Saint Guardians

Scene 3 Act 3-1 潜入U-Infiltrating U- 実力の「検査」、出発前のひと時

written by Moonstone

 アレンとフィリアが加わる北進コースは、予定よりやや早めのペースで進行していた。途中で国王勢力と出くわすこともなく、魔物とも遭遇することが
ないので、常に全速力でドルゴを走らせることが出来る。順調なのは勿論結構なことだが、順調が連続すると不安を覚えるのも人間の心理。あと1日で
目標地点に到達できるというところで休憩を取っていた一行の中には、順調さを訝る者も出てきた。

「本当にこのまま進んで大丈夫なのか?」
「目標地点で敵が待ち伏せしている可能性はないんだろうか?」

 しかし、隊長のイアソンは上空に敵の航空部隊が居ないことやミルマとの交差点となる地点で敵と遭遇しなかったことから、少なくとも敵、即ち国王
勢力と遭遇することはないと考えていた。前線基地を構築する目標地点は森林地帯にぽつんとある平地であるし、城へ潜入する鍾乳洞も最近発見された
ものであるから、敵がそこまで気を回すことはありえないというのがその理由だ。
 むしろ、国王勢力より警戒しなければならないのは、森林に近付くにつれて増えてくる魔物だ。森林の魔物は平地に比べて強力なものが多く、また、
厳しい生存競争を打ち勝つために毒や麻痺など、特殊能力を備えたものも居る。魔術師が張った結界に護られているとはいえ、それを上回る魔物が
居ないとも限らない。鍾乳洞から城へ潜入する部隊は、人数が少ない分更に危険が膨らむ。治癒魔術を持つ聖職者が居ないため、鍾乳洞へ向かう部隊は
精鋭を揃えなくてはならないだろう。イアソンは胡座をかいて頬杖をついているという暢気な姿勢で、様々なことを考えていた。
 イアソンが最も気にかけているのは、共闘している「外部」のアレンとフィリアの戦闘能力である。テルサ支部やミルマ支部から情報では、ドルフィンの
力については誇大とも言える表現で伝えられているが、アレンとフィリアに関してはドルフィンに代わってハーデード山脈の鉱山に潜入したということが
ミルマ支部から伝えられているくらいである。自ら魔道戦士でもあるイアソンは、フィリアがPhantasmistとパーティーでもごく少数しか居ないかなり
強力な魔術師であることは左手に嵌めている指輪から知ったが、アレンの能力についてはほぼ未知と言って良いほど知らない。少なくとも運動神経は相当
良いようだが−夜の山道を僅かな明かりの中、ドルゴで全力疾走できたことから推測している−剣の腕前は全く知らない。
 森林や鍾乳洞を通過するのは勿論、城内では敵兵士との戦闘も十分ありえる。戦闘は剣中心になるだろう。そこで剣が満足に使えないようでは足手纏いに
なるばかりか、全滅の憂き目に遭う危険性もある。かと言ってフィリアは魔術師であるから、機敏さを要求される森林や城内の戦闘には向かない。
まだ休憩時間が十分にあることを考えて、イアソンは徐に立ち上がってつかの間のくつろぎの中に居るアレンに歩み寄る。

「イアソン。どうしたの?」
「・・・アレン。一度君と剣を交えてみたい。」
「?!」

 アレンは仰天してイアソンを見る。

「君の剣の腕前がどれほどのものか、確認しておきたいんだ。君は鍾乳洞を通過して城内に潜入する部隊に入ってもらうつもりだ。そこで剣がまともに
使えなかったら話にならない。」
「・・・確かにそうだよね。」
「ちょっとイアソン!あたしじゃ駄目なわけ?!」
「城内のように制限された場所で魔術を使うのは危険を伴う。潜入にはアレンに行って貰うつもりだ。だからこそ・・・。」
「分かったよ。俺も口で信用してもらえるとは思ってないし。」

 アレンは表情を引き締めて立ち上がる。周囲の面々は自然に半径数メールの輪を作ってアレンとイアソンの「対決」の場を整える。アレンとイアソンは
輪の中央で向かい合い、フィリアは輪の中で心配そうにアレンを見詰める。

「剣を交えるといっても本物じゃ万が一ってこともあるから、これを使おう。」

 そう言ってイアソンが投げて遣したのは長さ70セームほどの木刀だ。真剣を使っては勢いで相手に怪我を負わせたり、場合によっては致命傷を負わせる
ことになりかねない。聖職者が居ない現状でそれは取り返しがつかない重大な事態であるし、同じく「外部」のドルフィンに知れれば恐らく只では済むまい。

「ルールは基本的に普通の戦闘と同じ。言い換えれば何でもあり。剣を喉元に突きつけた時点で勝負ありとしよう。それで良いかな?」
「良いよ。」
「それじゃあ、始めようか・・・。」

 アレンとイアソンは同時に木刀を構えて睨み合う。二人を取り囲む輪の中では勝負の行方を予想しあっている。

「イアソン隊長は魔道剣士だからな。おまけに最年少の情報部小隊長に選ばれるほどの敏捷さと剣さばきだ。あのアレンとかいう奴じゃちょっと相手に
不足なんじゃないか?」
「何せイアソン隊長の動きは素早いからな。あっという間に背後に回られて喉元に剣を突きつけられてはいおしまい、だと思うな。」

 輪の中はイアソンの勝利を予想するものが圧倒的、否、殆どだった。彼ら『赤い狼』の面々はイアソンの実力は知っていてもアレンの実力は全く知らないから
ある意味当然といえる。
 只一人、フィリアだけがアレンの勝利を信じていた。周囲のイアソン優位の予想に対して、アレンの強さを知らないからそんなこと言えるのよ、と心の中で
懸命に反論する。
 しんと静まり返った輪の中で、不意にイアソンが剣を前に構えて走り出し、自分の間合いにアレンを入れる。まさにあっという間の機敏な動作に、周囲から
感嘆の声と歓声が起こる。しかし対するアレンは面食らうこともなく、剣を縦に構えてイアソンの剣先の動きを見る。イアソンは何度か剣先を突き出すが、
アレンは左右に身体を振ってそれをよける。
 イアソンの何度目かの突きをかわすと、アレンが木刀を水平に払う。突然のことにイアソンは辛うじて剣を当ててかわし、再びアレンと十分な距離を取る。
まさかの展開に周囲の興奮が高まる。アレンが善戦どころか、イアソンと互角に渡り合っているのだから。フィリアはぐっと拳を握り締めて、アレンの反撃に
心の中でさらに応援を強める。

『・・・読まれてたな。』

 イアソンは呼吸を整えながら予想しているアレンの実力を上方修正する。自分の連続突きを苦もなくかわし、さらに隙を見て剣を横に払ってきたからだ。
前に突っ込んだ時点で驚くかと思ったが、全くその策は通じなかった。それこそ真剣であれば殺すつもりで挑まないと勝てない相手だとイアソンは思う。
 アレンとイアソンの睨み合いが続く。両者とも相手の出方を窺っているのだ。周囲は戦闘再開を急かすように歓声を上げるが、フィリアはアレンが
自分から攻撃を仕掛けるとは思わない。アレンは元々好戦的ではないし、相手が人間だから尚更先制攻撃をしようとしないのだろう。そういうアレンの
優しさがフィリアは好きなのであるが、一応戦闘である以上、その優しさは敗北に繋がり易い。いっそ周囲にアレンの俊敏さを披露する為にも、アレンが
先制攻撃に打って出ることをフィリアは期待する。
 イアソンが再び攻撃を始める。今度は木刀を縦に構えている。一気にけりをつけるつもりなのだろう。だが、猛烈な勢いで突進してくるイアソンを、
アレンは剣を縦に構えた姿勢で待ち受けるだけだ。
 イアソンが自分の間合いに入るや否や、イアソンが木刀を振り上げて一気に振り下ろす。だが、木刀はアレンの肩口に命中する直前で空を切る。アレンが
完全に剣筋を見切って一歩後ろに退いたのだ。そしてイアソンが再び攻撃に打って出ようとした瞬間、アレンの剣先がイアソンの喉元に突きつけられる。
イアソンは木刀を振り上げようとした状態で固まってしまう。周囲を囲む輪からは声も出ない。まさかの、そしてあまりにも呆気ない幕切れであるが、
イアソンは冷や汗を流しながら木刀を投げ出す。降伏の証明である。

「・・・負けだよ。完全に俺の負けだ。」
「もう終わりだよね?」
「ああ。もう終わりだよ。君の勝ちだ。」

 アレンは自分の勝ちをイアソンから告げられて初めて木刀を下ろす。そしてイアソンが手を差し出すと、アレンがその手を取ってぐっと握る。
周囲からは驚嘆の声と拍手が沸き起こる。アレンの勝ちを信じていたフィリアはアレンに抱きつきたい衝動に駆られる。

「まさかこれほどのものとはね・・・。正直驚いたよ。」
「俺、力ないからあんまり剣を振り回せないんだよ。だからああいうやり方になっちゃうんだ。」
「戦闘に決まったやり方なんてないさ。君は俺の攻撃を見事にかわして隙を突いて勝負を決めた。この事実には間違いはない。」

 それまで座っていた周囲が一斉に立ち上がり、アレンとイアソンを囲んで口々に感嘆や称賛の声を向ける。

「いやあ、君凄いねえ。まさかイアソン隊長に勝つなんて。」
「あれだけの動きで勝負を決めるなんて、初めて見たよ。イアソン隊長の剣先を振り子みたいにかわすとはねぇ。」
「こりゃ驚いた。これなら鍾乳洞潜入にも支障はないですよね、隊長?」
「ああ。まったく問題ないよ。むしろ此方から改めてお願いしたいくらいだ。」

 イアソンとの勝負を通じて、アレンは初めて正式にこの軍勢の一員として迎えられたようだ。フィリアはアレンの勝利は勿論嬉しいのだが、アレンと
イアソンを囲む輪が厚すぎてアレンに全く近づけないのが不満でならない。アレンへの称賛の声は、休憩時間が終わったことを警戒にあたっていた小隊が
伝えにくるまで止まらなかった…。
 その後も潜入コースの一行は国家特別警察の軍勢と遭遇することなく、無事に出発から6日目の昼前に前線基地構築の地点に辿り着いた。到着と同時に
前線基地建設が始まり、アレンとフィリアの二人も当然手を貸すことになった。
 前線基地は必要人数分のテントを張り、その周囲に魔物や猛獣の侵入を阻止するための柵を張り巡らし、一定間隔で大きめの鉄製の枠に薪を入れて火を
灯し、やはり魔物や猛獣の侵入を阻止する防御網を張り巡らせることで基本が整う。あとはメンバー各々に役割を分担して、実際に潜入する部隊とその
支援部隊−物資補給のためにある地点まで同行する−、そして外部からの連絡や前線基地防衛に当たる部隊にと大まかに分かれてその役割を実行する
段取りになっている。

「―で、アレンは潜入部隊に、フィリアは前線基地防衛部隊に入ってもらうよ。」
「な、何でよ!あたしもPhantasmistとして、潜入部隊に加われるだけの魔力は持ってるつもりよ!」

 遅い昼食後のイアソンからの役割分担の発表に、早速フィリアが噛み付く。完全な信頼関係が築けているとは言えない中、女一人−勿論『赤い狼』の
メンバーには女性も少なからず居るのだが−置いていかれるのには不安があるし、何より唯一信頼がおけるアレンと「分断」されるのは納得いかないのだ。
だが、イアソンはフィリアの恫喝にも等しい抗議にも臆することなく、アレンとフィリアを分断した理由を説明する。

「アレンは剣が使える。だがフィリア。君は剣が使えない。潜入行動には剣が使えることが必須条件なんだ。場所は狭いし、呪文を唱えている時間的余裕も
少ないだろう。アレンとの剣合わせの前にも言ったけど、狭い場所で魔法を使うのは危険を伴う。敵だけならまだしも、味方まで巻き込んじゃ話にならない。」
「う・・・。」
「それに、君のPhantasmistとしての能力は、前線基地防衛には不可欠だ。我々は全般的に遠距離攻撃や多数の攻撃に弱いからな。魔術師の絶対数も
少ないし、結界で相当の魔物や猛獣の接近を防ぐには、君に前線基地防衛部隊に残ってもらうのが不可欠だ。」

 イアソンの理論的で整然とした説明に、フィリアは納得せざるをえない。それにドルフィンが言っていたように、感情的になって言い立てることは深刻な
仲間割れを引き起こしかねない。武器を持っている以上、仲間割れは簡単に殺し合いに発展する危険を内包している。本来の目的を果たせず、おまけに
同士討ちで全滅など、まるで話にならない。フィリアは振り上げた拳を下ろし、イアソンの命令に従うことを決める。

「・・・分かったわ。此処で防衛に当たらせてもらうことにするわ。」
「理解してくれてありがとう。前線基地防衛は意外に危険を伴うんだ。十分注意して欲しい。」
「そうする。」
「で、アレン。君は潜入部隊の一員として敵の撹乱行動に当たると同時に、君のお父さんやアルフォン家令嬢を探して救出して欲しい。」
「俺1人じゃ2人担ぐのは無理だよ。」
「心配ない。君には俺が同行する。2人で分担すれば大丈夫だろ?」
「そうだね。頼むよ。」
「こういうときはお互い様さ。気にすることはないって。俺も君の剣術を頼りにしてるんだから。」

 イアソンは笑いながらアレンの肩をぽんと叩く。重大な作戦の決行を前にしても陽気さを失わないイアソンは、天然なのか、それとも緊張感を解そうと
しているのか分からない。そう思っていると、イアソンは重大な任務を一任されている人物らしく、表情を引き締めて辺りを見回す。

「さて・・・潜入部隊、支援部隊。準備は完了したか?」
「はい。イアソン隊長。全員問題ありません。」
「こちらも全員準備完了です。」
「よし・・・。日が落ちたら作戦を開始する。皆、気を引き締めて可能な限り犠牲を出さないように。前線基地防衛部隊は早速任務にあたってくれ。」
「「「はい。」」」

 アレンとフィリアを含めた全員がきっぱりと返事をする。
此処は戦場のまさに最前線。少しの気の緩みが命取りになる。アレンとフィリアは気持ちを新たにする。

「アレン。あたし、結界を張ったりするから、行くね。」
「ああ。気をつけてな。」
「・・・それはこっちの台詞よ・・・。」

 フィリアは心配そうに、やや上目遣いにアレンを見て、切なげに言う。自分はこの前線基地を防衛し続ければ−勿論、強力な魔物や国家特別警察の攻撃は
油断できないが−良いし、人数もそれなりにいるからちょっと安易に気を許せない面はあるにしても、心細いということはない。
 だが、アレンは違う。自分と違って作戦の最前線の最前線に立ち、『赤い狼』の囚人を発見して救出し、敵を内部から撹乱すると同時に、アレンの父ジルムと
リーナを捜索し、救出するという厳しい任務が肩に圧し掛かっている。支援部隊が途中まで同行するといっても、動きを少しでも機敏にして、任務遂行に
必要な道具は必須だから、おのずと軽装備で持ち運びできる食料や水、医薬品は非常に限定されてしまうだろう。そんな厳しい条件を、ドルフィンの力も、
そしてそれには遠く及ばないにしても自分の力を借りることなく、共同戦線を構築したというだけの『赤い狼』の面々と行動しなければならないのだ。
それが如何に神経をすり減らすものか、フィリアでも容易に想像がつく。
 ハーデード山脈内部の古代遺跡突入の時も、3000年の永き時を待ち続けていたマークスの力添えがあって、どうにか無事に国家特別警察の野望を
阻止することが出来たといっても過言ではない。そしてドルフィンからアレンが魔晶石を、自分が魔力増強の腕輪を事前に貰っていて、心ならずもリーナの
強力な召還魔術があったからこそ、強力な防衛部隊と互角に渡りあえたと言えよう。
ドルフィンも自分も、そしてマークスやリーナの力添えもない中で、敵の本陣に忍び込んで任務を全うして無事に帰ってこれるのか?
それを思うと、フィリアは自分のことよりアレンのことが心配でならないのだ。
 フィリアは半透明の結界を、前線基地全体を包むように張り巡らせる。どよめきの声さえ起こる中、フィリアはアレンの傍に寄り添い、アレンの腕に自分の腕を
絡める。フィリアの突然の大胆な行動に、アレンは心臓が口から飛び出すほど驚いたが、フィリアの自分を案ずる気持ちを思うと無理に振り解こうとしたり、
離れるように強く言ったり出来ない。その様子を見ていたイアソンは、口元に優しい笑みを浮かべてアレンの肩をぽんと叩く。

「まだ日が落ちるまで時間があるから、ごゆっくり。」
「ご、ごゆっくりって・・・!」
「その様子を見せつけられて、何を言い訳するつもりなんだい?」

 イアソンはアレンの肩から手を離して、二人の脇を通り抜けてテントの方へ向かう。身動きが取れなくなったアレンは、何も出来ずにその場で突っ立つしか
出来ない。胸を押し付けるように何度もぎゅっ、ぎゅっ、と自分の腕を抱き締めるフィリアに、アレンはせめて言葉くらいはかけてやりたいと思う。

「・・・上手く言えないけど・・・、必ず戻ってくるから・・・。」
「・・・。」
「大丈夫。俺にはアーシルともう一つ魔晶石が残ってるし、剣の方も何とか通用するみたいだからさ。」
「・・・無事に帰って来てくれるのは当たり前でしょ?」

 フィリアは視線を下に落したまま、呟くように言う。

「アレンが今まであたしの傍から離れるなんてことなかったでしょ?だから・・・それが寂しくて・・・。」
「フィリアらしくないなぁ。何時も元気一杯で、俺を励ましたり勇気付けたりしてくれたじゃないか。」
「それはアレンがあたしの傍に居たから・・・。アレンが居ないのに一人で過ごすなんて、不安で・・・たまらないのよ。」
「・・・『赤い狼』は俺達と共同しよう、ってことを約束したんだ。フィリアの身に内部から危険が迫るなんてことは考えられないよ。それに・・・そう考えちゃ
いけないって思う。人を疑ってると・・・きりがないだろ?」
「・・・それはそうだけど・・・。」
「心配ないって。」

 アレンは調子良く言うと、頭を少し屈めてフィリアの頬に自分の唇を軽く押し付ける。思わぬアレンの行動に、フィリアは赤く熱い点が出来た右の頬を
押さえてアレンを見る。

「俺が帰ってきたら、俺の頬に頼むよ。」
「・・・口じゃ駄目?」
「頬には頬で返してよ。」
「もう!此処までムードを盛り上げておいて、肝心なところで逃げるんだから!」

 フィリアは頬を膨らませて、抱き締めていたアレンの腕をぶんぶんと左右に振って駄々をこねる。アレンは少し困ったような表情をしてはいるが、
その口元には笑みが浮かんでいる。フィリアが元気を取り戻したことに安心したのだろう。
 そんな二人の様子を休息がてらテントの中から見ていたイアソンは、苦笑いしながら小さい溜息を吐く。一方、隣に居たやや年配の男性は、ちょっと眉を
顰めている。

「良いねぇ。仲が良くて。でも、アレンの奴、剣だけじゃなくてメンタルな部分でも意外とやるねぇ。」
「しかしイアソン隊長。あまり緊張感がないのはどうかと・・・。」
「大丈夫。アレンは普段こそ控えめだけどいざって時にはやる奴だから。それは俺との勝負を見て分かっただろ?」
「はあ、確かに・・・。」
「アレンだって重圧を感じてるさ。敵の本陣に踏み込んで自分の父親とアルフォン家令嬢の二人を救出するっていう、重大な任務を抱えてるんだから。
アレンのさっきの行動は、自分自身が重圧に押し潰されそうなのを回避するためでもあったんだと思うよ。」

 イアソンの推測は当たっていた。
アレンは『赤い狼』の潜入部隊の一員として、敵の本陣であるナルビアに潜入して、『赤い狼』との共同を成功させると同時に、何処に幽閉されているか
知れない父ジルムとリーナを探し出し、救出するという重い任務を背負っているのだ。重圧感を感じない筈がない。
フィリアの元気を回復させたアレンの「頬にキス」は、重圧に押し潰されそうな必ず帰って来るという自分の意思を再確認し、重圧を跳ね返そうという意思も
あったのだ。
 アレンを心から心配するフィリアと、自分とフィリアを元気付けるアレンの様子を眺めていて、イアソンはふと心の空白に気付く。
エルスでのデモ鎮圧の際に両親を軍隊に殺され、それを撃退した『赤い狼』に加入して以来、それこそがむしゃらに『赤い狼』の地盤強化と自身の鍛錬に
尽くしてきた。その甲斐あって、『赤い狼』では貴重な存在である魔道剣士となり、その実力を認められて、最年少で中央本部の情報部小隊長に任命された。
しかし、心の何処かで物足りないと言うか、何かやりきれないものを感じていた。それが何か全く分からないほど、イアソンは鈍感ではない。
だが、その時期はまさに自分自身の鍛錬と『赤い狼』の地盤強化に尽くしていた時であり、それに尽くすべき時であると無理矢理心の奥底に押し込んできた。
自分の「目標」がそれなりに達成された今、アレンとフィリアの様子を見て、イアソンは心の空白を無性に心が痒くなるほど感じていた。

 王制打倒、主権在民の国家樹立は『赤い狼』の至上命題であることは言うまでもないが、それで全てが終るとは思えない。国家特別警察の残党の身柄確保、
国王の突然の計画的な圧政の真相究明、形式的ではない民主主義の全国民への浸透強化、そして革命波及を恐れる周辺国家の介入の阻止。
やるべきことはそれこそ数限りなくあるし、自分も中央本部の情報部小隊長として、それなりの重責を背負わなければならないだろう。
 でも、それだけで良いのだろうか?もし可能なら、『赤い狼』の第一線から身を引いてでも、遅い青春に身を浸したい。イアソンは強くそう思う。
同時に、自分の青春探求に火をつけたアレンとフィリアに、その「責任」を取ってもらおうか、と思う。

「イアソン隊長?」

 笑みを浮かべながらアレンとフィリアから目を離さないイアソンを不思議に思った、隣に居た男性が声をかける。

「どうかしたんですか?」
「いや、ちょっと考え事をしてただけさ。出発までの間、何を考えようと俺の自由だろ?」
「それは勿論ですが・・・。」

 イアソンは日が傾き始めた中、尚も離れようとしないアレンとフィリアをずっと見詰めていた…。
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