Saint Guardians

Scene 3 Act 3-2 潜入U-Infiltrating U- 潜入開始、捜索開始

written by Moonstone

 日が西に傾き、夕闇が東から急速に押し迫る中、潜入コースの面々がイアソンの号令で一斉に集合した。作戦実行を目前にしての最終確認のためである。
草の上に座った潜入コースの軍勢を前に、イアソンは良く響く声で言う。

「皆。いよいよ作戦決行まであと少しとなった。この場で最終確認を行いたい。」

 アレンとフィリアは勿論、潜入コースの面々は、緊張した面持ちでイアソンを注視する。

「俺とアレンを含めた潜入部隊は、支援部隊と共に日が落ちたら予定どおり目的地点へ向けて進行を開始する。目的地点到着後、潜入部隊は文字どおり
潜入を開始する。支援部隊は潜入部隊が帰還するまで目的地点で待機してもらう。で、負傷しているであろう囚われの身の人民や同志や潜入部隊の治療と
物資補給を行い、共にこの前線基地に帰還する。ここまでで質問などはあるか?」

 イアソンの問いかけに二つ手が上がる。離れた場所に居るアレンとフィリアの−アレンは潜入部隊所属でフィリアは前線基地防衛部隊所属−ものだ。

「じゃあ・・・まずアレン。何だい?」
「支援部隊の人は潜入部隊が戻ってくるまで待機しているってことだけど、その間、外敵に晒されて危険なんじゃないか?」
「勿論その点は心得ている。支援部隊は目的地点で此処と同じように前線基地を構築して待機する。丸裸で森の中でじっとしてるほど、我々『赤い狼』は
間抜けじゃない。以上でいいかな?」
「分かった。」
「じゃあ次、フィリアは何だ?」
「質問は二つ。一つ目は支援部隊は何時まで目的地点で待機するのか、もう一つは縁起でもないことかもしれないけど・・・潜入部隊が戻って来なかったら
どうするの?」

 フィリアの質問に周囲からざわめきが起こる。だが、支援部隊が持つ物資にも限りがあるだろうし、最悪の事態を想定するのはこういう状況ではむしろ
当然とも言える。イアソンはそれを分かっているのか別段動揺した様子もなく、フィリアの質問に答える。

「順番に回答しよう。まず一つ目の支援部隊の待機時間だが、これは敵地までの往復を含んでおよそ1日を見込んでいる。時間の変化は空の明るさで
大凡の見当がつくから心配は要らない。敵地内部に潜入しての長居は禁物だからな。次に二つ目の、潜入部隊が戻ってこない場合についてだが、
この場合、支援部隊は撤収する。」
「え?!」
「潜入部隊は敵の内部撹乱に加えてアレンの父親とアルフォン家令嬢救出という重大な任務を負っている。これらが失敗に終った場合は即座に撤収
しないと、潜入地点を敵に発見されてしまう危険性が高い。よって、潜入部隊が戻って来ない場合は犠牲者を余計に出さないように撤収してもらう。」
「そ、それじゃ潜入部隊の人は死を覚悟しなきゃいけないってことじゃないの?!」
「・・・そういうことになるね。」

 イアソンの顔は悲壮感を交えた決意を表している。敵地へ、それも勢力に圧倒的な差がある中へ踏み込むのだから、イアソンをはじめ『赤い狼』の心の
中では犠牲者が出るのは想定済みなのだ。アレンも口にこそしないものの、相当の危険が付きまとうことは覚悟している。
 フィリアは言葉を失う。
今まではドルフィンという、圧倒的な力を持つ仲間が居たから自分達の中から犠牲が出ることを考える必要はなかったが、今回はお世辞にもドルフィンに
匹敵するとは思えない戦力で敵地のど真ん中に潜入するのだ。
 ドルフィンが居なかったハーデード山脈内部の古代遺跡突入の際には、リーナが意外なことに強力な召還魔術を使えたし、3000年もの間意識を封じ
込めていたマークスの援助があったから、どうにか乗り切れた。しかし、今度はリーナの召還魔術もない。マークスの援助もない。これではむざむざ
潜入部隊の面々を、何よりアレンを死にに行かせるようなものではないか。フィリアは抗議しようと思うが、どうしても言葉が出ない。
潜入部隊が乗り込む場所は戦場であり、そこで殺し合いが起こっても不思議ではない。それを考えると、安全策を、などとは口に出来ないのだ。

「潜入部隊が敵地内部で活動する時間は、潜入場所への往復にかかる所要時間を含めて1日。その間に敵を内部から撹乱し、手早く囚人をはじめ、アレンの
父親とアルフォン家令嬢を救出する。犠牲者は出るかもしれないが、重大なミスがない限り最小限度に抑えられる筈だ。任務失敗の場合はさっきも言った
ように即座に撤収する。俺としても同志から犠牲者はなるべく出したくないからね。・・・これで回答になったかな?」
「・・・分かったわ。」
「よし、俺が居ない間、前線基地防衛部隊の指揮監督はジェイル情報部第1小隊副隊長に委任する。ジェイル副隊長、異存はないな?」
「はい。前線基地防衛の指揮監督の任務、しかと承りました。」
「その他、何か質問や意見はないか?」

 イアソンが全員を見回すが、挙手は見当たらない。全員異議なし、と判断したイアソンは、声を張り上げる。

「これから実行する作戦はそれぞれ危険を伴うものだ。極力犠牲者を出さないよう、細心の注意を払って欲しい。今更言うまでもないが、共同行動に
あたっては団結が最も重要だ。独断は避け、全員の力を結集してそれぞれの任務に当たって欲しい。」
「「「「「はい!」」」」」
「日が落ちるのも時間の問題だ。これで最終確認は終了。潜入部隊と支援部隊は各自所持品の最終点検を迅速に行ってくれ!以上!」

 全員が散開し、それぞれの任務に就く。フィリアは荷物のチェックをしているアレンに歩み寄り、屈みこんで一言小声で告げる。

「・・・気をつけてね。」
「うん。必ず帰ってくるから。」
「約束よ。」
「ああ。」

 短い会話の後、フィリアは再び立ち上がり、アレンの傍から離れて結界周辺の警備へと走る。アレンは荷物のチェックをしながら、自分の肩に圧し掛かる
二つの重圧を感じていた。
 一つは勿論、父ジルムとリーナの救出という、自分に課せられた任務の重みである。イアソンが同行してくれるとはいえ、敵地に踏み込んで限られた
時間内に探し出し、救出するのだから、そう簡単にはいかないだろう。立場は違うが、また同じ人間を殺すことになるかもしれない。否、なる可能性が
高いと思ったほうが良いだろう。
理由はどうあれ人殺しは人殺し。それをどう正当化しても無駄だ、という、ドルフィンが以前口にした言葉を思い出す。父ジルムとリーナ救出の為には、
綺麗事を言ってはいられない。アレンは人殺しの罪悪感を懸命に振り払い、あくまでも目的遂行のことだけを考えるようにする。
 もう一つは敵地に、それも重武装と大兵力で固めた敵の本拠地に踏み込むということの恐怖の重みである。どういう経路で内部に潜入するのかは
知らないが、敵集団のど真ん中に踏み込むことには変わりはない。幾ら自分の剣が鉄の鎧をも切り裂く切れ味を誇るとはいえ、幾らイアソンを降参させた
剣の腕前を持つとはいえ、それが今度出くわすであろう敵に通用するという保証は何処にもない。本拠地であるから、相当の腕前を持つ者が控えているかも
しれない。否、その可能性が高い。ドルフィンという強力無比な仲間が居ない以上、自分の身は自分で守らなければならない。
果たして、何処まで自分の剣と腕が通用するのか・・・。否、通用させなければならない。任務遂行の為には勿論、静観する為には・・・。
今まで感じたことがない重圧に、アレンは押し潰されそうな気分になる。だが、必ず帰ってくるとフィリアに約束した。約束は守らなければならない。
そう思うことで、重圧に押し潰されそうな心を懸命に支える。
 ふと空を見上げると、夕焼けの紅は西に追いやられ、濃い藍色が空を覆い尽くそうとしている。作戦開始までの時間はあと僅かだ。今更重圧に負けていては
話にならない。アレンは心を奮い立たせ、父ジルムとリーナに会えることを夢見て、それを実際のものに使用と決意を新たにする。
手元がどんどん暗くなってくる。作戦開始まの時間はもう間もなくだ・・・。
 日が完全に西に落ちた。松明が点々と灯るだけの暗闇の中、イアソンがライト・ボールを使って周囲を照らす。潜入部隊と支援部隊は手荷物のチェックを
済ませ、イアソンの元に集結していた。その中には勿論アレンの姿がある。

「全員揃ったか?」
「「「はい。」」」
「よし。これから作戦を実行する。各自身の安全と団結した行動に十分注意を払ってくれ。危険地帯に踏み込むということをくれぐれも忘れないように。」
「「「はい。」」」

 潜入部隊と支援部隊はイアソンの言葉にはっきりした返事を返す。その様子を、結界周辺の警備に当たっていたフィリアはちらちらと見ていた。
初めてアレンと別行動を取る。それもアレンは身の危険と隣り合わせの任務に就く。アレンの剣の腕前や敏捷性は疑うべくもないが、今回は兵力に圧倒的な
差のある敵の本拠地に踏み込むのだ。アレンの力になろうとこれまで行動を共にしてきたフィリアが、アレンのことが心配でない筈がない。
 潜入部隊と支援部隊が動き始める。いよいよ作戦開始である。フィリアは全員の無事、特にアレンの無事を祈らずにはいられない。

「・・・約束したんだからね・・・。」

 フィリアは自分が張った結界から森へ踏み込んでいく潜入部隊と支援部隊を見ながら呟く。

 イアソンを先頭に、ライト・ボールの灯りだけを頼りに潜入部隊と支援部隊は森の奥深くへと徒歩で進入していく。木々が複雑に入り組んでいる森に
ドルゴに乗って踏み込むのは非効率的だし、魔道剣士が張る結界で全員を守れないからだ。木の根や石が彼方此方に顔を出した不規則な道なき道を、
二つの部隊は何の苦もなく進んでいく。ゲリラ戦を得意とするだけあって、暗闇の中の行動は慣れているのだろう。
アレンは足元に注意しながら、イアソンの直ぐ後ろを追う形で部隊の進行ペースに合わせて進んでいく。敏捷性に優れるアレンは、足元に注意しながらでも
部隊の足手纏いになることなく充分部隊の進行ペースに合わせられる。むしろ遅いとすら思うくらいだ。その様子を見ていた部隊の面々は、アレンの優れた
身体能力に感嘆すると同時に、これならいける、という確信を膨らませる。
 ライト・ボールの光が照らす範囲以外は漆黒の闇に塗り潰された夜の森は静まり返り、不気味なことこの上ない。何時何処から猛獣や魔物が姿を現すか
分からない。一応イアソンをはじめとする魔道剣士が結界を張ってはいるが、どこまで通用するかは未知数だ。そんな中、二つの部隊総勢約50名は目的
地点へ向かって疾走する。
 幸い猛獣や魔物と遭遇することなく3ジムほど走った後、イアソンがさっと手を挙げて足を止める。それを合図にアレンと部隊の面々は次々と足を止める。
目的地点に到着したのだ。部隊の前には直径3メールくらいの穴がぽっかりと開いている。どうやら洞窟か何かの入り口らしい。確かにこんな森の中なら
町や村の支配や点在する『赤い狼』の支部摘発にご執心な国家特別警察は気が回らないだろうし、譬え気が回ったとしても、『赤い狼』がいるかどうかも
分からない上に昼間でも危険が伴う森林の探索に兵力を割いたりはしないだろう。
 全速力ではないとはいえ、休みなしで走り続けてきたために、一行は汗を滴らせ、肩で息をしている。そんな中、アレンは息が多少切れているとはいえ、
額を拭って辺りを見回す余裕がある。体力こそ若干劣るが、人並み外れた敏捷性がそれを補って余りあるのだ。イアソンは呼吸を整えながら指示する。

「目標地点に到着した。・・・これから支援部隊は前線基地を構築してくれ。・・・疲れてはいるだろうが、もうひと踏ん張りして欲しい。」
「「「・・・はい。」」」

 支援部隊は荷物を下ろすと、直ちに半径20メールほどの位置にロープを網のように張り巡らし、木々に縛り付ける形で松明を乗せる棒を立てて、そこに
火を灯した松明を放り込み、周囲を茜色に照らし出す。そして魔道剣士が結界を張り、それこそあっという間に小型の前線基地が完成する。時間にすれば
30ミムかかったかどうかというところだろうか。その様子を見ていたアレンは『赤い狼』の優れた支援能力を見て、国軍の度重なる弾圧にも屈せずに活動を
続けてこられた理由が分かったような気がする。
 如何に優れた剣士や魔術師でも、この森林のような複雑な地形では思うように動けないし、仲間の身の安全を確保するのは至難の業だ。『赤い狼』は
個々の能力はそれ程秀でたものではないようだが、一糸乱れぬチームワークと素早い行動で能力を何倍にもしているのだ。

「イアソンさん。前線基地構築が完了しました。」
「ご苦労。支援部隊はこれでひと段落だ。潜入部隊が帰還するまで周囲に充分気をつけて待機していてくれ。」
「了解しました。」
「さて、潜入部隊はこれからが本番だ。時間は往復の所要時間を含めて1日。迅速かつ確実な行動を心がけて欲しい。勿論無理は禁物だ。」
「「「はい。」」」
「じゃあ行こう。俺に続いてくれ。」

 イアソンが言うと、アレンを含めた潜入部隊は続々と洞窟に潜入する。総勢約20名というあまりにも少ない兵力に、アレンは一抹の不安を消せない。
だが、今は行動を共にする『赤い狼』の戦闘能力を信じる他ない。それよりむしろ自分の方を心配すべきだろう。
 洞窟の中は肌寒く、アレンは思わず身を震わす。ライト・ボールの光で照らされた洞窟内部は天井から岩の氷柱が何本も垂れ下がり、そこから白濁した
水滴がゆっくりした周期でぽたりぽたりと落ちている。所々には自然が長年をかけて作り出した、人や動物を思わせる造形物があり、アレンは思わず見入ってしまう。

「イアソン。此処って・・・。」
「此処は2年程前に我々『赤い狼』の特別部隊が発見した鍾乳洞なんだ。内部を探索したら、偶然ある場所に通じていることが分かったんだ。」
「ある場所?」
「それは行って見れば分かるよ。」

 イアソンはそう言って会話を打ち切る。
今は暢気に鍾乳洞の造形美に見入っている場合ではない。敵の本拠地に潜入し、敵を内部撹乱すると同時に父ジルムとリーナを救出するという重要な
任務を負っているのだ。
 イアソンを筆頭とする潜入部隊は、入り組んだ鍾乳洞を奥へ奥へと進んでいく。暫く何事もなく進んだところで、壁の向こう側で何かが動いたのを一行が
察知する。それは蜘蛛が動くようにかさかさと素早く動き、潜入部隊に迫ってくる。

「イアソン隊長!」
「気をつけろ!ホワイト・リザード14)だ!」

 アレンが注視してみると、それは全長2メールはあろう白い巨体で、赤く細い舌を頻繁に出し入れしながら潜入部隊の頭上に迫って来る。潜入部隊は足を
速めるが、ホワイト・リザードはその巨体からは想像もつかない速さで潜入部隊を追跡してくる。
 アレンは壁の出っ張りを見つけて、いきなりそこへジャンプする。アレンの突然の動きに足を止めた潜入部隊の目の前で、アレンは壁の出っ張りを足場に
して、剣を抜いて天井へ向けて飛び上がる。ホワイト・リザードが予想外の「獲物」の行動に注意を向けた瞬間、アレンの剣がホワイト・リザードの脳天に
突き刺さる。

「キエエエエエーッ!」

 金切り声のような断末魔の悲鳴と共に、ホワイト・リザードは脳天から鮮血を迸らせ、天井に張り付いていた4つ足の力が抜けて地面へ落下していく。
ドスン、という音と振動と共に、ホワイト・リザードは鮮血の海に身を逆さに横たえ、少しの間ぴくぴくと痙攣した後、やがて動かなくなった。
アレンは颯爽と地面に降り立つと同時に、とどめとばかりにホワイト・リザードの腹に剣を突き刺す。びくんとホワイト・リザードの身体が振動したが、
それっきりピクリとも動かなくなる。ホワイト・リザードの絶命を確認したアレンは、ホワイト・リザードの腹から剣を引き抜いて縦に払って血糊を掃う。
曲芸を思わせるアレンの剣術に、潜入部隊は思わず賞賛の拍手を送る。拍手は洞窟内部で反響してかなりの音量に達する。

「まさか奴が地上に落下してくるまでに倒すとは・・・。大したもんだ。」
「壁を利用して天井の敵を的確に倒すなんて、そう簡単にできるもんじゃないよ。」
「まあ・・・これくらいならいけるかな、って思って・・・。それに地上に降りてきてからだとどんな動きをするか分からないし、こういう場合は早め早めに手を
打った方が良いかなって・・・。」
「いや、アレンの判断は正しい。ホワイト・リザードは巨体の割に動きが早いから、地上に落下してきた時にバックリ食われるってこともありうるんだ。
それを回避できたとしても、奴の攻撃を避けて攻撃するのは難しいからね。ありがとう、アレン。」
「役に立てそうなところで役に立っておかないとね・・・。」
「なあに。あれほどの動きに鎧で身をガチガチに固めた兵士はついていけないよ。何にしても大したもんだよ、本当に。」
「危険がとりあえずなくなった以上、進行を再開しようよ。」
「あ、そうだな。いかんいかん。すっかり感心しきってた。じゃあ皆、進行を再開するぞ!」

 イアソンの号令で、潜入部隊はホワイト・リザードの亡骸を後にして進行を再開する。洞窟は天井が高くなったり低くなったり、幅が狭くなったり広く
なったりして、一行のスムーズな進行を妨げる。
 往復の所要時間を含めて1日とした理由を、アレンはようやく理解する。確かにこんな複雑極まりない地形を走っていたら時間がかかるのは当たり前だし、
ドルゴで走ろうにも困難と危険を伴うし、何より固まって行動できないから、結界で全員を防御することが出来ず、更に全員を危険に晒すことになる。
 途中、断続的に短い休息を挟みながら、潜入部隊はひたすら洞窟の形に添って進行を続ける。洞窟は何処までも続いているような錯覚さえ感じさせる。
進行途中で何度かホワイト・リザードをはじめとする洞窟内の魔物に遭遇し、それをイアソンとアレンが主になって迎撃する。イアソンの剣の腕も冴え渡り、
襲撃してくる魔物を確実に仕留めていく。アレンは持ち前の敏捷性と複雑な地形を存分に生かして、魔物が襲撃してくる前に倒していく。二人の剣のお陰で、
潜入部隊は一人の犠牲者を出すことなく、困難な道程ではあるが確実に洞窟の奥深くへと進行していく。
 2ジムほど進行したところで、正面向かって右側の壁に巨大な横穴が見えてくる。横穴の前に達したところで、イアソンは部隊を停止させる。横穴の
向こうからは水の流れる音が聞こえて来る。どうやら地下水脈に繋がっているらしい。

「よし、全員無事に到着出来たな。これからこの横穴を通って城の内部に潜入する。」
「城の内部に繋がってるの?!」
「ああ。この横穴の向こうにある地下水脈は城の内部で使用される水を取る為に使われている。我々『赤い狼』は何度かに分けてこの横穴を拡張して、
城内部に潜入する為の通路を作ったんだ。」
「へえ・・・。」
「ナルビアが要塞都市に改造されていく過程で、元々裏庭の井戸に通じていた通路は、急造された巨大な牢獄のある場所に通じるようになったんだ。
アレンのお父さんのジルムさんやアルフォン家令嬢もその牢獄のどこかに幽閉されている可能性がある。」

 イアソンは全員に向かって話を続ける。

「内部に潜入したら直ちに2、3人のグループに分かれて行動を開始してくれ。敵を撹乱すると同時に、囚人を解放して迅速に通路に誘導して欲しい。
そして一旦此処で集合して、ほぼ全員が揃った時点で帰還する。敵と遭遇した場合、応援が来る前に速やかに倒せ。躊躇は必要ない。」
「「「はい。」」」
「じゃあ、行こう!疲れは帰還してからでも充分癒せる!ここが踏ん張りどころだ!」
「「「おーっ!」」」

 イアソンに続いて、潜入部隊は横穴から地下水脈へ入る。膝まで水に浸かるくらいの地下水脈は幅3メール、高さ4メール程でほぼ一定していて、これまでの
洞窟より遥かに進行は楽だ。潜入部隊はバシャバシャと水音を立てながら、曲りくねる地下水脈を進んでいく。
 半ジムほど走ったところで、上へ向かう梯子の前に辿り着く。恐らく『赤い狼』が作り出したものだろう。上を見ると床石らしいものがあって、一見した限りでは
とても潜入出来そうにない。イアソンは構わず梯子を上り、上を覆う床石らしい岩石を両手で支えて慎重に押し上げる。何と岩石はゆっくりと持ち上がり、
イアソンが一気に押し退けると、岩石はゴトッという音と共に横にどかされる。イアソンが下を向いて手招きをする。上がって来いという合図だろう。
アレンが先頭になって、潜入部隊が次々と梯子を上っていく。
 梯子を上って出た場所は、物置だった。中には掃除道具や錆付いた剣や壊れた鎧などが乱雑に積み重なっていて、蜘蛛の巣が張っているところからして、
人が最近出入りした様子はない。潜入部隊が物置の中に鮨詰めになったところで、イアソンは声を潜めて言う。

「皆。さっきも言ったように、これから適当に2、3人のグループに分かれて行動してくれ。迅速かつ確実に。これを忘れないように。」
「「「はい。」」」
「よし、じゃあ俺が様子を伺う。皆は俺が合図したら続いてくれ。アレンは俺と一緒に行動してくれ。」
「分かった。」

 イアソンは物置のドアを少しだけ開けると、耳を澄ます。足音らしいものは聞こえてこない。続いて首が出るくらいにドアを開けて、左右を確認するが、
人影らしいものは見当たらない。イアソンはドアを慎重に開けると、足音を立てないように慎重に外へ出る。視界に人影がないのを改めて確認して、
イアソンは再び手招きする。
 物置からアレンを先頭に続々と潜入部隊が外に出る。そしてイアソンの指示どおり、出た順番を目安にして2、3人のグループに分かれて散開する。

「よし、アレン。行こう。」
「うん。」

 アレンはイアソンに続く形で牢獄の探索を開始する。果たして何処に父ジルムとリーナは閉じ込められているのだろうか・・・?

用語解説 −Explanation of terms−

14)ホワイト・リザード:洞窟や鍾乳洞など、暗くて湿気の多い場所に生息する巨大な蜥蜴。暗闇の中で過ごすうちに目は退化して殆ど見えないが、
舌の熱感知能力と聴力は非常に発達していて、獲物を見つけると巨体に似合わないスピードで追跡して捕らえる。


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