滅させたアレンは、体力の消耗がかなり激しいことを自覚する。アレンは肩で息をしながら、再びリーナを左肩に担いで脱出口へと急ぐ。
だが、度重なる敵との戦闘の上に決して軽いとはいえない人間一人を担いで走るのは、体力の消耗をより激しくする。
 突き当りを左に曲がったところで、アレンは前方から兵士達が近付いて来るのに気付く。今の状態では白兵戦はかなり厳しい。だが、脱出口への道は
兵士達を倒さないことには開けない。どうしようかと考えていたアレンの頭に、あるものが浮かび上がる。アレンは右手でポケットを弄って、ドルフィンから
貰った最後の魔水晶を取り出す。色は赤。これは攻撃型の魔物を封じ込めてある証拠だ。アレンは思い切って魔水晶を前方へ投げつける。
 兵士達の近くで床に落ち、パリンという音と共に砕け散った魔水晶から現れたのは、なんとダークナイト16)だった。ダークナイトは兵士達の攻撃を黒一色の
盾でかわし、時には鎧で直接受けて−それでも傷一つ付かない−、手にした黒一色の長剣で兵士達を続々となぎ倒す。アレンはダークナイトの後を追う形で
進んでいく。脱出口まではもうすぐだ、とアレンは気力を振り絞る。
 ようやく脱出口のある物置が見えてきた。一旦安堵の表情を見せたアレンだが、すぐにそれは困惑のものに変わる。脱出口は多数の囚人と、それを順々に
地下水脈に通じる穴へ誘導する『赤い狼』のメンバーでごった返していたのだ。幾らリーナが「重要人物」とはいえ、それが囚人達に優先して脱出する
口実にはし難いものがある。囚人達も多かれ少なかれ責め苦を受けたらしく、着せられている同じ服が彼方此方破れている。中にはリーナ同様傷つき意識を
失っているのか、別の囚人に背負われているものも居る。これでは順番待ちどころの話ではない。
 アレンの存在に気付いた『赤い狼』のメンバーの一人が、アレンの元に駆け寄って来る。全身の彼方此方に付着した血飛沫と、アレン同様肩で息をしている
様子が、激しい戦闘があったことを物語っている。

「彼女がアルフォン家令嬢かい?」
「うん。でもこの様子じゃ・・・。」
「囚人が予想外に多くてね。敵の攻撃を掻い潜って此処まで来るだけでも一苦労だった。・・・で、君はどうする?」
「どうする、って言われても・・・。」

 脱出口は人でごった返しているし、かと言って他に脱出口はない。困り果てたアレンに、『赤い狼』のメンバーが話を持ちかける。

「いちかばちかになるが・・・。外壁を破って脱出してくれないか?」
「外壁を破って?!お、俺の力じゃ無理だよ。」
「勿論、君にやれとは言わない。これを使ってくれ。」

 『赤い狼』のメンバーは、中央部に透明な枠に囲まれた赤いボタンがある、10セーム四方の箱を手渡す。それはハーデード山脈の古代遺跡に潜入する前に、
同じく『赤い狼』のメンバーから受け取ったものと同じものだ。要するに爆弾で外壁を吹き飛ばして強行突破しろということだろう。それしか選択肢が
思いつかないアレンは、小さく頷いてその場から離れる。幸いなことに、前方の敵はダークナイトが一掃してくれており、死体以外の人影は見当たらない。
アレンは外壁に一区画手前まで近付いたところで、さっき貰った箱の中央のボタンを押して外壁へ向けて放り投げて壁の手前側に隠れる。
 その時、向こう側から兵士達のガシャッ、ガシャッ、という足音が聞こえて来る。

「急げ!『赤い狼』共は囚人を連れ出してこっちの方へ逃げていったぞ!」
「多分向こう側に秘密の脱出口があるに違いない!」

 足音が廊下の角に達した瞬間、大音響と共に爆弾が炸裂する。

「うぎゃーっ!!」

 爆発に巻き込まれた兵士達で、運悪く至近距離にいた者は身体を粉々にされ、それ以外の者は後方に居た兵士達を巻き込んで遥か後方に吹き
飛ばされる。アレンは爆風が勢い良く自分の脇を通り抜けていくのを感じて、改めて『赤い狼』のゲリラ的兵器の威力を思い知る。
 爆風が収まったのを確認して、アレンは顔を出して様子を窺う。外壁は見事に吹き飛ばされ、大穴の向こうには荒地と、その背景下方に広大な森林が
広がっている。どうやら外の荒地は崖の上らしい。
此処に来る途中まで支援部隊と共に森林を通行していった。そして鍾乳洞入り口の前で前線基地を構築した。かなり危険を伴うが、崖を下っていけば近道に
なりうる。自分の体力回復とリーナの治療は支援部隊に任せれば良いだろう。そう思ったアレンは、リーナを左肩に担いで外へ飛び出す。
 崖へあと数メールまで近付いたところで、アレンは後部上方から魔力の集積を感じる。魔法が使えないアレンでも、賢者の石が左手に埋め込まれて
いるから、魔力の集積や魔法反応は感じることが出来る。
アレンが後ろを向くと、外壁の上のほうにある穴から魔術知らしい人間が指先を自分の方に向けているのが見える。乗り込んできた侵入者を魔法で迎撃する
ために用意された、魔術師で構成される迎撃部隊である。

サンダー17)!」

 魔術師が一斉にアレン目掛けて雷を放出する。アレンは反射的に左腕を前に翳す。左腕には『赤い狼』の本拠地出発時から召還しておいたアーシルが
へばりついている。それまで閉じていたアーシルの目がくわっと開き、大きく口を開ける。すると、それに引き寄せられるかのように雷が進行方向を
捻じ曲げて、アーシルの口に吸い込まれていく。
 そして威力を増した雷が、今度は魔術師目掛けて放出される。魔術師達はまさかの反撃に慌てて防御しようとするが、それより早く威力を増した雷が
魔術師達を直撃する。称号がある程度高いお陰で黒焦げになることは免れたが、かなりのダメージを居ったことには間違いない。アレンはこの隙に、と
崖へ向かう。

「お。おのれ・・・。何処でアーシルを手に入れたんだ?!」
放射系魔術18)は使うな!発生系魔術19)を使え!」

 魔術師達は一斉に呪文を唱える。

「「「バーン・オビジェル・ニール・カーム!炎の精霊よ、その力を凝縮し、我が敵の内側より炸裂させよ!」」」

 アレンは急速且つ強大な魔力の集積を感じて、再び後ろを向いてアーシルを翳す。

「思い知れ!イクスプロ-ジョン!」

 魔術師が唱和すると、アレンの足元で大爆発が起こる。集約された爆発は、10メール四方を軽々と吹き飛ばし、リーナを担いだアレンを大きく吹き飛ばす。
アーシルのお陰で魔法の威力は軽減された20)ものの、爆発はアレンとリーナに火傷を負わせ、足元を崩壊させるには充分すぎる。宙に浮かび上がった
アレンは、リーナを担いだまままっ逆さまに転落していった。魔術師達は勝利に沸くことなく、近くの兵士に伝える。

「あの赤毛と黒髪は、間違いなくジルムの息子、アレンと重要人物の一人、リーナだ!大至急崖の下へ部隊を派遣するように伝えろ!殺さず生け捕りに
するように、と合わせてな!」
「はっ!」

 兵士は敬礼した後、急いで走り去っていく。魔術師の一人が言う。

「あの爆発で地面直撃だと、死んじまったんじゃないか?」
「なあに。下は森林だ。それがクッションになって直撃は免れるだろう。まあ、骨折くらいはするだろうが。」
「頭から落ちてたらヤバイぞ。」
「ま、戦闘における予測不能な事態、としか言いようがないな。その時は。」

 魔術師達は短い雑談の後、次の標的がのこのこ出てくるのに備える。外壁が破られたなら、他に脱出してくる者が居るかもしれないからだ…。
 アレンとリーナは崖を急降下していた。アレンはリーナを両腕で抱きかかえ、ぐんぐん迫ってくる森林にリーナが直撃しないように態勢を整える。
リーナを抱えたアレンは森林に突っ込む。落下の加速度は枝葉で多少は和らいだものの、逆にアレンの姿勢を乱してしまう。それでもリーナの地面直撃
だけは避けようと必死にリーナを抱きかかえる。
 枝をへし折る音何度か立て続けに続いた後、アレンは右足から地面に叩きつけられる。その瞬間、アレンは右足に激痛が走ったのを感じる。リーナが
地面に直撃することはどうにか避けられたが、その代償にアレンは右足を骨折してしまった。アレンは激痛が絶え間なく続く右足を庇いつつ、無事だった
左足一本で何とか立ち上がる。
 まだリーナは目を覚ます気配はない。このまま左足一本でリーナを抱きかかえて森林を進んでいくしかない。しかし、鍾乳洞を短い休息を挟みながら
3ジムほど走ってようやく城の内部に通じる地下水脈へ辿り着いたことを考えると、左足一本で、それもリーナを抱きかかえて進んで行っては、何時に
なったら支援部隊が待つ鍾乳洞入り口前に辿り着けるかどうか分からない。しかし、進まないことにはどうにもならない。
 アレンは、リーナを抱きかかえて激痛が続く右足を引き摺って一歩一歩森林の奥へと進む。このまま進んでいって、支援部隊が撤退を始める前に鍾乳洞の
入り口前に辿り着ければ良いのだが、鬱蒼と木々が生い茂り、進行方向さえ満足に掴めないこの悪条件下で、支援部隊に発見される位置にまで行けるか
どうかは極めて怪しいものがある。
 懸命に歩き続ける、否、進み続けるアレンは頬に冷たいものが当たったのを感じる。それは次第に間隔を短くし、やがて絶え間なく降り注ぐようになった。
雨である。自然の恵みも、相当の疲労に加えて右足の骨折、さらにリーナを抱きかかえて進む今のアレンにとっては拷問に等しい。益々アレンの体力は
消耗していく。左足を前に出すのがやっとという状態だ。
 アレンはぜいぜいと荒い呼吸を繰り返しながら、少しずつ、本当に少しずつ前進していく。土から顔を出した根で凸凹に富んだ地形は進むのをより困難に
すると同時に、折れたアレンの右足に当たる度、アレンに更なる激痛を与える。アレンはそれでも気力だけで前へ進む。前へ進まなければ助かる可能性は
ゼロだ。アレンの身体のいたるところから煙か湯気か分からないものが噴出している。それは雨で火傷が熱を蒸散させているからではない。少しずつでは
あるが、アレンの火傷が治癒していっている。これこそ自己再生能力(セルフ・リカバリー)なのだが、今のアレンにはそれをありがたく思う余裕はない。

 暫く進んだところで、アレンは小さな洞窟を見つける。アレンはそこまで懸命に進んでいき、中の様子を窺う。うっかり魔物の巣に踏み込んだら、
それこそ命はない。だが、洞窟の中からは何の気配も感じないし、物音もしない。どうやら蛻(もぬけ)の空のようだ。アレンはゆっくりと−そうしか
出来ないのだが−身体を低くして洞窟の中に入る。洞窟は深さ3メール、幅4メールくらいのやや横長なもので、高さはアレンが中腰になって入れるくらいだ。
幸運にも絶好の休憩場所を見つけたアレンは、リーナを地面に寝かせて自分の右足の応急処置を始める。応急処置といっても、洞窟から這い出して木の
枝を折ったものを折れた右足に添え、そこに『赤い狼』のメンバーの証である赤いリボンを巻き付けることしか出来ないのだが。
 あとは、イクスプロ−ジョンで受けた火傷の治療だ。これはリーナにも施す必要がある。アレンは自分の腕を見る。煙か湯気か分からないものを噴出して
いる火傷はかなり治ってはいるが、まだ完治したとは言えない。アレンは背負っていた皮袋から傷薬を取り出し、それを火傷に擦り込む。かなり染みるが、
見る見るうちに火傷は消えていく。フィーグ特性の傷薬は効能抜群である。
 アレンは自分の火傷を治療し終えると、続いてリーナの火傷の治療に取り掛かる。リーナの場合、火傷に加えて鞭で出来た裂傷や痣の治療もしなければ
ならない。アレンは水を含んで重くなった服を脱がし、全身に刻まれた裂傷や痣、そして火傷に薬を塗りこんでいく。しかし、アレンは顔や腕はまだしも、
胸から下や足に触れるのには流石に躊躇してしまう。今のリーナは下着姿。それも彼方此方破れていて目のやり場に困る。しかし、傷を治療しないと傷跡が
残るだろう。男の自分ならまだしも、女の子の身体に傷跡が残るのは心苦しい。アレンは意を決してリーナの胸や腹、それに足に傷薬を塗りこむ。
傷薬を塗り込む度、リーナがぴくんと反応するので、アレンはどうにもやり辛く感じる。こんなところをフィリアに見つかったら、只では済むまい。
そう思いながら、アレンはリーナの全身に傷薬を塗り込んでいく。

 20ミム程で治療は完了した。アレンは空になった薬瓶を皮袋に仕舞って溜息を吐く。リーナの身体は見るも無残だったものから一転して、傷一つない
綺麗な白い肌になっている。アレンは皮袋の中を弄って痛み止めの薬を取り出し、それを一気に飲み込む。複数の薬草の苦味が複雑に入り混じった味を
残して、薬はアレンの喉を通り過ぎていく。
 リーナの治療で一時気にならなかった激痛が幾分和らいでくるが、重く強い痛みは残ったままだ。リーナが目覚めたらシルフを召還して治して貰うのが
最善の策だ。そのためにも生還しなければならない。

「うう・・・。」

 リーナが呻き声を上げる。アレンが近付いて様子を見ると、唇が紫色になり、頬からも赤みが消え失せている。雨に濡れて身体が冷えたのだ。
それはアレンも同じこと。痛みに寒気が加わって尚のこと辛い状況になる。雨が止む気配はない。火を起こそうにもそんな材料も魔法も持ち合わせては
いない。アレンはここで初めて、魔法が使えたら、という後悔の念を感じる。
リーナは無意識に両腕を胸の前で組み、歯をガチガチと鳴らし始める。余程寒いらしい。アレンは痛みと寒さに疲労が重なって遠のいていく意識の中で
必死に考えを巡らせる。
 少しして一つの方法が頭に浮かぶ。しかし、これは実行を憚(はばか)られる。もし、その方法を実行してリーナが目覚めたら、それこそレイシャーで頭を
撃ち抜かれかねない。しかし、それがこういう場合もっとも効果的なものであることと、リーナと自分の状況が逼迫していることを考えると、その方法を
実行する以外にない。
 アレンは皮袋を下ろし、ハーフプレートを外して上半身裸になる。そしてリーナに着せておいた自分の服を絞って水気を出来る限り切って皮袋に掛け、
リーナの腕を解いて自分の身体を重ね、リーナを軽く抱く。独特の柔らかい感触が上半身に、特に胸に感じられて、アレンは一瞬身体がかあっと熱くなる。
だが、それも痛みと寒さと疲労の三重苦で消え、アレンの意識を昇華させていく。アレンは間もなく気を失った・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

15)フルプレート:全身鎧の総称。防御力は抜群だがその重量故に体力がないと装備出来ない。これを装備して戦闘が出来れば一人前の剣士と呼ばれるに
相応しいだろう。


16)ダークナイト:暗黒属性の闇の剣士。全身黒ずくめで夜では灯りがないと何処にいるか見分けられない。勿論その攻撃力、防御力はずば抜けて高く、
普通の人間が戦って勝てる相手ではない。


17)サンダー:雷系魔術で一番簡単なもの。簡単といえどもConjurer(魔術師の6番目の称号)からしか使用できず、そのための魔力集中も難しい。
その分威力は高く、生身の人間は即黒焦げにされる。


18)放射系魔術:魔術の分類方法には属性によるものと発生形態の相違によるものがあり、これは後者に属する。読んで字の如く、術者から効果を伴うものが
発射される魔術で、簡単なものから高度なものまで様々ある。


19)発生系魔術:放射系魔術と違い、ある地点に(主に敵)直接効力を発揮させるものを発生させる魔術系統。魔力の集中や制御が難しい為、比較的高度な
魔術に多い。


20)アーシルのお陰で魔法の威力は軽減された:アーシルは放射系魔術に対しては100%の効力を発揮するが、発生系魔術に対しては威力を20〜30%
軽減することしか出来ない。更に増幅して跳ね返すことも出来ない。


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